艦隊これくしょん -Blue submarine- 作:イ401
第1話
「元」日本排他的経済水域、某海域近辺。
静かな風音と波音が響く海、空には海鳥の集団。その光景は、正に穏やかな海そのもの。
しかしその時、海面に影が映る。
その影は徐々に大きくなり、そして、巨大な水柱を上げて海面へと浮上する。
その正体は、蒼色の装甲を纏った潜水艦。
潜水艦の艦橋の側面には、青い鳥のエンブレム、そして「I-401」の文字が描かれていた。
そして、甲板の密閉扉が自動的に開き、小型リフトと共に一人の小柄な少女が出てきた。
少女の特徴は、青いセーラー服、腰辺りまである銀髪、碧眼、そして機械的で無表情。
甲板へと出た少女は、そのまま船首の先端へと歩き、手すりに手を掛ける。
次の瞬間、潜水艦が航行を開始。その速度はぐんぐんと増してゆき、巡航速度に到達。その速度は、18.2ノット。時速に換算すると33.7キロ。
明らかに潜水艦というカテゴリーを無視した速度で巡航し、それによって生まれた風によって銀髪が揺れる。
「…はぁ」
その中で、少女…「イオナ」は、静かに溜め息を付いた。
時は、24時間前に遡る。
潜水艦内、
(…え、どういう事?なんで私が…)
目覚めて早々、唖然である。しかし無理もない。ベッドで横になって眠ったら、いきなりこの状況なのだ。驚くな、というのは不可能だろう。
彼女の意識は「憑依」したのだ。それも、霧の潜水艦「イ401」のメンタルモデル「イオナ」に。
霧の艦隊とは、蒼き鋼のアルペジオに登場する、第二次世界大戦の艦艇を元に構成された艦艇の艦隊であり、人間に敵対する未知の勢力。
第二次世界大戦の艦艇を元にしたとは言えど、侮ってはならない。その中身はオーバーテクノロジーの結晶であり、攻撃力、防御力、機動力、制圧力、その全てが規格外。
そして重巡洋艦級以上の霧の艦艇は、学習の為に「ユニオンコア」と呼ばれる球状の中核演算ユニットを使って「メンタルモデル」と呼ばれる擬人化体を持つ。メンタルモデル自体もかなりの戦闘能力を誇り、戦部隊一個中隊を軽く撃破出来る程強大である。
そんなチートの艦艇の意識体に、何らかの形で「一般人」の彼女が憑依してしまったのだ。
そこで、彼女にとって重要な事を思い出す。
(…他の霧は?)
霧の艦艇は、「霧の艦隊」の名の通り複数存在する。そしてそれぞれが艦隊という組織を組み、海を閉鎖した。
そしてその中で唯一、イオナは霧に敵対している。つまり今、他の霧から攻撃を受けてもなんらおかしくはない。
(急いで確認しないと…!!えっと…こう?)
慌ててイオナはレーダーを起動。それと同時に彼女の身体に青い紋章が現れ、「チ、チ」と言う音が何処からか鳴り、メインモニターにレーダーが表示される。
(近くに反応無し…ん?)
「現在地不明…位置データも取得不可…」
これを不審に思い、試しに一瞬だけ戦術ネットワークの接続を試みるが。
(…戦術ネットワーク自体が存在していない?)
戦術ネットワークは、複数のユニオンコアがあってこそ初めて機能する。つまり、今現在イオナ以外の霧の艦艇は「存在」しない事を意味する。
(…情報を整理しよう)
そして、イオナは自分自身の情報を引き出し、閲覧。
──現在の装備一覧──
1.40口径14cm単装砲 2門(実弾、レーザー)
2.25mm3連装機銃 3基9挺(実弾、レーザー)
3.25mm単装機銃 2挺(実弾、レーザー)
4.533mm艦首魚雷発射管 8門
5.533mm船尾魚雷発射管 6門
6.超重力砲
7.通常弾頭魚雷 40本
8.浸食弾頭魚雷 16本
9.重高圧弾頭魚雷 6本
10.その他弾薬
11.無限弾薬生産機関
12.無限ナノマテリアル生産機関
13.近接迎撃システム
14.強制波動装甲(クラインフィールド)
(…何これ。最後辺りの装備のせいで、どう考えても本来のスペックを超えてる…)
あまりのスペックに愕然としていた時、パッシブソナーに一隻の艦艇を捕捉した。
(…艦艇?普通の船っぽいけど…何か変な感じがある)
イオナはメインモニターにレーダーを表示。艦艇はイ401から見て3時方向から7時方向へと進んでおり、丁度イ401の真上を通過するコースだ。
(…念のために移動しよう)
「エンジン始動。両舷微速、微速潜行」
キィィン、と鈍い音が鳴り、イ401はゆっくりと前進と潜行を開始。
その時。
──ピィィィィン。
(…今の音…まさか、アクティブソナー!?)
甲高い音が船内に響いた直後、艦艇が進路を変更。イ401へと直進し始めた。
「最大戦速!近接迎撃システム作動!」
イ401は急加速を開始。10秒後には23.6ノットに到達。
だが相手は高速艦らしく、引き離す所か逆に距離を詰められ始めている。
(このままじゃ、追い付かれる…いくらクラインフィールドがあるといっても、逃げ切れないんじゃ意味が無い…)
この状況を見て、イオナは思考する。どうすれば、この状況を突破できるのか。
「…これしかない、かな」
思考する事数秒。
「急速浮上。40口径14cm単装砲、実弾装填」
イ401の単装砲に実弾が装填。急速浮上し、数秒後。
大きな水柱を上げ、イ401は海上にその姿を表す。それと同時に更に加速していく。
「取り舵。最大戦速維持。解析開始」
その時、艦艇の砲台が発砲。しかしその砲弾は、現在もなお加速するイ401を捉える事は無かった。
「解析完了。艦名不明、駆逐艦種、甲板に単装砲及び魚雷発射管、対空機銃を確認」
「船尾40口径14cm単装砲用意。目標、敵駆逐艦単装砲」
船尾の40口径14cm単装砲が回頭し、駆逐艦の単装砲に照準。
「補正終了…撃て」
その静かな声とは裏腹に、イ401船尾に搭載された40口径14cm単装砲が火を吹き、その砲弾は1mmもズレる事なく、単装砲にクリーンヒット。
単装砲が使えなくなった駆逐艦は、ゆっくりと減速を開始。そもそも距離を離され始めていたのに加え、遠距離攻撃の手段を失った駆逐艦一隻では、イ401をどうこう出来る術は無かったのだ。
(…流石に、沈ませるっていうのもね…)
「潜行開始。進路そのまま」
そして、イ401は再び潜行を開始。暗闇の海の中へとその姿を消して行った。
そして、現在。
「…」
エンジンを停止して海上に静止するイ401の甲板に、イオナは寝転んで、青色の空を見上げていた。
「…一体、どうなってるのか」
謎の駆逐艦を実力行使で振り切った後、24時間を掛けて、僅かにあった人類のネットワークに接続し、情報収集した結果、一つの結論が出た。
「人類共通の敵《深海棲艦》、そして人類の希望《艦娘》か…」
ネットワークの情報では霧の艦隊は存在せず、変わりに存在しているのが《深海棲艦》と呼ばれる謎の艦隊。
深海棲艦は、第二次世界大戦の艦艇を模している等、霧の艦隊と類似点は存在するが、特に大きな点は「クラインフィールドを保持していない」事だ。
深海棲艦は、クラインフィールドという鉄壁の防御を持たずに、人類を海域から追い出した。つまりそれは、「装甲」という艦艇本来の防御力のみで人類の攻撃を乗り切った事を意味している。余談だが、あの時の謎の駆逐艦は、後に深海棲艦だという事が判明した。
海を閉鎖され、多くの資源を失った事により窮地に立たされた人類だったが、「艦娘」という存在と出会い、変化する事となる。
深海棲艦を「闇の存在」と仮定するならば、艦娘は「光の存在」。
深海棲艦と同等の存在でありながら、人間体も同時に持ち、そして人類に味方する「艦艇」。今現在の海軍の主力は艦娘であり、もっとも艦娘を保有しているのが日本である。そして同時に、深海棲艦がもっとも多く出現しているのも、日本に近い太平洋。
日本は、
「…どうするか」
とは言っても、イオナは人類側と接触する気は無い。
孤独な航海を覚悟していたが、それは数時間前に払拭された。
「いおなー」
「ん?」
寝転ぶイオナの元に向かってくる、手の平サイズで二頭身の小人達。
彼女等は「妖精」と呼ばれる、艦娘の補助等を担当する小人(?)である。本来ならば艦娘と艦娘を指揮する「提督」と呼ばれる者達にしか懐かないのだが、何故かイ401にも妖精がいたのだ。
その為、必要最低限しか無かった居住ブロックを少し拡張。妖精達と居住しながら航海をしていた。
「そろそろいこー」
「…そうだな。エンジン始動、両舷前進」
用語解説
・ナノマテリアル
霧の艦艇及びメンタルモデルを形成する因子。分子構造を再現する事であらゆる物質へと変化可能。肉体、金属、皿、ガラス、有機物、無機物、なんでもござれ。
但し一定の損傷を受けると銀砂状に崩壊し、再利用は不可能となる。
・クラインフィールド
強制波動装甲によって作動するエネルギーフィールド。「クラインの壺」と呼ばれる理論に酷似したエネルギー経路で、外部からのあらゆるエネルギーを任意の方向へと転換可能。これにより霧の艦隊は絶対的な防御力を誇る。
なお、出力は艦艇よりも大きく劣るがメンタルモデルも展開可能。