口下手提督と艦娘の日常   作:@秋風

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第三十一話 夏の慰安旅行 其の一

 毎年、夏場の大本営管轄のプライベートビーチには、休暇を取得した多くの軍関係の人々が憩いを求めて訪れる。

 プライベートビーチと一概にいっても敷居は低く、申請さえ通れば誰でも使用することが可能な、いわば海軍専用の娯楽施設のようなものだ。夏の後半には海軍の認知度を広げようと様々な催しを開き、一般開放も行われている。

 水質は非常に高く透明度でいえば、かの伊豆半島周辺の海にもひけをとらないほどで、少し歩いたところの海の家ではシュノーケリング用の機材を借りることもできる。

 海周辺にはこれまた軍所有の大型ホテルが営まれており、値は多少張るが質の高い料理とサービスを堪能できるため休暇はここで過ごすという軍人も少なくない。

 そして毎年この時期にやってくる、大勢の艦娘を引き連れた鎮守府御一行様の慰安旅行もここの夏の風物詩。

 

 他の休暇客とは別に設置された専用の大型更衣室で、そんな海の守護者の少女たちはなぜか全員座っていた。先程までの衣服ではなく、今は上下共に薄い一枚の布地という非常に露出の高い姿で。

 言うまでもない、全員水着姿だ(一部上にTシャツを着ているが)。

 白、黒、赤、青、緑、黄、ピンク、ボーダー、ストライプ、水玉、瑞雲等々。そのまま水着で虹が作れそうな――一般男性視点から言わせてもらえば楽園的な――そんな光景が広がっている。

 全員が全員、誰に見られることを想定してか、この日のために選んできましたと言わんばかりの気合の入った水着と表情だ。

 総勢百名以上、その煌びやかな集団の中から一人の艦娘が前に出る。

 

「いいですか、皆さん」

 

 凛としてよく響く声の主――正規空母筆頭である加賀は静かに唇を動かす。

 最近、真面目な皮を被った残念空母と評価を落としかけている彼女だが、今の姿と表情だけ見ればそれでも十分魅力的だ。

 上は白を基調に枠色が青、下は枠色と同じ青色の、紐でくくるビキニタイプの水着。シンプルなデザインだが、それが逆に彼女のスタイルの良さを際立たせている。

 

「やっぱり戦艦や空母のみなさんはスタイルが良い人たちばかり……それに比べて私は……はあ」

「大丈夫だよ磯波ちゃん! そのセーラー服タイプの水着すっごく可愛いよ!」

「吹雪の言う通りだぜ。この日のために貯めてた給金で買ったんだろ? 自信持とうぜ!」

「吹雪ちゃん、深雪ちゃん……うん、ありがとう」

「つっても本当に見てもらいたいのは、アタシたちじゃないだろうけどな。シシシッ!」

「み、深雪ちゃん! か、からかわないでよお!」

 

 集団の前方では自分の胸を触りながら肩を落とす磯波をフォローする吹雪と深雪の三人。セーラー服タイプ、ワンピースタイプ、タンクトップタイプと三者三様だが、似合っていないなんてことは全くない。

 三人につられるように徐々に騒がしくなる室内を加賀が制し『皆、わかっていると思いますが』と前置きしてから本題へと移る。

 

「今から私たちはこの姿、つまり水着姿で提督の前に立つことになります」

 

 加賀の言葉に部屋の温度が一気に増した。

 顔を赤くする者、緊張する者、余裕そうな者、姿見で何度も自分の姿を確認する者、胸を触り、静かに瞳からハイライトを消す者、反応は様々だ。

 中央では何を想像したのか大和が、身に着けている真っ赤なビキニ姿と同じ色に全身が染まっていたせいで、部屋がサウナになりかけたのを武蔵の手刀が止めていた。

 

「あはは、わかってはいたけど、改めて考えるとちょっち緊張しちゃうね」

「そんな露出の高いマイクロビキニ姿で何を言ってますの? それでいて明るめな緑のボーダーって流石に攻めすぎですわよ鈴谷」

「……熊野だって提督が好きな色が青色だって知っててその色なんじゃん? しかもホルタ―ネックで胸を強調って鈴谷より狙ってるっしょ。胸元にリボンまでついてるし」

「た、たまたまですのよ! それに強調なんてしてませんわ!」

 

「……日向……その水着の模様……なに?」

「よくぞ聞いてくれた、伊勢。何を隠そうこの模様は全て瑞雲だ。この日のために特注で頼んでおいたのだよ。これで提督も瑞雲の素晴らしさを再度認識することだろう」

「うん……まあ……日向がいいならいい……かな」

「伊勢の水着は白に赤紐のフリル付きか。どれその余った部分に瑞雲を書いてやろう」

「や、やめて! これは提督のために買った水着なんだから……ってうそうそ! 今のうそ!」

「まあ、そうなるな」

「~~~~~~ッ!」

 

「阿賀野姉! いくら胸元が開くタイプの水着だからってそれは開けすぎ! お願いだから提督に恥をかかせるようなことだけは止めてよね!」

「えー? でもこの水着可愛いでしょ? きっと提督さんも男の子だからこれくらい大胆な子の方が好きだと思うけどなー」

「て、提督はそんなこと……多分……ないはず」

「いやいや、わかんないよ? ほら能代も提督に喜んでほしいでしょ? 折角お揃いの水着、姉妹で揃えたんだからもっと胸元開けよ?」

「提督が喜ぶ……提督が喜ぶ……提督のためなら」

「ぴゃあ! 能代お姉ちゃん大胆! ぴゅう……酒匂、全然胸ないよう」

「見ちゃダメよ酒匂。あの姉二人を参考にしたらダメ。あなたにはあなたの良さがあるから」

「……矢矧お姉ちゃんも胸元開いてるよ?」

「!?」

 

 なおもざわつく仲間達を眺めながら、加賀は小さく肩を竦めて苦笑する。

 提督のこととなると本当にどうしようもないぐらい騒がしくなるのは毎度の事。それでいて提督に関する話ならどんな状況でも聞き漏らさないのだから呆れてしまう。

 加賀自身そうであるため、多少の気恥ずかしさを感じつつも話を続ける。

 

「みんなの提督とスキンシップをとりたいという気持ちもよくわかります。ですが、昨日の最後にみんなで話し合った決め事も忘れないで下さい」

「ノープロブレムデース! 相変わらず加賀は心配性ネー。ワタシたちほど節度のある行動を心掛ける艦娘はいませんヨ!」

 

 どこからか微妙なイントネーションと共に聞き慣れた耳によく響く声が返ってくる。

 やけに自信ありげなその返答にぴくっと眉尻を動かしながら、加賀は声の主に向かって冷たく言い放つ。

 

「あらそう? なら金剛、今あなたの着ているTシャツの裏に馬鹿みたいに大きく『提督LOVE』と書かれているのは、節度のある行動からくる結果なのかしら?」

「オウ! ベリークールな表情デスネ加賀! 女の嫉妬は犬も食べまセーン!」

「…………」

 

 加賀のすぐ近くで、鏡相手に自分の水着姿の最終確認を真剣に行っていた赤城は後に語る。

 あの時の加賀の瞳には鬼が宿っていた。もしあのまま気づくのがあと少しでも遅れていたら、加賀の艦載機は金剛と共に瑞鶴の水着も破いていただろう、と。

 

「か、加賀さん! こんなところで発艦はマズイですよ!」

「ひ、比叡姉さま、榛名! 早く金剛姉さまのTシャツを脱がして!」

「ひええ!」

「金剛お姉さま失礼します!」

「オウマイシスター!? ノー! そのTシャツは提督に愛を込めてって榛名、ロッカーにしまうのは止めるデース!」

「妖精さん、この鍵、ホテルに戻るまで預かっていてもらえますか?」

「はるなさんのたのみとあらば」

「よ、妖精さん待ってクダサーイ!」

「いざゆかん、ていとくさんのもとへ」

 

 一部始終をきゃっきゃと楽しそうに見ていた妖精さんに榛名が鍵を渡し、そのまま外に飛んでいくのを見届けて、そこで諦めたように金剛はがくっと膝をついた。

 首から胸を通り背中をクロスして肩で止める形の上に、際どいラインをなぞる薄いオレンジ色の下と大胆なデザインの水着の金剛に、絹の素材でできた柔らかい質感の黒色ボーダービキニの比叡。

 光の当たり方で波のように見える素材が使用された、足首近くまで広がる蒼色のパレオ付き姿の榛名に、ホットパンツと薄桃色のワイヤービキニの霧島。

 性格が全然違えば水着のチョイスも全然違うのは当然だが、各々が自分の魅力をよく理解して選んでいることは誰の目にも明らかだ。

 四人の騒動と赤城の制止に冷静さを取り戻しつつ、加賀はそれかけた話を修正すべく頭の中を整理する。

 

「ごめんなさい。提督を待たせている事ですし、決め事だけ最後に確認して本番といきましょう」

 

 そう、決め事。

 昨日の大抽選会の後にみんなで決めた提督のための休戦協定であり、全員が等しく平等にこの旅行を楽しめるように考えた六つのルール。

 

「島風」

「一つ! 提督が本当に困ることはしない!」

「よろしい。扶桑」

「二つ、提督の艦娘である自覚をもった行動を。恩を仇で返すような行為はもってのほかです」

「よろしい。夕張」

「三つ! 水着は女の武器! 振り向いてほしければ行動で示せ! ただし強引すぎるのは禁止です!」

「よろしい。愛宕」

「四つ、提督の独占禁止。一緒にいたいからってずっと離れないのはマナー違反よ~」

「よろしい。瑞鶴」

「え!? 私? えと五つ! 以上を踏まえた上で提督と一緒になれたときは素直に甘えよう!」

「帰りなさい」

「な、なんでよ!?」

 

 間違ってないでしょ!? とわめく瑞鶴に冗談よ、とすまし顔の加賀。

 なんだかんだ言って、加賀本人もこの慰安旅行に胸を躍らせているらしく、瑞鶴への対応も普段より随分と柔らかい。

 そのまま一度わざとらしく咳払いした後『最後はまあ言わなくてもわかっていると思いますが』と呟いて、加賀はチラリと全員を見やる。

 そろそろ我慢の限界なのか既に中腰になりかけている目の前の少女達は、互いに高揚を隠せない表情のまま頷き合い、せーのの掛け声とともに最後の一つを飛び跳ねるように宣言した。

 

 

『六つ! 全力でこの旅行を楽しもう!!』

 

 

 

 一方その頃、男一人早々と着替えを済ませた提督は、白い砂浜の上にシャツに半パンというラフな格好で全員が使用する拠点作りに勤しんでいた。

 

「みな、後はこのテントを立てれば終わりだ。すまないがもう少し頑張ってくれ」

『はーい!』

 

 元気のよい返事と共にテントの隙間からひょこひょこっと顔をのぞかせてくるのは四人の潜水艦の少女達。

 普段から水着を着なれている彼女たちは初めから下に水着を着こんでいたため、更衣室に寄る必要がなかったのだ。

 そのため一足早くビーチへと出た彼女たちは和気藹々と拠点作りを手伝っていた。

 

「まるゆ、どうだ? そっちの脚が上がれば完成なんだがいけそうか?」

「うう~、す、すいません~」

「無理はしないでいい。どれ一緒に、せーの」

「んや!」

 

 まるゆの可愛らしい掛け声とともにガチャっと音を立てて最後のテントが組み上がる。

 計五つの大型テントと十数脚のベンチにパラソル、三十分以上かけて完成させたそれらを横目に提督は一息つきながら額の汗を拭う。

 

「た、隊長。ありがとうございます。まるゆ全然お役に立てなくてその」

「謝ることなどどこにもない。まるゆの働きは十分私を助けてくれたよ」

「そ、そうですか……えへへ良かった~」

 

 色の白い肌を震わせながらふにゃと相好を崩すまるゆの姿は普段の白いスクール水着ではなく、水色と白の水玉模様が可愛らしいワンピースの水着姿。

 どこか小動物を連想させるそんな姿に和みつつ、頭を撫でていると提督の背中に『どぼーん』という声と誰かが抱きついてきたような感覚が走り抜ける。

 

「ぬぬ……ユーか?」

「違いますって! 今はローちゃんです!」

「うぬ、すまない。そうだったな」

 

 数日前までユーだったローが頬をぷくっと膨らませながら首に腕をからませてくる。

 日本語が多少おかしなことになっているが、提督も未だ、改装後の彼女のあまりの変貌ぶりに押されっぱなしなため気にした方が負けである。

 

 呂500、それが今の彼女の名前だ。

 肌は日頃の遠征任務のためか小麦色に焼け、提督と買いにいった白のワンピースの水着の隙間からはくっきりと日焼け後の境界線が覗いている。

 性格も以前の彼女とは比べものにならないほど明るく社交的になっており、提督としても日本文化にすっかり馴染めたようで一安心……といいたいところだが、少し馴染み過ぎなのではと思わなくもない。

 ひと夏の経験が少女を変えるとよく言うが、一夜の改装でいったい彼女の身に何が起こったのか。 

 以前、同室のゴーヤにそれとなく聞いてみたのだが、一瞬にして仁王像のような表情に変化したためすぐに取りやめた。本当に何があったというのだろうか。

 

「提督、お疲れ様ですって! ローちゃんも一生懸命頑張りました! はい!」

「ああ。本当に助かったよ。ありがとうロー」

「ふふーん。Danke……ちがった、ありがとうございます!」

「く、首筋を甘噛みするのはやめたまえ」

「やーです!」

「ま、まるゆも噛んでみます!」

 

 ローの癖なのか、親愛表現なのか、よく彼女は提督に背中から飛びついては首筋をはむはむと甘噛みする。

 決して嫌悪感を抱くものではないが、どことなくむず痒い気がしてそれとなく注意するが一向に止める気配はない。それどころかまるゆまで右手をついばみ始めてしまった。

 そのまま右手をまるゆに、背中でローを支えている提督の懐に更に二人の少女が入り込んでくる。

 

「司令官! 一応イムヤも頑張ったんだけど、見ててくれた?」

「あそこのパラソルははっちゃんが立てました」

「う、うむ。イムヤもハチも良い働きだった。後で飲み物をご馳走しよう」

 

 提督の提案と共に真下に膨らませた浮き輪を二つ置き、そこに腰掛けながら砂浜に座っている提督に二人は思いっきりもたれかかる。

 おへそ部分が開いたスポーティな水着のイムヤと、水着使用の花柄キャミソールにハーフパンツのハチ。

 計四人に寄り掛かられながらも普段鍛えてるせいか、提督はぐらつくことなくしっかりと受け止めている。

 

「あれ? シオイとイクとでっちは?」

「飲み物の買い出しかな。流石に全員分は無理だけど」

「まるゆもお手伝いしたほうが良かったでしょうか?」

「別にもうすぐ帰って来るでしょ。それにあの三人は私とハチとまるゆに内緒で提督と水着を買いに行ったからその罰よ。ね? 提督、ローちゃん?」

「イ、イムヤ……目が笑ってないかなって」

「ぬぐ……すまない」

 

 一応、彼女たちが今着用している水着は全て提督と買いに行ったものではあるのだが、やはり後半組の視線がちくちくと痛い。

 やはり公平、皆平等という言葉は尊いものなのだな、などと現実逃避を始めた提督の視界に買い出し組の三人の姿が映る。

 

「あー! 四人ともそんなに提督と密着して凄く楽しげなのね! イクのいないところでズルイの!」

「ロー! 提督の首筋を甘噛みするのをやめなさいって何回言ったらわかるでち!」

「えっと、それなら私は提督の空いてる左手を貰っちゃっていいのかな?」

 

 三人とも以前提督と買いにいった水着姿で、そのままあろうことか遠慮なく飛びこんできた。

 おかげで流石の提督も七人分の少女を支え切ることは不可能だったようで、べしゃっと情けない音を立てながら白粒の砂流へと倒れこむ。

 

「油断も隙もあったもんじゃないのね」

「普段から提督を誑かしてるイクが言えた言葉じゃないわよ」

「ロー、いい加減提督から離れるでち」

「でっち! 買い出しお疲れ様ですって! そのピンクのゆるふわビキニ可愛いね!」

「ひ、人の話を聞くでち!」

「まるゆもハチも新しい水着凄い似合ってるね。可愛い」

「シ、シオイさんも空色のセパレートが凄くお似合いです!」

「ダンケ。私もまるゆと同意見」

「さんなんてつけなくていいよまるゆ。でも二人ともありがとね」

 

 砂浜に身を投げ出したまま笑い合うイク達の表情は実に和やかで、提督の心には早くも来れて良かったなどという親心のような違うような不思議な気持ちが湧いていた。

 そんな自分に気が早いなと苦笑交じりに一人一人手を差し伸べて起こしていく。

 

 ふと名前を呼ばれたような気がして後ろを振り向いた。

 そこに映る百を超える少女たちの大波。

 遠くから少しずつ近づいてくる大勢の仲間たちを見て、提督を除いた七人は同時に顔を見合わせて笑う。

 

「みんな、さっきのイク達と同じ顔してるの」

「後で何してたのか根掘り葉掘り聞かれそうな気がするわ」

 

 言いながら、七人も同じように白い砂浜を駆けていく

 視線の先には虹が一つ。

 

 

 これからが本番だな、とひとりごちながら提督はゆっくりと七人の後を歩いて行った。

 




 話が進んでないですね。
 この回書くだけで無駄に水着に詳しくなってしまったような気がします。

 先に言っておきますが、この旅行編凄く長くなりそうです。
 なるべく多くの艦娘に出番をあげられるよう頑張りますのでどうかお付き合いのほどお願い致します。

 ※前回までの感想返信は明日中には必ず。

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