サイバーパンクな世界で忍者やってるんですが、誰か助けてください(切実 作:郭尭
後悔先に立たず、という言葉がある。後悔は先にできないから後悔なのだが、蘇我紅羽(そが こうは)にとって今の状況は正にそれである。
この褐色の肌の少女は、近くに正式に対魔忍に任じられたばかりの新米である。
彼女の戦闘能力は低くはない。が、それでも初陣前の新米、今の時点では決して高いと言う程でもない。正式に対魔忍として任務を与えられる、一応の合格ラインにいる程度のものである。
まあ、如何に才能が有ろうと、形になるまではそんなものである。
そんな彼女は今、逆さ吊りの罠に捕えられ、木の枝から宙ぶらりんになっていた。
「で、組織からの指令書届けるついでに、私を探ってみた、と」
逆さ吊りになった、その背後からは、目的の少女の声。感情の乗っていない筈の声色から、何故か確かな怒気が紅羽には感じられた。
「はい、その通りです。一応ちゃんとした使いなんで下していただければ嬉しいな~、なんて」
悪戯を咎められた子供のような、引き攣った笑いを浮かべる紅羽。虚は黙って釵でその尻を突っついた。褐色の肌がそれに合わせて、弾力有る臀部に僅かに沈み込む。
「ちょっ、当たってる当たってる、お尻に刺さる!?」
「当ててんのよ、ってやつ。嬉しいでしょ」
「嬉しくないよ!?」
歳の割には豊満な体は、同性でも嫉妬を覚えるだろう見事さだが、苛立った今の虚には虐める相手でしかない。
紅羽は探知能力に優れた対魔忍である。彼女の忍術は、嗅いだ匂いの対象の身体能力を、一時的に得るというもの。普段は忍犬の匂いで嗅覚と敏捷性を強化している為、匂いで相手の位置を察知し、素早く追跡することができる。
尤もそれも使いよう、風下にいけば反応が鈍ることから、その絡繰りは早い段階で虚に感づかれていた。それでも本来の能力ではなく、超嗅覚などの探査系忍術だろうという誤解をしたままだが。
「下手な動きするなよ。後ろの穴、これで拡張されるか穴増やすかされたくなけりゃな」
「はい、大人しくしてます」
この後、紅羽は事情を話し、本来の任務であった密書を虚に渡した。
中身を検めた虚はその内容に舌打ちした。東京キングダムのノマド施設への攻撃、その参加命令である。当然拒否権など存在しない。虚は密書を持って里に戻り、父親に報告する。密書を読んだ父親は言葉短く、裏切り者に出会わば斬れ、とだけ命を下した。
さて、命令を受けた虚は早速荷造りし、里を後にした。途中わざと吊るしたままにしていた紅羽を回収してから。
尚、この一件以来二人の間の上下関係が確立されてしまったりする。
姉を殺せ、というのは私にとって正直無茶振りだ。っつか私以外の誰にとっても無茶振り。
やれってのは、分からんでもない。甲河の立場は余り良いとは言えない。当然うちの姉のせいだ。だがうちだけでなく、甲賀そのものの立場もよろしくない。姉が裏切るよりも前、ふうまがやらかしたからだ。
抜け忍というのは珍しくはあるが、別に他所だって起きている。問題なのはこの二回ともがえらい実力者の離反で、被害的にも洒落にならないものだったそうな。
まあ、ふうまの一件はちょっとした戦争みたいな感じになったそうだが、甲賀以外の参戦もあったとは言え、自分たちでふうまを粛清できた(主な連中には逃げられたそうだが)訳で、政治的にはまだいい。けれどうちの姉の件はアサギが解決して、甲賀は解決に貢献できなかった。
つまり、身内の不始末の尻拭い、よりによって仲の悪い伊賀に奪われた(してもらった、ではない)訳で。これはいけません、だ。
お蔭で自分らで裏切り者を粛清出来なかったから発言力低下。で、裏切り者始末した伊賀の発言力アップ。二段階分発言力に差が付いた。
で、親に見せた命令の書かれた密書、ご丁寧に姉の生存の可能性が書かれてた訳で。うん、余計な情報寄越しやがって。お蔭であの無茶振りですよ、コンチクショウ。
そして一度東京に戻り、作戦に投入予定の対魔忍一同の顔合わせ。と言っても、敵の居場所が断定できていない今、それは暫定的なものである。これが軍隊とかならこんなタイミングでミーティングとかはないんだろうけど、対魔忍は戦闘スタイルのばらつきが激しい。準備に時間が掛かるのもいるから、大仕事の予定は例え未確定でも早めに伝える必要があったりするのだ。
このメンバーの中に八津 紫(やつ むらさき)もいた。原作キャラの一人で強キャラだから、戦力的には有り難い、と思うべきなんだろうけど。でもアレ初陣らしいからな、この作戦が。
後、個人的にちょっと脳筋な印象がある。誰かが上手く操縦してくれればいいけど、原作だとさくらがソレやってた筈。
んで、正式に作戦決まるまで、猶予は不明瞭だけど、とにかく準備を整えてその時を待て、と。
と、言う訳で準備である。
今回の攻撃、運が良ければ原作通り、アサギ達が朧を始末してくれた後のなんとかアリーナを襲撃することになる。これが多分一番マシな状況。けど、その通りに行かなかったら。最悪、朧の他にもラスボスとかも来てるタイミングで仕掛けることになるかも知れない。紫の敵の褐色魔界騎士も多分朧と同格だろうから、正面からやったら無駄死に以外の未来が見えないのばっかだ。
そんなの相手にしたくないが、そこらは運だ。だから万が一を考えて、せめて逃げられる可能性くらいは作らないと。もしくは確実な自殺手段。
まずはバージョンアップしたギミックブーツの受け取り。私の機械装備は米連の横流し品以外は対魔忍の典田という一族の試作品が殆ど。実戦データの提出を対価に提供してもらっているものだ。だんだんと厳ついデザインになっていくギミックブーツを受け取って、改良点の説明を受けた。
だが、卸したての装備をそのまま実戦で使う馬鹿はいない。虚は準備ついでに慣らしもしてしまうことにした。
新装備の使い勝手は悪くなかった。ギミックブーツは威力を維持したまま、炸薬を使った時の反動が軽くなっている。新しく貰った籠手のギミックも隠し手としては中々だと思う。
私が新装備の慣らしに選んだ相手は、ベルベットの店の近くに流れてきた下級魔族の一団のアジト。組織と言える程の規模も組織力もない、チンピラに毛が生えた程度の連中である。武器を持っただけの素人だ、動く的とあんまり変わらない。
ただ、この一団は武器の横流しに関わっている連中であり、爆薬とかの調達もついでにやる。横流し品買うには、今月は厳しいので。
この死体漁り染みた行為も、定期的に行える辺り、この世界に於ける日本の治安の悪さが見て取れる。
ちっ、スタングレネードがない。屋内戦闘とか近距離戦だと手榴弾より出番が多くて重宝してるのに。家の在庫も怪しくなってきたのに。あ、スモークグレネード見っけ。でも同じ感覚では使えないよね。
「屍肉漁りの真似事が堂に入っているな」
「お行儀よくして生き残れる実力なんて持ってないっすからね」
色々見繕っている私の背後から掛けられる声。それに振り返らず、私は応える。顔を見ずとも知ってる声。アサギ信者の代表格、え~と、何紫だっけ?
「お前に聞きたいことがある」
「一応、仕事の上じゃ私が先輩なんすけどね」
私が年下だからかな、言葉遣い。
「アサギ様が捕らわれた一件、お前が関わっているのではないか?」
あぁ?ああ、なるほど。私は物色した物を用意してきたリュックに詰めてから振り返る。鋭い眼差しで睨みつけてくる、対魔忍スーツ姿の紫が部屋の出入り口の前に仁王立ちしている。得物の大斧を持って来ていないのは、事を荒げる心算はないから、だったらいいな。
「私がアサギさんの情報を売った、ってことっすか」
「そうだ。お前はプライベートでもアサギ様と親しくしていたと聞く。ご住まいにも招かれたとな」
対魔忍の情報は例え味方であっても基本は非公開。それを直接本人から私は招かれたことがある。寿一歩手前退職の後に引っ越した家に、だ。で、やったのはうちの姉と判断された。更にアサギが捕まる前に私と朧は接触している。
いや、うん、言いたいことは分かるんだけどさ。
「いや、無理っすよ。露骨過ぎて私が身の安全を確保できないっす」
この場合、私の命が完全に使い捨てだ。私はやらないよ、絶対。少なくとも逃げ道は用意しとかないと。
「それはノマドの動き次第でどうとでもなる」
ああ、なるかもだね。でも確実なもんじゃない。少なくとも対魔忍内部に協力者でもいないと私は絶対にやらないよ。
「だったらお偉いさんに申し出りゃいいっす。取調べ程度なら大人しく受けるっすよ」
流石にいきなり身内に拷問とかないだろう。尋問までなら我慢する。ついでにそれで今回の任務から外されるなら尚良し。
「んじゃ、私は用は終わったんで、帰りますね」
この部屋の武器弾薬は、特に処理しなくてもすぐにハイエナが湧いて処理してくれる。わざわざ対魔忍の組織の方に処理を頼むまでもない。
扉から出るために紫の横をすれ違おうと。
部屋を出ようとする虚の目の前を、紫の腕が遮る。
「それで納得できると思うか?」
「納得させられる方法は思いつかないっすね」
虚はアサギの一件には関わっていない。だがそれを証明する方法などない。だから、後日組織の上層でもどこでも、尋問なりしてもらえばいいと考えた。
「ここで知っていることを洗いざらい吐いてもらうぞ」
「吐けるものなんてないんだけどな~」
どうしたものか、虚は悩む。彼女も流石に強引な手段には出たくなかった。目の前の相手、八津 紫(やつ むらさき)も生半可な相手ではない。少なくとも馬鹿正直に正面から当たれば、七割負けるだろう程度には。
更に口八丁で丸め込もうにも、虚とて口が達者な訳ではない。何よりも紫は虚がアサギの件に関わっていると『確信』している。脳筋気味ではあるが、そこまで酷い訳ではない筈の紫の行動、恐らくは同調されたか、もしくは諭されたか。兎に角誰かか悪意を持って紫を嗾けてきたのだろう。
虚は強引に通り抜けようとする。だが紫の腕は虚の胸元を掴んだ。力任せに放られる瞬間、虚は紫の肩を右手で軽く叩いた。
そのまま力任せに投げ飛ばされる虚、紫はそのまま追撃に移ろうとし、首に奔った熱さを伴ったような痛みに動きを止めた。
その痛みはすぐに消える。痛みの奔った右側の首筋に手を当てると、多量の血だけが残り、血の流れ出た筈の傷は微塵も残っていなかった。
傷がないのは当然のことだ、紫の忍術の特性を知っていれば。問題は紫が、どうやって首を傷付けられたか、分からなかったこと。
「今、何をした」
「一つ忠告しとく」
紫の問いには答えず、先ほどまでの形だけ謙った口調も改めて虚は告げる。
「実力で上だからって確勝だと思うなよ。あんたと正面からやり合えば私が十中八九負けるだろうけどさ。曲がりなりにも何年も鉄火場を渡ってきてるんだ。初陣前の新人未満に負けると思うなよ」
受け身を取って瞬時に立ち上がった虚は潜めていた苛立ちを晒す。紫も虚の動きに警戒しながら、無手に構える。先の攻撃の正体も不明なのだ。
そして虚は右手を掲げ、タクティカルベルトの後ろに隠していたスモークグレネードを左手で叩き落とした。安全ピンがベルトに括り付けられているため、その時点で地面に落ちてすぐに大量の煙を噴出させる。
煙幕で閉ざされた視界。咄嗟のことに紫はどの方向からの攻撃にも備えられるように構える。だが、それを無意味だと嘲笑うかのような一撃が彼女を襲う。
相手の影も気配も察せず、右足の腿に熱を感じた次の瞬間には床に倒れ伏していた。数瞬の後、彼女の忍術、『不死覚醒』による発光現象と共に足が復元され、すぐさま跳び起きる。
自身の右足を断ち斬ったのは、恐らく刀や剣の類ではない。少なくとも斬られたことに気付かない程の剣術、もしくは業物を虚が持っているという話は聞いたことはない。
少しの間、周囲の警戒を続けるが、煙が薄れてくると紫は忌々しげに舌打ちをした。部屋に虚の姿はすでになかった。
戦利品の詰まったカバンを背負い、セーラー服の上にジッパーを下したパーカーといういつもの服装に着替え、廃棄都市の路地を進んでいく。
不必要なまでに疲れ、虚は不機嫌だった。
紫を嗾けてきたのは誰か。甲賀の弱体化を望む伊賀のどこかか、それともうちの増徴で立場の危うい甲河本家か。どっちにしろ、内側にいる敵が動いてきた。
虚は携帯電話を取出し、ベルベットに連絡を取る。
「あ、ベルベット?私だよ、私。詐欺じゃない、虚。今夜飲みに行って良い?ってか奢れ」
どうせ政治的に動ける能力は自分にはないのだ、ストレスだけ貯めこまないようにしよう。虚はそう開き直った。
だがその夜、ベルベットとの酒の席での、不知火からの連絡でその日の不運の帳尻はついた。 井河姉妹、自力の生還。つまり、朧の死。少なくともカオス・アリーナ襲撃には出てこないだろう。
久しぶりに、心底喜ばしいニュースだった。
まだまだ寒い今日この頃、皆様如何おすぎ氏でしょうか?どうも、郭尭です。
最近体調崩してしまい、トイレから離れられない日が数日続きました。お蔭でパソコンの前に座る時間も余り確保できない有様でした。
漸く次回から戦闘回です。時間軸の都合上対魔忍の若手組って出し辛かったりするんですよね、年齢的に。
あと皆様に質問、対魔忍側で悪者役の合う人って誰でしょう?一人候補いるんですが、在り来たりすぎるかなと、少し悩んでいます。
それでは今回はこの辺で。また次回、お会いしましょう。