炬燵の季節ですね。どこかの関西人みたいに、炬燵で寝て風邪を引かぬよう、お気をつけください。
「…ん?おや、またも徹夜をしてしまったようだな」
「…そう、ですね…」
「まあ地球の周りを公転しているこの国際連合宇宙開発専用ISステーションには、時間の概念などあってないようなものだがね」
「……は、い…」
「…どうした?疲れたのか?少し寝ていないぐらいで情けないぞ?」
「寝させてください…」
「ふむ…どうやら限界のようだな。良いだろう、7時間の仮眠を許可する。風呂や食事の時間は入れておかないから、ゆっくりと休みなさい」
「ありがとう、ござい…ます」
ここまでしばらく寝ることなく、働き続けてくれている部下の1人に労いの言葉をかけ、休ませる。
日本でいうところの、現在3徹目。ロジャーは一睡もすることなく、疲れた素振りも見せぬままパソコンと向き合っていた。
「しっかし、死屍累々だな。こら、君。そんなだらしのない格好で寝るんじゃない。タンクトップからブラジャー…さらに言えば谷間が大きく見えているぞ?」
「…ぇ?…あぁ、もういいです…。どうせ、ここはロジャーさん以外みんな女性ですし、貴方は奥様一筋で有名ですし…」
「…ふむ。なら一応この様子を写メで時守くんに送るとするか」
「何が一応…!あっ、ダメ…。立てない…」
パシャリ、とシャッターの切れる音と共に、時守の携帯にトークアプリからの通知が来た。
うっかり学園で開いてしまえばいらぬ誤解を招いてしまいそうな写真だが、時守がそれをどうするかはロジャーの知った所ではない。
「はぁ…。これでいよいよ、まともに動けるのは私だけか。…君、とりあえずこのブランケットを羽織りなさい」
「あり、がとう…ございます…」
「構わんよ。…時守くんが完治するまで後…47時間程か。まだ余裕がある、な。今後の予定でも決めておくとするか」
数台のパソコンで時守が入っている栄養カプセルの制御をしつつ、その片手間でカレンダーに予定を打ち込んでいく。
「まさか、金夜叉があんなことになっているとは思わなかったが…。思わぬ誤算、だがそれも予想の範疇。むしろ好都合だ。予定よりも低予算ですむ。…ただ問題は、期限が間に合うかどうか、だな。IS学園には千冬くんを通して連絡できるが…。どうも、ああいったイベントを時守くんが逃そうとするようには思えんしな…。どうなるかは、彼が目を覚ましてから、か。…やれやれ。こんなイベント、過去に一度も無かったはずなのだが…」
他人の目が本格的に無くなったこともあり、ロジャーの独り言が加速していく。
デスクの上に乱雑に置かれている資料の中にある、とある一枚の紙に目をやる。
全学年専用機持ちタッグマッチ。近々IS学園で行われるというイベントである。数時間ほど前に、ロジャーのパソコンに送られてきたものをプリントアウトしたそれには、参加者となるであろう生徒達の名前が記載されている。
織斑一夏、篠ノ之箒、セシリア・オルコット、凰鈴音、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒ、更識簪、更識楯無、フォルテ・サファイア、ダリル・ケイシーの全10人に加え、時守が仮に登録されている状態である。
時守の性格から考えて、人数が奇数になれど、参加の意思を示してくるだろう。…だが、そうなると足りないのだ。
「…行かせるわけにはいかない。まだ、不完全なんだ…。こんな短期間で完成するとは思えんが、その可能性すら潰したくはない」
圧倒的に時間が足りない。
せっかく、数日前に手に入れたヒントがあるのだ。その解次第では、時守は大きく飛躍できると、ロジャーは確信している。
「日に日に、見えるだけでも身体が良くなっているのが分かる。…今まで傷つけてばかりいた身体に、休息と栄養を与えればこうなるのは当然なのだがね」
作業を一旦やめ、コーヒーを口に含む。時守が入っている栄養カプセルのある部屋はガラス張りになっており、肉眼でも時守の様子が良くわかる。ここに来たときはまだ年齢にあった体つきをしていたが、今は身長や髪が伸び、全身の筋肉量も増えている。
「こんな逸材を早く学園に戻したいという気持ちは充分分かる。だがね、逸材だからこそ君よりも慎重に、かつ大胆に育てたいのだよ、千冬くん」
身体はしっかりと治りつつ、筋肉も増量されてきている。戦闘は千冬のお墨付きで、人望も厚い。そして何より、過去に類を見ない程のISの操縦才能を秘めていると、ロジャーは推測している。
そんな彼に、思わぬ変化を遂げたISが味方につくのだ。そしてその進化の過程を最も間近に見ることができ、さらに言えば自らの手で、その行く末すらも左右される可能性があるとも、ロジャーは判断した。
「まあまずは、ゆっくりと力を蓄えてくれたまえ。未来の世界最強」
ロジャーはコーヒーをもう1度口に含み、薄らと笑みを浮かべた。
◇
「箒、全学年専用機持ちタッグマッチのことなんだが…」
とある日の休憩時間、一夏は箒に声を掛けていた。その理由は他愛のない話でも、世間話でもなく、数週間後に迫った全学年専用機持ちタッグマッチについてだった。
同じ篠ノ之束作のISだから、という訳ではなく、一夏は箒に声をかけた。のだが。
「…すまない一夏。私は、楯無さんと組むことにした」
「そうなのか。…なんでよりにもよって楯無さんと?」
自らの思い通りにいかなかったからといって、怒る一夏ではないが、あの箒が楯無と組んだことに違和感、というか疑問を持っていた。
「…勘違いしてもらうと困るから言うが、何も優勝したくて楯無さんにペアを申し込んだ訳ではない」
「な、なるほど…。…ん?箒から申し込んだのか!?」
「…なんだ。私から申し込むのがそんなに珍しいか」
一夏が今まで彼女を見てきて、自分以外の人間にそこまで積極的に話しかけるような女性だと感じていなかった。こういうと確実に怒られるとは思うが、正直このように感じていたのは事実である。
「…私は、特別な訓練を受けずに専用機を貰った、たった1人の女性操縦者だからな。駄々をこねていた自分の責任でもあるが、紅椿に振り回されすぎている。…むしろ操縦者として認めてはくれていないのではないか、と思ってな」
「束さんが箒専用に作ったんだろ?それは…」
「関係ないかも、と思ったがな。…一夏も、私の性格を分かっているだろう?」
「…あぁ、そういうことか」
「そういうことだ…。ふふっ」
2人の中に、少しながら笑いが起きる。
箒がそこまでして自分の考えを貫くための、答えはただ一つ。自分がそうだと思ったからである。
負けず嫌いが故に、自分が操るISぐらいに認められるぐらいの実力は身につけたいのだ。
「だから、楯無さんに」
「あぁ。楯無さんには教わることは多いし、何よりも近接武器を使った中距離戦闘という点においては、ほとんど同じだからな」
「蒼流旋と空裂、雨月…。そういやそうだな」
さらに、お互いに、近接武器としても使えるが、中距離武装にもなる武器を積んでいる。操縦技術だけでなく、立ち回りなどの戦い方も教わろうという魂胆だ。
「分かった。そういうことなら、大人しく引く。…その代わり、驚くなよ?」
「ふんっ、それはこっちのセリフだ。そもそも、まだペアが決まっていないお前に言われたくはない、がな」
「うぐっ!そう、なんだよなぁ…」
「私の他に誰かいないのか?」
「えっと…」
各人の返事を少しばかり、思い返してみる。
シャルロットはラウラと組むと言っていた。今まで仲が良かった2人だが、ペアとして出たことが一度もなく、力を試す良い機会だと言っていた。鈴は、セシリアと組むらしい。というか、鈴と話しているその途中に、2人の横をセシリアが通り鈴がペアを申し込んだのを目撃した。もちろん、セシリアはそれを承諾。2年のフォルテ・サファイアとダリル・ケイシーはお互いに組むらしい。
「…簪さん、だけだな」
「まあ、白式の件は簪が許しているみたいだが…。早めに行ったほうがいいぞ?」
「分かってるさ。…流石に、今日中にペアを申し込んで、鍛え始めないとな」
もう、他のペアは訓練を開始しているだろう。それどころか、普段仲のいい者同士組んでいるペアが多い。あまり時間を共にしたことがない一夏と簪には、一秒でも多くの時間が必要なのだ。
「そうか。…なら、私ももうそろそろ楯無さんの所へ向かう。…じゃあ、また明日、一夏」
「おう。また明日、だな」
教室の前で箒と別れた一夏は、4組へと向かう。4組に居なかったら、高確率で整備室か、部屋に篭ってアニメを見ているという情報は事前に本音から手に入れていたが。
「おっ、いたいた」
「…え?…一、夏?」
運良く、一番最初に訪れた4組に、彼女はいた。居残りで勉強をしていたのだろうか、今まで机に向かっていたようである。
「よっ、簪さん」
「…もしかして、全学年専用機持ちタッグマッチのこと?」
「…なんだ、知ってたのか?」
「うん。…なんとなく、私は最後になりそうだったから」
「…ん?なんでだ?楯無さんに先に声を掛けてれば…」
「それは嫌」
簪が示したのは、明らかな否定。だが、姉である楯無を嫌悪しているという理由ではなく、もっと前向きな意見での、否定だった。
「いつまでもお姉ちゃんに頼ってばっかりじゃ、弱いままだから。…ロシア代表の力を借りて、日本代表になりたくない」
「そういうこと、か。なんか、似てるな、2人とも」
「むっ…。剣でもないのに、似てるとか言わないで。私とお姉ちゃんが似てるのは、好きな人といろんな所の色だけ」
「わ、悪い。なんだかんだ、姉妹揃って剣を好きになるって、すごいよな」
「…そう?…といっても、私とお姉ちゃんじゃ好きのレベルが違うけど」
「え?…そう、なのか?」
「…別に聞きづらそうにしなくても大丈夫。私は、人並みに愛してくれればいいって思ってるけど、お姉ちゃんは分からないし。同室とか、知り合って長いっていうのもあるから」
「…ほう」
「…絶対分かってないでしょ…。…もう、私達と剣の話はこれで終わり。…早く申請書出してきて。整備室で待ってるから」
いつの間にか一夏の持っていた申請書に名前を書いていた簪は、静かに立った。
◇
「…あら、箒ちゃん。いらっしゃい。早かったわね」
「はい、授業後すぐに来ましたから。…楯無さんは、いつから?」
「そうねぇ…、朝からずっと、ってとこかしら」
「なっ!?そ、そんなに早くからですか!?」
箒がアリーナに着いた時、既に楯無は全身を汗で濡らしていた。
額や頬、腕や腿には汗が溢れるように浮き、顎や手先などからは、一定のリズムで落ちている。
「えぇ。提出物も、生徒会の仕事も、ロシアへの資料も、全部終わらせたの。存分に打ち込める環境が欲しくて、ね」
「お嬢様、そろそろ休憩なさった方が…」
「…流石に、剣くんにあれだけ釘を刺してた人間が、潰れる訳にはいかないっていうのは理解してるつもりよ?自分の限界は自分で分かってるわ」
滝のような汗を流しつつ、楯無は呼吸を整える。『霧纏の淑女』を展開し、武器を出さずにこの汗の量ということは。
「…機動の練習、ですか?」
「えぇ、そうよ。良く分かったわね」
「その汗の量を見れば、何となく…。でも、楯無さんにまだできない機動って…」
「あるわよ、いくつか。まだ世界で2人しか成功していない、しかもその内1人はほぼ反則技を使ってしかできない機動が」
「…まさか、剣と、千冬さんですか?」
「…すごいわね、箒ちゃん。良く見てるじゃない。…織斑先生と、剣くん。2人とも、全ての機動技術を繋げることができるのよ。…最も、剣くんは『完全同調』を使ってる時だけなんだけどね」
「それを、できるようになると?」
「まあ、極力ね。…いきなりだけど、次のモンド・グロッソからは第2形態移行は当たり前、単一仕様能力の撃ち合いになると、私は予想してるの。…もしそうならなくても、剣くんがいる限り私の持っていたアドバンテージはほとんど無くなったも同然。なら、基礎から叩き直すしかないでしょ?」
「…はいっ」
楯無の予想は、近い将来に実現されるかもしれない。
男性操縦者が2人とも、ISを第2形態移行させ、単一仕様能力を発現させたのだ。長時間乗っている女性操縦者が発現させるのも時間の問題だろう。
ならばどこで差がつくか。単一仕様能力の個性の差と、単純な操縦技術である。
「だから、一緒に頑張りましょう?箒ちゃん。箒ちゃんも、代表とか、候補生については考えているんでしょう?」
「っ、えぇ…。一度、断りましたが」
「あら、そうなの?」
「はい。もちろん、日本でなりたいですが…、日本だと、一夏や簪と競えないと思ったので」
「ふふっ、なんだかんだ言って、箒ちゃんも負けず嫌いなのね」
「なんだかんだは余計ですっ!」
楯無監修、虚の監視の元、2人はトレーニングを始めた。
◇
「…はぁー、疲れましたぁ…。久しぶりですよ、こんなに疲れたのは…。…あれ?先輩?」
「ん?…なんだ真耶。今のは私に向けて言っていたのか。独り言だと思ったぞ」
「酷いですよー」
まるでスライムのように机に倒れ込む真耶を流し目で見つつ、千冬はコーヒーを淹れる。
元々、自分の休憩用として1つだけ淹れようとしていたが、後輩のあまりの疲れ様にもう一つのカップに注ぐ。
「真耶。お前、確かブラックは飲めないんだったな」
「はぇ?…はい、苦いのは無理ですが…。もしかして、淹れてくださってるんですか?」
「まあそんなところだ。今回ばかりは、流石にお前にも苦労をかけるからな」
今回、というのはもちろん全学年専用機持ちタッグマッチのこと、に加え、時守の長期公欠のこともある。
真耶の役割としては、周りの生徒のメンタルケア、時守がいなくなることによる予定のキャンセルなどが挙げられる。
「だぅー…。心に沁みます、このコーヒー…」
「キャッチコピーのように言うな、馬鹿者。そっちは…それほど、なのか?」
「いえ、先輩の仕事量に比べれば、まだまだマシな方ですよ」
「そうか。…すまないな、慣れないことをさせてしまって」
「大丈夫ですよ。こうでもしないと、学園が回りませんから」
今回、真耶に割り当てられているものの中で、最も重要なものと言われれば、学園における千冬の緊急時における権限を、一時的に借りていることだろう。
全学年専用機持ちタッグマッチにおいて、千冬は様々な動きを強いられている。亡国機業への警戒を怠らないようにしつつ、毎日、数人ずつの教員に指導をしている千冬が、普段の学生生活の中での緊急事態に対応できるはずがない。
そこで、白羽の矢が立ったのが、一組副担任でもある真耶だった。
「何も、寮官の仕事まで奪わなくてもいいとは思うがな」
「理事長達も、流石に生徒達だけでは不安なんだと思いますよ?IS無しでも戦える先輩は、心強いですから」
「…その言い方だと、どうも私が都合のいい化け物だと思われてるようだが?」
「こ、言葉のあやですよー」
ぶっちゃけるとそうなのだが、このIS学園で段違いに強い、というのもまた事実である。
元代表や、元代表候補生の教員は、思ったほど多くない。寧ろ、企業からの引き抜きや、卒業生を雇っている方が多いこのIS学園では、いざという時の戦闘要員がさほど多くなく、また狩り出せるIS自体も多くない。
故に、生身でも、そしてISでも、全教員がある程度戦えるように指導するのが、この数週間千冬に与えられた指名である。
「先輩の方は、どうですか?」
「…まあ、教員になって戦うと思っていた者が少ないこともあって、少し手こずっているのは確かだ。皆に得手不得手があるのは分かっているが、流石に侵入者を相手に生身で打撃を加えられない、というのはな」
「ISでしか戦わないって思い込んでましたからね、私も。そう考えると、やっぱり女性が強いなんていう風潮、そもそもおかしかったんですね」
「当たり前だ。女性ではなく、ISが強いんだ。…そもそも、そのISの未来も1人の天災の手に委ねられているぐらいだからな」
「…篠ノ之博士って、ISが男性でも乗れるようにすることもできるんですか?」
「さあな。本人からは、あまり詳しく聞いていない」
詳しく、ということはできるかどうかは知ってるんですか?とは、聞けない真耶であった。
教員達の危機意識の低さもそうだが、ここまで侵入者対策をしてこなかった学園側、そして何より、何も対応できなかった自分に、堪忍袋の緒が切れかかっているのだ。
その雰囲気が、外に漏れだしているのだ。恐ろしくないはずがない。
世界最強という肩書きを疎ましく思ったことは数え切れないほどあったが、それと同時にその責任も、同じ数だけ感じてきた。それなのに、このざまだというのが、千冬は許せなかった。
「まあなんであれ、これ以上学園を脅かす者はこの私が許さん。例え束でもな」
「それは私もですよっ!次で捕まえられなかったとしても、いつか見つけてみせます」
「おい…、いや。真耶は捕まえるだけでいいか。その後は私がする」
「その後…って何するつもりですか!?」
「害を加えてくる者には、それ相応の罰を与えねばならんということだ」
「先輩が言うと洒落になりませんよー!」
職員室は、緊張感と普段の雰囲気が程よく混じっていた。
空は、少しだけ雲が増え始めていた。
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