軽いスランプのようなものになりまして、お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。
誤字報告、感想、並びに評価、ありがとうございます。
「さて、と。どうするか」
「…どうするも何も、訓練しかないでしょ?」
「いや、まあそうなんだけどさ。まず何から手を付けるかなーって」
「…まあまずは、作戦から?」
「作戦って言っても、俺が近距離で、簪さんが中距離で決まりじゃないのか?」
一夏と簪は、ひとまず整備室の一角に腰を下ろしていた。
他のペアが恐らくもう訓練を始めている頃だとは思う。だが、何の目的も決めずにとりあえず、というのは愚策だという意見が合致したため、一旦は作戦を立てようとしていた。
「…得意な得物だと、そうなるけど…。多分読まれると思う。…後、ただでさえ燃費が悪い白式が、2対2の試合中持つか、っていう問題もある」
「あー…そっか。悪いな、簪さん」
「別に、いい。変に特徴の無い機体の方が作戦立てにくいから。…こうなると、相手によって変えた方が良いのかも」
一夏と簪ペアの鍵は、言うまでもなく一夏の白式の使い方だ。有り余る機動力と攻撃力を考慮した上で、対戦相手も作戦を立ててくるし、それをこちらも読まなければならない。
そこで簪が提案したのは、戦う相手によって作戦を変える、というものだった。
「そんなことできるのか?」
もちろん、一夏から疑問が飛ぶ。
自分達のミスが出てしまうかも知れない、というのもあるが、付け焼き刃が相手に通用するかも分からないのだ。
「…ペアだからこそ、出来ることもある。私の打鉄弐式には、いろんな武装が積んであるし、なんとかできる…というよりしなきゃダメ」
「なるほどなぁ…じゃあ、俺が零落白夜をセーブしながら、簪さんメインで戦うとか?」
「…考えたけど、無し。セーブするってバレたら、確実に2対1の形で潰されるのがオチ」
「…簪さんは、いい案あるのか?」
「あるにはあるけど…ちょっと、せこいっていうか、汚くなりそう」
簪が一夏への提案を渋り、名案を期待していたのには理由がある。
一夏は、良くも悪くも真っ直ぐで、素直である。簪の提案では、一夏の気を損ね、これからペアとして戦っていく中で、支障が出るかも知れない。
簪の脳内にあるのは、一夏の思い描く真っ向勝負ではない。勝負を早く終わらせることもできるだろうが、良い目で見られる保証はない。
「大丈夫だって。…今なら、勝つことには必要なこともあるって理解できてる。それに、勝てたらみんなも、簪さんの作戦が良かったって言うさ」
「…一夏がそれでいいなら、良いんだけど」
「あぁ、大丈夫だ。簪さんがどんな作戦を立てても、俺はそれに従う。…というより、俺自身いい作戦とか考えれないからさ」
「…なら、私の作戦でも大丈夫?」
「さっきから言ってるだろ?大丈夫だって、俺は簪さんを信じるよ」
「…分かった。なら、作戦を言うね…」
簪から告げられた作戦。それは―
◇
「はぁ?真っ向勝負ぅ?」
「えぇ。武士たるもの、というやつですわ」
「アンタにもアタシにも武士の要素ひとっつも無いんだけど?」
時を同じくして、セシリアと鈴はアリーナの更衣室にて作戦を立てていた。ペアを申し込んだ鈴が考えようと提案したのだが、予想に反し、即答がセシリアから返ってきたのだ。
「ただの比喩ですわ。これが一夏さんなら、もう少し変わったかも知れません。ですが、鈴さん自身も甲龍も、無駄に縛るには惜しいほどの逸材だと、私は思っています」
「そ、そんなドストレートに言われるとちょっと恥ずかしいんだけど…」
「ですから、私が鈴さんに合わせますわ。鈴さんが近・中距離、私が後方からの援護射撃。得意分野、セオリー通りに攻めようかと」
「なるほどね。なら、アタシから一つだけ提案していい?」
「えぇ」
セシリアが鈴に提案したのは、一夏・簪ペアとは違う、奇策でもなんでもない、王道の戦法だった。接近戦が得意な鈴に近接を任せ、遠距離から自分が援護する。さらにそこに、
「今までよりもガンガン攻めたいんだけど、大丈夫?」
「もちろん。というより、最初からそうするつもりでいましたわ」
鈴の提案により、その戦法は超攻撃型のものとなる。
「アタシもさ、衝撃砲に不満があるって訳じゃないんだけど、近接で強くなりたいのよ。アンタも簪とかに遠距離で負けたくないでしょ?」
「そう、ですわね。自分で得意分野だと思ってますから、中距離メインの簪さんに負けてしまったら私の立場が無くなってしまいますもの」
「そ、だからあたしも、近距離は負けたくないの。一夏にも、箒にも、もちろん剣にもね」
時守が参加できるか分からないが、その3人をあえて挙げた鈴。その口調からは、負けたくないというよりも、負けないという意志が感じられた。
「剣さんに、ですか?」
「むっ…もしかして、アンタも無理だとか思ってるの?」
「…も、ということは」
「朝から散々クラスメイトと担任に言われたわ。…あんな短い期間であいつに出来たんなら、アタシも同じだけやればできるかも知れないってのに」
「…あ。そう、ですわね。普通に考えたらそうですわね」
「何よその意外なものを見たかのような目は」
「いえ。鈴さんが意外と賢かったので」
「ペアじゃなかったらぶっ飛ばしてたわよ」
物騒な発言の後、鈴は一気にISスーツの皺を伸ばした。今まで会話も全て、鈴が着替えながらされていたのだ。
今回参戦するペアすべてに言えることだが、彼女達にはいかんせん時間が無い。だが、一夏と簪、楯無と箒といった特例を除き、彼女達は普段から仲の良い者同士でペアを組んでいる。組んでいるが故に、作戦の簡略化ができ、その分の時間を練習に充てられるのだ。
「ま、アタシ達の作戦は至って簡単。攻めるが勝ちってことで」
「ですわね」
セシリアと鈴、鈴が転校してきてからなんだかんだで仲が良かった2人の作戦はいとも容易く決まったのだった。
◇
「ねぇラウラ。作戦なんだけど、どうしよっか」
「そうだな…。…うむ、ダメだ。私ではシャルロットが後方支援、私が前衛という作戦しか思いつかん」
「確かに、それじゃちょっと単純すぎるよね」
「…その考えがすぐに出てくる、ということは…」
「うん。僕も、それしか思いつかなかったんだ…」
「ぬぅ…」
セシリアと鈴の作戦が簡単に決まっていた頃、とあるアリーナの廊下に設置されているベンチで、シャルロットとラウラは眉間に皺を寄らせていた。
「どうせやるのなら、私達らしい戦法がいいんだがな」
「僕達らしいっていうと、バランスがいいってこと?」
「そうなるな。出来れば、私が妨害しつつ、シャルロットの手数も使って2人でSEを減らしていきたいんだが…」
「…うん、それでいいんじゃないかな。僕が接近した時はラウラが外から見て、ラウラが接近した時は僕が外から援護射撃って感じで」
「…なんだか、あっさり決まったな」
しかし、それも一瞬の内で、彼女達も鈴やセシリア同様、すぐに作戦が決まった。
最も、鈴とセシリアのペアとの明確な違いはあるのだが。
「まとめると、臨機応変に対応しつつ、私とシャルロットで前衛と後衛を切り替えていく、ということか」
「そうだね。…だから、重要になってくるのは」
「如何に私達の息が合うか、だな」
自然と、2人の口角が上がる。上手くいった時のビジョンは非の打ちようがないものになるだろうし、相手の翻弄される姿、驚愕する表情が目に浮かぶ。しかし、その域にまでコンビネーションを昇華させるのは、至難の業であることは間違いない。
だが、だからこそ、面白い。
「ははっ。…やるぞ、シャルロット。完成させよう、私達のコンビネーションを」
「うん。なんでか分からないけど、僕もちょっと楽しみになってきたよ」
気づけば2人して、ラウラはそうでもないかも知れないが、普段は見せない獰猛な笑みを浮かべていた。
彼女達もまた、この数週間を通して成長しようとしていた。
◇
「えっ?作戦?」
「はい。噂で聞いたのですが、ラウラとシャルロットのペア、そして一夏と簪のペア、鈴とセシリアのペアはもう作戦が決まったみたいです」
「なんだ、意外と早かったのね、皆。フォルテちゃんのところはもう決まってるとして、私達はまだ決めなくていいのかー、って聞きたいの?箒ちゃん」
「っ!え、エスパーですか!?」
「箒ちゃん、貴女単純って言われたことないかしら?」
誰がどう見ても焦っている箒が、他のペアの進行状況を楯無に告げていた。
表情とセリフから考えて、楯無に箒の言いたいことが分からない訳が無いのだが、そんなこと、今現在驚愕中の箒が知るはずない。
「そんなことどうでもいいんです!私達も何か作戦を―」
「二人とも間合いを見ながら攻めるって形でいいんじゃないの?正直、私と箒ちゃんだとあまり色々なことはできなさそうだし」
「っ、それは、まあ、そうですが…」
『紅椿』と『霧纏の淑女』
彼女達の操るその2機両方が、中・近距離の戦闘を得意とする。そもそも、まともな遠距離武装よりも近接武装の方が圧倒的に多いのだ。さらに、第4世代を操る箒と、ロシア代表である楯無。肩書きだけで見れば、苦戦はすれど、普通に戦えば勝てる相手の方が多いのだ。
「だから、真正面から向かっていけばいいのよ。私はともかく、箒ちゃんはそれが一番強いんだし」
「…そうですか?」
「えぇ。一夏くんには負けるけど、相手を瞬殺できるスピードだと、貴女がぶっちぎりの2位よ?」
「えっ、それって…紅椿が、ということですか?」
「もちろん。単一仕様能力が無くても、十分すぎる程に強いもの。…ここから先は、貴女自身で考えなさい?」
「は、はぁ…」
振り向き、首を傾げる箒を見て、楯無は優しく微笑む。
しかし、再び前を向いた彼女の顔は、いつになく真剣な物となっていた。
◇
「…ふむ、後数分といったところか。…短かったようで、意外と長かったな」
「事務総長。そりゃあ、ずっと徹夜してたら長く感じるでしょう…」
「そんなものか?」
「そんなものです」
時守が回復し終わる予定時刻の直前、ロジャーを含むほとんどの国際連合宇宙開発専用ISステーションの職員が、時守の入っている栄養カプセルの監視室に集まっていた。
「さて、もう一度確認しておくが、『金夜叉』は万全の状態なんだな?」
「はい。後は、時守くん本人による調整をするだけです」
「分かった、ならば待とうか」
職員の1人に視線を向けたロジャーは、会話が終わるとすぐに視線を元に戻した。
手元のタイマーは既に時守が出てくる予定である時間まで、ほんの数分を示している。
そして―
「…終わった、か」
あっという間にその時間は過ぎ、コントロールルームにけたたましいアラーム音が響く。
栄養カプセルの中を満たしていた栄養液のがどんどんと外に排出され、部屋の隅にある排水口から流れて行くのが、ガラス越しに分かる。
栄養液から、ちょうど顔を覗かせたところで、時守が目を覚ました。
『…えっ、ちょい。開かへんの?』
「まあ待ちたまえ。栄養液が全て排出されるまで、その扉が開くことはないんだ」
『ほへー。なるへそ』
久しぶりに目を覚ましたということを全く感じさせない時守は、栄養液が全て抜けきるまで終始ぼーっとどこかを見ていた。
そして、栄養カプセルの扉が開いたところで、すぐさま外へと出た彼は、ガラスの向こうにいるロジャーに向けて
「服ちょうだい」
「やはりそれか」
衣服を求めた。
時守が目覚めた瞬間に視界に入ってきたのは、自分を見つめる数十の大人達だった。目覚めたその瞬間だけでなく、自分が眠っている間もずっと見られていたことは分かりきっている。しかし、今までがどうであれ、動いている時に見られるのはかなわないのだ。
コントロールルームから、時守の最低限の衣服とISスーツを持ったロジャーが、時守の元へと向かう。
「あー…、ISスーツだけでええわ。どうせこの後すぐに動くんでしょ?」
「…本当に聡いな、君は。その通りだ。我々ではどうしようも出来ないことが発生した」
「うっす。んで、どこ行けばいいんすか?」
ISスーツにすぐさまで着替えた彼は、ロジャーに質問しながら部屋を出る。
「…着いてきなさい。今まで君にすら見せた事の無い部屋だが、非常事態だ。やむを得ん」
「なんかやばいことでも起きてんの?」
ロジャーの返答に、時守は眉を顰めた。トラブルに良く巻き込まれるIS学園のことが、ふと頭を過ぎったのだ。
「安心してくれたまえ。IS学園のことではないよ」
だから、今は着いてきなさい。と、ロジャーはいつもとはどこか違う口調で時守にそう言った。
◇
「はぁ?金夜叉が動かん?」
「あぁ。全くもって意味が分からないのだが、どこをどう直しても動いてくれないんだ。…少し前は表示にバグがあるぐらいだったんだが、数時間前に全く動かなくなったらしい」
「んで、それを俺にどうにかしろと」
「そうなるね」
「無理やろアホちゃうか」
久しぶりに聞く関西弁のツッコミにロジャーの口端が上がる。しかし、それは単に時守との会話が楽しいからではない。
(…だめだ。この私が、1人の少年のみに全力を捧げたいと思ってしまっている。立場上許されないことなのは分かっているが…)
栄養カプセルから出てきた時守の様子が、以前と明らかに変わっていたからである。
増えた筋肉、伸びた身長、髪の毛等々…。そして何より、どんなことよりも自分がすべきことを優先した考えに、ロジャーは興味を抱いていた。
「って言ったけど、やらなあかんのやろ?」
「…あぁ。そのために、君が『完全同調』した時にISの心層世界に入れるようにした装置がある、この部屋に連れてきたんだ」
「…マジ?」
「だから言っただろう?今まで君にすら見せたことのない部屋だって」
時守とロジャー。2人が入った部屋は、なんの変哲も無い、ただのコンピューターと椅子が数個置かれているだけの部屋だった。
しかし、その実態は既存のISのパワーバランスを崩しかねない程の影響力を持った、最新技術の詰まった部屋だったのだ。
「それに、正式な完成には君の『完全同調』のデータが必要なんだ。『単一仕様能力』が使える程に専用機との相性が良く、かつ最大まで成長させたデータでないと、意味が無いからね」
「なるへそ。…てか『完全同調』して何したらいいんすか?」
「なに、実に簡単なことだが、君にしか出来ないことだ。…金夜叉のコアとは、臨死した時に会っているね?」
「へ?…あぁ〜、会ったことあるで」
「彼女から、問題を聞き出してほしいんだ。今の我々は、問題文と解答解説が分からない問題を解いている状態にあるからね」
どこを探しても、金夜叉が動かない原因が分からない。
ならば、金夜叉のコアに直接聞きに行けばいいではないか、というのがロジャーの考えだった。
「なーる。んじゃ、とっとと始めた方がええな」
「…髪は、切らなくてもいいのかい?」
「実際、んなことしてる暇無いんやろ?髪ぐらい、IS学園帰ってからでも切れるわ。とりあえず、1回やってみてや」
「分かった。…では、椅子に座って、合図をしたら『完全同調』を発動させてくれ」
「あいよ」
ロジャーに促される前に、時守は椅子に腰掛けた。
そして、指に嵌められた指輪から出た淡い光が時守を包み、全身から力が抜け落ちた。
◇
「ん…。おー、ここも久しぶりやな」
数ヶ月前に見た、真っ白な空間に時守は降り立つ。
相も変わらず、そこには何も無く、ただ延々と空間が広がっている。
「んで、どないしたんや?金ちゃん。そんなとこに座って」
そんな空間の中で、時守を見つめる少女が1人。
『…話が、あんねん』
声を震わせながら、彼女は時守に近づいていった。
◇
「…はい、分かりました。時守が回復したと、生徒達に伝えます」
『頼むよ千冬くん。それと、帰るのはもう少しだけ遅くなるというのも伝えてくれ。かなり難航しそうなのでな』
「難航、ですか?」
『あぁ。金夜叉が
「次のステップ…ということは、もしかして…」
「あくまで可能性の話だよ。過去最強の第二形態になるとは思っているが、そこから先は流石に分からないさ」
「そう、ですか」
時守が目覚めた日の、IS学園の放課後。千冬はロジャーに連絡を取っていた。時守の現在の状態と、どこまでの情報を公開していいのか、という確認のためだ。
『そっちはどうだい?レポートを見るに、皆が皆、時守くんから影響を受けているみたいだが』
「はい。全員が全員、試合用の戦いではなく、戦闘用の戦いも想定して訓練に当たっていますので、それなりの成長は得られるかと」
『なるほど。では、君たちはどうだい?』
「…元が高いこともありますが、ある程度の襲撃なら対応できますが…」
『流石に専用機が無いとキツいかい?』
「…はい」
ロジャーが問うてきたのは、生徒達の成長と、自分達教員のブランクがどれほど無くせているか、だった。
千冬自身、教員達の相手をしてきて、ある程度は力が戻ってきているとは思う。しかし、専用機を奪ってきた相手に対して、打鉄やラファールしか使えない自分達では、圧倒的に劣ってしまうことも事実なのだ。
『君の暮桜。アレもここで解析しようとは思っているんだが、どうする?』
「是非、お願いします。いつまでも地下に飾りのように置いておくのは、不本意ですので」
『……そうかい、分かった。ではまた連絡する』
「はい。失礼します」
不気味な間の後、ロジャーは会話をすぐに終わらせた。
千冬がふと見た空は、薄らと雲が広がっていた。
掘り下げに掘り下げているので、展開が遅すぎる希ガス。
後、友人に貸したIS8巻が1年ほど帰ってきておりません。いつ帰ってくるんでしょうか…。