ファース党の方、セカン党の方、お待たせいたしました。今回の話、サービスシーン多めです。
話の展開の都合上、一話当たりかなり長くなってしまいますが、ご了承ください。
R-18はもう少しお待ちください。
One of the determination to growth.
「…あっ」
「おはよう、一夏」
「おう…。おはよう、シャルロット」
誕生日の翌日。一夏は食堂で、朝食をプレートに乗せたシャルロットに出くわした。目元にクマを残したまま現れた彼女は、どこか寂し気に笑っていた。
「その…大丈夫か?」
「うん、なんとか。…って言ったら、やっぱり嘘になっちゃうかな」
「そう…だよな」
「ここ、座るね?」
円卓に座っていた一夏の、ちょうど対面の位置にシャルロットは腰掛ける。
沈黙が続く。今朝のことでこうなることは分かっていたのだが、如何せんこの場を打開することのできる案を考えるには、時間が圧倒的に足りていなかった。
「一夏は、大丈夫?眠れた?」
「いや。昨日帰ってからも、剣が行ってからも、ほとんど眠れてない」
「…そっか」
その気まずい沈黙を破ったのは、シャルロットだった。顔色とそのか細い声色から、彼女が無理をしているのは、女心に対しては鈍すぎると言っても過言ではない程の、流石の一夏でも分かった。
「…僕ね、一睡もできてないんだ」
「ほ、ほんとに大丈夫か?」
「ラウラには『休める時に休んでおかなければ、いざという時に困るぞ』って言われたんだけどね、どうにも…怖くて…」
「怖い?」
「…うん。今僕達がこうしてる間にも、剣との差が付いちゃってるんじゃないかな…って」
「そんなこと…」
「分かってるよ?剣も、寝たり休憩したりしてることぐらいは。でもね、今までそうして、差が付いてたんだって考えたら…」
やっぱりちょっと…と言葉を零し、儚げに笑う。
「楯無さん達は、どうしてるんだ?」
「簪は朝剣を見送ってから、ずっと整備室に篭ってるよ。楯無さんも、『目が覚めたから武道場で身体を動かしてくる』って。セシリアは、僕と似た感じで、寝てる途中によく目が覚めちゃってたみたい。…箒達は?」
「あー…その、こんなこと言って良いのか分かんねぇけど、皆爆睡してたみたいだぜ?」
「…ふふっ、そっか」
「そ、それにさ。剣の様子が気になるなら、千冬姉に聞きに行こうぜ?今までどんなことしてたか、とか、今どんなことをしてるか、とか、機密とかあるとは思うけど、ちょっとだけなら…」
表情では取り繕っているものの、相変わらず寂しげな雰囲気を醸し出すシャルロットをなんとか励まそうと、必死に話題を絞り出す。
そもそもこうなってしまった原因は、昨夜の一夏の誕生日パーティーとは別に、今日の明朝にあった―
◆
「じゃあチフユ。彼はちゃんと、預かるわね」
「あぁ、頼む。それにしても驚いたぞ?ファイルス。まさかお前までもが国連の所属になっていたとはな」
「少し前のことよ。情報収集と交流のためにね。対亡国機業用に、各国から操縦者を集めるようになったらしいわ。表には出ない軍属なのだし、そういった組織は世界中にあるもの。こんな日の目を浴びることのない組織にも、こうやって変化をもたらしてくれたのが剣くんだもの。手を貸さないはずがないわ」
時は少し戻り、朝の5時。朝練の準備や家事などをこなす生徒以外はあまり起きていないこの時間に、千冬と真耶、そして専用機持ち9人と、国連からの遣いであるナターシャ・ファイルスが、IS学園の校門前に集まっていた。
「いや、俺そんなたいそうなことしてへんやん」
「それを本気で言ってるなら病院をおすすめするわよ?」
「…産婦人科?」
「精神科に決まってるでしょ!?ちょっとチフユ!また剣くんおかしくなってるじゃない!」
「こいつはこれが正常運転だ。気にするな」
今から長期間学園を離れることになる、ということを微塵も感じさせないような、いつも通りの騒がしさを時守と大人で作り上げる。
「あの、ファイルスさん。時守くんをどうやって運ぶんですか?確か、『金夜叉』の使用は、禁止されているんですよね?」
「えぇ。それで合ってるわよ、マヤ。オーバーホール前に不備で墜落なんてされても困るので、私が抱きかかえて運ぶわ」
「えっ、マジ?抱っこ?」
「…その言い方は辞めてくれると助かるのだけど…。まあ、剣くんがどうしてもっていうなら、完全初期化したラファールを一応持ってきてはいるから、それで…」
「んじゃそれで」
「…こうも即決で否定されると、女としてくるものがあるわ…。それなりにはスタイルに自信はあるのだけど…」
がっくりと項垂れるナターシャを一切心配することなく、時守はその手に握られたラファールの待機状態を取った。
「おーいしょ、っと。ほい、これで俺専用ラファールの完成ー」
「…時守。お前、今何をした?」
「へ?いや、ただ『完全同調』発動させて、金夜叉にある俺のデータを全部ラファールに送っただけですけど?」
「何でもありですね…」
「全くだ…。おい時守、その機能は絶対に他人には話すなよ」
平然と、何やらとんでもない機密事項になりそうなことが、時守の口から発せられる。
触れたISを、『完全同調』の応用でほぼ専用機のような状態にしてしまった。その瞬間に千冬から吹き出した計り知れないプレッシャーに、一同は頷くしかなかった。
「…と、まあ。とりあえずだけど、みんなにも伝わるように簡単に説明するわ。まず、今回時守国連代表を送る目的地は、上よ」
「…上?」
一夏がそう呟き、上を見る。もちろんそこには空しか無く、少し雲が漂っているだけだった。
「肉眼で見ても見つからないわよ。国際連合宇宙開発専用ISステーション。その名の通り、国連に所属しているIS操縦者が、宇宙開発のための中継地とするために作られた場所なんだけど…。その実験も兼ねて、まずは剣くんの体力回復ね。みんなも、日本のマンガとかで見たことあるでしょ?体力回復のための培養液とか、栄養カプセルとか」
「ま、まぁ…」
「それに、軽く5日は浸かってもらうの。で、その間に『金夜叉』の調整をして、後は剣くんに実際に装備してもらったり、新しく開発した武装とか、パッケージを試してもらうの」
「なるほどな。そっちが本命か」
「さっすがチフユ。ご明察ね。…安心して?私たちも、流石にこれ以上自分たちの代表を傷付けさせるようなこと、絶対にさせないわ」
「そう、ですか…」
絶対に傷付けさせない。
その凛としたナターシャの言葉は、聞くだけでなぜか、8人を安心させた。
「それとね、みんなに言いたいことがあるの」
「私たち、に?」
「えぇ。…私は、代表、どころか代表候補生にすらなれなかった女よ。だから、貴女達が今、そういった問題でどんな風に悩んでいるかは、あまりよく分からないわ。貴女たちが、IS操縦者として強くなる方法しか教えてあげられない。目標を持ちなさい。最初はどんなに低いハードルでもいいわ。クリアできれば上げればいいんだもの。それを、ずっと続けていけばいいの」
ナターシャのある意味当たり前だと言えるアドバイスが、心新たに進もうとする8人に、染み込んでいく。
「…ファイルス、そろそろ時間だ」
「そう。…じゃあね、皆。剣くん、挨拶とか大丈夫?」
「んー…せやな。ふぁあ…、ねむ…」
校門前に集まってから、あまり口を開いていなかった時守に、挨拶が振られる。
朝がとにかく弱い時守だが、今回のような場合も例に漏れず、大きな欠伸をしていた。
「…細かいことは、また後でメッセ送るわ。…とりあえず」
小さな歩幅を数回繰り返し、刀奈まで距離を詰める。
だらりと下げていた右手を、刀奈の頭に優しく置く。
「…皆のこと、カナのこと、ちゃんと頼むわ」
「えぇ。任せて」
「俺も、できるだけはよ帰ってくるから」
「…うん」
「…シャルも、簪も、セシリーも、無茶せん程度に、な?…ま、言うてすぐ帰ってくるし」
3人が無言で、だがはっきりと頷いたのを確認して、時守はナターシャの方へと戻る。
「あ、ラウラ。お前らもちゃんとええ子にしときや」
「子ども扱いしないでください!師匠!」
「へーへー。…ま、楽しみにしとけ。んで、楽しみにしとくわ。んじゃ、また…近いうちに?」
そして、屈託のない笑顔を浮かべながら、こちらに振り向き、別れを告げた。
◆
「今思えば、あんまり締まらない終わり方だったな」
「その辺りが、剣らしいから良いんだよ?全く、一夏は分かってないなぁ」
「まぁ、しんみりされるよりかは、気は楽なのは確かだけど」
「でしょ?」
朝食を摂り終えた2人は、千冬がいるであろう職員室へと歩き出していた。
今朝の見送りから、あまり寝れていない2人。そのせいだろうか、いつもより少し早い朝食になっていた。その分、いつもよりは時間に余裕もあり、職員室にも、ゆっくりとしたペースで向かうことができた。
「…その、シャルロットは、さ。何を目標にするつもりなんだ?」
「…相手に全力を出せるように、なんだ。タッグトーナメントの時は、ラウラと剣が敵対してたっていうのもあったから、あんまりそう言うのは考えたこと無かったんだけど。…やっぱり心のどこかで、友達に武器を向けるのを躊躇ってるんだと思ったから。そういう所で考えたら、箒や鈴の性格がちょっとだけ羨ましく感じるんだ」
「なるほどな…。それ、俺も他人事じゃないかも知れない…」
その道中、2人はナターシャに言われたことについての、各々の考えを語り合う。
シャルロットの決意は、ISでの戦いにおいて、甘さを捨てるというものだった。
元から優しい、否、優しすぎる彼女は、専用機持ち達との仲を深めてからパイルバンカー等の、ISの防御力があったとしても操縦者に大きなダメージを与えかねない武装の使用を、極力減らしていた。その理由は至って簡単で、皆を傷つけたく無かったからである。
「…だからね。織斑先生程って訳にはいかないし、普段からそう振る舞おうとも思ってないけど、ISだけは、そういう甘さとか、捨てるって決めたんだ」
「シャルロット…」
「一夏は、決めた?」
「…あぁ。俺も、皆にちゃんと全力で戦えるようになる。…やっぱりどこか、『零落白夜』とか『雪羅』を人に向けるのを、怖がってるんだと思うんだ。だから、SEを0にできるギリギリの力加減とか、当てるテクニックを身に付ける」
一夏の決意は、『零落白夜』を扱うテクニックの向上である。
過去、様々な場面において、その強大な強さから、ほぼ一撃で戦況を決めてきた『零落白夜』と『雪羅』。失敗すれば相手に、決まれば自分たちに流れを呼び込んできたそれを、もっと上手く扱えるようにならなければならないのだと、一夏は感じた。
クラス対抗戦時のゴーレム、暴走したVTシステム、銀の福音、学園祭時のオータムらに対しては、なんの躊躇いもなく振るえた。だが、クラスメイトに迷いなく振るうのは、あまりにも恐ろしい代物であることは一夏もよく知っている。
「じゃないと、負けてばっかりになりそうだしな」
「そうだね。皆も、変わると思うから。ちゃんと練習しないと」
2人は決意新たに歩く。
◇
「あれ?織斑君に…デュノアさん?おはようございます。…どうしたんですか?こんな早くに」
「おはようございます、山田先生えっと…織斑先生はいますか?」
「織斑先生、ですか?」
職員室に着いた2人を待っていたのは、1組の副担任である真耶だった。時間が早いということもあり、職員室にもほぼ人がおらず、真耶もあまり眠れぬまま直接出勤したように感じられる。
「多分今は…まだ自室にいるんじゃないでしょうか?私も、その…時守くんが行ってから、眠れなくて早く来ただけなので…」
「山田先生もですか」
「えぇ。やっぱり、先生としては心配ですから…。あっ、へ、変な意味で捉えないでくださいね!?」
「捉えませんよ…」
「むっ…。…まあいいですけど…」
やっぱり、いい先生だなぁ…と2人して思っていたところ、急になぜか自爆しにいった真耶。入学してからすぐに発覚したことなのだが、真耶は少…かなり抜けている所がある。年下ばかりの生徒の前で緊張してしまうことなど序の口、一夏や時守と自分が1体1で対面する場面を想像するだけで妄想の世界に入り込んでしまうことすらあり、今のように自分から変な発言に変えてしまうこともあるのだ。
そんな真耶を見るのも慣れたようで、一部の発言の被害者である一夏は呆れたようにため息を付き、真耶の言葉を否定。
シャルロットは、自分の恋人に思わぬ手が伸びようとしているかもしれないことに少し危機感を覚えるも、婚約時に決めたことをすぐ様思い出し、真耶に鋭い視線を向けるのをやめた。
「そ、それより、お二人は織斑先生にどんな用事が?」
「えっと…今まで剣がどんなことをしてたか、とか、今剣が何をしてるのか、とか少しだけ詳しく教えてほしいと…」
「それなら…」
ちょっと待ってください、と2人に断りを入れ、真耶は自分と千冬のデスクを漁り始めた。デスクの上に置いていく書類の中に、『極秘』や『誰二モ見セルナ』等という文字が見えるのは気のせいだと思いたい2人であった。
「あ!ありましたよ!そう…ですねぇー。これぐらいなら、公開しても大丈夫みたいですね」
千冬のデスクの引き出しから取り出した書類を手に取り、真耶は読み上げる。
「えっと、普段、平日の放課後はですね、普通に織斑先生との戦闘訓練ですね。SEが尽きては、回復。その間に考察し、再戦。その繰り返しみたいですね。土日は、国際連合本部での実戦です。たまに国家代表の選手がいることもあったみたいなので、かなりの戦闘経験を積めたみたいです」
「…すごいな」
「うん。…織斑先生相手に、しかもほぼ負けてばっかりなのにずっと続けていられるなんて…」
「多分、その精神力の強さが、時守くんの成長の秘訣なんだと思います。…それと、今は先ほどファイルスさんが言ったとおり、体力の回復とISの修復ですね。…見たところ、あの施設にも小さいアリーナはあるみたいなので、そこで新武装の試験、だと思います」
「なるほど…分かりました。ありがとうございます」
「大丈夫ですよ、これぐらい。…私には、これぐらいしかできることがありませんから」
どこか誇らしげに、しかしどこか儚げに笑みを浮かべる真耶を、2人は初めて見た。
◇
「はぁっ!」
一夏とシャルロットが共に朝食を摂っていたのと同時刻、誰もいない、少しばかり冷え込んだ剣道場に、黒い長髪が美しく揺れ、頬から汗が散る。
最近弛んでいた自分を引き締めるため、前日は早く寝て、今朝はルームメイトを起こさぬよう、着替えを持ってこっそりと抜け出した。
まさかここまで考えさせられ、そして行動に移すことになるとは思わなかった。
篠ノ之箒は、竹刀を振り続ける。
「はぁっ!」
思えば、普段おちゃらけていた剣よりも、私の方が腑抜けていたな…。
剣を振るたびに、同じ名を持つ友人の顔が頭に浮かび、自責の念に駆られる。
振り返ったところで、自分が何かしてやれたことなど、大して無かった。
初めて無人機が襲ってきた時には、一夏の妨害しかしなかった。タッグトーナメントの時も、自分の下心のせいで変な騒ぎを立ててしまった。極めつけは臨海学校の時、想い人と友達を、死なせてしまうところだった。
「っ、はぁっ!」
先ほどよりも、強く踏み込み、打つ。
夏休み、保護プログラムがあるおかげで外に軽く出られないことを良いことに、学園でダラダラと時を過ごしてしまった。
二学期、文化祭。剣道部の先輩に『幽霊部員』と直接言われても、何も言い返す言葉が無かった。敵が襲撃してきた時、ただ楯無の指示を仰ぐしか無かった。
そして、キャノンボール・ファスト。またも指示を待ち、結果的に邪魔をし、挙げ句いつものように傷つけた。
「はぁっ!…ふぅ。…情けない、な」
幼少期からの付き合いで、自分の性格を分かってくれているのか、一夏の誕生日の後、千冬が話しかけてきてくれた。
『これが1年で、良かったな』
その言葉を理解出来ない程、箒の頭は固くない。
中学の時も、部活の顧問に似たような事を言われた。自分に力があると過信し、剣を振るっていた。一時期は勝てていたものの、時間が経つにつれ、勝てなくなっていった。その時に言われた言葉と、全く同じだった。
「また、同じ過ちを犯す所だった。…いや、もう遅い、か」
事実、彼は治療のため、この学園を離れた。
その言葉だけ見れば軽いものだが、中身を見れば自分達に非があることは明確だった。
―周りを助けすぎて怪我を負ったから、今は怪我しない環境で治療、特訓させる―
箒だけでなく、専用機持ち全員が、言外に『弱い』と言われた気がした。
「いや、弱いんだ。私は。…弱いから、剣が怪我をして、シャルロット達に悲しい思いをさせてしまったんだ…」
構えていた竹刀を降ろす。剣道場に来てからずっとしていた素振りは、頭を冷やすには充分だった。
「…ん。気持ち悪い、な。…浴びるか」
竹刀を袋に戻し、剣道場に付いているシャワールームへと足を向ける。
いつも通り、脱衣場で着ている衣服全てを一気に脱ぎさる。
汗でへばりついた道着と、胸の形を整えていたブラジャー、そしてそのブラジャーと共に汗を吸い、蒸れに蒸れたパンティを脱ぎ、一夏に貰ったリボンを取る。
普段なら隠すが、今は自分以外いないことは分かっているので、数枚のタオル片手に、シャワーのある場所へと向かう。
自分でも思うほど大きく育った胸が、歩く度に大きく柔らかく揺れる。
「そういえば、最近また少し大きくなっていたか…?」
簡易な仕切りで区切られたシャワースペースの一つに入り、扉代わりの磨りガラスにタオルをかける。
だが、まずシャワーを浴びることはせず、その大きな胸に自分で手を当てる。…やはり、また大きくなっている。高校に入学するまでは、鬱陶しく思っていたそれも、今はそれほど嫌ではない。
「一夏も、大きい方がいいのか…?」
自分で、揉んでみる。少し強めに揉み、形を強引に変えてみるが、圧迫感を感じるものの、快感は生まれない。
「…まあ、今はいいか」
先ほど竹刀を振っていて思ったことだ。周りの専用機持ちに比べ、自分だけがうつつを抜かしすぎているように思う。
箒は、決意した。恋の前に、それのふさわしい強さを身に付けることを。
「きゃっ!…つ、冷たいな…。まあ、冷えてきているからな」
ノズルを捻ると、シャワーから冷水が勢いよく飛び出してきた。あまりに突然で驚いたが、少し待てばすぐに温水へと変わった。
まずは髪と、身体全体を濡らす。いつもなら時間が無いため本当にシャワーだけだが、今日は時間に余裕があるため、洗うことにした。
シャンプーを流し終えた後、持ってきたタオルの一枚にソープを出し、泡立てる。
左肩から先端へ、そして右肩から先端へ。そして腹部を洗い、たわわに実った乳房を洗う。洗い残しがあると気持ち悪くなるため念入りに洗い、シミ一つない背中へと移る。その後、筋肉と脂肪が絶妙な比率で付いている脚を洗う。残している部分以外に洗い残しが無いことを確認し、臀部を揉むように洗っていき、最後に秘部を、乳房と同じぐらい念入りに洗う。
「んっ、はぁ…」
篠ノ之箒も、1人の思春期の女子高生である。
口では否定しているものの、上手く隠れて自慰もしているし、性行為にだってそれなりに興味はある。
いつの間にかタオルを左手に持ち変えており、右手は知らないうちに陰部へと向かっていた。
中指と人差し指を動かす。すると、ぐちゅり、という明らかにシャワーの水気の音ではないものが、箒の膣口から鳴った。それは一回だけではなく、不規則なリズムで、少しずつ大きな音を立てていった。箒の口からも嬌声が漏れ始め、次第に大きくなる。息も乱れだし、2本の指が奥へと進もうとする。
だが、そのいやらしく動く彼女の右手が、今朝は止まった。
「…今は、このような時間すら、上手く使わないとな」
まるで先ほどまでの行為を否定するかのように乱雑にシャワーを浴びる。磨りガラスのドアを開け、肢体の水分を取った後、持ってきた替えのパンティを履き、ブラジャーを着ける。
「っ、やっぱり、少し苦しいか…」
サイズが合っていないことは無いだろうが、少し小さい感じるそれは、箒の乳肉の形をいやらしく保っていた。
「まあ、良い。…剣が帰ってくるまでは、これが戒めだ」
肌着と制服に袖を通し、剣道場を後にする。
箒はここに、時守が帰ってくるまでのしばらくの間、自慰行為禁止も決意した。
◇
「…んぅ?…あれ、普通に爆睡してたわ」
凰鈴音は、いつも通りの時間に自室で目を覚ました。
同時刻に、想い人は別の女子と共に廊下を歩いている最中だったが、そんなことを寝起きの彼女が知るよしもない。
「…セシリア達になんか言われそうね、このままじゃ。『変わろうとは思わないんですの!?』みたいに」
昨夜、厳しい面持ちで解散したことはもちろん分かっているし、本当に心新たにISの技能向上に努めなければならないことも分かっている。時守が学園を離れた彼女達の心境は、分かりはしないものの、察することはできる。…だが、
「でもまぁ、眠いのもホントだし。睡眠時間削ったらできない派の人間だもん、アタシ」
眠いのだ。
自分は睡眠欲には勝てない。それが分かっているからこそ、鈴音は早く眠り、その代わりに昼間の時間を上手く使う。
「…ま、放課後にやりゃあいい話でしょ。朝イチからガッシャンガッシャン言うのも周りに迷惑に決まってるし」
寝間着を脱ぎながら、これからの予定を大雑把に決めていく。
朝食を食べて、授業を受けて、昼食を食べて、授業を受ける。
その後はもちろん、ISの特訓に当てているが、それはまあその時の気分で決めよう。
「うーん…。とりあえずは…双天牙月の扱い、かなぁ。んしょっ、と」
寝返りをうってズレたパンティを直し、クロッチを陰部に合わせ、少し食い込み気味に引き上げる。
そして、1人ぼやきながら、ブラジャーの肩紐を両腕に通す。夏休み、とある店頭で見つけた淡いピンクのそれは、ある1点を除いて鈴音のお気に入りになっていた。
「衝撃砲は…大丈夫だし、近距離戦闘で強くならないと…。っこの、相っ変わらずムカつくわね!ちょっとデザインが良いからって、着けにくいのよ!」
そして、背中のホックを上手く止められずに、いつも通り格闘する。
背中に手を回し、唸りながら鈴音は決意する。近接で強くなろうと。
「…なんかお腹減っちゃった」
寝起きにいきなり考え事をし、下着と格闘した彼女は、いつもと比べればかなりのカロリーを消費してしまった。
「ティナは…いっか」
だらしない寝顔で、ヨダレを垂らしながら未だ睡眠を続けるルームメイトを尻目に、スカートに脚を入れ、ブラウスに袖を通す。
制服を着ている間、ティナの方を見てみると、箒程では無いものの、豊かに育った双丘がリズムよく上下に揺れている。
「…ふんだ。別に、大きけりゃいいってもんじゃないでしょ。少なくとも、あいつはそうだし」
女子に何の躊躇いも無く『胸のデカさなんて大して関係ないやろ』などとぬかした関西人のことを思い出しながら、鈴音は部屋を出た。
◇
「……結局、あまり眠れませんでしたわ」
制服に着替え、自室でモーニングティーを済ませたセシリアは、食堂へと繋がる廊下を歩いていた。
一夏の誕生パーティーから帰ってきてからもあまり眠れず、時守を見送ってからも全く眠れなかった。
「剣さん…、はぁ…」
朝からずっと、この調子だ。
寝起き、紅茶を入れる時、飲む時、着替える時、部屋を出る時…もう既に何回ため息をついたか数え切れない。
ため息をつけば幸せが逃げる、という言葉があるが、彼女の場合少し違う。幸せが逃げてしまったからこそ、ため息が出てしまうのだ。
「……はっ!?し、幸せは…剣さんと共に戻ってくるのでは?」
しかし、廊下を歩いている内に少し考えが変わったのだろうか、セシリアの表情が明るくなる。
「ですがそれは…、剣さんが完治していて、もう守ることで傷つかない場合のみ、ですわよね…」
だが、またも表情が変わり、今度は俯き、影が差す。
表情を二転三転させる彼女は、表に出すことで答えに近づこうとしているようにも見えた。
「…私ができるのは、後方からの射撃のみ。私が前線で『インターセプト』を振るっていても、ただの邪魔にしかなりませんわ」
セシリアが考えるのは、競技としての1対1の戦闘ではなく、襲撃者が乱入してきた時の戦闘である。
自分のような人間、機体が前線で戦うのは、本来前線を得意とする仲間の邪魔にしかならない。そのことを彼女は、良く理解していた。
「そうなれば、『偏向射撃』だけではなく、『スターライトmk-Ⅲ』での狙撃も重要になってきますわね」
キャノンボール・ファストが終わってから自在に操れるようになった技術を、セシリアはメインにするつもりは無かった。自分が操る武装は、スターライトとビット。決して、ビットだけしか使えない訳では無いのだ。
「それに、『偏向射撃』ができるようになるまでは、ほとんど剣さんに頼りっぱなしでしたもの」
思い返せば、『偏向射撃』習得に行き詰まればすぐに彼の元へと歩み寄っていた。そのせいで、彼自身の時間が減っていたことに、今更気づく。
「…狙撃は、私自身の力で伸ばしていかないといけませんわね」
セシリアは決心した。自分のメインウェポンである『スターライトmk-Ⅲ』に重点を置きつつ、『偏向射撃』の扱い、戦い方を学ぶのだと。
◇
「かんちゃ〜ん、そろそろ休憩…朝ごはん食べよおよ〜」
「ダメ…、後、ちょっとだから…」
「さっきからそればっかりだよぉ〜?全然寝てないんでしょ〜?」
「…大丈夫。徹夜ぐらい、いつもしてる」
そういう意味じゃないんだよぉ〜、と、布仏本音の嘆き声が、整備室に響く。
本音が簪を止めようとする理由はただ一つ。このまま無茶をし続け、いずれは時守と同じ道を辿りかねないからだ。
徹夜は慣れていると言った簪だが、本音から見て、それがたった1日で終わるわけがない。あの簪なのだ。きっと時守が帰ってくるまでは意地でも寝ないつもりなのだろう。
「けんけんも〜、帰ってきた時に元気なかんちゃんといちゃいちゃしたいと思うよぉ〜?」
「…なら、その前の日で体調を整える」
「…も〜!!かんちゃ〜ん!」
「…ふふっ、冗談だから、本音。…キリがいいし、そろそろ片付けて行こう?」
「…むー…」
今までからかわれていたことに、本音の頬が膨らむ。本音がそう思ってしまうほど、簪はかつてない程集中していた。
「ねぇ、かんちゃん。なんで、急に?」
「……本音なら大丈夫かな。…私ね、日本代表になりたい」
「…え?」
その理由を問うたところ、斜め上を行く回答が返ってきた。
「…確かに、織斑先生の後釜だし、重圧も凄い、と思う…。でも、剣やお姉ちゃんの景色を見るには、それが一番の近道なの」
「かんちゃん…」
「それに、そろそろ影口も鬱陶しくなってきたから。…最有力候補とか言われてたけど、ずっと認められなくて、グチグチ言われてたし。正直、あんまり固執してなかったけど、今はなりたい」
恋人と姉と同じ景色が見たい。その願いのために、織斑千冬と同じ立場に立つ。簪は、日本代表という肩書きすら、踏み台にしようと考えていた。
「…戦闘スタイルは違っても、私は私なりの代表になる」
「応援するよ、かんちゃん」
「…ありがとう、本音。…でも、ごめんね。多分、何回か剣とかお姉ちゃんと戦ったら、私は代表を辞めると思う」
「…なんで?」
近接重視の千冬と、中距離メインの簪。戦い方、魅せ方は違えど、必ず日本代表になると、簪は決意した。
決意すると同時に、本音に謝った。
「…私、代表として闘う剣のサポートがしたい。剣と戦いたい気持ちも無くは無いけど、エンジニアとして、支えたい。…もちろん、お姉ちゃんやシャルロット、セシリアもね」
「…うん。その時は、手伝うね」
「…ありがと」
片付けを終えた2人は、揃って整備室を出た。
◇
「………はぁ」
自分以外誰もいない生徒会室で、楯無は一台のパソコンと向き合っていた。
そこに映されているのは、自分のバイタルデータ等を含んだ、IS関連のファイル。スリーサイズなどに微妙な変更点があるものの、楯無の視線はそこではなく、とある一つのグラフに集中していた。
「…どおりで、最近負けがちなわけよね」
IS『霧纏の淑女』の稼働率等の伸びが、芳しくない。さらに言えば、技能等は、夏休み終了時とさほど変わらぬほどに、上達していなかった。
「全く、いつから勘違いしてたのかしら。…私はまだ、教える立場じゃないのに」
更識家当主、IS学園生徒会長、ロシア国家代表、それほどの肩書きを持っていたとしても、楯無はまだ学生なのだ。まだ高校生活の折り返し地点にすら立っていない彼女が、自分自身を律するにはそれで充分だった。
「…元代表候補生の先生からも教わることはあるし、織斑先生みたいな元国家代表からももちろんある。…入学してからの剣くんみたいに、なれてなかったってこと、ね」
千冬が、『変わった』といった部分は、恐らくここだろう。
一年生の時の自分は、周りに教えることはあれど、基本は自分のスキルアップメインだった。だが、2年生になった自分は、自分の訓練を疎かにし、一夏ら1年生を教える時間に、自らの時間を使いすぎていた。
優しくすることは、甘くすることではないのだ。
「…また、本当に心新たに精進するしかないわね」
楯無は決意した。代表候補生時代、もしくは代表候補生になるために必死に努力していたあの頃の心持ちに戻り、ISに取り組むことを。
「…剣くん、待ってるわ」
生徒会室の窓の外を見る。
そこには、綺麗に晴れた青空が、広がっていた。
uneiのお兄さん消さないで…(懇願)
―追記―
ラウラがいないのは敢えて、です。