徹甲虫とはこれ如何に。   作:つばリン

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お待たせしましたー! 何だか最近この作品しか更新してない気がするけど気にしない気にしない! あんまり話は進みませんが、今回も長めにしたつもりです。

それでは、どうぞ!


第九話~茶人アルセルタス~

 俺がレイア姉さんを助けたのは、紛れもない善意だ。

 

 確かに、古龍とかそのへんを除けば間違いなく生態系の上位に位置しているだろうリオス種からの警戒心を多少なりとも解くいうのは、俺がこの遺跡平原で生活を続ける上では生存確率を格段に上げる結果となるだろう。

 

 だが生憎というか、俺はそこまで合理的な考えを持つ事のできるような人間、もといアルセルタスではない。流石にテンプレ熱血主人公あるあるの『よくも仲間を!』な感じで激情に任せて圧倒的強さの相手に何の勝算も無く突貫するような阿呆ではないつもりだが、最近流行りの無感情系主人公や冷血系主人公なんかと比べれば遙かに感情豊か、かつ道徳的な感覚を所持しそれを尊重していると自負している。別に(リオレイア)の威を借る(アルセルタス)を狙っているわけでも、増してや旦那(リオレウス)から寝取ろうとか考えているわけでもない。当然漁夫の利を狙ってトドメを刺そうと考えていただなんてもっての他だ。

 

 ですから、ね?

 

「キシャシャシャシャシャシャ、ギッギッギッギッギッギッギッギィ……(そろそろ睨むの、勘弁して頂けないでしょうか……)」

 

 通じないと理解しながらもそう口にして恐る恐る視線を上げた俺の目の前にいるのは、あまりの怒りにその口から炎を熏らせ、刺すどころか串刺しにでもせんとばかりの視線を真正面から向けてくるレイア姉さんの正夫、リオレウスさんでした。

 

 どうしてこうなった。いや、まぁ確かに状況を見れば、彼の警戒がこちらへ向くのは仕方ないと思うけど……。ゲネルは死んでて? レイア姉さんは息も絶え絶えに倒れてて? そんな妻にじりじり近づくのは、ゲネルの(しもべ)もとい俺。彼らにアルセルタスの個体識別が可能かどうかは分からないが、一応彼らの巣への侵入経歴もある俺である。確かにさっきの状況を端から見れば、戦闘の末にゲネルを倒したが満身創痍なレイア姉さんに仇討ちをしようとするアルセルタスに見えた事だろう。彼ら飛竜種はなまじ頭も良いから尚更だ。

 

 よ、よし、ひとまず状況を整理しよう。密猟ハンター二人組を適当にこのエリアから引き離した後にちゃっちゃと撒いて戻った俺だったけど、いざレイア姉さんの治療を始めようと近づいたその瞬間に旦那様(リオレウス)が襲来。恐らく上記のシナリオを想像したのであろう彼は目前の脅威である俺を警戒してターゲティングしたみたいだったが、土下座姿勢で抵抗の意が無い事を全力で表す俺と突如首をもたげて制止(?)をかけてくれたレイア姉さんによって、俺がウルトラ上手に焼けるのを阻止できている、と。ふむふむ成る程、状況ならこれでしっかり把握できたね。いや、単なる現実逃避なのでとっくに分かってましたけどね? さらに言うと改めて整理なんかしたところでこの状況の打開策が浮かぶはずもないんですけどね?

 

「……グフッ」

 

 暫くの沈黙の後。若干苦しげな声を上げながらもじっと見上げていたレイア姉さんをチラリと見たレウスさんは、溜め息をついてようやくこちらから視線を外してくれた。

 

「ギッ、キシャシャシャs……(た、助かっt……)」

 

 ビュゴォッ! ズドォーン……。

 

 こちらも安堵し、視線を下げて力を抜いた瞬間。俺の横スレスレの場所を熱の塊が通過し、背後で爆音が轟いた。

 

「グオォウ」

 

――変な気を起こすなよ――

 

 今のがわざと外した威嚇だったと悟った俺はそう言われた気がして、改めて深々と頭を下げたのだった。……動物共通の弱点の頭を差し出してるんだし、誠意は通じてるよね? あ、俺の場合角が邪魔で差し出してる事にならないか……。

 

 

「ねぇネロ、本当に最近どうしたの?」

 

 竜車に揺られて狩り場へ向かう途中、移動二日目の昼に再びその屋根に上って本を読んでいると、己の主人が話しかけてきた。本をパタンと閉じたネロは内心またかと思いながらも嬉しいのを押さえ、彼女の顔を見て首をかしげる。

 

「……それはこっちの台詞だにゃ。ご主人こそ最近はしょっちゅうオレの調子を聞いてくるけどどうしたにゃ?」

 

「それはネロの様子がおかしいからだもん……」

 

 分かりやすく口先を尖らせた主人を見て微笑んだネロは、本を小脇に抱えて立ち上がり、アプトノスに引かれた竜車の向かう先を見据えた。そして、何やら今も生温かい視線を向けてきている御者アイルーとの昨晩の会話を思い出す。

 

――――

 

『どうするんですかにゃ?』

 

 主人が寝静まった頃、見張りも兼ねて焚き火を囲みながら度数の極弱い酒を嗜んでいた二匹だったが、何の前置きも無しに出された話にネロは思わず目を丸くした。が、この状況で話す事など一つしか思い当たらなかったために、何の話なのかはたやすく予想することができた。

 

『……今回でまた見つかるとは限らないにゃ。でも、見つければ意志の疎通を試みるつもりにゃ』

 

『あの人はどういう見解だったんですにゃ?』

 

 こんがり肉をチビリとかじって顔をしかめた御者アイルーが、誤魔化すように話を続ける。やっぱり不味いのか……と若干落ち込むネロだったが、ひとまずは質問に答える事にした。

 

『まだ情報量が少なくてはっきりしない、との話だにゃ。でもまぁ、可能性は結構高そうだとウキウキした様子だったにゃ』

 

 あんな事を研究している人なのだからどんなマッドな研究者かと思っていたのだが、実際に訪ねてみればまだ幼さの残る、15歳程の可愛らしい普通の少女であった。――最も、あらゆるモンスターを恋愛対象として見るような少女を普通と言って問題ないのかは甚だ疑問ではあるが。

 

『まぁ、いきなり明言せずに慎重な対応をしているからそれなりに信頼はできそうだとは思うにゃ』

 

『あ、顔が疲れてますにゃ。さてはモンスター語りに付き合わされましたにゃ?』

 

 肯定の代わりに大きな溜め息をつくと、御者アイルーは少し乾いた笑いを浮かべた。彼女がバルバレへ来る際には彼が送ったという話だったので、きっと連日語りを聞かされたのだろう。そこまで考えが至ったネロは、労うように新たな酒を注いだ。

 

『そのアルセルタスと会った日には、求婚でもしちまうんじゃないですかにゃ?』

 

『ハハハ、まさかそんな』

 

 御者アイルーは笑い話として振ったその言葉だったが、割と洒落にならない内容だったので、その後再び沈黙が訪れたのだった。

 

――――

 

「……アルセルタス」

 

 下にいる主人に聞こえないような極小さな声で、自分に言い聞かせるようにそう言う。旧大陸にはクイーンランゴスタという中型の甲虫種モンスターが存在していたが、セルタス種はこちらにしか生息していないモンスターだ。旧大陸でならばオトモとして数多のモンスターを狩猟してきたネロだったが、初めて戦闘をした時にはそのスピードに息を飲んだものだ。いつか故郷へ帰った時には、今でもあちらで元気にやっているはずの兄のネオや弟達に良い土産話となるだろう。

 

 そう思ったネロだったが、旧大陸にてオトモをやっている長男のネオが遙か遠くのジャンボ村で凄まじくカオスな状況になっている事を知ったのは、今からずっと先の事である。

 

「ネーロー! 無視しないでよー!」

 

「そうですにゃー旦那、それじゃモテないですにゃよー」

 

「お前まで何を言ってるんだにゃ……」

 

 

「……キシャシャシャ(……疲れた)」

 

 丁度日がかなり傾いて、空がオレンジ色に染まった頃。仮拠点に着地した俺は、疲れを癒すべく草ベッドへぐでーっと横になった。あぁー、この匂い落ち着くわぁー……。もう嫌、疲れた。動きたくないでござる。

 

 いや、このハイスペックな体そのものは食料さえあればほとんど疲れない優れものなんですけどね? 精神は見事にゴリゴリ削られるわけなんですよ。転生小説あるあるで、憑依した対象の体に精神が引っ張られて一部感情が薄くなったりするみたいなのがあるけど、俺はそういった事は全く無い様子なので人間時代と同じ感覚で捉えてしまう。え? それにしては大型モンスターと対峙した時冷静そうに見えた? 恐怖度が360度回って逆に冷静になってたんだよ!

 

 結局あの後も、奪ったポーチの中にあった回復薬系でレイア姉さんの怪我を治してあげようとしたら誤解したレウスさんがブチ切れたり、また首をもたげたレイア姉さんの鶴の一声でレウスさんが硬直したりとなかなか凄い状況だった。これが大自然の営みだというのか。

 

「……ギッ、キシャ(……あっ、そだ)」

 

 いやどう考えても違うだろと自分でツッコミを入れた瞬間、動かした視界のすみに写った“アレ”を見てふと思い出す。危ない危ない、忘れるところだった。折角用意しておいたのに無駄にするだなんて俺のもったいない精神が許さないからね。まだ日が暮れるまで少し時間があるし、それだけ作って楽しむとしよう。

 

 また立ち上がった俺は、いくつかのお手製道具を手に焚き火の近くに広げてある布切れへと歩み寄る。その上には綺麗な濃い緑色を維持したままパリパリに乾燥した薬草。できることなら焚き火の熱じゃなくて時間をかけて天日干しでやりたかったんだけど、試験的なもんだし一端妥協だ。

 

 パリパリの薬草をまた別の綺麗に洗った小さめの布切れで一つ包み、あまり向かない構造の中足で苦戦しながらもどうにか口を縛る。それを布ごと揉んで中の薬草を細かくしたら……。

 

「キシャキシャー♪(お湯お湯~♪)」

 

 雨水が穴を開けたのか、うまい具合に真ん中が凹んだ形をしている石に水を汲み、焚き火のすぐ側で温める。ちょっとして取り出したそれは長時間は温めなかったとはいえ石が相当熱を持っていたけれど、両の鎌の先端で挟むみたいに持ったら熱さはそんなに気にならなかった。ミトンいらずの頑丈甲殻、奥さんも大喜びですな!

 

 流石に沸騰まではいかないもののそこそこ温まったお湯を、上部分を切り落としてコップ状になった大きめのカラの実へ注ぐ。あぁ、この懐かしきコポコポ音よ……!

 

「ギッ、キシャシャシャシャシャー……(で、ティーバッグをー……)」

 

 お湯にさっき作ったティーバッグを投下すると、みるみるうちに緑色に染まっていく。ゲネルがいなくなった事で清々しい空気を取り戻したここに、今度は非常に心落ち着く良い香りが漂い始めた。

 

「ギシャ、キシャシャシャ!(お茶、完成!)」

 

 そう! 俺が作っていたのはお茶だ。あんまり知られていないが、公式設定で“遺跡平原産の薬草を使ったお茶は有名”というのがあったのを思い出したので試しに作ってみた品だ。流石の俺もお茶の製法なんか分からないし、第一この世界における製法がそれと同じとも限らないんだが、まぁ物は試しだ。アルセルタスになったとはいえ文化的な生活を送りたい俺だが、現状優先するべきは俺の心の安寧。飲んでほっこり落ち着けるお茶はあるに越した事は無い。そう思うよね? え、思わない?

 

「ギッギッギッギッギッギ(よっこらせっと)」

 

 草ベッドの上に体を下ろし、両鎌の間接付近――人間で言うところの手首のあたりで挟んで口元に近づける。若干緑茶に近いけれども前世では嗅いだ事の無い、凄く落ち着く香りを暫し楽しむ。こんな姿なので鼻なんぞ無いわけだが、どうやら口元付近にある小さな触角が嗅覚を有しているらしい。ゲネルの匂いが強烈すぎて感覚が飽和状態になってたから今まで気が付かなかったのかね。

 

「キシャシャシャシャ(いただきます)」

 

 十分に香りを楽しんだ俺は、極力大きなものを選んだとはいえ今の体からはとても小さく感じるカラの実コップの中のお茶を啜る――だなんて事は呼吸器官が口に繋がっていない俺ではできないので、顎を開いた中にある口腔内に流し込んだ。

 

「ギシャァ……(美味ぁ……)」

 

 その優しい美味しさに盛大に気が緩み、思わず羽をだらしなく半開きにしてしまった。こちらの世界に来てからというもの、こんがり肉というなかなかにワイルドで美味い物には出会ったがやはり心落ち着けるにはちょいと重い食べ物だ。よって、こんなモノが簡単に作れる事が分かったのは俺にとって非常に大きなメリットになる。できる事ならこの場に菓子でも欲しいところだけど、流石にそれは高望みという奴だろう。いつか人間と関わりを持つ事ができた時、甘味を調達できる日が来るのを願うとしよう。或いは、どっかで食べられそうな果物でも探してきても良いかもしれない。

 

 それにしても、昆虫の体というのは凄いものだ。お茶を持つ鎌の鈍く光を反射する甲殻を見ながら思わずそう思う。何せ、俺がこのお茶を作るのにした作業は人間と比べてそこそこ大きいこの体では本来難しい事。しかし、二本の爪で“摘む”事しかできない中足による作業という事もあって手間取りはしたが、コツを掴んだ今となっては失敗する気がしない。この体は人間の手なんかよりも遙かに繊細に、俺の意のままに動かす事ができるのだ。手ブレなんざ全く無いし、それはまるで生産ラインで流れ作業をする工業ロボットのよう。そのせいもあって人間のものよりこちらの体の方が馴染んでいるように感じるが、これは単純に虫の体がそういった作業に向いているからなんだろう。蜘蛛等の繊細な巣を作る連中を見ていれば納得もできるというものだ。

 

 お茶を飲んだお陰でいつになく冷静に、しかしのほほんと考察した俺は、ほとんど沈みかけたオレンジ色の日を眺めながらコップを傾けた。

 

 

 オ……にィちゃン……ドこ……。

 

 おナカ……すイタ……。




ちょっと話に出てきたネロ君のお兄さんネオ君は、嘗て私がとある掲示板で書いていたモンハン小説にて登場していたオトモアイルーです。所謂セルフコラボってやつですね。

お茶の作り方に関してのツッコミは簡便してやってください。彼も詳しい事は知らないのでほぼ完全にオリジナルなんです。

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