真・恋姫†無双 ~華琳さん別ルート(仮)~   作:槇村 a.k.a. ゆきむらちひろ

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09:君の名は

洛陽の中枢部、皇帝のおわす王城のある一角。それなりの広さはあるが普段はあまり使われていない広間。

ここに十常侍の面々と、宦官の中でも主だった者が一堂に会している。

自他共に認める高い自尊心、自惚れにも近しいそれを持つ十常侍たちが自ら足を運ぶなど稀有なことだと言っていい。そんな彼らが何のために集まったのか。

それは、漢の商いの半分以上に関わっているという商人・北郷一刀と会談をするためだ。

 

噂に聞く商人が、王朝内で対立する勢力である大将軍・何進と繋がっていると知った十常侍たち。商人なぞと付き合うとはさすが庶民出の小娘よ、と当初は蔑んでみせた。

だが何進が見せたこれまでの躍進はその商人があってのこと、と分かれば、嘲笑するばかりではいられない。排除しても後々面倒なことになるなら、こちら側、宦官側に引き入れたほうがいいのではないか、という意見が現れる。

膨大な蓄えがあるのなら、それは我らのために使った方が有益であろう。

自らの権力欲と財を満たすことに貪欲な彼らは、少しの疑いもなく本気でそう考え。一刀を洛陽へ呼び寄せることを決定した。彼から来た受諾の返事も、さも当然のものとして受け取っている。

 

呼び寄せることは決まった。だが商人ごときを王城の深くまで入れることはできない。かといってわざわざ街へと足を運ぶのも、彼らにしてみれば業腹だ。

誰か遣いをやったとして、その誰かにすべてを握られることもあり得る。同じ十常侍、配下の宦官といっても、皆が皆互いを信頼しているわけでもない。出し抜かれて良いところを持っていかれることを懸念している。

溢れ出る欲と度の過ぎた矜持を測りに懸け、渋々ながら、十常侍の方が場所を用意することになった。また全員が居並ぶことで抜け駆けを防ぎ、同時に生意気な商人を威圧し貢がせてやろうという思惑もある。

 

「我々にここまで手間を掛けさせるとは。相当絞り上げてやらねばな」

「たかが商人ごときが私たちを煩わせたのだ。当然だろう」

 

彼らは下卑た笑みを浮かべながら、そう口にした。

 

 

 

 

 

小さな足音が近づいてくる。

来たか、と、部屋の入口に視線が集まった。

 

足音が止まり、扉が開かれる。

想像に反して、現れたのはひとりの少女。

 

美しい金髪、巻き髪。

左右にまとめられたそれを、髑髏に形取られたふたつの髪飾りで留めている。

黒を基調とし、足を出した丈の短い服。

露出した華奢な肩は、黒い服に浮かび上がるように映えていた。

 

呼んだ商人というのは男だったはず。

十常侍らは、見覚えのない顔に訝しむ。

 

「見覚えがない、かしら?」

 

彼らの内心をなぞるように、彼女は口を開く。

身ひとつで現れ、多くの視線にさらされながら、身じろぎもせず堂々としている。

 

「まぁ、当然よね。顔を合わせたことはないのだから。

名は操、字を孟徳。しがない商人の養女よ。」

 

静かな物言い。

広間の奥へと、ゆっくり歩を進め。顔がはっきりと分かるところまで近付く。

十常侍、そして宦官らにも、やはり、その顔に見覚えはなかった。

名と字を言われても、やはり分からない。

ここに呼んだはずの商人・北郷の娘なのだろうと想像する程度だ。

 

「でも、この名は憶えているのではなくて?」

 

かつての大長秋・曹騰。

その子・曹嵩。

 

さすがに十常侍たちも、彼女が口にした名に反応する。

 

「貴方たちは己の欲を満たすだけのために、目障りだった彼らを抹殺した。

自分たちの痛過ぎる腹を探られることを嫌って、ね。

当時の顔ぶれが未だに全員揃っているのも、大したものだわ」

 

彼女は淡々と語る。目の前の宦官たちが思い起こしていることをなぞるように。

なぜ知っているのか。

十常侍らの中で不穏な焦燥が高まっていく。

 

「曹騰と曹嵩を手に掛け、同時に曹一族を根絶やしにしようとした。

まぁ仇とばかりに歯向かわれたら困るでしょうしね。

徹底しようとしたことも、実行の素早さも、褒められて良いかもしれないわ」

 

でも。

 

「ひとり、取り逃がしたのではなくて?

それとも、手を抜いた部下にいい加減な報告をされたのかしら」

 

上が上なら、下がそうしていても納得できるけれど。

そう言って、嗤う。

声はとても軽い。

しかし彼女の目は、この場にいる全員を冷たく睨め付けて離さない。

 

広間にいる面々をゆったりと見渡した。

彼女の言葉は、まだ終わらない。

 

「曹姓の者は皆殺しにされた。

けれど、たまたま親元を離れていた6歳の娘がいた。

その娘の幼名は、吉利。

もちろん彼女にも、貴方たちは追っ手を掛ける」

 

なぜそれを知っているのか。

まさか、という思いが十常侍たちの中に生まれる。

もしそうだと言うならなぜ生きているのか。

そして、なぜ今頃になって現れるのか。

 

「10年以上前のことよ。

あるところで、ひとりの小娘がゴロツキたちに襲われた。

小さな子どもの足で逃げ切れるはずもなく、彼女は遂に追い詰められる。

もはやこれまで、というところで、酔狂な男が助けに入った。

たまたま通り掛かっただけの、しがない商人。

彼のおかげで、彼女は辛くも生き延びることができた」

 

十常侍たちがどのような決着を持ってひと段落としたのかは分からない。

とにかく、各地を流れ歩く商人に紛れ、身を隠し、ほとぼりが冷めるまで逃げ続けた。

 

その言葉に彼らは驚愕し、目を見開く。

心当たりがありすぎる事件の、知ることができなかった経緯。

もはや彼女の身分や言葉の真贋はどうでもよかった。

筋が通っている言葉に、この場にいる人間すべてが呑まれてしまっている。

 

 

 

突然、激しい音を立てて広間の扉が開かれる。

現れたのは、またも女性。細身で背が高く、流れるような黒の長髪が美しい。

だが手にしているふたつの武器が、そういった女性としての印象すべてを打ち消してしまう。

 

「遅かったか?」

「いいえ、丁度いいくらいよ」

 

ならばいい、と、乱入した女性は手にした武器の一方を手渡す。

それは簡単に言えば、鎌。

受け取った彼女は幾度も握りを直し、感触を確かめる。

先程までの言葉もあり、それを見る十常侍たちには不吉なものしか感じられない。

 

「少しは残しておけ。私とて兄さまの仇を取りたい気持ちはあるんだからな」

「後ろに逃げた輩をあげるわ。少しはそっちにも行くわよ」

「手を抜くのはいいが、怪我はするなよ? 義兄上が心配する」

「侮りはするけど、気は抜かないわ」

 

心配してくれるのは嬉しいけれど、と言葉を切り。

剣呑な空気を少し和らげながら。

 

「万が一にでもやり返されたら、とうさまに指を差されて笑われちゃうわ」

「……あぁ、"こんな相手に反撃受けてんの?"とか笑いそうだなぁ」

 

そんな言葉を交わし、ふたりは笑い合う。

 

もちろん、彼女たちの会話は十常侍たちにも聞こえている。

むしろ聞こえるように話し、彼らを煽っていた。

 

「まぁ良い。それで我慢してやる。

部屋の外も始まって、中央は相当大騒ぎだ。

事情を知らん者ならこの部屋まで気にすることはないだろう。いたとしても邪魔はさせん」

 

背中は任せろ、と呟く女性。

 

「心配はしてないわ」

 

武に秀でた幼馴染みの言葉を受け、彼女はわずかに柔らかい笑みを浮かべる。

 

 

 

「さて。私の語りはここまでよ」

 

再び十常侍たちと向き合った彼女は、その表情を冷たく豹変させ。

笑みは嘲りを含む嗤いへと質を変えた。

 

「貴方たちは自分の欲のために、ひとつの一族郎党を皆殺しにした。

それなら、ひとりのわがままのために、ある役職の人間が皆殺しにされても、文句はないわよね」

 

その言葉が、彼らにとって決定的なものになる。

 

「私はしがない商人の養女。

名は操、字を孟徳という」

 

そうか、やはりこの小娘は。

 

彼らの反応を察し、彼女は嗤う。

これまで積み重ねてきた想いを込めて。

そして。

 

「さぁ、私の名前を呼んでみなさい」

 

手にした死神鎌・絶の刃を鈍く煌めかせながら。

華琳、曹操は、十常侍たちに自身の名を問うた。

 

 

 

 

 





・あとがき
短けぇ。

槇村です。御機嫌如何。





史実でも、お父さん(曹嵩)を殺された曹操は激怒して出兵したらしい。
なら華琳さんでも、身内を殺されたら復讐したくなるだろうなぁ。
それが、このお話しのキモのひとつ。

で、ここから晴れて自分のフルネームが言えるようになりますよ、という話。
……「おれの名をいってみろ」ってシーンが、頭から離れなかったんだ。



あとどうしても、横文字で「スカート」とは書きたくなかった。




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