キャノンボール・ファストの会場より離れた
セシリアはマドカを相手に苦戦を強いられていた。セシリアは大出力BTライフル『ブルー・ピアス』でサイレント・ゼフィルスを狙うが悉くゼフィルスのシールドビットに阻まれる。
そして反対にマドカが放つ射撃はセシリアを追い詰める。6機のビットという単純な手数を駆使した連射、正確無慈悲な射撃……そしてなによりもマドカの位置取りがセシリアを苦しめていた。
現在位置関係はセシリアがマドカの上をとる形となっているのだが、ここは市街地の上空であり下手に下へと向けて射撃を行えば街に被害が出る。
そのせいでセシリアはただでさえビットを全て推進力に回している高速機動パッケージのブルー・ティアーズがビットを使用できない状態にあり、『ブルー・ピアス』も満足に撃てない。それに対しマドカは6機のビットに加え『
「くっ! 卑怯な……!」
「自分に優位な状況を作り上げるのは戦いの基本だろう」
――そして卑怯と言われる戦法は大半が有効だ、と心の中でつけ足すマドカ。対するセシリアは、このままではジリ貧で負けるのを待つだけであると考え、格闘ブレード『インターセプター』を呼び出し近接格闘へ持ち込もうとする。
それを見たマドカもナイフを左手に呼び出す。
どこかで見覚えのあるようなナイフだが、別に
「ふっ……」とか声をこぼしつつ、バイザーで見えないが哀愁のこもった目でナイフを見て、セシリアが馬鹿にされたと勘違いするなんてことも起こってない。
「馬鹿にして……! もらいましたわ!」
「甘い」
ふたりのナイフ同士の格闘戦が始まるがそれはすぐに終わりを向かえる。マドカはわざと高度を落とし慣れない近接格闘により他へ注意を向ける余裕のないセシリアを高速道路の立体交差ポイントにぶつけようとしたのだ。
セシリアはそれを
マドカはナイフを投げ捨てようとして下を見たあと……やっぱり収納し、ライフルの連続射撃を一度も外さぬままブルー・ティアーズのシールドエネルギーを削っていく。
マドカは残り一発の直撃で落とせると判断し『スターブレイカー』のチャージショットを撃つための
「終わりか?」
「まだでしてよ……私の切り札は、まだありましてよ!」
セシリアが叫び高速機動パッケージ状態であり、ビットの閉じられている砲口からの一斉射撃。
ビットとその周辺パーツを諸々吹き飛ばして放つ
「あいつが好みそうな攻撃だ、なっ!」
マドカはそう言いながら、必殺の間合いといえる距離から放たれた射撃をすべて避ける。
そしてチャージの完了したライフルを突きつけるがセシリアもなにも握っていない右手で銃の形をつくりマドカへ突きつけた。その意図がわからず、まだなにか切り札があるのかマドカは警戒し引き金を引かずにセシリアへ注意を向けてる。
そして、セシリアはゆっくりと笑みを浮かべた。
「バンッ」
セシリアがそう言う直前、マドカのハイパーセンサーに自分を貫かんとする避けたはずの四本のビームが映っていた。
気づくのに遅すぎた、しかし撃ち貫かれる前に気づいた。
「――ぁぁぁああ!」
マドカは全スラスターを噴射し身体を、機体を捻りビームに対して当たる面を両脚のみになるよう体勢を変える。
その結果、無茶をし盾とした代償として両脚の装甲は砕かれ弾き飛ばされ中のケーブルやらが飛び出し見るも無惨な状態となった。しかし逆にいえば翼スラスターやライフル、それを撃つのに必要な両腕は守ることができた。
「どう化けるかわからない、か」
「誰の言葉ですの……?」
「……私の師匠だ、そしてこれで終わりだ」
マドカは今度こそ切り札が尽き満身創痍のセシリアを撃ち抜くためライフルを構える。が、しかし今日のマドカはどうにもライフルを撃てない日なのか再度邪魔が入る。視界の端に見覚えのある白の機体が見えた。
マドカはライフルを切り裂かんと迫る刃をライフルを短く持ち直し先についている銃剣でいなし、最大出力で突っ込んできたIS、白式を確認した。
「チッ……何故先程落としたお前がここにいる、いや会場に残っていたあいつはどうした?」
「その人から伝言だ、自分の担当は自分でケリつけろって……それでここにいる理由は仲間を助けるためだ!」
「ふふ、一夏さんらしいですがその回答はズレてますわよ?」
ようするにアレシアは一夏の担当はマドカだからと丸投げして、マドカを追ってきた一夏をほったらかしにしたらしい。
そんな相変わらず適当なようなアレシアに頭を抱えつつもマドカは一夏とセシリアへ向き直る。
改めて冷静に自分と一夏を比較しても負ける要素は見当たらず、そしてなによりも腹立たしい。自分が裏の世界で死と隣り合わせのような生活をしていたときに、のうのうと優しい
今だって自分の頭の中にはナノマシンがありいつでも殺されることができる状態だというのに。
そして、
「――ああ、憎い怨めしい、ズルい…………羨ましい」
「え?」
「帰る」
そして、自分でもわからない感情が溢れ出してきたマドカはその場で織斑一夏と戦闘することではなく帰投することを選んだ。
そもそも既に任務は達成しているし、手負いの仲間がいる以上追ってこないだろうと自分に言い聞かせながら。
自分の中に芽生えた怨みや復讐心とは別の羨望という感情から必死に目を逸らして。
▽▽▽▽
時を少し遡り、マドカとセシリアがアリーナを去った直後。
口角が無意識に上がっているのがわかる。ああ駄目だ、まだなんだ、今のあたしの目標はこれだけじゃないんだ――!
「織斑千冬ぅぅぅ!」
ディザストロでガラスを突き破って千冬のいる放送室とおぼしきところへ入ったアレシアは、ハイになって暴走しそうな自分のペースを掴むため、取り敢えず適当に挨拶をかますことにした。
千冬はガラスが突き破られISが入ってきたというのに腕を組んだまま飛んできたガラスに眉をしかめるだけである。
「以後、見苦しき面体ぃ! お見知りおかれましてぇ、恐惶。万端ひきたって宜しくお頼み申しますってかぁぁ!」
「久々だが相変わらずの適当さだなアレシア、仁義を切ってどうする。というかよくそんな挨拶を知っていたな」
「アッハッハー、久しぶりだね千冬。ちょっと話があってお邪魔したぜぃ」
「それにしては随分と過激な登場だな」
「ごめんごめん派手に決めようと思ってぇ……ところで伝言は聞いた?」
伝言、更識姉から伝えられた決着を求めるということだろうと千冬は予想し肯定する。
「ああ、私とて望むところだ。暮桜を現在修理中だからしばらく待て……私からも質問だ、貴様は何故亡国に所属している?」
「初めは流れで、今はマドチを手伝いたいってのが大きいかなぁ」
「マドチ?」
アレシアは一度そこで区切り、今日千冬に会いに来た目的を訪ねる。今日来た、本当の目的は宣戦布告ではないのだ。それは言伝てではあるが済ましたし、伝わっていたことも今確認した。
「なぁ千冬、マドカって名前に聞き覚えないか?」
「な……!? お前どこでその名前知っ!」
「千冬姉!」
千冬がそう聞き返そうとしたそのときアレシアが入ってきたところから白式が現れる。どうやら紅椿のワンオフ・アビリティー《絢爛舞踏》によりエネルギーを回復させたようだ。
「一夏、こいつのことは放っておいてオルコットの方を追え。こいつは放っておいて問題ないし相手にできるやつでもない」
「でも千冬姉が……!」
「約束するよ織斑弟、話だけしたら出てくし何もしない。あとゼフィルスに追いつけたら自分の担当は自分でケリつけろっていっといて。あたしは知ーらね!」
「……わかった」
アレシアを信じたのか、ただ千冬を信じ指示に従っただけなのかはわからいが一夏はセシリアとゼフィルスを追っていった。
それを確認してからアレシアは話を再開する。慣れないことをするので頭を必死こいて働かせつつ話す。
「亡国にいるんだよ、あんたの妹だろ」
「ああ、そうだな……一夏は知らない、いや覚えていないだろうが両親がいなくなった日に一緒にいなくなった妹だ」
「あんたたち家族になにがあったとか、そんなとこは聞かないし家族で話してくれ」
期せずしてマドカが今姉や弟と過ごせていない理由はわかってしまったが、そんなこと知ったこっちゃない。
アレシアが口を挟めるようなことでもなければ、もとよりそんなつもりは毛頭もない。
聞いたところでアレシアにはどうにかできる気はしないのだ。
「単刀直入に言ってマドカはあんたたち姉弟に嫉妬か恨みかそんな感情を抱いてるし、正直会った頃なんて口を開けば復讐する、復讐する言ってた」
「……だろうな」
「ただ、こう上手く言えないんだけど、恨みとか妬みだけじゃなくて……こう……ああ、クソ何て言やぁいいのかなぁ! こう、たまにマドカが家族って言葉に対して憧れみたいなものを持っているようにも見えんだよ!」
アレシアは必死に言葉を探しながら千冬に伝える。ただ上手く言葉に出来ない己に苛立ちながらも、自分が伝えた言葉のせいで決定的な間違いが起きないよう。願わくば良い方向へ向かうように。
「……だから、何て言うかだな。たぶん復讐しにあんたたちのとこ来るだろうけど……そのときに何とかマドカの思いの丈をぶちまけさせてやってくれないか? それで上手くまとめてマドカが望んだら一緒に暮らせるようにできないか?」
「……無茶苦茶言っているぞ?」
千冬はアレシアの言葉を受けそう返す。アレシアはそれを聞き上手く言えず伝わってないことに頭を抱え焦り、何と説明するか焦りながら考える……が。
千冬はそれで言葉を終わらせず続ける。
「だが、そうだな。家族なんだ、家族の思いの丈くらい聞くことなど願われるまでもない」
それを聞いたアレシアは悩み俯かせていた顔を上げる。
「ホントか!?」
「ああ……だがその思いの丈を聞くのは私より一夏の方がいいかもしれないな。私が何を言ってもマドカにとっては言い訳にしかならん。それに一緒に暮らすかどうかもマドカ自身が決めることだ」
いくら知らない間にマドカがいなくなっていて千冬にどうしようもなかったとしても、千冬はマドカは両親と過ごしていたと思っていたとしても、マドカにとっては千冬は自分のことを探してしてくれずに一夏だけを育て家族として過ごして来た。
理屈ではない、間違っていたとしても食い違いがあったとしてもマドカにとってはそれだけが事実なのだ。
そしてそれは千冬だけでは解決できない問題である。
「……ならどうするってんの?」
「一夏に話してみて協力してもらう、家族の問題だ。家族で解決するさ」
「そりゃあそうだねぇ! やー、よかったよかった! なら頼むよ千冬! それが解決したら心置きなく決着をつけよう!」
「ああ……マドカのことを伝えてくれてありがとうアレシア」
「こちらこそ、ありがとな千冬!」
アレシアは最後に晴れ晴れした顔でそう言うと、何かを千冬に投げ去っていった。
投げれたものを受け取った千冬は、ガラスやらなんやらが盛大に散らばった放送室を見渡しため息をついた。
「ふぅ、私ひとりで移動しておいて正解だったな。話の内容も他人に聞かせれることでもなかったのもそうだが……」
部屋の惨状を見るに千冬以外の誰かがいたならば何かしらの被害を受けていただろう、主にガラスが刺さったりアレシアが話を聞かせないためにテンペスタデコピンで気絶させたりと。
千冬はアレシアが乱入してきたのを確認した直後、狙いが自分であることを予測しひとりで移動しておいたのだ。
実際はそれだけではなく消息不明であった妹の話もあったのだが……。
――いつ話すか、今日すぐに話したいところではあるのだが今日は一夏の誕生日であり友達と祝うことだろう。
「次の休日にでも話すとするか……ふむ、それにしても良い酒を貰ったな」
千冬はそう決めアレシアより投げ渡された酒瓶を片手に放送室をあとにした。今日のことの処理が済ませて弟の誕生日を祝ったあとに飲もうと決めて。
▽▽▽▽
千冬にマドカのことを伝えれ気分晴れやかに帰投したアレシアはマドカを探していた。マドカも無事帰ってきているらしいのだがまったく見当たらないのだ。
「……おいおいおいおい、こう実際に織斑弟と顔を会わせたことで色々我慢できなくなってひとりで復讐に行ったとかじゃねーよなぁ。マドカー! 出てこーい! 訓練中の恥ずかしい写真スコールに見せちまうぞぉぉ!」
そう叫びつつ走り回っていると後ろから軽く頭を叩かれた。叩かれた頭を押さえながら振り向くと、
「マドチぃー! 探したぞぅ!」
「……何をしてるんだ、というか写真は捨てろと言ってただろ」
マドカがいた、いたのだがどこか様子がおかしい。いつもならもう少し声を上げて全力で写真を捨ててないことに怒って来そうなものだが。
「んんー? マドチ、なんかあった?」
「何もない、なかった」
「何もないことないんじゃねぇのー? 今日は織斑弟と会ったろ? 軽々勝ってたけどさ、弱くて肩透かしくらって失望したかぁ? マドチは結構強いからなぁ! それとも」
「――がう…………違う! そうじゃない! 私は、私は! アイツが憎いだけだったのに……どうして!」
織斑弟と言ったときマドカは反応したとアレシアはわかった。そしてマドカの続く反応を見て、知らぬ間に軽い気持ちで今触れるべきでないとこへ触れたことを遅まきながら気づいた。
そして今最も
「実際にたった一言かわしただけなのに……それでアイツが平和に暮らしてきたことが、家族に仲間に友達に慕われていることがわかって! 憎くて怨めしくて! 辛、くて……それで――どうしようもなく羨ましかった! どうして私がここにいる、どうしてアイツがあそこにいる! 逆じゃ駄目だったのか!? なんで私なんだッ!?」
アレシアはマドカの気持ちを、今日抱いた思いを、思いの丈を聞いた。
今日アレシアは、マドカの家族である千冬に自分との決着を後回しにしてでもマドカの思いの丈を聞いてもらえるように話をつけたというのに、ここで自分にぶちまけられた。
いつもふざけた態度で色々と流してる自分にどう答えろと言うのか、今回だって軽く適当に励まして終わらせるつもりだった。
ただ読み違えた、失敗した。
人の本音を聞くのは苦手だ、家族の問題なんてもっての他。今日千冬と話しただけでも自分がマドカと千冬、織斑弟との関係に悪影響にならないよう必死だったのだ。
これ以上踏み入る気はなかったというのに。
――やっぱり人生はままならない。
けど、ままならなくてもこれには答えないといけないと思う。
半ば無理矢理なったとはいえ自分は師匠だ、愛弟子には冗談も綺麗事も誤魔化しもない
「理由なんてないよマドカ。強いて言えばマドカはマドカだったからここにいる」
「そんなの――!」
「納得できなくていいし、しなくていい。世の中の理不尽に怒れ、不条理に逆らえ、不道理に抗え。そうじゃなきゃあんたも私もここにすらいなかったんだ。
自分が一番不幸だと思うななんて言わない、むしろそう思ってそのドン底から這い上がれ。自分で諦めて部屋の隅で縮こまってるくらいなら、他人に迷惑をかけてもいいから幸せを掴もうともがけ」
「…………」
そしてアレシアも考えることをやめて思ったままのことを話始める。マドカだけでなく自分にも言い聞かせるかのように。
「織斑弟が憎かっただけじゃなくて羨ましかったなら、それも込めてぶつけてやれ。たぶん明確な答えなんて返ってこないし返せるわけがない、返ってきてもマドカにとっては聞こえの良いだけの綺麗事かもしれない。
それでも多少はスッキリするだろうし何もしないより何億倍もマシだ。それに無関係な私に吐き出しただけでも少しは気持ちの整理は出来たろ?」
「……ああ、そうだな。感謝する」
「いいよ、気にすんなって。
――さて、いつもの調子に戻そう。
「よし、なら手始めに理不尽を一個ぶち壊しに行くかぁ!」
「えっ、ちょっ、引っ張るなアレシア!」
「なら担ぐ! っしょ! アッハッハ、軽いなマドチー飯ちゃんと食えよなぁ!」
「く、食ってるし、お、降ろせぇぇぇ!」
マドカを俵のように担ぎ上げアレシアが向かった先はスコールの自室。きっとスコールはもう帰ってきてるし成功してる、まあ失敗してても最悪あたしが力付くでどうにかしようとアレシアはマドカを運びながら考えた。
ここまで読んでくださった方に感謝を。
そしてタイトルはアレシアの思いでなくてマドカの思い。むしろ良くも悪くも単純なアレシアが色々思い通りにいかずマドカの複雑な思いに頭悩ます回でした。
そろそろ一話のノリに戻したい。