サイバーパンクな世界で忍者やってるんですが、誰か助けてください(切実   作:郭尭

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第十三話

 

  東京キングダムに於けるノマドの一大拠点、カオス・アリーナ。そこは広大な地下施設を利用した多用途構造物である。

 

  科学や魔術、錬金術などの高度な研究施設、違法薬物の製造工場、VIPのための高級宿泊施設。そして何よりもその名の由来となっている現代のコロッセオ、カオス・アリーナである。

 

  カオス・アリーナで戦う闘士たち。彼ら、彼女らのアリーナに所属する理由も千差万別であり、同様に実力もピンキリである。見世物としてカオス・アリーナの収入の一画を担う部署ではあるが、その闘士の殆どがノマドにとっては替えの利く消耗品に過ぎない。わざわざ戦力を投入して彼ら、彼女らを逃がすのに労力を割こうという考えはない。

 

  とは言え、闘士たちを無為に対魔忍たちにくれてやるのも面白くない。ノマドにとって警戒するほどの情報など与えていないので囮として放出されることになった。

 

  カオス・アリーナを包囲している対魔忍たちに見つかり易いルートから逃がされた、という名目で囮にされた面々の中には彼女の姿もあった。

 

  カオス・アリーナに於いて三本の指に数えられる女闘士、パワーレディのリングネームで知られる実力者。

 

  コスチュームの際どいデザインの白いレオタードではなく、逃げ出せた後人混みに混じり込むための女性物カジュアルスーツを身に着けている。そんな彼女は、カオス・アリーナからの抜け道の一つから出た地下街で対魔忍に遭遇した。

 

  カオス・アリーナの闘士は一種のショー・レスラーと言えなくもない。ただ、そう呼ぶには戦いの後の出来事のせいで憚られるものがあるが。なので、闘士たちも必死で戦い、パワーレディはその中を生き残ってきた。その実力は決して伊達ではない。

 

  地下街の閉店した飲食店まで逃げ込んだパワーレディはカウンターの物陰に隠れながら次の行動を考えていた。

 

  相手は人外の力を持つ対魔忍、カオス・アリーナに於いて魔族にも勝ったことのある彼女にとっても勝機の薄い相手。共に脱出してきた闘士たちは既にばらけて逃げ、生きているのかもわからない。

 

  パワーレディは拳を握る。近づいて来る対魔忍は殺す。自信があるわけでも、そうしたいわけでもない。そうせざるを得ないのだ。少なくとも彼女に今近くにいる対魔忍をうまくやり過ごせるとは思えなかったのだ。

 

  彼女を追う対魔忍の足音は非常に小さい。下手をすれば自分の息の音にさえかき消されそうなほどに。だが、それでもそれを聞き逃さないのは、対魔忍の初陣故の未熟さという幸運に因るところが大きい。そしてその幸運を活かせるくらいには、彼女も実力者であった。

 

  カウンターのすぐ裏まで近づいて来た対魔忍に対し低空ドロップキック。薄いベニヤ板を突き破り、相手の膝を狙う。

 

  対魔忍の分かり易い脅威の一つが、対魔粒子による底上げされた身体能力である。それを封じる最も手っ取り早い方法、それが関節などの人体破壊である。膝を痛めれば、ほぼあらゆる動きを制限できると言っても過言ではないだろう。

 

  素早く立ち上がったパワーレディはカウンターを飛び越え、彼女の一撃で片膝をついた対魔忍へフライングエルボーを繰り出す。わずか数瞬しかない目視時間で正確に相手の蟀谷を打ち抜く。

 

  アリーナで見せる戦闘スタイルから誤解され易いが、彼女は分かり易く頭の悪いパワーファイターなどではない。パワーを活かし、見栄えのする戦いをブックなしで熟すには、相応の技量がなければできるものではない。

 

 

  「貴さっ……!?」

 

 

  「ちょっと黙ってろ」

 

 

  よろめいた相手を素早くチョークスリーパーに捕らえる。それも試合などで使う気道を締めて苦しめるためのではなく、すぐに意識を奪うための首の両側を通る動脈を締めるタイプのそれである。

 

  脳への血液供給を断たれた対魔忍は意識を朦朧とさせる。ここで完全に意識を失わない辺りこの対魔忍の驚くべき部分なのかもしれないが、それでもこの場では救いとはならなかった。まともに体を動かせない状態で必要な抵抗などできる筈もなく、そのまま首を捩じり折られる。

 

  かつて井河アサギはパワーレディの攻撃を「驚くほど遅い」と評した。だがそれはあくまで最高位の対魔忍であり、且つ「速さ」に秀でたアサギだからこそのものでもあった。一般的な対魔忍相手なら、作戦と工夫で何とか対抗し得る力が彼女にはあると、パワーレディは証明したのだ。

 

  ただ速やかに殺す事だけを目的とした一連の攻撃は、見事に相手の反撃を許さず、一方的に無力化することに成功した。

 

  とは言え、それは奇襲に成功したからのもので実力によるものではない。それを見誤るほどの余裕は彼女にはない。嘗て最強の対魔忍、井河 アサギを一方的に嬲った過去を持つが、それが甲河 朧の忍術あってのものだと、彼女も理解できているのだ。

 

  ともかく、今殺した対魔忍は他にも仲間がいた。それが戻ってくる前に逃げ出さないといけない。そう思い、足音を押さえながらフロアから出ようとし、壁を砕いて現れた対魔忍と対峙することになる。

 

  薄茶色の髪を後ろで纏め上げ、前髪は片方に寄せている。眼鏡の下には知的さと厳格さを感じさせる容貌。豊満な体躯とはち切れそうな太腿。パワーレディの手に掛かった対魔忍の班長として参戦していた対魔忍、三好 桔梗(みよし ききょう)と言った。

 

  桔梗はパワーレディの背後で斃れている部下の死体に、一瞬だけ目を伏せる。敵の掃討のため班を分けたが、ツーマンセルを徹底するようにも言い含めていた。つまりパワーレディの手に掛かった対魔忍はそれを破った結果である。

 

  殺された部下の仇を執ることを優先するか、それとも部下と組んでいた筈のもう一人を探すか。だが、その判断がつく前に、パワーレディが動いた。

 

  近くにあった椅子の背を掴んで、桔梗に叩きつけようとする。それは勝機を見つけたからではなく、純粋に他の選択肢がなかったからに過ぎない。

 

  桔梗の忍術は異能系、鬼神脚。脚力の強化というシンプルなものだが、その威力は凄まじい。先の壁破壊に加え、空中で空気を蹴って軌道修正さえして見せる。そんな脚力は移動に使えないと考える筈もなく。逃げるのは現実的ではないと、咄嗟の一撃だった。

 

  桔梗はそれを蹴りで迎撃する。その一撃はただ椅子を破壊するだけでなく、強力な衝撃波を発生させ、咄嗟に椅子を放して伏せたパワーレディの後方の壁に亀裂を入れる。直撃していれば、人間の頭くらいは確実に粉砕していただろう。

 

  桔梗の蹴りをやり過ごしたパワーレディだが、事態はよくない。一瞬の隙を突いた攻撃を撃ち落とされた結果、桔梗の思考は完全に敵の排除に定まった。

 

  振るわれる蹴撃。パワーレディはそれを砲弾でも避けるかのように大きく身を屈める。実勢桔梗の蹴りから放たれる衝撃波は一般人にとって砲弾と大差ない。

 

 

  「畜生、本当に人間かよっ」

 

 

  さらに椅子を引っ掴み、投げつける。これも相手に届く前に撃ち落される。戦闘能力では圧倒的に桔梗の方が優位にあった。だが、彼女にも余裕があるわけではない。早くもう一人の部下を探して来なければならない。そこに焦りがあったのだろう。この場に入り込んだ三人目に気が付けなかった。

 

  砲撃のような攻撃が続き、やがて周りを豪快に破壊しながら、少しづつパワーレディを捉えていく。そしてとうとうパワーレディの頭を、桔梗の蹴りが捕らえようとしたその時だった。

 

 

  「ハイ、そこまで。そういういじめみたいなの、感心しないわ」

 

 

  パワーレディの代わりにその一撃を受け止めた浅黄色の髪の女。いつの間にこれ程近づかれたのか、桔梗は戦慄する他なかった。桔梗の鬼神脚に依って強化された脚力は、例え魔族であっても純粋な防御力だけで耐え得る者は多くない。それを目の前の女はいとも簡単に片手で受け止められたばかりでなく、桔梗は掴まれた足を動かす事すら出来ずにいる。

 

 

  「あんたは……」

 

 

  パワーレディを救った女は、彼女にとってよく知っている顔だった。カオス・アリーナの絶対王者、不敗の女王、スネークレディの名で知られる女闘士。パワーレディからすれば苛立たしいことではあるが、彼女の実力はパワーレディの遥か上の実力者である。とは言えそれがこれ程のものだったとは想像の埒外ではあったが。

 

 

  「この娘の言ってた先生って貴女のことかしら」

 

 

  スネークレディのリングネームを冠する蛇神族の女、カリヤ。リングコスチュームではなく、豊満な体のラインを魅せつけるかのようなドレスを纏った彼女の、もう片方の手に持つもの。人の石造の頭だけもぎ取ったような物。

 

  桔梗は気付いた。その石の首級が今回部下として連れてきた彼女の生徒のものであると。

 

 

  「貴様、それは!?」

 

 

  「ん?ああ、さっきまで遊んであげてたんだけどすぐに終わっちゃって。貴女はもっと永く遊んでくれるかしら?」

 

 

  カリヤは情欲と嗜虐に頬を歪ませ、小さく舌なめずりをした。

 

 

 

 

  味方との合流に向かったのは、あくまで脱出の成功率を上げるためのもの。例え誰かと合流できたとしても、相手が任務を続行、つまり戦闘を継続するなら私は別行動を試みる心算だった。

 

  蹴散らされたオークや魔族の死体を辿って班と合流し、入ってきたルートが物理的に潰れたことを伝え、他の脱出路を探すことを提言した。敵の殲滅が任務だとは言え、退路の確保は重要だし。

 

  ただ、この提言は却下され、敵の殲滅が優先された。こっちが退路の探索に時間を使えば、その隙に逃げ出す敵も増えていくという理由で。まあ、道理がないでもないが、メリットデメリットの帳尻があっているとは思えない。

 

  仕方ないので次に戦闘でわざと逸れ、一人で逃げ道を探そう。肉盾がいなくなるが、そこは仕方がない。いい加減左目の痛みも奥に進むほどに強くなり、無視できなくなってきたし。

 

  そう思っていたんだけど、出会った相手が悪すぎた訳で。

 

 

  「弱いな対魔忍。その程度の力でブラック様の御身に傷の一つも付けられると思ったのか」

 

 

  紳士然とした姿の、灰色の髪の男。ノマドの頂点にして最強の吸血鬼、エドウィン・ブラック。そしてそいつを守るように仁王立ちしている緋色の髪と褐色の肌の妖艶な魔族の美女、イングリッド。

 

  いや、ホント何でいるのかな。ブラックの足元に置いてあるケース、人の頭くらい入りそうな感じだから、或いはうちの姉の一部でも入ってるかもだけど。

 

  この遭遇戦、対魔忍六人掛かりでイングリッド無双です。開始2分と経たずに班長、変身ヒーロー、曽我の三人しか残っていない。

 

  基本パラが低い私や、火力特化のスケバン、工作向けの眼鏡はしょっぱなダウンして、私以外気絶している。今やりあってる三人だって割と一方的に押されてる、っつうか変身ヒーローやってる佐久が積極的に盾になってギリギリ保てているようなもの。多分そろそろ終わる。

 

  倒れたまま、薄目で戦況を確認する。体の痛みが若干引いた。なんとか体を起こそうとする。左目が痛い。お陰で体の痛みに鈍くいられる。いや、体の痛みから意識が逸れるほどに左目が痛いのか。思考も鈍っているのか?

 

  何とか片膝を突きながらも、上体を起こす。それに気が付いたのかイングリッドがこちらに目線を向ける。

 

  『掴める』

 

  何を『掴める』のか、分からない。どうやって『掴める』のか、分からない。ただ、確信だけがあった。今この瞬間、私は『掴める』んだと。

 

  その確信も一瞬だけ。完全に立ち上がれていない私は脅威ではないと思われたのか、すぐに視線を外し他の三人との戦いに集中する。同時に、『掴める』という感覚も消える。

 

  やがて佐久の対魔殼の守りが突破される。重火器程度ならほぼ無力化できる防御力も、イングリッドの魔剣を抑え込むことはできなかったか。そこから均衡はすぐにも崩れだした。

 

  探索系の曽我と、忍術を見せる様子のない班長(名前忘れた)。追い詰められても見せる様子がないということは直接的な攻撃系能力ではないのだろうが、ともかくこの二人が相次いで倒される。呼吸は一応途切れていないので死んではいないが。

 

  最後に佐久がダメージのせいか、対魔殼を維持できなくなり、殴り合いの間合いから、剣の柄で殴り倒される。彼女も気を失った様子なので、気が付いているのは私だけということになってしまった。

 

  左目が痛い。何とか立ち上がる。イングリッドの目線が私に注がれる。超然とした様子で薄く笑みを浮かべているエドウィン・ブラックの目線も私に向けられているが参戦してくる様子はないから一先ず置いておく。

 

 

  「ほう、立ち上がるか。だが、貴様一人では私に勝つどころか、逃げることも叶わんぞ。潔く死を受け入れるがいい」

 

 

  イングリッドが私に剣を向ける。

 

  目が合う。

 

  今なら

 

 

 

  『掴める』

 

 

 

  私は

 

 

 

  『掴んだ』

 

 

 

  この日以降、私の左目が光を映すことはなかった。

 

 

 

 

 

 

  エドウィン・ブラックの命で、イングリッドは共に、いけ好かない朧の遺体を回収したその帰り、遭遇した対魔忍の一団。

 

  ブラックの手前、手早くカタを付けようと彼女は弱い順に敵を薙ぎ払っていく。眼鏡の棒使い、いけ好かない朧に近い何かを感じる小娘、赤髪の威勢だけはいい奴の三人は、ほぼ一撃で沈めていく。

 

  他の三人は少し手間取ったが、これも数分で終わらせる。このまま止めを刺そうとした時、そのうち一人が立ち上がった。

 

  立ち上がったのは何処か朧を彷彿とさせる、この場では最年少だろう対魔忍。

 

 

  「ほう、立ち上がるか。だが、貴様一人では私に勝つどころか、逃げることも叶わんぞ。潔く死を受け入れるがいい」

 

 

  逃げる様子を見せない対魔忍に剣を向け、イングリッドは口上を告げる。対して対魔忍はただ視線を向けるだけ、武器を構えすらしていない。

 

  イングリッドは魔剣を構える。瞬間、胸の奥に何かが刺さったような感触がした。そして同時に対魔忍がその体を覆うように黒い、滲み出るように現れた黒い『色』とでも形容すべき何かに覆われていく。

 

  何かしらの忍術か、と察したイングリッドは、先の戦いで相手がそれを使用しなかった理由を敢えて思考から外して斬りかかる。忍術が効力を発揮する前に斬り伏せるために。

 

  だが、イングリッドの、黒い『色』に覆われ尽くした敵に向けて放たれた斬撃は、『色』を突き破って現れた剣によって切り払われた。

 

 

  「なんだと!?」

 

 

  イングリッドは驚愕する。なぜなら彼女の斬撃を払った剣は、間違いなく彼女が手に握っている炎の魔剣、ダークフレイムに他ならない。そして空間に溶けていくように消えていく『色』の向こうから現れたのはまるで鏡写しの如き、もう一人のイングリッドの姿だった。

 

 

  「ほう、これは……」

 

 

  ただの姿真似ではないと察したエドウィン・ブラックは興味深そうに呟いた。

 

 

 




  大分涼しくなって来た今日この頃、皆さま如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。

  今回は序盤のパワーレディ関連が難産でした。シリーズ通して恐らく最大規模の作戦なので、並行した別戦闘が書ける機会が他にあまりなさそうなのでやり続けてるんですが、皆違いを出そうとすると結構難しくなりますね。

  今回ようやく出せた虚の忍法の詳しい内容はまた次回。やってることは御屋形様に似てますが、ちゃんと朧の妹だと納得いただけると思います。

  それでは今回はこの辺で。また次回、お会いしましょう。


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