不思議の国の狩人 作:PA
「着いたぞ。あんたら」
山賊に襲われてからというもの、しばらく馬車にゆられていると、再びその揺れが止まった。
どうやら今度は本当に目的地に到着したらしく、ドルは荷台に居る二人に一旦そこから出てくるように指示を仰ぐ。何でも、ザハロに入るにあたり簡易的な荷物検査があるとの事だ。
「どれ、降りてみるとするかね」
荷台から降りると、そこには全身を銀色の甲冑で固め、巨大な盾を背負い腰には直剣を差した……何と言うか『騎士』然とした格好の二人組が立っていた。まあ、兜を装着してはいなかったが。
その二人組はデュラはともかくアイリーンの姿を見るやいなや、怪訝な表情を浮かべるとドルへと向かい様々な質問をぶつけていく。
そんな様子を傍目に、狩人二人は目の前の巨大な城壁とアーチ型の『入口』を見上げていた。
「これはまた、随分と大きな」
「ふむ……」
高さ30メートルはあろうかと言う白い石造りの城壁が横一線、そこまでも続いている。遠くから見てその大きさを理解したつもりだったが……近くで見るのとでは迫力が大違いだ。
「おーい、狩人さん方。チェックは終了だ。中に入るぞー」
どうにか荷物検査をパスしたらしいドルは、二人に向かい手を招く。……さて、まずはこの世界の情報を集めなければ。狩人二人は、ゆっくりと牽かれる馬車と共にそのアーチ状の入り口をくぐり抜けて行った……
―――――――
――――
――
「ふー、相変わらずだな。こりゃ」
入り口を抜けた先に有ったもの。それを一言で言い表すならば『人』であった。
ヤーナムと似たような石造りの建物が建ち並ぶが、雰囲気はそれとはまるで別物。何処か目的地でもあるのだろう。街から溢れんばかりの人々が忙しく足を動かしていた。
開かれた店には客が入り、また出て行く。随所に設置された公共の椅子には、老人達や若い男女が腰かけており、話し声が絶える気配など微塵も感じさせない。
街はそんな喧噪で溢れ返っており……そう。まさしく『活気』が漲っていた。
……それにしても
「あー……目立ってるみたいだな」
一行とすれ違う人々が、ことごとく目を見開き振り返っている。
「……の、ようだ」
「何だいデュラ。その目は?あたしが悪いとでも言いたげだね」
デュラの考えていた事を見事に言い当てたアイリーン。いや実際、目立っているのはアイリーンによるものが大きい……と言うかほぼ間違いなく彼女の格好のせいであった。
鴉の羽で拵えたマントに、鳥の嘴を模したペストマスク。その周りは黒い布で覆われる様にされている為、一切その表情をを読み取る事は叶わない。……と言った、これでは二度見しない方がどうかしてる、と言える姿なのだ。
「……別段、貴公が何も感じて無いのなら良いのだが」
そのデュラの言葉に「フン」と鼻を鳴らすアイリーン。まあ実際のところ、彼女自身その視線に対して思うところは特に無かった為、それほど問題では無いのか……
そんな好奇の視線を浴びつつ、一行がそのまましばらく歩いていると
「あァ!?聞こえねーのかよオッサン!」
「俺達はさァ、謝れって言ってんだよ!」
どこからか、男のものと思わしき怒声が響き渡ってきた。何やら揉めているらしいが……山賊達の時ならいざ知らず。今のアイリーン達には関係の無い話である。更にはドルの「よくある事さ」という言葉に、特に気に留める事も無くそのまま足を進めようとした、その時。
「チッ……シカトかよ!神父のオッサン!少しデカいからって、調子に乗んなよ!」
「そっちの黄色いオッサンも何とか言えよ!」
……何やら、聞き捨てならないワードが狩人二人の耳に入った。今、何と言ったんだ?
『デカい神父』に『黄色いオッサン』だと?
「「……」」
アイリーンとデュラは二人して顔を見合わせると、すぐさまその怒声が聞こえた辺りの方向へと走り出した。
「なっ、ちょっとあんたら、どこに―――」
ドルが何かを言いかけていたが、今はそれどころでは無い。とにかく確認しなければならないのだ、そのオッサン二人の正体を。
幸いにも声の発生源はすぐに特定可能だった。何故ならある一点を中心に人垣が出来ていたのだ。つまりはその中心部に人々の注目を集めている者達が居る。
「ちょっと通るよ……!」
「失礼する……」
二人はその人垣を割って、奥へ奥へと進んで行く。そしてついに人垣の最前列へと到達。かくして二人が見たものとは
「ち、ちがうもん……お父さん達にぶつかって来たのは、そっちからだもん……」
「あぁ~!?何だとこのガキ!」
「言うに事欠いて、俺達がぶつかって来た、だぁ~!?」
「……」
「……」
まず、声を荒げる若い男性二人組。お互いに腰には剣を差し背には盾……と、その二つは『門』の前に居た騎士達と似ている。だが背負った盾は小さく、防具は胸部を守る為のやや厚めのプレート一枚、そして籠手と、彼らに比べるとかなりの軽装だ。
続いて若者達に何やらイチャモンをつけられてる、曰く「オッサン」二人。因みに今、アイリーンらが顔を出している方向は彼らの斜め後方である為、確認可能なのはその服装のみだ。
内一人は全身が黄身がかった装束を着ており、その右手には折りたたまれ、ノコギリの如きギザ刃がついた『鉈』が。
そしてもう一人はかなりの高身長かつガタイを有しており、前者と同じく右手には武器……大きな『斧』を持った、神父の様な服装をした者。
最後に、その二人をかばう小さな娘。娘は長身の『神父』の後ろに隠れて、顔を半分だけ出して反論している。
「何てこった……あれは」
……だが後ろ姿しか見えずとも、特徴的な格好をしたこの二人組にアイリーンは見覚えがあった。そう、彼らは
「神父ガスコイン。それに……」
「む……隣の者は、ヘンリックではないか?」
古狩人、ガスコインにヘンリック。ことヤーナムでも優秀な狩人と名の上がる二人だ。
かつてこの二人がコンビを組んで狩りに臨んでいた話は有名だが……彼らは斃れたはず。
「あの夜」、獣と化したガスコインは例の狩人に。正気を失っていたヘンリックはアイリーンと例の狩人の二人で狩ったはずなのだ。
「しかし、あの娘は誰だい」
「知らぬかアイリーン。ガスコインには一人、娘が居ると聞く」
「いやそれは知っているが……じゃあ、あれは」
「……恐らく」
アイリーンは娘へと目を向けた。
彼女の考えでは、ここに居る狩人達は皆死んでいる。とすればつまり、あの娘も「夜」に……
「お、お父さんは怒らせると怖いんだから……。ヘンリックのおじちゃんも、とっても強くて……あ、あなた達なんか、全然目じゃ無い位……!」
「……ハ―ッハッハ!聞いたか兄弟!このオッサン共が、冒険者の俺達よりも強いんだとよ!」
「まったく!可笑し過ぎて腹が捩れそうだぜェ!」
「……」
「……」
一瞬シリアスな思考になりかけたアイリーンだったが、この状況があまりにも面白くてそんな考えは即座に頭の片隅から消え失せる事となる。
考えても見てほしい。獣の病の蔓延るヤーナムで、その容赦の無い闘いぶりから特に恐れられた古狩人二人が、自称『冒険者』なるどうみてもチンピラな若者達に絡まれているのだ。
しかも何だ、二人は先ほどから一切言葉を発さずに小さな娘に反論を任せているときた。その上
「クックック……聞いたかいデュラ?『お父さん』だよ。『お父さん』。あのガスコイン神父が。しかもヘンリックの奴は『おじちゃん』……ククッ。ああ、いけないね。笑いが止まらないよ」
「……そうか」
まさに「可笑し過ぎて腹が捩れそうだぜェ!」状態なアイリーン……何とも愉快そうである。
しかし、彼女は知らなかった。絡まれたオッサン二人の心情を。
今騒動の中心に居るこの物静かな二人組なのだが……実のところ、非常にイラついていた。
ガスコインに関して言えば、『せっかくの娘との外出を邪魔されたお父さん』と言えば分かりやすいだろうか。
ヤーナムでは娘と二人で出かける場所など無いに等しい上、獣狩りと聖堂街へと到る『地下墓』の門番との仕事でそんな事をする余裕など無かった。
故に、今回の様な『一緒にお出かけ』をした事がほぼ無いガスコインは内心ウキウキだったのだが……今現在の結果が、コレである。
ヘンリックに関してもガスコインと似たようなもので、久しぶりに会った彼らとの街の散策を楽しんでいた。ただ、彼に一つ付け加えるならば『腹が減っていた』事か。
「つ、つよいもん……お父さん達は、強いんだもん……」
「あァ~ん!?聞こえねぇな!」
「パパ達が何だってェ~!?」
「お、お父さんは……うぅ……」
大人げない者達による、小さな娘に対する容赦の無い追及は加速し。ついに彼女の声は、今にも泣きだしそうな程か細くなってしまう……!
それを見たアイリーンは笑うのを止め、真面目な声でデュラへと話しかける。
「……これは、不味いね」
「……」
そう。この時、絡まれるオッサン二人の正体を知る者達は即座にこの状況の孕む危険性を理解したのだ。今でさえガスコインの娘は涙を堪えてはいるが、それが我慢の限界に達したその時……。
あの若者達は、間違いなく天に召される事となるだろう。
いや、もう手遅れか。既に『怒ると怖いお父さん』は行動を起こしていたのだ。
「あ……お父さん……?」
「な、なんだぁ!オッサン!そんな斧を振り上げやがって!」
「お……俺たちが、ンなハッタリにビビると思って……」
ガスコインは右手に握っている『獣狩りの斧』をゆっくりと、見せつけるかの如く振り上げた。
長身と相まってもの凄い迫力を醸し出しているガスコインを前に、口ではそう言うものの、若者二人はその場から動くことが出来ない。
そしてその右腕は、美しい青空へと向かって真っすぐに伸ばされ、そして――――――
「「おい、ちょっと待っ」」
――――――ガッッゴォオンッッ!!
何の躊躇も無く、振り下ろされた。
ああ……死んだ。斧が振り下ろされる瞬間を目の当たりにした野次馬達は、誰一人、例外無くそう思った。ことアイリーンでさえ前途ある……かどうかは分からないが、短い命を散らすであろう若者たちに向け、心中で「ツイて無かったね」と餞別の言葉を投げかけた程だ。
しかし
「ッ、は、ハァ……!ハッ……」
「……ァ……」
結論から言うと、若者達は無事だった。
ガスコインの斧は、若者二人の立っている丁度間に来るように振り下ろされていたのだ。
石造りの地面は大きく抉れるように割れ、その破片は遠巻きに眺めていた野次馬達のところまで飛び散っている。
全力では無いはずだが……途轍もないパワーだ。
ガスコインは地にめり込んだ斧を、振り上げた時同様の緩慢な動作で引き抜いた。そして、膝をガクガクと震わせる若者達に対し、低く、ドスの利いた声で一言。
「……、潰すぞ……」
これは恐ろしい。まず間違いなくトラウマ確定だろう。
その言葉に若者達の先程までの勢いはどこへやら。口を餌を与えられる金魚の如くパクパクとさせ、顔面は蒼白である。
隣で静観していたヘンリックはそんな若者達に近づき、トドメと言わんばかりに何かをボソリと耳打ち。すると若者たちは人垣の中へと一目散へと駆けて行った……
「……あー。アレも知り合い?」
何時の間にやら此方の背後に佇んでいたドルからの質問。恐らく事の一部始終を目の当たりにしていたのだろう。彼の顔が引き攣って見えたのは間違いではないはずだ。
「うむ……」
「デッスヨネー」
「落ち着きなよあんた。奴らは奴らで行動しているんだ。別にあたし達と行動を共にする必要など無い……さっさと立ち去れば良いだけの話さね」
アイリーンの言う事は最もだ。今回は思わず確認しに来てしまったが、わざわざ彼らに関わる必要など無いだろう。それを聞いたドルは目をパッと輝かせ、ウンウンと頷いている。
だが、事はそう簡単に運ばなかった。
「……?」
何と、怪しげな気配を察知したとでも言うのか。若者達の去っていた方向を見ていたはずの少女が突如後ろを振り返ったのだ。
振り返った少女は当然、群衆の中でも一際異彩を放つアイリーンの方へ目が釘付けになる。
騒動の中心だった人物の視線に惹かれて、野次馬達の視線も自然と彼女の方へ集まってしまう。
その周囲の違和感に気が付いたらしく、不審な態度を取り始めるガスコインら。
これはイケない。早々に身を隠さなければ。アイリーンは身を引こうと一歩後ろへさがったのだが
「お父さん、あそこに黒い鳥さんの格好をした人が……」
そこで少女による決定的、かつ的確な呟き!そのワードにピクリと反応した二人は、ついにその身を翻してしまう。
「「「「…………」」」」
……。時が止まった。
包帯で両の目を覆っているガスコインなのだが、アイリーンには分かる。完全に此方側と目が合った事が。ついに相対してしまった古狩人四人……気まずい沈黙が訪れる。
ざわついてた野次馬達もその重い雰囲気にあてられたらしく、今や誰一人として言葉を発する者は居ない。
「何か喋りな」とデュラへと目配せ(※マスクで見えない)をするアイリーンに、彼女と同じく「貴公が話すのが良い……」とアイコンタクトで提案をするデュラ。
終わりの見えない沈黙に思えたその時。しかしそれを破る者が現れた!
「お、お父さん。わ……私お腹空いちゃったなー……」
救世主『ガスコインの娘』。明らかにこの場を治める為に発言したのであろう言葉に、周囲の者の心の中は拍手喝采である。そしてこの機を逃すまいと行動を起こした一人の男が……
「あ、ああー!お嬢ちゃん、お腹が空いたのかい!?な、何だったら、お父さん達も一緒に、俺達とご飯でも食いに行こう!!」
そう、ドルだ。商人として空気を読み取る能力に人一倍長けた彼は気が付いていた。このままではまず間違いなく面倒事が発生する、と。
向こうに見える、見るからにヤバそうな二人組(特に神父)に関わりたく無いのは山々だったが、今の彼の中ではこれがベストな選択だったのだ。
何せ一度とは言え、狩人達に関わった……関わってしまったのだ。このまま一人で逃げ出そうにも、後で自分にも『ツケ』が回って来る可能性は大いにありえる。
「!」
思わぬ協力者の搭乗に、ガスコインの娘は驚く。だが彼の意図を素早く察知した彼女は、ドルに向かって小さく頷くと、ここで畳み掛けるべく必殺技を使用した。
「ほ、ほら!あそこのお兄ちゃんが、一緒にご飯どうですかだって!ヘンリックのおじちゃんも、い、一緒に行こう?」
娘は目を潤ませ、上目づかいで二人に頼み込んだのだ。
「……」
「……フン」
元々腹が減っていたヘンリックは、静かに首を縦に振り頷く。隣に立つガスコインは可愛い一人娘の頼みを断れるはずも無く、鼻を鳴らすとアイリーンらの方へ歩みを進める。
割れる人垣。
「貴様ら一体――――」
彼女達の前に立ったガスコインは何かを言いかけたが
「―――……そこの男。此方は金など無い。知った上での発言か?」
それを取りやめ、ドルへと問いかけた。その質問にビクッと体を反応させたドルだったが、何とか取り繕い言葉を返す。
「あ……ああ。心配せずとも俺のオゴリだ」
「……なら良い」
直後、ガスコインを追うようにしてヘンリックと娘が到着。
「……何だい。元気そうで何よりだよ、ヘンリック」
「……」
「それにしても、あんたのその無口は何とかならないのかい?」
「……」
「おじちゃん達も、狩人さんなの……?」
「む……貴公、中々良い目をしているな」
「……えへへ。『あの人』と同じ匂いがしたの」
「……!そうか」
「何故、貴様は『鴉』共と行動を共にしている?」
「いやそれが……」
それぞれが話し合う。
そうしている内、何時の間にやら先程まで充満していた重苦しい空気は四散。ギャラリー達もホッと胸を撫で下ろし、一人、また一人とその場から立ち去って行った。
その場に残るは、狩人四人に小さな娘。そして馬車を率いた商人一人。
「……まあ、立ち話も何だ。狩人さん方、続きは飯でも食いながらって事でどうだい?」
何とかなったか。と一安心したドルの提案に皆が頷く。
それを確認し「では出発」と停めてあった馬車を牽く彼であったのだが……
この若い商人はまだ知らない。よもや、向かう先で更なる問題が発生してしまう事など――――
この世界に居る『狩人』が何も彼ら四人だけでは無いと言う事を。
******************
「……美しい景色だよ。まるで『夢』でも見ているかの如く」
「……はい」
アイリーンらとは少しばかり離れた街角。
そこには『車椅子に座った老人男性』と、それを押す、まるで『人形』の如く美しい長身の女性が立っていた。
その珍妙な組み合わせに、狩人四人とは違った意味で好奇の視線を浴びている二人。
特に女性の方に関しては、忙しく動いている人々でさえ一瞬足を止める程の注目度だ。
しかし何も、彼女が注目を集めている理由はその『美しさ』によるものだけでは無い。
「重くは無いかね?」
「どうかお気になさらずに……」
何故なら彼女は、折りたたまれた長い棒状の物と『三日月型の巨大な刃』。更にはゴツイ散弾銃と、どう見ても彼女には似つかわしく無い物を背負っていたのだ。
「行先は、――――で宜しいのでしょうか?」
「ああ……そこで良い。それでは、行くとしよう」
どうやら二人の目的地は決まったらしい。
彼らはむせ返る様な人込みの中を、ゆっくりと、進みだした――――
次回予告
「ああ!て、テメェらはさっきの……!」
「ふざけやがって!こっちには仲間が――――」
災難に次ぐ災難。狩人一行は、今をときめく若者達により『オヤジ狩り』に遭ってしまう。
「や、やめろあんた達!」
「だ、駄目……!」
「――――様。どうか……」
少女の声は、守るべき者達の声は届くのか。狩人達は、はたして未来を掴めるのか。
次回『 狩 人 無 双 』
良い夢みろよ。