あの日の奇跡と東風谷早苗について   作:ヨウユ

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信じられないことに、お気に入り登録がついに1000超えました。
現代が主な舞台であるだけに、ここまで人気が出るとは最初は想像もしてなかったので本当に驚きです。


東風谷早苗と、ある少女について 2

 

“貴方、良い匂いがするのね……”

 

 こんな台詞を貰う要因の心当たりは俺には一つしかない。

 俺には、ある才能があるらしい。

 綾崎結鷹の、日常を生きていくうえではまず知ることのない、凡人である俺の、他人とは違ったただ一つの特異な才能。

 人外を惹く体質。

 俺自身には全く実感がないが、守矢神社の二柱の神は、俺のことをそう評価しているらしい。なんでも、妖怪や神などの人外からは、俺という存在は目の前に居るだけで大変心をくすぐられる……、らしい。

 それを“香”と例えたのは神奈子様だと言うのは、東風谷の台詞だったか。なら、俺を“良い匂い”と評したあの少女も、そういった存在なのかもしれないという、推測。柊にぶつかったあの時、俺は、神奈子様の言うところの“香”を封じるお守りを落としたことで手放していた。なら、あの瞬間に限り、俺の“香”は人外である者には感じることが出来たとしてもなんらおかしいことはない。だが、そういった存在が東風谷とその二柱の神以外に居るという事実を、俺は未だ確信できていない。

 東風谷が特別なのであって、そういった所謂、特異な者がそう簡単に俺の狭い世界の中に何人も現れるというのは、どうにも現実的じゃないように思ってしまうからだ。

 故に、まだそれは俺にとって憶測の域を出ない.しかし、東風谷の俺への警告は極めて真剣なものだった。

 なら、警戒しておくに越したことは無い、と若干の不安を抱きながら春休みを過ごして、そんな心構えで高校生活が始まったのだが。

 既に高校生活が始まって登校七日目だが、特に何も起きていない。

 本当に危惧したようなことは何も起きなかった。

 事件なんてものは起きないのならばそれに越したことは無いのだが、警戒していた手前、若干拍子抜けではある。

 退屈な4限目の授業が終わり昼休みの到来を告げるチャイムが鳴り終わるか否かというところで、春休みに手に入れた、制服のズボンのポケットの中の携帯電話が、メールを受信したときの電子音を鳴らす。このタイミングで俺にメールをしてくるのは、まあ一人しかいない。

 

『綾崎、ご飯一緒に食べましょう、例の教室で待ってますね』

 

 メールの送り主と内容は、やはりというかなんというか、東風谷大明神からの昼食のお誘いであった。ちなみに例の教室とは、どうやって調べたのかは分からないが、どの授業でも基本的に使われず、どの部活の部室にもなっていないのに、鍵がかかっておらず開け放たれている、イマイチ何のためにあるのか不明な特別教室のことである。

 それを入学してからいつの間にか目敏く発見していた我らが東風谷早苗は、自らの秘密 基地のように利用して、半分私物化しているのである。

 今はまだ文句言われてないけど、大丈夫なんかね、あれ。

 さらに補足するなら、東風谷大明神というのは、あながち間違いではないらしいということ。二柱の神と同じく東風谷早苗も、神としての一面を持つ現人神であるというのは、彼女自身の言であった。

 あの少女が神様とは、いつもの彼女を見ているだけに、正直実感が湧かない。

 しかし、それとは別に、東風谷を含めたとして、神様と言うのは案外みな美形だったりするのだろうか。神奈子様も諏訪子様も、一度だけしかその御姿を目にとめてはないが、人間ならば、一般に美人と言えるほどの容姿であったし。

 神が跋扈する神代という時期が本当に存在したのなら、その時代には美男美女で溢れていたのかもしれない。くそう、俺も神様に生まれたかった。

 それにしても、メールの内容が俺の返事が肯定前提というのは如何なものだろうか。

 普通は、相手が誘いを受けてから、場所を決めるものだろうに、東風谷のメールのそれはもはや俺の事情など知らぬといったようだ。

 まあ、特に他に用も無い俺が東風谷に誘われて、それを断る筈が無いんだが。

 

「お、東風谷さんからか? お熱いですなー、ひゅーひゅー」

 

 ケータイを開いてメールを確認している俺に、そう冷やかしに声をかけてきたのは何を隠そう中田である。俺と中田は、またしても同じクラスであった。もはやここまで来ると、呪いかなにかを疑うレベルである。

 こいつとはとことん腐れた縁で繋がっているのかもしれない、と嬉しいんだか嬉しくないんだか自分でもよく分からないままに、これからもきっとそうなんだろうな、と不思議とそんな予感がして、このことについては既に諦めている。

 合格発表の時も思ったが、随分とこいつも東風谷と打ち解けたものだと思う。最初の内は中田も東風谷も流石にやり辛そうにしていたからな。

 それが今では、たまにこんな風に、俺と東風谷のことを茶化してくる程度には良好になったのだから、二人の友人としては嬉しい限りである。

 いや、まあ俺と違って二人は性質は違えど、誰とでもある程度以上に上手くやれる性格だ。そんな二人の間が、共通の友人を持ちながら悪化するはずもなかったのだが。

 

「俺とあいつはそんなんじゃねーって……、お前も来るか?」

「いんや、いーよ。東風谷さん、結局高校でもお前と違うクラスだったから昼休みの時間が楽しみなんだろ。そこに俺まで居たら気遣わせちゃうし」

 

 そう言って中田は首を横に振ってから、少し残念そうに、力なく笑う。

 本当いつもふざけてるくせに、そういう気は回るからこいつには驚かされる。

 中田は一度、東風谷の居合わせる場ではなかったが、俺との会話の最中に、東風谷に対して悪態をついたことがある。

 それも、学校全体の雰囲気のことを考えれば仕方なかったように思うのだが、それを気にしてか、彼は東風谷とそれなりに仲良くしていながらも、一歩引いた姿勢をとっている。

 けどな。

 

「そんなの、俺も東風谷も気にしてないのに」

 

 お前だって、俺には少ない、腹を割って自分の思うところを話せるだけの仲の人間なんだぞ。そもそもあの時のことについては、東風谷にも非がある。まあどれだけ東風谷が悪かろうと、それで彼女の味方をやめるつもりは毛頭ないのだが。

 そんな俺の言葉を聞いた中田は大きなため息をついて、やれやれ、と言った様子で肩を竦めて口を開く。

 

「分かってねーのな。俺が気にするの、おーけー?」

 

 それは、言葉にした中田自身以外にも誰かを思って言われたもののように聞こえた。

 そこまで言われてまだ無理に誘おうとしたら、俺の方がしつこくまとわりついているみたいじゃないか。

 

「……おーけー、じゃあ行ってくるわ」

「行ってらー」

 

 言いながら、中田は右手を適当にひらひらと振る。

 彼を誘うのを諦め、俺は今日の分の食料の入ったコンビニ袋を持って席から立ち上がる。その際に、ふと、教室の窓際の後ろ隅を見る。

 教室の窓際の一番後ろの席。そこには、柊玲奈が座っている。

 俺の警戒対象であるはずの柊も、同じクラスだった。登校初日から土日除いて七日経つが、彼女は教室の端の自分の席から特に何かを仕掛けてくるわけでもなく、よく、一人窓の外を見つめている。窓から吹く風に、長い黒髪を靡かせながら青空を見つめる姿は、それだけで 一つの絵になるのではと言うほどにこの教室の景色に合っている。

 しかし、そんな彼女がクラスに溶け込めているかと言うと、そうではなかった。

 彼女のこの教室での立場は、俺の最初の印象通りのものとなっていた。誰もが彼女に悪い感情を持ってはいない、持ち合わせられるはずもない。それ程までに、彼女の立ち振る舞いは垢抜けて完成されていて、文句の付けどころがない。

 しかし、出来すぎた彼女の、気品、雰囲気のようなものが近寄りがたさを感じさせ、話しかける側が柊自身の容姿の良さも相まって引け目を感じてしまい、結果として、このクラス内では誰も寄り付かずに孤立気味だ。

 そして、彼女自身が俺の思っていたよりも人に近づいていかない性格のせいで、彼女が学校生活で最低限必要な言葉以外を誰かと話しているのを、合格発表のあの日以来見たことがない。

 あの中田ですら、柊に話しかけることは躊躇する程だ、ちなみにこれはイジメられていた時の東風谷以来のことで、実は相当なことである。

 東風谷も俺たちと同じクラスだったのならば、柊の立場はまた違った結果になっていたのかもしれないが、たらればを言っても仕方ないだろう。

 そんな柊の様子が時折、妙に中学の三年の秋の頃の東風谷と重なって見えてしまう。 彼女はあの時の東風谷と違って、別にこのクラスにおいて、迫害されている訳ではない、だが、一人ぽつんと席に座ってどこか、ここでない場所を視ている彼女は少し寂しそうで、それが、いつかの日の東風谷にとても似ている。

 だからだろうか。

 俺の足はいつの間にかに、柊の席に向かっていて、彼女に話しかけていた。

 

「柊、今から東風谷と飯食うんだけど、お前も来るか?」

 

 何故だろうか、教室中の視線をいつの間にやら、一身に受けているような気がする。だが、東風谷と一緒に居ればそんなことはしょっちゅう感じる、気にすることじゃない。

 俺の誘いの言葉を聞いた柊の顔は、普段は切れ長の目を丸くして、俺でも分かるくらいに驚いていて東風谷程じゃないにせよ、まあ、可愛らしいと思う。

 

「ええ……貴方たちが、良いのなら」

 

 自分でも珍しく大きく顔に出てしまったことに気づいていたのか、焦ったように、彼女はいつもの表情に戻そうとしながら返答する。

 しかし、唇をきゅっと一文字にしたその顔が、わずかに紅潮しているあたり、表情に大きく感情が出てしまったのが、恥ずかしかったのだろうか。

 人よりも肌が白い彼女の顔の朱は、わずかなものでも分かりやすかった。

 大人びた雰囲気の彼女のそんな様子を見て、見た目の印象よりもとっつきやすい奴なのかもしれない、とそんなことを思う。

 

「じゃ、行こうぜ。東風谷も待ってる」

 

 

 

 

「あ、結鷹、来ましたか」

 

 何故か、固有の教室名を持たない空き教室の扉を開けると、誰も居ない、幾つもの席の中のど真ん中を陣取っていた東風谷が、嬉しそうに顔をあげて、笑顔で俺を出迎えてくれる。

 何ていうか、飼い主が帰ってきた時の飼い犬みたいな反応で、思わず笑ってしまいそうになる。

 

「おう」

 

 そんな東風谷の表情は、俺に続いて教室に入ってくる柊を見て笑顔のままに、それが引き攣ったものに変わる。

 

「柊さんも連れてきたんですか」

 

 東風谷さん、その若干怒りに震えた声と一緒に、苦虫を噛んでいるような苦々しい引き攣った笑顔を俺に向けるのやめてもらえます? 俺も一応理解してるんで。わざわざ気を付けるように助言をもらったのに、俺の方から柊に接触したことは後で謝るんで、その顔止めよう、ぼくちょっと怖いよ。

 

「あ、ああ、クラスで暇そうにしてたからな」

 

 東風谷の視線から目を逸らして、躱しながら俺は言う。

 教室の天井を見ながら、せめてメールで先に柊も誘ったという旨を伝えておくべきだった、と今更思う。

 

「こんにちは、東風谷さん」

「こんにちはです、柊さん、話すのは合格発表の日以来ですね」

 

 先ほどまでは、何か、どす黒いオーラでも見えてきそうな、威圧感を放っていたというのに、柊に挨拶された次の瞬間には、ありとあらゆる人の心を溶かす、対人最強スマイルに変わった東風谷を見て、女子とは、否、東風谷とはかくも恐ろしい生き物なのかと実感する。

 流石の柊も東風谷のこの笑顔の前には、自然と表情が緩むようで、周囲に対して常時臨戦態勢のような柊独特の、冷めているともとれる、隙の無い固めの表情は失われてしまっている。

 

「じゃあ挨拶もそこそこにさっさと食い始めよう、腹減ったし、あんまノロノロしてると時間なくなっちまう」

 

 まあ、昼休みは昼食の時間も考慮されているのか一時間近くあるので、そんな心配は必要無いのだが。

 

「はい」

「ええ」

 

 二人の肯定を得て、あえて俺は東風谷の座る席にほどほど近い程度の適当な席に座る。そこで、コンビニ袋からパンを取り出して食べ始めようとすると、東風谷の声が静かな教室に響いた。

 

「結鷹、何でここ座らないんですか」

 

 東風谷の語調は少し怒っているようにも聞こえる。ここ、とはおそらく東風谷の正面の席の事だろう。東風谷なりに気を利かせていたのだろうか。東風谷の前の席の机は、彼女の座っている机側に向けられていて、その二つの席に座った二人が向かい合うようにくっついている。おそらく東風谷が、俺たちがこの教室に来る前にセッティングしたのだろう。

 それには俺も当然気が付いていたけどさ。

 

「いや、だって……」

 

 今日は柊が居るんだし、女子同士で向かい合って話した方が盛り上がるだろうと気を遣ったつもりだったんだが、ダメなんですかね。

東風谷は、俺が彼女の用意した席に座らないことがどうにも気にくわないらしい。あれこれと言い訳を始めようとする俺に向かって、むっとした表情とジトッとした目をこちらに向けて、自分の机から少し乗り出して、指先で自分の向かい側の机をとんとん、と二回叩く。

 どうしたものかと、ふと、視線を柊にやると彼女は、どうぞ、と東風谷の示す席へ俺が座るようことを勧めるように手振りをする。

 

「よろしい」

 

 柊にも譲られたことで、諦めて東風谷の指示通りに席へと移動して座る。それで東風谷の機嫌はご満悦のようで、両腕を抱えて一度大きく首を縦に振る。その様子を、立ったままの柊は傍らで、微笑ましそうに見ている。なにこれなんか恥ずかしいんですけど。

 今のやり取りのせいで、なんだか自分が出来の悪い、躾けのなっていない犬みたいな気分に陥る。なら、目の前で満足そうにして笑っている東風谷は俺の飼い主か。

 そんなくだらないことを考えていると、柊はさっさと東風谷の隣の席についてしまっていた。そうして、それぞれが勝手に手を合わせてから食事を始める。

 東風谷と柊は弁当で、俺はコンビニで買った三つのパンだった。ちなみに、焼きそばパンとメロンパンとチョココロネだ。

一度、各々で食事をし始めてからは、俺と東風谷も、また、柊も特に話すことも無かったのだが、ふと、食事を摂る柊の様子が視界に入って気になった。

 彼女は傍から見ても、あまり使い慣れてなさそうに左手に箸を持って食事をしていて、おかずを落としたりはしていないが、些細な仕草でさえ上品さを感じさせる柊のその様子は、彼女に似合わずひどく不格好であったからだ。実際のところ、よく注意して見なければ分らない程度のぎこちなさだったが、普段がそうであるが故に、俺には余計に目だって見えた。

 

「柊、お前って左利きなのか?」

 

 一度目にしてしまうとそのことが気になって仕方がないので、自分の食事を止めて聞いてしまう。聞くと、柊も箸を止めてこちらを見る。その顔は少し意外そうで、自分の手元に一度視線を送ってから口を開く。

 

「やっぱり変だったかしら?」

「まあ、少しな」

「今、右腕を少し怪我をしていて、あまり動かしたくないの」

 

 一度箸を下して、そう言う柊には、何となくだが普段の余裕を感じられず、表情に変化は大きく見られないが、雰囲気的にあまりそのことについては触れて欲しくなさそうであった。

 錯覚かもしれないが、そう言っている彼女の瞳は、不安に揺れているようにも見えてしまう。

 

「……結構酷かったりするのか?」

 

 利き腕が使えなくなるというほどの怪我と言うのは、よっぽどな怪我に入ると思うのだが。おそらく突っ込んで欲しくないのであろうその怪我の原因では無く、当たり障りのない、どの程度の怪我なのかを聞く。

 

「そうね。あまり、他人に見せられたものじゃないわ」

「そうか……」

 

 彼女が避けたがってる話題を続ける必要も無いと思って、そこで追及を止めて、話を打ち切る。しかし、他に聞きたいことが俺には一つあった。それを口にして良いものかどうか、俺には判断がつかない。

 俺が言葉にするべきか迷っていると、今度は東風谷が口を開いた。

 

「柊さん、今日学校終わったら、よければ私の家に来ませんか?」

「え?」

 

 さしもの柊も、唐突な東風谷の誘いに驚いたようだ、思わず聞き返してしまっている。柊がどう対応したものかと、ちら、と俺の方を見る。大丈夫だ、俺も驚いてる、てか、こっち見られてもねえ。なんか今日の東風谷さん積極的じゃありません?

 一応、柊の教室内の様子は東風谷にも報告していた。その度に、へー、柊さんの事よく見てるんですねー、と何やら敵意を含んだような意味深な視線を俺に送ってくる東風谷だったが、何が気にくわないのだろうか。柊には気をつけた方が良いって言ったのあなたじゃないですか、やだー。

 そんな東風谷だったが、俺が柊にかつての東風谷に重なって見えたように、東風谷にも、柊に対して何か思うところがあるのだろうか。

 ともかくそうして、もう一度言い直した東風谷の誘いを柊が受けることで、放課後に、柊玲奈が守矢神社へ足を運ぶことが決定した。

 

 

 


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