徹甲虫とはこれ如何に。   作:つばリン

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※警告タグの面々がアップを始めました。

 衝撃的な表現が多数含まれる回です。読む際は十分に注意して頂きますようお願いします。


第十二話~別れ~

「……遺跡平原」

 

 竜車に揺られながら、これから出会うであろうモンスターへと思いを馳せる。バルバレハンターズギルドのギルドナイトである俺はギルドマスターの要請を受け、遺跡平原へと向かっていた。

 

 約10年前、俺がルーキーのハンターとしてハンターズギルドへ加入した頃には、まさかこうしてギルドナイトへ抜擢されて重要任務を任されるような事になるとは夢にも思っていなかった。今でこそ実力にそこそこの自信はあるとはいえ、当時は自分なんかよりもずっと優秀な連中はゴマンといたはずだ。――最も、あの荒くれ者達にかなり繊細な作業もする事になるギルドナイトの仕事ができるかと問われれば疑問は残るが。かといって、自分もそういった事が特別得意だったという事もない。十中八九、ギルドマスターの意向だろう。

 

 自分は一体いつギルマスに気に入られたんだろうか。思い当たる節といえば、あの――タケハラだったか、そんな妙な名前の奴と狩りに行った時。確かハンター稼業を初めて二ヶ月くらい経った頃だったな。

 

 まだ単身でネルスキュラをギリギリ討伐できる程度の実力だった当時の俺と、奇妙な雰囲気を持つそのハンター、タケハラ。後は如何にも荒くれ者らしい二人のハンターを交えて行ったそのクエストは、リオレイアとリオレウスの同時狩猟クエストだったと記憶している。

 

 しかし、俺にとって初の同時狩猟となったそれは、少々難易度が高すぎたらしかった。同時に二つの存在を警戒しなければならないという慣れない状況に戸惑った俺は、幾度となく攻撃を被ってしまったのだ。しかし彼はその度に生命の粉塵を使用し、そのお陰で他の一人が一度ダウンしたのみでクエストは無事に終了。集会所へ戻った俺達はそのまま円満に解散……という訳にはいかなかった。

 

 パーティーを組んでいたメンバーのうちの一人、クエスト中に一度ダウンした男が、集会所内でタケハラへと文句を言い出したのだ。曰く、自分がダウンしたのはこの男――タケハラが悪い、と。

 

 しかし、あの死に方は明らかにあちらの立ち回りの問題だったし、俺に限らず他の二人が攻撃を受けた時もタケハラは律儀に粉塵を使用していた。あの時はリオレウスがブレスを連発していたがために、粉塵を使用する暇が無かったのである。そもそも本来、ああいった事は自己責任なのだ。どう考えても、問題は向こうにあった。

 

 恐らくはその時、理不尽に怒るその男を俺が宥めたのがギルドマスターの目に入ったんだろう。確かに肉体言語基本の奴が多いハンターの中で、俺のように静かに宥めるようなのは割とレアだったかもしれない。それにしてもまぁ、目のつけどころが変わった人という事には変わりないだろう。

 

 ――そういえば彼、タケハラも妙な奴だったな。粉塵の件もしかり、男を宥めた俺に対してちゃんと礼を言ってくれたので“良い人”と言えるだろうが、あの後文句を言っていた男の事を『リアルゆうた』だとかよく分からない例え方をしていた。頭装備で一部が隠れていたので確かな事は言えないが、ここらであまり見ない顔の特徴をしていたように思う。

 

「そろそろ着きますにゃぁ」

 

 ……思考が逸れてしまっていたか。いや、ある意味現実逃避かもしれない。これから相対するモンスターはそれほどまでに恐ろしい奴なのだから。

 

 気を引き締め、傍らに置いたライトボウガンの点検を開始する。調査とはいえ、この任務は俺がこれまで経験してきたものの中で最も難易度が高くなるだろう。命の危険もこれまでの比ではない。

 

 

 

 ――そういえば、ギルドマスターから焚き火も調査してくるように言われていたか。狩り場で夜に焚き火を焚くだなんて自殺行為も甚だしいと思うんだが、まさかそんな馬鹿が本当にいるんだろうか。まぁ、余裕があればという条件付きであるし、細かい事は後々考えればいいだろう。

 

 

 何のことはない。

 

 草ベッドへと潜り込み、明日は子リオス達と何をしようかと考えながらゆっくりと意識を手放した、いつもと何ら変わらない夜。

 

 だというのに。

 

 目が覚めた俺は、いつもでは感じ得ない言いようもない違和感を覚えて。どこまでも澄んだ青い空も、心地よい朝の風も、いつもと一緒だというのに。一体何がいつもと違うのかと意識してみれば、それは“臭い”だった。

 

 ゲネル・セルタスの発するような異臭というわけではない。かといって、決して心地のよい匂いでもない。

 

 そう、それは俺がこちらの世界へ来て幾度となく嗅いできたもの。最近になってようやく慣れてきたものの、それを行う時の気持ちは決して忘れてはならないその行為。

 

 その臭いが、作業のたび至近距離で嗅いでいた時より遙かに濃厚に。甲殻に覆われているにも関わらず、まるで粘性の泥が全身にまとわりつくかのような錯覚すら覚える。それが焦燥感を煽るかのように、周囲を満たしていた。

 

 早く行かなければ。

 

 羽を広げ、思い切り空へと飛び立つ。

 

 あの場所を目指して速度を上げる中、同じ臭いがこの遺跡平原のあちらこちらから漂い、また俺の高性能な複眼はその臭源であるそれを幾度となく捉えていたが、そんな事を気にする暇もなく――いや、それを否定したくて、ひたすらに空を駆けた。

 

 急がないと。

 

 速く、速く速く、速く……。

 

 四枚の羽をもつれさせ、幾度となく墜落しそうになりながらもとうとうその場所へたどり着いた俺は――その光景に、愕然とした。

 

 何だ、このどす黒い赤に染まった地面は。

 

 何だ、あの地に横たわる大きな二つの塊は。

 

 おかしい、ここは俺が来たかった場所じゃない。あそこは、こんな酷い場所なんかじゃない。もっと暖かくて、優しく包んでくれるような雰囲気に溢れた――。

 

「ギャウ……ギャウゥ……」

 

 ハッとして、それが聞こえた方を見る。それは、赤い大きな塊にすがり泣く、一つの小さな命。

 

「キシャシャシャシャシャシャッ!(姉レイアちゃんっ!)」

 

 思わず、その無機質な声を荒げる。姉レイアちゃんもそんな俺の存在に気づいたようでこちらを見ると、今にも崩れ落ちそうな様子でよたよたと歩いて向かってきた。その口からは、悲しみの鳴き声がひたすらに紡がれている。

 

 行ってあげないと。そう思い俺が降下を開始しようとするのと――それが俺の視界に入ったのは、同時だった。

 

 バグン。

 

 突然視野の外から現れたナニカに視界を遮られ、姉レイアちゃんの姿が見えなくなった。

 

 あれは何だ? あぁ、そうだ口だ。――ではなぜその口が今、姉レイアちゃんのいた場所で閉じられている? 一体……姉レイアちゃんは、どこへ行ってしまったんだ? これは一体、どういう事なんだ。頼む、誰か、誰か教えてくれ。

 

 バキリ、ボキリ。

 

 あぁ、人間だった頃よりも良く聞こえる耳は、無慈悲にもその音を鮮明に捉えてしまう。

 

 ベキッ、パキリ。

 

 やめてくれ。それを、俺に聞かせないでくれ。

 

 ペキンッ、パキッ。

 

 お願いだ。頼む、頼む頼む頼む頼む頼む……頼む……。

 

 “もう、奪わないでくれ”。

 

 視界を遮っていたナニカが顔を上げる。そこには、姉レイアちゃんの姿は無かった。そいつが、ゆっくりとこちらを向く。その口から飛び出していたもの。それは――。

 

 小さな可愛い、血に塗れた翼だった。

 

 

 

 ぁ――。

 

 

 

「ギシャァ」

 

 俺の体が、飛翔を開始する。頭部の角を奴に向け、突進していく。

 

「ゴォァ!?」

 

 角が奴の体の側面に激突し、体に強い衝撃が走る。角の切っ先は、奴の体を僅かに傷つけた。

 

「グググ……」

 

 奴が俺を睨みつける。以前に会っていたのならばその姿、そして俺を見るその目に震え上がったのだろうが、今の俺の思考は他者を見るように――そう、まるでゲームを見ているかのようにただただ客観的で、この体は俺の意思に関係なく動いていた。いや、本来ならそのほうが正しいのかもしれない。何故ならこの体は本来、俺のものではないのだから。

 

「ギギッギッギッギッ……」

 

 両の鎌をすり合わせ、やや奴よりも高い場所から接近していく。そしてその背へ数度、鎌を叩きつけた。奴の体へ、ほんの僅かな傷がつく。

 

 ――俺は今、何をしている?

 

「ゴォァァ!」

 

 やはり俺の意思に関係なく動くこの体は再び突進を敢行したが、奴は体を半回転させ、無防備となった体の側面へとその太く強靱な尾を叩きつけてくる。それに強かに打ちつけられた俺は、突進の勢いのままに斜め前方へ軌道を逸らされるように吹き飛び、背面から岩へと激突した。

 

「ギッ……キシャァ」

 

 ダメージを受けたのは内蔵か、はたまた羽を動かす筋肉か。グッタリとなった俺の体は、もはや勝手に動くような様子はない。そして目の前には、俺のことを食物としてしか見ていない、狂った光を湛えた双眼。

 

 ――こんなのに、勝てるわけがないじゃないか。

 

 わけもわからずアルセルタスにされて、それでも頑張ってここまで生き延びて。ようやく掴んだ、心の安寧。それを――奴は奪っていった。憎い、奴がどうしようもなく憎い。だというのに、何だこの体たらくは。こんな事態になるまで眠りこけて、慕ってくれていた妹、弟達も守れなかった。こんな貧弱な力では、仇すら討てない。

 

「ゴォァ」

 

 奴――イビルジョーが大口を開き、その強酸性の唾液を垂らしながら俺へと食いつこうとする。そうか、お前は俺をも食らうつもりなのか。それもいいかもな。きっとあの子達、今頃あっちで寂しがってるはずだ。大人しレイアちゃん、初めての場所で怯えていないだろうか。暴レウス君は、あっちで迷惑をかけてはいないだろうか。一緒にいたのは短い間だったけれど、あの子達は俺のかわいい弟妹。俺が行って、また面倒を見てあげないと。

 

 ズドォンッ……

 

「ゴォァァ!?」

 

 炸裂。イビルジョーの側面へと叩きつけられた火球は、奴の表皮を少し焦がし、さらにその威力でもって横へ倒れこませた。その予想外な出来事に驚き一時的に冷静な思考を取り戻した俺は、その火球の飛んできた方を見る。

 

「……グオォウ」

 

 そこには、片足と脇腹の一部を失いながらも首をもたげ、俺を見つめる一頭の雌火竜の姿があった。何故死んでいないのか不思議なほどの怪我。優しい隣人、レイア姉さんはその首の向きを変え、鼻先で彼らの巣の中を指し示した。

 

「……ッ!(……っ!)」

 

 彼女の意図をくみ取った俺は、嫌な音を立てる己の体を無視して巣へと駆け寄る。そこにあったのは――既に中身無き殻達の中にひっそりと隠れた、未だ生まれぬ最後の卵の姿だった。

 

「ゴォォォァァァァ!」

 

「グォッ……ァ……」

 

 背後から怒りの咆哮を上げて何かを踏み抜く音と、小さな断末魔の声が響く。だが俺はもう振り返らない。意を決して卵を抱え飛び立とうとするが、羽を動かす筋肉に力が入らず、動きはするものの浮力が足りない。

 

「ギシャッ……!(くそっ……!)」

 

 先程のダメージが原因か。ゲームではいくら攻撃されようと飛行能力が衰える事など無かったが、現実となっている今ではそうもいかない。

 

 中足で抱えた卵を自重で割ってしまわないよう注意しつつ、後肢と鎌を使って崖の場所まで避難する。ハンターが飛び降りてもダメージ一つ受けない崖だ、モンスターである俺ならこの卵を抱えた状態でも問題無く降りる事ができるだろう。

 

 しかし――そう易々と満たされる事無き腹を持つその怪物は、こんなちっぽけな存在である俺や卵すらも逃すつもりはないらしかった。

 

「ゴォォォァァァァァ!」

 

 身を震わす咆哮の後、奴の重厚な足音が背後から凄まじいスピードで近づいてくる。未だ俺の中に根を張る妙に冷静な思考は、俺が崖から飛び降りるよりも奴が追いつく方が早いという予測を既に算出していたが、俺は死に物狂いで逃げた。

 

 レイア姉さんは、俺にこの子を託して死んだ。今の俺には、この子を守るという大儀がある。だから、もう死ぬわけにはいかないんだ。

 

  レイア姉さんのために、レウスさんのために。そして、俺の弟妹であり、この子の兄姉である、子リオス達のため。

 

 俺は、生きる――!

 

「グオオォォォウ!」

 

 直後、聞き覚えのある鳴き声と共に、背後で強い衝突音が響いた。

 

「ゴォァァッ!」

 

 もがく音と奴の苦しげな声に、振り返るのに向かない体の向きを変え背後を視認する。そこには転倒し、バタバタともがくイビルジョーの姿と、それに跨り動きを封じ込めんとする、片翼を失った一匹の火竜の姿があった。

 

「グオオオォォォォォ!」

 

――行け!――

 

 こちらを見て咆哮した彼が、そう言っている気がして。俺は、崖から飛び降りた。

 

 遺跡平原の一角に、一匹の(リオレウス)の力強い最後の咆哮が響き渡った――。




い つ か ら ギ ャ グ 小 説 だ と 錯 覚 し て い た ?

リオス一家を気に入っていた読者の方、申し訳ありません。彼らは仕方の無い犠牲だったのです(ぇ

今後少しの間だけシリアスが続きます。ギャグ回が見たい方、もう暫く待ってね!

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