徹甲虫とはこれ如何に。   作:つばリン

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お久しぶりです!
リアルの方の忙しさが少し落ち着いたので、隙を見て投稿したいと思います。頑張って続けていきたいと思っておりますので、引き続きよろしくお願いします!
それでは、どうぞ!


第十九話~虫を狙うは四つの眼光~

 人には“好み”というものがある。食事、生活環境などそれらは多くの種類が存在しているが、その中でも異性に対する好みとなると、生物としての大義名分である“子孫繁栄”に関わる重要な問題となってくる。

 

 一般的に生物は、生存能力の高い異性を選ぶ傾向が強い。弱肉強食の世界に生きる生物ならばそれは大抵“腕っぷしの強さ”へと直結する場合がかなりの割合を占めるわけだが、高い知能と理性を獲得した人間においても、そういった力強さのようなものを“好み”とする個人は存在する。それこそ、種族という壁すらも越えて――。

 

 

 

「うーん……」

 

 バルバレの中央通り。日も高く昇り、ここに来れば手に入らないものはないとすら言われるこの移動市は、大きな活気に満ち溢れていた。そんなこの町の、人やガーグァ車が往来する中央通りの脇にて――一人の女性が、その眼鏡をかけた整った顔の頬に手を当て、頭を悩ませていた。

 

「ハンターさんに聞き損ねてしまいました……」

 

 その手に握られた羽ペンの先を宙で泳がせ、同じく手元に開かれた本のようなものに近付けては離す。うんうんと唸りながらそれを繰り返す緑のギルド制服に身を包んだ彼女の姿を、通りすがる人々の大半は微笑ましそうに見守り、あるいは立ち止まって見惚れ……そして彼女と少しでも知る者は、苦笑いを浮かべて歩き去っていった。

 

「……あぁ、アルセルタスの触角なら、先端が三又に開く構造になってるよ」

 

「まあ! そうなんですか、ありがとうございます。……え?」

 

 意気揚々と記述を再開しようとした彼女の手が、少し抜けた声と共に再びぴたりと止まる。はて、今自分にこれを教えてくれたのは、一体誰だっただろうか。そして一瞬の間を空けて顔を上げれば、そこにはこちらもまた整った、しかしこちらはソフィアとは違い幼く可愛らしい顔。それが座った自分と“メモ帳”を覗き込んでいたのに驚いた彼女はそして、その表情をみるみると輝かせていった。

 

「ルサリィさん!」

 

「久しぶり、ソフィア。元気そうだね」

 

 突然の再会につい腰を浮かせた女性――ソフィアの姿に、ルサリィと呼ばれた少女は僅かに微笑む。その身に纏ったややサイズの合っていない白衣のようなローブが、それに合わせてふわりと揺れた。

 

「お久しぶりです! この町に滞在していたんですね!」

 

「うん、ちょっと前からね」

 

 それなりに背も高く外見のみならば大人びているソフィアがはしゃぎ、一方で小柄で幼げの残る姿のルサリィが物静かに応答する。端から見れば不思議な光景ではあるが、この二人にとってはそれが当然なのであった。

 

「あ……もうこんな時間。ごめんソフィア、折角だしゆっくり話したいんだけど、今日は用事があって」

 

「まあ、そうでしたか……残念です。しかしこちらの方向に用事となりますと、もしやギルドに、でしょうか?」

 

 再び座ったソフィアの言葉には答えず、ギルドへと続く通りへ視線を向けるルサリィ。普段からあまり口数は多くなく表情を見せる事の方が珍しい彼女であったが、これが肯定の意味であるという事は、親友の一人であるソフィアはよく知っていた。

 

「ルサリィさんがギルドに用事……。まっ、まさか!?」

 

「うん、そのまさか。発見者のハンターに話を聞きに行くところだよ」

 

 その華奢な手で肩ほどまである綺麗な黒髪を耳にかけたルサリィは、やはり抑揚のほぼ無い声ではあるものの、やや機嫌良さげにそう答える。

 

「それでしたら、私も付いていきます!」

 

「そう言うと思った。でもソフィアって、このキャラバンの専属受付嬢なんでしょ?」

 

 早速とばかりに手に持ったメモ帳を閉じて軽く支度を始めようとするソフィアへと、歳相応の可愛らしいきょとんとした表情を見せるルサリィ。しかし今度はソフィアが、およそ先程のテンションからは予想もつかないような落ち着いた優しい表情で微笑みかけた。

 

「今日はハンターさんもクエストには行かないと仰ってましたから、大丈夫でしょう。ギルドへ行く旨のメモ書きを置いていきますから、心配はご無用です」

 

「ん、そっか」

 

 視線を逸らしてそう言った彼女の態度は、少々素っ気ないように見える。しかしソフィアはそんなことなど気にせず、紙の切れ端にメモを書いて椅子の上に置くと、彼女の隣へ並び立った。

 

「さ、行きましょうか」

 

「うん」

 

 応答するルサリィの声には、やはり抑揚は無い。そんな様子を端から見ていれば、彼女はソフィアとは対極の性格のように見えただろう。しかし――。

 

「ルサリィさん、その知性体モンスター、どんな子なんですか?」

 

「アルセルタス。ハンター助けたり、こんがり肉焼いたりするんだって」

 

「それはまた……素晴らしいですね!」

 

「うん。きっと、とってもかわいいよ」

 

 ――類は友を呼ぶ。モンスターを愛するこの二人が出会い、親しくなったのは、ある意味必然だったのかもしれない。

 

 

「ギゥッ……?(うぅっ……?)」

 

 ……何だ今の悪寒は。いや、悪寒とは言ってもこの昆虫ボディだから、鳥肌立ったり震えたりとかそういう事じゃないんだけど……錯覚? いや、それにしては何か、妙に生々しかったような――。

 

「キュアゥキュァ、ギャゥァゥ?(おにーちゃん、どうしたの?)」

 

 おっと、またボーッとしてしまっていた。

 

 いやー、考え込んでいる時に周りが見えなくなってしまうこの癖、どうにかして治さないといかんな。人間時代も、折角車の免許を取ったのにこの癖のせいで何かやらかしそうで不安だったから、結局二、三回レンタカー使った程度に留めた程。自覚しているのに治せない癖程もどかしい物はそうそう無い。

 

「ギィ、キシャシャシャシャ(あぁ、大丈夫だよ)」

 

 およそ普段はまず出さないような優しい声で――虫の鳴き声で優しい声というのも変な話だが――返答しつつ、すり鉢代わりのくぼんだ石へと、ぶつ切りにしたアオキノコを放り込む。それをすりこぎの棒で潰すと、やや固めの繊維が崩れ、汁と共に甘い、独特の香りが漂った。

 

「ギギッ、キシャシャシャシャシャシャシャシャ(ほら“ほたるちゃん”、とってもいい匂いだよ)」

 

「キュ、ギャウァゥ……! キュァゥギャァ!(ん、ほんとだ……! いい匂い!)」

 

 俺の隣にちょこんと座った“その子”にボウルを近付けて匂いを嗅がせると、竜のそれながらも幼い顔をすんすんと動かし、さも愉快そうにキャッキャと笑う。俺はそれを複眼の隅の方で捉えつつ 微笑んだ (大顎をカチカチと打ち鳴らした)が、内心、その様子に強い不安を覚えていた。

 

 この子――つい先程“ほたる”と名乗ったこの小さなリオレイアは、正真正銘あのリオス一家の末っ子であり、同時に人間からイビルジョー、そしてリオレイアと二度の転生を果たしたのであろうあの子だ。しかし――。

 

「ギャウキュァゥキュァギャウギャウ、キュァーギャウギャウ!(ほらおにーちゃん見て見て、虫さんがいるよ!)」

 

 地面を歩くにが虫を翼をばたつかせながら眺める今の彼女。その振る舞いは、およそ昨日の夕方見せた姿からは想像できないほどに明るく、そしてあまりにも“幼い”。

 

 俺自身一人っ子だった事もあって、幼い子供とふれ合う機会も多いとは言えない奴の目算なので正確とはとても言えないだろうが、涙を流しながらにごめんなさい、と謝っていた彼女の言葉の端々からは、少なくとも10歳かそこら程度の感性はあるように感じられていた。しかし今の彼女は、そこまで複雑な思考などが感じられない。

 

 また、あれほど悔やみ、苦しんでいたイビルジョーの時のトラウマも、今朝からは見る影もない。すっかり忘れてしまったのかとも思えるほどに。

 

 そして彼女は、先程から俺の事を兄と呼んでいる。確かに俺は子リオス達の事を弟妹のように思っていて、この子についてもその気持ちは変わらないが、彼女に対してその事を言ったことはない。なら年上の男性に対する呼称としての“お兄ちゃん”かと思えば、それも違う気がする。恐らく彼女は、俺の事を文字通り“兄”として見て、接しているのだろう。

 

「ガゥ?(んぅ?)」

 

 俺がじっと複眼で見つめているのに気付き、表情が読み取り辛いであろう顔を見ながら首を傾げた彼女のまだそれほど刺々しくない頭を、爪で傷つけないように注意しながらそっと中脚で撫でる。彼女は、何の抵抗も見せず嬉しそうに目を細めてその脚に擦り寄った。

 

 ……俺は精神学の専門家ではないが、これだけ判断材料が揃っていれば、今の彼女の状態にもおおよそ見当がつく。彼女は今、精神が正常な状態とは言えないのだ。

 

 それも仕方がないだろう。あれだけの恐ろしい経験があの幼い心に与えるダメージというのは計り知れない。人間ならばそのダメージを軽減するために、精神年齢の退行、ダメージの原因である記憶の忘却をしているのだろう。

 

 ……兄というのも、真に俺の事を指しているのではなく、恐らくは彼女が人間だった時の本当の兄の事なのだろう。忘却によって現状と生じる矛盾を、俺を兄と認識する事で軽減しているんだと思われる。

 

 とにかく、今の彼女の精神は不安定だ。しかしかと言って、素人である俺が下手にこの状況を打開しようとすれば、どうにか維持できていた精神を崩壊させてしまう危険性がある。心苦しいが、今の俺にできるのは現状維持だけだ。

 

「ギィッ、キシャシャッギィ(よしっ、終わりっと)」

 

 調合の完了した液体を瓶へ流し込み、傍らに置いてあったもう一つの瓶と並べて見てみる。色合いは問題無さそうに思えるな。匂いもバッチシ。味も……うん、一緒だな。

 

「キュァゥキュァ、ギャゥキャウァ?(おにーちゃん、何してるの?)」

 

 両方の瓶に触角の先端を入れて味見していると、(ほたる)がそのくりくりした目で見つめてきていた。ちらりとそちらを見れば、やや離れた場所に、わたわたと逃げ出していく先程のにが虫の姿。どうやら子供の好奇心という危機からどうにか脱出できたらしい。強く生きろ、にが虫。

 

「ギ、キシャシャ? ギッギッギッギッギ(ん、これかい? 怪我を治す薬を作ってるんだよ)」

 

「……ギャウァゥ?(……お薬?)」

 

 まぁ要するに、回復薬グレートである。ハンターの必需品筆頭と言っても過言ではないであろうこのアイテムだが、実は今まで、俺はあまりこの類の調合実験をしてこなかった。主な利用目的がハンターの支援と考えていた当時、まぁまずは我が身の安全が第一だよね、という理由で実用的な攻撃手段であるタル爆弾開発にばかり明け暮れていたので、そちらへ手が回らなかったのである。まぁそっちが結構安定してきたし、この手の回復アイテムがモンスターの体でも有効だって事を思い出したんで、こうして作ってみた次第である。

 

「キュゥ……ギャウァゥ、キュァゥ……(んぅ……お薬、嫌い……)」

 

 だがこの小さな姫君は、薬にあまり良い思い出をお持ちではなかったようだ。仕方あるまい、俺も幼少期は薬、特に粉薬の類は苦手だった。中でも漢方の類など最悪である。あの苦さに加えて物によってはそれなりの量を飲む必要があり、さらには唾液や水を吸って張り付き舌の上に意地でも居座ろうとするその心意気はアッパレなものだが、正直こちらからすれば迷惑以外の何物でもなかった。混ぜて飲みやすくなるようにするゼリーの存在を知った時の衝撃は今も忘れない。

 

 だがまぁ、薬が苦手でもこの回復薬グレートならきっと問題ないだろう。

 

「ギッギッギッギッギ、ギギッ、キシャシャシャシャ(大丈夫だよ、これ、とっても甘いから)」

 

「キャウァゥ?(……本当?)」

 

 そう、回復薬グレートが、回復薬グレートたる所以。それはハチミツの存在だ。これを入れる前の、一般に回復薬と言われている状態のものに入っているのは、薬草とアオキノコ。薬草は茶葉として使え、アオキノコも変に癖のある味なんかはしていないので決して不味くはないのだが、如何せん地味な味で、積極的に飲みたいとは思えない代物だ。ではここに、優秀な甘味であるハチミツが入れば? 回復効果は上昇し、より飲みやすいという素晴らしい飲料のできあがり、というわけなのだ。

 

「ギッギッギッギッギッギッギ?(ちょっと舐めてみる?)」

 

「……ギャゥ!(うん!)」

 

 

 

 

 ――その後少しして、試作品の回復薬グレートが一瓶、何故か空っぽになった。素材はいくらでもあるので問題はないのだが、世の中不思議な事があるものである。……甘やかしてないよ。




満を持しすぎての原作キャラと新キャラ登場です。早くアルセルに絡めていきたいものです……!

そしてようやっとシリアス脱却。これからは再びアルセル節を利かせていきます!

それではまたいずれ。

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