愛縁航路   作:TTP

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※本内容は、BGで大好評連載中の「怜-Toki-」コミックス未収録分のネタバレを含みます。


Q.なんで書いた?
A.大正義野上葉子ちゃんを書きたかった
Q.続くの?
A.一話完結です


下にも書いてますが、色々告知→ https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=152508&uid=96582

ちまちま書いてます→「試用期間は打ち切りで」https://novel.syosetu.org/119067/


Ep.Ex3 夢見る者たちのデイリーゲーム
Ex.3-1 旧友、再戦、開戦


 三月も半ばを過ぎて、園城寺怜は地元である大阪に帰ってきた。去年はこの時期、東京に引っ越すための準備でおおわらわだったことを覚えている。寂寥と期待を持って、新天地へと乗り込んだものだ。

 

 しかしあのとき、共にいてくれた彼は、今はいない。現在彼は、遠い地にて、彼の戦いをしている。嘆く暇などなかった。誰かに支えてもらってばかりでいた自分が、今度は誰かを支える番なのだと、そう思えたのだ。

 彼が何一つ憂うことなく、麻雀に打ち込むため。そして、仲間たちと共に自らの道を切り開くため――関東二部リーグに挑み、東帝大学麻雀部は、ついに一部リーグへの昇格を決めた。

 

 そうして迎えた春期休暇、その予定のほとんどが練習とアルバイトで埋められる中、合間を縫って怜は帰郷することにした。たまには親に顔を見せないと、心配をかけてしまう。元々、いざというときに彼がいるからこその上京でもあったのだ。自分一人でも――それどころか、猫みたいな娘の世話を焼きながらでも、きちんと生活できていることを報告せねばならない。

 

 もちろん、それだけが帰郷の理由ではない。

 

 かつての主治医との問診に、念のための検査を受ける。以前の病弱さは克服したとは言え、それでも人並みかと言われると、否と答えざるを得ない。これから夏にかけて、しっかりと体調を万全に整えておかなければならなかった。

 

 それから、もう一つ。

 

 病院を後にした怜は、その足で同じ敷地内の大学へと向かう。子供の頃に何度か訪れていたことがあったので、集合場所のカフェテリアまで迷いはしなかった。

 

「おったおった」

 

 軒先で、優雅に日傘を差す待ち人を見つけ、怜は口元を綻ばせる。

 ふんわりとして触り心地の良さそうな黒髪は、子供の頃から変わっていない。背筋をぴんと伸ばし、意識して凛とした佇まいを作っているところも同じだった。その癖、中身は意外と子供っぽいのが彼女――

 

「お待たせ、葉子」

 

 旧友、野上葉子だった。声をかけた彼女は、どこか好戦的にも見える笑みを浮かべて挨拶を返してくる。

 

「怜さん。お久しぶりです」

「せやなぁ。私が東京行く前に会ったんが最後やから、丸々一年くらいか。私に会えんくて寂しかった?」

「そ、そんなわけないでしょう! 大阪から貴女がいなくなってせいせいしていましたっ」

「なんや、傷付くなぁ。私は葉子にめっちゃ会いたかったのに」

「思ってもないこと言わないで下さい。……だったら、もっと帰って来ればいいのに」

 

 日傘を閉じながら、呆れたように葉子は怜を諭す。しかし当の怜は、葉子へとべたべたまとわりついて、

 

「もっと素直になればええのに。今時ツンデレは流行遅れやで」

「誰がツンデレですか! デレなんかありませ

ん! とにかく、行きますよっ」

 

 怜を振り払い、肩をいからせ葉子はカフェの中へ入っていく。そんな彼女の背中を、怜は目を細めて見つめる。

 葉子との出会いは、小学生時代まで遡る。

 我がことながら、当時の自分は何も持っていなかったと怜は思う。運動は苦手。勉強もぱっとしない。教室の隅で、クラスメイトたちが人集りを作るのを眺める日々。有り体に言えば、友達がいなかった。

 

 変化のきっかけは、清水谷竜華との出会い。麻雀との出会い。

 そして野上葉子は、彼女たちを介して出会った――初めてのライバルだと、言えよう。

 

「葉子のほうは最近調子どうなん? もう四年やったら、やっぱ就活とかするん?」

 

 運ばれてきたコーヒーにミルクを入れながら、何気なく怜が訊ねる。同い年ではあるが、怜が二浪しているのに対して、葉子はストレートで大学に進学している。その後留年したという話も聞いていないので、後一年すれば無事卒業と相成るだろう。しかし、葉子は首を横に振った。

 

「私、院に進学希望ですので。今しばらく大学で研究するつもりです」

「え、そうなんや。研究者って、えらい大変なんと違う?」

「一回生のときから研究室に出入りしてましたし、然るべき勉強は積んでいるつもりです。先日はイギリスへ学会発表まで行ってきました。卒論も八割ほどできあがっています」

「はやっ。まだ四年にもなってないやん」

 

 このくらいは普通です、と紅茶に口をつける葉子に驕る気配はなく、怜は感心する。元々怜は、麻雀をするために大学へ進学した。葉子とはそもそもの動機が違う。しかしながら、高い目標と実績を持つ彼女を、「先輩」として敬服せざるを得ない。

 

「にしても、イギリスかぁ」

「それがどうかしましたか?」

「や、葉子には言うてなかったけど、麻雀部の子ががイギリスに留学しとるんや」

「ああ、そうでしたか。私も向こうで、何人かの日本人留学生とお話させてもらいました。中々興味深かったですよ」

 

 うん? と怜は首を傾げる。心なしか葉子の口調が速まり、浮かべた表情は今まで彼女が見せたことのないもののように思えたからだ。だが、その疑問を口にするよりも早く、葉子は声を被せてくる。

 

「それで、今日怜さんをお呼び立てしたのも、私の研究に関わることなんです」

「ん、うん。それはメッセージでも聞いたけど、葉子の研究って何なん?」

「麻雀の研究ですよ」

 

 さらりと答える葉子に、怜は顔をしかめる。

 

「葉子って、数学科やったっけ?」

「専攻は違いますし、確率統計が中心の分野ではありません。私の研究テーマを簡潔に言えば、卓上のオカルティズムです」

 

 ほう、と怜は眉を上げる。これは、自分にも関わりのある内容と言えた。

 

「牌に愛された者と呼ばれる、特異能力者……それが、私の研究対象」

「よう言われる話やけど、ほんまにそんなん信じとるん?」

「貴女こそがその一例でしょう? 『一巡先を見る者』さん」

 

 怜は自身の能力を、周囲に吹聴していない。詳細を知る者は、仲間たちの一部に限られている。ただ、能力の一端は推察されている。それによって、「一巡先を見る者」という二つ名を与えられていた。半信半疑という見方もある中、しかし葉子は確信しているようだった。

 怜と葉子の視線が、ぶつかり合う。さほど長い時間ではなかった。先に目を伏せたのは、怜だった。

 

「葉子がオカルト信じとるとは思わんかったわ」

「多くの実例をこの身で体験しましたし、オカルトはオカルトで理論によって説明できます。いえ、説明するのが私の研究の一つなんです」

 

 思いも寄らなかった言葉だった。同時に怜は、葉子が自分よりもずっと大人なように感じた。同い年とは言っても、葉子は二年先輩だ。学徒として、先を進んでいる。賞賛と声援を送るべきところだろうが、ちょっとだけ悔しかった。

 

「貴女の能力について、教えて頂けませんか。もちろんプライバシーについては守ります。弱点など暴かれては今後の対局に影響することも秘匿します。論文に書いて欲しくないことは何も書かないと、誓いましょう。……いかがですか」

 

 少しだけ不安そうに、上目遣いで葉子が打診してくる。その様子がおかしくて、怜はくすりと笑ってしまった。

 

「そんな怖い顔せんでもええのに」

「では……!」

「珍しい葉子の頼みやもん。でも、その代わりこっちからも条件出させてもらうで」

「……怜さんが出す条件というのは、嫌な予感がしますね」

 

 失礼な、と怜は口を尖らせる。

 

「私を何やと思っとるんや」

「貴女は昔から突拍子もないことを言うじゃないですか。初めて出会った頃も……そう、いきなり麻雀で勝負なんて言い出して」

「あれは葉子が突っかかってきたからやん。りゅーかを巡って大変やったもん」

「ちがっ、もう、何を言い出すんですかっ」

 

 顔を真っ赤にする葉子を前に、怜はけらけらと笑う。しかし、彼女はすぐに目を細めた。

 

「でも、その通りや」

「は、え? その通り?」

「今から私と打ってもらえん?」

 

 突然の申し出に、葉子は困惑を隠せない。眉を顰め、怜の意図を測ろうとする。

 

「どうしたんですか、藪から棒に。今日はこのまま食事の予定でしたでしょう」

「そこを曲げて欲しいんやって。あかん?」

「だめなわけではないですが……」

 

 僅かばかりの逡巡を見せてから、葉子は口惜しそうに言った。

 

「今の怜さんの実力を考えれば、いまさら私と打つメリットが思い当たりません」

「何? 自信ないん?」

「そ、そんなわけがないでしょう! 第一線を引いたとは言え、易々と負けるほど錆び付いてはいません!」

「うん。そうこやんかったら、葉子と違うな」

 

 怜は満足気に頷き、対する葉子は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。安い挑発に乗ってしまったと後悔するが、もう遅い。

 

「――メリット云々やなくてな」

 

 ただ怜は、それ以上軽口は叩かず、どこか懐かしげに口を開いた。

 

「覚えとる? 私たちが初めて打った日のこと」

「……忘れるものですか」

 

 ぶっきらぼうに呟く葉子の頬は、赤い。その様を、怜は笑えなかった。自分で思い出してみても、恥ずかしい過去だ。売り言葉に買い言葉の、子供の喧嘩――その結果、竜華を巡って麻雀で白黒つけることになったのだ。

 

「あんときの決着、ちゃんと着けたいんや」

「あれは……怜さんの勝ちでしょう。トップは竜華さんでしたけど」

「その竜華が味方やったから、私は勝てたんや。ほんまなら、たぶん葉子に負けとったと思う。それに、竜華がトップかっさらってったから不完全燃焼やったんやろ」

 

 悔しさを滲ませながら、怜は当時を振り返る。何も分かっていなかった頃、麻雀を始めたばかりの素人の頃。あのときは、こんなところまで辿り着くとは露ほども思っていなかった。

 けれども、大切な原点だ。麻雀にのめり込んでいく、転機だったのだ。

 

「これから、その竜華とも戦っていかなあかんから――」

 

 麻雀は、怜に多くのものをもたらした。親友、仲間、ライバル、好きな人。だからこそ、中途半端は許されない。中途半端にしたくない。

 

「心残りとは、全部ケリつけなあかんって思た。……今の立派な葉子を見とったら、なおさらそう思えたんや」

「……言うほど、立派ではありませんよ」

「そう?」

「ええ。だって、今の怜さんを叩き潰して踏ん切りなんか着けさせてなるものか、って思ってますから」

 

 一瞬、怜は目を瞬かせ――大いに笑った。普段ならはしたない、とたしなめるであろう葉子も、一緒になって笑っていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「あー、疲れたわー」

「それはこちらの台詞です……」

 

 電車の中で、ぐったりと椅子に背中を預ける怜と葉子。車窓の外は、すっかり暗くなっている。

 結局二人は、半荘一回などで満足せず、精魂尽き果てるまで打ち続けた。当初の目的など、途中で頭から消えていた。

 勝負が終わってからも、場所をファミレスに移して対局内容について意見をぶつけあった。アルコールも入ったおかげで、ヒートアップした議論は止まることはなかった。

 

「なんか終始麻雀のことばっかりやったな」

「そうですね……折角の機会ですから、怜さんの大学生活についても聞きたかったのですけど」

「んー? 今は麻雀漬けの生活やから、そんなに面白いこともないで。プライベートは無味乾燥。まあ、最近はご近所さんの金毛の猫に餌上げたりしとるけど」

「ペットでも飼いだしたんですか? それにしても無味乾燥って、一緒に進学したという男性はどうしたんですか。私はお会いしたことはありませんが、もしかしして別れ……」

「別れとらんから」

 

 癪なので、付き合ってもいないけど、とは言わなかった。

 

「ほら、昼間話した留学してった子。それが彼なんや」

「なるほど……怜さんも苦労してるんですね」

「なーんか引っかかる言い方やな。あんたは浮いた話もないん? 研究ばっかりの生活なん?」

 

 それほど、深い意味を込めた質問ではなかった。

 葉子がさっと、顔を逸らす。僅かに頬が、朱に染まっていた。昼間にも垣間見た変化だ。それに食いつかない怜ではなかった。

 

「なになに~? 葉子にもついに春が訪れたん?」

「そ、そういうわけでは……」

「じゃあなんなん? 好きな人でもできたん?」

「ぅ……」

 

 図星のようだった。これを追求しない手はない。隣に座る葉子の顔を、のぞき込む。

 

「もっと早く言ってもらわな。誰? 大学の人?」

「い、いえ……先日海外の学会に行ったときに出会った人です。道に迷っていたところを、助けてくれて」

「てことは外国の人?」

「ああ、そうではなく……日本人で、留学中だとおっしゃっていました」

 

 はぁ、と怜は曖昧な返事をする。――なんだろう。とてつもなく、嫌な予感がした。一方の葉子は、怜の不安をよそに語り口が速まっていく。恥じらいながらも、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。

 

「彼も麻雀を打つということで、話が盛り上がり、そうですね。連絡先を交換しあって、話している内に……って、何を言わせるんですかっ」

 

 などと言う割には、葉子の頬は緩んでいる。しかし怜は、笑えなかった。海外。留学生。麻雀。たまたま、と切って捨てることができない。

 

「なあ、葉子」

「はい? なんですか?」

 

 何よりも――彼のことである。

 

「そいつの写真とか持ってないん? ほら、大切な友達のことやもん。気になって気になって仕方ないんや」

「そ、そこまで言われたら見せない訳にはいかないじゃないですか……むむ……はい、これです」

 

 差し出された葉子のスマートフォン。その画面には、葉子と並んで立つ、すらりとした長身の青年が映っていた。

 

「……ふふふ」

 

 怜の口から、笑みが自然とこぼれていた。湧き上がる感情とは、まるで違うはずなのに。

 

「怜さん、どうしました?」

 

 訝しげに訊ねてくる葉子には申し訳ないが、きちんと返事ができない。ああ、彼女は何も悪くない。もっと言えば、誰も悪くないだろう。

 

 ――しかし。

 溢れ出んとするこの想いを、怜は止める手段を持たなかった。

 

「それじゃあ、私はここで」

 

 電車が止まり、怜が席を立つ。

 

「は、はい。お気をつけて」

「うん、またな、葉子」

 

 若干のぎこちなさを残しながら、葉子と別れを告げ、車両を降りる。そのまま改札へと向かう――前に。

 

 怜は、自らのスマートフォンを取り出した。

 

 手慣れた手つきで、通話履歴を開く。その中にある、一番頻繁にやりとりする異性の名前を見つけると、彼女はそれを力強くタップした。国際電話の通話料金など知ったことではなく、遠慮なく、容赦なくコールした。

 

 その後の会話は、彼女たちしか知らない。

 

 

 

                           旧友、再戦、開戦 おわり




色々告知↓(活動報告でも同内容を書いています)

夏コミ(C92)受かりました。
配置は8月12日(土)東地区"ツ"ブロック-47aです。
頒布予定は、

○「ひとりぼっちの山姫は」の加筆修正版文庫本(当社比130%)。
 えみたすせんせいさんによるフルカラー表紙と挿絵付き。Web版にワンエピソード加筆し、真EDを迎えます。会場限定で先着で何かペーパーつけたいと思いますが、予定は未定です。えみたすせんせいさんの淡く綺麗な絵がもうやばくて制作途中ですが既に私は何度も殺されています。
○「TogetheR」コピ本
 作画:おらんだ15さん、原案:TTPによる怜竜の掌編漫画。愛縁航路で挿絵を描いて下さったおらんだ15さんによる漫画です。自分も関わって手前味噌になりますが、少なくとも作画は超作画です。会場限定。
○「愛縁航路 特別短編 Ep.Ex4 不離不可分のグラデュエイション」 ペーパーorコピ本
 愛縁航路の短編です。表紙絵をおらんだ15さんが描いて下さります(予定)。会場限定。
○他委託など。

最新情報やサンプルなどはtwitter→@ttp1515で報告いたします。

もしも手にとって頂けるなら幸いです。
以上、よろしく御願い致します。

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