口下手提督と艦娘の日常   作:@秋風

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 仕事で遅くなりました。申し訳ありません。


第三十二話 夏の慰安旅行 其の二

 まるで一本の虹がかかったみたいだな。

 目の前に立ち並ぶ少女達の姿を見渡していた提督は、一人そんなことを感じていた。

 

 隣では大淀が全体に向けて簡単な注意事項と、集合時刻の最終確認を行ってくれている。それさえ終われば後は自由行動になるためか、半数以上の意識は既に海へとフライングスタート気味ではあったが、概ね真面目に話を聞いている状態だと言えるだろう。

 あくまで表面上は、だ。よく見ると、大多数の視線が大淀に向かっておらず、すぐ隣に立つ提督に集中していた。

 では何が問題だったのかというと、それは提督の今の姿にあった。

 更衣室から出て、一番初めに提督の姿を見た時、少女達は少なからずがっかりしてしまったのだ。

 

『提督はなんで水着じゃないの?』

 

 いったい彼女たちは何を期待してしまっているのか。だが、男性だって海に来たら少なからず女性の水着姿に期待するように、もしかしたら女性も男性の水着姿を期待するものなのかもしれない。

 なんでと言われても、そうだからとしか言いようのない、艦娘たちの謎の心のモヤモヤに勿論提督は気づいていない。

 一応彼女たちの名誉のために言っておくが、決して全員が気落ちしたわけではない。ないが、もれなく八割ががっかりしたのだから、それはもう全員と纏められても仕方がない。

 数の暴力、理不尽な世の中、そんな少女達の不満感を背景に、まとめ役の大淀が最後の質問タイムを設けた瞬間、駆逐艦雪風が花柄ワンピース姿で抜錨した。

 

「はい!」

「どうぞ、雪風」

「しれえはなんで水着じゃないんですか?」

「……ぬ?」

 

 雪風の勇敢さにもれなく皆、心の中で拍手を送る。

 純粋な雪風は単純に、提督と一緒に遊びたいという気持ちから質問をしただけなのに、なぜかその頭を周りの少女達が次から次へと撫でては元の位置に戻っていく。下心満載の褒め方が実に残念である。

 当の本人は意味もわからず、くすぐったそうにはにかんでいるだけなのが唯一の救いか。

 一方、まさか自分にそんな質問が飛んでくるとは夢にも思っていなかった提督は実に珍しい、完全に力の抜けた表情を、どこからかぬるうっと現れたカーゴパンツと黄緑色のタンキニ姿の青葉に激写されている。

 きっと後で高値で売買されるのだろう。

 

「水着は一応、ズボンの下に履いている。だが見て楽しいものでもないだろうし、ここで脱ぐ必要も――」

「提督」

 

 途中まで言いかけた提督の言葉の上から、誰かが更に言葉を被せてくる。

 数秒後、集団の後方から現れた二人の少女が真っ直ぐに提督へと近づき、あろうことかそのまま彼の右手と左手にそれぞれ腕をからませてしまった。

 一瞬、場が騒然となりかけるがすぐに何か考えがあってのことだと思い直し、皆押し黙る。

 

「ち、千歳と陸奥、どうしたのだ?」

 

 一応聞いてはみたが提督の脳裏では既に警鐘が鳴り響いていた。

 千歳の妙に艶めかしい視線。これはアレだ、宴会などで酔ったときに見せるあまりよろしくない類の視線だ。

 このままでは何か凄くよからぬ事が起きると提督はなんとか腕の開放を試みる。

 しかし、千歳もさることながら逆側の陸奥から伝わる柔らかい何かが提督の強引さを吸収してしまう。彼女は薄い素材の水着を着用しているのか、その破壊力は抜群だ。

 ちらりと陸奥の方を振り向いても、妖艶な瞳でぱちりとウインクを返されてしまいどうすることもできない。

 

「提督。私たちは今、水着姿です」

「う、うむ。そうだな」

「そこのところ男性として何か思うところはありませんか?」

「ぬう……みな、可愛らしくもあり、魅力的だなと……感じていたところだ」

「ふふっ。ありがとうございます」

 

 やや強引な千歳の誘導ではあったが、提督の言葉は正直な気持ちであった。それが伝わったのか一人ひとり、頬をかいたり、素直に喜んだりと個人差はあれど、嬉しそうである。

 しかし二人とも引っ付きすぎではないかという妬みの視線を一蹴したまま、千歳は短いフリル付きの水着を強調させるように耳元で囁く様に告げた。

 

「ここは海です。そして私たちも水着。となれば当然提督も脱いじゃいますよね?」

「むむう」

 

「いやそのかんがえはなにかがおかしい」

「ていとくさんだまされちゃだめです」

「いやあれはだめなかおですね。さきにてぃっしゅをよういしてくるです」

「せんりゃくてきてったいですか」

「むねん」

 

 少し離れたところで妖精さんが懸命に提督を応援していたが、五秒で諦めてテントにティッシュを取りに飛んでいく。実に合理的な判断だが、提督の名誉のためにも、あと十秒ぐらいは応援してあげてもよかったのではないだろうか。

 別に提督としてもすぐ脱ぐつもりではあったのだが、人間こうも急かされ注目されると逆に脱ぎ辛くなってしまうもので、なんとかこの場は穏便に収めて後で静かに一人で脱ごうと画策している。

 まずは二人を落ち着かせようと、一番前で成り行きをはらはらしながら見守っていた電に助言を求めて声を掛けてみる。

 

「君たちの水着姿ならまだしも、私の水着姿などここで披露する価値のあるものでは到底ない。電もそう思うだろう?」

「はわ!? え……えと……その」

 

 急に話を振られた電は瞳を白黒させながら少しだけ逡巡したあと、頬を朱色に染めつつ言い放った。

 

「い、電も司令官さんに脱いでほしいのです!」

「…………うむ」

 

 予想だにしなかった発言だ。加えてどこからか憲兵が現れても何ら不思議ではない危険性すら含まれている。

 駆逐艦電の大人なレディ的発言に千歳も陸奥も戦慄し、思わず提督の腕を放してしまっている。電の隣では暁がなぜか地団駄を踏みながら悔しがっていた。

 そのまま、提督は滝に打たれた修行僧のように険しい表情で静かにシャツの裾に手をかける。

 納得したわけではない、ただ諦めただけ。

 

 幼い駆逐艦の少女にとんでもない発言をさせてしまった罪悪感と、意固地にならずさっさと脱がなかった自分自身の女々しさを恥じながら、提督はシャツを堂々と捲り上げていく。

 もう一度確認しておくが、ただ提督が水着姿になるかならないかというだけの話である。

 それだけで、提督の表情が艦隊決戦時ばりに厳つく変化し、その姿を見つめる艦娘の顔が世界平和一歩手前の大興奮状態になるというのが、この鎮守府の日常なのだ。

 提督はそのまま潔く下に履いていた半パンも脱ぎ捨てる。

 

「これで私も水着だ」

 

 遂に水着姿を披露した提督のその身体は実に均整がとれていた。

 上半身は必要以上に筋肉がついている訳ではなく、しかし明らかに鍛えているのが一目でわかる肉付き。筋肉をつけようとして鍛えたわけではなく、鍛錬を通して自然と出来上がった身体、そんなイメージが一番しっくりくる。

 ところどころ身体に傷跡があり、特に首筋から背中にかけて目立つ傷が三つ。しかしその傷跡を隠す仕草もなく堂々としている姿はどこか、その傷に誇りを持っているようにさえ見えてくる。

 下に履いた水着は競泳用のモノに極めて近く、派手な柄もない青いラインが二本入ったシンプルなデザインだが、提督の性格も相まって違和感もなくフィットしている。

 同性から見ても羨ましくなるような身体を見せながら、提督は少し気恥ずかしそうに後ろ髪をかきながら反応を待った。

 が、いくら待っても何の反応もないため、提督が少し不安になったところで案の定、最前列にいた雪風が瞳を輝かせながら笑顔で褒め言葉を伝えてくれた。

 

「しれえ! 雪風が思ってた通りすっごくすっごくカッコいいです!」

「そうか……ありがとう、雪風」

「えへへ!」

 

 こういうとき素直に想いを伝えてくれる雪風の強さと優しさに救われたような気持ちになる提督。同時に少女達が無理やり押さえつけていた衝動が氾濫した川のように溢れだした。

 

「え? 嘘、マジ? 提督めっちゃカッコいい身体してんじゃん! 鈴谷的に超好みなんだけど!」

「鈴谷の好みはおいといて、確かに素敵な身体ですわね。鍛えてらっしゃるのかしら?」

「なになに~? なんか淡白な反応じゃん熊野。らしくないなー」

「鈴谷こそ、ここが公衆の面前だって自覚しての発言ですの?」

「……!? やだ……マジ恥ずかしい……見ないでってば!」

 

「んー、やっぱ提督のアレって毎日デスクワークしてる身体じゃないよねー」

「別にムキムキでもナヨナヨでも私からすればどうでもいいですけどね」

「そんなこと言いながらも視線は提督の身体から外さない大井っち、いいねー痺れるねー」

「な、何を言ってるんですか北上さん! 私はハイパーな北上さんのハイパーボディが見られればそれでいいんです!」

「そっかー」

 

「青葉ちょっと撮るの止めなさい! 提督に失礼よ!」

「なに言ってるんですか衣笠! こんな美味しい機会年に一回あるかないかなんですよ!? これを撮らずして誰が鎮守府カメラマンか!」

「あんたいつからカメラマンに転職したのよ……」

「一枚二百円」

「三枚貰うわ」

 

「はわわわわ! 秋雲のスケッチの手が残像を生み出してます~!」

「話しかけないで巻雲ちゃん。今、提督の身体を手と脳裏に焼き付けているところだから」

「ああ、真剣な表情なのに言動が意味不明ですぅ」

「よし完成! ほら見てよ、提督のカッコよさがよく描けてるでしょ?」

「へやぁ!? なんで司令官様の水着がブーメランパンツになってるんですかぁ!?」

「そこはほら、より独創性を追求した結果というかさ」

「秋雲のばかぁ!」

 

「こんごうさん、てぃっしゅです」

「Oh……ソーリー……ありがとうございマース」

「かがさん、てぃっしゅです」

「……鎧袖一触よ。問題ないわ」

「びすまるくさん、てぃっしゅです」

「ダンケ……提督もなかなかやるじゃない」

「やまとさん、といれっとぺーぱーです」

「あ、ありがとう……はあはあ……ございます」

 

 キャーキャーと騒ぐ者、視線だけで焼肉が焼けそうな程見つめる者、目をぐるぐるさせたまま激写する者、高速でスケッチする者、鼻を押さえながら幸せそうな表情で妖精さんの配るティッシュに手を伸ばす者。

 反応は様々だが、がっかりした様子ではないことに提督は少しだけ安堵する。

 どんな状況であれ、彼女たちの上に立つものとして誇れるような人間でありたい。たとえそれがどんなに小さく、取るに足りないことであっても。

 

「すまないな、大淀。これ以上私なんかに時間を使うのも勿体ない」

「…………」

「大淀?」

 

 先程からチラチラと視線だけをこちらに向けてきていた、前から見たらワンピース、後ろから見たらビキニというモノキニ姿の大淀だが、なぜか提督の呼びかけに反応しない。

 どうしてか妙に自分の身体を注視されているようで、気が気ではない提督が仕方なく肩に手を置くことで『ふひゃあ!』という奇妙な反応をいただいてしまった。

 

「す、すみません! つい見惚れてしまって……いや違います!」

「む、こちらこそ不躾に触れて申し訳ない」

「いえそんな! それはそうと質問ももうないようですし解散してもいいですよね!」

「ああ。長くなってしまったが自由行動としよう」

「了解しました!」

 

 最後まで大淀らしくないハイテンションのまま、彼女は全員に自由行動オーケーの旨を、まるで先程までの激しい動悸を押さえつけるかのように高らかに宣言した。

 

「海と水着という組み合わせはどこか人をおかしくさせる危険なものなのだな」

 

 大淀の宣言に歓声をあげる少女達を眺めながら、顎に手をあてつつ提督は、静かに的外れなことを呟いては一人頷いていた。

 

 

 

 提督はこの旅行への招待の知らせを受けるにあたって、人知れず、ある一つの決心を胸にやってきていた。

 これを機会に、もう少しだけ深く彼女たちとコミュニケーションをとろう、とそんな決意を。

 

 創眞征史郎という人物は良くも悪くも真面目で実直な人間だ。口数は少なく、気持ちを言葉にするのが苦手な無骨な人間像。仕事上では問題はないが、それ以外では特に女性相手とコミュニケーションをとることに難色を示している。 

 そのため、周囲からは真面目だが面白みに欠ける人間と判を押されることも少なくない。

 そんな彼が、百人を超える少女たちを相手に自らコミュニケーションをとろうと考えている。

 

『その思考に提督が到達しただけで感無量です』

 

 昔の提督を知っている加賀が今の彼の胸の内を知れば、きっと目尻に涙を浮かべていただろう。

 それだけ提督が成長してきたとも言えるだろうが。

 

 大淀の自由行動許可宣言を受けて、弾かれたように海へと散っていく少女達を眺めながら、いつになく明るい表情で提督はそんなことを考える。

 昔の自分から見れば考えられない思考に頬を緩めながら、なんとなくだが今の自分ならば少女達と上手くコミュニケーションがとれるような気さえしてくる。

 今日は若干跡になってしまっている眉間にこれ以上皺が寄ることもないだろう。

 

「ていとくさん、なんだかたのしそうです」

「そう見えるか」

「はいです」

 

 感情が顔にでていたのか、肩にちょこんとのっている妖精さんも一緒になって微笑んでくれる。

 脱ぎ捨てた半ズボンのポケットに入っていたチョコレート(買い出し組が買ってきてくれた)を妖精さんに手渡しながら一人気持ちを高揚させている提督の後ろから一人の少女が声をかけた。

 

「て、提督!」

「む、神通か」

 

 振り返るとそこにはどこか思い詰めた顔の神通が立っていた。

 上下ともにハイビスカスの花模様が入った水着に加え、腰回りには空色のパレオが夏の日差しを浴びてきらめいている。

 このままの姿で、夕方の防波堤を髪を掻きあげながら水平線を眺めていたならばきっとそれだけで一枚の絵になるのだろう。

 そんな提督の穏やかな思考を打ち破るように神通が瞳を潤ませながら、

 

「私なんかがこのようなお願いを申し出ていいのかわかりません……ですが、どうか聞いてはいただけませんか?」

「そんなに畏まらなくても大丈夫だ。私にできることならいつでも手伝おう」

 

 提督の言葉に笑顔を見せながらも、神通はなおぎゅっと両指を胸の前で交差させ、祈るように提督を見つめている。

 彼女がお願いをしに来るなんて珍しいなと思いながら提督は、早速コミュニケーションをとれる機会が訪れたことに内心で喜んでいた。

 何をお願いされるかわからないが、日頃のお礼も兼ねて全力で手伝わせてもらうとしよう。

 やはりどこか普段とは違い、余裕すら見え隠れする表情で提督は静かに神通の次の一言を待った。

 

 そうして神通は一度こくりと喉を動かした後、初めから手に握っていたであろう小瓶を提督に差し出しながら震える声で言い切った。

 

 

「わ、私にサンオイルを塗ってくださいませんか!?」

 

 

 数秒後、そこには眉間に深い縦皺を三本刻みながら、思考停止した提督の頬をぺちぺちと叩く妖精さんの図というなんとも情けない構図が完成してしまっていた。

 




 今回も話が進まないですね。
 このまま夏が終わったらどうしよう。
 
 それでも少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

 夏イベ、想像以上に鬼畜でした……とりあえずE‐6までは突破しましたが。
 風雲だけ出てくれないのですがそれは。

 
 ※前回までの感想返信は明日中には。

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