何 故 ネ ル ス キ ュ ラ を リ ス ト ラ し た し
「アルセルタス、かにゃ……」
「う、うん」
腕を組み、ニャ……と唸りながら考え込むオトモアイルー、ネロ。その様子を前のめりになりながら見守る少女ハンターの表情は、若干不安そうであった。
場所は再び、遺跡平原とバルバレを結ぶ道中。あれからまたイビルジョーと遭遇したりする事もなく無事にベースキャンプへと戻った一人と一匹は、自らの応急処置を終えていたギルドナイトと再び合流することができた。その後追いついてきた竜車へと乗り込み、ここまで戻ってきたのである。
そして時は夜。いつもならばハンターら人間は寝静まり、モンスター故か人間ほど睡眠を必要としないネロと御者アイルーが見張りをしつつ焚き火を囲んで雑談するというのが彼らのスタイルだったのだが、あまりの疲労で日中に爆睡してしまっていたが故に眠れなくなってしまった少女ハンターも、この輪に混ざる事となっていた。
「……あ、あはは、ごめんね突然変な事。やっぱり、幻覚か何かが見たんだよね」
妙な静寂につい耐えきれなくなったのは、この話の中心である少女ハンター。確かに、こんな変な話を聞いて唖然としないわけがない。きっと何か私がおかしいんだろう。自分を襲おうとしていたイビルジョーに、アルセルタスが躍りかかっただなんて――。そう思っての発言だったのだが、直後に己のオトモの口から発せられた言葉に、逆に驚かされる事となった。
「……つまり、イビルジョーにやられそうになったご主人をその大きな虫――アルセルタスが助けた。そういう訳だにゃ?」
「流石ご主人さん、モンスターにもモテモテですにゃー」
「え、ちょっ、そんな二人とも、確かに助けられたとも思えないこともないけど、まだそうと決まったわけじゃ……」
至って真剣な表情のネロに、相変わらず緩い雰囲気で酒を飲みながら呟く御者アイルー。何故この二匹は、自分の冗談みたいな話をこんなに真剣に、しかもかなりぶっ飛んだ憶測を前提で解釈しているのか。話に付いていけず、ますます混乱してゆく少女ハンターであったが――。
「全くだ」
二匹の意見に反論するのは、いつの間にやら竜車へと寄りかかってこちらの話を聞いていたギルドナイトの男も、同じなようだった。
「あーらら、起きてきちゃったんですかにゃ? 安静にしてなきゃ治るものも治らないですにゃよ?」
「あの中にいてもそっちの会話が聞こえてきたもんでな。盗み聞くのも悪いと思ったんで、いっそ出てきたんだ」
苦笑しながらそう言う彼。一方の御者アイルーも注意こそしているもののやはり口調は穏やかなもので、焚き火で大切そうに焼いていた串焼き魚の一つを差し出した。しかしギルドナイトの男はそれを断り、再び口を開く。
「話を戻すが、正直今の話だけでモンスターが“助けた”と判断するのはあまりにも早計に思う。過去にも一度か二度ほどモンスターに助けられたと報告してきたハンターに会ったことがあるが、その時の状況を聞く限りはマグレだったからな」
「……確かに、それはそうにゃ。今の話“だけ”なら、偶然と考えるのが自然だにゃ」
強調して発した“だけ”という言葉に、二人の視線が再びネロへと集まる。それをチラリと見て目を細めた御者アイルーは、焼き魚を旨そうに頬張った。
「本当なら、ご主人だけに話しておきたかったんにゃが……。下手に隠蔽して、ギルドに中途半端な報告をされたりする方が困るしにゃ」
座っていた丸太の上に立ち上がったネロは、にゃほん、と一つ咳払いをする。そして、あの時自らが出会った不思議なモンスター――ゲネル・セルタスの攻撃から主人を助け、肉焼きセットで料理をし、焼き上がった超絶美味なこんがり肉を回復薬グレートの調合材料と共に置いていった、奇妙な徹甲虫の話をしていった。
まるでおとぎ話のような、ネロの静かな語り。誇張するでもなく、しかしその衝撃を的確に伝えるそれは、星の瞬く空へと吸い込まれていくようであった――。
◆
ブブブブ……。
「……ギィ、キシャシャシャ(……よし、動ける)」
改めて軽く羽の動きを確認し、全身の点検を終える。まだ違和感が残ったりする箇所もところどころあったりするものの、普通に動く分にはもう問題ない程度にまで回復した。いやしかし、最初はこの崖上の拠点によじ上ることもできなかったほど筋肉も内蔵もズタズタだったというのに、僅か二日でここまで回復するとは……モンスターの生命力と回復能力は計り知れない。
ただ――。
「キシャシャシャシャ、ギッギッギッギッギッ……(流石にここは、治らなかったか……)」
左前脚の鎌の背で、頭部より上のあたりを撫でる。側面の輪郭に沿って動くその鎌は、本来ならば綺麗な流線型に沿ってなめらかに先端まで導かれるはずだったのだが――途中でガクリと内側へ向かい、いびつな断面に接触してカタリと音を立てた。
こちらの世界へと来て約一月。常に俺の視界の上側に映りこんでいた三本の角のうちの一本である左角が、そこから消え失せてしまっていた。
「……キシャシャシャ、ギィ(……一撃、か)」
一瞬の隙に繰り出された、奴のタックル攻撃。それは俺を正面やや左側から打ち据え、たった一撃にもかかわらず戦闘不能へと追い込んだ。その衝撃は俺の左角を粉砕し、さらに内蔵や筋肉へとダメージを与えたのだ。しかし逆に考えれば、直接攻撃を被った左角が折れてくれたがために衝撃が多少軽減され、致命的なダメージを防ぐことができたのかもしれない。それを考えれば、角の一本くらいは安いものだ。
そろそろこの体にも愛着が湧いてきた今日この頃、アルセルタスのシンボルである角の一本が折れてしまったのは確かに残念ではあるが、直接的に生活や戦闘に支障を来す事もないだろうからまだマシだろう。
「ギシャァ、ギッギッギッギッギッギッギ?(それに、ちょっとカッコイイんじゃね?)」
中央の角が折れてしまっていたらゲームでの部位破壊よろしく見るに耐えない事になっていたんだろうが、左の角だけならばそんなに見苦しいというほどでもない。というか、これは隻眼の魅力なんかにも通ずるんだろうが、見方によっては寧ろ格好良くも感じる……かもしれない。まぁ、個体識別という意味では今後ハンターへ協力していく上で役立ってくれるだろう。
「……ギッギッギッギッギ(……それにしても)」
少し俯き、傍らに置いてあった一本の剣……双剣の片割れを右中脚で持ち上げ、そこへ視線を落とす。これはあの時、全力を叩き込むために俺が両の中脚で構えていた方の剣だ。もう一方、大顎でくわえていたこれの相方の剣はどうやら、あのタックルを食らった時にどこかへ吹き飛んでしまったらしい。
あの時俺が油断せず、確実に攻撃を叩き込めていたら――。最初はそう思っていたが、今になって考えればそうではないように思われる。
「ギキシャァ……(あの声……)」
あの瞬間、俺が油断する原因となった幼い女の子の声。この世界では一般人が狩り場に入る事は普通に許可されていたと記憶しているが、流石にあの状況下で人間の子供がいたというのは考え辛い。それに、当時は混乱していてあまり気になっていなかったのだが、あの声は頭の中に直接響くような、端から音として聞こえてくるのとはまた違った感覚だった。
「……キシャシャ(……やっぱり)」
正直、その考えはこの二日の間に何度か頭をよぎってはいた。しかしそれを認めたくなかったがために、自分に言い訳をして誤魔化していたんだ。だが、今こうして冷静に考えれば……言い訳が次々と淘汰されていき、その想定の可能性が高くなってゆく。
あの状況で、俺以外にいた生物。声が聞こえたタイミングとぴったり重なっていた、呻くような鳴き声。“痛い”という言葉――。
「……キシャシャシャシャ(……行かなくちゃ)」
羽を広げ、その速度を一気に上げて浮き上がる。発生した風圧で、焚き火が揺らいだ。
イビルジョーの事は、俺がどうにかする。そう一度、リオス一家に誓ったのだから。
◆
痛い……。
「ゴゥ……ゥ……(うぅ……ぅ……)」
体のいろんなところが、ズキズキする……。
背中が痛い、頭が痛い、お尻が痛いよ。でも、そんなの気にならないくらい――
――胸が、痛いよ……――
「ゴァァゥ、グォァゥゥ……(シカさん、ごめんなさい……)」
あんなにいっぱい追いかけて、怖かったよね。
「グゴァゥ、グォァゥゥ……(ブタさん、ごめんなさい……)」
いっぱい噛んじゃって、痛かったよね。
「グォァゥ、グォァゥ、グォァゥ……(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……)」
――食べちゃって、ごめんなさい……――
ズズン……。
あぁ、転んじゃった……。でももう、足が動かない。お腹も、もう空かない。空いちゃ駄目なんだ。もしまた、お腹が空いちゃったら……。
「ゴァゥ……ゴォァアァゥ、ゴァゥ……(嫌……もう食べるの、嫌だよ……)」
前にお母さんが、ご飯は食べなくちゃいけないって言ってた。でも私、動物さんたちが怖いって、痛いって思って苦しむ方が、お母さんに怒られるのよりずっと嫌だ。
「グォァゥゥ……ゴゥァゴァゥ、グォァゥゥ……(ごめんなさい……動物さんたち、ごめんなさい……)」
私、どうなっちゃうのかな。ご飯を食べなかったら、人は死んじゃうって聞いたことあるけど……今の私は、どうなっちゃうのかな。
ブゥゥゥン……。
……あ、れ?
「ゴ、ァゥ?(虫、さん?)」
あの虫さんは……あぁ、そうだ。私がドラゴンさんの赤ちゃんを食べちゃった時の……。あのドラゴンさんと虫さん、もしかして友達だったの、かな。
「ウ、ゥ、ゴァ、ァ、ウゥ……(あ、ぁ、ごめ、ん、なさ……)」
友達を食べちゃって、虫さんも食べようとしちゃって、ごめんなさい。そう言いたいのに……喋っても、変な声しか出てこなくて。その声も、もうほとんど出なくなっていて。それに、何だか頭も、ぼーっとしてきちゃった……。
「……」
虫さんが私の顔の前に来て、何か言うのを悩んでるみたい。でも、目もちゃんと見えなくなってきちゃった……。もっともっと、ちゃんとごめんなさいしなくちゃ駄目なのに。
早く言わないと、“お兄ちゃんのときみたいに、間に合わなくなっちゃう”かもしれないから……。
「ゴァ……ガ……(ご……め……)」
もう、声が出ない。何にも見えない。音も聞こえなくなってきた。私、どうなっちゃうのかな……。私も、お兄ちゃんと同じで――。
いやだ、暗いのは嫌だよ、怖いよ……。
――寂しいのは、嫌だよ……――
……。
あ、れ……? 首に、何かが触ってる。……何かは分からないけれど、堅くて、つめたい。でも……優しくて、あったかい。つめたいのに、あったかいなんて不思議。そういえば、お兄ちゃんも“ひえしょう”だったから手がつめたかったけど、何だかとってもあったかかったな。
「……ギッギッギッギッギ(……辛かったね)」
この声……もしかして、虫、さん……? この触っているのも、虫さんの、手……?
「ギッギッギッギッギッギッギッ……キシャァ(気づいてあげられなくて……ごめん)」
あぁ……この虫さん、温かくて、優しくて、見た目はぜんぜん違うのに、お兄ちゃんみたい。とってもとっても不思議。
大切なひとがいなくなっちゃうのは凄く嫌で、怖くて、寂しいことだって、私も分かってるのに。私は、虫さんの大切はひとを、食べてしまったの。虫さんも、とっても悲しいよね……。でも、そんなことをした私にも、虫さんはこうしていっしょにいてくれてる。だから私、もう怖くないよ。虫さんが側にいてくれてるから、寂しくないよ。
虫さん、本当に、ごめんなさい。そして、本当に本当に……。
――ありがとう――
◆
……
…………
………………
あれ……? ここは――どこだろう。上も下も、右も左も真っ白。さっきは真っ暗だったのに。
『虫さん……?』
不安になって虫さんを呼んでみたら、前みたいにちゃんと喋れるようになってた。それにびっくりして手を見てみたら、ちゃんと人間の手。
『私……元に、戻ってる?』
あの大きい体から、人の体に戻ってる。だけど何だか……本当はここに体なんか無いみたいな、不思議な感覚がした。
『グォァゥ』
後ろから聞こえた鳴き声にちょっと驚いて振り向く。そこには、とっても大きな、緑色のドラゴンさんがいた。
『あ……もしか、して……』
私はそのドラゴンさんに、見覚えがあった。それは、とってもとっても嫌な記憶。まるで自分の体じゃないみたいに、沢山の動物さんたちを次々食べていっちゃった、凄く嫌で、悲しくて、怖い記憶。その中で一度だけ見た……緑と赤の、ドラゴンさんの家族。
『……グルル』
声にはっとして見ると、いつのまにか緑色のドラゴンさんの後ろに、同じくらいの大きさの赤いドラゴンさんがいた。そう、あのドラゴンさんもそうだ。
『ギャウ、ギャウ!』
『……キュゥー』
次々に、今度は小さいドラゴンさんたちが出てくる。そう、そうだ。あのドラゴンさんたちは、私が食べて……。
『あ、ぁ……ごめんなさい、ごめんなさい……』
さっきまでは出したくても出せなかった、涙がポロポロ出てくる。謝っても手遅れな事があるって、私は知ってる。でも……私には、謝るほかに、何もできない。
緑のドラゴンさんが、ゆっくりと歩いてくる。一方の私は、足が震えて動けない。でもそれは、怖いからじゃない。
「グゥ……」
ドラゴンさんの顔が、私の目の前にくる。その目が、私をじっと見つめてくる。きっと、怒ってるよね。私が、ドラゴンさんたちを食べちゃったんだから……。
ぎゅっと目を瞑る。逃げるつもりはない。もし私がドラゴンさんに食べられちゃっても……それは、仕方のない事だから。
あぁ、でも……。
あの虫さんにもう一度だけ、会いたかったな――。
投稿が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした……やはりシリアスは苦手です。
それとちょっとしたご報告。現在うちのアルセルタスがTwitterにて活動をしているのですが、そこでの独自の交友により、小説の主人公であるアルセルタスからもはや逸脱した存在となってしまっております。これから見に行こうと思ってくださっている方は、そのあたりをご了承の上でよろしくお願いします。