口下手提督と艦娘の日常   作:@秋風

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 今回は非常に甘々に仕上がっとります(意図的ではない


第五十五話 親潮とお泊り

 

 月に一度の本営会議の帰り道、本日の随伴艦であった親潮は何故か全身ずぶ濡れ姿で、とある場所の扉の前に立っていた。隣には提督が、同じように髪から水を滴らせながら立っている。

 

「司令、こちらのお部屋です」

「ああ、ありがとう親潮」

 

 フロントで貰った鍵を差し込み、部屋の中へと二人して入室。電気をつけ、殺風景で特に特徴のない部屋を見渡しながらどちらからともなく、小さく溜息を一つ。

 

 場所は本営会議の開催場所と鎮守府の丁度中間に当たる場所にある、所謂ビジネスホテルだ。格安という事もあって泊まる以外のサービスはほぼ無いに等しいが、そこに目を瞑れば特に面白みのない普通の宿泊施設でしかない。

 問題は何故二人がそんな場所にずぶ濡れ姿で立っているのか、という理由なのだが、

 

「しかし参ったな。まさか土産屋に立ち寄ったところで、ここまでの大雨に見舞われるとは」

「はい……まさか公共の交通機関まで麻痺してしまうなんて」

 

 単純に雨に降られたから。

 とは言え雷と風を伴った台風並の大雨だ。おかげで交通機関も麻痺してしまい、立ち寄った土産屋で立ち往生。暫くその場で待機してみたものの、復旧のめども立たず、仕方なく一番近い宿泊所であるこの場所へと走る羽目になったというわけである。

 ちなみに土産屋に雨具の類は置いていなかった。

 

「でも、やっぱり皆さん考える事は同じなんですね」

「残っていたのがこの一室だけとは……他に選択肢が無かったとはいえ、すまんな」

「い、いえ、そんな!」

 

 提督の言葉に、タオルで濡れた髪の水気をふき取っていた両手を、慌てて胸の前でわたわたと揺らす。タオルで提督の表情はよく見えないが、きっと気遣いの言葉なのだろう。その心遣いに感謝しながら、同時に今日は提督と一晩同じ部屋で二人きり、という状況に鼓動が早鐘を鳴らしだす。

 

 ――どうしよう……なんだか凄い胸がドキドキしてきた。

 

 そんな事にはならないと頭の中では分かっていても、気にしないで平静でいられるほど親潮も大人ではない。というか大人びていて忘れられがちだが、彼女も駆逐艦娘である。

 とにかく落ち着けー落ち着けーと胸に手を当てて何度も深呼吸を繰り返す。こんな時は普段の事を思い出そうと、同部屋の黒潮の顔を頭に思い浮かべてみる。

 

『こんな美味しい状況、押し倒したもんがちやで、グッジョブ親潮』

 

 すると脳内には見事に満面の笑みでサムアップした黒潮の姿が。

 

 ――っばかばかばか! 黒潮さんのばかっ!

 

 その姿に、慌てて両手をぱたぱたさせて妄想の中の黒潮を打ち消す親潮。本人が言った訳ではないのに、見事に責任転嫁される辺り、黒潮の日頃の行いが見て取れるというものだ。

 

「親潮」

「は、はい!」

 

 なおも一人百面相を続ける親潮に提督から声が掛かる。

 

「先にシャワーを浴びて来ると良い。濡れた服のままでいると風邪を引いてしまう」

「あ、え、いえ! それならば司令がお先に」

 

 気を遣われっぱなしで恐縮した親潮は、ぶんぶんと首を振って否定の言葉を挟み込む。

 気持ちが伝わったのか、提督は少しだけ頬を緩めて、

 

「軍服は厚地で水が沁み込みにくいし、私は後で良いさ。それとは別に先に鎮守府に連絡を入れて置く必要もあるし、遠慮しなくていい」

「そう、ですか」

 

 言われて、親潮は先程までタオルで見えなかった提督の顔を視界に捉え――思わずその姿に目を奪われた。

 

 ――司令の髪が無造作に掻き上げられて……うわあ。

 

 有体に言って、現在の提督は凄くワイルドだった。

 雨に打たれた後タオルで軽く拭いたためか、無造作に掻き上げられた前髪。元々彫の深い顔立ちの提督なのだ、この雑多で男らしい髪型が似合わない訳がない。加えて、濡れた上着とシャツは現在ハンガーに掛けられており、上に身に着けているのは黒のインナーのみ。引き締まった肉体に密着するようなインナー姿は、鍛えられた筋肉を強調させ、ワイルドさや男らしさ、引いては普段の提督には無い野性味を如実に感じさせる姿になっている。

 

 以前、海に行った際の青葉による提督のオフショット写真が光の速さで完売した背景には、こんな理由があった事を親潮はここで初めて理解することができた。

 ぶっちゃけた話、親潮には今の提督の姿は刺激が強すぎた。

 

 意味も分からず、下腹部が熱くなる。じわじわと微熱に犯されるように、頭もくらくらして正常な判断ができなくなる。もし、この時一緒に居たのがそう言った事に純粋な親潮でなく、ある程度精神が成熟した大人組の誰かだったならば、この時点で提督を押し倒していた可能性は否めない。

 

「どうかしたか? 親潮」

「!? あ、や、なんでもありません!」

 

 見かねた提督の心配そうな表情と言葉に、親潮ははっと我に返り、一拍置いてカァーと自分の顔が茹だっていくのを自覚する。穴があったら入りたい……それもこれも全部黒潮さんの所為です、と一人呟く親潮による黒潮への風評被害がとどまるところを知らない。

 そんな親潮の姿に、何を思ったのか提督もはっと何かに思い至ったかのように非常に申し訳なさそうな表情で、

 

「すまない親潮、配慮が足りていなかった。親潮がシャワーを浴びている間、私は部屋を出ておくから。終わったら私用の携帯の方に連絡を入れてくれ」

「ま、待ってください! 違います! 違うんです!」

 

 この状況でも平常運転な提督が部屋を出ていこうとするのを、涙目で止めようとする親潮。

 結局、親潮がシャワー室に入ったのは『提督になら見られても構いませんっ!』などと暴露してたっぷり十分ほど提督を困らせてからの事だった。

 

 

 

「…………」

 

 シャワーヘッドから噴出する湯を全身に浴びながら、頭から胸、お腹、腰からつま先へと冷えた身体をほぐしていくと同時、親潮は先程までの自分の行動を思い出し、壁に手を付いて、ズーンと頭を垂れた。

 

「あたしは一体司令の前で何を……」

 

 おかしい、こんなはずではなかった。本来なら普段通り冷静に凛々しく提督をお守りする筈だったのに、何がどうしてこうなった。

 ……いや、理由は分かっている。分かった上で、こうやって誤魔化しでもしないと恥ずかしくて身悶えしそうなのだ。

 

「とにかく、これ以上司令に迷惑をお掛けしないようにしないと」

 

 身体を念入りに洗いながら、ふんすと鼻を鳴らす親潮。こうしてキリッとした表情をしていれば、如何にもデキる女性という雰囲気が出て、普段の親潮らしく恰好も良い。

 が、何を思い出したのかすぐに相好を崩して、

 

「でもさっきの司令……恰好良かったな」

 

 陽炎曰く、外見は真面目な委員長タイプだが、中身は意外と突発的な出来事に弱い若干のポンコツ臭漂う愛すべき妹という側面が漏れ出ている。

 次の写真即売会ではあたしも頑張ろう、と既に思考と目的がズレてきている事にすら気が付いていない辺り、これまた業が深いと言わざるを得ない、と言っても、提督が絡むと若干ポンコツになるのは皆一緒なので一概に親潮が残念だという事にはならないのだが。

 

 そのまま、髪を洗ってもう一度身体を洗い流した後、脱衣所に出た親潮は着替えを出すために鞄を探り、そこで初めて新たな問題へと気が付く事になった。

 

「しまった……日帰りだったから上の服の替えがありません」

 

 壁に掛けてある水浸しの上着を見て、歯噛みする。

 幸いにも下着は予備を持ち歩いていたし、スカートは少し乾かせば履けるレベルにはある。だが上の服は無理だ。これを着てはシャワーを浴びた意味がない。

 

「宿泊だけの施設だから、着替え用のローブとか無いですよね」

 

 案の定、置いてあるのは薄いタオルが数枚だけと、流石にこれで親潮のスタイルの良い身体を隠すには心許ない容積の物しか見当たらない。

 仕方が無いので、携帯で部屋にいる提督に助けを求める事にする。可能性は低いが、もしかしたらフロントに予備の寝間着が置いてあるかもしれない。

 

 数分後、脱衣所の扉の奥から提督の声が届く。

 

「すまん親潮、一応フロントにも聞いてみたんだが、そう言った類の物は置いていないそうだ」

「そうですか……いえ、大丈夫です。お手を煩わせてしまって申し訳ありません」

 

 予想はしていたが、案の定の提督の言葉に親潮は平静を装って返事を返す。

 こうなってしまっては仕方がない。べたべたで不快ではあるだろうが、もう一度着ていた服を着るしかない、と壁に掛けておいた元の服に手を伸ばそうとして――

 

 ――それより先に、脱衣所の下の隙間からすっと差し出された白い布のような何かに手が止まった。

 

「司令……これは?」

「……私の予備のシャツだ」

 

 提督の答えに思わず手に持ったシャツを取り落としそうになった。慌てて抱き留めて、恐る恐る広げてみると確かにそれは長袖のシャツだった。男物の、提督が好みそうな無地の白シャツ。それなりの頻度で着用しているのか、こなれた感じに生地が手に馴染むような気がした。

 

「あたっ……親潮なんかに、いいのですか?」

「ああ、新品を用意できなくて申し訳ないが、あ、いや、ちゃんと洗濯はしてあるから安心してほしい。多少大き目だが、今日着る分には問題はないと思う」

 

 提督の慌てたような言葉にふっと笑みが零れた。まるで宝物を守るかのように、親潮は両腕でシャツを抱きしめる。

 

「ありがとうございます、司令」

「気にしなくていい」

 

 冷える前に着なさい、と言い残して脱衣所の扉の前から提督の気配が離れていく。

 内心でもう一度礼を伝えて、親潮はシャツを近づけて控えめに鼻をすんすんと鳴らす。

 

 恐らく提督の鞄に入っていただろうそれは、遠征後に抱きしめられた彼の陽だまりのような匂いと同じ香りがして――

 

「これが噂に聞く彼シャツ……というものでしょうか」

 

 そんな意味の分からない事を言って、キラキラとした瞳で暫くシャツに顔を埋める親潮であった。

 

 

 

 提督がシャワーを浴びたその後は平和な、親潮にとっては非常に充実した時間が過ぎていった。

 彼に借りたシャツは予想通りぶかぶかで、時折肩が覗いたりと割と目のやり場に困る恰好になった上、普段のスカートに大きめの男物のシャツと言う、妙なアンバランスさで親潮が定期的に鼻を鳴らすたび、提督はなんとも言えない気持ちになったが、親潮が幸せそうだったため全てを飲み込んだ。

 

 ちなみに提督は黒の長袖シャツに予備の軍服の下を身に着けるラフな格好で、親潮が記念に一枚と写メった画像を密かにスライド式の待ち受け画面に設定した事には気づいていない。

 

「流石に外も出歩けないとなると、自動販売機で売っている即席食品でもありがたいですね」

「そうだな。湯を入れて数分でこの出来、というのは革新的だ」

「ふふっ、司令は即席食品がお好みなのですね。でも食べ過ぎは身体に良くないので、鎮守府に戻ったら親潮がバランスの良い食事をご用意致します」

「……親潮は良い嫁になりそうだ」

「っ! けほっ! こほっ!」

「す、すまん。軽率な言葉だった」

「い、いえ、そんな事は、決して」

 

 そんな談笑を続けながら、二人で簡単に夕食も取った。

 この状況では流石に作りたての食事という訳にもいかず、併設されていた自動販売機に売っていた所謂カップ麺で妥協する事に。とは言え最近の即席食品は味も良く、食べられるだけでもマシなので文句も無かったが。

 ちなみに提督は何処か嬉しそうだった。

 

 それからの時間はあっという間だった。

 TVも本も無いため基本的に親潮が話して、提督が聞くという会話のみだったが、時折挟まれる彼の人生のエピソードが面白く、また、心地いいタイミングで打たれる相槌に親潮はついつい夢中になって話続けた。もし今の彼女に尻尾があれば、竜巻が起こっていると錯覚するほどには夢中に。

 また、提督は決して口数の多い方ではない。だがその分、聞き上手である事を親潮は改めて知った。その表情は、普段の実直で真面目な彼女からは考えられない程で、親潮は終始、向日葵が咲いたように笑顔だった。

 

 結局、最後まで話は尽きず、日付が変わった辺りで明日に響くといけないからという理由で提督がやんわり止めるまで親潮の尻尾ブンブンタイムが止まる事は無かった。

 それでもなお少しだけ名残惜しそうな親潮に、また今度必ずと約束を取り付けて、二人して就寝前の身支度を整える。

 

 そうして、後は寝るだけという段階で、最後の問題が浮上した。

 

「ベッドが……」

「……一つしかないな」

 

 話に夢中で忘れていたが、そう言えばこの部屋はシングルだった。元々シングルだった所を無理やり二人で入れてもらったのだ、ベッドが二つもあるわけがない。

 ちらり、と提督の顔を窺い見る。すると彼はさも当然と言った感じで床に数枚タオルを並べ初め、

 

「ベッドは親潮が使ってくれ。幸いタオルはあるし私は床で寝る――」

「駄目ですっ!!」

 

 思ったより大きな声が出てしまった所為か、提督が驚いたように目を丸める。

 親潮は親潮で恥ずかしかったのか、しどろもどろになりながらも、ここは譲れないとばかりに眉尻に力を込めて見つめ返す。

 

「司令を差し置いて、親潮がベッドを使うなんてできません。私が床で寝ますので司令はどうぞ遠慮なくベッドでお休みになって下さい」

「いや、私の護衛のために付き添ってくれている親潮を床で寝かせて、私だけがのうのうとベッドで休むのは流石に」

 

 困ったような表情の提督に、しかし親潮も引く気はない。

 まるで平行線。だが、このまま居てもただ時間を浪費するだけ。何か手はないか、とお互い思案する中で、先に親潮がはっと何かを思いついたかのように顔を上げた。

 

 しかし直ぐに口にはせず、何故か瞳が泳ぎまくっている。

 

 これなら……でも断られたら……いや女は度胸……などと呟くのも束の間、一度大きく息を吸った後、親潮は若干気負い過ぎなような瞳で持って、提督に照準を合わせる。

 

 ――きっとこれが最善策。いえ、親潮が望んでいるとかそういうのではなく、現実的に考えて、うん妥当……なはず。

 

 緊張を悟られない様に、普段通りの表情で。そのまま親潮は静かに口を開いた。

 

「それならば司令――」

 

 

 

 

「窮屈ではないか、親潮」

「い、いえ大丈夫です、はい」

 

 間近から聞こえる提督の声に、親潮はなんとか平静を持って返事を返す。

 自分で提案しといてなんだが、この状況はなんというかやはり――

 

「……予想できた事とは言え、シングルのベッドに二人というのは些か難しいものがあるな」

「あはは」

 

 ――いろいろと危ないような気がしてならない。

 提督の胸の辺りを間近に、カチコチに固まった状態で親潮は一人思う。

 

 結局、親潮の二人でベッドを使うという提案に、最終的に提督が折れた形で決着がついた。最後まで苦悩の表情を浮かべていた提督だが、代案が無かった事が決め手になった。あまり渋りすぎては、親潮の善意を傷付ける事になる点も考慮してくれたのかもしれない。

 しかして親潮は思う。

 提督は昔に比べて随分と近しい距離に来てくれるようになった。少し前ならばこんなこと絶対に首を縦に振ってくれなかった提督だ。それだけでも嬉しく、笑みが零れる親潮である。

 

 とまあ、結論が出たのは良かったのだが、

 

 ――お、思ったよりベッドが狭くて、密着具合が……。

 

 親潮の内心は正直それどころでは無かった。

 二人が使っているベッドの容積が思っていた以上に小さく、今の彼女はほぼ提督の首から膝にかけての辺り――つまり提督の懐にすっぽりと抱かれる様な形で収まっているのが現状だ。平均と比べても大柄な提督が入れば、そうなるのは必然と言えば必然だが、なおの事心穏やかではいられない。

 

 一方、提督は提督で、この状況で不用意に親潮に触れるわけにもいかず、油を避ける水の様になんだかよく分からない方向に腕が伸びている。

 何も知らない人からすれば、お前その恰好で寝れるのかと言いたくもなるが、本人も大変なのである。

 

 だが、このままではお互い寝られない。特に提督の方は端に寄り過ぎで、ちょっとした拍子にベッドから転げ落ちそうな程である。

 親潮は逸る動悸を抑えて、

 

「司令、もう少しこちらに。そのままでは落ちてしまいます。あたっ……親潮の事はお気になさらず、大丈夫ですので」

「う、うむ」

 

 ゆっくりと寄ってくる提督の身体。そしてついに胸の前に置いた親潮の腕が、提督の胸の辺りに触れるところまで近づいて、やっと止まる。

 間近に感じる提督の存在と、ほのかに感じる男の人の匂いに心臓が爆発してしまいそうだ。

 

 ――あ、でも司令の鼓動も少し早い……?

 

 彼の胸に触れた腕から感じる鼓動に、提督も自分と居る事に何かを感じてくれている気がして、なんだか胸が温かくなった。

 

「電気、消すぞ」

「あ、はい。おやすみなさい提督」

「ああ、おやすみ」

 

 就寝の挨拶と共に、部屋の明かりが消え、完全な暗闇に変わる。

 同時に、それまであまり気にならなかった雷の音が、妙に大きく鮮明に聞こえ、親潮はぎゅっと目をつむった。

 雷は嫌いだ、暗い夜に良い思い出は無い。

 

 刹那、閃光のように部屋中が光ったかと思うと、雷鳴のようなひときわ大きな稲光と轟音が耳を劈いた。

 

「……っ!」

 

 身体が跳ねそうになるのをなんとか堪える。震える手で目の前の提督の服をぎゅっと握りたくなる衝動に必死に耐える。

 駄目だっ! 耐えろっ! 司令の睡眠の邪魔になってしまう!

 

 幾度目かの轟音に身を抱えて、耐え忍ぶ。

 どれくらいの時間そうしていただろう。

 

 

 ――そこでふと、親潮の絹の様な黒髪を何か温かいものが撫でてくれる感覚が。

 

 

 これは――

 

 引き結んでいた口から、吐息が漏れる。

 その主は何も言わない。ただ、ただゆっくりと穏やかに、優しく髪を撫で続けてくれる。

 まるで大丈夫だよ、と幼子をあやすように温かい大きな手で持って、静かに。

 

「……」

 

 全身から強張った力が抜けていく。同時に、それまであまり感じていなかった睡魔が急速に波となって襲ってくる。先ほどまでの不安や恐怖は不思議なほどに無くなっていた。

 親潮は、その温もりに身体を預ける。無意識の内に張っていた緊張の糸が切れて、意識が静かに霧散していく。

 

 数分後、その可愛らしい口からは繰り返し、穏やかな寝息が聞こえる様になっていた。

 

 

 

 

「……ん」

 

 早朝、目覚めた親潮は静かに時計の針を確認する。いつもより随分と早い時間に目が覚めたというのに、不思議な程、身体が軽かった。

 

 ふと隣を見ると、珍しくまだ穏やかな寝息を立てて眠る提督の姿が。

 そんな彼を横になったまま両腕で頬杖を付きながら、愛おしそうに親潮は眺める。

 

「司令、お疲れでしたもんね。うふふっ、司令の寝顔、可愛い。ずっと見ていようかな……あ、起きた時に目が覚めるよう、コーヒーを入れて差し上げよう」

 

 一頻り眺めて満足した後、親潮はそんな事を言って、楽しそうに湯を沸かす準備を始める。

 

 窓の外には――昨日の雷雨が嘘のように――澄み切った青空が広がっていた。

 

 

 

 ちなみに帰った後、黒潮を始め姉妹たちから一部始終を根掘り葉掘り聞かれたのは言うまでもない。

 

 




 甘すぎて我ながら砂糖吐いた。
 でも親潮は可愛い。

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