「おーい、けーん。まだかー」
『もーちょいや』
俺、織斑一夏は従業員専用更衣室の前で剣を待っていた。
それにしても驚きだ。剣がこんな所でお手伝いをしていたなんて…。まあ本人に聞いたら『…さぁ?なんでやろ』とでも答えそうなのだが。
あと、『ジェイソン』って誰だ?言葉を聞く限り人の名前だとは思うけど…。と、そんなことを考えていたら更衣室の扉が開いた。
そこにはどこにでも売ってあるようなアロハシャツを羽織り、下に青の水着を着て、そしてなぜか右手に銛を持った剣がいた。
…ん?
「なあ剣。その、さっき言ってた『ジェイソン』って人は?」
「こいつや」
剣が左手の人差し指で示したのは右手にある銛。……え?
「もしかして…その銛か?」
「せや。銛田ジェイソン君34世や」
「なんだよ銛田ジェイソンって!?普通の銛でいいだろ!?」
「あかんあかん。ずっと長いこと使ってるからな、ちゃんと名前付けたらな」
「…34世っていうのは?」
「気分や」
「まさか清洲さんに頼まれてたのって…」
「おぅ、俺がこの銛田ジェイソン君34世で魚突いてくんねん」
……想像の斜め上をさらにぶち抜く答えが返ってきた。
一学生が銛で魚突いてもいいのか?…あー、プライベートビーチ的なあれか。ならいいのか。…いいのか?
「先行くでー」
「あっ!ちょ、ちょっと待てよ剣!」
とりあえずまぁ…今日は楽しけりゃいいか。
◇
花月荘から出て、ビーチに足を踏み入れる。
見慣れた真っ白な砂浜、見慣れた青い海。見慣れない水着姿の同級生達…
「海やー!!…言うても毎年来てんねんけどな」
「ムードぶち壊すようなこと言ってんじゃないわよ」
「おおリコピン。…ビキニとか気合い入ってんな」
「誰のせいでそうなったと思ってんのよ!」
俺?…俺やな。婚約したからワンサマしか狙える男子おらんし。
「まあ頑張ってワンサマ落とせや」
「とは言ってもねぇ…、はぁ…中学ん時の男子にちょっと連絡取ってみようかな…」
「お前………こんなこと言うのなんやけどろくな奴おらんで?」
「知ってるわよ!でもそれなりにハイスペックな奴が居るんだし別にいいでしょ!?」
「それなりには…な」
変態生徒会のメンバーの事やろな。
中学の運動会で毎年50mの学年記録を叩き出して、なおかつ学力学年4位の会計、小西くん。
何かを開発、思いつくことならこの子におまかせ、学力学年3位の庶務、馬場ちん。
中1の時から剣道で3年連続全中優勝、ザ・イケメンかつ変態、学力学年2位の副会長、健くん。
んで何の取り柄もない学力学年1位の会長、俺。…あれ?
「…俺も変態の一員やったんか…」
「今頃?」
「……あれ?生徒会メンバーって人気あったん?」
「……かなりね」
「マジで!?」
「ま、中1の時に男子と女子の間で恋愛に絶対に発展しなくなったしねー、私たちの代は。だから中学ん時は諦めてたんだけど」
「んじゃま、がんばー」
「軽っ!?」
リコピンの相手するよりも先に魚突かなあかんもん。清洲のおばはんのアッパーはもう喰らいたくないからな。
ジェイソンを片手に砂浜を歩いていると、まあ見られる見られる。そんなに銛って珍しいか?
そんなこんなで砂浜を歩いていると、目の前にとある4人が現れた。
1人は水色のワンピースタイプの水着を着た嫁。
1人は腰にパレオを巻き、ブルーのビキニを身につけた嫁。
1人は少し大胆なイエローのビキニを着た嫁。
そして――
「おぉ、3人とも。『レゾナンス』で見た時よりもよう似合ってるわ…、で、その蚕みたいな奴、誰?」
「か、蚕って…」
「ラウラさん?ずっとバスタオルで隠していたら分かりませんわよ?」
「そうだよラウラ、ほーら、せっかく水着に着替えたんだし、ちゃんと見てもらわないと」
…は?ラウラ?糸でも吐いたんかこいつ
「む、むぅ…しかしだな…。師匠にこのような姿を…」
「まだ恥ずかしがってるの?…一夏に見てもらうんでしょ?」
「わ、私にも心の準備というものがある!」
凄いカオスや。シャルが蚕に向かって喋ってて、その蚕はモゴモゴ動きながら返事してる。
時間やばいからはよしてもらうか。
「ラウラ、はよ」
「せ、師匠!?」
「大丈夫やって、今さら4人以外に惚れへんし」
「あぅ…」
「も、もう…剣さんったら…」
「皆の前で……えへへ…」
「むっ!私の身体では欲情しないということか!?師匠!」
「そういうのはワンサマに言ってこい。あいつそういう方面で頭のネジぶっ飛んでるから多少のことじゃ揺るがんからな、全裸とかじゃない限り普通の反応すると思うで。…嫁のそういう所は夫が直さなあかんやろ?」
モッピーのあのスタイルが近くにあって全然反応せえへんってな。…ちょい男としてどうかと思う。
「はっ!そ、そうだ!そうだな師匠!分かった、なら今すぐその唐変木を直してやるぞ!嫁ぇ!!」
「「「「いってらっしゃーい」」」」
4人で一夏に蚕姿でばやんばやんと飛び跳ねながら特攻をかけるラウラを見送る。…さてと。
「突きに行こか」
「っ!ま、待ってくださいまし!」
「ん?どした?セシリー。皆居るからあんまりえっちぃことはあかんで?」
「わ、分かっていますわ!…こほん。その…背中にサンオイルを塗ってほしいのですが…」
「ええで」
「あ、じゃあ私も…」
「おお、簪もか?シャルはどうする?」
「うーん、僕はちょっと泳ぎたいかな」
「おっけ、じゃあまずはセシリーと簪やな」
シャルと一旦別れる。見ると、他のクラスメイトと一緒に遊ぶ約束をしていたようだ。まぁシャルの性格やしな、友達の数百人ぐらい居てもおかしくないやろ。
しばらく歩くとビーチパラソルの下にブルーシートが敷いてある所まで来た。
セシリーはそこでうつぶせになり、水着のブラの紐を解く。解いた水着はシートと身体に挟まれた状態で、セシリーはその綺麗な背中を俺に見せている。身体に押しつぶされてむにゅりと形を歪めた乳房は、腋の下から見えており、かなりセクシーだ。
その隣に簪もシートを敷き、セシリーと同じ状態になるがどうも胸がセシリーみたいにならず、羨ましそうな、そして残念そうな顔をしている。
「むむむ…」
「か、簪さん…その…そんなに見られると恥ずかしいですわ…」
「今さら見られて恥ずかしい所とか…あんの?」
「あ、ありますわ!」
…あるか。屁こいたりするのは流石に恥ずかしいな。
「剣…もう準備…できた?」
「ん?おお、じゃ、塗るわ」
確か冷たいから手であっためてから塗るんやんな?
手に垂らして…
ヌメヌメ……
ヌチョヌチョ…
ヌチャチャチャチャチャ…
「ローションみたいやな」
「そう言われると…そう考えてしまいますわ…」
「…無心。れっつ無心」
「んじゃ塗るでー」
セシリーと簪にサンオイルを塗り終えた俺は、ようやく海に入ろうとしていた。
そして入る前に知った。俺がさっきから女子にチラチラ見られてるのはジェイソンのせいじゃなくて俺の腹筋のせいらしい。リコピンに言われてようやく分かってんけどな、いわゆる無駄な肉の一切を削ぎ落とした身体になっててしかもそれが前が全開のアロハシャツからチラチラ見えてやばい、らしい。腹筋フェチとか…いんのかな。
んじゃまとりあえず。アップも終わったし、ジェイソンの調子もいいし、行こか!!
「海へ、ピョーーーンッ!!」
まあジャンプせえへんとザブザブ入っていくねんけどな?
◇
鈴が溺れ、介抱をしながら剣が海に銛を持って行ったのを見送ってから15分。時々沖合に剣が浮かび上がってくるのが見える。
「…あいつ…マジで魚突いてるんだな」
「馬鹿よ馬鹿。…まあ仕事っていうのはちょっと驚いたけど」
だいぶ落ち着いた鈴が俺の独り言に反応する。そうなんだよな。…剣ってものすごい所まで人脈広がってそうだよな。
「全く…あいつも断れば良いものを。お人好しというか何というか」
「おっ、千冬ね――」
「織斑先生だ馬鹿者。…凰、足は大丈夫か?」
「へ?…は、はいっ!大丈夫です…」
「そうか。…明日は装備試験運用とデータ取りだ。くれぐれも無茶はするなよ?」
「はい…」
「ラウラは…お、居たか。織斑、ラウラの水着姿は見たか?」
「ま、まあ…」
「ちゃんと感想を伝えてやれよ?あいつもあいつで相当気合いを入れていたからな。…さて、と。私は少ない自由時間でも楽しむとするかな」
そう言って千冬姉は嵐のように去って行った。
…
鈴と顔を向き合わせ、同時に口を開く。
「「誰あれ」」
あんな優しい千冬姉初めて見た。…変わろうとしてるのか?
◇
「ふぅ…」
織斑千冬は軽く汗を流していた。生徒とビーチバレーをし、時折見せるその柔らかな表情に同性ながらもときめく女生徒は多い。
「山田くん、時守は?」
「時守くんなら…あ、そろそろ来ましたね」
千冬の表情が柔らかくなったのは紛れもない、この時守という男子生徒のおかげである。ストレス発散然り、笑い然り、ストレス発散然り、ストレス発散然り、ストレス発散然り、恋愛指導然り…といった具合だ。
アロハシャツと水着、そしてやや白めの肌と茶色がかった一夏よりかは少しクセのある髪を濡らした時守が海から上がってくる。
「お疲れ様です、時守くん」
「ご苦労」
「おー、先生方。自由時間っすか?」
「はい。ところで時守くん、いったい何をどれだけ取ったんですか?」
「清洲のおばはんからは『魚はそこまで取らなくていい』って言われてたんで…サザエとか…アワビとか…っすね。あっ、あとこれ」
そう言って時守が真耶と千冬に見せたのは…
「ウツボ、取ったどーー!!!」
真耶は脱兎のごとく逃げ、千冬は時守の頭に拳骨を食らわせた。
――この日、時守は2回目の気絶をした。
◆
「……あっつ…」
「起きたか時守」
「いや何さも当然のようにしてはるんですか。気絶させたんちっふー先生ですからね?」
「あんなものを見せるお前が悪い。…お前が取って来たものはアレ以外全て景子さんに渡したからな」
えー…ウツボ…テレビみたいにマジで『取ったどー!』したのに誰も反応してくれへんかった…
「…腹は?」
「減ってないっすー。…ってか俺ここ来たら朝と夜しかまともに食いませんし。…っと、皆と遊んで来ますわ」
身体を起こし、軽くアップをしてからビーチバレーやビーチフラッグをしたり、泳いだりしてる皆の所へ向かう…が。
「まあ待て。どうだ、私と山田先生と後は…織斑や凰たちとビーチバレーでもせんか?」
バイオレンスな女達に俺は呪われているらしい。
★
「さあ来い時守!」
「……ワンサマ……鈴…」
「…頑張れ」
「骨は拾ってあげるわ」
死のビーチバレーが始まった。
チームA、俺、ワンサマ、鈴
チームB、ちっふー、真耶、のほほん(敬称略)
…どう考えても狙うはただ1人。
「…悪いなのほほん」
「え〜、けんけん酷いよぉ〜」
すまんな。…だが、だが俺にはどんなことをしても勝たなければならない理由がある!!それは――
「剣さん!頑張ってくださいまし!」
「が、頑張って…!」
「剣ー!応援してるよー!」
――愛する嫁達が応援してくれているから!!
「あぁ、安心しろ織斑、凰…いや、ここは一夏、鈴と呼ぶか」
「「「え?」」」
「一夏、鈴。…私はこれから婚約している者しか狙わん。…いいな?」
「「は、はいっ!!」」
「オワタ…」
「時守、お前のサーブだ。…ほら、来い」
「じゃあ……ちっふー先生…本気で行きまっせ」
そうして楽しい(?)時間はあっという間に過ぎていった。
◇
現在七時半。大広間三つを繋げた大宴会場で、俺たちは夕食を取っていた。
「美味し!」
「そうだね。ほんと、IS学園って羽振りがいいよね」
「うん…美味しい…」
そう言って頷いたのは俺の右隣に座るシャルと左隣に座る簪。
今は全員がそうであるように、シャルも簪も浴衣姿だ。…何かよう分からんけど清洲のおばはんの先祖が『わしは浴衣が大好きなんじゃ。あの和風の色気がもう堪らんのじゃ。特に箸で食事してる時のあの姿がのぉ…』ということで全員に『お食事中は浴衣着用』義務がある。…まあ俺は楽やから常に浴衣やけどな。
ずらりと並んだ一学年の生徒は座敷なのでもちろん正座だ。そして1人1人に膳が置かれている。…というか俺が置いた。
メニューは刺身と小鍋、それに山菜の和え物が二種類と、赤だし味噌汁とお新香。…普通は、な。
「かーっ、やっぱ美味いわ。アワビのステーキ」
「…私達には…無いけど?」
「俺が取ってきたやつやからなぁ。…皆にはサービスでウツボの唐揚げがいく予定やってんけど…アワビいるか?シャル、簪」
「え、いいの?」
「もちのろんや。ほら、あーん」
俺のメニューだけ特別製。…なんでも新メニューの実験に使われてるみたいや。…だがただの新メニューではない。
他の皆の主菜である刺身と小鍋がアワビのステーキとサザエの壷焼きに変わっているのだ。…まあその分すんごい値段やけどな。
「あむ。…んーっ、美味しい!美味しいよ剣!」
「良かった。取ってきた甲斐があるってもんや。ほら、簪も」
「…あむ、……美味しい…」
「そりゃ良かった。…あ、せや。赤だしどや?俺が作ってんけど」
瞬間、大広間のあちこちから箸を落とす音が聞こえた。なんや?握力奪われたんか?
「美味しい…でも…女として負けた気がする…」
「んなもん逆に俺負けてられへんわ。定食屋の息子やし、ここで料理の技叩き込まれてたし」
「でも…その…、しょ、将来は、私達が毎日作ってあげる…」
…なんでせうかこの可愛い生き物は。恥ずかしいけど俺のためを思って顔を赤くしてまで声に出した簪。
あぁ可愛い。これが可愛いないというのであればそいつは恐らく目に病気を患っているのであろう。可哀想に…
「ぼ、僕も作るからね!」
「くっ…ふぅ……わ、わたくしも…ですわ…!」
「皆…」
なんと、なんとできた嫁達であろうか。セシリーも、シャルの隣で正座に苦戦しながらも意志を伝えてくれる。なんでも、『少しでも長く隣に居たいので…』とのことらしい。
恐らくこれがモッピー、鈴、ラウラならば
『むっ、和食なら負けんぞ』
『何言ってんのよ、中華が一番に決まってんでしょ!』
『腹に入れば皆同じ。…ほら、嫁よ。レーションだ』
みたいになってんのかなぁ…モッピーと鈴はまだしも、ラウラにはちょっと料理教えたろかな。
「あー、食った食った」
いつの間にか全部食ってた。…いやこりゃびっくり。あ、せやせや。
「簪、シャル、セシリー。俺の部屋ちっふー先生の部屋やから風呂上がったら来てや。俺先風呂入ってくるから」
その後、数回のやり取りの後、3人に別れを告げ、風呂に向かう。見るとワンサマも食い終わって風呂に行くみたいやな。
…よし。
銛…モリ。海で魚を突いたりするアレ。