「提督ってさー、ぶっちゃけ女に興味あるんかね?」
唐突に放たれた隼鷹のぼやきのような問いに、ほっけを箸でほぐしていた高雄は一瞬意味が分からなかったのかぽかんとした表情で、しかしすぐに眉を顰めて深々とため息を吐いた。
「止めなさいよいきなりそんな下世話な話。もう酔っぱらったの? あ、妖精さんビールいいですか?」
ほぐれて香ばしい匂いを漂わせるほっけを口に運びながら、追加の注文を済ませる高雄。普段から飲兵衛の隼鷹に苦言を零す彼女だが『やっぱり鳳翔さんの店に来たらまずはほっけとビールよね』と本人も既におっさんの様相を呈してきている。
その横でついでに料理も頼んでいる龍驤と羽黒に妖精さんがあいあいさーと厨房に飛んで行く。
場所は鳳翔が営む食事処、今日の任務を終えた四人の飲み会は今まさに始まったばかりだ。
「せやで隼鷹。今日は羽黒もおるんやし、あんま過激な話したらんときや」
「あの、ご、ごめんなさい」
「謝る必要なんてないのよ羽黒、ほらほっけも美味しいわよ。それにそんな話で盛り上がるなんて、上官である提督に対して不敬よ」
羽黒にほっけの皿を手渡し、遺憾なく委員長気質を発揮する高雄に隼鷹はなんだよなんだよーと頬をぷくーっと膨らませる。
「ちぇー、あたしは提督の事を本気で心配して言ってるのにさー。やーい高雄のむっつりー」
「なっ!? だ、誰がむっつりですって!?」
「まあまあ二人とも落ち着きーや。それにしてもなんや隼鷹、キミがそういう話するん珍しいやん」
「そ、そうですね。隼鷹さんいつもあっけらかんとしてますし、そういう話に興味ないのかなと思ってました」
龍驤の言葉に控えめに同意する羽黒。そんな二人に隼鷹はぽかんとした表情で、
「ん? 興味ないよ? 私はたまに提督と美味い酒が飲めればそれでいいのさ」
「では何故話題にしたんですっ!? それと私は決してむっつりではありませんっ! むしろオープンだと自覚していますのでっ!」
「あかん高雄が既に壊れ始めた」
「あ、ほっけ美味しい」
どんっと勢いよく置かれた高雄のジョッキの反動で宙を舞う枝豆たち。それを真横で宴会していた工廠組の妖精さんたちがかっさらっていく。流石は誇りある艦載機乗り、見事な空中旋回技術である……やってることはただの枝豆強盗だが。
しかして龍驤は思う。
――あれ? もしかしてこの面子、あかんやつちゃうん?
隼鷹は言わずもがな、高雄は酒は好きだが弱いタイプ、普段の様な冷静な舵取役は望めない。と言うかすでに半分出来上がってしまっているのは決して気のせいではない。
万が一にも何か問題を起こせば店主である鳳翔に迷惑が掛かるし、提督にも話は当然行くだろう。彼の事だから怒られはしないかもしれないが、困らせてしまう可能性は大だ。なんとしてもそれだけは避けなければいけないと思う龍驤だが、避けられる気も全然しない不思議。
頼みの綱としては羽黒だが、姉に足柄と那智という酒の席における
「でもせやったら矛盾してへん? 自分が興味ない話してもなんもおもろないやろ?」
「ちょっと龍驤、あなたまでこんな話に乗るなんてどういうことです!? 妖精さんビールお願いします!」
「ペース早いがな高雄……まあええやん? 羽黒もリラックスできてるし、司令官の身の上話ウチは興味あるで。なあ羽黒?」
なんてのは建前で、本音は会話することで酒の入るペースを遅らせる事にあった。特に脱ぎ癖のある高雄の尋常ではないペースが龍驤に危機感を募らせる。既に胸元が緩んできているのはなんの当てつけやねん。ええからそのジョッキ一回置かんかい、といらんところにまで目が行ってしまう龍驤であった。
いっそのこと自分も飲みまくってへべれけになったろかと一瞬考えて止めた。理性の放棄は戦場では死に直結する。戦場において生き抜くための思考を止めた者に未来はないのだ。
……ここが今戦場かどうかはひとまず置いておくとして。
「確かに司令官さんのそういった話はあまり聞きませんし、私も少し気になる……かもです。でもそれなら興味のない隼鷹さんはどうして……?」
「いいんですよ……どうせ私は提督のお傍にも立てない駄目艦娘ですから」
「いきなり拗ねんといてや。高雄、キミまだ今月の秘書艦任務決めるためのジャンケン愛宕に負けたん根に持っとるん?」
「妖精さんビールおかわりっ!」
図星か、と呆れた表情の龍驤と潰れた饅頭のように机に突っ伏す高雄。
その横で――言葉では控えめではあったが――興味津々な羽黒の視線に晒されている隼鷹はひらひらと手を振りながらケラケラと笑う。
「いや別に大した理由もないんだけどさ。っていうか君達も見たでしょ? この前の艦隊新聞」
言われて、龍驤は思わず顔を顰めた。
同様に向かい合っていた高雄と羽黒の表情がなんとも微妙な表情に変化していくのが分かる。酒の席にはなんとも不釣り合いな顔だ。しかし内容を知っている龍驤としてはその気持ちが分からなくもないのだから仕方がない。
「ああ例のあれか。なんやどこぞの提督が艦娘に対して不埒な真似をしでかしたって結構な騒ぎになっとったやつやろ」
数日前、連絡用掲示板に一枚の新聞記事が掲示された。内容はとある鎮守府での内部問題、所謂不祥事というやつだ。
記事内でも具体的な事はぼかされていたが、何があったかの想像は大体可能だ。それでも一応言葉を選んでオブラートに包むよう配慮は忘れない。意識し過ぎても仕方ないが、面白おかしく話題にしても良い話でもない。
「その手の問題は昔からそれなりにあった気はするけど、いつ聞いてもやっぱり気分のいいものじゃないわね」
「今回は特に相手が相手やからな。同意の上ならまだしも、嫌がる駆逐艦の娘を無理やりやなんて未遂に終わったからまだ良かったものの、実害でとったらホンマ洒落にならへんかったで」
つまりはそういうことだ。
上司である提督が権力を笠に部下である艦娘へ否応なしに暴力を振るう。昔と比べて艦娘に関する海軍規律が整備されてきたとはいえ、未だにそういった問題は無くならない。
中には提督と艦娘がちゃんと愛を育んでいる鎮守府もあるだけに、時折起こるこの手の不祥事は話題にも挙がりやすい。
それにしても、だ。
「でもなに? 隼鷹キミ、もしかしてウチでも提督が同じようなことするんちゃうかとか思うてるん?」
勿論龍驤自身、付き合いの長い隼鷹がそんな事を考えてるとは思っていない。
だが万が一、いや億が一だ。もし隼鷹が前述の記事に感化された上での発言だったとしたら――
――瞬間、世界が揺れた。あまりの振動に机の上で寝ていた妖精さんが転げ落ちる。
慌てて龍驤が周りを見渡すと、そこにはテーブルを叩き壊す勢いで立ち上がった般若面の高雄と珍しく頬を膨らます羽黒の姿が。
「……冗談でも言っていい事と悪い事があります」
「司令官さんはそんな事する人じゃないですっ!」
ガシャコンと額に当たる高雄の砲塔の冷たさに背中から脂汗が噴き出る。隣を見ると、酒瓶を抱えたまま隼鷹が腹を抱えて爆笑していた。ここが海上なら全機爆撃しているところだ。
「ちょ、ちょい待ちいや! ウチやってそんなこと毛ほども思っとらん! ちょっち隼鷹、キミほんまにどういうつもりなん!?」
「いやーごめんごめん。アタシが言いたいのはむしろ逆だからそんな心配しなさんな。ほれほれ羽黒も高雄もちょっと落ち着きな」
そんな調子のよい事を言って、二人をなだめにかかる隼鷹。いやいや誰の所為やねんと思わなくもない龍驤であるが、これ以上藪を突くのは止めておいた。
高雄も羽黒も少し冷静になったのか――相変わらずむすっとした表情ではあるが――静かに自分の席へと腰を下ろしてくれる。
なんとか一触即発の危機は乗り越えた。衝撃でテーブル横に置いていたジョッキビールの中に転げ落ちた妖精さんを救出しながら、ほっと一息。
だが、そうなると先ほどの隼鷹の言葉が指す意味とは一体なんだろうか。と、そんな龍驤の疑問を肩代わりするかのように高雄がビール片手に口を開いた。
「それより、逆とは一体どういう意味ですか」
その問いに隼鷹はあっけらかんとした表情で、
「どういうも何もそのまんまの意味さ。ウチの場合提督があの通りやから、女としての自信が無くなる程度には艦娘側は絶対安心だろ? だからむしろアタシが心配してるのはその逆の話」
ししゃもを摘まみながら、何処か勿体つけるように隼鷹は怪しげな笑み表情に浮かべている。彼女も酔っているのか、はたまた素か。それは分からない、が、此処まで聞けば彼女が意図するところは言葉にしなくても分かってしまった。
提督からではなく、その逆。言うなれば、攻守交替、立場逆転。
まあつまり、そういう事である。
同時に、自分が首筋まで赤くなっている事を自覚し軽く龍驤は狼狽した。
――アカン! アカンてこの流れは! 不敬とかそんなレベルの話ちゃうで!?
見れば羽黒も意図を理解したのか、耳元まで真っ赤に染めて茹蛸のように頭から湯気を上げていた。ああ見えて羽黒は意外とむっつり、そんないつだったか言われた足柄の言葉をなんとなく思い出した。実にどうでもいい情報だが、あながち間違いというわけでもなさそうだ。
「? だからどういう意味ですか?」
一方で高雄は何も分かっていないのか、頭に疑問符を浮かべて怪訝な表情を浮かべている。隣で羽黒が『ここで踏み込める高雄さん凄い……っ』みたいな顔してるけど何も分かってへんだけやでそれ。
そんな龍驤の心のツッコミも他所に、隼鷹は、
「だから逆だって――いつか我慢しきれなくなったアタシらの誰かが提督をパックリ食べちゃうんじゃないかなって。勿論性的な意味で」
いとも容易く、串から焼き鳥を外しながら爆弾を放り投げた。
なにやら厨房の奥からは誰かが盛大にお皿を落としたような大きな音が響いてくる。
「…………」
「…………ぁぅ」
……ほんま、何てこと言うねんこの酔っ払いは。
空気が桃色すぎて、彷徨った視線の先で羽黒と目が合った。が、お互い羞恥と気まずさで即効で目を逸らしてしまう始末。アカン……めっちゃ顔熱い。
対して高雄の反応はというと一瞬言葉の意味を考えたのか眉を顰めて、見る見るうちに表情を紅潮させたかと思うとそのまま口をぱくぱくと開け閉めして固まっていた。まるで浜に打ち果てられた魚だ。それだけではない。わなわなぷるぷると全身を震わせてながら、右手は不自然に宙を彷徨い、瞳はぐるぐると渦を巻いている。
「ななななななんてことを言うんですか性的にってそれってそそそそっ……妖精さんビールおかわりっ!」
「た、高雄さん気持ちは分かりますけど落ち着いて……」
言わんこっちゃない。
羽黒に背を撫でられながら、はーはーと目をぐるぐるさせる高雄。彼女は普段大人っぽく見えて、こういった話題には意外と疎いらしく、しばしば愛宕に揶揄われていたりする。そんな様子を日本酒片手にけらけらと笑っている隼鷹に、龍驤は怪訝な表情を向ける。
「……隼鷹、キミ」
「ごめんごめんて。でもさキミたち、今アタシが言った事、本当に絶対有り得ない話ってきっぱり言い切れる?」
「それは……」
無い、と頭では考えていても、結局三人共顔を見合わせただけで、言葉にはできなかった。
そう、悲しい事にそれらの可能性は決して否定できないのである。
むしろ現状の鎮守府の状況を鑑みるに、事は時間の問題と言っても過言ではない。一部の主に戦艦空母組に見られる錯乱したとしか思えない年中提督ジャンキー組を除いたとしても、提督を慕う娘は多い。
それが敬愛なのか情愛なのか友愛なのか、必ずしも恋慕のものとは限らないだろう。が、それらも何かのきっかけ一つだ。慕うという事は、つまり好意を抱いているのだから。
なにより普段は生真面目で大人しい娘でも、提督絡みとなると簡単に理性のタガが外れてしまうのが困りものだ。現状提督側には全くその気が無いと言うのも、反ってヤキモキを加速させる扇情効果を伴ってしまっており、本人は何もしてないのに『提督は焦らし上手』という実に不名誉な称号が勝手に独り歩きしているぐらいなのだし。
つまるところ。
「……絶対無いって自信もって言えん所がホンマ悲しいところやで」
手に持ったジョッキを置くと同時に、今日一番の大きな、それはそれは大きな溜め息が龍驤の口から零れ落ちる。
「仮に誰かの策略で、提督の意思関係なくそういう関係を持ったとして、それを提督が一夜の過ちと割り切れるならまだ良いかもしれないけど」
「たぶん司令官さんの事だから……」
「まあ、無理やろなあ」
満場一致の答えに、隼鷹が杯を片手に苦笑を浮かべている。
責任感の強い提督の事だ。例え自身に全く非が無くとも、結果として関係を持った事を知れば、最後まで責任を取ろうとする事は目に見えている。
「いっその事、明石さんか妖精さんに提督専用の媚薬でも作ってもらっちゃう?」
「な、なにをとても魅力的な――いえ興奮する――ちがう馬鹿な事を!」
「高雄さん……それでも司令官さんの場合、気が緩んでるとかで運動や鍛錬で発散しちゃいそうな気がしますけど」
「どんだけやねんそれ……」
仕事面では優秀で頼りがいがあり、部下である艦娘の心の機微には聡いのに、自身の事――特に好意や恋愛が絡むと途端に不器用になるのはどうしてなのか。
それがまた彼の魅力でもある――のだが、やはりどこか悶々としてしまう彼女たちである。
とはいえ、
「こほん……それでも最近は定期的に食堂に顔を出してくれたり、私たちのために休日に時間を割いてくれたりと、以前よりは数段積極的になってくれてるわ」
「任務の事以外にも司令官さんの方から、よく話をしてくれるようになりました」
「前はどこか遠慮しとった駆逐の子らも、今は毎日誰かしら司令官に突撃しとるしな」
提督は前向きに努力をしてくれている。
彼なりに思うところもあるのだろう。そもそも職場で男一人、上司と言う立場、加えて部下とは言え多くの異性と衣食住を共にしているという環境に、ストレスを感じないわけがない。
それをおくびにも出さず、ぶっちゃけた話、彼ともっと一緒にいたいという艦娘側の我儘に提督は律儀に応えようと頑張っている。
やり方こそ不器用で決して上手くはない。だが、だからこそ、
「ま、そんな提督だからさ。将来誰かと結ばれるとしても責任とかそんなんじゃなくて、本当に自分が心から好きになった人と結ばれてほしいじゃん?」
心なしか口調が柔らかい隼鷹に三人は力が抜けたように脱力して頷いた。
なんだかんだ結局はそこなのだ。金剛も大和も加賀も皆、本心ではそれを望んでいる……たぶん。実際、提督が本気で困るであろう事は誰一人としてした事は無い。たまに暴走する事こそあれど、それは相手を想っているからこそ。好きだから、好きになってもらいたい。いつか来るかもしれないその時のために自分磨きを続けていくしかないのだ。
そう、分かっている。分かっている……のだが、
「……でもやっぱり、もうちょっと司令官さんとの時間が欲しいです」
頬を少し染めつつ人差し指同士をくるくると回しながらの羽黒の言葉に、隼鷹以外の二人がべしゃと机に突っ伏してしまう。
理解できるからと言って、そう簡単に欲が無くなれば苦労はしないのだ。というか酒の席で、愚痴や不満を我慢なんてできるわけがない。
それとこれとは話が別、というやつである。
「……っ! あそこでパーをっ! パーさえ出しておけばっ!」
「やっぱ根に持っとるやん……」
「人の事ばっかり言ってますけど龍驤あなたはどうなんですっ!?」
「ど、どうって」
涙目な高雄の逆恨み的な言葉に思わず気圧されてしまう龍驤。
更にここで羽黒が少しだけ羨ましそうに、
「龍驤さんは四人の中で一番古株ですし、司令官さんとは一番仲良しさんですもんね」
「おっなんだなんだー? 正妻の余裕ってやつかー?」
そんなからかいとも八つ当たりとも思える事を言われてしまう始末。言うまでも無く皆、出来上がってしまっている。同時にそれは龍驤とて同じ。普段なら軽くあしらえるこんな揶揄いも、酒と溜まっている不満の前では跡形もない。
服の裾をぎゅっと握りながら、龍驤にしては珍しいどこか拗ねたような表情で、
「古株言うたって初期メンバーちゃうし、キミらと違ってウチ、こんなちんちくりんやし……そりゃまあ、たまには一緒におれたらなんて思うけどやな」
古参だからこそ、遠慮してしまう部分もある。なまじ達観してしまっている分、金剛や大和のようにドストレート直球一本勝負というのも難しい。
加えて身体がコレだ。恨めしいほどスタイルが良い周囲に囲まれて、女の魅力で直球勝負など分が悪いどころか滑稽でしかない。
――一応、体操とか飲み物とか色々試してはいるんやけどもなー。
真上から見てもストンな自分の体型に半笑いを浮かべる龍驤。
そんな彼女の背中を隼鷹が励ます様に右の手のひらで大きくバシンと叩いた。
「そう落ち込みなさんなって。提督がロリコンって可能性も捨てきれないじゃん?」
「そうなったら龍驤大勝利、ね。ライバルは駆逐艦だけど、龍驤は現時点で合法ロリだし」
「羨ましいです龍驤さん」
「もしかしなくてもキミら、ウチで遊んどるやろ?」
本日何度目かの溜め息と共にジト目を向ける龍驤に、周囲はどこ吹く風でつまみをつついている。
気兼ねなく話せる仲間内だからこそだが、彼女たちは彼女たちでなかなか良い性格をしている。
「まー、逆にもし提督がデカい胸が好きじゃなかったら、龍驤以外ここに居る面子は全滅だけどな! あっはっはっは!」
そして全く空気を読む気がないお気楽軽空母の高笑いに反比例するかのように、今度は向かい側の二人のテンションがダダ下がっていく。
酒の席なのに暗い表情で黙々とつまみをつまむ集団というのは実にシュールな光景でしかない。
まるでお通夜だ。だがしかし、そんな状況を打ち破ったのもまた諸悪の根源でもある隼鷹の言葉だった。
「そんな君達に朗報だ」
怪訝な顔を向ける三人に、隼鷹は稚気を含んだような表情を返してくる。右手には携帯の画面、それをひらひらとこちらに向けて振っている。
先ほどからこそこそ何かをしているとは思っていたが、どうやら誰かと連絡を取っていたようだ。
――しかし誰と……?
そんな事を考えていた矢先、来店を知らせるために掛けられた鈴の音が店内に響き渡る。次いで、ガラガラと誰かが扉を開ける音。
視線の先にはそれまで厨房に立っていたはずの鳳翔がぱたぱたと扉へ駆けていく姿。
そんな店主の姿をなんとはなしに眺めながら、
「珍しいですね、鳳翔さんが店先まで出迎えるなんて」
「なんだか、とても嬉しそうな表情をしてたように見えましたけど」
枝豆を皮から外しながら、適当に駄弁る重巡二人組。
「そりゃ当然さ」
対する隼鷹の含みのある言葉遣いに、龍驤がどういう事か尋ねようとして――返答が帰ってくる前に問いの答えが三人の目の前に現れた。
「遅れてすまんな。少し残務処理に時間が掛かった」
――白の軍服の上着を手に掛けて、少しラフになった格好の、先ほどまで話題に挙がっていた人物が。
「て、提督!?」
「し、司令官さん!?」
枝豆をスポーンと飛ばしながら、驚愕した表情で思わずハモる二人。
彼の後ろでは、普段より三割増しに素敵な微笑を携えた鳳翔が上着をいそいそと預かっている。どうりで嬉しそうだった訳だが、扉の開け方と音だけで分かるとは、鳳翔も大概である。
ちなみに飛んで行った枝豆はちゃんと妖精さんがキャッチしてモゴモゴしている。
「ど、どうぞ提督! こちらが空いていますのでっ!」
「ああ、ありがとう高雄」
「司令官さん! こ、このほっけがとても美味しいので……っ」
「わざわざすまないな羽黒。頂こう」
サプライズで現れた提督を高雄がちゃっかり自分と羽黒の間に座らせ、羽黒が今日のおすすめを嬉しそうに提督に教えていく。先ほどまでお通夜みたいな雰囲気だったというのに、彼の登場によって場が嘘のように明るく楽し気なものに変わってしまう。
露骨に単純やなあと思いながら、龍驤は視線と共に隼鷹に小さな不満を投げかけた。
「隼鷹キミ……最初から知っとったやろ?」
「さあね」
その言葉に、隼鷹は杯を傾ける事で誤魔化した。そのまま、いつものように飄々とした表情で彼らとの会話に交ざっていく。
全く、相も変わらず掴みどころのない同僚で、振り回されっぱなしある。
それでもまあ――
「龍驤」
名を呼ばれ、肩が跳ねる。
穏やかな、決して大きくはない落ち着いた声音。だというのにその音は温かい陽だまりのように少しづつ心に沁み込んでくる。
――ウチも人の事言えんなあ。
振り向くと、いつも見ている穏やかな彼の表情と共に、手に持ったグラスをこちらに向けてくる姿。昔に比べて、随分と彼も肩の力を抜けているようだ。
緩む頬を自覚しながら、龍驤もグラスを手に持ち、彼のグラスに近づける。
我ながら単純な心に苦笑を一つ。
だがしかし、それも仕方がない。
「今日もお疲れ様。その上で悪いんだが、あと少しだけ私の話に付き合ってもらえると助かる」
カチン、と音を立ててお互いのグラスを合わせる。
こみ上げる感情を抑える事もせず、龍驤は今日一番の表情で無邪気に笑う。
だって仕方がないのだ。
「しゃーないなー! それじゃこの龍驤さんが満足するまで付きおうたる! 今日は飲むでー!」
――今までもこれからも、この温かな陽だまりからは逃げられそうにないのだから。
今更ながらにアーケードを触ってみたけど、あれ操作難しくないですかね?