兎くんにラブ(エロ)を求めるのは間違っているだろうか   作:ZANKI

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06. 高鳴る! 女神の心のカンパネラ(その2)

 【ヘスティア・ファミリア】が結成されて九日目の朝。

 ベルとエルフ娘の姿を目撃し、少年が連日遅く帰ってくるようになって更に数日が過ぎていた。

 彼の日々の稼ぎは、その後500ヴァリスでずっと止まっている。

 連日帰宅時の彼の疲れ様と【ステイタス】の更新状況から、その金額は『有り得ない』と思うのだが……。

 ヘスティアはついに昨晩、「少し働き過ぎじゃないか」と言う言葉を皮切りにして、更新時に彼を問い詰めて聞いてみるも、頑として口を割ろうとはしない。「モンスターの抵抗が激しくて――」と彼は言い訳していた。

 

(ベル君……神様のボクに眷族の君がウソを付くなんて、何て神不幸なんだい……)

 

 まだ共に暮らして短い期間の為、まだはっきりとした『気持ち』は無いが『もはや一蓮托生。君とボクの仲じゃないか』という思いは、ヘスティアの中に出来つつあった。先日まで、素直でかわいい眷族だったのに、それが悪い女に引っかかった上で早くも反抗期かい?と、ヘスティアはそれを悲しく感じて胸を痛めていた。

 だが、今もベルが神様を敬っている事は、日常の様子から間違いないと感じている。いつも朝食の用意をきちんとしてくれていて、掃除もしてくれて、お寝坊でぐーたらなヘスティアを大事に扱ってくれている事は伝わって来るのだ。なのになぜ、どうして……。

 今朝は、中四日のバイトに行くためにベルと共にヘスティアも早めに起き、並んで歯磨きをしている。でも、ここ数日は笑顔も微妙で、動きも揃う事がない。それもちょっと寂しい……。(一応、バインバイン♪)

 

「じゃあ、神様、行って来ます」

「うん、気を付けてね、ベル君!」

 

 ヘスティアは、思い切って少し無理気味ながらも笑顔でベルへ声を掛ける。

 すると。

 

「はい!」

 

 返事と共に素直なニッコリの笑顔を返して、彼はダンジョンへとホームを先に出て行った。

 

(やっぱり……ベル君は笑顔がいいぜ)

 

 閉じられた扉越しに見送るヘスティアとしては、最初であり今の所は世界で唯一の眷族であるベルが可愛いのだ。

 またベルとしては、確かに隠し事をしているのだが、それは決してヤマしいことではない。一方ここのところの神様の元気の無さが気になってもいる。それは彼の帰りの遅い事に関係しているようであったが、神様へ尋ねることは自らの遅く帰る理由を話すことになりそうで出来なかった。

 そのためベルには、神様の元気の無さの『本当の理由(ベル君が悪いエルフ女に引っかかってる~)』が分からず、彼女のモヤモヤしている様子から自分だけニコニコしているのが躊躇われていた。

 神様とベルの間で、まさに悪い雰囲気へのスパイラルが起こっていたのだ。

 しかし、それは今朝までの事だとベルは考える。

 

(今日からは早く帰りますからね、神様ーー!)

 

 廃墟な教会の外へ出て、快晴の眩しい朝の陽ざしを受けながらベルはそう心で叫びつつ、漸く靄(もや)が晴れた所を進むかのようにダンジョンへと向かって行く。

 自らに課していたノルマが、昼頃には達成出来る予定なのだ。

 今日は早く帰って、さらに神様をビックリさせるサプライズも考えている。そのためホームを出るときには『今日は早い』とは告げられないでいた。

 しかし……彼はあとでそれを後悔することになってしまう。

 

 

 

 ベルが出たあと少しして、ヘスティアも中四日のバイト先であるジャガ丸くんの露店へと向かう。

 今日は朝から大繁盛で店員はもちろん、店長やバイトのヘスティアも忙しく仕事をこなす。そして昼食時を迎え更に忙しさが増し、昼時を大きく超えてもまだその流れが続く中、交代での休憩も入って来る始末。そのため、売り子がメインのヘスティアも調理の裏方を一部手伝う状況になっていた。

 一応、バイトに入った時に一通りの部署について作業は熟していたので、しっかり注意していれば問題ない作業のはずであった。

 だが今日は、街中を歩く人の中でエルフの女性を見かけたり、ベルに似てる子が居るんじゃないかとか人通りに目が行き、作業に集中しきれていなかった……。

 

 

 すると、繁盛していた『ジャガ丸くん』の露店が―――大爆発した。

 

 

 露店自体も風圧により一瞬浮く程で、露店上空には爆発による煙が立ち上がっていった。

 その頃ベルは少し離れた場所におり、何かが遠くで炸裂する音を聞いてそちらへ向くと、上空に立ち上る煙を見かけていた。その時、彼の手には包装された小箱が大事に握られていた……。

 

 ベルは、立ち上る煙の方角に神様のバイト先があることが気になった。

 包装された小箱をバックパックに仕舞い現場へと近付いて行ったが、退避する人波に流されたり、遠巻きに見る人垣の壁が出来ていたりと周辺は結構混乱しており、中々近付くことが出来ない。

 二十分ほどして漸く神様のバイト先の露店傍まで来れた。そして、その煙で煤けた上に一部が壊れた『ジャガ丸くん』販売の露店が目に入った。

 

「なっ……」

 

 周辺の他の露店に被害が少ない状況から、爆発現場がまさかな神様のバイト先の露店というとんでもない状況に、ベルは目を見開いて固まる。

 しかし、動揺しながらも直ぐに周りへ目線を巡らし神様を必死で探した。

 

「か、神様……、神さまーーーーーーーーーーーーー!」

 

 すると傍で現場を見ていた人垣の中の女の人がベルに声を掛ける。

 

「あの、あなたはヘスティアちゃんのお知り合い?」

「はい! 眷族(ファミリア)のベル・クラネルです。あの、神様は?!」

「ヘスティアちゃんは全身に怪我をして、ほら、あの青い屋根の宿屋に運ばれてるよ」

「ありがとうございます!」

 

 一瞬その建物を視認すると、ベルは教えてくれた女の人へ頭を下げ、礼を言い終るかという頃には全力で駆け出していった。

 

(今、行きます! 神さまぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーー!)

 

 

 

 ヘスティアは、気絶状態で傍の宿屋の一室へと緊急で運び込まれていた。

 調理用の燃料交換中で至近距離にいた彼女だけが全身丸焦げであった。

 しかし、爆発後まもなく近くの道具屋から持ち込まれた高等回復薬(ハイ・ポーション)を全身に掛けられ大事には至らず。

 また、漆黒の長い髪や神衣の白いワンピース以下と『超神力な紺のヒモ』は不変であった。ただ、髪を束ねていた黒い紐は失われていた。

 幸い、彼女以外の被害者は露店の店員他、爆風によって多くが飛ばされた中で軽傷者が数名出ただけに留まる。店長は休憩中でピンピンしており、露店よりもヘスティアに付いていてくれた。

 

 ベルは宿屋の一室のベッドで、静かに気を失ったまま横になっているヘスティアと再会していた。

 そして神様の枕もとで、指を組むように手を合わせてしゃがみ込んでいた。神様の無事な姿に、目を閉じた目元へ喜びで涙を浮かべて。

 事故直後は結構な怪我の状態だと聞いたが、今は顔や腕等にその痕(あと)は見られない。

 

(よかった、無事で)

 

 少しの間そうしていたが、ベルは静かに立ち上がると、露店の店長であるおばちゃんへ向き直り静かに頭を下げる。大怪我をしたのが作業中であった神様のみという状況と、その時店にいた店員から聞いたというおばちゃんの話から、ヘスティアの作業ミスによる事故であることは間違いなさそうである。迷惑を掛けてしまった神様に代わり、ベルが身内としてお礼とお詫びを告げる。

 

「神様へ治療をしていただき、ありがとうございます。また大事なお店を壊してしまい誠に申し訳ありませんでした!」

 

 おばちゃんは甚大な被害を受けながらもにこやかだ。神様の知り合いは寛大な人が多いように思う。神様から勧められて行くようになってる道具屋のミアハ様らもそうだ。

 

「まあ、誰にでも失敗はあるもんさ。ほら、神様にだってね」

 

 一度ウインクしながら言うおばちゃんに、ベルは『あはは』という微妙な顔を返す。

 

「命があればなんとでもなるさ。とにかく無事で看板っ子を失わずに済んでよかったよ。もう、傷は治ってるみたいけどこの後どうするんだい?」

 

 そう言われたベルはベッドのヘスティアを見下ろす。

 部屋の開いた窓からは、日が大きく傾いてきて徐々に夕刻に近付きつつあることが感じられる。

 

「もう少ししたら神様をホームへ連れて帰ります」

「そうかい、そうするといいよ。今日はいいからその子にゆっくりとさせておあげ。それと、元気になったらまた店に来るように言っときな」

「あ……はい! ありがとうございます」

 

 店長のおばちゃんは、優しい表情でベルへ話すと部屋から出て行った。

 ベルはこの後、宿屋と高等回復薬を出してくれた道具屋へも足を運んで礼を述べに向かった。費用について窺うとどちらも、「落ち着いてからでいいよ」と返してくれた。

 正直、今は手元にお金がないので周りの気持ちがありがたかった。

 その合間にもベルは考えていた。どうして事故が……と。

 ここ数日の神様の様子を見ているベルには、神様が仕事に集中出来ずに今回の事故を招いてしまったかに思えてならない。

 宿屋の一室へと戻って来たベルは、黒い髪留めが無い事もあってすべて髪が下ろされた形で横になっているヘスティアの枕元に片膝を付いてしゃがんだ。

 そして、彼女の目元に掛かっている髪を手で優しく少し分けながら、ゴメンナサイと無言で呟いた。

 

 

 

 規則正しく、体が前後上下に揺れている。

 それを感じる様になると同時に、彼女は気が付いた。まだ目を閉じているので周囲は良く分からないが背負われているように感じる。そしてこの匂いはと……。

 

「……ベル君?」

 

 すると呼ばれた人物が立ち止まる。

 

「あっ、神様。起きました?」

 

 ヘスティアがゆっくり目を開けると―――彼の嬉しそうな笑顔の顔があった。

 すごく近い。

 周りは夕焼けで真っ赤に染まっていた。見覚えのある景色からホームが近い事を知る。

 そして彼女は理解する。今、自分は彼にお姫様抱っこをされている状態だという事を。ベルはバックパックを背負っておりおんぶは出来ない。

 

「べっ、ベル君?! これは? この状況は?!」

 

 ヘスティアの顔が、夕日に隠されてしまっているが僅かに赤くなり少し慌てる。

 ハッキリ言って『天界』を始め、物心が付いてからこの方、こんな抱かれ方をしたのが初めてであった。

 正直この抱っこは、イヤな相手にされると嫌悪感が止まらない体制なのだ。つまり誰でも良いと言う訳では無い。

 だが、相手がベルということが分かるとヘスティアは、オイシイ……いや嬉しい気持ちが心に感じれた。

 それと同時に感じたのだ、自然とホッと出来る『安心』を。

 

「神様はバイト先の店で爆発に巻き込まれたのですが、覚えてますか?」

「えっ? ……あっ、……あぁぁぁーーーーーーー!?」

 

 ヘスティアは、大変な事を思い出したように段々と声を上げたのち、ベルの顔を見ながら口を半開きにして目をパチパチとさせて驚いた様子が伺える。

 

「ボクは……どうなったんだい?」

「神様は―――丸焼きです」

「え゛ぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」

 

 ジャガ丸くんとともに、新商品として店頭へ出されて売られたとでも思ったのだろうか。

 なんとも言えない声をあげていた。

 

 再びホームへと歩き始めたベルは、ヘスティアへ現場の状況と彼女の怪我の具合について教えてあげる。

 そして。

 

「ごめんなさい、神様。僕の所為ですよね。僕が勝手な事をしていたから」

「―――!」

 

 ベルはすごく申し訳なさそうな表情でヘスティアへ謝った。

 少し間があって彼女は口を開いた。

 

「ベル君、君は本当にボクに謝らなければならない事をしていたのかい? ボクが本気で怒るようなことを」

「いっ、いえ、そんな酷い事はしていません!」

 

 至近距離なヘスティアの本気の表情からの言葉に、ベルは全力で否定を返す。

 

「じゃあ、いいじゃないか。それより、きちんと連日帰りが遅い理由について話してくれるかい?」

「それは……ホームに帰れば分かります、神様」

「??(……何かあの部屋に届いているってことかい)」

 

 ヘスティアの問いに、ベルは何故か嬉しそうにニッコリと微笑んでいた。

 彼女の様子を楽しむように見ながら。

 そうして、ホームの廃墟な教会の地下室へと戻って来た。

 途中で「ボクも歩くよ」と言うヘスティアに、「今日は部屋まではダメです」と告げて引っ張った。

 ホームに帰れば分かると聞いたが、扉を開けた中の光景は朝にヘスティアが出た時と別段変わっていない様に見えた。

 ベルは、ヘスティアを静かにベッドへと座らせる。

 

「ベル君、特に部屋に変化はないし、これじゃあ君の帰りが遅い理由が分からないよ?」

 

 すると、ベルは微笑みながら言う。

 

「神様、少し立って歩けますか?」

「? 大丈夫だよ、ほら」

「では、こちらへ」

 

 そう言って、ベルはヘスティアを洗面台の方へと連れて行く。

 そこで、ヘスティアは目を見開いてハッキリと理解出来た。

 洗面台の鏡に映る、彼女のツインテールへ『すでに』付けられている、『あの』蒼い色の髪留めですべてを。

 

「ベ、ベル君……これは君が?」

「はい、爆発事故の為か黒い紐は無くなっていましたから。ここ数日遅くなっていたのは資金をプールするためです。それは今日やっと買えました。それ自体は先日一人で頑張って選びましたけど。やはり神様に似合うのは蒼い色なんじゃないかと思って。初めはお世話になってる神様に送るのは、何がいいのか全然思いつかなくて悩んでました。でも若い女性の知り合いは、ギルドの窓口で僕担当のエイナさんっいうハーフエルフの方ぐらいしかいなくて。贈り物を探していた時にまたまた街中でその人に会ったんですけど、その時は時間も無くて余り聞けない有様で。その時、いつも神様が使える物はどうかなと聞かれたので、最近神様の髪留めの紐が少し痛んでいるようでしたから…………って神様?!」

 

 ヘスティアは、最近のモヤモヤが解けると同時に、ベルの右肩に縋って静かに――――少し泣いていた。

 

「ありがとう、ベル君。ボクはとってもとっても嬉しいよ(君がこれを選ぶなんて奇跡だぜ……以心伝心と言えるんじゃないかい♪ もう大好きかも……ベル君♡)」

 

 半泣きながらヘスティアの表情からは、もはやニコニコが止まらない!

 

「これはもう、一生大事にするからね、ベル君!」

 

 形有るものはいつか壊れる。少し良いめ(耐劣化高耐久属性)の髪飾りを何千年もたせるつもりなんですか?とベルは思ったがその気持ちがとても嬉しかった。

 ベルは、バックパックから買って来ていた食料を取り出し簡単な夕食の準備を始める。 ヘスティアはしばらく鏡の前から離れそうにない様子だったから。

 彼女のニコニコは夕餉の間も止まらない。そんな神様の様子を眺めるベルのニコニコもまた止まらない。

 この夜から、再び二人の歯磨き動作の完全シンクロが復活していた。(もちろん胸は2割増しでバインバイン♪)

 

 

 

 数日後、神様のバイト先から【ヘスティア・ファミリア】へ一通の手紙が届けられた。

 損害や怪我人関連への請求総額はなんと10万3400ヴァリスというものである。

 そして、それに添えられた時間給からの天引きのお知らせの手紙も追い打ちを掛けてい。時給ごとに50ヴァリス引かれても優に2000時間は掛かる計算だ。

 

 神様は、その書類らを握りしめて小さく震えていた……。

 

 ちなみにあの蒼い色の髪留めも、購入はしたがまだ全額を払い終わっていなかったりする。ベルは頭金として3000ヴァリスを払ったに過ぎなかった。ツマリ、月に1000ヴァリスの24回分割払いであった。

 そして……二人の借金地獄は、まだまだこれからかもしれない。

 

 

 

つづく




2015年06月17日 投稿

 『蒼い色の髪留め』は一括払いなら2万4000ヴァリスでした。(笑


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