黒十字と雷の妖精   作:ジェネクス

3 / 21
パメラの過去

(……朝か)

 

朝の陽光にさらされてラクサスが目を覚ます。隣のベッドを見てみるとパメラが寝息を立てていた。あれからひとまず寝入ったことにとりあえず安堵する。

 

(…さて、これからどうするか…取り立てては路銀稼ぎのために仕事を探さねぇとな)

 

そろそろ路銀が心もとなくなってきたので仕事を探さなければならない。幸いフォードの街ならば当てはある。とは言え昨日の様子からするに、ラクサスがいなくなるとパメラがどういう行動に出るかが分からない。

 

(書置きでも置いておくか。そうすりゃあとは自分で判断するだろ)

 

一晩眠って勝手に立ち直ったのなら自分の役目はもう無いだろうし、そうでなければ宿で待っているだろう。ラクサスはそう判断して手近な紙に軽くメモを記しておいた。

 

 

 

「おはようございます!ゆうべはおたのしみでしたね!」

 

「楽しんでねぇよ………」

 

この宿を選んだのは失敗だったか……なぜか朝から妙に疲れた気分になるラクサスだった。

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

灼熱の大猿(クリムゾンエイプ)―――フォードの街に拠点を構えるこの地域最大の魔導師ギルド。このギルドには『ギルドメンバーでなくとも仕事の受注が可能』という他のギルドにはない特色があった。この街にほど近い神聖バルディア帝国では恒常的に魔女狩りが行われており、帝国から逃れてきた魔導師たちの仕事の斡旋の場として時のマスターが考案した制度の名残である。フォードの街に来た時から、ラクサスはこのギルドで仕事を受ける腹積りであった。

 

「おーおー流石この地域最大のギルドだ。随分賑わってやがんな」

 

ギルドの酒場に足を踏み入れると、まだ朝早いのに多くの人がごった返していた。ギルドメンバーたちはもちろん、おそらく一般人と思われる人まで思い思いに食事やゲームを楽しんでいる。なんだか妖精の尻尾(うち)に戻ってきたみてぇだな…とラクサスは柄にもなく感傷的になっていた。

 

そんな時、ギルドメンバーと思しき男がラクサスに話しかけてきた。

 

「…なぁあんた、ちょっといいか?」

 

「あん?」

 

「ひょっとしてあんた…フェアリーテイルの“雷神”ラクサスか?」

 

「今はもうフェアリーテイルじゃねぇが…そのラクサスで間違いねぇよ」

 

突如ギルド内がドッ、と沸き上がった。どうやらこのギルドでもラクサスの名は知れ渡っていたらしい。

 

「すげぇ!妖精の女王(ティターニア)とも並び称される雷神ラクサス…本物に出会えるとは思わなかったぜ!」

 

「でもマグノリアからこの街って相当な距離があるぞ?なんでわざわざこんな所に?」

 

「さっきもうフェアリーテイルじゃねぇとか言ってたな…ひょっとしてウチに加入してくれんのか!?」

 

「あのラクサスが加入すりゃフィオーレ一のギルドも夢じゃねぇ!もう四ツ首の番犬(クワトロケルベロス)にデカい面はさせねぇぜ!」

 

なんだか話がおかしな方向へと向かって行っている。ラクサスは頭を掻きながら訂正する。

 

「盛り上がってるとこ悪りぃが、俺は別にこのギルドに入るつもりはねぇぜ。ただ仕事を受けに来ただけだ」

 

フッ…と静まり返るギルド。はた目から見ても消沈しているのが目にとれる。とは言え勝手に盛り上がっていたのはこいつらなのでいちいち同情したりはしないが。

 

「そ、そうか…仕事を受注するんならまず一時登録を済ませてくれ。要は仕事を受けてる間だけウチのメンバーになってもらうってわけだ」

 

「あいよ了解」

 

カウンターで一時登録を済ませてクエストボードの前に行く。さすがに最大手のギルドだけあって依頼の数はかなり多い。ラクサスはその中から一枚を選び出して読み上げる。

 

『ギブロックの村周辺の山賊退治 報酬200万J』

 

(…こいつでいいか)

 

賊退治なら自分の性にもあっているし、200万あれば半年は余裕で保つ。この依頼書を手に取ってカウンターに持ち込むとたちまち周囲がざわついた。

 

「そ、その依頼はやめといたほうがいいんじゃないか…」

 

「あ?なんでだよ」

 

「実はその依頼には何人ものメンバーが挑んでるんだが、その悉くが失敗してるんだ…生き残ったメンバーによると山賊の規模が予想以上に大きいらしく、おまけにリーダー格の5人兄弟がやたらと強いらしい…はっきり言って報酬の割に合わないってんで、近々よそのギルドに回すことも検討してるんだ…」

 

カウンターの男が深刻そうな表情でそう告げる。確かにそれだけ高難度のクエストなら200万では安いかもしれない。だがラクサスは平然とこう答える。

 

「だったらその手間省いてやるよ。俺がこいつを解決してやればわざわざよそに回して名誉を傷つけることもねぇだろ?」

 

「ほ、本気か!?本当に危険なクエストだぞ!?いやでもウチには無理でもラクサスならあるいは………」

 

色々と逡巡した結果、ラクサスに任せてみるということで一応納得したらしく、クエストは受理された。

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

ギルドの酒場から出ると、ラクサスにとっては少々意外な人物が待っていた。

 

「パメラ…わざわざこんなところまで来たのか?」

 

パメラの顔を見てみると、表情自体は暗いものの生気はある。少なくとも昨日の魂が抜け落ちたかのような表情に比べるとずっとましだ。少しずつながらも回復していっているようでラクサスも安堵する。

 

「……仕事、行くんでしょ……?」

 

と、パメラが小さな声で尋ねる。パメラの方から声をかけるのは初めてのことなので多少驚く。

 

「あぁ、まぁそうだな。ちょいと危険な仕事らしいんでお前さんは…」

 

「私もついて行っていい……?」

 

元々簡単なクエストだったらパメラも一緒に連れて行くつもりだったが、かなりの高難度クエストらしいのでパメラを守り切れる保証はない。ラクサスが悩んでいると、

 

「…少し…話したいことがあるの…」

 

これも小さな声でパメラがそう言った。そう言われるとラクサスとしても気になる所だ。結局パメラの同道を許可することとなった。

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

フォードの街を発って2時間ほどたった頃、これまでずっと無言だったパメラが話し出した。

 

「ラクサスは、神聖バルディア帝国って知ってる…?」

 

「そりゃまぁ名前くらいはな。かなり宗教色の強い帝国で、しかもその宗教…ヴァレンティヌ教だっけか?そいつが魔導師に対して攻撃的なもんで、つい最近まで魔女狩りが行われてたらしいな」

 

ラクサスが知識を捻り出してそう答える。パメラは軽く頷くと言葉を続けた。

 

「私はその帝国の出身者なの…アーヴィヒ家っていう貴族の生まれ…」

 

(こいつ貴族の出だったんか…まぁ確かに今はいろいろ草臥れちゃいるが、ちょいと小奇麗にすりゃ随分と華やかな印象になりそうだな)

 

パメラの話を聞いてそんなことを考える。パメラは構わずに話を続ける。

 

「こう見えても幼い頃の私は将来を嘱望されてたわ…両親からは愛情を一杯注がれ、家の人たちもみんな優しくしてくれて…私もそれに応えようといろんなことを勉強した…色んなことが出来るようになる度に、みんながたくさん褒めてくれた…ふふっ、あの頃は幸せだったなぁ…」

 

パメラが初めて見せる、儚げながらも幸せそうな表情。しかしその表情もすぐに曇ることになる。

 

「でも、10歳の時に魔力に覚醒してからは一転して邪魔者扱い…屋敷の外に出ることは許されず、食事の席には呼ばれなくなり、部屋の前に冷たい料理が置かれるだけ…優しかった家の人は私のことをいないものとして扱い、両親すらも私と話すことは殆どなくなり、口を開けば出てくるのは感情のない冷たい言葉…本当に辛かった。何度死のうと思ったかわからないわ…」

 

「そんな時は私はいつも剣の稽古に打ち込んだ…剣を振ってるときは嫌なことみんな忘れられたから…そんな日々が5年ほど続いたある日、“魔女の夜”事件が起こったの」

 

「魔女の夜事件?」

 

聞きなれない単語だったのでラクサスが聞き返す。それを受けてパメラも説明する。

 

「帝国所属の魔力使い(マギ)―いわゆる魔導師の事だけど、それを集めた特殊戦闘部隊“Rosenkreuzstilette”、通称エルカーエスが、帝国に対して仕掛けた独立戦争の事よ」

 

「あー、そういや確かにそんな戦争があったな。確か独立軍のリーダーの名前は…」

 

「ミヒャエル・ゼッペリン伯爵…エルカーエスのリーダーで、自身も非常に強力なマギだった…彼は虐げられている帝国のマギたちを救い、帝国を打倒してマギたちの楽園を築き上げるという名目の下、帝国各地の重要拠点を攻撃し始めたわ」

 

「戦いは帝国軍側が劣勢だった…だけどエルカーエス内での内紛によりゼッペリン伯爵が討死、強力な指導者を失ったエルカーエスは勢いを失い戦線を縮小していった…」

 

「だけどこの魔女の夜事件により、もともと低かった皇帝の権威は完全に失墜…政治の中枢はヴァレンティヌ教が完全に牛耳ることになったわ。そして『“魔女の夜”を引き起こしたマギ達は悪魔に魅入られし存在である。よって帝国のマギ全ての身柄を確保し、教会の手により適切に管理することによってのみ初めて幸福を得られることができるのである』というお題目の下、大規模な魔女狩りを敢行したのよ…」

 

(…ここまでは俺も知ってる流れだな)

 

ラクサスは黙って次を促す。パメラもそれに応えて話を続ける。

 

「私が教皇様に見いだされたのはその時。君の力は悪しき魔法などではなく、神の御力により行使される“奇蹟”だ、なんて言われて、軟禁されてた私を引き抜きにかかったのよ…そして私とこの聖剣“ヴァイスジルバー”との相性がいいと知るや、すぐに聖剣を授けてくださったの」

 

パメラが腰の聖剣に手をかける。その表情は複雑だった。

 

「そして教皇様は魔女狩りの主力となる修道騎士部隊“黒十字”を結成、そのリーダーに私が選ばれたわ」

 

「黒十字…そいつぁ…」

 

「想像の通り…黒十字は“薔薇十字の小剣(Rosenkreuzstilette)”の対抗組織としての意味合いを込めてつけられたのよ。殆ど形式的なものだったけどね」

 

「私は嬉しかったわ…私の努力を認め、この聖剣をいただき、黒十字の隊長という栄光を与えてくださった教皇様にとても感謝した…そして教皇様の期待に応えるために、帝国のマギ達を徹底的に狩り集めたわ………でも…それは全て、裏で仕組まれたことだった……」

 

「…どういうこった?」

 

ラクサスがそう尋ねるとパメラは小さく震えだした。まるで事実を認めたくないと言わんばかりに…

 

「…教会のお題目なんて全て嘘っぱちだったのよ……マギ達を狩り集めるのは黒幕の欲望によるもの…教皇様は命惜しさに黒幕の言うことになんでも従った操り人形…そして私は…」

 

そこでパメラは立ち止まり、両腕を抱えて蹲る。そうでもしないととても耐えられないと言っているかのようだった。

 

「…私は、その操り人形から与えられた偽りの栄光を無邪気に喜び、同朋のはずのマギ達を狩りつくし、最後は用済みになった操り人形と一緒に捨てられた、最高に滑稽な道化師(ピエロ)だったのよ…っ!」

 

パメラは絞り出すような声でそう嘆いた。その俯いた表情は窺い知れないが、ラクサスには彼女が大泣きしているようにも見えた…

 

 

 

しばらく蹲り続けたパメラだったが、やがて立ち上がると憔悴しきった顔でこう締めくくった。

 

「…私はその最中に重傷を負い、敵であったはずのエルカーエスに命を救われた…私はその屈辱と自分の恥に耐えられずに脱走…行くあてもなく彷徨っていたところを野盗に襲われ…今に至る、というわけよ………」

 

そしてパメラは、最後にこう呟いた。

 

「…ふっ、結局私は周囲に振り回されてばかり、偽りだらけのの惨めな人生…自分の力で得た物なんて何もない…今のこの様がお似合い、というわけよ…」

 

と、ここでしばらく黙っていたラクサスが話し始めた。

 

「…俺はあんま頭はよくねぇから気の利いたことは言えねぇが…」

 

「…?」

 

「偽りだらけだっつうんなら、そいつをお前の力で本物に変えていけばいいんじゃないか?」

 

「…それは…」

 

「少なくともお前さんはあの野盗相手には一端にやれてただろう。俺が見たときにはかなり乱れた動きだったが、本調子だったらあの程度の連中は何の苦も無く蹴散らせたはずだ。それは他人から与えられた偽物じゃねぇ。パメラの力で得た本物だ。そいつを使って、今度は本物の栄光を掴めばいいと思うぜ」

 

「………」

 

「っと、説教臭くなっちまったな。言うだけなら簡単ってやつだし無責任でもあるな。悪りぃ」

 

ラクサスが軽く謝るが、パメラは薄く微笑んだ。儚げな表情だかその顔は今まで見た中で一番美しかった。

 

「…うぅん、今の言葉でちょっとだけ気が晴れた。……ありがとう」

 

ラクサスはバツが悪そうに頭を掻く。ギブロックの村まではもう少しかかりそうだった。




パメラの過去については曖昧な部分が多いのでかなり捏造が入ってます。

ようやくパメラがちょっとだけ立ち直ってくれました。完全復活まではもう少々かかりますが、主人公なのでなるだけ早めに復活させます。それまではこのちょっと弱気なパメラをお楽しみくださいな。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。