口下手提督と艦娘の日常   作:@秋風

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第十六話 明石の何でも屋 前編

 

「……よし。全部揃っているわね」

 

 目の前に並べられたダンボールと手に持った紙とを見比べて、明石は一人頷く。どうやら今日入荷した商品に欠品はないようだ。

 以前は販路も小さく、取り扱っている商品も少なかったため作業は楽だったが、こうして多くの商品を手掛ける大変さもやりがいがあって悪くはない。

 

「でも毎朝この時間は流石に肩が凝るわね」

 

 未だ朝の六時にすら届かない針をちらりと見ながら、重くなった肩をこきこきと鳴らす。

 

 明石が今いる場所、それはこの鎮守府唯一と言っていい『道具屋』だ。

 開発や建造に必要な道具はもちろん、燃料や弾薬といった資材まで取り扱う提督御用達の店に加え、艦娘たちの娯楽品としてトランプやボードゲーム、お菓子なども置いてある。他にも雑誌や様々な生活用品も置いてあるため最近では『何でも屋』と言われているらしい。

 

「自分で言うのもなんだけど、置き過ぎですねこれは」

 

 商品棚の上に所せましと並べられたあれこれを眺めながら、明石は小さく肩を竦める。

 あの右上のビデオカメラとか、左上のスクール水着とか購入する人が非常に限られていると思うのだが、需要があるのだから仕方がない。

 

「まあ需要と言ったらこれ以上のものはないですけどね」

 

 普通のダンボールの横の、極秘と書かれた段ボールの山の一つを開きながら明石はニヤリと口角を上げる。

 その中に入っていた見覚えのある司令服の男性が写っている写真立をいそいそと自分のカバンに仕舞いながら、裏メニューと書かれた商品ボードを準備する。

 

「例の雑誌の販売開始以降、グッズの開発速度が目に見えて上がって嬉しい限りです」

 

 ぶつぶつと何か怪しげに呟きながら、明石はタグに『司令官グッズ』と書かれた商品を表から見えない場所へ移動させていく

 今日は忙しくなりそうな予感を胸に抱かせながら。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「ねえ聞いた熊野。今日明石さんのとこ、アレ新しいの入荷したらしいじゃん?」

「……ほ、本当ですのそれ」

「まだ噂っぽいけど信憑性はあるみたい」

「鈴谷、もしあなたの方が早かったらわたくしの分も」

「了解! 熊野もよろしく!」

 

「あー今日に限って遠征なんてついてないねー大井っちー」

「…………」

「しかも遠征も大井っちとばらばらだし」

「…………」

「あのー大井っちー?」

「…………」

「ダメだ、完全にキレちゃってる」

 

「島風、あなたなんでそんなに朝から落ち込んでるの?」

「……お給金全部使っちゃった」

「それでアレ買えないから落ち込んでるのね。でも自業自得よ」

「うう~! だってだって! お願い天津風ちゃん、ちょっとだけ貸して!」

「嫌よ、私だって買いたいし余裕ないもの」

「ケチ! ドケチ! 天津風ちゃんのごうつくばり! ツンデレ吹き流し娘!」

「ど、どういう意味よ!?」

 

 普段は朝早くはあまり混まない間宮食堂だが、なぜか今日は早い内から朝食を済ませる艦娘たちで席が埋まっており、皆どこか急いで任務に出ようとしているように見えた。

 その様子を不思議そうに眺めながら、満潮は本日の秘書艦業務のスケジュールを確認しつつ隣で朝食を食べている荒潮に半ば独り言のように声を掛ける。

 

「ねえ荒潮。アレってなんのこと?」

「あらあら、満潮は前回、前々回と遠距離哨戒で司令官グッズのこと知らなかったのね」

 

 例にも漏れず、さっと朝食を済ませようとしている荒潮の答えに若干むっとしながら、満潮はいつも以上につっけんどんとした態度に変わる。

 内心では荒潮の零した一つのキーワードに惹かれながら。

 

「なに? その司令官グッズって」

「言葉で説明するより、見せた方が早いわねえ」

「……司令官の写真?」

「うふふふふ」

 

 口に手を当て、少し悩む素振りを見せながら荒潮はどこからか一枚の写真が入ったペンダントのようなものを取り出す。それを眺める荒潮の嬉しそうな表情に、満潮はふんっと顔を背ける。

 また自慢が始まった、と。

 

「なによ、また自慢でも始める気?」

「それもあるけど、今回は違うわ~」

「……あるんじゃない」

 

 荒潮の勿体ぶる様な態度に辟易しながら、満潮は改めてペンダントへと視線を移す。

 司令官の少し困ったような表情の写真が嵌められた卵型のペンダント。

 いつの間にか荒潮が持っていたもので、ことあるごとに取り出しては自慢してくるため満潮はその羨ましいやら悔しいやらの気持ちを全て司令官にぶつけていた。言うまでもなく八つ当たりである。

 他にも持っている子を見かけたため、一度それとなく入手経路を聞いたのだが、からかわれただけで教えてはもらえなかった。

 

「実はこれ、明石さんのお店で買ったものなのよ~」

「え? 嘘……だって私何回も言ってるけどそんなの一度も」

「うふふ、そう。だって滅多に出回らない裏メニューなんだから」

「……裏メニュー」

「そ。それが司令官グッズ」

 

 曰く、何か月かに一度不定期に明石さんが独自のルートで入手してくる、この鎮守府でのみ売られる希少商品であるらしい。

 曰く、それは全て司令官に関わるもので、驚くことに許可は全て取ってあり歴とした売り物であるらしい。

 曰く、商品の質は最高クラスで、プレミア級の写真に加え、司令官をデフォルメにしたような人形など充実のラインナップらしい。

 曰く、購入するためには任務をこなす必要があり、任務報告書が購入のカギとなるらしい。

 曰く、数に限りがあり貴重な商品のため、お一人様三点までらしい。

 曰く、早いもの勝ち、売り切れ御免の壮絶なサバイバルレースらしい。

 

「前回は確か、最後の一つを巡って長門さんと金剛さんと加賀さんの壮絶な演習合戦が行われたんだったかしら」

「それはまた凄いわね」

「まあ結局、その間に任務を終えた雪風ちゃんが買ったんだけどね~」

「なんて無駄な資源の浪費を……」

 

 『流石は幸運艦筆頭ね~』などと言っている荒潮をよそに、満潮は逸る気持ちを抑えながらそっとスカートのポケットに入っている紙へと手を伸ばし、その存在を確認する。

 そう、今朝たまたま早い内に秘書艦業務としてこなした司令官印の入った報告書であるそれを。

 

「ちなみに、報告書ってどんなのでもいいわけ?」

「基本的に司令官印が入ってたらオッケーよ~。あ、でも勿論当日のじゃなきゃ駄目だから注意してね~」

 

 言いながら流れるように去っていく荒潮に一応お礼を伝え、その存在が完全に食堂から消えるのを見計らって満潮は思い切り駆けだした。

 その右手に報告書を握りしめながら。

 

 

 

「あかしさんざいこちぇっくおわったです」

「ありがとうございます妖精さん」

「きょうはいそがしくなるですか?」

「そうですね、例のアレがあるので確実に。妖精さん今日もよろしくお願いしますね」

「がってんしょうち」

「うでのみせどころです」

「いっていたらさっそくおきゃくさんです」

「あら満潮ちゃん。いらっしゃい、今日はお早いのですね」

「いや別に……その……これ」

 

 朝一番だと言うのになぜか汗だくの満潮から一枚の紙を受け取りながら、明石は内心で今回の一番は満潮さんでしたかと、一人頷いていた。前回、前々回と買うことができていなかったから今回は頑張れと勝手に思っていたので嬉しい限りである。

 

「はい。確かに本日の報告書ですね。裏メニューのラインナップをご確認されますか?」

「お願いするわ」

「みちしおさんどうぞです」

「あ、ありがとう」

 

 走ってきたせいかどきどきと勝手に早鐘を打ち付ける心臓を落ち着かせながら、満潮は手渡されたメニューボードを開く。

 瞬間、視界に入ってきた写真入りの商品群に思わず『ふわっ』っという声が漏れる。

 

 裏メニューラインナップ

 

 一、司令官の秘蔵写真付きフォトスタンド ①休日編 ②演習指揮編 ③その他

 二、司令官デフォルメ人形 (小・中・大・特大)

 三、目覚まし時計~司令官の生ボイス入り~

 四、デフォルメ司令官キーホルダー

 五、司令官の顔写真入りお守り

 六、司令官タペストリー お得な三枚セット

 七、司令官語録~実際にあった一度は言われたい言葉総集編~

 八、司令官と私たちの変遷BOOK~着任一年目から現在~

 九、抱き枕カバー(司令官プリントVer)

 十、等身大司令官パネル 一点限り

 

 etc

 

 想像していた以上の商品ラインナップに満潮の喉がごくりと鳴る。写真の質は言うまでもなく、デフォルメにされた商品もしっかり司令官の特徴を捉えており、思わず頬が緩むのを慌てて抑える。

 

「それにしても本当に良い写真ばかりね。あれ? この写真ってもしかして」

「そうですよ。全部で百五十枚ほどありますが、全て一枚限りのその人だけの司令官の写真です」

 

 自分だけの、という言葉に勝手にキラキラ状態になっていることに満潮自身気付いておらず、普段しかめっ面ばかりの満潮のその様子を明石がにこにこと見ている状況はある意味レアな状況であると言えた。

 

「でも本当に大丈夫なのこれ」

「もちろんですよ。なんていったって大本営承認ですからね」

 

 例の司令官特集の雑誌販売開始以降、大本営は海軍のイメージアップのために様々な取組を行ってきた。その中で大ヒットと言えるまでに成長した司令官雑誌に便乗して、今度は大量の司令官グッズを売り出したという。

 なんて安直な、と満潮は呆れたがそれがなければ目の前のこれもないわけで、ある意味ナイスと言わざるを得なかった。

 

「そのサンプル提出のために司令官も仕方なく協力したってこと?」

「そう、物凄く苦い顔してましたけどね。実際に市場に出回っているのは誰か分からないように作成されたモノだけど、向こうの開発さんにちょっと知り合いがいまして」

「でも司令官怒……りはしないか。あの司令官だもんね」

「ちゃんとこの売り上げの一部は資源や修復材として提督に還元してますし、みんなも喜ぶからウィンウィンの関係でしょう?」

 

 ペロリと舌を出す明石に商売人の魂を垣間見る。ちなみに写真は全て青葉提供らしい。

 

(それにしても……悩むわね) 

 

 今回はたまたまこんなに早くに来れたが、次も来れるとは限らない。そんな考えが満潮の頭の中をぐるぐる回っていると明石が『触ってみますか?』と司令官デフォルメ人形を手渡してくれる。

 

「ふ、ふわあ! な、なにこのふかふかの手触り」

「気持ちいいでしょう? 飾ってよし、眺めてよし、抱きしめてよしのおススメの一品ですよ」

「……お金いくら持ってたかな」

 

 触らせてもらった人形を抱きしめながら、いそいそとポケットから愛用のピンクの財布を取り出す。

 その中身を確認して、満潮は少し残念そうな表情を浮かべた。

 

(八番以降は、ちょっと手が出ないわね)

 

 各商品に付けられた値札を見ながら小さく溜息を吐く。九番は欲しかったけど、司令官が自分たちのために出してくれている給金を一気に使ってしまうことはしたくはない。……九番は欲しかったけど!

 

「みちしおさん。たおれるときはまえのめりにです」

「きっとあすにはぜんぶうりきれているですはい」

「つぎにゅうかするのはいつかわからないです」

『だから』

「……うるさい」

『あう』

 

 頭の周りをふわふわと漂いながら、明石に仕込まれたのであろう商売根性と共に悪魔の言葉で購入を促してくる妖精さんの囁きを首を振って振り払う。

 同時に満潮の両方で括られた髪の毛がムチのようにしなり、妖精さんたちをノックダウンしていく。

 

「でも妖精さんの言うことも……一理ある、か」

 

 もう一度眺めていた写真の中から一番初めに目に入ってきたものを見つけ、よしと心の中で決心する。

 

「注文は決まりましたか?」

「一番の……演習編のこの写真と二番の大サイズ、それから五番をお願いするわ」

「ありがとうございます。妖精さん包装をお願いしますね」

「あいあいさー」

 

 注文された写真をファイルから取り出しながら明石はあることに気付き、満潮に分からないようにくすっと小さな笑みを漏らす。

 

(笑顔の提督と他の演習メンバー、その中心に一人恥ずかしそうにそっぽを向く満潮ちゃんが一緒に写ってるなんて良いもの見つけたわね)

 

 これはきっと一番に仕事をこなしてきた満潮へのご褒美だろう。

 おそらく演習勝利時のワンシーンを抑えたであろうその写真を丁寧にフォトスタンドと共に包み、他の商品と共に満潮に手渡しながら明石はそんなことを思っていた。

 代金を支払い、一度部屋に帰ろうとする満潮の足取りは軽い。

 

「仕方ないから、今日は司令官に美味しいお茶を入れてあげようかな!」

 

 今日の執務で少しは司令官に素直になれたらいいなとそんな想いを秘めながら、満潮は秘書艦業務へと戻って行った。

 


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