徹甲虫とはこれ如何に。   作:つばリン

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前回に引き続き日常編、それも上記の通り二本立てです。その分ボリュームも増し増しですので、どうぞご堪能下さい!


第十一話~短編エピソード二本立て ――虫と仔竜の日常―― ~

◆姉レイアちゃんのプチ家出

 

「ギッ……(ん……)」

 

 周りの気温が上がるにつれ、意識がはっきりとしたものになっていく。草ベッドの隙間からは、徐々に昇っていく太陽を見てとることができた。

 

 流石はモンスターというか、低気温では活動すらままならないはずの変温動物の昆虫である俺であっても、多少感覚は鈍るものの夜間の活動も可能だという事は検証済みだ。だが現状夜間無理に起きている意味は大して無いし、夜はしっかり寝て日中フルに活動した方が圧倒的に効率が良い。前世では一時期昼夜逆転した生活を送っていた事もあった俺だが、太陽の動きに大きく左右される自然の生活にすっかり順応していた。

 

 それにしても、いつもより体温の上がりがえらく早い。十中八九、一緒に草ベッドへ潜り俺の体に身を預けている“この子”のお陰だろう。これなら、ちょっとだけ早く起きられそうだ。

 

 ――そう思っていたんだが。自分に身を寄せてくれる可愛い存在を無理に起こしたくないという気持ちに負け、結局いつもよりもう30分くらいぬくぬくしてしまったのだった。

 

「キュアー……」

 

「キシャシャァ、ギッギッギッギッギ(おはよう、姉レイアちゃん)」

 

 可愛いあくびをする姉レイアちゃんに伝わらないながらも朝の挨拶をした俺は、いつもの薬草茶と朝食を用意する。今朝のメニューもやっぱりこんがり肉。うーん、料理好きとしてはもう少しバリエーションを増やしたいところなんだがなぁ……。今度ガーグァで鳥肉にでも挑戦してみるか。ちなみに姉レイアちゃんのご飯は生肉。ちょっとこんがり肉をあげてみようかなとも考えたけれど、もしあげて気に入ってしまったら普通の肉を食べなくなってしまう可能性がある。将来的に巣立ちして立派なリオレイアとして生活していくのだから、ここは心を鬼にしてっと。……俺、親でもないのに何やってんだろうな。

 

「キシャシャシャシャー(いただきまーす)」

 

「ギャウギャウ!」

 

 日本人なら欠かすべからず、食材への感謝の心“いただきます”。特にアルセルタスとなってからはその食材にあたるモンスターも自分で狩猟しているので、いよいよ言葉にも重みがでてくるというものだ。そして、そんな俺の真似をして嬉しそうに吼えている姉レイアちゃん。俺の言葉は理解できないんだし、この挨拶の真意は分かっていないんだろうけど、親と同じように見本として考えてくれているという事にどうしようもない幸福感を感じてしまった俺は悪くないはず。

 

「キシャシャシャシャシャシャ?(姉レイアちゃん?)」

 

「グ?」

 

 並んで朝食を食べる中、分かりやすいように疑問系特有のイントネーションを強調して言ってみたところ、ちゃんと自分に質問されているのだと理解したらしい姉レイアちゃんが生肉から口を離してこちらを見る。うん、お行儀の良い子だ。暴レウス君とかだったら間違いなく食うのは止めないからな。俺も中足に持ったこんがり肉を皿代わりの大きな葉の上に置き、軽くそちらへ体を向けた。

 

「キシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャギッギッギッギッギ?(ちゃんとお母さんとお父さんのところに今日は帰るんだよ?)」

 

 全力のジェスチャーを交え、そう伝える。どうにか大筋は通じたらしいのだが、それを聞いて鱗で覆われているにも関わらず目に見えて分かるほどむすっとした態度になった姉レイアちゃんは、プイッとそっぽを向いて生肉の続きを食べ始めてしまった。

 

「……ギィ(……はぁ)」

 

 暫くじっと見つめていた俺だったが、どうにもすぐには機嫌を直してはくれなさそうだと悟り、大きなため息をつく。しかしそれは嫌々という意味でのため息ではなく、ちょっと小生意気な娘を見てニヤけてしまう類のものだ。ちなみに俺の呼吸は腹の側面に複数開いている気管とかいう穴から行われるので、吐き出された息は真横にいる姉レイアちゃんに少し吹き付けられた。

 

 さて、そろそろ説明を交えねばなるまい。今俺の横でプンスカ怒りながらも生肉を食べている小さなリオレイアは、言わずもがなあのリオス夫婦の子。そう、俺の来訪に興奮した暴レウス君とお転婆レイアちゃんを叱りつけていたお姉ちゃん気質のリオレイア、通称姉レイアちゃんである。では何故この子が俺の拠点である崖の上で一緒に寝ていたのか。それは、昨日の夕方まで時間を遡る――。

 

 ゲネル・セルタスとの戦いからかれこれ四日。あれから毎日リオス一家の巣へと足を運んでいた俺だったが、この日は狩り場じゅうを飛び回って朝から調合素材集めをしていたために、訪れるのが夕方になってしまった。

 

 いつもは遅くても正午ぐらいにはアプトノスを抱えて行っていたので、心配してくれていたのか単純に嬉しかったのか、子リオス達は大歓迎。実はこの時点から姉レイアちゃんの反応がちょっとおかしかったのには気がついていたが、見た感じこの中で一番精神年齢の高いこの子なりの苦労があるんだろうと、気にはかけつつもこの時には何もしなかった。

 

 ほんの少し子リオス達の面倒を見た俺だったが、時間帯的にレウスさんが帰ってくる頃だろうと予測。未だ彼には邪魔者扱いされている俺がこの夕方にいては家族団らんもギクシャクしかねないという判断で、残念がってくれる子リオス達に心を暖かくしつつもおいとまする事にした。

 

 そして拠点に着き、沈みゆく夕日を眺めながらのほほんと薬草茶を嗜んでいたその時。崖の下から、聞き馴れた鳴き声が聞こえてきたのに気付き、慌ててそれを引き上げた。そう、俺の拠点のある崖の途中に、あの姉レイアちゃんがしがみついていたのだ。どうやら、薬草茶特有の匂いを発する俺を鼻で追跡してきたらしかった。

 

 その後言葉は通じないながらも姉レイアちゃんの反応を観察しているうちに、俺は一体何故この子がここにいるのかを察した。ズバリ、家出である。精神年齢の高い彼女なりの悩みがある、とは考えていたものの、まさかモンスターである彼女が家出だなんて人間じみた事を、しかもそれを生後僅か三日でしたという事に驚きを隠せなかった。が、巣へ送ろうにもこの時間帯で外を連れて動くのは危険だったし、こういう時は無理に家へ帰らせるのではなくある程度子供の中で納得するまで尊重するべきだとどこかの育児本か何かで読んだ記憶があったので、一晩だけ拠点に泊めてあげた、というわけだ。

 

「キシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャァ(みんな心配してると思うけどなぁ)」

 

「……キュウ」

 

 何となく俺の言っている事を察してくれたのか、再び食べるのを止めて俯く姉レイアちゃん。本当に賢い子だ。ませて家出なんて事をしたこの子だけど、本当は兄妹達想いの優しい女の子。自分が迷惑をかけている、とまでは分からずとも、兄妹達が寂しがっているという事に思い至ったんだろう。特に、あの大人しい子レイアちゃんはいっつもお母さんか姉レイアちゃんに引っ付いていた。もしかすると寂しくて泣いてしまっているかもしれない。

 

「……ギッギッギッギッギ(……帰ろっか)」

 

「ギャウッ」

 

 ちょっと寂しそうな顔をした姉レイアちゃんの様子を見てジェスチャーで伝えると、決心したような顔で力強く頷いた。

 

 その後俺が姉レイアちゃんを抱えて巣へ向かうと、レイア姉さんはとても安心したような顔で彼女へとすり寄り、暴レウス&お転婆レイアは状況が分かっているのか知らんが狂喜乱舞、大人しレイアちゃんは泣きつき、普段ならとりあえず一発火球をお見舞いしてくるレウスさんも今日だけは許してくれた。こうして、ちびリオレイアの生まれて初めての小さな冒険は、彼女の心を少しだけ成長させたのだった。

 

 ちなみに、その日から姉レイアちゃんがよく俺にすり寄ってくるようになったのはナイショである。

 

 

 

◆徹甲虫先生式教育

 

「ギィッ!(よっ!)」

 

 迫りくる追っ手を、触れるか触れないかのところでギリギリ回避する。相手は勢いよく突進してきていたがため勢いを殺しきれず、ズザザザザーッと地面へダイブしていった。しかし、追っ手はまだいる。油断はできない。

 

 先の追っ手が地を滑った事で舞い上がった砂埃の中から、新たな追っ手が飛び出してくる。なるほど、俺から見えない場所からの奇襲、なかなか良い手だ。しかし、走ってきていた気配は隠せていない。よって、対策は万全だ。

 

 斜め前方からの飛びかかりに、バックステップで対応する。しかし先程の追っ手の行動を見て学習したのか、勢いをそのままに体勢を立て直して急旋回、再び迫ってくる。なかなかのホーミング性能、これはかなりの脅威となり得るな。

 

 俺はケルビの走法を逆再生するようにジグザグと二回バックステップをした後、着地時の反動に昆虫特有の強靱な筋力を上乗せしていきなり斜め前方へ跳び上がった。追っ手の真上を通過して回避した俺は着地した後、そいつが地面へダイブする音を聞いてから新たな追っ手へ備える。

 

 後方にはダイブしたばかりで未だ起き上がれぬ第二の追っ手、そして右には体勢を立て直しつつある第一の追っ手。左前方には岩の影から様子を伺う姿が見えるが、攻勢に出る様子は無い。そしてもう一体は第二の追っ手の方へと走っていった。しかし、おかしい。追っ手はあと一体いたはずだが――?

 

「ギャオゥ!」

 

「ギッ!?(ゑ゛っ!?)」

 

 聞きなれた鳴き声と共に、背中に強い衝撃が走る。しかしそれは危機感を抱くようなものではなく、俺としてはむしろ喜ばしいものであった。

 

「ギャオー!」

 

「ギャウギャウ!」

 

 それぞれの場所から賞賛の声があがる。俺の背中から跳び降りた小さなリオレウス、観察眼の生真面目レウス君はそれに応えるように小さく鳴くが、そこまで喜んでいるようには見えない。感情の抑揚が少ないタイプの子なんだろうね。――最も、あの暴レウス君やお転婆レイアちゃんと比較するのもどうかとは思うが。

 

 さて、今俺達が何をしているのかと言うと、早い話が鬼ごっこだ。しかしただの鬼ごっこと侮るなかれ、本人達は楽しんでいる様子――まぁ、大人しレイアちゃんあたりはあまり積極的じゃないけど――だが、俺としてはこれを一種の修行みたいなものだと思っている。

 

 リオス種というのは生態系でもトップクラスの強者に当たる種族だ。よって元来、古龍種等の寧ろ遭遇確率の方が遙かに低いようなレアな連中以外に天敵となるような生物はあまり存在していない。なので、“狩り”をする練習こそすれど、幼少時代のうちに同等以上の実力を持った相手への練習というのはあまり積ませる事は少ない……んだと思う。まぁ、多分合ってるだろう。

 

 しかしそれでは対処しきれない存在がある。そう、皆さんお馴染みハンターさんだ。俺は基本的に人間に対しては友好的な存在として振る舞っているが、それは元人間が故の感情論多量と生存確率向上のための手段少量という理由があってこそ。一方でこの子リオス達にとっては縁もゆかりも無い存在なわけで、まぁまず間違いなく彼らに対して敵対的な行動をするだろう。

 

 俺が最も恐れているのは、ここにいる子リオス達が将来的にハンターに狩猟されてしまう事。俺が人間と敵対しないよう教えるというのもアリだが、それは俺の多大なるエゴが含まれているのであまりやりたくはない。かといって巣立ちをすれば彼らは別々の場所へ旅立って行くのだろうから俺がいつまでも守る事はできない。ならば、せめて一緒にいられるうちに彼らを軽く鍛えてあげて、ハンターに限らずあらゆる脅威に自分達で立ち向かえるようにするべきだと考えた、というわけだ。

 

 その上でこの鬼ごっこという遊びは実に良い仕事をしてくれる。それこそ人間の子供がやるような鬼ごっこではそういった意味合いは少ないだろうが、こちとらハイスペックなモンスター。俺も羽を使わない縛りプレイとはいえ高性能なこの体は自由に動くし、生まれて僅か数日とはいえ子リオス達の身体能力や知能はなかなか目を見張るものがある。すばしっこく動く相手を、どのように追いつめ、あるいはその攻撃を避けるかを各自模索する。実戦に近い形で教えるため、それぞれの子の長所短所がハッキリしてくるというのも大きい。

 

 例えば暴レウス君だが、彼は良くも悪くも真っ直ぐである。初撃の突進はただただ突っ込むだけで、相手に避けられる事等はあまり考えていなかった。

 

 一方で、そんな彼のサポートをするお転婆レイアちゃんの思考はなかなかの柔軟性を持つ。暴レウス君の立てた砂埃を利用したのはなかなかの高得点。だが、ちょっと詰めが甘いところがあるのが難点か。最も、最後のホーミング突進はゲームで見たリオレイアのものを遙かに上回るものだったし、あのままの性能で大人になれば間違いなくG級モンスターの仲間入りを果たすレベルだろう。

 

 大人しレイアちゃんは、うん。まあ、恐がりならハンターからひたすら逃げてりゃどうにでもなるし、あれはあれでアリなんじゃない? ……贔屓してないから。本当に。

 

 姉レイアちゃんはあの気の強さがあれば、将来的にどこぞのリオレウスとつがいになった上で一緒に戦えば恐妻パワーで旦那を完璧に使役してみせそうな気がする。彼氏ができた暁には是非とも会わせていただきたいものだが、難しいだろうなぁ。……フルボッコしてやろうと思ったのに。これが娘を嫁に出す父親の気分なんだろうか。いや、俺は優しいお兄さんポジションが目的だ、笑顔で送り出すべきだろう。

 

 そして、今回のトップ賞、生真面目レウス君。彼は角が邪魔な事で見えない俺の上側を狙い、崖をよじ登って上から奇襲を仕掛けてきたようだ。もしかすると空中からの攻撃なら気配もしにくいという事ですら計算に入れていた可能性すらある。普段から色々なものを静かに観察する癖のある子供らしからぬ彼だが、お陰で俺の弱点を悟り、それを的確に突くという実に戦略的な、言い方を変えればモンスターらしからぬ方法をとったわけだ。俺からすれば絶対に敵に回したくないタイプだ。グッジョブ!

 

 これまで数度の鬼ごっこのおかげで、俺はこの子達の長所短所を把握できたし、この子達も着実に効率的な動きを覚えていった。尚、暴レウス君の戦略的な成長はほぼ見られない模様。いっそ彼はパワーバカとして攻撃力重視方向にした方が良いかもしれないと思い始めた今日このごろです。

 

「グオオォォォウ!」

 

 目の前でワイワイやってる子リオス達を見ながらそんな事を考えていた矢先。大体いつも通りの時間に、一家の大黒柱(リオレウス)さんが帰ってらっしゃった。やっぱり今日も俺が嫌いみたいです。――だがしかしっ! いつまでも追いかけ回されてる俺では無いぞ!

 

「キシャシャシャァーッ!(突撃ぃーっ!)」

 

「「「ギャオー!」」」

 

 鬼ごっこの時のままのノリで、かけ声と共に方向を示すようにしてレウスへ鎌を向ける。それで察したらしい子リオス達は、一部を除いて一斉にレウスさんへ向けて走り出した。俺もその中へ混ざり、一緒になって突撃する。

 

「グオォ!?」

 

 俺が今までにない反応を見せた事と、可愛い自分の子供達が楽しそうに駆け寄ってくる事と、その中に憎きアルセルタス()が混ざっている事と、周りに子供達がいるせいで攻撃や威嚇ができない事に盛大に混乱した様子のレウスさんは慌てて地を走り逃げ始め、俺達の鬼ごっこは第二ステージへ至ったのだった。

 

 静かに巣の中の卵を守るレイア姉さんは、そんな俺らを穏やかな顔で見ていた。




一見微笑ましい光景ですが、皆さん、想像してみましょう。小さなリオレウスとリオレイア達が、アルセルタスと遊んでる。あら不思議、一瞬でカオスな光景に早変わり。

というわけで、本日をもちましてクロスオーバーの募集を締め切らせて頂きます! 本日じゅうに決定した作品の作者様の下にメッセージを送信させて頂き、その後改めて了承を頂き次第私の活動報告にて通知させていただきます。

それではまたいずれ。

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