その日、スコールは『銀の鐘』試作壱号機・腕部装備砲バージョンを土産、もとい交渉材料にマドカのナノマシンの中和剤を手に入れるため本部へ訪れていた。
結果からしていうと簡単に手に入った。ここで現金な話……本当に現金の話をすればナノマシンの中和剤は値段的にせいぜい数百万で開発でき数十万で量産が可能である。それに対してIS装備は何億とかかり値段的には比にならない。そのことに目の眩んだ本部の人間たちはいとも簡単に福音の装備を受け取り中和剤を渡してきた。
恋は盲目というが金にも当てはまるらしい。
「……何のために厳重に管理してたかが頭からすっぽり抜け落ちてるわね」
ISが出てきた直後は他の部隊と任務を行ったときや既に居なくなっている本部の人間には、もっと頭もきれる者もいたので勝手に頭の中で補正でも掛かっていたのだろうか。今の亡国機業の上は本格的に駄目だと思うスコールであった。
自分たちは動かず
近いうちにアレシアともう一度話して抜け出すことを提案しようと思う、中和剤があるのでそう反対もされないだろう。ちなみにオータムは間違いなく着いてきてくれる自信がある。
ので隣にいるオータムに聞いてみる。現在オータムは爆散したアラクネの
「オータム、もし私が
「あ? 何言ってんだスコール。私も着いていくに決まってるじゃねーか」
「そう。ふふ、ありがとうね」
「急にどうしたんだスコール?」
怪訝そうにするオータムだがスコールはもう少し黙っておくことにした。何かと態度に出やすいオータムなのでボロが出てしまうかもしれない、腹芸にはあまり向いてないのだ。そこが可愛いとこでもあるのだが。
そういえば巻紙礼子としての
「じゃ、またねオータム。アラクネはそろそろ直りそうかしら?」
「ああ、数日以内には直るってよ……さっさとこんなキモいやつらの多い本部から出ていってスコールのとこへ帰りたいぜ」
「ふふ、待ってるわ」
うん、やっぱり向いてない。と確信するスコールであった。
▽▽▽▽
「まあそんなことがあったのだけど? なんであなたはエムを連れてきてるのかしら?」
「ん、ああ。今のは要約すると本部とオータムがバカって話だったかぁ?」
「あなたオータムと本部を一緒にするとかブッ飛ばすわよ、本部は救えないバカでオータムはバ可愛いのよ」
「なぁ、中和剤とはどういうことだ……?」
「なにおう! バ可愛さならマドチだって負けちゃいねぇ! ほら、話についていけずにこの戸惑った顔!」
「おい」
「フッ、オータムなんて本部の会合で話についていけてないことに気づけずにいることがあるわよ!」
「「バカだ!?」」
スコールから話されるオータムの抜けっぷりについシンクロする師弟ふたり。
閑話休題。
マドカにちょっと勝手にこそこそやって、頭のナノマシンの中和剤を手に入れたことを超ザックリ話した。
「ほーら、理不尽が知らない間に一個消えたろ? 諦めなきゃ何とかなるもんなんだよ。さ、中和剤ぶち込むからその可愛い尻出せマドチィ。ハリーハリー!」
「い、いやそれはお前たちが動いてくれたから――ってなに!? し、尻なんて出すか! 完全に注射器の形だろ、腕とか首に打つやつだろ!」
「くっ、流れでいけるかと思ったんだけど無理だったかぁ! あと首に打つ注射は基本ないからな?」
「そんな流れ無かったぞ! ……ってそうじゃなくてだな」
「ふーん、アレシアといると前までのエムのイメージが崩れるわ」
スコールは楽しそうにマドカとアレシアのやり取りを眺めている。アレシアはどこからともなくアルコール綿を取り出しマドカの左腕を拭き始める。マドカはまだ状況に追いつけていないのかされるがままである。
「お、おい」
「スコール、これ本当に本物なんだよな? あと静脈注射でいいの?」
「ええ、間違いないわ。受けるとる前に念には念をいれて検査して渡してもらったもの。連中はそれよりも期せずして手に入った新しいIS装備、それも第三世代の武装に夢中だったけど」
「そうか、ならいい。ほらマドチちょっと袖捲れーじっとしてろー、チクッとすっぞー」
「あ……うっ、っつ!」
ゴムのチューブのようなものでマドカの左腕を絞ったあとに注射を打ち込む。その後アレシアは針を抜き絆創膏を貼る。
「ほい、完了。効果はどれくらいで出るのさ?」
「今晩かなりの頭痛がするでしょうけど、それが引けばオーケーね」
「よしよし、マドチーも聞きたいことがあるだろぉ?」
「あ、ああ」
頷くマドカ。それにアレシアはイイ顔しながら頷き、
「明日な! さー、これから頭痛くなるんだぁ。風呂入って飯食ってさっさと寝ろ寝ろ!」
「ちょ、待っ」
「なんだぁ? 頭痛が心配でひとりで寝れないならあたしも一緒に寝てやるぞぅ?」
「い、いらん! わかったから! 風呂に入ってくる!」
手をワキワキさせながら近づいてくるアレシアを恐れてかマドカは入浴のため部屋を飛び出していった。それをイイ顔で見送るいい歳したイヤな大人ふたり組。
「いやー、スコールありがとう。これで目下最大の悩みが一個消えたよ、あとは大体力づくでも何とかならぁ」
「いいわよ、装備自体を盗ってきたのはあなたなんだし。話は変わるのだけどひとついいかしら?」
「んぇ、なんだぁ?」
「今日、私交渉してきたじゃない? それで思ったことなんだけど正直な感想を言うわ。亡国は変えることなんて出来ない、そんなとことっくに通りすぎて腐ってるわ。変えるために居続けてたら共倒れするわよ」
「んぐんぐ、ぷはぁ! へー、なら諦めよっかぁ!」
アレシアはどこからともなく酒を取りだし飲み始め、何でもないかのように諦めようと言った。その反応にスコールは虚をつかれた、酒を飲み始めたのはもはや気にしない。因みに酒の種類は缶のカクテル、ジュース感覚でスイスイ飲める。
「やけに軽いわね……?」
「いやぁぁ、どっちかってっとあたしは亡国つぶしたかったんだけどさぁ? スコールたちが所属してる手前そこまでストレートに言うとなぁ、さすがに即効造反者扱いになりそうだったから亡国を変えようって言ったんだぜぃ?」
「そうだったの……あれでも多少、ほんの少しは考えてたのね」
「あー、あたしだって色々考えてんだぞぉぉぉ? 今日だって超頭働かして悩んだりしたんだぞぅぅ?」
アレシアには力がある、それもとびっきりのものが、ブリュンヒルデという最強を示す称号を手に入れられるほどの。
しかしなまじ力のあるせいで、なにかと力づくで解決する方に走ろうとしてしまう。
だから苦手なのだ、どうやっても力で解決できない他人の心を察したり抱えている問題の解決を手伝うといったことは。
なので今日は大変だったとアレシアはしみじみ思う、長年接したことで何となく感じたマドカの心情を千冬に何とか言葉足らずながらも伝えることから始まり、マドカの家族への思いの吐露を聞くこととなるとは思いもしなかった。
「改めて思い返すと疲れた……」
「あら、珍しく本当に疲れてるようね?」
「ああ、ホントに人の深い事情にまで踏み込むべきじゃあないってぇぇ。気ぃ使ってしゃーないねぇ」
「へぇ、あなたはそういう方面が苦手なのね」
「力づくで解決しねぇかなぁ? あなたの家庭問題を物理的に解決します的なキャッチフレーズでいけねぇ?」
「しないしいけないわね、悪化するわよ」
机の上でグダッとダレているアレシア。そして動くのも面倒なのかテンペスタ・ディザストロの小型推進翼のPICのみ起動し、手足を伸ばした状態、まるで子猫が親猫にくわえられているような体勢でフワフワ空中に浮きながら部屋を出ていこうとする。
それを見たスコールは目を丸くしつつ驚く。
「あなた変なところで器用よね……」
「まあ、仮にもブリュンヒルデだしぃ? ISの操作なら世界中でトップクラスの自信はあるよぅ?」
「でも、その水の中で脱力しているかのような体勢で夜中に遭遇したらホラーだからやめてね」
「ういういぃぃー」
そのまま無音で風に流されるかように出ていくアレシア。向かう先はマドカの部屋。
現在スコール、オータム、マドカ、アレシアで使っている拠点はあるホテルの最上階を丸々貸切り状態にしている。そして恐らく部屋のシャワーを浴びているであろうマドカの部屋へ向かっている、数センチ浮かびながら。
マドカの部屋の前に着いたアレシアは、翼スラスターを一枚だけ出し器用に動かし扉をノックし再び量子化する。完全にものぐさモードである。
既にマドカはシャワーを浴び終えていたのか扉が開く。
「なにか用か? 今から夕飯を食べ……なっ!? なんで宙に浮いてるんだ!?」
「ブ、ブリュンヒルデマジックゥ……!」
マドカはその返答に苦笑しつつ再度アレシアを眺めると腰の辺りに小型推進翼らしきものを見つけた。
「それを言えばお前の奇行が通ると思うなよ? 腰の小型推進翼を見るにPICか」
「正解ぃ、すぐわかるとか面白くないなぁ。 と、マドチまだ頭痛はしないか? 飯食えるかぁ?」
「問題ないぞ。スコールの話を聞くに即効性ではないのだろう。あと明日話を聞かせてもらうからな……?」
「あいあい、なら早く食べて一晩頭痛に苦しんでさっさと健康体になれぇ! あたしは部屋で飲んでくるぅ!」
「ああ……飲みすぎるなよ?」
「断る、今日は吐くまで飲むからなぁぁぁ!」
そう叫びながらマドカの部屋の前から去っていくアレシア。その宙に浮く世界最強の背中を見送ったあとマドカは夕飯を手早く済ませ床に着いた。
深夜マドカは強烈な頭痛に苦しめられ、それは明け方まで続き、途中から意識が曖昧になるほどのものであった。
――ただ、その頭痛が収まった朝。マドカは命を脅かす
――二代目の世界最強は翌朝、全力全壊の乙女力の発露を行っていた。
▽▽▽▽
朝の目覚めはあれほど頭痛に苦しめられたにも関わらず爽快であった。心なしか今までよりも頭がスッキリしている、気持ちの問題かもしれないが。
マドカはふと、頭痛で寝ているのか起きているのか意識が曖昧になっていたときのことを思い出す。
夢だったのかもしれない、でもいつからだったか手を握ってくれていた黒髪の女性がいたように思える。そのお陰で少し、気持ち程度ではあるが安心できたように感じた。
……織斑一夏へ抱いた羨望から姉を夢に見てしまったのか、それとも現実で手を握ってくれていた人がいたのか。現実でいてくれたならば、ここにいる黒髪の女性はただひとり――。
「……昨日のことを聞きに行くか」
マドカはベッドから出てアレシアの部屋へ向かう、既に朝の9時をまわっている。もう起きているはずだ。
昨日に説明を後回しにされたナノマシンの中和剤について聞こう、理不尽が知らない間に一個消えただなんて言っていたがそんなわけがない。アイツとスコールが動いていたに違いない。そう考えているとアレシアの部屋へ着いた。
「アレシア、入るぞ?」
返事がない、ノックをしてみるも反応がない。昨日はそうとう疲れている様子だったので今も寝ているのだろうか?
そう思いつつも扉へ手をかけると開いた。中へ入りベッドを見るがもぬけの殻である。既にどこかへ出掛けてしまったのだろうかと思ったところで物音が聞こえた。
耳を澄ませてみる……喉の奥から絞り出したかのようなうめき声に、シャララララーという効果音らしきナニかが聞こえてきた。聞こえてきたのはトイレの方である、向かってみると……。
「うぉぉぉえええぇぇぇぇぇ、ウプッ」
「…………悲惨な乙女力の発露だな」
「あぁ、マドヂ、おはよぉぉぉえぉぉぉぉぉぉ!」
光の奔流である。アレシアの口から限界を越えて酒を飲んだ代償であろう、乙女力の発露が溢れんばかりに出ている。トイレの中は既に
マドカは溜め息をつきつつもアレシアの背中を擦りつつ一度トイレの中身を流す。
「あー、落ち着いてきた……うぷ、オロぇぇェ」
「どこが落ち着いてきたんだ、ほら吐き……いや発露しきってしまえ。とっくにお前の乙女力は発露というか発酵してそうだが」
「ぉええ、ぺっ、ぺっ! 乙女力発酵したら食えんのかな?」
「食ったら間違いなく乙女力だだ下がりしそうだがな。水はいるか?」
「お願い、動くのも面倒臭いわ」
ようやく出しきったのかトイレの床に座り壁にもたれかかるアレシア。強烈に酒の臭いのする部屋を通り、マドカは台所からミネラルウォーターを取ってくる。
しかし何故だろうか? マドカはこの部屋の臭いに近いものを本当に最近嗅いだ気がした。
マドカが水を持って戻るとアレシアはボーッとして壁を眺めている、正直少し怖い。
「ほら、水だ」
「Ti ringrazio tanto.」
「ん?」
「んあ……? ああ、ごめん。ありがとねマドチ」
一瞬日本語でないものが聞こえた気のするマドカだった。
世界にISが広まってから、それに追従するように日本語も広まりIS関係者などほとんどが日本語を話せるようになっている。――と言うのもIS開発者である篠ノ之束が資料から何から何まで日本語でしか出さなかったからなのだが。
なので普段アレシアも日本語を話している。合わせて黒髪なこともあり忘れそうになるが、アレシアはイタリア人である。なので先程聞き取れなかったのはイタリア語だろうとマドカは当たりをつける。
「うっし、まだちょっと頭ガンガンするけど出すもんは出しきった! マドチは朝飯まだ? まだならどっか食いに行こーぜぃ」
「ああ、まだだ」
「よっしゃ、財布ーさい……うわ!? 滅茶苦茶に部屋汚ねぇ!?」
「お前が飲んだあとのゴミだろ……酒のビンに缶につまみに……た、樽だと……!?」
「帰ったら片づけねーとなぁ、取り敢えず朝飯行くか」
「ああ」
マドカはアレシアに着いていき部屋をあとにする。
そのときに思い出した、今朝部屋でこの酒の臭いがしたのだ……。たぶんアレシアが様子を見に来てくれたあと付き添っていてくれたのだろう。
――姉とはこういう存在なのだろうか、少しそう思うマドカであった。
残っていたのが酒の臭いで色々台無しだが。
――まあ、それとは別問題で部屋が酒臭いのは嫌なので朝食ついでに消臭剤を買うことと換気をすることを決めたマドカだった。
ここまで読んでくださった方に感謝を!
怪 宙浮く生気なきブリュンヒルデ……は置いといて。
いい話みたいに書こうと真面目な雰囲気出しつつ、やっぱりオトす回、お茶濁し回とも言う。濁すお茶もなかったしトイレが乙女力で濁っただけですが。
久々のオータムと乙女力(ゲ□)の登場でした。
感想など書いてくださってる方には感謝、書くモチベーションのひとつになっています。