二代目戦乙女の今日この日この頃。   作:バンビーノ

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18.ブリュンヒルデ

 世界最強。この言葉が世間で知られ、一番に思い浮かべるものは――ブリュンヒルデ。世界最強のIS操縦者である。

 そして、その称号を持つ人間は世界に二人しかいない。初代ブリュンヒルデ織斑千冬と二代目アレシア・コロナーロ、このふたりである。

 ただ、この初代と二代目には決定的な差があった。織斑千冬が第一回モンド・グロッソを全ての試合において勝利し優勝し、この称号を手に入れたのに対して、アレシアはどうしても埋められない差があったのだ。

 ――それが決勝戦の不戦勝による優勝。アレシアは間違いなく決勝にいくだけの実力があり、前回大会優勝者の織斑千冬を打倒できるかもしれないとさえ一部では言われていた。

 

 その決勝戦、織斑千冬が棄権した。棄権した理由は、世間的には知らされていないが彼女の弟である一夏が誘拐されたことが原因だ。アレシアはそのことを知っているし、それが原因で戦えなかったことを、千冬が棄権したことを恨んではいない。

 けど、そんなことを露ほども知らず気にもとめない世間は、織斑千冬の棄権により優勝したアレシアの実力を疑った。

 そして、ついた異名が『運だけの戦乙女(ラッキー・ブリュンヒルデ)』。彼女の実力すべてを、()というたった一言で否定するこの不快な称号。

 

 まぁ、耳に入れば怒り、目の前で言われれば完膚なきまでにぶっ飛ばし、そう言われる原因になった織斑一夏誘拐犯も泣くまでぶっ飛ばしたのだが。

 

 なによりも、なによりもアレシア自身が面白くない。不戦勝などという戦わずして勝つなんてことはない。勝ってこその勝利、勝ち進んで最後に頂上(てっぺん)で立っているのが自分ただひとりになってこその世界最強。

 

 だからアレシア・コロナーロにとってこれから行われる試合は世界最強同士の戦いではなく、世界最強を決める戦い。あのときの、第二回モンド・グロッソのやり直しなのである。

 これが世間的に認められるかどうかは関係ない。ただ決着を、世界最強でなくなっても構わない。あのとき戦えず分からなかった、アレシア・コロナーロと織斑千冬のどちらが世界最強であるのか白黒つけたいのだ。世界最強になりたい、けどそれが一番ではない。

 ただ誰が世界最強なのか決着をつけたいのだ。

 

「てなわけで、世界最強の座を今度こそ奪い取ってくるわ」

「勝つ自信があるのか?」

「まぁ……正直ねぇな。だからって負けると思ったことも一度もねぇ」

「そうか、なら頑張れよアレシア」

「よっしゃあ! 行ってくる!」

 

 マドカがそう言い送り出してくれる。姉の方にいなくていいのかとも、アレシアは思ったがまだなんとなく居づらいんだろう……マドカが千冬よりアレシアを応援してくれているかもしれない可能性も聞かずにいよう。冷めた目で否定されると、試合前に心が折れそうだ。

 

 そんなことを考えながら愛機にして相棒、テンペスタ・ディザストロを展開しアリーナへ出ると観客席は全て埋まっており、出入り口も生徒でごった返している。そして目の前には千冬、長年決着を望み焦がれた相手がいた。

 

「ハハッ! 駄目だぁ。楽しすぎて笑いが抑えらんねぇぞ千冬ぅ……!」

「ああ……前回の決勝はすまなかったな。だが私とてこの戦いは望んでいた。お前と決着を着けたかったぞアレシア・コロナーロ!」

 

 ふたりは構える。千冬は(雪片)を、取り回しのいい武装を持たないアレシアは己が拳を。

 

「ようやくだ、やっとこの時がきた! あたしが戦えなかった決勝戦からずぅぅぅぅぅっと! 待ち焦がれてたこの舞台! 始めっから手加減なしで行かせてもらうよ!」

「あぁ、来い。すぐさま落とされたくなければ始めから全力でかかってくるといい。初代ブリュンヒルデの名は伊達ではないぞ? かかってこいアレシア」

「はっ! 上等だ、こちとら不戦勝だろうが二代目ブリュンヒルデ。伊達かどうかは自分で確かめなぁ! ――単一仕様能力(ワンオフ・アビィリティ)理想の私(メアリー・スー)』発動」

「な……? ぐっ!?」

 

 アレシアがテンペスタ・ディザストロの単一仕様能力《メアリー・スー》を発動した直後に、瞬時加速(イグニッション・ブースト)で距離を詰め放った蹴りは暮桜の胸部へ直撃(・・)した。

 千冬は蹴り飛ばされながらも、すぐさま雪片を構え直す。

 しかし千冬は違和感が拭えない。慢心があったわけでもなければ油断していたわけでもない、アレシアの実力を知り認めており万全の体勢で待ち構えていた。

 

 ――ならば、ならば何故たかだか瞬時加速に反応できなかったのか。

 特別速かったわけでもない、恐らく世界中で唯一アレシアが出来る最速の加速『三段瞬時加速』を使われたわけでもない。

 あの程度の加速なら代表候補生でも出来る。そして千冬は、その程度で突撃してきたならば格好の獲物として雪片で斬り伏せていたはずなのに、それは現実とならなかった。

 瞬時加速に原因がないならば、千冬側の問題なのか?

 答えはもちろん否だ。今の千冬のコンディションは最高とも呼べる状態である。世界にISが広まる事件が起きたあの日のように、世界最強の称号を手に入れたあの決勝のように。

 と、なれば思い当たるものはひとつである。

 

「お前の単一使用能力か……」

「ご名答ぅぅ、あたしとディザストロの理想(最強)を形にした『理想の私』だ」

 

 まぁメアリー・スーって呼び方は自虐というか皮肉だけどなぁ、とアレシアは話す。

 初代(オリジナル)ではない二代目、オリジナルに勝利すること以前に戦うことすらできず運だけの戦乙女(ラッキー・ブリュンヒルデ)と呼ばれた自分。

 決して代わりないもの(ノー・ワン)にも唯一のもの(ザ・ワン)にもなれなかった。

 そして追い求めた背中は、理想の自分は最強。

 そんな色々な想いとか皮肉とか、そんなもの全部ひっくるめて着けた単一使用能力の名前。

 

「だから千冬、あんた倒して『理想の自分』から『最強の自分(オンリー・ワン)』に改名してやらぁ」

「そう簡単にはさせん。が、お前のワンオフは面倒だな。ハイパーセンサーがディザストロを捕捉していないぞ……いや、それだけではないな」

「アハハッ、あたしが認識しづらいかい?」

「ああ、お前は見えているし声も聞こえる。なのに、これは……お前という、お前とディザストロという『存在』が認識しにくいというべきか」

 

 その言葉にアレシアは歯を剥き出しに笑みを浮かべながら『無銘刀』を展開し、突撃の勢いを乗せた突きを放ち千冬の肩部装甲を削りながら答える。

 

「ハハッ! その通りだよ、あたしのワンオフはありとあらゆるものに観測させないこと。正確には、あたしとディザストロという存在の認識阻害だぜぃ。姿が見えもするし、声も聞こえる。けど、あたしの動きが見えているだけで認識は出来ないし、だから反応も出来ない」

 

 見えているのに反応が出来ないとは、どういうことか。矛盾しているようだが、実はそんなに難しいことではない。

 そもそも人間は視界に捉えているもの全てを認識しているわけではない。簡単な例をあげれば、歩きスマホ。あれもいくら携帯の画面を見ているからといって、他の景色が見えていないわけでもない。なのに人や壁にぶつかることが少なくない……ようするに見えているだけなのだ。人も壁も見えている、けど認識出来ていない。

 そして、アレシアはワンオフにより強制的にその状態に陥らせる。地味なようで、その実かなり厄介である。

 

「本来、あたしとの会話も成り立たないはずだけどぉぉ……千冬、あんたの神経というか身体というかどうなってんのかねぇ? あたしから攻撃を受けたって事実すら認識は難しいはずなんだけど」

 

 突きを浴びせながらアレシアは疑問をあげる。

 

「チッ! 生憎だが私は人一倍身体能力が高くてな……それに打開策も見えてきたぞ」

「へ……ぬぅわっとぉぉ!?」

 

 打開策が見えてきた、その言葉に嘘偽りなく千冬の胴体ど真中を突こうとした一撃は、暮桜の絶対防御を発動させながらも千冬が身体を捻らせたことにより空振りと大差ない結果に終わる。

 そして突きを放ち、直撃しなかったことによる硬直により無防備を千冬に晒すこととなる。

 だが、本来であればこの無防備は無防備とならず問題はなかったのだ。アレシアのワンオフにより無防備な姿は見えても、それを無防備として認識できなかったはずだった……はずだったのだが織斑千冬はそれを覆す。

 千冬は青く蒼く碧く輝きを放つ雪片を、弟の白式にも受け継がれている一撃必殺の象徴ともいえる零落白夜を発動させたソレを振りおろした。

 何故かはわからないが認識出来ないはずのアレシアに振りおろされた一撃必殺の刃。それを硬直状態にある彼女にはまともには避ける策がない。

 

 ――だから、アレシアはまともじゃない策で避けることにした。

 先程の試合でマドカの見せた脚部限定瞬時加速を全力で行う。もちろんそんなことをすれば上半身がついていかず危険だが……それでいい。

 致命的な蒼い刃がディザストロに届く寸前で加速は始まり、脚部のみが先に加速したことにより瞬時加速の勢いそのままにアレシアの上半身が勢いよく地面へと叩きつけれる。その衝撃はディザストロは殺しきれず、アレシアの肺の空気が外へと叩き出される。しかし、そのままスライディングのような形で滑り緊急回避には成功した。

 

「ゴフッ、ゲホゲッホ……クッソ! なんで反応してんだぁ!? 多少認識出来てようがあんな早く反応できるかっての……!」

「はっ、簡単なことだ。いくらお前が認識できなかろうと攻撃が当たった事実は認識できる。ならば攻撃が当たった瞬間に避け、反射でカウンターを叩き込めば問題ない。攻撃を受ける度にシールドエネルギーが削られるのが難点だが……私は一撃直撃させればいいのだから、そこも問題ないだろう」

「そんな対処方法取れんのあんただけだってぇの……尽く規格外で、いい!」

 

 無銘刀を千冬に先程までの突きの如き勢いで投擲し、『ドロイヒ・パイルバンカー(小人の杭打ち)』を展開したアレシアが追撃する。

 無銘刀は千冬の首筋を捉えるが、また顔を捻ることで首を掠めるに終わらせ、千冬はいるはず(・・・・)のアレシアに雪片を振るう。しかし、そこにはアレシアは存在せず、刀は空を斬りそこへアレシアが潜り込む。

 

「だっらぁぁ! ブッ飛べぇぇ!」

 

 ディザストロの左腕に構えられた小人の杭打ちが千冬の胸元へ放たれ――千冬は上体を限界まで逸らすことで胸部装甲が砕き弾かれるだけに終わる。

 しかし、上体を逸らしたことで雪片によるカウンターはないと判断したアレシアは追撃を放とうとするが、視界がぶれる。

 正確には、千冬が上体をそらした勢いのまま放った蹴りが顎を捉え脳を揺さぶった。

 

「――!?」

「そこ、か!」

 

 そして千冬は蹴り抜いた感覚を頼りに零落白夜を発動した刀を震い、咄嗟に盾にされた小人の杭打ちを切り裂く。

 斬り裂いた感覚で再びアレシアの位置を把握した千冬は、この戦いに終止符を打つ一刀を振るおうとする。

 対し、アレシアは頭が揺さぶられたことにより状況が把握できれども足が動かない――なら取るべき手段はひとつ。

 

「これで決める――!」

「なっ――めんなぁぁぁぁ!」

 

 右腕に展開されるISの半分ほどの大きさを誇る異形のパイルバンカー、スコールのゴールデン・ドーンのバリアを力付くで貫いたその武装である『蹂躙する一撃(トランプル・バスター)』を未だぶれる視界で千冬を貫かんと構える。

 

「斬り伏せろ雪片ぁぁぁ!」

「穿ってぶち抜けぇぇぇ!」

 

 交差する互いの一撃必殺、雪片は今度こそディザストロを捉え斬り裂き、蹂躙する一撃も千冬を捉えアレシア自身(・・・・・・)の右腕を破壊しながら穿つ。

 そしてふたりは後ろへ吹き飛ばされる。千冬はアレシアの一撃により、アレシアは自身の一撃の反動により。

 アレシアも千冬も転がりながら体制を直そうとし――試合の終わりを告げるブザーが鳴り響く。

 その音が耳に届きアレシアはハッと気づく。転がった勢いも収まり構え直している千冬と目が合っている、千冬には認識できていないはずの自分と目が合っているのだ。つまるところ単一使用能力『理想の私』が切れているというこであり――ディザストロのシールドエネルギーが尽きたということだ。

 

「……あーあ、負けちまったかぁ」

 

 悔しくないといったら嘘になる。正直今からでももう一度やり直したいくらいに悔しいし、世間で呼ばれる『運だけの戦乙女』の汚名返上といかなかったことは残念とも思わなくはない。

 けど、それでも今の千冬を見れば蹂躙する一撃が捉えたであろう左半身は、脚を残し装甲が無事なところはなくボロボロである。世界最強に手が届かなかったとしても……まぁ、指先ぐらいは引っ掛かっただろう。届かなかったなら、また頑張ればいいだけだ。

 なによりも長年待ち望んだ決着をつけれたことで心の凝りが取れた。

 

 と、そんなことを考えていると千冬から声がかけられた。

 

「なに、勝手に自分の負けと決めつけているんだお前は」

「あぁん? あたしのシールドエネルギーはもう空っぽなんだよ。これであたしの負けじゃなかったらなん――」

「私もだ、私ももう1たりともシールドエネルギーが残ってない」

 

 千冬もシールドエネルギーが残っていない。その言葉がやけに遠く聞こえる。フワフワして現実味がないというか、つまりアレシアのただの負けというわけでなく……引き分け、ということになる。

 ――追い越すことは出来なくとも手は届いていたのだ、世界最強に。

 

『初代ブリュンヒルデ織斑千冬と二代目ブリュンヒルデアレシア・コロナーロの頂上決定戦は、両者のシールドエネルギー切れにより引き分けとなります!』

 

 ふたりの引き分けを宣言する放送が流れ、アリーナには割れんばかりの歓声が響き渡る。

 アレシアはディザストロを待機状態に戻し、その光景にへたりこみ、呆然とした顔で千冬を見上げる。千冬も暮桜を待機状態に戻しアレシアに問いかける。

 

「どうしたんだ、その顔は?」

「アッハッハ……いや、なんだぁ。届いてたんだなって思って、あたしもちゃんと世界最強に」

 

 運だけじゃなかった、努力は無駄じゃなかった、あの日国を抜け出して千冬との決着を求めたことは間違いじゃなかった。例え負けていたとしても、今までの選択を後悔はしなかった。

 でも、不安だってないわけがなかった。千冬に手が全く届いていなかったら、指先どころか足元にすら及んでいなかったら。

 

「けど、よかったぁぁ」

「ふっ、らしくないな、そんな風になるとは。お前はもっと自由奔放でそんなこと気にもせずにいたかと思っていたぞ」

「そりゃあ、見せてないだけだってのぉ。自分がそんじょそこらの奴より強い自覚はあったし、マドチーとかもいたんだから弱いところは見せてらんねぇの」

「何だかんだで面倒見がいいな、その分周りに面倒かけていそうだが」

「はっ、うるせー。千冬だって家事は弟に任せきりだろぉが」

 

 そう軽口を言い合い眉間にシワを寄せ……すぐに破顔するふたり。千冬は座り込んでいるアレシアに手を伸ばし、アレシアはその手をとる。

 

「よっこらせ、っと。ふぅ、これからのことを思うと気が重いけど今は晴れて世界最強になれたことに喜んどくかねぇ……今夜は飲むぜぃ! 付き合え千冬ぅ!」

「抜け出した国への説明とか色々あるだろうからな……ふむ、まぁ今晩くらい羽目を外しても問題なかろう。付き合うぞ」

「いよっしゃあ!」

 

 アリーナの入り口を見れば、マドカやスコールにオータムがこちらへ向かってきているのが見える。千冬の方にも一夏や専用機持ちたちを中心とした生徒が向かってきている。

 その後ろには記者団らしき集団も……

 

「先に面倒なインタビューがありそうだな……」

「あたし先に帰っといていいか?」

「逃がすか」

「チッ」

 

 その後、アレシアはマドカに抱きついて千冬に届いた喜びを伝えたり、インタビューを千冬に押し付けようとして組伏せられたりと大変であったが――なにはともあれ第二回モンド・グロッソのあの決勝から焦がれ続けた決着は、今ここで叶ったのであった。

 

 ちなみにその夜は、本人たちの名誉のためどのブリュンヒルデとは言わないが、ふたりのブリュンヒルデがたいそう酒を飲み阿鼻叫喚な、でも笑顔の絶えないIS学園となったそうな。

 




ここまで読んでくださった方に感謝を。
えー、前回の投稿から日にちがあき申し訳ないです。お待ちいただいていた方には感謝と謝辞を。
『蹂躙する一撃』は諸刃のパイルバンカーと思っていただければ。自分の腕の装甲とか中身を犠牲に放つ擬似的一撃必殺です、故に連射は不可能かつほぼ必要なし。

なにはともあれ、この話の目的であるブリュンヒルデたちの決着はここで着きました。あとは後日談ですかね……たぶん、きっと恐らくMaybe。

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