「ギーシャシャッキシャーン(おーじゃまっしまーす)」
ドモー、今日からこの遺跡平原に越してきましたアルセルタスでーす。基本的には仲良くしていきたいですけど、あなたたちがハンターさん方に牙剥くようでしたら容赦なく敵対させていただきますのでご注意下さーいっと。うっし完璧。(異世界から)越してきた身だし、やっぱり近所回りって大事だよね。え? 何か物騒な事言ってた? 気のせいですよ、気のせい。
シーン……
「ギシャッ、キシャシャシャシャ(まっ、いないんですけどね)」
早々にご対面という事にならず一安心。ストンと着地し、夫婦の愛の巣へと近付く。
「キシャシャシャシャギシャッ。ギッギッギッギッギ(真新しい卵を発見っと。一応いるみたいだな)」
巣の中には、綺麗に円形に並べられた六つの卵が入っていた。いくつかに乾いた血がついているのは産卵時のものだろうか? 元の世界の鳥も初産卵の時は出血するって聞いた事あるし、今この巣にいるのは若い個体なのかもしれないな。
近づき、その一つに中足でそっと触れてみる。外骨格に覆われた俺ではその温もりを感じる事はできなかったが、中で小さな命が息衝いているのが分かった気がして思わずほっこりとした気分となる。
……正直、今この時期にあの火竜夫婦がここで巣を作っているのか少し不安だったのだ。というのも、現在この遺跡平原にはゲネル・セルタスが闊歩している。同時狩猟なんかがあるのでその限りではないと思うのだが、通常あれほどの強さを誇る生物同士が上手いこと共存しているというのは少し難しいだろう。よって、ゲネルがこの遺跡平原の生態系の頂点にいる以上、他の大型モンスターは退避していていないのではないか、という懸念があったのだが、どうやら杞憂に終わったようで何よりだ。
さて、これでリオス夫婦がいる事は分かったわけだ。あとはこの卵達のお父さんかお母さんを待って、そのブレスから火種を拝借するだk……。
ズドォーン!
「ギシャァギギキシャァァァァァッ!(はいフラグ回収ーっ!)」
何と見事なフラグ建築&超速回収! いや全く我ながら惚れ惚れするねHA☆HA☆HA!
んなどうでもいい事をほざきながら羽を展開し、予備動作も無しで力任せに飛び上がる。たった今急降下しながら俺へブレス攻撃してきた張本人(竜)、この卵達のママことリオレイアさんは逆に着地し、ぐりぐりと左スティック回してる時みたいに飛び回る俺と卵達の間に割って入るようにして対峙した――のだが、何やらその様子が妙に見えた。
「グオオォォォウッ!」
俺に対し、翼を広げ上体を起こして威嚇してくるレイア姉さん。自分を大きく見せる為のその動作だが……。それは、彼女の現状をまざまざと俺に見せつける結果となった。
「キシャシャシャシャシャシャ……(怪我してるのか……)」
レイアの胸部には沢山の細かい傷がつき、片方の足にも相当深そうな切り傷が複数できていた。そういえば、心なしかその足を引きずっているようにも見える。恐らくは片手剣か双剣あたりにつけられたものなのであろうその傷は真新しいという感じではないので昨日今日つけられたものではなさそうだが、まさに満身創痍といった様子だ。
「グオォゥッ!」
届きもしないブレスを吐き、俺を牽制しようとしてくるリオレイア。空を自由に飛び回るリオレウスだったならまだしも、リオレイアの土俵は主に地上。しかもあれほどの怪我を負っているためにあまり大きな動きもできないので、空中でのスピードと軌道力に定評のある
勿論、食料そのものには不自由していない俺はあの卵をどうこうしようとは全く思っていない。というか、先程卵に触れた時と今のレイアさんの行動ですっかり情が移ってしまった。だって、ねぇ? あんな必死で子供を守ろうとする母親見て、はいはいワロスワロスでその子供をさらっていくだなんてどんな鬼だって話だ。生憎俺は人間性まで捨てたつもりはないんだぜ。
そんなわけで、あのブレスの火を拝借してとっとと撤退させていただくとしよう。無茶してレイアさんの傷口が開いたりしたら大変だし、変にストレスを与える事もない。
「グオォウッ!」
レイアさんがブレスを吐いたタイミングで、それめがけて飛翔する。と同時に、右の中足に持った松明を取り出した。とはいっても、そのへんで拾った乾いてそうな枯れ枝に火がつきやすいように火薬草をくっつけただけの簡易的なものであって、正直ちゃんと火がつくかどうかも怪しい。まぁ、チャンスはこれ一度きりじゃないのだから焦る事はない。
リオス種の火球ブレスは着弾と同時に炸裂するので、空中でそこに松明を突っ込んでー、というわけにはいかない。それが着弾判定になった場合、俺も爆発に巻き込まれてしまうからだ。
てなわけで、地面への着弾直後を狙う。さっきからバンバン撃たれているブレスは地面への着弾後、少しの間炎を上げてから消えていた。そのへんがゲームと違う所だが、こちらからすれば好都合だ。とはいっても所詮数秒なので、着火材としての火薬草が重要になってくる、という寸法だ。
ズドォン!
俺の目の前でブレスが炸裂し、一瞬燃え上がる。爆風を少し浴びる事となったが、弱点属性とはいえこちとらモンスター、その程度ではビクともしない。寧ろ人間時代にフライパンにワイン注いで燃え上がらせた時の方が熱く感じたね、うん。
グイッと軌道を捻って炎へ突っ込むルートを回避しつつ、中足に持つ松明をその中へ突っ込んだ。すると……。
ドンッ!
「ギッシャァ!?(おうっふ!?)」
火薬草が炎の一端に触れた瞬間、待ってましたとばかりに炸裂、再び周囲に炎をまき散らしたのだ。ギリギリ俺の所までは届かなかったものの、驚いて危うく取り落とす所だった。――考えてみれば火薬草って、たった一株で小タル爆弾作れるくらいの威力なんだったな。葉っぱ一枚とはいえども侮れないというわけか。あれっ? この展開何かデジャブ?
――まぁいいや。どうやら上手いこと火もついてくれたようだし、とっとと撤退させていただくとしよう。レイアさん、どうぞお体大切n……。
ビュゴッ
「ギッ?(えっ?)」
ズドォン!
少し上昇した所でレイアさんの方を向き、別れの挨拶とお礼のつもりでお辞儀をしたその直後。すぐ耳元で何かが通過する音が聞こえたかと思うと、俺の角の真横を掠める
ようにして何かが通過、その熱さからそれが火だと認識するのとほぼ同時に、地面へと着弾して炸裂した。
「グオオォォウ!」
ギギギギギ。俺の鳴き声ではない。あのアニメとかでよく見る冷や汗を垂らしながらカクカクとした動作で後ろを振り向くアレを体ごと、しかも飛びながらやるという快挙を達成した俺が目にしたのは、口から炎をくすぶらせてこちらを睨みつける、レイアさんの正夫様でした。
「……ギギギッキシャシャシャシャー(……オクサンニハテヲダシテマセンヨー)」
時と場所がアレなら盛大に違う意味に聞こえるんだろうが、あちらさん無茶苦茶怒ってらっしゃるようなのでそれくらいしか言えない。いや、俺だってそんな変態的な性癖は持ち合わせてないですって。人妻的な意味でも、竜相手って意味でも。
「グオオォォォウッ!」
「ギシャァァァァァッ!(サーセンしたぁーっ!)」
突進してきた怒れる旦那様を懐から抜けるようにして回避し、そのまま全力で飛んで逃げる。地上戦メインのレイア相手ならばまだしも、空の王者ことリオレウス相手では空中における優位性すらも失われてしまう。感覚的にはこちらの方が速そうだが、現状俺にとってゲネル・セルタスに次ぐ驚異と言えるだろう。
ギィギィ(ひぃひぃ)言いながらある程度逃げた俺は、てっきり追いかけてきていると思っていた気配が背後に無い事に気がつくと恐る恐る振り向く。モンスターになると同時に、元の世界でも高性能と話題だった複眼を獲得していた俺には、疲れた様子でへたりこむレイアさんと、心配そうにそれに寄り添うレウスさんを見る事ができた。……成る程、奥さんを守るために攻撃したのだから妥当な話だ。俺が原因でギスギスはしていないようなので何よりである。え? いやいや冗談に決まってるじゃないですかヤダー。
ゲーム中での様子から“レウスは恐妻家”という印象があるが、実際公式の設定では結構おしどり夫婦という話だった。レウスさんには悪いが、今後とも是非見守っていきたい家庭だ。
「……キシャシャ、ギッギッギッギッギ(……今度、おすそわけしよ)」
お見舞いって事で。……お見舞いだからね? レイアさん餌付けしようとか考えてないからね? あ、ヤバい、さっきの激おこ火竜の顔がフラッシュバックした。
◆
「ギシャキシャシャッ!(無事生還っ!)」
着地すると同時に、ザシューッとキメポーズでスライディング。……うん、ルックスも相まってそんなに悪くないな、今後も幾つかパターンを研究してみるとしよう。
とまぁ下らない事をしつつ適当な崖の上に着地した俺は、改めてこの場所で問題無いかどうか周囲を確認する。さて、ゲームとは違って松明が半永久的に燃え続けるだなんてフシギ現象は起こらないのだから、さっさと薪を用意して焚き火にしてしまおう。……事前に用意しておくべきだったのだが、肉焼きセットを失ったショックを忘れようとテンション上げまくっていた当時の俺にはそんな思考能力はなかったので勘弁してもらいたい。
「ギーシャッシャギーシャッシャ♪」
気を取り直し、楽器のギロのような音も出せる己の無機質な鳴き声を利用した民謡音楽っぽいのを適当に歌いながら、そのへんに落ちている枝や枯れたツタの切れ端といった燃えそうな物を拾い集める。とはいえ前足は見ての通り物を持つ事は難しいし、中足も指ではなくツメで挟む形の上に片足は松明を持っているので使える足は実質一本、作業効率はあまりよろしくない。最も、別段急ぐ理由もないので全くもって無問題なのだが。
ブブブッブォンッ
テンポが上がってくるにつれ、だらしなく半開き状態になっていた羽も振動させてリズムを刻む。これでも中学の時の音楽の成績は5、合唱ではアルトのパートリーダーを毎度務めていたのだ、即興で曲を作るなんぞお茶の子さいさいである。
――まぁ、その事とこのムシムシボディをフル活用して音楽刻んでいる事とは全くもって話が違うのだが。
現状、何だかんだ言っても俺の精神はこの体に適応してしまっているようだ。最初から何の不自由も無く体を動かす事ができたというのも大きく関係しているんだろうとは思うが、それにしたって普通じゃない。……とはいっても、比較対象がいないのでどうにも言えないのだが。全パラレルワールドの転生者の皆さん、そのへんどうなんでしょうか? 暇がありましたら遺跡平原の転生アルセルタスの所までお便りお願いしますわ。
「ギギッ、キシャシャシャシャシャシャシャ(まぁ、都合が良い事には違いないけど)」
適度に空気が入るように枝を組み、その中にこんもりなっている枯れ葉やツタの所へ松明を突っ込む。……よし、ちゃんと燃えてるな。
ドスッと腰(?)をおろし、少しずつ、少しずつ強くなっていく火をボーッと眺める。前にも考えた事だが、前世――まだ俺が死んで転生したと決まった訳ではないのだが――への未練が無いと言えば嘘になる。しかしまぁ、それも精々あのアニメの最終回どうなったかなーとかそんなもんだし、これから始まるであろう第二の人生もとい虫生に若干期待を寄せている俺からすれば微々たるものだ。
――俺はあまり生活に変化を求めるタイプではなかったと思うんだがなぁ。自覚してなかっただけか、転生・憑依に伴っての変化か。
「ギギッ、ギッギッギッギ、キシャシャシャシャシャシャシャァ(ま、楽しむにしても、生き抜く手段は必要だよね)」
ハンターを始めとした人間への全面協力を前提として、今俺に必要なモノ、即ち攻撃手段について考え始める。こんな立派なツノと鎌があるので普通に徹甲虫として暮らす分には問題ないのだが、これらは所詮鉄鉱石のみから作られた武器にも部位破壊される程度の強度。今後の状況によっては自分を遙かに上回るモンスターを相手に戦う事になるかもしれないのだから、より強力なウェポンを用意しておくに越した事はないのだ。
「……! ギーシャシャキシャシャシャギシャッギィ!(……! いーこと思いついたっと!)」
バッと羽を展開し、意気揚々と飛び立つ。生肉入手ついでにそこいらで探してみるとしよう。フハハハ、ハンターさん方のリアクションが楽しみだなっと!
アルセル「良い事思いついた(暗黒微笑)」
あれっ、おかしいな、予期せずレイアにもフラグ立ってるぞ……? 頑張れ、僕らのアルセルタス←
これから夏休みに入りますので、多少は更新ペース上げられるかなー……なんて更新できないフラグを建設しつつですが、今後ともヨロシクお願いします。
それではまたいずれ。