楯無が展開した蛇腹剣のラスティー・ネイルが砂を風圧で巻き上げ、うねり切り刻まんとゴールデン・ドーンへ迫る。しかし、スコールはそれをなんなく海上へ後退しつつ避ける。蛇腹剣を投げ捨て、楯無もそれに追従しながら大型ランス
撒き散らされる銃弾はすべてゴールデン・ドーンが纏う球体の膜らしきバリアが防ぎ、スコールに届くことはない。
投げ捨てられた蛇腹剣は海の家の上に落ち、押し潰した。
「あなた海の家が潰れ」
「あとで弁償するわよ!」
そう言いながら、超高周波振動の水を螺旋状に纏っている蒼流旋を、右半身を前にする構えでスコールの張るバリアに突き出す。先端部分がドリルのように回転し貫かんとするが、ゴールデン・ドーンの熱線のバリアを破るには至らない。
バリアのなかにいるスコールは腕を組み、バイザーの下で笑みを浮かべているのが見える。それが防御を抜けないことと相乗し、楯無を苛立たせる。
そのまま力付くでランスを更に突き立てようとしたそのとき、ハイパーセンサーが頭上から迫るナニかを捉えた。
「――ッ!」
咄嗟に楯無はランスを頭上にかかげる、直後轟音が響きランス越しに楯無へ衝撃を伝え海へと叩き落とされる。
大きな水柱をたて海へ沈んだ楯無はナニに攻撃されたのか海中からスコールを確認した。
「ああ、あの尻尾ね……」
ゴールデン・ドーンというISの特徴のひとつとして巨大な
バリアを破ることに気をとられ過ぎたと反省し再び海上に出ようと浮上したが――スコールが火球を放った、その数はざっと十。
「ちょっ、数撃ちゃ当たるってレベルじゃないわよ! 威力的に!」
大きさは一撃受けたらからと致命的ダメージを受けるほどでもない、が致命的にならないだけである。それが十発、火球の爆発をモロに喰らえば確実に致命傷となりえて落ちる。楯無は火球の爆発に巻き込まれないように更に海中へと潜ろうする。と同時、十の火球は海面に接し爆発、それに伴い下方へ向かう海流が強制的に起こる捲き込まれ楯無は深海へ沈んでいった。
スコールは自身の放った火球《ソリッド・フレア》が海面で爆発し、周りが見えなくなるほどの水蒸気を上げているのを眺めていた。
「これダイナマイト漁みたいね……待ってたらプカーって浮かんでこないかしら?」
ソリッド・フレアは直撃しないまでも、爆破に捲き込まれ海底へ沈んでいった。だがその程度ではISのシールドバリアーは尽きないし、それがロシア代表であり学園最強といわれる生徒会長の楯無なら尚更無事であろう。
ふとスコールは、周囲の水蒸気に違和感を持つ。水蒸気ならそろそろ辺りが見えてくるはずなのだが、これは水蒸気というよりは――霧。
「くっ!」
「逃がさないわ、吹き飛びなさい!
スコールが霧から出ようとするが、タッチの差で海上へ出てきた楯無が
しかし……爆破に巻き込まれたスコールは、ゴールデン・ドーンは変わらず無傷。熱線のバリアは破られず清き情熱の直撃もものとしない。
逆にスコールより再び撃ち込まれた火球はミステリアス・レイディの防御にまわされた水のヴェールを貫き、楯無を襲う。
「諦めなさい、あなたのミ、ミステテリー……あなたのISでは、このゴールデン・ドーンの
「ミステリアス・レイディ! いい加減に覚えなさいよ! ……それに諦めないわよ、だって私は生徒会長。 だから学園に! 生徒たちに手を出そうと言うなら私は死力を尽くして止める!」
楯無はそう言い、一番の本音を続ける。ミステリアス・レイディから淡い水色の光を発しながら、
「そして! 私の妹のかんちゃんを守るわ! そのためにあなたをブッ飛ばす! てか、かんちゃんに危険を近づけるものは誰であろうとブッ飛ばしてやるわ!」
そう言い切った楯無は、ミステリアス・レイディと共に光に包まれ――その姿を変えた。
それを見たスコールは目を見開き驚き、そして笑う。
ミステリアス・レイディは赤き翼を拡げ、左右一対に浮遊しているアクア・クリスタル、そこから広がる水のヴェールは青から赤色へと変わっている。
色の変化はセカンド・シフトしたことによりミステリアス・レイディに追加された専用パッケージ『麗しきクリースナヤ』を展開しているからであり、今までの通常エネルギーから高出力モードへ移行した印である。
「セカンド・シフト……! プッフ、アハハハハ! シスコン
「笑いたいだけ笑いなさい、これであなたを捕らえるわ!」
スコールは笑いながらも警戒していた、セカンド・シフトしたということは
そう考え距離をとろうとしたスコールは気づく。動けない……いや、正確には
「
「……あ、腕も動かなくなったわ。これ顔までいったら表情固まるのかしら?」
「話聞きなさいよ」
「沈む……!? 私の
「思い出したかのように、キメ顔で負け台詞言われても困るわよ……」
その後、超広範囲指定型空間拘束警戒していたであるセックヴァベックに捕らえられたゴールデン・ドーンは、そのままシールドエネルギーを削られスコール自身も捕らえられることとなった。
別に火球を自分に当ててスコール自身ダメージを受けながら拘束を抜け出すことなんてなく、あっさり捕まった。
「じゃあ一度IS学園まで連れていくわ」
「そこで話をするのね、ええいいわよ」
やけにすんなり、しかしニヤニヤしながらIS学園へ向かうスコールに楯無は眉をひそめたのであった。
▽▽▽▽
IS学園生徒会室、場は混乱を極めていた。
「あなた亡国機業を抜けたってどういうこと!?」
「はぁい、織斑千冬」
「はぁ……スコール、といったか。何故更識姉に捕まってここにいる? 貴様が亡国機業の襲撃があると電話してきたものだな?」
「織斑先生も亡国機業の襲撃ってどういうことですか?」
混乱を極めていたのは主に楯無だったが。スコールは紅茶を美味しくいただいている、千冬は頭が痛そうに眉間を押さえている。
「待て、順を追って話を整理するぞ」
「ええ、いいわよ」
スコールは亡国機業を抜けて、亡国機業が学園を襲撃するという情報を千冬にリーク。そしてさっき散歩中にそこのシスコ……生徒会長さんに捕まったことを話した。
すると楯無が詰め寄ってきた。
「なんであなたは、さっきそれを説明せずに戦闘を始めたのよ!?」
「その方が愉しそうだったからよ」
「……コイツ、もうヤだ」
スコールのマイペースさにガックリ肩を落とす。普段掻き乱す側な分、自分のペースを乱すスコールは楯無には、年季の差的に相性が悪いようだ。
「それで無人機の襲撃についてだけど」
「待て、襲撃は無人機で行われるのか……いや、その前になぜ亡国機業が無人機を所持している。そんなものを作り上げる技術力があるはずが……」
「天災よ」
「……あの馬鹿が」
天災、その一言で千冬は親友である篠ノ之束が関わっていることを察する、だが理解するには至らない。
あの自分の世界以外――妹である箒、親友の千冬にその弟の一夏……それと今は娘と呼んでいるクロエ・クロニクル。それ以外の人間に関しては、何もかもすべてに無関心であった、人間としてナニかが欠けてしまっている束。
親友にして酷い言い種だが事実である。千冬はあれが正常なら世界は終わっていると思う。
「束のやつは亡国機業側についているのか?」
だとすればこの上なく厄介である。千冬のこの質問には、楯無も息を飲み込みスコールの返答を待つ。しかし、
「いいえ、彼女は無人機を亡国機業に売り付けたあと相変わらずの行方知れずよ」
「そうか」
スコールからの否定を聞き千冬と楯無は共に肩を下ろす。更に詳しく聞けば現金に土地、具体的には無人島ひとつと引き換えに無人機を売りつけていった。本人曰く――廃棄処分。
千冬はひとつ何をしようとしているのか見当がついたが今は置いておく。無人機が襲撃してくるという目先の問題を解決する方が先だ。
「と言っても織斑先生、全学年専用機持ちタッグマッチの日って……」
「明日、だな。一応警備は強化するようにしていたのだが……あのバカの無人機の前では無意味だろうな。もっと早くに知れていたらもう少し手が打てたのだがな」
「そこでひとつ提案、というか交渉よ。どちらかというと更識当主とブリュンヒルデとしての権力のある貴女たちに」
スコールが真面目な顔になる。楯無は戦闘中も終始笑っていたのに、ここになって真面目顔になったことに驚き、千冬はポーカーフェイスのまま無言で先を促す。
「私たち、具体的には亡国機業を抜けたのは私を含めて四人ね。で、要点だけを言えば私たちの罪を軽くする手伝いをしてくれるないかしら?」
「……こちらに対する見返りはなんだ」
その問いに対して、スコールはポケットからUSBを机の上に出す。
さて、ここからが正念場であると思う反面、まあ何とかなるという確信もスコールにはあった。楽観視ともいう。
「それは何かしら?」
「亡国機業の構成員から資金の流れ、今まで関与した事件の詳細。ついでに本部の位置ね」
「なっ……!」
――正しく言えばスコールたちの関わったものを除いたものである。
そして楯無の驚愕も無理からぬことである。
今の今まで亡国機業が関与していると思われる事件の多さに反して、尻尾すら掴めておらず姿が見えているのかすら怪しかった。各国の要人、企業や……学園にすらも関係者が潜んでいるかもしれないと言われながらも、亡国機業の重要な情報を持ったものは捕らえることは出来ていない。
その全貌が一気に明らかになるのだ、机の上に置かれたたったひとつのUSBによって。
「さて、どうかしら?」
「その情報が本物という証拠は」
「中身を見ればわかると思うわよ?」
「……少し待て、おい更識姉」
「はい」
ふたりはスコールから離れ手話のようなものでやり取りをしている。スコールは読み取ろうとしたが手話にしては出鱈目であり、恐らく独自のやり取りだろうと判断し諦める。そしてスコールは冷静に紅茶を飲む振りをして内心冷や汗を流す、滝のように。
――さて、これ私を捕まえたときに押収したってかたちでUSB取りあげらたら全部パーね。
机に置いたUSBは本物であり、正直無意識に焦りがあったらしい、と自己分析するが既に遅い。交渉が成立してから出せばよかった、信用をなんとか得ようとして失敗した。
美味しいと感じた紅茶の味はわからなくなってしまった、なんだろうこれは? 茶色い水なんだろうか……自分一人の身や仕事なら交渉は馴れていたのだが、仲間三人の命運を握っているという事実は、無自覚にスコールから冷静な判断を奪っていたようだ。ついでに現在では味覚も。
これではマドカのことで悩んでいたアレシアを笑えない。
――ああ、もうっ! 愉しくないわ!
と、話し合いが終わったのかふたりが戻ってくる。
「……どうした、笑顔が固まってるぞ」
「さっき生徒会長さんにセックヴァベックで固められたのよ」
「私のせいにしないでよ」
「ふっ、さすがに緊張でもしているのか?」
「はぁ……まぁそうね、出来たらいつも通りの
「結論から言えば、その交渉乗ってやる」
千冬のその言葉にスコールは内心でホッとため息を吐くが今度は表に出さず、顔にはいつもの笑みを張り付ける。
「じゃあ、まず明日のことからね」
「ああ」
その後三人の話し合いは夜まで続いた。
生徒会長は授業をエスケープし、千冬は授業を山田先生に任せ、スコールは帰ってから飯がいらないなら連絡をいれろと怒られた。
▽▽▽▽
機械仕掛けのリスが、目の前の女性の足元に散らばっている鉄屑を木の実のように食べている。
そんな珍妙な光景が足元にあるのを彼女は気にしない。目の前の作業に没頭しているからでもあり、機械仕掛けのリスを作り上げたのも彼女だからである。
彼女の名前は篠ノ之束、天才であり天災である。そんな天災は、いつもは再度を三編みにしている髪の毛を作業の邪魔だと言わんばかりにポニーテイルに纏めている。手には厚手の手袋……をつけることもなく手や顔はオイルや煤で黒くなっており、アリス風の藍色のドレスも所々が煤けている。
彼女が没頭している作業、それは暮桜の改修。親友の頼みを叶えるためである。
「…………よしっ! 完せ――」
「出来ましたか、束様?」
「うひゃ!? あ、くーちゃんか」
常人には不可能な一週間の徹夜に、不定期な栄養接種、風呂には一度も入らずな状況だった。のだが、お肌ピチピチつるつるな束は後ろからクロエに声をかけられ驚く。
「完成したよー。うーん、思ったより手こずっなぁ」
「束様がですか……?」
「うん、暮桜が動かなくなった原因は、第一世代っていうアンティークな機体が原因と思ってて第三世代相当までバージョンアップさせたんだけど」
動かなかったんだよねぇ、そう呟きながら束は暮桜の装甲を撫でる。機体のグレードが足りないのかと可変装甲ありありな第四世代まで改修してみたが、まだ動かない。
ちょっと迷走しすぎて、世代が二桁に達しそうなところまでグレードアップさせたところで、束はふと気づいた。
――
事実そうであった。
「くーちゃんもISコアには意識のようなものがあるって知ってるよね?」
「はい」
「ついでに世間で知られてないことなんだけど、コアの自意識は専用機の方がはっきりしてるんだよ。別に専用機じゃないコアには意識がないって訳じゃないんだけどね?」
「そうだったんですか」
束曰く、特定の誰かと飛ぶまで――誰かの専用機になるまではいわゆる波長の合う者を探している状態。
そして波長の合う人間の専用機となり、
「では専用機持ちは、偶然波長が合った人間で運次第なのですか?」
「ううん、違うよ。なかには、そういう奴もいるだろうけど波長に合いやすい奴ってのがいるんだよ……えーとなんだっけ、IS適正ランク? が高いと合いやすいし元々の
逆に男はいっくん除いてみそっかすほども波長が遇わないんだよねぇと束はケタケタ笑う。
正直なところ何故合わないのか、一夏だけ乗れるかははっきりとは束も理解していない。でも、別に興味もないのだ。本気で興味が湧いたなら世界中のコアを有無を言わさず回収して、全てからデータというデータをとり解析している。
それをしないのは一重に興味がないから。
「で何の話だったっけ?」
「暮桜が機能停止していた原因の話です、機体ではなくコアに原因があると……どういうことなんですか?」
「ああ、それそれ! いやー、暮桜の自意識なんだけどね」
「また話が脱線してませんか?」
「大丈夫大丈夫! 今度は関係あるから」
束はそう言いながら、髪の毛を纏めていたゴム……ではなく恐らく適当に余っていたものを使ったであろう何かのコードを外し床に捨てる。クロエはそれを微妙な目で見つめ、捨てられたコードの方を見ると、どこからともなく機械仕掛けのリスは拾い食べていた。
髪を纏めていたコードを外し、髪にウェーブのかかった束は話を進める。
「暮桜の自意識なんだけど、ちーちゃんの性格に引かれたのか惹かれたのか――割と好戦的、というか強い相手と戦うのが好きだったんだよね」
「それはまた……」
「そして暮桜が動かなくなった理由がここ――拗ねてたんだよ」
「え、と……はい?」
「だからね、拗ねてたの。第二回モンド・グロッソ決勝という舞台で相手は自分以外に唯一セカンド・シフトをしたIS。暮桜のテンションもハイだったんだろうねぇ……でも」
「決勝は中止、いえ織斑千冬の棄権に終わり結局戦うことはなかった……ISコアが拗ねるとは驚きですね」
その言葉に満足気に頷く束。
束としても予想だにしなかったが、そもそも既にISコアの進化の仕方は予想できず自分に予想できないことが起きることは嬉しく思う。
「まあ、義理堅い性格でもあったのかいっくん助けるまでは動かなくなることなくちーちゃんに付き合ってくれたみたいなんだけど……そのあと微塵も再戦の気配がなくて完全にへそ曲げたんだねぇ」
しかし自分の望んでいた戦いが出来なかったから動かなくなるとは――なんとも人間らしい。自分よりよっぽど人間らしいのではないかとすら、束には思えてしまう。
「それでちょちょいと束さんが話をつけてきたのさ、あのときの決着がつけれると。それだけで解決。結局、暮桜の機体はちーちゃんの操縦に耐えれる程度の改修に留めておいたよ」
「話をつけた……?」
「コアの自意識とね、コア自身が明確に拒絶しない限りは制作者である束さんは多少のやり取りができるのさ! えっと、今は銀の福音とかに拒絶されてるね」
「そうなんですか。では暮桜は直ったのですね、束様がお届けに?」
「んー、そうしたいのは山々なんだけど束さんはまだ他のやることが残ってて……悪いけどくーちゃんお願いできる?」
「ええ、もちろん。束様のお願いとあらば何だって」
スカートの両端をつまみ上げおじきするクロエを、目を細め我が子を見るように微笑ましげに見る束。いや、実際に娘と呼んでいるのだが。
「ふふー、ありがとねくーちゃん。くーちゃんもお願いがあったら束さんにドンと言ってね!」
「では取り敢えずお風呂に入ってください。さすがに汚いですので」
「わかったよ……じゃあ、くーちゃんよろしくね?」
「ええ、何があろうとも届けて見せます。邪魔するものはすべて排除します、キルゼムです。では行ってきます」
「ほ、ほどほどにねー」
――束の見送るクロエの背中はえらく頼もしかったそうな。
ここまで読んでくださった方に感謝を。
楯無のセカンド・シフトの麗しきクリースナヤについては完全に展開がオリジナル設定となり申し訳ないです。
※麗しきクリースナヤやセカンド・シフトしたワンオフなどは原作通りです。
あと束のいう暮桜や波長云々かんぬんに関してもですね、ISコアに自意識があるならこういう理由でもいいかなと。