フッフッフッ…。俺には分かるぞ…!7、8、9、10、11と意外と戦闘が多かったこの流れからの、冬休み…!12巻は、日常編だと…!
彼らの冬休み
セシリアの誕生日の翌朝、つまりはクリスマス当日の朝。
いつもよりも遥かにつやつやとした楯無、簪、シャルロット、セシリアに手を引かれ、背中を押される形でやっと移動できた時守は、凄まじくげっそりとした様子でセシリアの部屋から出てきた。
「えー、それでは。少し遅くなったが、今日からお前たち専用機持ちは、冬休みに入る。IS学園の生徒としてふさわしいと思う行動をするよう、心がけるように。以上っ!」
そのままクリスマスのうちにIS学園に戻った一同。
明らかにバテていた他のメンツとは違い、なぜか移動中に体力を全回復させた時守は、寮で行われていたクリスマスパーティーにもガッツリと参戦。
夜まで騒ぎ、朝まで再びイチャイチャするというあまりのスタミナに、楯無達も呆れたようにため息をつくしかなかった。
「いやっほーーいっ!冬休みの宿題無しやー!」
「言ったそばから騒ぎ出すな時守!冬休みの宿題がないのは今回だけだ。今回ばかりは、お前たちに宿題をする時間が無いからな」
1年1組の教室。
そこに集まったいつもの専用機持ち達は、千冬から少し遅めのホームルームを受けていた。
「時守。校門前にジェット機が準備出来ている。お前の支度が終わり次第、国連に向かえ。他の者は、もう解散でいいぞ」
「ほーい。…ん、どしたみんな」
千冬にそう言われ、早速教室を出ようとした時守は、他のメンバー全員が時守のことをじっくりと見ていることに気づいたのだ。
「…剣って、普段国連でどんなことしてんだ?」
「訓練」
「誰と?」
「他の国の代表」
「…あとは?」
「時間つぶしたり宿題したり街出歩いたりやな」
一夏、鈴、簪から投げられる質問に簡単に答えていく。
「なんで?」
「いや、なんとなく気になっただけなんだ」
「ほー。…んじゃ予定無いんやったらついてくるか?」
「…えっ、い、いいの…?」
「かまへんかまへん。IS学園の専用機持ちですって言うたら普通に通してもらえるで」
「なら…」
「うむ。ついて行かせてもらおう」
急遽、専用機持ち達の国連への帯同が決まったが、時守としては特に気にする所はない。
普段から、国連併設のIS関連施設を使いたい時に時守の許可が必要などということはない。
専用機持ちか、国連加盟国に認められたIS操縦者ならば、誰でも入れることが出来るのだ。
「ちっふー先生。あのジェット機って何人乗りっすか?」
「その人数ならば問題ないだろう。私の方からロジャーさんには連絡しておこう」
「あざまーす」
千冬としても、丁度良かったのだ。
世界トップクラスの環境を見るのは、生徒たちにとって良い機会になると、彼女は確信していた。
◇
「おっ、マリーナさん。お久っすー」
「お久しぶりです代表。皆さんも、今日はよろしくお願いします」
IS学園から出ると、その少し広いスペースの半分程を占めるジェット機が、すでにエンジンのかかった状態で止まっていた。
その隣に立つ女性に時守が近づき、8人も彼に続く。
「剣くん、この方は?」
「んー…俺の、主に移動を担当してくれてる人、やな。マリーナさん」
「はい。私はマリーナ・ハウナーというものです。時守代表の担当補佐官の一人を努めさせていただいております」
「よろしくお願いします」
挨拶を終え、順番に機内に乗り込んでいく。
その機内には冷蔵庫やソファなどが完備されており、8人が入るどころか、くつろぐにも十分な広さがあった。
「何よコレ。部屋じゃない」
「あー、このジェット機か。俺が要望だしたら全部通ったってやつ」
「何そのワガママ空間…」
「ほんまにただのくつろげる空間にしてって言ったからなー」
取り付けられている本棚には漫画や雑誌、一部参考書などが置かれており、食品棚には時守の好きな菓子類が詰め込まれ、冷蔵庫にも飲み物がこれでもかと入っている。
「菓子パでもしてぐうたらしてたら向こう着くで」
「それで良いのか国連代表」
「ええんやで」
そうこうしているうちに離陸。
機体も安定して自動操縦に切り替わり、あとはアメリカに着くのを待つだけになった専用機持ち達は―
「あ、セシリア。そのチョコちょーだい」
「いいですわよ」
―時守の言った通り、菓子パをしながらただただぐうたらしていた。
「…やべぇ。すっげえリラックスできる」
「せやろ?」
「うん…すごい、ふかふか…」
「本当、すごく気持ち良いわ」
一夏はソファに深く腰掛けて全身の力を抜き、簪と楯無は時守の両脇を陣取って彼に凭れかかり、時守はそんな彼女二人の方を抱き寄せながらソファに沈み込んでいた。
「…これ美味しいわね」
「本場ベルギーの高級なものですわよ」
「なんでそんなもんがここにあんのよ」
「俺お気に入りって広告流したら売れるらしいからモニターでな」
「…アタシも、絶対代表になってやる」
「動機が不純すぎますわ」
鈴とセシリアはテーブルを挟んで互いに選んだお菓子に舌鼓を打っていた。
「ねぇラウラ。その雑誌取ってくれない?」
「これか、いいぞ」
「ありがと。はいこれ、今度はラウラに貸してあげるね」
「あぁ、助かる」
シャルロットとラウラは機内に置かれていた最新のファッション雑誌に一夏たちとは違うソファに寝転びながら目を通していた。
「…ほっ。まさかお茶まであるとはな」
「あったかいので一息つきたい時もあるからな」
箒は一人、温かいお茶を入れて和んでいた。
「あぁ…」
全員の口から、脱力していることしか感じさせないため息が漏れた。
「凶器よこの空間。こんなとこでゆっくりした後に訓練なんてしたくないわ」
「ここでエネルギー溜めとかなやってられへんねん」
「あれ、これなんだろ」
春物のファッション誌を見ていたシャルロットが、ふと背表紙が分厚い雑誌を見つけた。
大半の雑誌が背表紙がなくホッチキスで止められているタイプの中で、その雑誌は異彩を放っていた。
「背表紙に何も書かれてない…。表紙も、裏表紙も。剣、これ何?」
「俺もモチベアップアイテム」
「…えいっ」
思い切って、中を見るシャルロット。
そこには―
「え、ぼ、僕…?それも、この水着って…」
「そ。臨海学校の時のシャル」
「こんな写真、撮られた記憶ないよ?」
「金ちゃんで撮って、それを写真集風にアレンジしてもらってん」
―臨海学校の時に身につけていたイエローの水着姿で海に入り、満面の笑みを浮かべている自分自身の姿があった。
「これってここにしか置いてない?」
「当たり前やん。俺がただ眺めて英気を養うために置いてんねんから」
「なら良かった。…でも、こうやって本にするならちゃんと言ってね?」
「ん。ごめん」
「許してあげるっ」
シャルロットの天使のような微笑みに時守がノックアウトされると、そんな彼を見て両脇の更識姉妹がその身体をさらに彼に押し付ける。
イギリスでいっぱい構ってもらったセシリアは、我関せずといった様子でチョコレートを食べていた。
「剣ー、ちなみにこれってどんぐらいで着くんだ?」
「おー?ISの技術をありえへんぐらいに詰め込んでるからクソ速いで。確か―」
瞬間。どんっ、という大きな音と共に全員の身体が浮いた。
「―い、1時間ぐらい?」
「着いてから言っても遅いわよ!」
専用機持ちの中でも体重が軽く、全身がかなり浮いてしまった鈴からツッコミが飛んでくる。
「…死ぬかと思った」
「湯呑みの中身が零れてないなんて奇跡だな、箒」
もう少しで熱いお茶を顔面に被るところだった箒がほっと胸を撫で下ろす。
何はともあれ、アメリカ到着である。
◇ ◇
「寒っ!」
「そりゃせやろ。ニューヨークなんやから」
時守達が着陸した場所から車で移動すること数十分。
彼らは、国連本部を見上げていた。
「その奥にあるのが俺のいつもの勤務地や」
「言い方おい」
時守の後に続き、国連本部の奥に建てられた施設内へと入る。
「ここが俺はいつも訓練してるとこや」
「うわ…。デッカ…」
時守には見慣れた光景であるが、八人にとってはそうではない。
とんでもなく高い天井が目立つメインフロアには各々が作業しやすいように所々にテーブルが置かれており、現在もそこで何かしらの作業をしているのが見える。
「まあ、ここではそんな重要なことは話してへんねんけどな」
「それは何となく分かるけど、剣くんはどこに行くの?」
「ちょい待ち」
そう言って、携帯電話を取り出した時守。
まさか、と全員が心の中で思ったと同時。ピッという音を鳴らし、そのまま耳元へと持って行った。
「はよ来て」
そしてそのまま切った。
「…剣。相手は?」
「ロジャー」
「国連事務総長さんをあんな風に呼び出したの!?」
「だってあっこにおるもん」
時守が指差した先には、二階の連絡通路に立っているロジャーの姿があった。
待つこと数分。時守たちの元にロジャーが降りてきた。
「自分で言うのもあれだけど、電話一本で呼ばれるとは思ってなかったよ」
「はよ渡してほしいって言ってたやん」
「それはそうだがね。さあ…『金色』を渡したまえ」
「ん。ほい」
『金色』の待機状態である金の指輪を右手中指から外し、ロジャーに渡す。
これにより、時守のここでしなければならない仕事は終わった。
「…どうする?」
「あとは本当に何もすることがないからね。君は、時々忘れそうになるがまだ15歳だ。年末年始もぎっしり働かせる気は無いよ」
「え、ほなほんまに何したらええん」
「イーリスくんでもからかってきたらどうだい?」
「あ、そうしよ」
ロジャーから提案されたことをそのまま実行しに行く時守。
最早いつも通りの暴走なので誰も止めようとはせず、ただ歩いていく時守について行くしかなかった。
「ここ、は…?」
「第1室内アリーナ。今やってんのはイーリと…ナタルか」
アリーナ内で戦闘を行っている人物を肉眼で確認する時守。
イーリスは彼女の専用機でもあるファング・クエイクを、対するナターシャは普通のラファール・リヴァイヴに乗っていた。
「国家代表と軍属操縦者の戦いか…」
「流石に『銀の福音』出してくんのは反則に近いからな。ああやってラファールか打鉄使ってんねん」
戦闘の様子は、やはりというか国家代表でもあり専用機に乗っているイーリスが圧倒的に有利だった。
「なんや。おもんな」
そう一言呟くと、時守はアリーナと観客席を隔てているエネルギー。シールドに覆われた強化ガラスの元へと近寄った。
そして、そこに備え付けられていたマイクのような装置に向かって―
「安パイ攻めるとかおもんないぞアメリカ代表―」
『ア゛ァ゛ッ!?』
―アメリカ代表を軽く煽った。
『テメェとっきー!来てんなら言いやがれ!』
「嫌や」
『んだとオラッ!ってかおもんないって何のことだ!』
「格下相手に持久戦してるとことか」
イーリスに来るということを事前に知らせれば何が起きるか。答えは簡単で、すべての予定を放棄しての模擬戦漬けだ。
もちろん今日はそんなことにはしたくないため、事前に彼女に連絡を入れるということはしていなかった。
「てか俺が三次移行してからイーリ全然勝ててへんやん。夏でも怪しかったのに」
『うるせぇ!今日は勝てる予定だったんだよ!』
「へー。おっ、ナタルいい攻め」
『さっきから話しかけてくんなよとっきー!』
時守が来るまでは完全にイーリスが主導権を握っていた試合が、今はなぜか接戦状態になっている。
集中力が切れてきたイーリスを見て、ナターシャが猛攻に転じたためである。
「モンド・グロッソのガヤの練習や」
『そんなガヤ飛んでくるわけねぇだろうが!』
「…イーリ。お前日本人舐めてるわ」
時守が言いたいここでの日本人というのは、酒に酔った状態でスポーツ観戦をしているおっさんのことを指す。
他のスポーツよりも肉体の露出が多く、そして出場者も美女が多いモンド・グロッソには、もちろんおっさんのファンもいる。
例え酔っていなくても騒げるおっさんの存在は、ある意味で障害とも言えるのだ。
『てかとっきーが喋りかけてくるせいでヤベェじゃねぇか!』
「ははっ。おもろ」
『おもしろくねぇよ!』
しかし、専用機と訓練機のスペック差というのは実際に目の当たりにすると酷く、ナターシャが五分に持っていけるかというところで、一気に形勢を逆転した。
結果、最初の予想と同じくイーリスが勝利した。
『次はとっきー、お前だ!』
「カナー。他にも食堂とかあるから見に行くー?」
『お前はマジで、何をしに来たんだー!』
イーリスの叫びも虚しく、時守は連れてきていた八人と共に食堂へと向かうのだった。
◇ ◇ ◇
「ねぇ剣くん。イーリはアレでよかったの?」
「まあイーリやしな」
施設内にある食堂で9人は休憩していた。
ここまで来てやっていることはいつもと同じことということにツッコむ者は誰もいなかった。
「よくよく考えたらIS施設の見学なんて、そんなに無かったよな」
「専用機持ちやから担当の施設はあるやろうけど、そこ以外を見るのはなかなか無いわな」
「にしても、改めて見るとすっごい規模よね…」
「そら、将来の世界最強の育成に専念してるからな」
「自分で言うんだ…」
簪が呆れた声を上げたが、事実、国連のIS事情は時守の言う通りなのだ。
「ここの食堂のメニューも俺好みのやつとか、栄養管理できてるやつとかで統一されてるしな」
「お好み焼き&焼きそば定食…」
「栄養管理の意味間違えてるだろ」
時守が指差した方向にあったのは、普通見かけることのないような定食の看板。
その他にもたこ焼きや、甘党の時守のためにジャンボパフェなどがメニューにあった。
「これがまた旨いんや」
「…これって、剣が代表だから?」
「そうらしいで」
代表に一切のストレスなく訓練に打ち込める環境が揃っているこの施設。
それもすべて、ロジャーの指示だったという。
「ありがたいことやで」
「師匠にとってこれ以上にない環境だな」
「ほんまほんま。仮想訓練できるし」
「仮想訓練?」
一夏から疑問の声が出る。
IS学園で生活していて、あまり聞きなれない言葉だったのだろう、箒や鈴たちも首を傾げている。
「あぁ。仮想戦闘訓練用対戦機っつってな。言うたらデータで対戦できんねん」
「へー」
「ようやくちっふー先生にも勝てるようになってきてんけどなー」
そう言った瞬間、時守以外の全員が吹き出した。
「え、どしたん」
「剣、千冬姉に勝ててるのか!?」
「おう。でもなー、この前負けてもたからなー」
仮想空間ということもあり、時守は訓練の際には千冬にありったけのワンオフを食らわせている。
現実でやってしまえばドン引きされるかもしれないぐらいに雷を浴びせているのだ。
「それって他の選手も入ってるのか?」
「入っとんでー。専用機持ちは全員」
「えっ」
「あんまやらんけどな」
ここでやらずとも、IS学園でいくらでも対戦できるIS学園の専用機持ちたちよりも、千冬などのなかなか本気で戦えない人物と戦う。
そのための、仮想訓練なのだ。
「これって、IS学園にはないのか?」
「こんなんあったら争奪戦やろ。それに、ある程度の技量がないやつに使わせても時間の無駄やからな」
「手厳しいな…」
「まっ、これでも代表やからな」
授業中に千冬にシバかれたり、彼女とイチャイチャしていたり、ボケたりツッコんだりふざけたりと、IS学園でずっと生活していれば忘れがちだが、この男こそが国連代表なのだ。
「立場だけ見たらちっふー先生の上やからな」
「気まずすぎるだろう」
「それでもいつも通りシバいてくんのがちっふー先生や」
「アンタもブレないけど、千冬さんも案外ブレないわよね」
「日本酒かビールかでいっつもガタガタにブレてるけどな」
「お酒好きって事でブレてないね」
シャルロットが苦笑いする。
それもそのはず。時守が入学してくる前までの千冬の生徒からの評価は元世界最強の凛々しいお姉様、というものだけだったのが、時守が入学してから関西人へのツッコミ担当の酒呑み、という認識も入ってしまったのだ。
結果、残念美人という扱いをさせることが増えていた。
「あの人誰か貰い手おらんのかな。その辺知らんの?ワンサマ」
「んー…。千冬姉、自分の結婚よりも俺のことを優先するんだよなー。弟としては早く結婚して落ち着いてほしいんだけど…」
「元世界最強の扱いの雑さよ」
「元世界最強でも家事も何も出来なかったら家で死ぬだけだよな、剣」
「せやな」
千冬に育ててもらった恩は確かに感じている一夏だが、それでもこれからのことを考えて家事はまともに出来ていてほしいと考えているのだ。
フライパンを斬ったり洗濯機を叩き壊したり掃除機のコードを引きちぎったりしていては、出来るものも出来ないのだ。
「いざとなったら貰ってくれよ、剣」
「むっ。それならばウチの姉さんも貰ってくれ」
「まずはカナ達の面接を通ってからやな」
「就活か!」
鈴のツッコミに一同が笑う。
鬼の居ぬ間に洗濯とは、まさにこの事だった。
次話はいよいよ彼が16歳になります。
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