腕を掴まれた少女は涙目の顔で私を振り払おうとします。
「お母さんが居ないの、まだ船の中に居るかもしれないの。」
突然襲ってきた衝撃に彼女の腕を放してしまいました。
やがて船は急速に沈没、結局私は船には二度と戻れませんでした。
結局助けられなかった・・私は。
「隊長?どうしたんですか隊長?」
「え?あ・・」
私は掛けられた声に我に帰る。
「どうかされたんですか?」
「ごめんなさいね、少し考え事していたみたいだけだから。」
部下の駆逐艦の娘に謝りながら、私は気持ちを引き締める。
・・それにしても何故今更あんな事を思い出したんだろう。
七年前の苦い記憶、助けられなかったあの少女の事を。
最近は思い出すこともあまり無かったのですが。
ともかく私はその記憶を頭から追い出す、任務中に呆けるなんて旗艦としては問題です。
「部隊支援艦隊・臨時補給部隊に通信を、我が偵察部隊は合流地点に予定通り到着の予定。」
「分かりました神通隊長。」
私は川内型2番艦の軽巡洋艦神通、今回の偵察部隊・旗艦です。
その日、私こと神通は今度行われる作戦前の長距離偵察任務の為、駆逐艦の娘達を率いて航行していました。
作戦本部の事前情報では深海棲艦の動きが有るとの事で、派遣された私達偵察部隊は最大限の警戒をしていたのですが、
問題の海域は平和なものでした。
まあ何も得るものが無かった訳ですが、偵察任務では珍しい事ではありません。
「それにしても帰りの燃料を気にしないで済むなんてうれしいですね。」
部隊の一員、駆逐艦の睦月さんがそんな事を話し始める。
「確かにそうね、うふふふ♪不意の遭遇戦時も気兼ねなく戦えるし。」
同じ睦月型の駆逐艦如月さんが答える。
本来作戦中で私語は控えるべきだけど、まあ多少は目を瞑りましょう。それに私もその点については同意ですし。
今までこの様な長距離偵察任務の時は燃料の残りを気にしながら行なっていましたから。
ですが今回は部隊支援艦隊に補給を受けられるのですから、お二人の言葉も当然でしょう。
「新型の補給艦でしたっけ?どんな娘なんだろう。」
同じく睦月型の駆逐艦皐月さんが興味深げに言う。
「んぁ?…ぁあ、会えばわかるでっしょ。」
けだるそうに睦月型駆逐艦の望月さんが何時もの調子で答えます。
私達が補給を受けれる様になったのも皐月さんが言われる様に部隊支援艦隊に新しく着任された艦娘さんのお蔭です。
どんな艦娘さんなのかは私も実は気になってはいました。
補給艦という艦自体聞いた事の無いものでしたし。
「神通隊長、部隊支援艦隊・臨時補給部隊より返信。『こちらも予定通り合流地点に到着予定。』です。」
臨時補給部隊と通信していた睦月型駆逐艦の三日月さんが報告してくれます。
「分かりました、皆さん進路そのまま。警戒は怠らないようにお願いします。」
沿岸海域に近いとはいえ警戒は緩められません。
深海棲艦達は時々私達の海域に不意に出現する時があるのですから。
そして今回その懸念が当たってしまいます、ありがたくないことに。
「隊長!救難信号を受電。船名よしの丸、R島停泊中に深海棲艦の襲撃を受けた模様。」
三日月さんが切迫した声で報告してくる。
「・・R島、すぐ近くですね連中こんな所にまで潜り込んできたのですか。」
私は付近の海図を思い出し自分達との位置関係を計算します。
あとR島の事も、確か人口50人程の小さな島の筈です。
「三日月さん鎮守府へ連絡を、皆さん直ちに救援に向かいます。」
私は皆を率いてR島へ向います、50分も掛からない筈です。
R島近海
やがて深海棲艦が3隻島を砲撃しているのを確認します。
「睦月さん、如月さん、皐月さん、私達が敵を引き付けますからその隙に、貴女達は左舷から回り込んで下さい。」
「「「了解!」」」
3人は私の指示に従い部隊を離れてゆく。
「望月さん、三日月さん私に続いて、敵艦の動きに注意を。」
「はいはい。望月出ますよー。」
「了解です。」
深海棲艦達は島に砲撃を加える事に気を取られているのか私達の接近に気づきません、狩に夢中?いい度胸です、思い知らせてあげます。
私は怒りを感じつつ連中の右舷側に回り込みつつ砲撃を開始します。
「距離四千砲撃戦開始!」
深海棲艦達の周りに着弾、連中は慌てて島への砲撃を中止し、こちらに回頭し反撃してきますがそれはこちらにとっては好都合です。
「今です、睦月さん魚雷戦開始!」
深海棲艦達の左舷側に回り込んでいた睦月さん達が魚雷を発射、こちら側に気を取られていた連中がそれに気づいて時には・・
ズガガ-ン
魚雷を食らった中2艦は一瞬に轟沈、大破した1艦は私の砲撃を受け撃沈されました。
私達は周囲を警戒、残敵を捜しましたが、どうやら先ほどの3艦だけの様です。
私は息を付くと島の方を見ます、どうやら予想以上に被害甚大です。
あちこちから煙が上がっているのが見えます。
「睦月さん、貴女と如月さんは警戒と鎮守府への通信の中継をお願いします、皐月さん、望月さん、三日月さんは私と島へ。」
海域の警戒と通信の中継を睦月さんと如月さんに命じて私は残りの娘達を率いて島に向かいます。
島の港に到着してみると、停泊していた漁船やフェリーは軒並み沈没させらています。町の方は火災が酷い状態です。
艤装を解除した私達は上陸し町へ向かい・・
「た、助けてくれ・・」
「わーん、わーんお母さん・・」
「・・・・・」
その惨状に絶句し立ちつくしてしまいました。
崩れた建物の下敷きになって助けを求める老人。
泣き叫ぶ子供、その脇で動かない母親らしい女性。
私は足が一瞬竦みましたが、自分を叱咤すると指示を出します。
「皐月さん、望月さん、三日月さんは下敷きになっている方をお願いします。
「「了解です。」」
「はいはいー」
3人は下敷きになっている方の元へ、私は親子の元へそれぞれ向います。
「大丈夫ですか?今助けますから。」
皐月さんが老人に声を掛けます。
「あ・・・誰か人を・・」
望月さんと三日月さんが老人の上に圧し掛かっている柱に手を掛けます。
「いや嬢ちゃんたちじゃ・・え?」
二人がその柱を持ち上げ始めると老人は絶句します。
それはそうでしょう、彼にとって孫みたいな年齢の少女が自分では動かせなかった柱を軽々と持ち上げているのですから。
「今引き出しますから。」
こんどはそう言って皐月さんが老人を引っ張りだします。
「・・・・・」
老人は更に絶句します、少女が彼を何の苦も無く柱の下から自分の事を引き出したのですから。
まあ艦娘は人を超える身体能力を持ってますからこれくらい何てことはないのですが。
老人が救出されるのを確認しつつ私は倒れている女性を助け起こします、どうやら気を失っているだけの様です。
「お母さんは大丈夫よ。」
傍らで泣いている子供に声を掛けます。
「・・ほんと?」
「え・・じゃつかまっていてね。」
「わ・・すごい。」
私は倒れていた女性と子供を抱えて立ち上がります。
これも艦娘である私には造作も無いことです。
皐月さんが救出してきた老人を同じ様に抱えて連れてきます。
そうして救出した方々を私達は広場に集めます。
「望月さんと三日月さんは他に下敷きになっている方々の救出を、皐月さんは動けなくなっている方々を広場に連れて来て下さい。」
皆に指示を送りながら、私は港外で連絡と警戒に当たっている睦月さん達に、応援に妖精さん達を送ってくれると共に負傷者が多数いる事を鎮守府伝える様に指示します。
そして私は広場を整理し応援に来た妖精さんと共に臨時の救護所を準備します。
やがて怪我をした住民の方々が続々集まってきます。
その方々の間を文字通り飛ぶ様に妖精さん達が走り回り応急措置して行きます。それを補佐する私達。
やがて妖精さんの1人が私の前に来て、敬礼し報告を始めました。
「報告します。軽傷者13名、重傷者7名、中4名の方が緊急の輸血及び手術を必要としています。」
私はその報告を聞き、眉をしかめます。というのも輸血や手術となると私達の艤装では対応出来ないからです。
確かに艦の中に治療設備は有りますが、高度な医療を行なうには設備が貧弱なのは否めません。
「鎮守府に病院コンテナを要請しましょう。」
「いえ、鎮守府からでは一昼夜掛かってしまいます。」
三日月さんの意見具申に私は首を振って答えます。
ここと鎮守府との距離を考えると時間が掛かりすぎます。
ちなみに病院コンテナというのは様々な治療設備を載せた物で、艦が曳航して目的地まで輸送するものです。
その為到着にはかなり時間を要します。
私は決断を迫られていました、危険を承知で患者さん達を艦で運ぶか、病院コンテナを要請しここで待つか。
しかし両方とも時間が掛かる事は間違いなく、妖精さんは容態が持つか保障出来ないといいます。
「隊長!臨時補給部隊より通信、『我、負傷者の対応可能なり、合流許可願う。』との事です。
「え・・」
睦月さんの突然の連絡に、私は補給の為に部隊が近くまで来ていた事を思い出しました。
「睦月さん補給部隊に緊急手術と輸血の対応が可能か確認して下さい。」
微かな可能性に掛けて補給部隊に確認を行います、もし例の補給艦にそんな設備があるとしたら。
答えは五分と掛からず睦月さんから帰って来ます。
「対応可能との事です。」
「では至急こちらに向う様に連絡願います、あと如月さん補給部隊の先導をお願いします。」
「了解しました。」
これで助ける事が出来るかもしれない、私は希望が沸いてくるのを感じます。そうとすればぐずぐずしていられません。
「皐月さんと三日月さんは重傷者を岸壁まで運んで下さい、望月さんは残りの負傷者の方達をよろしくお願いします。」
彼女達に指示し、私も重傷者の搬送を手伝い岸壁急ぎます。
・・そこにでどんな出会いが待つとも知らずに。
後編に続きます。