口下手提督と艦娘の日常   作:@秋風

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第二話 帰還

 

 寄せては返してを繰り返す波と広大な海の景色と共に、時折強い潮風が髪を靡かせていく。

 

 今ではすっかり見慣れたそんな光景を横目に、自分と響は母港の脇に伸びたコンクリート造りの防波堤の中心に二人して腰掛けていた。

 

「風が気持ちいいね、司令官」

「そうだな」

 

 風に靡いた髪を慣れた仕草で掬い上げながら、目の前に座る響が気持ちよさそうに伸びをする。その動きに呼応するかのように近くにいたカモメが鳴き声を上げながら飛び去っていく。

 あんな風に大空を飛べたらさぞ気持ちいいのだろうな、などと考えてしまうほどには穏やかな天気だった。

 

「それにしてもだな、響」

「なんだい司令官」

「なぜ響は私の膝の上に座っているんだ?」

 

 この場所に着いて先に腰かけたのは自分だが、そのまま流れるかのように膝の上にポスンと腰を下ろしてきたので声をかける余裕がなかった。

 ……いや正直に話そう。なんて声をかければよいのかタイミングも何もかも分からなかったのだ。

 

「迷惑だったかい?」

「いや、そんなことはない」

「それならよかった」

「うむ」

「……」

「……」

 

 会話が終わってしまった。

 隣ではカモメがまるで情けないと言わんばかりに大声で鳴いている。これでも着任当初よりはいくらかましなコミュニケーションを取れているのだと一人心で弁論を広げてみてもまるで意味はなかった。

 

 やはりこんなコミュニケーション能力が不足している男が大勢の少女たちの、ひいては艦隊の指揮を執っているなど許されてはいけないのだろう。

 

「明日、大本営に辞表を出すか」

「何をどうしたらその結論に行き着くんだい司令官」

「響は私のような者の下で本当に良いのか?」

「司令官でないと嫌だよ」

「……そうか」

 

 呟くような声の大きさとトーンだったが、なぜか響の言葉はすっと耳の奥の、心の中心にすとんと落ちたような気がした。

 当の本人はなぜか帽子で顔を隠してうずくまってしまっているが。

 ……これからはもう少し彼女たちと深く接することができるようになろう。

 

「! 司令官、帰ってきたよ」

「時間通りだな。方角は?」

「北西に一キロメートル、陣形は単縦陣、先頭から雷、電、朝潮、能代さんの順だよ」

「ありがとう響」

 

 よし、きちんと朝に指示した陣形を維持して帰ってこれたようだ。

 響には引き続き到着まで変わったことはないか情報収集を指示する。どうやら最近開発に成功した新型電探の効果は良好らしく情報伝達もスムーズだ。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「ていとくさんていとくさん。たのまれていたかいはつかんりょうしたですはい」

「こんかいもいいしごとでした」

「もうおもいのこすことはないですはい」

「いつもありがとう妖精君たち。工廠に休暇届を持っていかせるから息抜きに使ってくれ」

「か、かみさまがこうりんなされた」

「なんてほわいとちんじゅふ!」

「もういましんでもいい」

 

 工廠や建造でお世話になっている妖精君たちが開発の完了報告をしてくれている間に雷たち遠征部隊が帰ってきた。ちなみに妖精君たちは響の頭の上でなぜか悶絶している。

 

「しれーかーん! ただいま! 帰ったわ!」

「た、ただいま帰りましたなのです」

「駆逐艦朝潮、只今戻りました!」

「提督、お出迎えいつも感謝です。旗艦能代報告致します。道中の損害なし、資源は予定数確保完了です。道中二回ほど索敵に反応がありましたが、交戦はありませんでした」

「うむ、みんなお疲れ様。特に朝潮は初の遠征参加で疲れただろう。各自入渠、補給後ゆっくり休んでくれ。響、念のため加賀に鎮守府近海に艦載機を飛ばしておくよう伝えておいてくれ」

「了解だよ」

 

 いつも通りの報告と事後処理を終え、各艦娘に指示を送る。同時にさりげなく彼女たちの身体状況に違和感がないか確認しておく。中には損傷を我慢してしまう子がいるためこれも日課となっている。

 

(ふむ、雷と電は特に問題はないな。朝潮は流石に初遠征とあって少し疲れているな。小さな裂傷に結構汗をかいている。後で水分を十分にとるように伝えておこう。最後に能代は――)

 

「司令官! 早くいつもの! みんなそれを楽しみに帰ってきたんだから!」

「雷が一番楽しみにしていたのです」

「なによ! 電だって最後の方ずっとにやけていたじゃない?」

「はわわ! そんなことないのです! にやけてなんかいないのです!」

「はいはい。朝潮なんか初めてだから今日が記念日ね!」

「は、はい! 朝潮いつでも司令官に抱いていただける覚悟です!」

「あ、朝潮ちゃんその言い方はちょっと誤解を生んじゃうかも」

「? 能代さんも今回たくさん朝潮を助けてくれました! だからきっと司令官に褒めてもらえるはずです!」

「わ、私は今回いっぱい汗かいちゃったからいいかなーなんて……あはは」

 

「さあ司令官!」

「……むう」

 

 やはり今回もハグを要求されてしまった。もしかしたら、いやおそらく中には嫌がっている子もいるだろうから今回を期に遠慮したかったのだが。

 しかし事の発端は自分なのだ、と腹をくくり、なるべく不快にならないように抱きしめていく。

 

「お疲れ様、雷。いつも快く遠征にでてくれて、その……感謝している」

「いいのよ司令官! もっと雷を頼ってくれて!」

「い、いかずちさんがいっきにきらきらじょうたいに!?」

「流石司令官だね」

 

「電もお疲れ様。いつも雷のことを見てくれて助かっている。ゆっくり休んでくれ」

「はにゃ……電も司令官さんのお役に立てて嬉しいのです」

「いなずまさんまで……」

「これもうMVPとかいらないんじゃないかな」

 

「朝潮、初遠征もしっかりこなしてくれてありがとう。疲れただろう、しっかり水分を取って休んでくれ」

「は! はふあ……」

「へんじがない、ただのしかばねのようだ」

「死んでない、死んでないよ」

 

 なぜか倒れてしまった朝潮の介抱を雷と電に頼み、先にドッグへ行くように指示をする。それにしても朝潮はそんなにショックだったのだろうか。やはり私などが――ん?

 今日何度目かの思考の渦に囚われそうになっていると、なぜか電が戻ってきており、ふいに耳打ちを促してきた。

 

「司令官さん、今回の遠征、電たち能代さんにたくさん助けてもらったのです。能代さんが一番疲れていると思うのです」

「そうか」

「能代さん、出発する前から司令官さんに褒めてもらおうと意気込んでたのです。でも遠征でいっぱい汗かいちゃったからってすごく残念そうな顔していたのです」

「そうか」

「で、でもだからこそ能代さんにいっぱいぎゅってしてあげてほしいのです!」

「……ありがとう電」

 

 心の優しい電だからこそ気にかかったであろうことにお礼を言いつつ頭を撫で、再度入渠を促す。

 私の言葉に満足してくれたかどうかは分からないが、電はふわりとほほ笑んだ後、雷たちの向かった方向へ駆けていった。

 さて。

 

「能代」

「は、はい!」

 

 返事の返ってきた方向、能代を改めて見て見ると確かに彼女は他の子たちよりも多くの裂傷を受け、多量の汗をかいているようだった。

 

 思い返せば当たり前の話である。

 今回の遠征部隊は駆逐艦三人に対し旗艦である能代は軽巡洋艦に分類されるタイプの艦娘だ。確かに高速艦四隻で機動性には優れているが、その分万が一敵と相対したときの火力不足は明らかだ。

 もちろんそんなことにはならないように事前に情報収集をした上で指示をだしてはいるが、絶対安全ということはない。

 それに加え今回は初遠征である朝潮もいたため、能代の索敵量は普段よりかなり大きかっただろう。部隊編成を鑑みて今回に限り隊列まで指示したのがかえって能代の負担になってしまったかもしれない。

 

 それでも最後まで文句も一つも言わずにここまで帰ってきてくれた能代を前に、自然と足が動いていた。

 

「あ、あの提督、私今回たくさん汗かいちゃってますしそれに髪の毛だって乱れて……あう」

「無事に帰ってきてくれてありがとう。そしてみんなを守ってくれてありがとう能代」

「いえ、そんな」

「私は感情を伝えるのが、と、得意ではないし見た通りどうしようもない人間だから上手くこの気持ちが伝わるか分からないが……いつも感謝している」

「そんなことないです。提督のこと私はいつも……その尊敬しています」

「……そう言ってもらえる私は幸せ者だな」

「あ、あの!やっぱり私汗かいてて汚いですし……」

「私は今の能代も綺麗だと思うが」

「あうう」

 

「の、のしろさんがすーぱーきらきらもーどに!?」

「それよりも長くないかな司令官」

 

 その後なぜか真っ赤になってしまった能代に入渠を促し、司令室に戻り執務にとりかかったのだが、その頃にはまたも響の機嫌が悪くなってしまっていた。

 そのためか今日の執務が終わったのは普段よりも二時間ほど遅れた午後八時。

 その間なぜ響が怒ってしまったのかを考えていたが、今の私には一向に分からなかった。

 

 女性の心は本当に難しい。

 




 ここまで読んでいただきありがとうございます。
 なんとも拙い文章ですが少しでもほっこりしてもらえれば嬉しいです

 あかつきぇ……

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