黒十字と雷の妖精   作:ジェネクス

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研究所までの道中

シェラハに盛大に殴り飛ばされたティアは、森から遠く離れた街道に落下していた。

 

「痛たた…シェラハ…本当に油断ならない人…!」

 

痛む体を奮い起こしながらティアはそうひとりごちる。同時にシェラハに対して無警戒で近づいて行った自分の迂闊さに憤慨する。

 

「シェラハの性格ならあそこで私の助けを借りようなんて思わないよね…クッ、あの時そこまで考えが及んでいれば…!」

 

しかし悔やんでいても仕方がない。ティアはすぐに周囲の状況を把握する。

 

「…どうも相当遠くまで殴り飛ばされたみたいだね…さっきの一撃も私にダメージを与えるよりとにかく飛距離を伸ばすように力を加えてたみたいだし…」

 

ティアは周囲に視線を巡らせながらそう思案する。シェラハの狙いは分からないが、考えられるのは――

 

「…時間稼ぎ…?私をあの場から引きはがすために出来るだけ遠くまで殴り飛ばした…?でも一体何のために…」

 

あるいは本来あの場でティアをきっちり仕留めるつもりだったのが、仲間の合流でそれが不可能になったからかもしれない。いくつか理由は考えられるが、すぐにティアは頭を振る。

 

「シェラハが何を考えているかはわからないけど、すぐに戻らないとリリィが危ない…!」

 

ティアは自身が飛ばされてきた方向を見やる。シェラハと戦っていた森ははるか遠方にあり、魔導四輪を駆使しても相当の時間がかかると予想されるほどだ。

 

(まともに進んでたらどれだけ時間がかかるかわからない…ちょっと無茶をするしかないかな…)

 

そう考えたティアの髪の色が緑色に変わっていく。自身の魔力を限界まで高め、力を解放する。

 

「ゲプランテツークンフト!」

 

途端、周囲の森のざわめきが一斉に停止する。この魔法は自身を時の流れから切り離し、周囲の時間を停止させる魔法である。あらゆる局面で絶大な効果を発揮する魔法だが、消耗が激しいのとティア自身があまり使いたがらないという理由で今まで使用を控えていた。

 

(とにかく魔力が続くまでこれで時間を稼ごう…急がなきゃ…!)

 

ティアはとにかく早くあの森に戻ることが重要だと考えた。魔力がギリギリまで空になっても自分なら戦う手段がある、そう判断したのも大きな理由である。更にティアはラクサスから手に入れた魔力を用い、自身の身を雷に変換する。

 

「リリィ…待ってて、すぐに行くからね…!」

 

そうしてティアは静止した時の中、凄まじい速度で駆け抜けていった。

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

「やっほ♪宣言通りスピリティアを排除してきたわよ♪」

 

ギドの研究所に戻ったシェラハが陽気な声でそう報告する。それに対してギドは抑揚のない声で応えた。

 

「それは結構。ずいぶんお楽しみだったようで」

 

「そういうあんたはみょーに覇気が無いわねぇ。どうかしたの?」

 

「当然です。例の三人の侵入者に量産型の合成獣(キメラ)が既に15体倒されましたからね。…まったく、ようやく量産体制が整ってきたというのに大損害ですよ」

 

「あらら。ケチ臭く量産品を使うからそうなんのよ。最初から特別品をぶつけとけばこうはならなかったかも知れないのにねぇ?」

 

そんなシェラハの言葉にギドは答えず、代わりに非難するように言葉をぶつけた。

 

「それよりもあなた、その侵入者たちにこの森の地図を渡していましたね。一体何を考えているのですか?」

 

ギドの質問に対しシェラハは実にあっけらかんとした態度で答える。

 

「何って、ティアにあんたのアジトまで案内するって約束しちゃったからねぇ。ティアは盛大に吹っ飛ばしちゃったから代わりにあの娘の連れを案内してあげようとしただけよ。ほら、私って約束は守る女だし?」

 

アッハハハ♪と悪びれもせず笑うシェラハをギドは憮然とした表情で睨む。シェラハはそんなギドの視線を軽く受け流してこう言った。

 

「ほらほら、そんな怖い顔で睨んでちゃせっかくの知的な面が台無しよ?物は考えよう、連中をおびき出して一網打尽にするチャンスじゃないの」

 

「そう上手くいけばいいですがね」

 

「世の中難しく考えるよりも適当に流したほうが割と上手くいくもんよ。じゃ、私もちょっと疲れたから軽く休憩させてもらうわ。連中がここに来たら起こしてね」

 

シェラハはそう言うと壁にもたれかかりあっという間に寝入ってしまった。ギドはそんなシェラハを見て呆れた顔で嘆息した。

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

ラクサスとパメラがギドの研究所へ向かっている途中で一夜が合流してきた。

 

「む、これはラクサス殿にパメラ嬢。ご無事なようで何よりです」

 

「あぁ、あんたも問題無いようで何よりだ。しかし…」

 

「…ふむ、スピリティア嬢の姿が見えませんが、彼女の身に何か?」

 

ラクサス達はスピリティアの事をかいつまんで話した。一夜はそれを難しい顔で聞いていた。

 

「成程…スピリティア嬢がそのシェラハという者に敗れ、いずこかへと飛ばされてしまったと…」

 

「あぁ、探しに行くことも考えたが、何しろどこまで飛ばされたかわからないからな…下手に時間を取られると、連中に捕らえられてる妖精がどうなるかわからんからな。まぁ、ティアはああ見えて俺たちよりもはるかに強い。だから無事だと信じているさ」

 

「しかし、そのシェラハがくれたという研究所までの地図、信用できるのですかな?」

 

そんな一夜の疑問にはパメラが答える。

 

「えぇ、これは私の勘だけど、シェラハはおそらくこういった事では嘘はつかない。騙し討ちなんかは…まぁ、割としてくるかもしれないけど、でもこういった形でこちらを騙してくるってことはないと思うわ」

 

「わかりました。あなたがそう言うのであれば私はその言葉を信じるのみです」

 

一夜がそう納得したところでラクサスが二人を促す。

 

「それじゃ急ぐぞ。グズグズしてると日が暮れかねない。何とかそれまでにはギドの研究所を見つけておきてぇからな」

 

その言葉にパメラと一夜も頷き、三人は研究所に向かって駆け出した。

 

 

 

「…時にパメラ嬢、あなたとそのシェラハという人物とはどういった関係で?」

 

「それは…」

 

一夜の質問にパメラは答えにくそうな顔をする。自分とシェラハの関係を説明するとなると、黒十字の内情に関しても説明しなければならない。そうなると必然的に魔女狩りについても触れなければならなくなる。ラクサスは魔女狩りの事実を知っても自分を受け入れてくれたが、一夜がどういった反応をするかはわからない。そうパメラが悩んでいると、ラクサスが声をかけた。

 

「…パメラ、お前の懸念は俺にもよくわかる。だがこのおっさんなら大丈夫だ。お前の過去を必要以上に追究したりはしないさ」

 

「…そう、かな」

 

「…どうやら相当話しにくい過去があるようですが、私はあなたが悪だとは思いません。この素晴らしき香り(パルファム)は悪しき者には到底出せませんからな」

 

そんな二人の言葉に導かれて、パメラは少しずつ話し始めた。自分とシェラハが隣国の教会の特殊部隊“黒十字”のメンバーだったこと、そして黒十字が行ってきた魔女狩りの事実についても――

 

「成程、そのような事が…この話も他言無用、という事になりますな」

 

「話が早くて助かるぜ。…パメラの事は拒絶しないでやってくれるか?あいつも過去に色々あって、教会しか頼れる奴がいなかったんだ…」

 

ラクサスの言葉に軽く頷くと、一夜はパメラに向かって話しかけた。

 

「…パメラ嬢、過去の過ちは今の罪ではない。むしろその過ちに囚われ、歩みを止めてしまう事こそが罪となる。君がその過ちを悔やむのならば、なおのこと前に進み続けるのだ。それこそが君自身の断罪となる」

 

一夜のその言葉に励まされたか、パメラは軽く笑いながら感謝した。

 

「…ありがとう。…ふふ、顔の割に結構まともな事も言えるのね。ちょっとびっくりしたわ」

 

「失敬な言い草ですな。私ほどの紳士はそうはおりませんぞ」

 

そんな一夜の言葉にパメラとラクサスが笑う。ギドの研究所まではもう間もなくであった。

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

偵察用の合成獣(キメラ)からの映像よりラクサス達が研究所に近いことを知ったギドはシェラハを叩き起こした。

 

「シェラハさん、起きてください。連中がこの研究所の近くまで来ています。迎撃をお願いします」

 

「………ん~?もうそんなところまで来たわけ?意外と早かったわねぇ」

 

あくびを噛み殺しながらシェラハが呑気に答える。傍に立てかけてあった戦鎚を抱え直す。

 

「んじゃ~私はパメラお嬢様…赤髪の子を相手にするから、残り二人の相手はお願いね」

 

「全員の相手はしてくれないのですか?」

 

ギドがそう尋ねると、シェラハは軽く手を振って答えた。

 

「あの連中全員まとめて、ってのは流石に無理があるわねぇ。だからとりあえずは連中を分断するわ。私がパメラお嬢様を相手取る間、あなたは他の二人を足止めしておくのよ。ほら、あなたには足止めに便利な“迷宮(ラビリンス)”って魔法があるじゃない?」

 

「確かにあれならば早々突破されない自信がありますが」

 

「もし突破されたらあなたご自慢の最強の合成獣(キメラ)で相手したらいいんじゃない?二人位なら多分何とかなるでしょう?」

 

「あなたがそのパメラ殿を早々に始末して他も当たっていただけたら楽なんですがねぇ」

 

ギドがそう愚痴ると、シェラハがカラカラと笑いながらこう言った。

 

「パメラお嬢様も中々の強敵には違いないからねぇ。それにそう遠からずスピリティアも合流するだろうしね」

 

「彼女は排除したのではなかったのですか?」

 

「あれでどうにかなるってんなら別に苦労はないけどねぇ。多分あの娘は飛んでくるわよ。悪い科学者に捕まった親友を助けるために、魔力がスッカラカンになることも厭わずに、ね」

 

「魔力が尽きた相手ならばそう警戒する必要もないと思いますが」

 

「ま、普通ならね。でもあの娘は魔力が尽きても戦える厄介な魔導士なのよねぇ。周囲のマナを集めて弾丸を形成する事が出来るんだけど、その過程で自分の魔力をほとんど消費しないからねぇ。まるで永久機関よ」

 

あくまでも笑いながらそう言うシェラハ。ギドはそこで一つ思い当ったといった感じで尋ねた。

 

「成程…そこでまた私の出番という訳ですか」

 

「そういう事よ。あなたの協力があればあの厄介なスピリティアをほぼ無力化出来るわ。となると後はパメラお嬢様だけ…ま、それは多分どうにかなるでしょ♪」

 

最後まで軽い感じで答えながらシェラハは部屋を出て行った。




ホントはここで三羽烏を出演させようかな~なんて考えてたんだけど、なんか扱いづらそうなんでやめちゃった。なんだよ斑鳩のあの京都弁蝶扱いづらいんだけど?

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