真・恋姫†無双 ~華琳さん別ルート(仮)~   作:槇村 a.k.a. ゆきむらちひろ

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01:そして、ふたりは出会った

今の彼女には、何もなかった。

 

父を失くし、母を失くし、祖父を失くし、血縁はおろかこれまで世話になっていたあらゆる縁者を失った。

そして今、彼女自身もまた亡き者にされようとしている。

 

年齢らしからず聡いと言われていた彼女にとって、追っ手の目を盗み逃げ出すことなど他愛のないことだった。

しかし逃げ続けるとなれば話は違う。わずか六つかそこいらの少女が、大人が数に任せて探し回る網の目を避け続けることなど無理な話だ。

 

少しばかり勝機があるといえば、その小さな身体を深い森の中へと紛れさせたことだろう。身を隠すものに困らない陰にあふれたこの森の中で、彼女は追っ手の波が引くまで持ち堪えようと考えた。

 

それでも、天は彼女に味方しなかった。

ひとりの追っ手の目から逃れようと動いたその先に、新たな追っ手の姿を見る。

さらにそれからも逃れようとしたところで、彼女は木の根に足を取られ転んでしまう。

齢相応な、可愛らしい悲鳴が小さく漏れた。

けれどそれは、周囲を練り歩く男たちを寄せ集めることになる。

怒号のような声たちを背にして、彼女は再び走り出した。

 

逃げる。

逃げる。

ひたすら逃げる。

 

なぜ私がこんな目に。

走り疲れた足が悲鳴を上げ、唐突に襲い掛かった理不尽な不幸と哀しみに涙が止まらない。

滲む視界を無理矢理拭いながら、追っ手のいない逃げるべき場所を探す。

 

何処へ?

 

ここで逃げ切ったとしても、すべてを失った自分は何処へ行けばいいのか。

その連想に行き当たったとき、彼女の足に限界がおとずれた。

膝の支えが抜け、前のめりに倒れ込む。

身体全身が地に叩き付けられる。顔を強打し、端整な顔は土に汚れた。

 

彼女は、そんなことなどどうでも良くなった。

逃げ切って、その先はどうするのか。

己の未来の先のなさに気付いた彼女は、とうとう、心が折れた。

 

身体は動かない。心も動かない。

彼女に近づいてくる音と声が聞こえたが、それが何を意味しているのかも分からなくなる。

何か怒鳴りつけるような声が聞こえたが、それが何を自分に伝えているのかも分からない。

 

そして、突然追っ手の男たちが悲鳴を上げたことも、彼女の頭には届いていなかった。

 

 

 

意識を失う寸前、誰かに優しく抱き抱えられたような気がした。

覗き込むその顔には心配する色が浮かんでいて。優しい声も掛けられたような。

先ほどまで一身に向けられていた怒号と罵声とは余りに違うそれに、彼女の中で失われた"何か"がわずかに動き出したような感覚を得る。

その疼きは愛しく、心地いいもので。

 

「……とうさま」

 

声になったかも分からないつぶやきを最後に、彼女は意識を手放した。

 

 

 

 

 

自分は、たくさんの追っ手に追われていたはずだ。

寝台の上で寝ているなど、ありえない。

 

意識が覚醒し、自分がどんな状況だったかを思い出し、今の自分を包む感触に違和感を感じて。

がば、と、彼女は力の限りをもって起き上がった。

 

「おぉ、目が覚めたか」

 

寝台の側らで椅子に座り、何やら書物を読んでいたひとりの青年。

見覚えのない人。見覚えのない部屋。

自分の身体を抱きしめるようにし、少女は寝台の端へと後ずさる。

警戒心を顕わにする彼女に、その反応も無理はない、と、青年は苦笑を漏らす。

 

「君に何らかの目的があるなら、あの森の中でどうこうできたよ。

ひとまず、話を聞いてくれないかな?」

 

彼はそう言いながら、自分が何故あの場にいたのかを説明する。

 

青年は商人で、商用の旅の途上だという。

仲間と共に馬車を進めていたところ、車輪が石を噛んでしまい難儀していた。なんとか元に戻し、ちょっと小用にと森の中へ入り込んだところで、不穏な声が上がるのを聞く。

面倒ごとは御免だと思いもしたが、元来お人好しなところがある彼は、ついつい声の上がった方へと向かっていき。

まだ幼い少女に斬り掛かろうとしている場面に出くわした。

 

どう見ても、彼女を襲っている方が悪役だ。

そう判断した彼は彼女を庇うように飛び出し、あの場にいた全員をのしてしまったのだという。

 

「理由は分からないが、君は襲われていた。

そのまま放置ってのも気分が悪かったんでね。ここまで連れて来てしまったわけだ」

「そう……ですか」

 

襲われたところから、足の遅い馬車でおよそ半日の距離を離れたことになる。

殺してはいないが、動けなくなるようにはした。ここまで後を付けられてはいないと思う、と、付け加える。

 

「あー、迷惑だったかな?」

 

青年の言葉に、少女は首を振る。

 

「ありがとう、ございました」

 

頭を下げ、礼を述べる彼女。

礼儀正しい所作。だがそれは、およそ6歳程度の少女がするには違和感が感じられる。

何より、彼女の目に力がない。

浮かんでいるのは、諦め、絶望といった色。青年はそれに気付く。

なぜなら彼自身、かつて同じような目を、絶望に囚われた目をしていたからだ。

 

こんな幼い子供がなぜそんな目を、と、いぶかしむが。あんな風に追われて殺されかければ無理もないか、と納得する。

戻る場所があるなら責任持って送り届けるが、という問うも、彼女は俯きながら、再び首を横に振った。

 

「親御さんは?」

「殺されました」

「……親類とかは、いないのか」

「皆、殺されました」

 

自分が洛陽の高官の血縁であること。

祖父や父が敵対する勢力の者たちに殺されたこと。

親類縁者すべてが殺されたこと。

自分ひとりが余所に預けられていたため難を逃れたこと。

だがその自分にも追っ手が掛かったこと。

世話になった人たちも殺されたこと。

そして、どこにも逃げる先がないこと

 

彼女は知る限りを口にする。

淡々と、ただ自分に関わる事実だけを述べるように。

 

「分かった、もういい」

 

青年は少女の頭に手を置き、わしゃわしゃと、やや乱暴に髪を掻き混ぜ撫でる。

そして胸板に彼女の顔を押し付けるようにして、無理矢理彼女の話を打ち切った。

 

「今日はもう寝ろ。後は全部明日にしよう」

 

齢相応に小さい、なのに震えもしない少女の身体を抱きしめながら、頭を撫で続ける。

少女を抱きしめたまま、青年も一緒に寝台へともぐりこんだ。

 

青年が下になり、彼女が彼の上に圧し掛かるような形になる。

さすがに慌てる少女。幼いとはいえ、女性らしい恥じらいはそれなりに芽生えているのだ。

そんな彼女に気を留めるでもなく。軽すぎる少女の重さをその身で支えながら、青年は言う。

 

「子供が無理をするんじゃない。泣きたい時は泣け」

 

泣いても誰も責めやしない、と、彼は、彼女の頭を撫で続ける。

 

人肌の温かさ、そしてそれ以上に伝わる胸の内の温かさに、

冷たくなっていた心が熱を帯びていく。

更に強く抱きしめられて、彼女の感情をせき止めていたものが、砕けた。

 

涙が流れる。嗚咽が漏れる。

 

少女は、青年の胸に顔を埋め、泣き出した。大人びたところのない、齢相応の幼さに満ちた、感情任せの声を上げて。

彼はただ優しく、抱き締め、なだめるように頭を撫で続ける。

彼女が泣き疲れて、眠ってしまうまで。

 

 

 

 

 

一夜明けて。

少女は目を覚ます。人肌の温かさと、心の澱を吐き出した気持ちよさに包まれながら。

幸せなそれに浸ってしまおうとした刹那、昨日までの自分の姿が脳裏をよぎり。

がば、と、慌てて身を起こす。

 

「おはよう。気分はどうだい?」

 

すぐ下から、声が掛かる。

泣き疲れ、青年に抱きついた状態で眠ってしまった少女。今の彼女は、慌てて身を起こし、彼の腹辺りにまたがった状態だ。

 

「す、すいません!」

「何に対して謝ってるのか分からないけど、まぁ気にしなくていい」

 

青年はそう言い、よっこいしょ、と、身を起こし。またがったままだった彼女を抱き抱え、寝台へと座らせた。

 

「さて、と。

起きて早々で済まないんだが。俺は商隊の皆と、ここを離れることになる」

 

君はどうする?

その言葉に、少女の気持ちはまた暗いものに覆われる。

どうすると言われても、どうしようもない。

行く宛てもなければ、その手段もない。かといって足を止めていれば、追っ手に掛かり殺されてしまうのは目に見えている。

 

「行く宛てがないなら、一緒に来るか?」

 

少女は驚いた。

追っ手に追われて殺されそうになっているという、面倒極まりない子供。それを一晩抱えただけでなく、面倒を見ようというのだから。

 

「俺もちょっとワケありでね。身寄りのない君をこのまま見捨てるのは気分がよくないんだ」

 

彼女の考えていることに思い当たったのだろう、彼はそう言いながら苦笑する。

 

「贅沢はできないけど、辛くない程度には生きていけると思う。

野垂れ死にするよりは、よっぽどいいと思うけど」

 

どうする?

と、優しい笑みを浮かべながら、彼は手を差し伸べる。

 

「……お人好しですね」

「よく言われるよ」

 

少女は、差し出されたその手を、弱弱しく、だがしっかりと、握りしめる。

家族の、一族の死を知ってから久しく、彼女は浮かべることのなかった笑みを湛える。

 

そういえば自己紹介がまだだった、と、今更のように彼は言う。

 

「北郷、一刀だ。好きに呼ぶといい」

 

よろしく、お嬢ちゃん。

彼女は眩しそうに、その笑顔を見つめ。

 

「私は……」

 

自らの名を告げる。

少女の名は、曹操。真名を華琳といい、字はまだない。

すべてを失った彼女は、このとき新たな支えを得た。

 

 

 

 

 

外史、という言葉がある。

かいつまんでいうならば、順当にたどるであろう歴史を持つ世界に対し、何らかの影響から違った歴史を歩みだした世界のことを指す。

 

本来であればこの少女、華琳は、乱れた世に覇を唱え歴史に名を残すほどの偉業を果たす人物であった。

だがこの外史では、父を失い、祖父を失い、係累すべてを失い、名を成す素地というものをことごとく失って、本来ある歴史の筋道からこぼれ落ちてしまう。

 

しかし、彼女はひとりの青年と出会った。

この出会いが果たして後にどのような歴史を生み出すのか。

それはまだ、誰にも分からない。

 

 

 

 




・あとがき
気分転換に組んだネタ、なぜか起動。

槇村です。御機嫌如何。





中にはご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、
Arcadiaさんで「愛雛恋華伝」というお話を書いておりまして。
展開を考えているうちに、
書きたかったシーンを登場させるのが難しくなってしまった。
どうすればいいかなー、と考えていたところ、
何故か新しくネタを組み始めていました。
ただそのシーンを書きたいがために。

さてさて。
こちらのお話の主役は華琳さん。
いきなりさらっと曹一族皆殺しとか、恋姫どころじゃないブレイク振り。
どうするつもりだ。

そして一刀さんは相変わらず一般人。
外史の管理者しっかり仕事しろよ(笑)



メインの「愛雛恋華伝」を書く合間にちょこちょこ、という頻度になります。
つまり超不定期ということだな。
どっちも変わらないじゃん、とか言わないでくれると嬉しい。

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