口下手提督と艦娘の日常   作:@秋風

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第五十三話 照月と演習

「照月! 第一次攻撃隊来てるぞ!」

「……ッ!」

 

 摩耶の大喝に咄嗟に上空を見上げた照月の表情が苦悶に歪む。視界に映るは無数に広がる粒状の飛来物。いつの間に射出されていたのか、雲々の隙間からは既に複数の艦載機が自陣に向けて迫って来ていた。

 

「対空迎撃用意! 迎え撃ちます!」

 

 周囲に設置された砲台から発射される模擬弾を避けながら、迫り来る無数の敵機を撃ち落とさんと高角砲で迎撃を試みる照月。海上からの砲撃は牽制をしながら摩耶が引きつけてくれているのを確認し、即座に意識を上空へと集中させる。

 

「撃ち方ぁ、始め!」

 

 砲撃音と共に放たれた砲弾は真っ直ぐ艦載機の群れへと向かい、着弾。実践を想定して開発された模擬弾同時の衝突は相応に激しく、空は煙で覆われて視界が一瞬で不明瞭なものへと変貌する。

 しかし対空戦においてそれなりの経験と自負を持つ照月は、自らの経験則から砲撃の手応えを確かにその手に感じていた。

 

「なんとか全機迎撃できた、かな」

 

 未だ煙の舞う上空を睨みながら、照月はとりあえずの山場は超えたかと内心で安堵の溜息を吐いた。もし撃ち漏らしていたならば煙を突き破ってこちらに向かってきている機体があった筈だ。それが無いと言う事は、つまり照月の言葉通りである。

 

 全機、撃滅。そう確信した照月は無意識的に艤装を対空戦から砲雷撃戦へと切り替えた。

 決して意識を緩めた訳ではない。演習と言えど緊張の糸を切って無事でいられる程、甘い訓練内容ではない。単に今までの経験から、対空戦の後に多い海上からの砲撃へと備えようとした故の行動だ。

 別段、問題になる行動でもない。実際、今までの演習でも殆ど行ってきた予備動作ではあるが、事故が発生した事は一度もなかった。

 

 ――そう、今まで通りの状況であるならば、だ。

 

 直後、摩耶の怒声が海上に響き渡る。

 

「馬ッ鹿野郎! 何時もの機械的な爆撃じゃねえんだ砲身を下げてんじゃねえ! 相手はあの赤城の姉さんだぞッ! この程度の対空戦で終わるわけ……っ!?」

 

 摩耶の言葉が終わりを告げる前に二人の視界が有り得ない光景に染まり。お互いの顔色が真っ青に変わる。

 煙が晴れていく先に、真っ白な雲がゆったりと流れる残夏の青空。

 

 そこに先程と比べて倍の数の艦載機が機体を鈍色に光らせながら悠然と飛んでいた。

 

「うそ……」

「……マジかよ」

 

 有り得ない。まるでそう言いたげに、二人の表情は唖然と固まっている。

 彼女達は空母ではないから体感したことはないが、艦載機の操作というのは見た目以上に繊細で集中力の必要な代物だ。それこそ射出した艦載機一機を目標に届かせるだけでも、弓道で的の中心を射貫くのと同じ程度の技量と集中力が必要だと言われている。

 

 それを十数機同時に、しかも連続発艦ともなればその技量と集中力は如何程の物か。

 だがしかし、今の照月と摩耶にそんな悠長なことを考えてる時間は当然無い。

 

「あの数の機体で時間差攻撃……ってそんなの有りですか!?」

「普通は出来ねえけどあの人なら出来ちまうんだよ畜生がッ!」

 

 百戦錬磨の一航戦赤城の第二次攻撃部隊による時間差攻撃が二人の目の前に急速に迫っていく。遥か遠く、敵陣中央なる場所にこちらを見据える人物が一人。普通なら表情など見えない程離れている筈なのに、あたふたと慌てる照月の視線の先で静かに佇む赤城がニッコリと微笑んだのが見えた。

 

「摩耶さん! 何故か赤城さんが笑いながら怒ってる気がするんですけど!?」

「こんな体たらく見せてたら当たり前だろ! っつかヤバいヤバい何とかしろ照月!」

 

 全身から冷や汗を流しながら、必死に対空迎撃を行おうとする二人。しかし遥か遠くから発せられる赤城のプレッシャーの所為か、焦りに焦った二人の砲撃は赤城の艦載機を中々捉える事が出来ない。

 

「あわわわわ! む、無理ですぅぅうううう!」

「うわぁぁああああ!」

 

 直後、二人の居る場所に無慈悲な艦載機の爆撃が降り注ぎ、幾本もの水柱が次々と立ち昇る。そうしてようやく穏やかな水面へと戻った時には、海上にぷかぷかと浮かびながら目を回す二人を余所に、演習の終了を告げるフラッグだけが虚しくはためいていた。

 

 

 

 

「それで照月、何か言いたい事は?」

 

 演習後、鎮守府へと続く防波堤の上で照月を待っていたのはそんな姉の言葉であった。

 胸の前で腕を組み、右手の人差指をとんとんと動かしながら無言で返答を待つ秋月の背後からはフラグシップ並の怒気が放たれてしまっている。

 絶対零度の視線に射抜かれ、逃げる様に照月は両手で視界を遮った。

 

「うう……これは違うの。お願いだからそんな目で見ないで秋月姉」

「何が違う、なのよ。対空戦闘でもっと皆と提督の役に立ちたいからって言ったのはあなたでしょう? 折角赤城さんと加賀さんのお二人にも手伝ってもらってるのに……」

「うぐう……」

 

 先刻の演習の出来を見られていたのか、秋月は相当お冠のようだった。普段は冷静で落ち着いているのに、一度説教が始まると真面目すぎる性格が災いしてか、恐ろしく長くなるのを身に染みて理解している照月の表情が引き攣る。

 そのお堅い性格故に他の駆逐艦のように素直に提督に甘える事が出来ず、その度に部屋で提督君人形を抱きしめながら悶々と悩む可愛らしい一面を持つ姉だが怒ると怖い。

 

 肝まで冷えそうな熱視線に狼狽しながら、照月は内心で深く溜息を吐いた。

 提督の役に立つために、少しでも姉に近付けるように。そんな想いを胸に休日返上で演習に打ち込んでいるのだがどうにも上手くいかない。

 と言うかあんな理不尽極まりない大規模爆撃なんてどうやって迎撃したらいいと言うのだろうか。

 

「だってだって! あんな艦載機の大規模編隊を連続で射出するなんて普通思ってもみないし出来ないよ!」

「予測できなくても気を抜かず、意識と耳を集中させていれば感じ取る事は出来た筈。照月も訓練を積んで、電探無しでも音だけで艦載機の数や練度を推し量れるようにならないと」

 

 そんな無茶な、と照月は思った。が、隣で鳥海と組んで加賀相手に、自分と同じ演習をこなしていたであろう姉の服に乱れ一つないのを見て即座に突っ込むのを止めた。流石は対空の鬼、何もかもが規格外です。

 それもう電探いらないよね? という正直な疑問も飲み込んだ。これ以上姉を怒らせるのは正直御免こうむりたい照月である。

 

「まあまあ秋月ちゃん。照月ちゃんも反省点はちゃんと理解できてるようだし、それくらいで、ね?」

「……鳥海さん!」

 

 なおもお説教が続きそうな雰囲気が、傍で演習の記録を付けていた鳥海の一言で霧散する。なおも何か言いたげな秋月ではあったが”鳥海さんがそう言うなら”と纏っている空気を緩和させ、収めていく。

 流石鳥海さんグッジョブです! と照月の中で鳥海への好感度がうなぎ上りで急上昇するのを余所に、一人赤城に呼び出しを食らっていた摩耶がハイライトを消した瞳でのろのろと戻ってくる。

 

「……摩耶、あなた燃え尽きたボクサーみたいな顔になってるけど大丈夫?」

「やべえよやべえよ……赤城の姉さんの居残り夜間指導……対空戦百連撃……ああ、さようなら現世」

「ま、摩耶さん?」

 

 ぶつぶつと独り言を呟きながら頭を抱える摩耶に声をかけても反応なし。どうやら摩耶の直属の指導役である赤城からありがたい居残り授業を貰ってしまったようだ。

 今回の演習に関しての指導ならば、摩耶さんにだけ責任を負わす訳にはいかないと照月も参加を打診したが、悟り切った菩薩のような表情で”死ぬのは一人で十分だ”と言われ素直に諦めた。流石に演習で死にはしないだろうが、あの赤城の表情から鑑みるに、三途の川位は拝めてしまうかもしれない。

 割と本気でそう思った照月は無言で静かに胸の前で両手を合わせた。

 

「摩耶さん、今までありがとうございました。来世でまたお会いしましょう」

「おい止めろ。マジで洒落になってねえ」

「そうよね。摩耶には明石さんの店で売ってる提督君グッズをコンプリートするって言う使命が残ってるものね」

「おまっ!? もっと止めろ! 鳥海てめえ!」

「そうですよね! 特にあの提督君人形は出来も触り心地も素晴らしいと私も思います!」

「お、おう。そだな」

 

 今の会話の内容のどこにそんなテンションが上がる要素があったのか、急にぱあっと表情を輝かせる秋月の勢いに押され摩耶は瞳を白黒と瞬かせる。

 ちなみに提督グッズの中で一番の売れ筋なのが提督君人形だったりする。

 

「いいなあ。私も欲しいけどすぐ売り切れちゃうんだもんなあ」

「どうしても人気商品だから……偶に秋月ちゃんに貸して貰えばいいんじゃないのかな?」

「秋月姉暇さえあれば抱きしめてるから無理ですよ」

 

 不満顔の照月の言葉に秋月が盛大に咽る。

 

「そ、そんないつもじゃない……と思う……多分」

「なんだなんだ? 秋月も意外に可愛いところあるじゃねえか」

「親近感ってやつかしらね。やってることも摩耶と同じだし」

「すんませんでした鳥海さんほんと勘弁して下さい」

 

 ちょっとからかってやろうと思っただけなのにブーメランの如き見事なU字を描いて自爆する摩耶。え? 意外ですねそうなんですか? という駆逐艦二人からの視線が非常に痛い。

 鳥海は鳥海で先程の摩耶の演習の結果に思う所があるらしく、言葉の端々から棘がダダ漏れで隠そうともしていない。

 とりあえず話題を自分から逸らすため咄嗟に思いついた提案を口にする。

 

「な、なんだよ。照月一つも持ってねえのか。大切にするって約束するなら一つ譲ってやってもいいぜ」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ、照月は演習の縁もあるしな。他の奴には内緒だぜ?」

「ありがとうございます! お金は後で払いますので! やった!」

「ああ? 金なんていらねえよ」

「え? でもあれ結構しますし……」

 

 照月の遠慮がちな言葉に摩耶はふむ、と思考する。

 自分としては同じものは三個所持しているし、大切にしてもらえるのならタダで良いのだが。しかしそれは逆に照月に気を遣わせてしまう事になるかもしれない。だからと言ってお金を貰うのも何か違う気がする。

 

 ふと演習用の置時計に視線を下げると、時刻は丁度昼に差し掛かろうと針を進めている。

 同時に良い事を思いついたと言わんばかりにニヤリと口角を上げ、摩耶は怪しげな笑みをその表情に浮かべた。

 

「そうだな。だったら照月、一つ頼み事を聞いてはくれないか」

「頼みごと、ですか?」

「なに、そんなに難しい事でもないぜ」

 

 難しくはなさそうだが明らかに怪しい、と照月は訝しげに逡巡した。しかし提督君人形の魅力には抗い難く、神妙にこくりと頷いて見せる。先程の演習の時より真剣な表情なのは気のせいに違いない。

 そのまま、摩耶の口から一つの依頼が照月に言い渡される。

 

 直後、穏やかな水面に包まれる演習場に照月の羞恥と戸惑いの声が盛大に響き渡った。

 

 

 

 

「……だからって、まさかこんなことになるなんて」

 

 かちゃかちゃと食器同士が擦れる音を響かせながら、照月は小さく溜息を吐いた。手元には盆にのせられた食事が一人前。作りたてなのだろう、汁物やおかずからはほかほかと湯気が立ち上っている。

 

 向かう先は執務室。

 そう、照月は今、提督に食事を届けるために執務室へと向かっている途中なのだ。

 

「いや、提督に会えるのはむしろ嬉しいしお昼を届けるのも全然良い……んだけど」

 

 では、何がそんなに嫌なのか。

 その答えは照月の肩に掛けられた鞄の中にあった。

 

「さっきの演習を録画したテープを報告と一緒に提督に見せるなんて聞いてないよ~!」

 

 手に持った食事を器用に水平に保ちつつ、照月は思わずその場にしゃがみこんでぶんぶんと顔を左右に振る。

 つまるところ摩耶からの依頼の本題はそっちだった。

 

 演習結果の報告。

 ただそれだけならば問題は無かった。簡単に詳細と結果を報告して終了と、そのはずだった。基本、艦娘個々の自主鍛錬による演習結果についての提督への報告は任意となっているため、報告する必要がない場合も多い。

 だが今回の場合、照月達のやる気が逆に仇となった。なってしまった。

 

 というのも、だ。

 彼女たちの意思(提督の役に立つ云々は伏せられているが)を尊重して、提督は今回に限りこの演習を正式なものとして認可したのだ。

 正式なもの、それはつまり提督が内容を確認する必要があり、同時に詳細な報告責任が艦娘側にも生まれ、果てにはそれらを纏めた報告書を大本営に送る義務すら発生する正真正銘正当な代物。

 

 内容如何では当然、提督の評価に繋がってくる。

 そのため文書だけでは虚偽の報告が後を絶たないため、映像データも同時に送る事になっており、だからこそ今回こうして映像データを妖精さんがばっちり撮ってくれていたわけだが。

 

「なんで誰も教えてくれなかったのよぉ……」

 

 幸か不幸か、照月と摩耶にはそのことが知らされていなかった。

 知ったら絶対意識して普段通りの二人じゃなくなり、それでは意味がないという姉妹の有り難くない真っ当な意見が取り入れられた結果、無知な二人は見事無様な姿を晒してしまいましたとさ。

 ともあれ、秋月と鳥海の映像データも本営に送られる手筈になっているので、二人に文句を言うのはお門違いであったりもするのだが、赤城と同程度の加賀の艦載機を見事迎撃し、結果を残している辺り流石と言ったところである。

 

「うぅ~、どうりで摩耶さんが妙に乗り気だと思った。こんなことでもなければ摩耶さんが提督君人形をそうそう簡単に手離すわけないじゃん!」

 

 嵌められた、とは人聞きが悪いが、実際その通りであるのだから仕方がない。

 

 摩耶さんのバカ! おたんこなす! 後輩想い! ぶっきらぼうに見えて実は面倒見が良い姉御肌! などと罵倒から後半何か称賛めいた何かを叫ぶ照月。

 しかしそれも束の間、すぐにとぼとぼと肩を落として項垂れる。

 

「……提督、がっかりしちゃうかな」

 

 じわり、と瞼が熱くなるのを慌てて両手で擦って誤魔化す様に首を振る。すぐ後ろ向きになるのは自分の悪い癖だ、と俯いていた顔を上げて心に喝を入れる。

 

 そんな事を考えているといつの間にか執務室へと着いていたらしく、その簡素な扉の前で照月は姉である秋月を見つけ声を掛けようと歩幅を早め、

 

「あ、お待たせ秋月姉――?」

 

 そこでふと姉である秋月がなにやらぶつぶつと真剣な顔で呟いている事に気付き、はたと足を止めた。

 

「最初は失礼します、で良いわよね……ちゃんとシャワーは浴びて来たし、髪も整えたし。ちょっとだけ香水付けて来ちゃったけど、提督この匂い嫌いじゃないかな……ううん、大丈夫! 妖精さんにドーナツ買ってまでリサーチお願いした結果だもん、大丈夫大丈夫」

 

 照月が目前に迫っても気付かず、真剣な表情で暗示する様に大丈夫と一人頷く秋月。

 今の状況だけを見ればあまり大丈夫そうでもないが、演習の報告は二人でと提督に伝えている手前、声を掛けないという訳にもいかない。

 

「秋月姉? 何してるの」

「ひゃあ!? て、照月……? なんだ、驚かさないでよ」

「ええ、何回も声かけたよぉ」

 

 と、そこでふと姉の周囲からほのかに甘い香が漂っているのに気付き、照月の視線がジトっとしたものに変わる。

 

「秋月姉……香水付けてる」

「こ、これはそのっ……ほ、ほら! 演習後に汗かいたままだと提督に失礼でしょ?」

「……一緒にシャワー浴びたじゃん」

「て、照月が桃だとしたら、私は蜜柑だし?」

「意味分かんないよ」

 

 妹の冷ややかな視線に晒されてしゅるしゅると縮こまる姉、秋月。

 人が提督の食事を取りに行っている間にいないと思ったら、まさか一人女を磨いているとは。……まあ、確かに上官である提督に会うのに身だしなみを意識するのは正しい事ではあるが、この納得いかない不満感はなんだろう。

 

 ――くそー、なんか凄い良い匂いするし可愛いしスラッとしてるし、なんかズルい!

 

 せめて匂いだけでも寄越せと言わんばかりに秋月に抱き付く照月。

 

「こうなったら匂いだけでも上書きをっ……このこのっ」

「ちょ、照月こんなところで止めなさい! あなた元から良い匂いなんだからっ」

「秋月姉だって良い匂いじゃん!」

 

 お互いが良く分からない事で張り合いながら、執務室の前でもみくちゃになる二人。

 秋月も照月も喧嘩しているつもりだが、傍から見れば往来のど真ん中で仲良く抱き合っている仲睦まじい姉妹であり、天井裏から現れた青葉が涎を垂らしながら激写していくのも無理からぬ光景である。

 

 結局、騒ぎに気付いて扉から出てきた提督に、

 

「……二人共大丈夫か?」

 

 と心配そうに言われ、熟れたトマトの如き表情でおずおずと執務室に入るまで、二人の姉妹喧嘩は続いた。

 

 

 

 

 

「わざわざすまんな」

 

 コトリ、と照月と秋月のテーブルの前にカップを置いた提督は静かにそう言った。

 その謝意の中には先ほどの二人の失態を見てしまった事も含まれているのか、だとしても提督側に落ち度など全くないので、照月はあははと苦笑いしながら胸の前で両手をふるふると振った。

 

「いえそんな全然! 悪いのは執務室前で騒いでた私たちですし」

 

 未だ隣で、羞恥に身悶える様に顔を両手で覆い隠したままソファーに座っている秋月もこくこくと頷きを返している。わざわざ靴を脱いで、体育座りで膝を抱える姉の姿が妙に可愛らしい。同時に何もそこまでと思わなくも無いが、生粋の提督っ子である姉からすれば先ほどの失態は恥辱の極みだったのかもしれない。

 

 秋月姉、真面目だからなあ……。

 

 ちなみに提督は既に食事を終えており、照月達二人が座るソファーの前には大きなモニターが設置されている。つまり今から、ここで先ほどの演習の映像を提督に見られるというわけなのだ。

 

「それで、演習の方はどうだった?」

 

 と、ここで秋月の様子を慮ったのか、提督が話題を切り替える。こういったさり気ない気配りも提督が慕われる理由なんだろう。案の定、真面目な話題に秋月は見る見るうちに瞳を輝かせて復活し、代わりに今度は照月がずずーんと落ち込む事になった。

 

「私と鳥海さんの組は概ね目標とするところには届いているかと思います。とは言え、斉射後の軌道の取り方や敵機の誘導策など細部にまだまだ改善点があると思われますので、是非その部分の指導を提督にお願いしたいと考えています」

「ふむ、了解した。今回はその点を軸に改善点を洗い出すとしよう。では照月の方はどうだ?」

「それがその……すいません」

 

 改善点が多すぎて逆に何をどう答えて良いか分からず、かと言ってそのまま伝えるわけにもいかないため、照月はあまりの情けなさにその場にしおしおと項垂れた。

 正直、照月と摩耶の組も終盤までは標準以上の結果を残していたのだが、最後の最後が余りにアレだったため、本人としてはどうにも不出来な印象が残ってしまっていた。

 

 そんな様子の照月の頭に優しくぽんっと手を置きながら提督は、

 

「演習において失敗する事は気にしなくていい。悪いのは失敗から目を逸らして、そのままにしておく事だ。悔しい思いもあるだろうが、その悔しさがいつかきっと人々の助けになる。それまでもう少し一緒に前を向いて頑張ってみないか」

 

 思わず、目頭が熱くなった。

 同時に提督が優しいだけの人ではない事を改めて思い知る。演習において――それはつまり実際の出撃では失敗は許されない事を暗に示している。当然だ、我々の失敗はそのまま守るべき市民の危機へと直結する。そして提督は決して口にしないが、その責任は全て鎮守府の長である彼の背に圧し掛かってくる。

 その重圧は如何程のものか。

 

 零れそうになった涙を照月は自分の服の袖でごしごしと擦る。

 こんなことで立ち止まってはいられない。ふんすと強い瞳でモニターへと向き直る照月に、提督も穏やかに口元を緩めた。

 

「それでは、まず秋月の方からだな」

 

 言って、提督はモニターへと繋がる機械を操作する。直後、画面上に先ほどの演習が始まる直前の映像が映し出された。そのまま、三人揃って映像へと意識を集中する。

 

 時折、秋月と提督が意見交換するかのように会話をしているのが見える。

 それを横目に照月は一人、改めて姉の凄まじさを感じていた。

 

 ――速い。

 

 姉の海上での動作に思うところは多々あれど、何より照月の目を引いたのが秋月の判断の速さだった。

 

「まるで次に何が起こるか分かってるみたいに……判断一つ一つが怖いくらい速い」

 

 速力で言えば秋月型は別段速いというわけではない。それでも仮想島風を想定して動かされている模擬機の動きに後れを取っていないのは――

 

「動き出しの速さ、だな」

「……動き出し」

 

 提督の言葉を、照月は自分の頭で何度も反芻する。見れば確かに、姉は戦闘中一度として同じ場所に留まるという事がなかった。

 開け放たれた海上で静止し続けるのは狙ってくれと言っているようなもの。かといって何も考えず、同じ軌道で動いていたら腕の良い敵には当てられる。

 

 だからこその動き出し。静と動、緩急をつける事によって敵の狙いを定めさせない。そしてそれを可能にしているのが秋月の驚異的な集中力が成せる判断力だ。

 

「……凄い」

 

 思わず口から零れた称賛の言葉。妹として誇らしくもあり、対空戦を得意としている者同士悔しくもある。そして同時に、映像に映る秋月の姿を眺める照月の胸に困惑の念が生まれる。

 

「というか秋月姉……どうしてスパッツ履いてないのっ!?」

 

 そう、どういう訳かいつも履いているスパッツを映像の中の秋月は履いていなかった。

 忘れたのかどうなのかは定かではない。ただ重要なのは、この映像が妖精さんの力によって四方八方から激写されているという事実だ。

 

 もう一度言おう。

 秋月の戦闘スタイルは静と動、そんな動きの連続に布切れ一枚のスカートが付いてこれる訳も無く、それを補うためのスパッツも今は履いていない。

 

 つまり何が言いたいのかと言うと、

 

「うわあ……秋月姉パンツ丸見えじゃん」

 

 そういう事である。

 激しい砲雷撃戦の合間に挟まる清潔感のある純白。カメラが上から下に移動するにつれて、画面に収まる純白の面積も広がり、潜水艦視点のカメラともなればそれはもう純白も純白。もはや妖精さんがわざと撮っているようにしか思えない。

 

「ちょっと秋月姉……これ大丈夫な――あ、ダメみたいですね」

「……ッッ……ッ」

 

 羞恥の余り、言葉を失っている姉を照月は穏やかな瞳で諦めた。これはもうどうしようもない。

 だがこれは提督にもまずいのではないか。そう考えて振り向いた先で、しかし意外や意外、提督は実に真剣な表情で画面へと視線を送り続けていた。

 

 一瞬まさか、と思った照月だが、あまりに微動だにしない提督にすぐに真実へと辿り着く。

 

 ――ああ……提督たぶん、演習内容に集中しすぎて秋月姉のアレ、視界にすら入ってないなあ。

 

 ある意味で酷い。けど、実に提督らしい姿に照月は苦笑するしかなかった。この映像は本営に送る前に妖精さんに修正してもらうとしよう。

 

 そのまま、提督が真剣な表情で何かを呟く。

 

「うむ……白、か」

 

 直後、照月のとなりでぼふんっという何かが爆発したような音が聞こえたが、あえて無視した。

 おそらく、というか間違いなく加賀が放った艦載機の当否を確認しての提督の言葉だろうが、今の秋月には状況を判断する理性など残っていなかったようだ。南無。

 

 その後、自分の演習映像を見て『あれ? 私なんかムチムチじゃない?』と困惑する照月の横で『むう……少し重い、か(主砲の積載量を見て)』と呟く提督に同じように崩れ落ちた照月纏めて、提督が二人を救護施設に運ぶことになった事は言うまでもない。

 

 更にその後、提督の好みは白だという噂が鎮守府内で爆発的に広がり、明石の店で白い物(下着含め)が根こそぎ売れたのも此処だけの話。

 

 




 妖精さんのカメラアングルは世界一。

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