兎くんにラブ(エロ)を求めるのは間違っているだろうか 作:ZANKI
すでに次の日の朝を迎えている。
ヘスティアは、落ち着きなく部屋の中をうろうろしていた……。
帰ってこないのだ、もう一人の愛しい可愛い住人である眷族が、『ベル君』が。
女神様は腕を組みながら真剣な表情を浮かべている。
(いくらなんでも遅すぎる。べ、ベル君……まさかの家出? そんなバカな……)
だが思い当る節がいろいろあるのだ。
ベルの加速成長が、『ヴァレン何某への恋慕』の強さに左右されるというのに、ソレが『やたらに伸びている』のが甚だ面白くなく、彼へその『嫉妬心』を向ける様にベルからの質問も全て冷たく無視するような返事で返してしまった。
揚句に、彼女自身はバイトの飲み会へさっさと行き、彼を一人取り残すような形で『勝手にどうぞ』という感じで食事へも行かせてしまった。
ヘスティアが先に飲み会へ向かう時の、残される彼の顔が寂しそうな子兎に見えていたのを思い出す。
(あぁぁ、ベル君に酷いことをしてしまったぜ……。ゴメンよ、ベル君~)
ヘスティアはベッドへ倒れ込んで、その悲しみに毛布を抱き締めながらごろごろとしてしまう。
と、その動きが一瞬止まる。
(ま、まさか、余りの寂しさから、ヴァレン何某のところへ……あぁ、酷いよ、ベル君~)
ヘスティアは再びごろごろとベッドの上を往復し始めた……。
彼女は昨夜、飲み会が終わると真っ直ぐ、ここ【ヘスティア・ファミリア】のホームである廃墟な教会の地下室へ十時前には帰って来たわけだが、帰りを迎えてくれるはずのベルが居なかったのだ。
飲み会の間中も引きずってずっと面白くなかったのだが、お迎えもない事に更に不機嫌さが増していく。彼女は、この時もまだ『お迎えが無いのはどういうことだい、ベル君!』と部屋の中で吠えていた。
ふて腐れて風呂へも入らずにベッドへ横なって、帰って来たベル君に雷を落としてやろうと思っていたわけだが……先日買った中古の時計が十時、十一時、十二時になっても、彼は帰ってこない。
ついに業を煮やして、彼女はベッドから跳ね起き、ノッシノッシと地下室の階段を上がって外へと探しに行った。きっと、神様より帰るのが遅れ、恐れをなして周辺に隠れているのだろうと思ったのだ。
そう思って探したがどこにも居ない。近辺の遅くまでやっている店の傍まで行くも閉店まで待っても居やしない。
再度、ホームに帰るもおらず、また教会の近隣を探したが……成果ナシ。彼女自身、夜が明け始めた先程、漸くホームへと戻ってきたところである。
そしてその頃になると彼女の心と表情は、ベルへ冷たくしてしまった事への『後悔』で溢れていた。
ここで、ベッドの上にごろごろしていたヘスティアがムクリと起き上がる。
(もしかして、なにか……急に帰れない事情が起こったのかい、ベル君?)
彼女の額や掌にはいやな汗が出て来ていた。彼はずっといい子であったが故に、こんな心配を掛けるだろうかという考えに行きつく。ベルは、いつもヘスティアへ気を使ってくれる眷族であるから。
幸いベルへの繋がりはまだ感じている事から、生きているのは分かる。
ヘスティアはベッドから降りると、静かに告げる。
「まず――ロキのヴァレン何某のところへ乗り込んで聞いてやるぜ!」
いきなり無茶苦茶だが、あながち間違いではないのが不思議なところである。
神(おや)は怖いと言えよう。
そうしてヘスティアが行動を起こし扉へと近付いたとき、その扉の方が先に開いた。
そこには―――ベルが立っていた。
だが、服を始め全身がボロボロの有様であった。
「神様……すみません、帰るのが遅くなってしまって」
「ベル君、大丈夫かい!? その服と怪我は、一体どうしたんだい?!」
ヘスティアはベルを部屋へ入れると急いで全身の状態を確認する。命に係わる傷があるなら、急いで【ヘファイストス・ファミリア】のホームからガメて来ていた秘蔵の高等回復薬(ハイ・ポーション)を使わなければならない。
少年の服は全身泥まみれで、引き裂かれたり、切り刻まれたりした破れ目が無数に存在している。
「事件にでも巻き込まれて、誰かに襲われたのかい?」
ここ迷宮都市オラリオでも、多くは無いが強盗や殺人傷害は発生するのだ。
「いえ、そんな事はありません。実はその……ダンジョンに潜っていました」
「はいぃ?! バカな、そんな恰好でかい?! それも一晩中?」
部屋に彼の防具は残されており、彼の服装はまさに休日で街へ食事でもという普段着であった。ヘスティアは流石にその姿でのダンジョン入りは想像出来なかった。
それは、完全に『自暴自棄』な『自殺行為』にしか思えないから。
「………も、もしかして―――ボクが原因なのかい?」
ヘスティアは、真っ青になって目元に涙を浮かべ、呆然と小刻みに震えて出していた。
自分の冷たい仕打ちが、愛しい眷族をまさかそこまで追い込んでしまっていたのかと。
――だが、ベルは断じてと言う風に全力で首を振り、ヘスティアの両肩を掴む。
「そんなことは、絶対にありません!! 弱い僕が今ここに生きて帰って来られたのは、神様のおかげなんですからっ!!」
ベルは真剣な表情で力強く叫ぶようにそう告げると、ヘスティアを安心させるようにニッコリ笑った。
少年の言葉と自然な表情に全くウソは感じられず、ヘスティアはすごく安心する。
そして―――。
気が付けば、向き合ったまま自身の両肩を強く彼に掴まれているこの状況……愛を語られるワンシーンでもおかしくはない事にハッと気付き、少し自然と頬が熱くなる。
「べ、ベル君……」
そして気が付けば、二人はこの場に『二人きり』で見つめ合っている状況ではないか。
ヘスティアの――心のドキドキがもう止まらない!!
眩しい朝日の一部が、天井の板の隙間の間から射しこんで来ていて、周りは幻想的な光景へとホームの部屋内は変わろうとしている。
すでに朝となったが、今日はバイトもない。
つまり二人の時間は――――タップリあるのだ。
「神様……」
ベルが優しい表情でそう口を開く。ヘスティアは『ゴクリ』と唾を飲んでしまった。彼女は……恥ずかしながらこんなシーンと遭遇(エンカウント)するのは初めてだ。これまでは男にそれほど関心が無かったから。
――これが女神様(ヘスティア)の初恋なのだから。
人よりも遥かに生きて来て、知識は十分に有るつもりだが、いざ自分がそんな気持ちになるのは全然違う事なのだと、彼女は今知る。
でも、それは決して悪くない想いなのだと。相手がこの子ならとても幸せなのだと。
ヘスティアの気持ちは高鳴って行く―――。
だが今、ベルが同じ気持ちかというと。
「………僕、もっと強くなりたいです!」
「――!」
そうではなかった。それが今、僅かなズレなのか大きいズレなのかは分からない。
今の彼の表情に、浮ついたものは一切感じない。
しかし少年に『高く大きな目標』が出現しているのをヘスティアも気付いた。
加えて、ベルが『自暴自棄』になる、昨晩のダンジョン行きを決断させたモノ、そして『もっと強くなりたい』と言わしめたその根源に。
ヘスティアの表情と目が怒りで一瞬、『神の炎』に変わりかける。
(ヴァレン何某という女、どんなヤツか知らないが―――可愛いベル君に何をして、何を思わせた……?)
人へ直接、神としての力を行使することは禁止されている。
しかし、ベルを死に至らせるものならば許さない、残さない―――ヘスティアにその覚悟が出来上がろうとしていた。
神様の少し普段と違う表情に、一瞬畏怖を感じたベルであったが声を掛ける。
「あの、神様?」
少年の声で、ハッとヘスティアは我に返った。
「べ、ベル君。とりあえず、ポーションを一本飲んで、風呂に入ってゆっくり休むんだ、いいね」
よく考えれば、今のベルはボロボロで休養が必要なのだ。
見たところとりあえず、右膝は酷いが致命傷というほどでは無い。
「それからぁ、君は今日はベッドで寝たまえ。これはゆっくり休養を取るための厳命だからねっ!」
「えっ、はい。分かりました」
ベルは神様の強い語気と迷惑を掛けてしまっていることで、反論をしなかった。
そしてヘスティアは目論む。
ベル君のベッド……名付けて『ベルベッド』を。
ヘスティアの表情に驚嘆の思いが走る。そして―――ニヤけていた。
ベル・クラネル
Lv.1
力:H120→G221 耐久:I42→H101 器用:H139→G232 敏捷:G225→F313 魔力:I0
《魔法》
【 】
《スキル》
【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】
・早熟する。
・懸想が続く限り効果持続。
・懸想の丈により効果向上。
【主神敬愛】
・早熟を補助する。
・敬愛が続く限り効果持続。
・敬愛の丈により効果向上。
・敬愛の丈により敵のクリティカル軽減。
怪我をしたベルがホームへ帰って来たあと、休息睡眠を取り夕方を迎えていた。
疲れたベルが先にベッドで休んだ後に、体を浴室でキレイキレイにしたヘスティアが潜り込み『ベルベッド』は完成していた。
夕方に目を覚ましたベルは、昨日の朝と同じようにお腹の上にヘスティアが寝ているのに驚いた。しかし、神様を起こすのも悪いし、幼い寝顔も可愛いのでしばらく眺めていた。【ステイタス】により神様の重さなど全く気にならないこともある。これも素晴らしい【神の恩恵】と言えよう。
ヘスティアも朝の寝入り際に、ベルの寝顔を楽しんでいたが何時の間にか、徹夜した後の事もありスヤスヤと眠ってしまっていた。
それはベルとベッタリくっ付いているということで、『安心』感が加えられているのもあったかもしれない。
少年は体力回復薬(ポーション)を飲んでいたので、今はもうほぼ回復した状態である。良く寝ている神様を起こさないように、ベッドを抜け出して夕飯の用意を始める。
そうしているうちに、食べ物の匂いにヘスティアも起き出してくる。
「おはようございます、神様。もう夕方ですけど」
「おはよう、ベル君~」
と、夕飯のその前にと日課の少年の【ステイタス】が更新されたのだ。
この更新で伸びた数字はまだ、【憧憬一途】のみの効果による。そのため、ヘスティアとしては少し複雑ではある。
それにしても、これまでで一番の『飛翔』的な伸び方だ。
【神の宴】で聞いたこれまでの話でも、ダンジョンに潜り始めて半月少しで新人冒険者の熟練度がここまで上がったというのは記憶にない。
聞いた話では、新人冒険者だと10以上増えるのは初めの内ぐらいで、直ぐに伸びは悪くなることが多いと言う。
それに比べてベルは、今回、一項目ごとでも一気に100程増というのが複数存在するのだ。そして次回はそれが『新スキル』により更に加速するかもしれない……。
これら成長加速スキルは余り耳にしたことが無い。これらの出現は、彼特有の「レアスキル」なのかも不明だ。
「レア」や「オリジナル」……これらを冠するものについては秘匿しておくに限る。
神々は娯楽に飢えているため、珍しいもの、変わったものにも興味津々なのだ。
ヘスティアは今日発現した【主神敬愛】についても隠しておくつもりだ。つまり、ベルには教えない。彼は嘘が下手過ぎるからだ。知らない方が幸せというやつである。
とりあえず、彼へは口頭で【ステイタス】内容を知らせる。
前の【ステイタス】更新の紙を見ながら、少年は「えっ」「うわっ」と驚きの声を上げていた。
昨日の少年の能力と今日のベルはもう別人の域。
それでも一応神様は確認しておく。
「で、君は何か伸びについての心当たりは?」
「……そのぉ、初めて6階層まで降りちゃいましたけど……」
「えぇ?! 防具も付けずに到達階層を増やしたっていうの? 一体、どれだけ無茶するんだい、君は!」
神様は背中から降りると、思わず軽く少年の頭を叩(はた)いていた。
「ごめんなさい、神様!」
「全くもう。……理由は良く分からなけど、すごく伸びてるのは確か。どこまで続くか分からないけど、まあ成長期なのかな」
「はいっ……」
「君はね、きっと強くなる。君自身が今より強くなろうと熱望する限り。でも約束してほしい……こんな自滅的な無茶はもうしないでくれよ。死んでしまったら何もならないんだからね」
「神様……」
「……お願いだからボクを一人に……ボクから遠くへ行かないでくれよ」
ヘスティアのその悲しく寂しそうな表情を見て、ベルは真剣な表情で力強く言う。
「はい、神様! それだけは絶対約束しますから!」
(傍に居てくれよ、絶対だよ……、ベル君)
握り拳も作ってくれてる少年を見ながら、神様は優しく微笑んだ。
すぐに夕食となって長椅子へ移動するヘスティアは、チェストの上に置いたままの数日前に届いていた『ガネーシャ主催 神の宴』の招待状に気が付く。
中身を再度見み直す。
その主な参加者の名前にヘファイストスの名を再確認すると、胸中に期するものがあった。
今後もベルは、殆どあのヴァレン何某への気持ちの影響で熟練度が上がって行く。
ヘスティアにとって、自分の最愛の男の子の全成長の内、『他の女の力』が大半とか、冗談ではない話なのだ。
(見ているだけなんてイヤだ! せめてボクの想いの籠った、ベル君の為のベル君だけの武器を、傍にあって力になる物を、ボク自身が用意して彼に贈りたい!)
そして、次の朝を迎える。
つづく
2015年06月20日 投稿
補足)
【主神敬愛】
魅了などではなく、自然な形での純粋な生死の狭間ですらみせる尊敬と親しみがあった場合
・早熟を補助する。
増加分を2割増しに増幅した後に加算。
・敬愛の丈により効果向上。
3割増し、5割増しも有り得る。
・敬愛の丈により敵のクリティカル軽減。
つまり生還率がよりあがる。
次の【ステイタス】からは独自値になりそうです。(汗