口下手提督と艦娘の日常   作:@秋風

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第六話 川内と夜戦

 

「提督、第一艦隊帰還したよ。旗艦川内報告するね」

「ああ、頼む」

 

 ここ数日、大本営からも注意をするよう連絡があった北方海域へ出撃指示を出した第一艦隊の帰還を出迎え、旗艦である川内に報告を促す。

 時刻は既に二十一時を回っており、本日の執務もこの報告で終了だ。

 

「敵艦隊と二度交戦になったけど、こっち側に大きな被害は出てないよ。指示にあったように今回は北西の方角にも索敵を行ったけど、めぼしい反応はなかったかな」

「そうか」

 

 前回の能代の報告と大本営の注意喚起、更には加賀の索敵機による調査も踏まえた上で今回はそれなりに深くまで海域進行を指示したのだが、どうやら今回も収穫は得られなかったようだ。

 それにしても急に反応があったかと思えば、ぱったりと消えてしまう辺り、妙な胸騒ぎがする。

 

「何か変わったことはなかったか?」

「うーん、そう言えば途中航行してた民間漁船のおっちゃんが変なこといってたような気がする」

「変なこと?」

 

 海の上を進んでいれば航行中の漁船や商船に出会うこともよくある。基本的には大本営から危険な海域には出ないように通達が行くが、そうではない場合適度に情報交換や、気の良い方からは海の幸を分けて貰って帰ってくることもある。

 

「なんかね、離れの離島みたいなところに小さな女の子がいたって言ってたよ」

「実際に見たのか?」

「いや、遠目から双眼鏡で覗いたらしいんだけどシルエットしか見えなかったって」

「ふむ。他に何か言ってたか?」

「一応音声も拾ってたらしいんだけど、雑音が激しくてよく聞き取れなかったんだって。ただ……」

「ただ?」

「……レップウ! レップウ! って言ってたように聞こえたって」

「レップウとはあの烈風のことか?」

「そこまでは分かんないけど」

「そうか」

 

 離れの離島。海図には載っていなかったはずだが、万が一ということもある。明日にでも航空部隊に索敵を行うように指示を出すか。

 だが、敵の規模も場所も分からない今、むやみに動くのはいたずらに彼女たちを危険にさらすだけでこちらに利はない。そう考えた上で川内に今後の指示を出す。

 

「報告ありがとう。傷付いたものは即座に入渠、その他の者は明日の自分の担当を確認しておくように伝えてくれ」

「了解」

 

 先程の戦闘で彼女自身被弾したのだろう所々傷付いた状態で、それでも川内は溢れんばかりの笑顔で敬礼を返してくる。気のせいか徐々にキラキラしてきているような気さえする。

 そうして、くるりと振り返った川内は嬉しそうに艤装を展開させながら司令室の扉へと向かっていこうとする。

 

「待ちたまえ川内」

「ん?」

 

 急な呼びかけにも動じず、川内は艤装を展開したままこちらを振り返ってくる。その瞳はまるで何かに憑りつかれたかのようにギラギラと光っており、こちらに向けられた主砲が今にも火を噴きそうで非常に恐ろしい。

 

「今帰還したばかりだというのに君は艤装を展開してどこへ行こうとしてるのだ?」

「どこって決まってるじゃん。夜戦だよや・せ・ん」

「……そんな指示は出してはいないが」

「ええ!? 提督今朝夜戦してくれるって約束したじゃん!」

「毎回言っていると思うが、夜戦は必要に応じた時のみだけだ。今回はすまないが控えてくれ」

「そんなー」

 

 鎮守府きっての夜戦好きと称される彼女は少々の損害なら軽く無視して夜戦に突撃しようとするため、妹の神通、那珂共々よく監視しておかなければすぐにぼろぼろになって帰ってくる。

 出撃するのは鎮守府正面海域付近のみだが、それでも心配になるから控えてほしいのだが。

 

「そんな……じゃあ私は今から何をすれば」

「入渠して休んでくれないと私が困るのだが」

「何言ってんの提督! 夜は長いんだよ! これからがいいところなのに!」

「……むう」

 

 出撃後はどの子たちも疲労であまり元気がないのだが、川内だけはむしろ出撃後の方が元気が良い。

 その分朝は弱く、よく神通たちに注意されているのを見かける。そして夜に騒がしくなり、部屋が隣接している子たちから苦情が殺到するのが常である。

 

「夜戦が必要な時は必ず来る。その時までその溢れる勇士は残しておいてはくれないか」

「……ちぇ、分かったよ。夜戦に行くのは諦める」

「すまないな」

 

 夜戦への道を絶たれた川内はぶすっとしながらも艤装の展開を収めてくれる。とりあえずこれで川内がこれ以上傷付く心配は無くなった。

 

「その代り、提督と夜戦することに決-めた!」

「なっ……!?」

 

 今日の彼女は聞き分けがいいと油断していたのが仇になったのか、急に飛び掛かってきた川内を避けきれずに押し倒される形になってしまう。

 咄嗟に川内が下にならないように抱えるように背中から倒れることになってしまったため、衝撃が直接背中に響いてとても痛い。

 

「せ、川内。いったい何をするつもりだ」

「何ってナニに決まってるでしょ?」

 

 身体全体で密着してくる彼女の頬は蒸気しており、瞳は妙に潤んでいる。更に力の掛け方が上手いのかなかなか振りほどくことができない。かと言って力づくで振り解いたら彼女に怪我をさせる恐れがあるためそれもできない。

 なんとか窮地を脱しようと反撃を試みるが、所々はだけた彼女の服が今にも破れてしまいそうでどうにも力が入らない。

 そうこうしているうちに川内はおもむろに自分の胸元に手を掛け始めた。

 

「私ってあんまり大きくないけど形は良いんだよ?」

「やめたまえ……やめたまえ」

「そこまで拒否されると逆に燃えてきちゃうよ?」

 

 まるで野獣のようにギラギラと目を光らせる川内には私の言葉など何の説得材料にもなってはいない。むしろヒートアップしているだけのように感じてしまう。

 これは最早無理やりにでも振り解くしかない、と川内の肩に手を置いたその瞬間、執務室の扉が開け放たれ二人の人影が姿を現した。

 

「提督お疲れ様です……って川内姉さん!?」

「川内ちゃんお疲れー♪ 御飯一緒にってええええ!?」

 

 入ってきたのは同じ川内型軽巡洋艦二番艦の神通と三番艦の那珂で、当たり前だが突如目に入ってきた光景に驚いている。

 が、それも一瞬のことで流石は華の二水戦、第二水雷戦隊を率いたと称される通りすぐに那珂が川内を引き剥がし、神通が背中を支え起こしてくれる。

 

「ちぇ、いいところだったのになー」

「川内ちゃんダメだよっ! 提督のセンターは那珂ちゃんなんだからっ!」

「提督、大丈夫ですか?」

「ああ、すまない二人共。助かったよ」

「よくも私の提督をっ! 川内姉さんと言えど許せませんっ!」

 

 二人とも未だ混乱しているのかよく分からない怒り方をしているが、当の本人はさして気にしていないそぶりで二人からの尋問をあしらっている。

 しかし、川内には適度に夜戦を許可しないとストレスでどういった行動に出るか分からない危険性がある、と今回身を以て経験した。今後彼女には護衛付きで夜戦を許可する必要があるかもしれない。

 

「あともう少しでイケると思ったんだけどなー」

「いっちゃダメだよっ! もー那珂ちゃん不機嫌だよっ!」

「わ、私ったらさっきなんて大胆なことを」

「でも提督の身体、見かけよりがっちりしてて抱かれたとき少し本気でドキドキしたよ」

「川内ちゃんなんて羨ま……じゃない! 本当に何やってるのもー!」

「提督に抱かれたってどういう意味ですか川内姉さん」

「いや別にそのままの意味だから! 特に深い意味はないから! 神通怖い! 顔が怖い!」

 

 普段から仲の良い三人だがこうやって話をしているところを見ると、改めて三人の絆の深さが垣間見えるようで自然と頬が緩む。

 が、いつまでも彼女たちをこんな場所に留めておくわけにもいかない。特に神通は明日の早朝の遠征部隊のメンバーだったはずだ。そのことをやんわりと伝えると神通からはお礼を、残りの二人からは『私のことは心配してくれないの?』というニュアンスの反応をされてしまった。

 

「まー結構すっきりしたからいいや。さっ神通、那珂、御飯いこ。提督、また続きは今度しようね!」

「だからダメだって言ってるじゃん! あ、待ってよ川内ちゃん!」

「あ、て、提督すいません。失礼致します」

 

 嵐のように現れて、嵐のように去って行った川内型の三人を見送り、金剛の置いて行った紅茶を飲むためにお湯を沸かしながら一息つく。今日は最後が一番疲れたような気がする。

 明日は早朝から遠征部隊の見送りや戦艦と空母の大規模演習など忙しい一日になるだろう。

 そう考えながら紅茶に口をつけ、川内からの報告をまとめるために気持ちを切り替える。

 

 はて? 何か忘れているような気がするが気のせいか?

 

 

 その後、帰還した第一艦隊への指示伝達をすっかり忘れた川内による待ちぼうけを食らった艦隊メンバーたちは次の日盛大に寝坊した。

 当然川内は怒りの集中砲火を浴びた。

 




 提督の部屋が金剛の私物に侵略され始めている気がする。
 まだ金剛登場すらしてないのに。

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