主人公が飛竜になって無双する小説とか多いけど、弱くてマイナーな虫にして試行錯誤させたら面白いんじゃね? という発想で始まった本作品。いつネタが切れるか作者もドキドキですが、頑張っていきたいと思います!
それでは、どうぞ!
……
…………
………………
「キシャァッ!(くっせぇっ!)」
おうえぇぇっ、臭っせぇぇぇっ! 何だこの激臭おうえぇぇっ、はっ、吐くっ……って、あ、あれ?
「ギッギッ……ギィ?(ここ……何処?)」
◆
幾多のモンスターが闊歩し、鎬を削る世界。弱き者は食われ、それを食った者も更なる強者に食われる弱肉強食のこの世界において、大した特殊能力も持たない人間は単体ではとてもちっぽけな存在だ。
しかし人間は高い知能を得、集団で協力し合い、やがてその大自然にも負けぬ力強い種族へとなっていった。
そうして人間達が繁栄していく上で大きく貢献してきたのが、強者であるモンスターを狩猟し、その恩恵を人々へ受け渡す存在。“モンスターハンター”だった。
今日も子供たちはモンスターハンターに憧れ、新米ハンター達は己の未来に期待を寄せていた……。
◆
「ギシャァァァ!」
「うっ……」
古代文明の痕跡が色濃く残る狩り場、遺跡平原。資源も豊富で、多くの初心者ハンターの初めての狩り場ともなるこの場所にて、一人の女ハンターがとあるモンスターと死闘を繰り広げていた。そのモンスターの名は、重甲虫“ゲネル・セルタス”。数ある甲虫種の中で唯一の大型モンスターに分類されるこのモンスターは、その戦車の如き巨体故に“重量級の女帝”の異名を持つ。持ち前のその重量と巨体を支える強靱な筋力から繰り出される攻撃はとんでもない破壊力を秘め、現に対峙しているこのハンターも既にボロボロであった。
(私にはまだ、早すぎたのかな……)
まるで機械音のような鳴き声を上げて威嚇してくるゲネル・セルタスを前に自嘲する女性ハンター。回復薬グレートや秘薬はとうに尽き、回復する手段すらももはや残されてはいない。
「ご主人、一旦引いた方がいいにゃ! このままじゃやられるにゃ!」
「わっ、わかった!」
オトモアイルーの声で我に返ったハンターは、ベースキャンプへと続く通路へ向けて走り出した。しかし、怒れる女帝はそれを許す気は無いようだ。
走るハンターへ向け突進を開始するゲネル・セルタス。あまり軌道力やスピードのある方ではない重甲虫だが、それは他の大型モンスターと比較した場合の話。人間にとっては凄まじいスピードとなり、あっという間に追いつかれてしまう。
「ギシャァァッ!」
「うわぁっ!?」
背後から迫るゲネル・セルタスをどうにか緊急回避するハンター。助かったと安堵したのも束の間、目の前に広がる光景にまだ幼いその顔をひきつらせた。
突進を避けられたゲネル・セルタスは勢いをそのままに、彼女たちが逃げ込もうとしていた通路へ一直線。見事に退路を絶ってしまったのだ。
「ギシャァァァ!」
再び鳴き声を上げ、その特徴的な尾や腹部から悪臭ガスを放出するゲネル・セルタス。この悪臭ガスは特殊なフェロモンガスであり、外敵を怯ませるのと同時に近場にいる同種の雄個体を呼び寄せるのだ。
ズシン、ズシンと重厚な足音を立ててハンターへ近づく。道を塞がれ退路を断たれてしまったハンターは絶望し、狩りに慣れた事で久しく感じていなかった生命の危機に身を震わせた。
「キシャシャシャシャ……」
フェロモンガスによって呼び寄せられた雄個体、アルセルタスまでもが現れ、そちらへと飛んでいく。しかしハンターは目の前に迫る巨大な恐怖のために、背後から迫るその驚異に気がつかない。
「ご主人、後ろにゃぁ!」
駆けつけようとするオトモアイルーの声が彼女の耳に届いた時には、既にアルセルタスはすんでの所まで迫っていた。しかし目の前には、大きくその足を振り上げ彼女を踏みつぶそうとするゲネル・セルタス。完全な挟み撃ち。もはや逃げ場は無い。恐怖に歪む彼女の頭には、“死”の文字が躍った。時間がゆっくりになるような感覚に襲われる。流れる走馬燈。彼女が生を諦めかけた……その時。これまでの常識では考えられないような事態が発生したのだった。
◆
「ギッギッギッキシャァ(知らない天井だ)」
そもそも屋外なのだから天井も糞もないのだが。ひとまずテンプレを言えば状況も動くのではと期待していたのだが、現実そう簡単な物でも無いらしいな。
目が覚めた俺が寝ていたのは、黄金色に輝く草の生えた草原のような場所。当然こんな場所来たこと無いし来た覚えも無いし……。ってかココ、日本じゃないよね? こんなとんでもなく綺麗なロケーションの場所、日本にあったら有名になってないワケないもん。――この激臭のせいで台無しだけど。でもおかしいな、知らないんだけど、どっかで見たことある気が……。
「……キシャ?」
これは――赤い岩? いや、にしては人工的っていうか、明らかに人工物だよねコレ。それが所々、草原から顔を覗かせている。うーん、余計に見覚えがある気が……。というか完全にこの景色ってモンハンの……。
いやいや、まさかぁそんな訳ないよね。うんうん、そんな常識外れな事が起こる訳……
「にゃ?」
あるらしいですハイ。
考察しつつキョロキョロしていた俺の目の前に突然現れたのは、一匹の猫。いや、猫なんだが……。
目の前にいるその猫は手(前足?)に何やら原始的な武器を持ち、腰に植物で作ったのであろうポーチのような物をつけた姿で直立、明らかな知性を感じるその顔をしかめていた。うん、このビジュアルは間違いないね、アイルーさんチッス。
「キシャァ……」
「にゃ!? まだ生きてるにゃ!」
「離れるにゃぁ!」
何やら強い違和感を感じる手で体を起こすと、周囲にいたアイルー、メラルーが一斉に撤退する。おーい、一人にしないでくれーい。……なんてな。というか、俺相手に逃げるとかどういう事だよ。メラルーも追い剥ぎしてこなかったし。HAHAHA、さては俺の真なる力を見抜いて……ゴホン。
しっかし、地面を触ったりした感覚が無いな。考えてみたら声も変だし、一体何が……。
「このアルセルタスまだ生きてるにゃぁ!」
……ええっと、とりあえずは回想をしてみるとしよう。うん、そうしよう。え? アルセルタス? ハテサテナンノコトカナ?
……よし。ええっと、確か俺は夕べ、モンスターハンターをプレイしていたんだったな。で、素材集めのため作業的にアルセルタスをフルボッコしてたら、そいつが明らかにバグだろってレベルの動きで突進してきたんだった。ハリウッド回避するために納刀する暇すらなく、結局それに直撃して……その後が覚えていない。で、目が覚めたらここ――遺跡平原にいた、と。
「ギシャァ、キシャシャシャシャ(うん、訳が分からないよ)」
某ムカつく小動物型孵卵器みたくかわいい声を出したつもりが、やっぱり聞き覚えのあるムシムシボイスに変換されてしまった。キモすぎる。
……うん、そろそろ現実逃避もいい加減にするとしよう。もはや希望は無いらしいし、いっそ現実を受け止めてしまった方が俺のためだ。大丈夫、俺、強い子。
そう、どうやら俺はアルセルタスになってしまったようなのだ。アッハッハ、どうしてこうなった。
これが世に言う転生? いや、多分今の俺の体は成体だろうから憑依かな? いや、何故虫だし。なるなら竜が良かった、飛竜とまでは言わずともせめてクック先生くらいが良かった。うん、何故虫だし。大事な事なので(ry
いや、別に俺自身虫が嫌いな訳じゃないし、アルセルタスだって割とカッコイイと思うよ? でもさ、コイツってドスジャギィの次くらいの超序盤ボスじゃん。その特性上、場合によっては討伐数が雑魚モンスと並ぶくらいになる不憫系モンスタージャン。そんな、全体から言えば生態系では中より下には入るであろうモンスターになりたいかと聞かれてハイと答える奴は結構レアだと思うんだよね。どうせ虫になるんだったらネルスキュラとかが良かった、うん。
……はぁ。ま、いつまでもうだうだ言っていても仕方ないか。見た感じ、ここは大型モンスターも進入してくるエリア。場合によっては俺の命も危ない。大体、さっきからしてくるこの激臭のせいでろくな思考が出来ない状態なので、さっさとこの場を離れたいのだ。
と、いう訳で。かくなる上は……飛ぼう。そう、
「キシャシャシャッシャァー! ギシャァッ!(ウィングスタンバイ! エンジン駆動!)」
ブイイイィィィン……
初めてだというのに、人間だった時には無かった器官である羽の動かし方は手に取るように分かる。ご都合主義な様子で大変結構。
「ギシャシャッ! キシャ……キシャ……キシャァキシャシャシャ!(浮力上昇! 80%……90%……飛行準備完了!)」
俺を中心に周囲の草が仰け反る。踏ん張っていた足の爪が地を離れようとしているのが分かる。
「ギギギッ! ギシャァッキシャァァァァ!(発進! アイキャンフラァァァイ!)」
ブオゥンッという音と共に、俺の体は弾丸の如きスピードで斜め前方へ飛び出した。初めての飛行だが、浮遊感こそあれど恐怖心は無い。うーん、心までアルセルタスになってはいないと思うんだけどなぁ……。うん、間違いない。俺は、二次元大好きでアニメとゲームばっかしてたけど、コミュ力はそれなりにあった一般ピーポーだ。
さて、ひとまずこの場所から一刻も早く離れるとしよう、鼻が曲がりそうだ。……アルセルタスに曲がる鼻があるのかは疑問だけど。
◆
「ギシャッ、キシャシャシャシャシャシャ? ギシャッキシャシャァ(一刻も早く離れると言ったな? あれは嘘だ)」
激臭のせいでテンションがおかしい方向にぶっ飛んでいるが、現在臭源へ向け絶賛爆進中。初めての飛行だっていうのに、清々しさの欠片もありゃしないとはどういうこったい。
さて、どうして俺がこのにおいの発生源へ行こうとしているのかという事ですが。
俺はこのモンハンの世界で、どういう訳かアルセルタスになってしまった。うん、ここまでは良い。いや良くないんだが、その点はもはや諦めざるを得ないっぽいから仕方ない。で、問題はここから。それなりに力はあるけれど、俺が前までいた世界の常識から言えば異常すぎるこの世界の超過激な食物連鎖においては底辺付近に位置する俺が、確実に生き残っていくための手段。それが“コレ”だ。
突然話が変わるように思うだろうが、実は俺、この激臭の原因の検討がついている。ズバリ、重甲虫“ゲネル・セルタス”。モンハンシリーズにおいて初めての甲虫種の大型モンスターにして、今の俺の体であるアルセルタスの雌個体だ。
現実世界でも雄より雌の方が大きい昆虫はいたし、後述する特性も特出して珍しいわけではなかったと思うけど、如何せんデカいのでインパクトがヤバいのだ。
セルタス種の特性。それは、度を超えた恐妻家庭だ。決してふざけている訳ではない、それはもう敵であるアルセルタスが可哀想になるくらいのエグさなのである。
まずゲネル・セルタスが出す特殊なフェロモンガスは、そのにおいによって外敵を撃退するのと同時に周囲にいるアルセルタスを引き寄せる効果がある。恐らく、さっきから俺に嗅がされているのはこれだろう。……決してフェロモンに誘われて向かっている訳ではないよ? コレは俺の意志だからね?
そしてゲネルと合流したアルセルタスは、その強力なフェロモン作用によって使役されてしまう。合体させられて突進の先端に、巨体を持ち上げさせられて移動手段に、挙句はスタミナ回復のために美味しく頂かれて。実に不憫な夫である。それなりにアルセルタスが好きだった俺としては、コイツだけは好きになれなかった。
で、わざわざその嫌いなヤツの場所に向かうのには理由がある。飽くまで憶測なんだけど、今このフェロモンガスを噴出しているゲネル・セルタスはハンターと戦闘中なんじゃないだろうか?
……もうここまで言えばお分かりだろう。そう、俺は全面的に
恐らくはこの世界で最も脅威であるハンターの味方に付く事でその脅威から脱し、またハンターと共闘する事で他のモンスターからの生存率も飛躍的に上げる! 我ながらなかなかの良策だと思うんだが、どうだろうか?
それに、こういう人外転生モノ小説ではやっぱり、主人公が人間側に付く作品が好きだったってのもあるかな。やっぱり人間、コミュニケーションは大事だよね! ――もう人間じゃないけど。
そんなこんなで様々な妄想をしつつ、俺を悩ませるこの激臭の発生源へと飛んでいく俺だった。
◆
「ギシャシャッ!」
突進をしてきたアルセルタスがハンターに接触した直後、ゲネル・セルタスの前肢による一撃がハンターが
「ギィー……」
まるで安堵するような仕草をするアルセルタス。その後しっかりとハンターを抱えなおすと、オトモアイルーと同様に何が起こったのか分からずに固まっているゲネル・セルタスから急いで離れていった。
「……にゃ!?」
残された大小二匹のモンスターで、最初に我に返ったのはオトモアイルーの方だった。そう、こうしている場合ではない。モンスターに主人がさらわれてしまったのだ。
「ギシャァァァ!!!」
自分の呼び出した雄に獲物を横取りされた怒りからか、先程よりも激しく暴れ出したゲネル・セルタス。そしてオトモアイルーは、それから逃れるようにして地面へ穴を掘りエリア移動を開始する。アルセルタスに連れ去られた、己の主人を追って……。
如何でしたでしょうか? 今後とも頑張っていきますので、よろしくおねがいします!