サイバーパンクな世界で忍者やってるんですが、誰か助けてください(切実 作:郭尭
優れた生産力と金融に支えられた発達した経済、それに支えられた強大な軍事力。世界を動かす覇権国家、それが米連であった。
だが、新興の強国、中華連合との半島での代理戦争により、その影響力を減衰させていた。
中華連合を相手に有利な形で和平に成功するも、支出や為替による経済的な打撃、兵士の消耗による軍事力の弱体化。米連は依然世界最強の国家であり続けたが、比類なき君臨者ではなくなってしまった。
しかし、世界の頂点に位置する国家は永らく米連のアイデンティティーとなってしまっていた。そしてそれは国民にも浸透していた。
国威の低下は国民の政府への不信感に直結し、政権を維持したい現政権側は分かり易い成果を必要とした。しかし今の米連はそれを示せるほど回復していない。
野党側も問題は同じである。今は与党を批判すれば良いが、政権奪取に成功した場合、これらの問題を解決せねばならないのは自分たちである。
与野党問わず、米連の方針は一致していた。即ち、未だ世界最強の国である米連を、再び絶対的な覇権国家に戻すことである。
さて、ではその方針を実行するに当たり、どのような方法を取れば良いかが問題となる。軍事力の強化には資金が必要である。疲弊した今の米連にはその資金の捻出は厳しい。慣例の如く、日本に資金を供出させようともしたが、日本は半島紛争の際に遭ったミサイルの被害から復興する為に資金を必要としている。何より日本の現政権は米連に対して独立独歩の気風が強い。体の良いATMとして使えないのである。
では他所の国に集るにも、『紳士的に穏便な恫喝』を行うだけの影響力が米連には残されていないのだ。
そして窮した米連政府が目を付けたのが、魔の者たちの持つ、人の世に属さぬ技術だった。
故に同盟国内で部隊を動かすなどという暴挙に出た。暴挙に黙らせる力はまだあるが故に。
「これだけの数を動かす根回しなんざよくできたな、日本人のコトナカレ主義ってやつか?」
ノマドの密輸品が運び込まれた廃棄都市のビル。本来なら多数の企業をその内に収め、日本の経済の一部になる筈だった建造物。そのエントランス前に展開された3両の偽装トラック。屋上には旧式とは言え二機の汎用ヘリ。少し離れた位置に中型トラックに偽装した指揮車両さえ投入されている。
そして、偽装トラックが展開している後ろについてきた、地味な黒い乗用車。その運転席で一人の美女が手にした拳銃の最終チェックを行っていた。
銀髪碧眼の美女の名はアイナ・ウィンチェスター。米連の工作員である。
紫のワンピース型のタイトスカートと、上半身用のガンベルト、そして黒いジャケット。扇情的なファッションに包まれた肉感的な肢体は、人目を惹きつける色気がある。
アイナは偽装トラックから武装した完全武装した兵士たちが降車し、ビルへの突撃準備を進めるのを眺める。間もなくエントランスに突撃することになる。上空でも既にヘリが展開し、ローター音が聞こえてくる。ビルの中に潜んでいるだろう魔族たちも動き始めているだろう。
兵士たちが戦闘準備を完了させても、彼女は動かない。元より彼女は目の前で動いている兵士たちとは指揮系統が違う。それでもこの場にいるのは、この作戦の構築に使われている情報の出所が彼女の所属する諜報機関だからである。政治的な配慮、というものであり、彼女の戦闘参加の予定はない。一応アクシデントに備えているだけである。
そしてアクシデントは起こった。上空からの爆発音。流石に驚いたアイナは車から出る。ビルの屋上から上がる炎、聞こえなくなったローター音。
「ヘリがやられた?」
ヘリが攻撃を受けた。そして二機とも撃墜された。それは理解できる。だが、一定の戦闘能力を持った汎用ヘリ二機が同時に、一切の反撃もなく墜とされた。
「魔法……ってやつか?」
ビル内に潜む魔族に先手を打たれた。アイナはそう判断し、米連の兵士たちもそう誤解した。そしてこの隙をビルの魔族たちは見逃さなかった。武装したオークたちがエントランスから躍り出てきたのである。
『生殖猿』などと蔑まれ、強者に対し臆病で卑屈に振る舞う、魔族として比較的下等な種族である。だがそれでも普通の人間相手なら強者足り得る種族である。生まれ持っての怪力、打たれ強い肉体、そして人間の平均より若干劣るレベルの思考力。
謂わば他人の指示を理解できる熊が、近代兵器で武装できる、というものである。エントランスから出てきたオークたちは銃と鈍器で武装していた。米連の兵士たちの装備とは比べようもない民生用の銃が殆どだが、それでも人を殺すには十分である。不意を突いたこともあり、オークたちは兵士たちと互角の打ち合いにもつれ込んだ。
僅かな混乱はあったが、米連側もすぐに持ち直して見せた。だがやはり最初の混乱で受けた損害は少なくない。アイナは、自分も加勢するべきか悩んだ。彼女の任務に戦闘は含まれない。協力したとしても政治的な問題になる可能性がある。
だが、やはり最初の混乱は双方にとって致命的だった。お互いに敵に集中し過ぎたが故に、偽装トラックの一つの中での異変に気付かなかったのだから。
偽装トラック内に待機している筈の強化外骨格が出撃してきた時、アイナは部隊が痺れを切らしたのかと思った。元々は特殊能力を持つような高い戦闘力を持つ敵に対し、部隊との連携と火力を持ってジャイアントキリングの為に持ってきたものだ。オークに対処する為に出すようなことはない筈だった。
アイナは気付かなかった、強化外骨格ボーンの首の部分に開いている穴と、拭き取ったような血の跡が残っていることに。
そしてボーンは両手で携行用ガトリングを構える。そして背負った棺桶のような大型弾倉からガンベルトが銃身に吸い込まれていき……
オーク諸共米連の兵士たちを薙ぎ払った。
おぉ、パワードスーツマジスゲエ。実物入ったの初めてだけど、ガトリングが軽いわ~。反動とか大して感じないし、パワーアシストすげぇわ、これ。成程、こりゃただの浪漫兵器じゃねえ、軍が正式採用する訳だわ。
おっこちたトラックの荷台ん中で待機してたボーン。咄嗟の事でお互い呆然としてけど、先に動けたのは私だった。相手がガトリングを向ける前に釵で喉を突き、中の人を殺して奪わせてもらった訳だ。サイズフリーもすごいね、私の身長で割と自由に動かせるよ。
耳元のスピーカーから聞こえる英語で喚く声に眉を顰めながらトラックを降りる。うん、内側にカメラないから、私が黙っている限り向うは中身が入れ替わったとは伝わっていない。今なら奇襲が成立する。
で、トラックから降りて、米連の後ろからガトリング掃射。米連の部隊も、後ろのオーク連中も纏めて倒れていく。連射力は元より、単発の威力もあるからな、ガトリング。適当に薙ぎ払った形だが、奇襲の形になったのはやっぱ大きい。生き残っているのもそこそこいるけど、もう軍隊として機能する数じゃないだろう。
さて、このままいくなら楽な仕事で終わるんだが、取り敢えずもう一暴れしてここの敵殲滅させるか。それから上の指示を仰いげばいいか。
そう判断してもう一回撃ちこもうかとしようとした時だった。上の方向から聞こえてくる、何かを削るような音。
顔を挙げれば、ビルの壁に刀を突き刺して減速しながら降りてくる褐色の肌の女。位置とパンツの面積の関係でお尻が良く見える。それは兎も角として、纏っている似非和風甲冑には覚えがある。屋上で米連の連中をバッサバッサやって私を落とした女か。アサギに蹴落とされたのか?アレ相手に形はどうあれ生き残ったってなら私には十分脅威足り得る訳だ。着地していない、自由に動けない今の内に殺っておくか。そう思いガトリングを上に向け、弾帯が千切れた。一瞬の内に放たれた僅かな銃弾は敵に当たらなかった。
振り向けば銀髪碧眼で両手に拳銃の女。米連か。しかし背負った棺桶のようなでかさの弾倉(バッテリー内蔵)から暴れながら装弾口に入っていく弾帯を、一発分しか音は聞こえていない。狙ってやりやがったのかよ。
「動ける奴は倒れてる味方を回収しろ。敵は俺が抑える!」
米連側の指揮官?けど私服みたいだし、工作員や諜報員だかか?
そしてトラックから衝撃音、多分魔族の女が着地したんだろう。
あれ、音から位置関係判断して、私挟まれた?
「痛って!?こいつ、狙いが」
しかも撃ってくる米連の女の攻撃、全てが間接とかの装甲がない場所に当ててきやがる。いくらスーツ部分が防弾・防刃繊維製で、内側に人工筋肉があるとしてもやっぱ拳銃弾でも十分打撲にはなるし、場合によっては骨折もあり得る。ミリタリー雑誌で書いてあった通りか。
「おのれ、対魔忍め、不覚を取ったか」
うん、しかも結構ぴんぴんしてるみたいだし、声の様子からして。少なくとも実力派が二人、か。立ち回りに失敗すれば集中攻撃か。楽できると思ったんだけどな~。
虚にとっての不運は、同時に同格の敵二人と対峙してしまったことだろう。それも、双方にとって第一攻撃目標として。
魔族の女は一番目立つのがガタイのでかいボーンであり、その中の人は虚。
米連側はパワードスーツを奪われ、味方を一掃された。中の人はやっぱり虚。
小粒なのを虚が粗方排除した結果、魔族と米連、両方にとって分かり易い脅威が虚なのだ。
「仕方ない。上は他に任せるにしても、せめてこちらで汚名を雪がねばなるまい」
魔族の女はトラックの残骸から這い出ると日本刀を構える。そして駆ける。
米連の女、アイナに注意を傾けていた虚が咄嗟に反応できたのは強化外骨格に搭載された複合センサーが反応したからである。一気に近づく動体反応へ、役に立たなくなったガトリングを見向きもせずに投げつける。
それは当然の如く真っ二つに切り裂かれる。同時に虚は強化外骨格の背に背負われている大型弾倉をアイナへ投げつける。狙う時間もなく適当に放られたそれは、だが人間を押し潰すには充分な重量である。避けるのは容易だが、それでも一瞬の間攻撃を封じられた。
ザラン、と弾倉を放った姿勢の強化外骨格の装甲を、魔族の女の刀が通り抜ける。丁度横を向いていた形となり、前後にパッカリと割れる。
「あっぶな、切れ味良過ぎ」
ただ、中の人が脱出した後の抜け殻ではあったが。背中から出入りする構造の為、背中の弾倉を投げたのはかなり重要なアクションだったのだ。
「貴様上の時に落ちて行ったやつか。落ちたときはただの間抜けだと思っていたが」
魔族の女は面白いものを見る目を虚に向ける。ロックオンされた虚は露骨に嫌な顔になったが、動きの乏しい表情筋と顔半分を隠すマフラーのせいで相手の二人はそれに気づかない。
だが、二人が刃を交えるより先に、銃弾が二人を襲う。虚の奪った強化外骨格による掃射を生き残った兵士たちだった。アサルトライフルやサブマシンガンの連射は切り払いが間に合わない為、一部の異常な技能を持った相手にはそれなりに有効ではある。
だが、有効であるということは即ち脅威と認識されるということ。虚と魔族の女は視線を交わす。魔族の女は近くに転がっている死体を刀で突き刺し、兵士たちに投げつける。虚はビルに向けて大きく跳躍し、三角跳びの要領で兵士たちの頭上に飛び込む。
アサルトライフルやサブマシンガンの速度で連射される銃撃を、叩き落とすのも避けるのも現実的ではない。最良の方法は射線から逃れることだ。魔族の女は投げつけた死体で射線を塞ぎ、そのまま相手を牽制することを選んだ。放る際平常心を奪う為に、刀で突いて抉って臓物を撒き散らす芸の細かさである。
そしてそれは速く動くことで射線に捉われないことを選んだ虚に対する援護ともなる。飛ばされた死体の更に上からの強襲。手近な二人の頭に釵を突き下ろす。ヘルメットを貫通し、脳に到達した武器から手を離し、次の敵へ。勢い良く前に跳び、その勢いのままに無理矢理地面を踏みしめ急停止する。ズダンという大地を踏む音と共に、虚の純白のマフラーは水を吸っているかのような勢いで前に、兵士二人の首に巻き付く。そしてそれを力一杯に引っ張る。後は首が真後ろを向いた死体が二つ崩れ落ちた。
鎧袖一触。対魔忍と魔族、何れも常人にとっては埒外の存在である。そんなものと互角に渡り合える存在など、米連と言えども多くはない。そう、多くはない。つまり、いるのだ。
「こいつらは俺が抑える!お前らは撤退を急げ!」
正確に虚の米神に飛来した銃弾。咄嗟に武器で弾いたが、残った兵士を追撃する手が遅れた。この隙に弾幕を張って後退する敵を、虚は見逃す判断をした。逃げてくれるなら、彼女から無理に攻撃を続ける必要はないのだ。まあ、弾幕に頭を押さえられて攻撃し辛いというのもあるのだが。
一方でアイナも悩んでいた。兵士たちには悪いが、この場にいる敵は彼らの実力でどうにかなる相手ではない。また一部が血気に逸り、敵に手を出せば無駄死にするのが増えてしまう。故に彼女は、
「ほう、銃使いのくせに」
自ら刀の間合いに踏み込み、魔族の女との立会いを演じることとなった。剣撃を避け、銃撃で弾き、見事に近接戦に対応している。敵と殴り合える間合いなら、味方も援護すらできない。ならば素直に撤退するという判断くらいは着くだろうと。そしてもう一人の脅威、対魔忍にも隙を見て銃撃する。
再び釵で弾くが、体勢的に防ぎ難い位置を狙ってくる攻撃に虚も攻撃目標を切り替える。這うように低い姿勢で駆け出し、やりあっている二人に接近する。同時にアイナの銃撃により両手の釵を弾かれる。動きの出だしに被せ、柄の部分を狙われ、銃弾を捌くことができなかった。
だが虚はそのまま直進、急ブレーキで勢いを乗せマフラーで二人の首を狙う。アイナはそれを咄嗟に身を屈めることで避け、魔族の女は向かってきたマフラーを斬って落とした。虚は舌打ちと同時にマフラーを外し、直接手で操り魔族の女に向けて振う。マフラーは魔族の女の右腕を刀ごと拘束し、相手を軸に半円を描いて高速で駆ける。そのまま二人の間にいるアイナの足を狙いひっかけようとするが、彼女は体を投げ出すような形で跳ぶことでこれを回避する。更に魔族の女は拘束された右腕を強引に回して刀をマフラーに引っ掻けるようにして、強引に断ち切った。そのまま返す勢いでアイナに刃を振り下ろすが、それも銃弾でいなされ、躱される。
状況の膠着。三つ巴の状況で全員が決め手に欠けていた。そんな中、魔族の女が刀を一旦鞘に納めた。
「二人の技量、見事としか言いようがない。私の名はキシリア・オズワルド。貴様らの名を知りたい」
キシリアと名乗った魔族は強者との戦いにこそを楽しむ、軽度の戦闘狂である。同時に強者に対する敬意を重んじるサムライ染みた価値観を持っていた。故に彼女は目の前の強者二人を気に入り、自らの名を預け、また名を知りたがった。
自分がこの戦いで死ねば強者の記憶に残り、自分が二人を殺せばその名を心中に残しておく為に。
だが、それは所詮彼女の価値観であり、他人が共有する義務などないもの。虚は彼女の名前からある紫ババアを連想し、アイナはこれがブシドーというものかと感想を持った程度である。
「答えてもらえないか。なら死んでやれないな、貴様らの名を知るまでな」
期待していた訳ではない。ただ、彼女の中の自己満足の為のルールに過ぎない、キシリアは自覚していた。付き合う義理は誰にもない。故に失望もない。が、自己満足の為のものだとしてもルールだ。自分の名が相手の記憶に刻まれない死はよろしくない。相手の名は、首でも取っておけば調べられる。奮起するに足る理由となる。
そして抜刀。掛かりの動きを最小限にした、奇襲紛いの一刀。狙ったのは、銃と言う最も間合いの広い武器を持ったアイナだった。アイナはそれに反応して見せた。更にはキシリアの鍔を撃ち、軌道を変えさせて避けた。そして逸らした刀を、背後から近づく形で迫ってきた虚が柄を掌底で打ち上げる。キシリアの手を離れた刀を掴んだ虚は片手でそれを振り下ろす。
虚に対し背を向けている形のキシリアに向かって振り下ろされる一撃。だがキシリアはアイナの腕を掴み、上手く捻ることで相手の動きを制御、合気の理にて位置を動かし虚に対し盾にできる位置に突き出す。だが、キシリアの刀の切れ味を持ってすれば二人同時に両断することは造作もない。
盾にされたアイナは突き出された勢いのままに踏み込む。そのまま、虚が刀を振り下ろすより先にその懐にぶつかっていく。バランスを崩され、斬撃は速度を失う。それをキシリアが直接柄に手を掛ける。
無刀取り。柳生新陰流を肇とした、無手にて刀を奪う奥義。流派によって差異はあるが、何れも達人の業には違いない。
柄を掴んだキシリアはアイナとの接触で足が地に着いていない虚を、柄を軸に捻り投げる。投げられた虚は空中で体を捻ってなんとか着地に成功する。結果、意図したことではないがキシリアはアイナと虚に挟まれる位置になった。そして虚に斬りかかる為に駆けようとし、背後からアイナに膝裏を蹴られた。ガクンと片膝を着く姿勢を強要されたのだ。そこにチャンスを見た虚はキシリアに向けて駆け出す。だが、体勢を崩しながらもキシリアは下段から刀を切り上げた。虚は咄嗟の判断で跳びあがったが、そこには連携でもしているかのようなタイミングでアイナが銃を構えていた。
「っちぃ!」
鉄面皮が僅かに歪む。空中で体を捻り、僅かに軌道を変える。そして銃声と共に頬を掠める痛み。
銃撃を躱した、そのままにキシリアを飛び越え、浴びせ蹴りのに近い体勢で蹴り下ろす。アイナは上体を後ろに逸らすことで躱そうとする。経験として、ギリギリではあるが、躱せる攻撃だった。だが、予想外だったのは虚の靴底に、自在に出し入れできる刃が内蔵されされていたこと。蹴りの間合いがほんの僅かに伸びる。そしてその僅かが致命的だった。
アイナは右目を失った。
「グウゥゥ!?」
虚の靴から伸びた刃によって斬り潰された右目を押さえつつ、二人から距離を取るアイナ。痛みによって判断を誤らなかったのは流石と言うべきか。だが、片目では距離感が失われる。戦力的には、最早彼女は脅威足り得ない。アイナと距離を置き、虚とキシリアが向かい合った時、ビルの上層が爆発した。
「ようやくか」
呟くと、爆発に視線を奪われている二人から虚は離れ、付近の偽装トラックに乗り込む。そしてトラックで器用にドリフトで位置を調整し、爆発に先んじてビルから飛び出していたアサギと不知火をうまく荷台でキャッチした。
「逃げるか!対魔忍!決着を着けてから行け!」
「相手する理由なんかもうねーよ!刀で一人遊びでもしてろ、戦馬鹿!」
アサギ達が任務を達成したと判断した虚は、味方を回収しもう用はないとばかりに遁走する。キシリアは憤慨するが、両の足だけで車を追うことはできない。
「仕方ない、怪我人相手で心苦しくはあるが」
ならばせめて銃使いと決着を、と思い目を向けると、そこにはもう人はいなかった。
「あれ?私だけ置いてけぼり?」
仕方なく、仕事をしくじった旨を報告に戻るまで、キシリアは少しさびしい気分になった。
米連の駐留軍基地は多数存在する。裏では色々とあっても、表向き日本と米連の同盟関係は強固なものだ。アジアに於ける中華連合を肇とした共産勢力などに対抗する為に、互いが互いに必要としているのだ。
その基地内に設置された屋内演習場。右目を眼帯で隠した銀髪碧眼の女性が、二丁拳銃で持って十数人からなる訓練相手を圧倒した。片目を失い、距離感を喪失した上で。
「これで漸く、まともに撃ち合いができるレベルか」
アイナが廃棄都市での戦いで右目を失い、既に三ケ月が経っていた。片目を失ったことで共に失った距離感。これは戦闘に於いて致命傷である。殴り合いだろうが撃ち合いだろうが、正確な間合いを把握せずに全うできるものではない。本来はその筈なのであるが……
「音の反響による疑似レーダー。三ケ月でよくここまで鍛えこめたな」
呆れたような口調でそうのたまったのは、扇情的なデザインの赤いスーツの上に白衣を着こんだ、ハニーブロンドの眼鏡女性だった。
フレア・バレンス、米連に属する技術者であり、魔界の技術の生物学及び薬学での解析、応用、発展全てで優れた実績を残している才媛である。
「アドバイスしたのはお前だろ?」
「形になるまで一年は見てたんだよ」
距離感を失い、戦闘能力の大半を失ったアイナに、音による位置関係の把握を提案したのはフレアである。同じことを行う動物は蝙蝠が有名だが、人間も訓練次第で同じことが行える。尤もアイナのそれは、フレアの予想を大幅に上回っている。なにしろ爆発音なども聞き分け、余計な音に惑わされる様子がないのだから。
「で、そろそろ俺の復帰にOK出してもらいたいんだが?」
右目の喪失以来、極々当然の措置としてアイナは現場から離れていた。そして彼女の復帰如何は、研究の性格上、ある程度の医療も修めていたフレアの判断に委ねられていた。
「まあ、これだけ見事にやられればな」
フレアとしては彼女の復帰に文句はない。復帰が思っていたより早かった。良い誤算である。
「サンキュ。これで、リベンジできるってもんだ」
アイナは好戦的な笑みを浮かべる。自分の片目を奪った虚に対する執着心。虚にとっての厄介事は増えたことを、本人はまだ知らない。