口下手提督と艦娘の日常   作:@秋風

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 今回は少し真面目なお話。


第二十七話 提督の休日 北方棲姫編 後編

 

 結論から言うと砂浜に行くまでもなく、その人物はすぐに見つかった。否、見つかったという表現より、目に入ってきたと言った方が正しいか。

 それはなぜかというと――

 

「ア、アノスイマセ……ア……。エト……コノコヲミマセンデシタ……カ……ウウ」

 

 ――その人物は商店街の中心で人探しをしていたから。

 

 男性と比べても大柄な体型とほっぽと同じような白い肌、つば付きの紺のキャスケットからは流れるような綺麗な銀髪が靡いている。夏目前だと言うのに両手には布製の大きな手袋が嵌められており、その先には買い物袋が二つ程下げられていた。

 服装はリブ生地のワンピースに、下には焦げ茶色のフレアスカートを身に纏っている。元より大人しげなその表情は今、悲しみに暮れるように眉尻を下げている。

 

「コ、コノコヲサガシテ……アア」

 

 遠目から見ても目立つその風貌の人物は何度も道行く人に声を掛けようとしては失敗して肩を落としていた。周囲の人間はその姿に訝しげな視線を向けながら手渡されそうになる紙を無視して去っていくばかりだ。

 ヒラリ、と彼女の手から風に舞って流れてくるその紙を提督が拾い目を通すと、そこには『ほっぽという子を探しています』という文字と共に、拙いながらも良く特徴を捉えたほっぽによく似た少女の似顔絵が手書きで描かれていた。

 どうやら彼女がコウワンネーチャンなる人物で間違いないようだ。 

 だというのに、だ。

 

「ほっぽはなぜ私の後ろに隠れているんだ?」

「カクレテナンカナイ。チョットヨウスミテルダケ」

「……要は怒られるのが怖いんだな?」

「ウン」

 

 提督の背中に隠れるように身を隠すほっぽは、傍から見れば悪戯がばれた子供のようで実に幼く見える。

 駆逐艦の少女たちでさえ自分の身に余るというのに、と提督はどう対応してやればいいか眉間に皺を寄せるばかりで何も進展する気配がない。

 しかし、いつまでもこうしていては何の解決にもならないと提督は鈍る足を無理やり前へと動かしていく。

 

「忙しそうなところすまない、少し話をする時間を貰えないだろうか」

「……ア」

 

 近づいてみたはいいものの、どう声を掛けていいか考えておらず咄嗟に口から出てしまった言葉に提督は内心で唇を噛む。これでは怪しいキャッチセールスみたいではないか、と。

 そんな提督とは裏腹に、はっと顔を上げた目の前の人物は絶望の中に一片の光を見たと言ったように下がり切っていた眉尻を復活させている。

 例えどんな言葉だったとしても、長時間無視され続けた今の彼女にとって声を掛けられたという事実は何よりも嬉しい事に代わりはなかった。

 

「ソレデ、ハナシトイウノハ」

「ああ、すまない。実は話があるのは私ではなく、この娘なんだ」

 

 提督の言葉に背を押されるように緊張した面持ちのほっぽが後ろからひょっこりと顔を出す。その両手はしっかりと提督の両腿辺りのズボンを握っており、揺れる瞳はしきりに眼前の女性の顔色を窺っていた。

 怒られたくないという気持ちからか距離をとっていたほっぽだが、その努力も空しく彼女はにゅっと伸びてきた目の前の女性の腕の中に吸い込まれていく。

 

「ホッポ! アアヨカッタ!」

「ク、クルシイ! オッパイガジャマ! テートクタスケテ!」

「……頑張りたまえ」

 

 控えめに表現しても豊満と言わざるを得ないその身体に埋もれながら、ほっぽはジタバタともがきつつ提督に助けを求めるが、返ってきたのは無慈悲な激励の言葉だけだった。

 そのままの状態で数分が経過し、最後に一際強く抱きしめたかと思うと、女性はすっと立ち上がりゆっくりと提督を見据える。

 思わず身構えた提督だったが、目の前の女性の表情は努めて穏やかで、それだけでも気が抜けてしまうのにあろうことか恭しく頭まで下げてくる。

 

「ホッポガメイワクヲカケタヨウデ、モウシワケナイ」

「いや、迷惑だとは思っていないが」

「ソウダ、ホッポとテートクハイッショニタイヤキヲタベタナカダカラナ!」

「コラ、チャントオレイヲイイナサイ」

「アリガトウテートク! タイヤキウマカッタ!」

「イヤ、ソッチモダケドソウジャナイ」

 

 まさか謝られると思っていなかった提督は、目の前で繰り広げられるふわふわしたやり取りにすっかり毒気を抜かれてしまう。

 彼女たちは本当に深海棲艦なのか、と思考が逆戻りを始めたところを狙い澄ましたかのように女性が言葉を添える。

 

「ジコショウカイガオクレタ。ワタシノナハ、コウワンセイキ。カンジデカクトコウ」

 

 漢字も書けるのか、と内心感心してしまう提督に見えるように、どこからか紙とペンを取り出した彼女は皮手袋の上から器用に文字を走らせていく。

 港湾棲姫――それが彼女の名。もっともその名が我々人間によってつけられたものなのか、それとも彼女自身が元々持っていたものなのかは与り知らぬところではあるが。

 

「ホッポノナマエハコウ!」

「……うむ、実に味のある良い文字だ」

「ムリシテホメナクテモイイ。ホッポノジハキタナスギテヨメナイ」

「コウワンネーチャンハアタマガオカシイ。コンナニキレイナノニ」

「……カエッタラカンジノオベンキョウ、ニジカンネ」

「イ、イヤダ! テートクナントカシテ!」

「……頑張りたまえ」

「サッキカラソレバッカリダ! テートクヤサシイケドヤクニタタナイナ!」

「ぬ……すまない」

 

 図らずとも役立たずの烙印を押され、肩を落とす提督を庇うように港湾棲姫がほっぽを叱っている。

 この場面で、やはりもう少し対人会話能力の訓練が必要だな、と密かに決心を固めてしまう提督も大概ではあるのだが。

 そんな後ろ向きな思考に捉われそうになりながら、提督は自分が名乗っていないことに気付き、

 

「む、失礼。私は――」

「コノマチニアルチンジュフノ、テイトク、ダロウ?」

「……知っていたのか」

「ホッポガソウヨンデイタシナ。ソレニ……」

 

 港湾棲姫はそこで言葉を区切り、そのルビーのような輝きを放つビジョンブラッドの瞳で提督を真っ直ぐ見据えたかと思うと、すぐにイヤと視線を伏せる。

 まるで、言う必要もないと言ったその仕草に提督も開きかけた口を閉じる。

 そのまま、港湾棲姫は実に穏やかな表情と口調で、提督がこれまで一番警戒していたことをさらりと言ってのけた。

 

「ワレワレハテイトクタチノイウトコロノ、シンカイセイカン、トイウヤツダカラナ。ソウイウノハ、ナントナクワカル」

「……そういうものか」

 

 港湾棲姫の言葉に、表面上は普段通りの提督だったが心の内ではかつてないほどに驚いていた。

 が、それは彼女たちが本当に深海棲艦だったという事実にではなく――ソレを立場上、敵である自分にまるで《とるに足りない情報》であるかのように伝えてきた事実に対して、だ。

 大本営の伝文、現在の状況、彼女たちの様子、それら全ての情報が滝のように押し寄せてくるのを、提督は一つ一つ頭の中で紐解いていく。

 本人としては至極真面目に、鎮守府を預かる一提督として思考を巡らせているつもりだったのだが、目の前の豊満な深海棲艦のお姉さんは至極のほほんとした表情で向かいにある喫茶店を指差しながら、

 

「コンナトコロデタチバナシモナンダシ、ホッポノオレイモカネテ、アソコデオチャデモシナイカ?」

「ソレハイイナ! ホッポハオナカガスイタ! テートクハヤクイクゾ!」

「…………うむ」

 

 あまりにも気の抜けたその提案に提督は頭の中からいろんなものが零れ落ちていくのを感じながら、同じように気の抜けた返事を零す。

 深海棲艦と喫茶店でお茶会……ありえるのかそんなことが。分からない、分からないがその事象は現実として今、目の前で起こっている。

 

(この事を加賀達に言ったら何て言われるか)

 

 多分、怒られるだろうなと思いながらも提督の足は喫茶店へと向かって行く。

 その視線の先では、真っ先に走っていったほっぽが実に楽しそうな表情で大きく手を振っていた。

 

 

 

「お待たせいたしました。アイスコーヒーとアイスレモンティー、それとお子様ランチでございます」

「アリガトウ。ホッポ、コボサナイヨウニキヲツケテ」

「ダイジョウブ! オオ、コレガオコサマランチ! ゼンゼンオコサマジャナイナ! ナンダコレハカタイ!」

「それは旗を模したおまけで食べ物じゃないぞ」

 

 喫茶店に入って注文を終え、待つこと数分、二十代前半ぐらいの女性店員が注文品を手慣れた仕草でテーブルに並べていく。

 途中、港湾棲姫のお礼の言葉にもにこやかな笑顔で接する女性店員の接客魂に提督は感心するが、去り際に『その仮装、似合ってますね』と言い残したのを聞き、なるほどそういう見方もあるかと納得する。

 人は誰でも自分の理解の及ばぬところには、適当に納得のできる理屈を並べ都合のいい解釈をするが、目の前の出来事がいい例だ。

 周囲の人たちは誰も、彼女たちのことを海の平和を乱す深海棲艦だとは思っていない。

 

「テイトクハ、カンガエゴトガスキダナ」

「ぬ?」

「ミケンニシワガヨッテイル。ソンナニナヤマナクテモ、シツモンガアレバコタエヨウ」

 

 目の前のアイスコーヒーに視線を固定したまま、微動だにしない提督へ港湾棲姫が苦笑交じりに助け舟を出す。

 考え事をすると眉間に皺が寄るのは癖であり、普段から艦娘の少女たちにからかわれることもあるため、直そうと思ってはいるがこれが中々に難しい。

 

「ダイジョウブダテートク! コウワンネーチャンモ、カイモノスルトキヨクミケンニシワガヨッテイルカラ!」

「ヨケイナコトハイワナクテイイ」

「ポ、ポポ! カ、カオガコワイ!」

 

 ほっぽに痛いところをつかれたのか港湾棲姫は少し眉を動かすが、提督の視線が自分に向けられていることに気付き、すぐに佇まいを正す。

 事前に『一つだけ』と前置きをしてから、提督は艦隊を指揮するときのような至極真面目な表情で口を開いた。

 

「君は――君たちの中には、私達と刃を交える気持ちが微かでも残っているのか?」

「ナイ。スクナクトモワタシトホッポニハ、ナ。ドチラニシロ、ギソウヲステタワタシタチニ、タタカウスベハノコッテイナイ」

「艤装を捨てる……そんなことがあり得るのか」

「ワカラナイ、ガ、ジジツワタシトホッポハアルヒヲサカイニ、ギソウノテンカイガデキナクナッタ」

「なぜ、そんなことを?」

「タタカウリユウガミツカラナイ、ソレデハダメカ?」

 

 明瞭簡潔。打てば返る振動のごとき、まるで一点の迷いも濁りもない港湾棲姫の返答に提督はそうか、と一言呟いたかと思うと、手つかずであったアイスコーヒーへと口をつける。まるで、それが聞ければ十分だと言ったように表情は穏やかなものに戻っていた。

 そんな提督の様子に対面に座る港湾棲姫は、ぽかんと口を空けたまま、

 

「ソレダケカ?」

「む? どういう意味だ?」

「イヤ、テッキリジンモンノヨウニシツモンゼメニサレルノダロウナ、トオモッテイタカラ。イチオウワタシタチハテキドウシ、ナノダロウ?」

 

 港湾棲姫の言葉に、提督は思わず息を飲む。

 彼女は決してお礼のためだけにこの場所にいるのではない。自身の置かれた状況を理解し、自らを深海棲艦だと公言した上でなお、敵の本拠地であるこの場所に留まっていたのだ。

 たった一人の小さな仲間を探すために、艤装を捨てたその身一つで。

 

「……君たちに戦意がないことは今までの言葉と振る舞いからよく分かった。それだけで今の私には十分だ」

「ソレガテイトクノセイギ、トイウヤツカ?」

「正義だ悪だなんて言葉は見方によって立ち位置を変える。私は、私の大切な者たちを守りたい、ただそれだけだよ」

「……テイトクハヘンナヤツダナ」

「むう」

 

 軍人としては失格なのだろうな、と自分の考えの甘さを引き締めていると、そういえばほっぽが静かになっていることに違和感を覚えそちらに視線を移す。

 そこで、頬袋を膨らませたリスのような表情をしたほっぽと目が合う。

 

「サッキカラフタリデバカリタノシソウナハナシシテ、ズルイ!」

「ゴメンネ、ホッポ。ホラクチノマワリヲフイテ」

「お子様ランチは美味しかったか?」

「ウマカッタ! ホッペタガオチルカトオモッタ!」

「そうか、この店はパフェが人気だそうだが、他の料理も質は高いのだな」

「パフェ!? イイゾテートク、ホッポノオナカハマダダイジョウブダ!」

「コラ、スコシタベスギダホッポ。ユウハンガハイラナクナルゾ」

 

 横から挟まれる静止の言葉にほっぽは何を思ったのか、いそいそとテーブルの下をくぐり抜け、そのまま対面に座っていた提督の膝の上にちょこんと座りなおしてしまう。

 まるで港湾棲姫に徹底抗戦を仕掛けるような仕草でむふーと鼻を鳴らしている。

 

「コウワンネーチャンハキビシスギル! テートクナントカイッテヤレ!」

「まあ、たまにはいいんじゃないか? 港湾棲姫も一つどうだ、疲れた身体に甘いものはいい」

「ハア、テイトクハスコシアマスギルナ。タマニハキビシクセッシナイト、イゲンガナクナルゾ」

「……肝に命じておこう」

「テイトクスゴイ! アノオニノヨウナコウワンネーチャンニカッタ!」

「……キョウハカレーニヤサイヲイッパイイレヨウ」

「ポ、ホポポ! テートクデバン! ガンバッテ!」

「……野菜は身体にいいからな、仕方ない」

「ヤッパリテートクゼンゼンスゴクナイ! ヨワイ!」

 

 膝の上でワイワイと騒ぐほっぽに謝りながら、対面では港湾棲姫が先程の女性店員にパフェのオーダーを取り付けている。

 なんだかんだ言いながら、彼女も相当甘いのではなかろうかと思いながら提督は今日一日の出来事を心に刻む。

 平和を望む深海棲艦も極少数ながら、存在する。

 その事実を知ることができただけで、今は満足としておこう。焦って先走っても仕方がない、と提督は一人言葉を漏らす。

 

「お待たせしました。DXパフェ、三点でございます」

「スゴイ! オッキクテオイシソウ!」

「ホッポ、チャントスワッテタベナサイ」

 

 今はこの平和な時間に身を委ねるとしよう。

 ふう、と提督は一度息を吐き、目の前の綺麗に飾り付けられたパフェにスプーンを一掬い、そのままゆっくりと口に運ぶ。

 その味は、今日一日の悩みを全て溶かしていくかのように甘く、それでいて冷たかった。

 

 

 

「キョウハタノシカッタ! アリガトウテートク! マタクルナ!」

 

 最後にほっぽがそう言い残して、二人は海へと帰って行った。

 そんな実にさっぱりとした別れの後、提督は一人鎮守府の近くの海の見える丘に立っていた。両手に買い物袋を下げたまま容赦なく照りつける太陽に目を細めつつ、最後に港湾棲姫が零した言葉を頭の中で反芻する。

 

『ナゼ、ワタシタチハタタカッテイルノダロウナ』

 

 昔、同じような言葉を元帥に投げかけたことがあるが、その時も明確な答えは返ってこなかった。

 この先、その答えが見つかるかどうかすら今の自分には分からない。移り変わって行く時代の中で、もしかしたらこの先もその答えは見つからないのかもしれない。

 だが、変わらない想いというものも確かにある。

 

「私は、私の大切な者たちのために戦う。その想いは今も昔も変わってはいない」

 

 その先にいつか、平穏な海が待っている。

 一度伏せ、再度顔を上げた提督の表情に迷いの色は残っていない。

 

 丘の上に一際強い潮風が吹きすさんでいく。その先では、途切れることのない藍の水平線が空と交わるように、どこまでも広がっていた。

 




 重くならず、かと言って浅すぎるのも避けたい。
 そうして出来上がった文章がコレ。

 深海棲艦も意思があるなら、こういうこともありえるのではというお話。

 ※活動報告にて前回の意見募集についての回答を載せています。
 よければそちらにも目を通して頂けると幸いです。

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