徹甲虫とはこれ如何に。   作:つばリン

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大変お待たせ致しましたー!


第十七話~輪廻~

 遺跡平原という名称は、文字通り古代の残骸が数多く残る広大な平原、その一部を狩り場としてギルドが指定した範囲の事を指す事が多かったと記憶している。狩り場というのは即ちゲーム中でハンターが進入可能な範囲の事と認識しているが、この姿となって自由に周囲の探索ができるようになった今となっても、地平線の果てまで続くこの黄金色の草原の全容を掴みきることができていない。

 

 そして今俺は、そんな広大な平原のある場所、狩り場からほんの少し外れた場所へとやって来ていた。

 

「ギッギッギッギッギ、キシャァ(これで大丈夫、かな)」

 

 埋めなおした地面の上に、俺の体でも抱えるほどの大きさのある岩をそっと置く。いや、石というよりは遺跡の残骸というのが正しいだろうか。恐らく建材として使われていたのであろう、四角く切り出された赤い石材のようなもの。質感からしてレンガではないだろうが、天然ものでもなさそうに見える。周囲には似たようなものがいくつも転がっている上に人ではまず持てない大きさなので、置いた張本人、もとい張本虫である俺でないとこれが故意に置かれたものだとは到底分からないだろう。

 

「ギッギッギ……キシャシャシャギッギッギッギッギ、ギッギッギッ、キシャァ(ここなら……モンスターもあまり来ないから、荒らされない、よな)」

 

 鎌を掲げる姿から拝み虫とも呼ばれているカマキリ、それとよく似た前脚を、岩の前でカチリと合わせる。朝方の少し冷たい風が俺の触覚を撫で、黄金色の草原を波打たせた。

 

 

 

 垂れていた頭を上げ、多数の目の集合体である複眼でその岩を見つめる。こんな物――墓なんて、大自然に生きる彼らには不要だったかもしれない。事実、イビルジョーの死を見届けた俺が再びここに訪れた時点で既に、夫婦の体はクンチュウを筆頭にした腐肉食者(スカベンジャー)によって大半が分解され、骨と甲殻、少量の鱗を残すのみとなっていた。もしかすると、いずれはゲーム中で配置されていたあの骨のオブジェクトのように、カラ骨やなぞの骨なんかをハンター達に提供する事になっていたのだろうか。しかし……俺には彼らの亡骸をあのまま放置するなんて事、できるわけがなかった。

 

 どこかで、墓を作る事や葬式をするのは、死んだ人のためというよりも残された人のためだ、という話を聞いた事がある。残された人がきちんと現実を認識し、悲しみから立ち直れるようにする、という事なのだろう。その考え方は全くもって間違っていないと思うし、動物の中でも特に豊かな感情を持ち、集団で生活するのを前提とする人間だからこそ発達してきた文化だと言える。

 

「……ギィ(……でも)」

 

 合わせていた鎌をじっと見つめる。俺が経験したあの現象――恐らく転生や憑依に類するものだと思うが、その場合で言う前世、即ち人間時代で死んだ覚えは一切無い。だが俺が今動かしているこの体は、本来俺のものではないのだ。つまり俺は、最近の小説やアニメでありがちなデジタルな仮想世界に迷い込んだとかそういうのでさえなければ、科学ではそうそう説明がつかないような現象を経験した、という事。即ち、魂のような存在の……。

 

 だから……そういう物が存在すると知っている、俺だから。せめてでも、彼らの来世が安息であるように願う事くらい、構わないよな。

 

「……ギッギ、キシャシャシャシャ(……どうか、安らかに)」

 

 改めて拝んだ後、傍らに置いていた双剣を持ち、じっと見つめる。紛失してしまっていた方の剣は、イビルジョーの脇腹へと深々と突き刺さっていた。恐らくはあのタックルを食らった時、俺の口から離れると同時に刺さったのだろう。イビルジョーのどす黒い血液に長時間さらされていた影響かその刀身は黒っぽく染まってしまったが、切れ味等への影響は見られないので使用は継続しようと思う。

 

 墓へ背を向け、少し離れてから羽を広げる。涙を拭おうとして自分に涙腺が無い事に気付き――そしてようやく、自分が泣いている事に気付いた。

 

 

「……」

 

 場所はバルバレハンターズギルドの集会所、時は深夜。夜も更けたこの頃になってくると、普段大騒ぎしているような連中の大半はそれぞれのハンターハウスへ帰り、それでも残っている者達となると冷やかしの少ない時間帯を狙った上位の手慣れハンターか、喧騒を好まないソロハンター、或いは酔いつぶれたまま仲間に置いていかれた哀れなお調子者くらいなものなので、普段の喧騒が嘘のように静まりかえっている。

 

 そんな昼とは違う表情を見せる集会所内の中、一匹のアイルーが難しい顔をして、腕を組みテーブルに寄りかかっていた。その視線はクエストカウンターにいる二人、ギルドマスターと、彼と話すギルドナイトへと向けられている。

 

「本当に、報告して良かったのかなぁ……」

 

 隣から聞こえてきた不安そうな主人の声に、そのアイルー――オトモのネロはチラリと視線を送る。椅子に座って水をちびちびと飲んでいるその少女ハンターのその不安そうな表情を確認すると、どこか諦めたような口調で答えた。

 

「あのアルセルタスが他のハンターにも接触しているとしたら、妙な噂が立ってしまう前にある程度正確性のある情報を提供しておくべきだにゃ。そうすれば、最悪討伐依頼が出るようなことは無いと思うにゃ?」

 

 そうかなぁ……とやはり悩んだ様子の少女ハンター。心配しすぎだにゃ、と答えるネロであったが、他でもない彼自身が不安でピリピリしている事は、その仕草からして明白であった。

 

 アイツは何の目的があって、主人を助けたのか。肉焼きや回復薬グレートの調合素材といった人間の技術を、どうやって知り得たのか。そして、そもそも甲虫種であるアルセルタスが、あれほどの知能を持つ事があり得るのか。正確性のある情報とは言ったものの、これだけ沢山の未確定要素を含んだこの話を、遙かに重要な情報、クエストを扱っているギルドが相手にしてくれるかどうかは、正直怪しいと言わざるを得ないだろう。

 

「ともかくは、あのギルドナイトに任せるしかないにゃ……」

 

 再びクエストカウンターへと視線を戻す。ギルドマスターと話している彼も最初はこの話が信じられないといった様子だった――いや、本当のところ今も信じきれてはいないのかもしれない。しかしこうしてギルドマスターへ交渉してくれているのだから、全くの嘘だとは思っていないのは確かと言えるだろう。

 

 ネロがまさにそう考えていた、その時。カウンターに向かっていたギルドナイトが振り向き、こちらを見てはっきりと頷いた。その奥にいるギルドマスターも、いつも通りの優しい笑みでこちらを見ている。

 

 どうやら、話だけでも聞いて貰えそうだ。ネロはそう確信し安堵すると、呼ばれて立ち上がった少女ハンターの足下へと寄り添う。

 

「アルセルタス、かぁ……。仲良くなれたら、いいなぁ」

 

 主人のそんな暢気な言葉につい、にゃふっと笑ってしまう。そして場違いなほどの緊張感の無さに呆れるネロであったが、それによって確かに自分の肩に入っていた力が抜けた事を自覚し、やはり主人には敵わないな、と再び笑ったのだった。

 

 

 

 

 

「……フフ。中々、面白い話が聞けた」

 

 ガタリ。

 

「にゃ? ハンターのお客さん、随分早いけどもうお上がりですかにゃ?」

 

「あぁ、美味かったよ」

 

「毎度ありですにゃー。……にゃ、ハンターさん、お代多いですにゃよ?」

 

「残った分で、あそこにいるお嬢さんにご馳走を。“情報料”さ」

 

「……にゃぁ?」

 

「フフフ。あぁ、それとこれはチップだ、取っておいてくれ」

 

「にゃっ! マタタビにゃ!」

 

「……じゃあな」

 

 

 

 集会所から、一人の男の姿が消えた。

 

 

 

 

 ――暗闇の中で、それは目を覚ました。ここはどこだろうかと周囲を見渡そうとするも、周囲を包み込む闇は視線を阻み、一切の視覚情報を遮断する。孤独な小さきそれは、そんな状況につい、不安そうに小さな声を上げた。

 

 ゴトリ。

 

 首を回そうとすれば、その頭が壁のようなものへと触れる。それに驚き再び周囲へ触れて確認すると、どうやらその壁のようなものが、自らの周囲を完全に囲っているらしいという事を理解した。

 

 暗黒。それは視覚に頼る多くの生物にとって、恐怖の対象である。小さな動物達は暗闇に潜む捕食者達に怯え、その捕食者ですら、一切光のない完全なる暗闇には恐怖する。そう、視覚に限らず、自らの重要な感覚器官の一つが働かない状況に置かれるという事は恐怖でしかないのだ。そしてさらに、一切身動きの取れないように囲むこの壁。もしそこに長時間止まれば、人間ならば発狂しかねないような環境と言えるだろう。

 

 多分に漏れず、自らの置かれた状況を認識したその小さな生物も押し寄せる恐怖に呑まれる。早く、一刻も早くこの場所から出たい。その一心で、壁を蹴り、背を押しつけた。

 

 ピキリ。

 

 壁の強度が限界を超えた事を知らせる音が、その小さな空間に響く。小さき生物はそれに希望を見出し、ありったけの力を込めて壁を蹴った。

 

 バキッ。

 

 壁の一部が、外側へ剥がれ落ちるように崩れる。そこから降り注いだ光に、暗闇に慣れ初めていた目を細めた……その直後。

 

「ギァ……?」

 

 聞こえてきたのは、まるで堅い物同士を擦り合わせたかのような音――いや、声。ようやく触れた外の世界で最初に聞いたその独特な声を、まだ明るさに慣れきっていない目で追った。

 

「ギッ、ギッ……(あ、あ……)」

 

「……キュァ?」

 

 そこにいたのは、巨大な虫。崩れた壁からほんの少し離れた場所から、硬直してこちらを伺っていた。その不思議な光景に、小さな生物は鳴き声を上げ、首を傾げる。

 

「キシャシャシャァ……!(産まれた……!)」

 

 ドタバタとした虫らしくない動きで、その巨大な虫が走り寄る。それに驚く小さき生物だったが、そんなものは気にも留めていない様子の虫は、残った壁を剥がし、中脚で抱え上げるようにして外へ出した。

 

「ギッキシャァ……ギッギッギッギッギ……キシャシャ……!(良かった……無事に産まれて、本当に……!)」

 

「……?」

 

 この大きな虫は、どうして自分を見て声を震わせて――泣いて、いるんだろうか。そう思いながら後ろを振り向けば、そこには半ば崩れた、大きく丸い物が転がっていた。そうか、自分はあそこに入っていたのか。なら、何故あんなところに入れられていたのか。あぁ、あれは卵だ。自分は、あの卵から“産まれた”のだ。……産まれた?

 

「キュァ……(ぁ……)」

 

 瞬間、小さき生物の“魂”が、一気に覚醒する。自らの本来は持ち得ない、幾多の知識に、記憶。その全てが、“彼女”の前に開示されていく。そしてその記憶の中に――この目の前で泣いている巨大な虫の、姿があった。

 

「グ、キュァ……?(虫、さん……?)」

 

 虫の、動きが止まった。




たぶん恐らくきっと、馬鹿みたいに重いこのイビルジョー襲来編は今話で終了となります。
まぁここからは再び初期のテンションへ戻していきますので、投稿ペースも上げられるかと。
みんな大好きリオス一家の死、考えた私が言うのも何ですが、とても悲しいです。
つらい別れとなった今回の事件でしたが、物語も大きく動く事となりました。
ネコ達ハンター組もついに、アルセルの存在をある程度明確に認知。
かっこいい戦闘シーンなんか書けるだけの技術はないのでグダってしまいましたが……。
わたしももっと精進しなければ、と改めて思わせてくれる章となりました。
いろいろな感想、評価、本当にありがとうございました。
いっぱいの楽しさを、今後とも読者の皆様へお届けしていく所存です。

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