IS 西の男性操縦者   作:チャリ丸

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あけましておめでとうございます。
連載開始が2015年の6月17日、何とか2年以内にはメインストーリーは完結させたいと思っております。
今年の、ハーメルンでの抱負などを活動報告にまとめているので、興味のある方は是非お願いします。


Delivered Notification of tournament to his former.

 「…ん。今は、5時30分。…睡眠時間、7時間半。晩は良い感じに減らしたし、後は走って、ストレッチして、朝ごはん食べるだけ…。だからお願い本音、今日だけはちゃんと起きて」

 「んへ〜、分かったよぉ〜…」

 

  自室のベッドの上で目覚めた簪は、枕元に置いている時計から時間を確認し、そして頭の中が異様にスッキリとしている事から、今日の自分が凄まじく良い状態に仕上がっていることを自覚した。

 

 「今日はかんちゃんの、IS学園に入ってから初めての晴れ舞台になるかも知れないもんね〜」

 「…そんなに簡単にはいかないと思うけど、最善は尽くしたいから…」

 「だいじょーぶっ、かんちゃんなら、きっと勝てるよ。…ランニングして来たら〜?着替えの準備はしておくから〜」

 「…ありがとう、本音」

 「いえいえご主人様〜」

 

  主人と従者という、本来の関係を皮肉るように軽口を叩きつつ、簪はジャージに着替えて外に出た。

  寮の外に、人は全く居なかった。普段なら今日のような早い時間に目覚めることは無いのだが、幾らかの部活では朝練があるということはクラスメイトから聞いている。しかし、今日は学園の敷地内を走っている生徒も、施設を使用している生徒も、ましてや許可を出す受付の教員もいない。

  夏に比べて幾分涼しくなった外を走りながら1人、考え、ごちる。

 

 「…ついに、来ちゃった…」

 

  全学年専用機持ちタッグマッチ、当日。

  今簪が確認出来ている中で、外でアップをしようとしているのは自分だけだった。

 

 「…負けない…。一夏にも、作戦を飲んでもらったし、全ペアの対策も出来てる。…勝てないことは、ない…」

 「ん?あれ、簪じゃない」

 「ひゃあぅ!?」

 

  自分でも分かるほどに変な声が出てしまった。

  ぶつぶつと独り言を呟きながらランニングしていた自分にも非があるとは思うが、曲がり角でいきなり現れるのは卑怯だと思う。

 

 「…びっくりしすぎでしょ、アンタ」

 「だ、大丈夫だから…。鈴も、タッグマッチで?」

 「ま、そんなとこね。セシリアとかラウラは、いつもの…何ていうの?ルーティーン、だっけ?それを守る、とか言ってたけど、やっぱり身体動かしてないと落ち着かなくてね」

(…やっぱり、似てる…)

 

  朝から良く口が周り、テンションの高い鈴を見て簪が思い浮かべるのは2人の男女。

  1人は、自分の恋人では無い方の男性操縦者。もう1人は彼の幼馴染みの天災科学者の妹。その2人と鈴に共通するとある思考に、簪は既視感を覚えた。

 

 「…脳筋」

 「ちょっ、違うわよ!アンタだって、朝から走ってるじゃない」

 「いつも身体を動かす前は、ちょっとはアップしてるもん」

 「でも朝からランニングまではしてないんでしょ?」

 「…それはまあ、そうだけど…」

 

  鈴に言われ、今日の自分の脳筋の一部になっているのだと、気づいてしまった。

  今日の簪は普段の簪らしくない。その理由は、もちろんただ大きなトーナメントがあるというだけではない。

 

 「ほら、そうでしょ?ってことは、やっぱり気合い入ってるの?」

 「…うん。流石に、専用機持ちだけが見られる大会だし…」

 「それに、アンタ達の場合は剣が帰ってくるからってのもあるんでしょ?」

 「うっ…、え、その…あの…」

 「大丈夫よ、言い訳なんて考えなくても。ただごちそうさまってだけよ」

 

  愛しの彼が、今日帰ってくる予定なのだ。

  とはいえ、第一試合からの参加とはならなかった。移動時間の都合上、1回戦の最終戦にギリギリ間に合うということで、ソロでのエントリーを許可されたのだ。

 

 「にしても、あいつ起きてから何してたの?」

 「えっと、お姉ちゃんから聞いただけだけど、単一仕様能力の向上、だって…」

 「…え?『完全同調』ってあれ以上になるの?」

 「さ、さぁ…?」

 

  足を完全に止めた2人は、軽いストレッチをしながら、今日帰ってくるであろう彼の話を進めていく。

 

 ◇

 

 

 「っしゃらぁ!ようやく勝ったぞごらぁ!!」

 「うおっ、ど、どうしたんだい?時守くん」

 「あぁ…?おー、総長。遅なってすんまそん。ついさっき、やっと金ちゃんに勝ったんです」

 「…ということは?」

 「金ちゃんからの許可も出ましたし、展開したら色々変わってんのちゃいます?」

 「本当か!?ならまず解析だ…っ、解析班!今すぐ金夜叉を見てくれ!…あぁ。それでいい。今から持っていく。時守くん、金夜叉を借りていくよ」

 「どうぞどうぞ」

 

  全学年専用機持ちタッグマッチの2日前、時守は心層世界で遂に金夜叉を下した。目覚めて直ぐに彼の視界に入ったのは、何やら難しい書類に目を通すロジャーの姿だった。

  そんな彼は、時守の口から出た言葉を聞くやいなや、すぐ様行動に移した。服に付けている無線機でISコア解析班に連絡を入れ、10秒と経たない内に、解析班の元へ金夜叉を届けに走り去った。

 

 「んじゃ、俺もゆっくり行くとするかぁ」

 

  大人達の慌ただしさを尻目に、時守は1人安堵していた。

  千冬とロジャー、それぞれから『タッグマッチにギリギリで間に合わない可能性の方が高い』と言われ続けていたのだが、それを覆すことが出来そうなのだ。もちろん、心層世界で彼女に見せてもらった新しい『能力』や、大幅に上がった基礎能力、そして生まれ変わろうとしている機体。それらに慣れる時間は必要だろうが、それらを踏まえても確実に間に合う計算になる。

 

 「それだ!詳しいことはまた彼が来てから…っ、おお!時守くん!良いところに来てくれた!」

 「ほえ?」

 

  のらりくらりと廊下を歩き、自身のISを解析しているであろう部屋へと辿り着くと、ドアを閉めることすらせずに、中では慌ただしく作業が行われていた。中では見知った技術者達とロジャーが大声で議論をしており、答えを時守しか知らない問題が見つかったのだろう、廊下から見ていた自分に白羽の矢が立った。

 

 「新しく出た『能力』、並びに装甲、仕様、etc…。この目で見てみないと分からないことだらけなんだ」

 「りょーかいっす。んじゃ、コード繋げるようにして展開しますわ」

 

  部屋の中へと入り、ガラス張りになっている大部屋へと繋がる扉を開く。既に中には数人の技術者がコードを小脇に挟んで待ち構えており、ガラスの向こうではロジャーが今か今かという表情で自分の方を見ているのが分かる。

 

 ―まぁ、総長以外でも腰抜かすやろな。

 

  誰よりも早く答えを聞いた彼は、誰に向けるでもなく、柔らかく微笑んだ。

 

 

 ◇

 

 

 「お、おぉぉ…。素、晴ら…しい…。素晴らしすぎるぞぉ!やった!やはり私の目は間違ってはいなかった!」

 

  時守が展開したISを見て、ロジャーは人目を一切気にすること無く、叫んだ。否、叫ぶことが出来た。現在、時守のISを解析しているスタッフの中で、こうして声を出し、歓喜することが出来ているのがロジャーただ1人なのだ。それ以外のスタッフは、老若男女問わず、絶句、驚愕し、そしてただただ口を開けていた。

 

 「新時代を担うのはただの暴力などではない!唯一絶対の強さなのだ!…これでまた、世界は整う…。素晴らしいぞ、時守くん!」

 

  ガラスの向こうで、白けた顔をした国連代表が耳を塞いでいるのにも気付かず、ロジャーは声を上げ続ける。

 

 「…はっ、そ、そうだ…。私としたことが平静を失っていた…。ノーラ君!このISの予備装甲を作ることは出来るかい?」

 「…へっ?は、はいっ!出来ます!」

 「よし、なら頼む。次のタッグマッチだけで全てが壊れるとは到底思えんが、あるに越したことはない。…マリーナ君!『能力』の解析はできそうかい!?」

 「いえ、こればかりは代表に実演してもらわないと…」

 「…ということだ。話は聞いていたね?時守くん」

『耳痛なるほど聞こえてたわ。…んじゃとりあえず。今までのやつの強化版(・・・)で、大丈夫っすか?』

 「あぁ、どんどん出してくれたまえ」

 

  ISの解析は、1人の少年を除いて慌ただしく行われた。

  大部屋の中にいる時守が、淡い金色の光で包まれる。

 

『まずこれが、『完全同調』の進化系やな』

 「どこがどう違うかは、分かるのかい?」

『ん?あぁ、まあぼちぼちってとこやな。まあ流石にこればっかりは、現実世界で戦わへんと分かりにくいわ』

 「それもそうか。なら、アリーナを開けよう。ノーラ君、作業は一旦任せて、アリーナの準備に当たってくれ。ファイルス君、彼の調整相手を、頼めるかね?」

 「え、えぇ。ですがロジャーさん…私では、力不足も甚だしいと思いますが…」

 「それはスペック上の話だよ。彼がまだ、上手く扱えなければ今までと同じになってしまう」

 

  部下に指示を出した後、ロジャーは一番近くにあるパソコンの画面に映るデータを、ナターシャに見せた。

  先ほどの計測と解析で、ナターシャも時守のISのスペックを見ているので、大まかなスペックは掴んだつもりである。だからこそ、ロジャーはナターシャに調整を頼んだ。

 

 「簡単な話だ。このISの最高値が想像出来るのは、今この中で君だけだ。イーリスアメリカ国家代表は今はいない。彼の相手になるのは、君しかいないんだ」

 「…分かりました。ですが、戦う時は、『銀の福音』のリミットを解除してもらってもいいでしょうか」

 「あぁ、それぐらいならいくらでも。ここは最新鋭の技術を詰め込んだISのシールドエネルギーを応用したシールドを幾重にも張っているからね。軍用ISのフルパワー、それこそ人1人程度塵に変えてしまう攻撃でも、そう簡単には崩れないよ」

 「かしこまりました」

 

  全力での戦闘許可を得たナターシャは、静かに部屋を後にした。会話をしている途中、既に何人かのスタッフと時守は準備のためにアリーナへと向かっていたのは、視界の隅で確認している。

 

 「あれに攻撃を当てられたら、国から報奨金が貰えるかも知れないわね」

 

  1人、彼女は足早に歩きながら笑う。

 

 ◇

 

 「おあ゛あ゛あ゛あ゛〜」

 「どうだい、時守くん。調子の方は」

 「おぉ、ええ感じちゃう?自分でもあんなシロモンよう使いこなせてると思うぐらいにはな」

 

  ロジャーが時守側のピットに入って既に8試合目。両者のISのSEの回復の時間に、ロジャーは時守にしばしば話を振っていた。

 

 「なるほどなるほど。完全に使いこなせるには、後どれくらいだい?」

 「んー、いうて後5試合ぐらいちゃうかな。…あ」

 「…あ?」

 「いや、言うん忘れとったわ。それは『完全同調』の先のやつの調整だけで、他はもうちょいかかりそうやわ」

 「なるほどね。…間に合うのかい?」

 「多分ギリギリやろな。こんな扱いムズイのばっか出るとは思わんかったもん」

 「それも、君が願ったからだろう?」

 「まあせやけど。もうちょいやりたいっちゃやりたいわ」

 

  時守の口から出るどんな言葉も、今のロジャーにしてみれば、その全てが歓喜の物へと変わる。愚痴、要望、理不尽、ボヤキなど、その全てが、彼が願っていた物へと直結しているのだ。

 

 「…ファイルスくん。時守代表が、他の『能力』も試したいそうだ。行けるかい?」

『え、えぇ。大丈夫ですが…もう少しだけ待ってもらえますか?SEが回復し切っていないので』

 「それぐらいならいくらでも」

 

  時守の意志が確認できたところで、ロジャーはナターシャへと通信を入れた。

  その内容から分かるように、先ほどの模擬戦では時守が勝った。新たな『能力』に慣れ始めた時守に、ナターシャが完全に遊ばれる形で、幕を閉じたのだ。

 

 「…今更だが、無茶をさせて済まない」

『いえ、これぐらい、大丈夫です。…ただ、ちっぽけなプライドすらも、完膚無きまで叩き潰されそうになると、辛くはあります…』

 「そこの所は安心してくれたまえ。君のことは、『最強』に初めて立ち向かった勇者として公表するよ」

『…それはそれで、恥ずかしいのですが』

 

  アメリカの軍用ISを持ってしても、敵わないISを操る男性操縦者。

  その事実を改めて認識したロジャーは、時守のいるピットで1人笑った。

 

 「いいじゃないか、英雄になれるんだ。…っと、そろそろ準備が整ったかい?」

『はい。…では、時守代表。9試合目を』

 「ほーい」

 

  自分の隣に座る時守が、席を立つ。

  そのまま無言でピットの先端まで歩いた彼は、光と共にアリーナに飛び出た。

 

 ◇

 

 

 「…っはぁー。つ、か、れ、たぁ〜」

 

  訓練と解析と修理と治癒を重ねに重ね、時守が金夜叉との戦闘を終えてから一日後の夜。全学年専用機持ちタッグマッチを明日に控えた時守は、国際連合宇宙開発専用ISステーションに設けられた自室のベッドに寝転んでいた。

 

 「…明日、か。最後にナタルとガチ試合して、回復させてから輸送ユニットで運んで貰う手筈になってるはずやけど…これ間に合うんか?」

 

  IS学園から送られてきた全学年専用機持ちタッグマッチの資料を見て、眉間に皺が寄る。

  開催時間は朝早い。それもそのはず、一日でISのタッグマッチのトーナメントを消化しなければならないのだ。故に、1回戦の時守の試合も、正午辺りには回ってくる予想が立てられている。

 

 「…まあかなり速い輸送ユニットは作ってくれてる見たいやけど」

 

  それでも、何だかんだで不安である。

  これだけの準備をして、いざIS学園に戻った所で棄権扱いにでもなったとしよう。とてつもない恥ずかしさに襲われることは分かりきっているが、間に合わなかった自分が憎くなるだろう。

 

 「…ま、そのへんは明日起きてからやろ」

 

  油断も、傲慢も、過度の緊張も、そして驕ることもするなと、今日の訓練の終わりにロジャーから告げられた。

  そんな自分が分かりきっていることを、ロジャーに言われたことを思い出さず、時守は眠りについた。

 

 

 ◇

 

 

 「まあでも、成長してるのを見るのは楽しいけど」

 「…うん」

 

  そんな彼が時差の関係上まだ寝ているであろう時間、簪と鈴はストレッチを終えようとしていた。

 

 「…どうする?もう朝ごはんにする?」

 「へっ?…う、うん。そう、しようかな」

 「ん、りょーかい。じゃ、食堂でちょっと待ってて。財布取ってくるから」

 「う、うん…」

 

  恐らく自室にISと携帯以外の全ての貴重品を置いていたのだろう。鈴が駆け足で寮の入り口へと向かっていく。

  そんな彼女の背中を見届けた簪は、1人ゆっくりと歩き出した。

 

 「…鈴も、凄い。試合前なのに、全く緊張してなかった…」

 

  考えてみれば、鈴だけではない。一夏も、箒も、セシリアも、シャルロットも、ラウラも、そして姉である楯無と、剣も、大一番で緊張して自身の力を存分に出せない、ということは無いだろう。

  今回参加するメンバーで、空回りしてしまう恐れがあるのは自分ただ1人だと、簪は感じていた。

 

 「頑張らないと…!」

 

  一学期に行われたタッグトーナメントは、2、3年生の将来を決定づける大きな要因となっていた。…しかし、今回の全学年専用機持ちタッグマッチは少しだけ、だが大きく意味合いが変わってくるだろう。

  国家代表候補生が、近い将来国家代表になり得るのか。そして、世界の舞台であるモンド・グロッソで好成績が期待出来るのか。亡国機業への牽制や、一般生徒の意識向上だけでなく、そういった可能性を見る意味も、含まれているだろう。

 

  簪は、将来を見据えて良い意味で緊張していた。

 

  空には、分厚く黒い雲が、一面に敷かれていた。




時系列としては、

IS学園、当日

空、二日前

空、一日前

IS学園、当日

という移り方になっています。

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