ロックマンZERO イレギュラー   作:気分屋

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4.それぞれの動向

 

 

――どういう事だ?

 

 男の胸中に浮かんだのは、そんな疑問の言葉だった。今男がいるのは、『忘却の研究所』と呼ばれた遺跡の深奥部、正確にはそこから床を抜け降りた下層に広がる空間だ。

 床に空いた大穴を発見した男は、周囲を警戒しつつその裂け目から闇へと降りた。中空で身体を回転させ、その制動で壁に跳び、カッカッと数回壁を蹴り減速しながら滑り降りていく。

 暫く降りたところで膝下までが何かに浸かる感覚、次いで固い感触を足が捉えた。闇の底に着いたのだ。

そこは男の紅を基調とする目立つアーマーの色や、流れる金髪の金色の輝きさえも呑み込もうとしているかのように、濃密な暗闇が満ちていた。

 

暗黒の中視界に映るのは膝下辺りまで水嵩のある泥水と、水面に突き出し静かに佇む瓦礫の数々、それともうひとつ。眼前に横たわる異物を発見して今に至る。

 

 

『ゼロ、何か見つけたの?』

 

 

 通信機から聞こえた声、自分を目覚めさせた少女シエルの呼び掛けにゼロと呼ばれた男は静かに応答する。

 

 

「――ミュートスレプリロイド、と言ったか。それらしき残骸を見つけた。」

 

 

『なんですって!?』

 

 

 驚きの声を上げるシエルだが、送信したデータを確認すると思考を落ち着かせて思案する。

 

 

『ええ、間違いないわ。マハ・ガネシャリフ、冥海軍団の所属ね。主な任務は重要情報等の収集、及び移送――でも……それが何故こんな所に……?』

 

 

 彼女の疑問は正にゼロが胸中に抱いたソレと同じ物だった。

 

 

「ああ、オレも同じ疑問を抱いていた。そもそもオレ達が初めて会ったとき、あんな大穴はなかった筈だ。」

 

 

 二人が初めて出会ったとき……即ちゼロが目覚めたときだが、その場所であった上の部屋の床には当時大穴はなかったと記憶している。単純に考えて、ゼロ達が脱出した後に出来たというのが妥当なのだが、これだと疑問が残る。

 脱出後、シエル達の本拠地であるレジスタンスベースに彼女と同行したゼロは、この時代の事、自分を目覚めさせた経緯等を簡単に説明してもらった後、再び遺跡に向かった。

 

 永い眠りから目覚めた彼は――記憶を失っていた。シエルの助言でゼロのいたカプセルに自身に関するデータが残っている可能性がある事を知った彼は、直ぐさま行動に移した。

 時間が経てばその分戦力が送られ警備は厳重になっていく。ならば、戦力が整う前に乗り込もうという考えだ。

 ゼロ達は知る由もないが、実際に遺跡に向かっていたのはガネシャリフだけだったので、この判断は正しかったといえる。

 

 そういった理由から、トランスサーバーで再び遺跡に舞い戻ったのだ。そう、大して時間を置かずに直ぐさま、だ。

 では誰が、これをやったのか?

 

 

『他のレジスタンス勢力が動いていたという情報は確認されていないわ。一体……誰がガネシャリフを倒したのかしら……?』

 

 

「考えたところで始まらん。ひとまず目的を遂行する。」

 

 

 幾ら考えたところでそれが推測の域を出ない事は分かり切っている。ゼロはひとまずこの問題を保留にする事にした。データ回収をするために、大破したガネシャリフだったモノの内部機構から端子接続用のソケットを探し出し、携帯していた情報解析・送信用の電子ツールを繋ぐ。

 事前に調べた結果、上層のカプセルからは既にデータが吸い出されているのが確認されている。恐らく目の前のガネシャリフが回収したと思われるが、この有り様ではそのデータも残っているか怪しいものだ。

 

 準備が出来たところでツールを起動。ピピピピと電子音を鳴らして解析、そのデータを本部の指令室に送信する。その結果を見たシエルの口から漏れたのは、落胆の嘆息だった。

 

 

『……ダメだわ。既に消去されたか、何者かに回収されたか、分からないけどゼロに関するデータは無さそう。重要な情報についてもめぼしい物は見当たらないわ。』

 

 

 空振りだった、か。表情にこそ出さないがゼロも少なからず落胆していた。失われた記憶に繋がる何かが見つかるかもしれない、と少し期待していたからだ。 

 

 

『……あら?』

 

 

「どうした?」

 

 

『大したことじゃないんだけど……妙ね……。一部のデータが閲覧された形跡があるわ。でも……』

 

 

 何か腑に落ちないといった感じで口籠もるシエル。状況からして第三者の存在はほぼ確定しているようなものだし、情報が奪われている事態も容易に想像できるだろうに。何が妙だというのか?

 

 

『閲覧されたデータは、ここ数百年に渡る歴史だったり現在の地球の状況。つまり、あんまり重要度の高くない一般的な情報なのよ。』

 

 

 シエルには相手の意図が分からなかった。この時代に――いや、今を生きる者なら普通に知り得る、常識と言っても過言ではない情報を何故態々見る必要があるのか。

 

 

「……ともかく、手掛かりが得られなかった以上この場に留まるべきではないな……帰投する。」

 

 

『了解、気を付けてね。』

 

 

 通信を終えてその場を去ろうとしてゼロは、ふとガネシャリフだった物に目を向ける。倒された敵、それが起きたこの場所、そしてこの、今の時代では当たり前で何の変哲もないデータ。

 

――もしや、オレのように眠りから目覚めた奴が……?

 

ここでゼロは、第三者が己と同じ境遇の者である可能性を考え出した。聞くところによるとこの遺跡はかなり古い建造物らしい。それに加えてこれだけ広いのだ。自分以外にも眠っていた者がいてもおかしくないだろう。

 

――だとすれば、お前はオレの事を、オレが何者で、何故ここにいたのかを知っているのか? 名も知らぬ誰かよ……。

 

(何を考えているやら……)

 

 自身の取り留めのない思考に思わず苦笑しつつ、元来た道を辿ってトランスサーバーのある部屋に戻る。ゼロが壁を登って暗闇から出ていくとき、ガネシャリフだった物の直ぐ側で小さな光がキラリと輝いたが、彼がそれに気づくことはなかった。

 ドアを開け中に入りサーバーを起動、転移先であるレジスタンスベースの座標を指定する。ゴウンという音と共に力場発生機器のバーが競り上がる。エネルギーが一定量を超え、強い光がした一瞬の後、ゼロの姿は消失していた。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 一方、ガネシャリフを倒した張本人であるVAVAは荒野を歩いていた。一面同じような光景の中、しかし彼の足は迷いなく一歩、一歩と足を進めていく。既に彼の中では次に向かう目的地が定まっていたからだ。目的地の事を知ったのは、ガネシャリフを倒した後だった。そのときのことをふと思い出し、VAVAは自身の左腕に意識を向ける。すると、腕のアーマーが突如展開。開いた隙間から複数のコードが伸びてきた。断っておくが以前の彼にこんなギミックは組み込まれていない。

 攻撃してきたガネシャリフを返り討ちにし、眠っていた記憶を呼び覚ましたVAVAは、その後どうするかで悩んだ。倒す前奴はあの場所の事を遺跡と言っていた。ガネシャリフの言った事が本当ならば、ここは自分がいた時代よりも遥か未来の世界である可能性が高い。とすれば、このまま当てもなく彷徨うのは得策ではない。

 

情報が……情報が圧倒的に足りない。

 

 どうしたものかと思案しているとき、左腕に違和感を覚え、意識を集中したらこれが出てきたわけだ。どうやらこれは、相手の電子回路に接続して情報を引き出す機能を有しているらしい。何故自分がこんな場所にいるのか、何故こんな機能が付加されているのかと疑問は尽きないが、まぁ今の彼にとっては渡りに舟。疑問はひとまず置いてガネシャリフの残骸からデータを吸い出す。

 ガネシャリフは機能停止に陥る寸前、自身の中にある重要データを消去しようとした。そしてそれは確かに完了した。そう、ネオ・アルカディアの内部構造等最重要にカテゴライズされる情報は。そして大して重要度の高くない常識的な情報などが残されたのだが……。皮肉な事に、その残された一般的な情報の方がVAVAにとっては有益に働いたのだ。現代の情勢が分からなければ身動きもとれない。そんな状況下でいきなりどこかの施設のデータを手に入れたところで困惑するだけだ。

 膨大な情報量がこんな形で仇になるとは、ガネシャリフも夢にも思わなかっただろう。

 

そして現在、そのデータにある座標を目指して移動中。

 

(あの象の言っていた『エックス』があの甘ちゃんで間違いないなら、アイツの仲間を片っ端からぶっ壊せば直ぐに出てくるだろう。ゼロはそこまで甘ちゃんではないが…まぁ暴れてれば遅かれ早かれ向こうから出てくる筈だ。)

 

 

 そう考えVAVAは、遺跡から比較的近い施設『イレギュラー処理施設』に向かって移動する。いや、ただ暴れるだけというのも勿体ないか。処理施設というくらいだから、もしかしたらイレギュラーもいるかもしれない。もし使える奴がいたら解放してやろう。連中の苦い顔が浮かんで実にいい気分だった。

 


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