「……っ!ハァッ…!」
シェラハに吹き飛ばされた地点からこれまで全力で駆けてきたティアがつんのめる。同時に静止していた時が再び流れ出した。
「ハァ…ハァ…魔力切れ、か…ここからは魔法抜きで走っていくしかない、か…」
荒い息をつきながらティアは何とか呼吸を落ち着かせようとする。体力自体はまだ残っているものの、魔力が切れると流石にきついのは仕方がない。
「…でも、とりあえずシェラハと戦ってきた地点までは戻ってこれた…ここからは…」
と、ここでティアが重大な事実に気付く。
「私…ギドのアジトの場所知らない…」
今までは脇目も振らず全力で駆けてきたため気が付かなかったが、そもそもティアはギドのアジトまでシェラハに案内させるつもりだったのだ。その前にシェラハに殴り飛ばされたため結局アジトの場所を聞き出せていなかったのだが、その事が今の今まで意識からすっぽり抜け落ちていた。
「こ、これからどうしよう…闇雲に探しても迷子になるだけだし…かと言ってそんなにのんびりしてられないし…」
途方に暮れたティアが周囲を見渡す。と、すぐ近くの樹の幹に浮かび上がる魔法陣に気が付いた。
「これ、パメラの魔法陣…?」
ティアは再び周囲に視線を巡らす。するとここよりもう少し離れた場所に浮かび上がる魔法陣に気が付く。
「そっか…パメラ、目印を用意しておいてくれたんだね。私がここに戻ってくることを見越して…ありがとね、パメラ」
ティアはパメラの気遣いに感謝する。疲れた体を奮い起こし、ティアはパメラの残した魔法陣を辿っていくのだった。
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「ここがギドの研究所…?ただのちんけな洞窟にしか見えんが…」
シェラハのくれた地図の下ギドの研究所に辿り着いたラクサスは、思わずそんな感想を漏らした。
「…正直言って何かを研究するようなスペースが確保できるようには思えないわね…本当にここで合ってるの?」
「あぁ、間違いなくルート通りにここまで来た。場所は間違いねぇな…」
明らかに訝しげなパメラの言葉にラクサスも首を捻る。目の前の洞窟が悪しき
「ギドがこの森を空間魔法で広げているのならば、当然洞窟も同様の処理を施しているでしょう。スペースに関してはおそらく問題ありませんな」
「まぁそうだよな…このちんけな見た目も怪しまれないためのカモフラージュだと思えば納得できんことも無いか…」
一夜の言葉にラクサスも頷く。ギドが慎重な性格ならば、万全を期して周囲には極力怪しまれないような手を施していることだろう。
「とにかく中に入ってみましょう。もし違ったのならその時はその時。改めて探し直せばいいだけだわ。立ち往生してるよりよっぽどマシでしょ」
パメラの言葉に促され、三人は洞窟の中へ入っていった。
「…中は随分と広いな。そこかしこに明かりが用意してあるし、こりゃどうやらアタリのようだな」
洞窟の中に入ったラクサスがそう呟く。洞窟内部は明らかに人の手が入っており、何者かがここに恒常的に入り浸っているのが見て取れた。
「中にはトラップが仕掛けられている可能性も考えられます。慎重に進んでいくとしましょう」
三人は洞窟内部を慎重に探索していく。しかしどれだけ探索しても、トラップはおろか人っ子一人見受けられない。
「…なんだか拍子抜けね。てっきり中に入ったら手荒な歓迎、とか思ってたんだけど」
「俺たちを奥に誘い込んで一気に殲滅、とか考えてるのかもしれん。油断はするなよ」
「ふむ、連中がいつ仕掛けてくるかわかりませんからな。念のため今のうちに力の
そう言って一夜が周囲に香りを振りまく。ラクサス達は自分の体に力が漲ってくるのが感じられた。
「ほほう、これが噂の香り魔法ってやつか。なかなか便利そうな…っておわぁっ!」
言葉の途中でラクサスが仰天する。そこには力の
「おや、いかが致しましたか?」
「…いや、あんた…なんでそんな筋肉ムキムキになってんだ…?俺らは見た目なんともないってのに…」
ラクサスが若干ビクビクしながら一夜にそう問いかける。彼の後ろではパメラがプルプルと震えながら一夜の様子を伺っていた。
「ふむ、何かおかしな点でもありますか?」
「いや、だからその筋肉がだな…」
「筋肉が?」
ずずいっ、と一夜が顔を近づける。その様にラクサスは完全に顔をひきつらせながら何とか言葉を返す。
「…わ、悪りぃ、あんまその顔近づけないでくれ。はっきり言ってかなり怖えぇ…」
「怖いですと?おかしいですな。私はごく普通にしているだけなのですが」
「………すまん、俺が悪かった。あんたは何処もおかしくないし怖くも無い。だからとりあえず離れてくれると助かる…」
「ふむ、いったい何が問題だったのか…」
顎に手を当てながらラクサスから離れる一夜。えもいわれぬ威圧感から解放されたラクサスは大きく息を吐いた。彼の後ろでは相変わらずパメラが何か恐ろしい物を見る目つきで一夜を見ていた。
洞窟を進んでいた三人は大きな広間に出た。ラクサスが慎重に周囲を伺う。
「…うーむ、見事なまでに手がかりが掴めねぇな。一応確かに研究施設っぽい造りにはなってるが、それっぽいモンは全然見つからねぇしな…」
ラクサスがそんな呟きを漏らす。パメラ(一夜にちょっと慣れた)がそれに対して言葉を返す。
「確かに妙な感じよね…いくらなんでもこんなに広いと移動も不便だし…」
「いつもはこんなに広くないわよぉ?今はあなたたちがいるからちょーっと広げてるだけよ」
奥から割り込んできた声に三人が一斉に顔を向ける。そこには巨大な戦鎚を抱えたシェラハが歩いてきていた。
「シェラハ…!」
「ハァイ♪皆様方、どうやらここまで無事にたどり着けたみたいね。そっちの渋いオジサマは随分と印象が変わってるみたいだけど」
パメラの視線を受け流し、相変わらず軽いノリでシェラハが話しかける。マッチョな一夜を見てもまるで動じない辺りは流石の豪胆さといったところか。
「私はオジサマという歳ではありませんぞ。まだ29歳です」
「嘘でしょ~?その顔はどう見ても30後半はいってるじゃないの~」
一夜のツッコミをシェラハはカラカラと笑いながら受け流す。相も変わらず掴み所のないシェラハにラクサスが尋ねる。
「それよりも俺はあんたに聞きてぇ事があるんだが…」
「あら、何かしら?言っとくけどスリーサイズは教えてあげないわよ♪」
「…聞きてぇのはあんたとティアの関係についてだ」
ラクサスのその言葉にシェラハは眉を顰める。そして若干意外そうな声で聞き返した。
「…どうして私がティアと関係があると思ったのかしら?」
「最初の襲撃の際、あんたは明らかにティア以外の人間を引きはがしにかかってただろ。それはティアとタイマンに持ち込むためだろうが、それはつまりあんたとティアが個人的な知り合いだったからじゃないのか?少なくともこの森に入ってからティアは戦っちゃいねぇから、その実力なんて測りようがねぇしな」
「ふ~ん、なかなか細かい所に気が利くじゃないの。あんまり周りに気を配るような人には見えなかったから、ちょっと意外だったかも?」
アッハハハ♪と愉快そうに笑った後、手をひらひらさせながら答える。
「ま、別に隠すようなことじゃないから教えてあげる。ティアがエルカーエス所属だって事は多分知ってると思うけど、実は私もそこに所属していたことがあったってわけよ。つまりティアとはエルカーエス時代からの知り合いだったってわけ♪」
「なっ…!」
シェラハの言葉にパメラが驚きを露わにする。その瞬間、シェラハが地面を思い切り叩き地響きを起こす。
「うおっ…!まだ話の途中だろ…!」
不意を突いた一撃に全員の足が取られる。その隙をついてシェラハがパメラの首を掴み全速力で駆けていく。
「てめぇ…!パメラをどこに連れてく気だ!」
「私はパメラお嬢様に用があるからねぇ!ちょ~っとだけ借りてくわよぉ!それじゃあ皆さん足止めよろしく!」
シェラハの言葉と共にギドの私兵たちがぞろぞろと湧き出てくる。シェラハはその間に信じられないほどのスピードでパメラを連れて消えていった。
「待ちやがれ…!」
「ラクサス殿!まずはこの兵隊たちを撃破しなくては碌に追いかけられませんぞ!今はこちらに集中してください!」
「チッ…!仕方がねぇ、こんな連中、速攻で片づける!」
ラクサスと一夜は兵隊たちの群れに突撃していった。
~~~~~~~~~~
「このっ…!いい加減に放しなさいよ!」
言いながらパメラが聖剣で一閃する。その瞬間にシェラハも手を放して後方に飛び距離を取る。
「ここは…入口のところの大広間…?」
「パメラちゃん狭い場所って苦手でしょ?だからわざわざ広い場所まで案内してあげたのよ」
シェラハが戦鎚を肩にかけ直す。そんなシェラハにパメラは怒りを露わに質問する。
「それよりもシェラハ…!さっきのは一体どういう事!?」
「さっきのって私が元エルカーエス所属だったって事?どうもこうもそのままの意味だけど?」
いかにもどうでもいいといった感じでシェラハが答える。そのふわふわとこちらを受け流す態度がパメラの癇に障る。
「あなた、私たちにその事を隠していたのね!いったい何のつもりで…!」
「聞かれなかったからよ」
あっけらかんと答えるシェラハ。本当にどうでもいいといった答え方にパメラはますますヒートアップする。
「聞かれなかったからって…!そういう重大な事はあらかじめ言っておくことでしょ!?もしそれが原因で黒十字の信頼関係が崩れたらどうするつもりだったの!?」
パメラのその言葉にシェラハは眉をピクリと動かし――
「……プッ♪アッハハハハハハハ♪パメラお嬢様ってば、黒十字に信頼関係があったなんて、本気で信じてたわけぇ?」
パメラの言葉を盛大に笑い飛ばした。
「ど…どういう事よ…?」
動揺するパメラを見て、シェラハは可笑しくてたまらないといった感じで言葉を続ける。
「どういう事も何もそのまんまの意味よ。黒十字の心なんて最初っからバラバラ、一つになったことなんて一度も無かったわよ?」
「そんな…どうして…!?」
シェラハの言葉にますます狼狽するパメラ。そんなパメラの様子などお構いなしにシェラハは話を続ける。
「だって隊長さんってば自分のことばっかりで碌に隊をまとめようとしなかったからねぇ。リンクお嬢様なんて事あるごとにあなたへの愚痴を言いまくってたわよぉ?」
「嘘……」
「こんなことで嘘なんてつかないわよ。あなた、傍で見てて恥ずかしくなるくらい舞い上がっちゃって、隊員の事なんてまるでどうでもいいみたいな感じでふるまってたしねぇ。大体パメラお嬢様、黒十字の正確な人数すら知らないんじゃない?」
どんどんと狼狽えていくパメラに追い打ちをかけるようにシェラハが言葉を紡ぐ。
「何を言って…私とあなた、アイファーにレヒトとリンクの五人でしょ…?」
「ほらやっぱりわかってない。ま、私もそこまで親切じゃないし、本当の事なんて教えてあげないけどね」
「……っ!」
「あなたも本当は薄々感づいてたんじゃないの?メンバーの心はバラバラ。たとえあなたがピンチになったところで、黒十字のメンバーは誰も助けに来ちゃくれないってさ」
シェラハのその言葉にパメラが堰を切ったように叫びだす。知りたくもない現実から身を守るかのように
「なんで…!なんで今更こんな事実を知らされなければならないのよ…!黒十字のメンバーにまで、私は道化として扱われていたっていうの!?」
「フフン、家からは見捨てられ、仲間からは煙たがられ、上からは都合のいいように扱われる。正に道化者の人生。身勝手な隊長さんにはふさわしい人生じゃない?」
そんな挑発気味のシェラハの言葉にパメラの積もりに積もった感情が爆発する。
「シェラハァァァァァァッ!!!!!」
怒りや悲しみ、悔恨…様々な感情が入り混じった顔でシェラハに向かって行くパメラ。シェラハはそんなパメラを獰猛な獣の笑みを浮かべながら迎え撃つのだった。
クロスオーバーの醍醐味を考えるならシェラハはラクサス辺りと絡ませるべきかなぁとも思ったのですが、ちょっとここいらでパメラが黒十字の実態を知っとく必要があったのでパメラと絡ませることにしました。まぁこのイベントもパメラの成長に不可欠なのでやっぱり外すわけにはいかないよなぁと思います。
そういやなんか知らんけどラクサスと天馬に本編で繋がりが出来てましたね。こんな偶然ってあるもんだなぁと思いつつ矛盾が出来たらどうしようかとちょいと怖くもありますが、まぁその時は開き直って我が道を行こうかなと……