徹甲虫とはこれ如何に。   作:つばリン

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この投稿ペースに加えて、このテンポの悪さである。

……ごめんなさい頑張ります。


第十八話~転者の夜~

「……ギィ、キシャシャギッギィ(……よし、これでオッケー)」

 

 新しい薪を数本火にくべ、その手前にドサリ、と腰を据える。少し勢いの増した火の上には、クンチュウの甲殻を利用して作った簡易鍋。そしてその中にはたっぷりの水、それとまだいくらか肉の付いたガーグァの骨が入れてある。そう、今俺が挑戦しているのはガーグァの出汁をとったスープ、ガーグァスープだ。

 

 ……ネーミングが安易とかそういうのは言わない方向で。

 

「ギッギッギッギッギ、キシャシャキシャシャシャシャシャシャ(調味料はないけど、素材の味がいいから大丈夫かな)」

 

 こっちの世界へ来てからというもの、俺はそこそこの数のアプトノスやガーグァを食料として狩猟してきた。しかし、ゲームでは一定回数はぎ取れば消えてしまう死体も、現実となった今ではそうもいくわけもなく。肉をはぎ取った後に残ってしまった亡骸はこれまでは近場の小型肉食モンスター達にその処理を任せてきてしまっていたのだが、こちとら趣味とはいえ料理人のはしくれ。大切に頂いた命は最後まで無駄なく使いたいと思ってしまうのは当然のことだろう。それで思いついたのが、出汁をとるという方法。これなら骨に残った肉は勿論、骨や脊髄に残った栄養分まで利用できるので、無駄は限りなく少なくなるだろう。

 

 しかし、これにはちょっとした欠点がある。この手の出汁を一からとる場合、かなり長い時間をかけて煮込まなければならないのだ。だがこちらが使っているのはただの不安定な焚き火、下手に放置すれば火力が足りなくてちゃんと煮込めなかったり、沸き立ちすぎて溢れ、火が消えてしまったりするかもしれない。となると近くで見張っていなければならないわけだが、俺は基本日中忙しく、日が暮れてからもすぐに寝てしまうことが多いために、なかなか機会が無かったのだ。

 

「キシャシャシャ、ギッギッギッギッギッギッギ、キシャ(こういう、眠れない夜くらいじゃないと、な)」

 

 火から視線を外し、少し離れたところにある寝床……積み上げられた藁の方へと振り返る。いつものこの時間帯なら俺が潜り込んで眠っているあの寝床だが、今日はそこで俺の代わりに、一匹の小さなそれが可愛らしい寝息を立てていた。

 

「キチ……(……)」

 

 顎を小さく打ち鳴らして視線を火へ戻すと、枯れ葉を数枚、そこへ放り込んだ。よく乾燥したその葉はあっという間に燃え尽きると小さな火の粉を吐き出し、それは少し漂った後に俺の冷たい前脚の鎌に触れ、冷えて灰の粒になった。

 

 あの子が――リオス一家の末っ子のあの子が卵から産まれた時、俺はそれはもう嬉しくて、安心して、もし今も人間の姿だったら顔がグシャグシャというやつになっているところだっただろう。しかし……彼女が俺の事を『虫さん』と“呼んだ”事で、それらの渦巻いていた感情は一瞬にして吹き飛んだ。そしてその代わりに頭を支配したのは、混乱。彼女が転生者だったというだけならば、まだ納得もできただろう。しかし俺は……その脳内に響いてきた声に、聞き覚えがあった。

 

 

 

――ごめんなさい――

 

 

 

 そう、あの時の声と同じ。当然ながら、最初は疑った。そもそも子供の声なんてものは聞き慣れていない限りそうそう聞き分けられるものでもないのだから、単純に声が似ていただけという方が現実的。声だけで判断するのは間違いだ――。そこまで考えたところで、再び彼女によって、俺の思考は排除されることになった。

 

『キュ、ァ……ギャゥ、ギュァァ……キュゥッ……(う、ぁ……ごめん、なさい……ひぅっ……)』

 

 ……そう、それは、事実上の確定宣告。そう、この子はあのイビルジョー――リオス一家を喰らい、俺を瀕死へ陥れたあの恐暴竜が生まれ変わった、転生した姿なのだと。

 

「……ギッギッギッギッギッギ(……皮肉なもんだな)」

 

 自我が一時的に消失していたとはいえ、彼女は食欲が暴走した自分の体(イビルジョー)のやってきた事を覚えていて、それをとても深く、それこそこの歳の子がするとは思えないほどに深く、後悔している。そして再び転生した体が、その自らが喰らった存在の子供、兄弟のものだったとしたら。もし神がいたとして、これが彼女に対する罰なのなら……あまりにも理不尽で残酷だと、言わざるを得ない。

 

 一応言っておくが、俺は彼女の人格そのものに対し、イビルジョーへ抱いていたような怒りや恨みの感情は一切抱いていない。あの一件を引き起こしたのはイビルジョーの本能そのものであり、彼女には何の責任もないのだ。もしいきなり猛獣の背中に固定されてしまったとして、その猛獣が誰かを襲ったら、それが果たして背に固定された人の責任になるだろうか。……そんな事言わずとも、答えは明白だ。

 

 それにも関わらず彼女は、あれだけ後悔し、心を痛めている。同情こそすれど、恨む要素が一体どこにある? 自分は頭が良いなどと自惚れるつもりはないが、それが理解できないほど馬鹿なつもりもない。

 

「キュル……(んぅ……)」

 

 小さな声に再び振り返り、寒そうに身を震わせたその体の上へと藁をそっと被せる。それに少し身じろぎした彼女は、気持ちよさそうな鳴き声を上げて再び寝息を立て始めた。

 

 ……そうだ。例え彼女があのイビルジョーだったとしても、この子はリオス夫婦から預かった大切な子供で、俺の妹だ。それに――同じ転生者として、放っておけるわけがない。彼女は、俺が育てよう。

 

「……キシャシャシャシャ。ギッギッギッギッギ(……大丈夫。俺が守るよ)」

 

 今日は泣き疲れて寝てしまったし、朝になったら様子を見て話し合ってみよう。彼女が心に負ったのであろう傷は、きっとかなり深いものだ。少しずつ、少しずつでも、癒してあげられたらな、と思う。

 

 視線を上へ向ければそこには、人間時代に見慣れたものより幾分か大きな満月が、俺達を照らしていた。

 

 

 バルバレの町の出入り門近くにある、草地の広場。家畜のアプトノスやガーグァが放牧されているこの場所だが、時は真夜中、今はそれらも各々に集まって寝静まっている。

 

 そしてその中央にポツンと、まるで取り残されたかのように、一台の竜車が停まっていた。

 

「……今日は満月ですか、にゃ」

 

 そんな竜車の屋根の上で月に照らされていたのは、綺麗な純白の体毛を持つ猫人族。即ち、この竜車の所有者である御者アイルーが、ちょこんと座りこんで夜空を眺めていた。

 

「お酒の一つも欲しいところですにゃぁ。タケハラのご主人さんも、そう思いますにゃ?」

 

 そう言いながら屋根の上から顔を出して話しかけてきた彼に、片手に酒瓶を持ったハンター――タケハラは、その細めの目を見開く。それを見た御者アイルーは満足げに、猫には無い発達した表情筋を緩ませた。

 

「……良く分かったな。しかも、酒の事まで見抜かれるとは」

 

「にゃははは。アイルーの探知能力、嘗めない方がいいですにゃよ?」

 

 ヒゲをヒクつかせた後に顔を引っ込めた御者アイルーに続き、タケハラも屋根へと登る。すると、一体いつの間にどこから取り出したのか、そこには一対の酒飲み用の器が用意されていた。

 

「用意がいいな」

 

「お客さんに満足して頂けるのが、我々の喜びですからにゃぁ」

 

 お酒はこちらが用意するつもりでしたがにゃ、と冗談めかして言った彼に微笑んだタケハラは、促されるままにその隣へ腰を降ろす。

 

「相変わらず、仕事中以外は毎晩ここで空を眺めているのか」

 

「はいですにゃ。昨日の仕事中になかなか面白い話が聞けましたから、その事を考えながら眺めておりましたにゃ」

 

 そうか、と何気ない返事をしたタケハラだったが、直後、昨日の仕事という言葉に違和感を覚え、眉間に皺を寄せる。彼の仕事、即ち竜車を用いた客の搬送業は、基本的に目的地によって分担が成されている。そして彼の担当は、遺跡平原とバルバレ間の往復だったはずだ。しかし現在遺跡平原には、数日前から立ち入り禁止の令がハンターズギルドから出されている。となると……。

 

「……もしかして、彼らを運んだのか?」

 

「彼ら、というのがネロの旦那と姫主人殿の事を指しているのでにゃしたら、そうですにゃ」

 

 姫主人というのは、ハンターを相手に商売をするアイルー達の間での、女性ハンターの通称だ。あのギルドには現在女性ハンターは二人かその程度しかいなかったはずなので、彼の言う姫主人が彼女であるというのは、ほぼ間違いないだろう。そう考えたタケハラは、思わぬ収穫に高ぶる気持ちを抑えるように酒をあおった。

 

「となると、その面白い話ってのは……」

 

 チラリと、隣に座る御者アイルーを見る。酒の水面に写った月を眺めていたらしい彼は再び夜空へ視線を戻すと再び、綺麗ですにゃぁ、と呟いた。

 

「こんな綺麗な月ですにゃ。きっと遺跡平原の“彼”も、これを見ているんでしょうにゃぁ」

 

 タケハラも釣られて空を眺める。地平線の少し上にはっきりと浮かんだその月を、遠くを飛ぶ飛竜がゆっくりと横切っていった。

 

「……アルセルタスですにゃ。重甲虫に襲われていた姫主人殿の救出、肉焼きセットを用いた調理行動、回復薬グレートの調合素材の把握。タル爆弾と思われる爆発物の使用の話も上がっていますにゃ。タケハラのご主人さんがずっと探してた、知性体モンスターで間違いなさそうですにゃよ」

 

「了解した。フフフ、情報、感謝するよ」

 

 器に残っていた酒をググッと飲み干し、立ち上がる。もう行くんですかにゃ? という残念そうな猫声に、あぁ、と返事をしながら置いていた太刀を背負った。

 

「接触するつもりですかにゃ?」

 

「あぁ、勿論だ」

 

「そうですかにゃ。ここに久々に来た時点で分かってると思いますがにゃ、今日からギルドも、あのアルセルタスの事を認知するはずですにゃ。悪いようにすることはないでしょうにゃし、少し様子を見るのが得策だと思いますにゃよ」

 

「助言、感謝するよ。……フフフ、いい月見酒だった。また満月の日なんかには、ここへ来るとしようかね」

 

「是非ともですにゃ。今度は、私が奢らせて頂くとしましょうかにゃぁ」

 

 楽しみにしてるよ、という言葉を残して、タケハラは竜車から降りていった。残された御者アイルーは再びゆっくりと腰を降ろすと、天を仰ぎ、器に残った酒を喉の奥に流し込んだ。

 

 

 

「……これから、大変になると思うにゃ、アルセルタス君。私はここからこっそり、見守ってるにゃよ?」

 

 

 

 白い光の筋が、空を流れていった。

 

 

・バルバレハンターズギルドより古龍観測所へ

 

 遺跡平原方面を調査している古龍観測隊への調査依頼。この度遺跡平原にて、極めて特殊な生態を持つアルセルタスの存在が示唆されています。人間のような知的な行動、そしてハンターをサポートしようとする等の報告が挙がっている事から、知性体モンスターの可能性が極めて高いと思われます。以前に報告のあった崖の上の焚き火も、この個体による仕業と見て間違いなさそうです。まだ少々曖昧な情報な上にイビルジョーと交戦したという情報もあるので生存も定かではありませんが、恐暴竜の動向と併せて調査して頂きたいです。

 

・古龍観測所よりバルバレハンターズギルドへ

 

 依頼の程、了解致しました。以前より観測所内で知性体モンスターを調査・研究していた部署に話を回しましたので、そのアルセルタスについては彼らに任せておきます。近いうちにその情報の提供者へ顔を合わせて詳しく話がしたいと言っておりましたので、検討をお願いします。イビルジョーについてですが、そちらのギルドナイトの方が帰還した二日後から姿が見えなくなりました。現在全力を挙げて捜索していますが、失踪直前の弱った様子から、我々の気球から見えないような位置で行動不能になっている、または死亡している可能性が高いと思われます。他の場所へと移動した可能性も十分に有りうるので、引き続き周辺の村、狩り場等へは注意を呼びかけて下さい。

 

・バルバレハンターズギルドより古龍観測所へ

 

 恐暴竜の生死については、遺跡平原の環境が安定し次第ハンターを派遣、調査させます。注意勧告は引き続き続行、狩り場への立ち入りも念のためにあと数日規制する事とします。恐暴竜の環境へ与えた影響は甚大故、食物連鎖上位における大幅な生態系変化が起こる事が予想されます。好戦的な飛行能力を有したモンスターが移動してくる事も考えられますので、観測隊の皆さんへも細心の注意を払うよう伝えて下さい。




更新のペースが上げられそうと言ったな? あれは嘘だ(血涙)

書くのだ……もっと書かねばならぬのだ……

次回更新、早くできるといいなぁ……(様式美)

それではまたいずれ。

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