海を渡りし者たち   作:たくみん2(ia・kazu)

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どうも、今回は私、大空飛男が書かせていただきました。
今回の話も、以前手掛けた作品と着目点は一緒ですが、終着点はまったく別のものになっております。譲治がどういう提督で、なぜ提督となったのか。南郷機動部隊に必要なものは何か。と、新しく入隊した飛龍と共に解き明かされていく感じになりました。
ちなみにコードネームが出てくるのですが、そのコードネームに深い意味はないです。ただ彼女たちが海を主とする戦士たちですので、似合うかなと思っただけです。
それでは、本編へどうぞ。



大空飛男


第九話 ~艦隊への資格~

盆休み。太陽の日照りは相変わらず容赦がなく、外に出ることを躊躇わせる。じりじりとアスファルトを照り付けて表面温度を上昇させ、まさに自然サウナの様であろうか。

 「おう、元気だったか?お前たち」

 そんな灼熱の世界であるにも関わらず、譲治は外出届を出していた。

久々に取れた休暇。彼は先日固めた決意を胸に、基地にあるオリーブ色に塗装された七三式小型トラックを借り、とある場所へと足を運んだのだ。

 彼の前には、巨大な石碑が建っている。鏡のように反射する表面を持ち、そこには数多くの文字が刻まれ、その石碑の頂上には、かの作戦に参加した者たちへ捧ぐ文が記されている。

 そう、これは慰霊碑。かの作戦―サルベージ作戦において死んだ者たちへ追悼の意を示すべく、国により建てられた鎮魂の石碑である。刻まれた文字は言わずと戦死者たちの名であり、日本人はもちろんのこと、在日米兵の名前や、依頼により作戦に参加した者たちの名前もあった。

 そもそもサルベージ作戦とは、艦娘たちを建造するための準備期間において、国家存亡をかけた作戦の一つであった。多大なる犠牲を出したこの作戦は、今となってはほとんどが隠ぺいされている。

WW2に使用された軍艦の名を冠した艦娘。彼女たちは、なにも深海凄艦が現れてからすぐに建造されたわけではない。人類は侵略者に対する打開策を模索すべく、長い歳月をかけて建造した決戦兵器であるのだ。故に研究や試作運転などはもちろんのこと、それを行うすべの準備期間をも必要とした。

つまり、その準備段階の一つに、このサルベージ作戦が発令されたのである。

 いわば譲治は、その作戦に巻き込まれた男であるのだ。そして、同じ隊に所属する家族同様の戦友達を失っている。

 もともと譲治は生粋の軍人というわけではなく、米国の某民間軍事会社に所属していた社員であった。社員といってもいわば傭兵であり、決してデスクワーク専門ではない。戦場へ赴いたことはもちろんあり、先輩にあたる社員たちに過酷な訓練を叩き込まれ、その経験を生かして他国の軍事コンサルタントを依頼されたこともある。

 そんな譲治ではあるが、なぜ日本の「提督」となったのか。それは皮肉にも、サルベージ作戦に関わったからであった。

作戦による負傷において義足となった譲治は、会社から実質的なクビを言い渡されたのだが、そのまま腐らせておくことを惜しいと判断した海軍上層部は、直々に引き抜いた。もっとも当時は新兵器である艦娘の教官としてであったのが、彼の受け持った艦娘達の教育が終わり次第、海軍の深刻な人員不足故に、まるで階段を一段上るようにしてそのまま提督となったのである。

 今ではその提督業も、譲治にとって板についてきた。それなりに信用できる部下に恵まれ、そんな部下の力も鎮守府内トップレベルにまで成長をした。

 だからこそ、譲治はこの地へと思い足を運ぶ決心をした。彼は湧き上がる思いを抑えてじっと慰霊碑をみていたが、ふとつぶやいた。

 「…五年ぶりか。今年になってやっと、顔を出せたな。まあ先日いろいろあって、ちょうど良いタイミングだったのかもしれないな」

 どこか寂しさを孕んだ顔立ちで譲治は言うと、胸ポケットから煙草を出し、オイルライターで火をつけようとする。だがオイルが残り少ないのかなかなか灯がともらず、カチッカチッと数度音を鳴らし、やっとの思いで火が着いた。

譲治はたばこの煙を深呼吸の容量で吸い込むと、おなじく息を吐くようにして、煙を吹き出す。煙は宙を漂い、やがて空へと上がっていく。

 「ん?どんなはなしだったってか?そうだな…」

 慰霊碑を見上げると、譲治は腕を組み語り始めたのだった。

 

 *

 

数か月前。春の会議も終わりひと段落着いた頃、南郷機動部隊は敵艦隊を撃破すべく、作戦行動の最中であった。

すでに戦闘は大詰めを迎え、残すところ敵艦数は4隻である。

部隊に所属する艦娘の1人は、体に響く雷撃警戒音を感じると、持ち前の機動力を生かし、それを苦もなく躱した。そして仕返しと言わんばかりに魚雷をばら撒き、敵駆逐艦へと雷撃をお見舞いする。

階段のごとく断続的に放たれた無機質なスクリュー音を放つ魚雷は、敵駆逐艦へまるで吸い込まれるように向かっていき、着弾と同時に水柱を上げる。敵駆逐艦はそのまま形を維持することができず、水底へ引きこまれるように沈んでいく。

『こちらマーメイド5からポセイドンへ。敵駆逐艦を排除!敵残存兵力、戦艦2!軽巡1!」

次なる行動を予測しつつ、耳に手を当てマーメイド5―吹雪型5番艦である叢雲はポセイドン―譲治へと現状を通達する。すると即座に、指示が飛んできた。

「こちらポセイドンから各員へ。マーメイド5はマーメイド4とスイッチ、敵軽巡洋艦を破壊せよ。マーメイド1、6は敵戦艦を無力化。その後各員雷撃を行い、残存兵力を撃滅せよ」

「了解!」

命じられた各員達は声をあげ次第、即座に行動を起こす。マーメイド1、6である蒼龍と春に追加された航空母艦である飛龍は、弓矢を上空へと向けると彗星爆撃隊を放った。

爆撃隊のレシプロ機特有であるプロペラ音が響くと同時に、マーメイド4―初春型4番艦である初霜が動いた。彼女は叢雲が後退すると同時に、まるで入れ替わるように前進すると、駆逐艦特有の速度を生かし敵の弾幕を潜り抜け、回り込むように砲撃しつつ、敵軽巡洋艦の腹部に着いた。

「見てなさい…!」

幼い見た目でありつつ、大人顔負けの麗しい声で初霜はつぶやくと、同時に断続的な雷撃を行う。敵軽巡洋艦はその射線にまるで突っ込むかのように進んでおり、故に回避行動をとれず、着弾と同時に撃沈をした。

撃沈して沈んでいく敵軽巡洋艦の上を、まるで空を切るかのような速度で爆撃機たちは通過していく。狙うは敵戦艦フラッグシップ、敵戦艦エリートだ。禍々しいオーラを放つ敵艦は、まさに悪の根源のような姿をしていた。

爆撃機は敵艦の対空防御を潜り抜け、上空付近までたどり着くと同時に急降下していく。そしてそのまま重くらしい五〇〇㎏爆弾と二五〇㎏爆弾を投下して行くと、海面をなめるように飛行し、上空へと離脱をしていった。

二五〇㎏爆弾は数発敵艦には当たらなかったものの、大型爆弾である五〇〇㎏爆弾は確実に当たったようで、激しい爆音が響く。火災が発生したのか敵戦艦達は炎に包まれ、黒煙を上げている。

「グゴォォォ!」

人間離れした化け物のような悲痛の咆哮が、海上へ響く。すでに海に浮かぶのがやっとなのか、両戦艦の足取りはふらついていた。

「今よ!全員雷撃!」

好機だと見切ると大声をあげ、マーメイド2―球磨型四番艦である大井は、魚雷発射管から惜しみなく魚雷を撃ち出した。彼女の声に合わせ、続けてマーメイド3―球磨型三番艦である北上。そして初霜と叢雲も戦艦を挟み込むようにして雷撃を行った。

計五十を超える魚雷がすでに航行不能である敵戦艦二隻に向かって迫っていく。敵艦たちに響いてるはずの雷撃警告音はただむなしく音を鳴らし、航行不能である敵艦たちにとっては死へのカウントダウンのようなものであろう。

「アッ…」

敵フラッグシップが言葉を漏らしたと同時に、数多の水柱が上がる。海水が巻き上がり引き起った霧が消えるころ、その場所には戦艦の存在を確認することはなかったのだった。

 

 

『こちらマーメイド1からポセイドンへ。敵戦艦の撃沈を確認!私たちの勝利です!』

ノイズ交じりでありながら、蒼龍の喜ばしい声が聞こえてくる。作戦は終了をしたようで、譲治は作戦指令室の椅子から体を起こすとスタンドマイクを手に取り、各員へ通達する。

『どうよ!私の活躍みてくれた?…あーマーメイド6からポセイドンへ!』

まだ通信方法に慣れない飛龍は、有り余る元気をぶつけるように譲治へと報告する。それに対し譲治は「よくやったな」と軽い言葉で返したが、それでもうれしかったのか飛龍は『やったぁ!』とさらに喜びの返事を返す。

「…さて、無駄話はそれくらいにしろ。こちらポセイドンからマーメイド4、5へ。残存兵力がいないか周囲警戒。その後、各員はアトランティスへ帰還せよ。以降、緊急時以外の通信を認めない。オーバー」

譲治はそう通達すると同時に、マイクを切り、珍しく椅子へもたれかかった。

今回初めて、飛龍を追加した艦戦であった。故に若干気を張っていたために、疲れが込み上げてきたのだ。

「何が問題のある艦娘だ。蒼龍達に後れを取らず、ついていけるじゃないか」

大きくため息をつき、譲治はぼそりとつぶやいた。

春の会議により、南郷機動部隊の戦力増強として抜擢された飛龍。彼女が配備されることが決まり次第、譲治には大本営からとある電文を渡されていた。

それは、飛龍が稀に起す問題行動であった。彼女はたびたび、不可解な行動や言動があるのだという。

もともと飛龍型艤装は適正者がなかなか見受けられず、鎮座した艤装であったのだ。理由は不明であるが、飛龍型艤装を装着するためにはかなり強力な適正能力が必要であり、並みの艤装適任者では装備することができなかった。

譲治はそれこそ艤装適正うんぬんに興味を示さなかったが、飛龍が起こす問題行動および問題言動については、不安感がよぎった。戦力増強目的であったのにもかかわらず、その戦力が問題を抱えているのであれば、総合的に自分の隊における練度が低下する危険性があるからである。

南郷機動部隊はこの鎮守府における、いわば主力艦隊であった。故に高度な練度と士気が求められ、なおかつ隊員すべてが信頼しきっていなければならない。各員が以心伝心をし、最も効率よく動き、敵を撃滅する。これこそが、主力艦隊における必要事項であった。

そんな家族同然であるようなこの隊に一つ問題を抱えた者が入れば、必然的に練度が低下することなど言うまでもないだろう。思うように連携が取れず、そのままずるずるとモラルは低下していき、練度も落ちていく。譲治はそのことを恐れたのだ。

だが、今回飛龍の活躍は、裏方であれど十分な働きをしたといえる。もともと蒼龍と同じ隊に入れたこともあって常にやる気と気合に満ちている彼女は、自分の持つスペックを惜しみなく発揮して、先任であり隊の先輩ともいえる蒼龍とまったく同じような働きをしたのだ。すなわちそれは、飛龍もそれほどにまで練度が高かったのだといえるのだ。演習や訓練最中においてもそれは無論発揮しており、今回の実戦を踏まえることで、譲治の心の内にあった不信感は、もはや風前の灯のように、小さくなっていた。

「お疲れさん。その様子じゃ作戦成功かな?」

譲治が椅子にもたれかかり、息をついている最中。彼の後ろから声が聞こえてきた。

「む、その声は…北斗か?」

声質から察すると譲治は起き上がり、声の主、北斗羽隆を見る。彼とはサルベージ作戦の時から付き合いがあり、譲治の数少ない理解者でもあった。

「どうした。そんなとこで何をやっているんだ?」

砕けた表情で言う譲治に、羽隆は頭を掻きつつ、苦笑をする。

「いやね、先ほど熱のこもった指揮が耳に入ったもんで、参考までにと。やはり歴戦の傭兵だけあって、迷いがないね」

「ふん。迷いを持ち込むのは、素人のやることだ。お前もそれは承知のはずだろ?」

まあねと羽隆は両手を上げて、承知であることをアピールする

「なあ、ちょっと屋上行かないか?指令室の中で缶詰だったからな」

 譲治の提案に羽隆は「いいぜ」と了承する意を見せると、譲治は作戦指令室からでてきて、そのまま屋上へと続く階段へ、歩いて行った。

 

鎮守府にある屋上は、そこから海を眺めることができる。それほど高い建物ではないにしろ、海風もよく通り、作戦を終えた際に譲治はよく通っていた。

提督服の胸ポケットから譲治は煙草を取り出すと、鈍く光る鉄製のオイルライターで火をつけ、呼吸の容量で煙を吸引する。そしてそのまま煙を吹き出した。

対して羽隆は、屋上においてある自動販売機から缶コーヒーを買ったらしく、パシッと封を開ける音が聞こえてきた。彼はタバコを毛嫌いしているのか、若干譲治との距離を話している。

「缶コーヒーか。お前好きだな」

へへっと笑いながら言う譲治に、羽隆も薄ら笑う。

「まあ俺はタバコを吸わないからね。とはいっても、缶コーヒーはそこまで好きじゃないぞ。ほのかに感じる鉄の味が、嫌なんだ」

「へえ。そういえば浅葱が珈琲に凝っていたな。今度淹れてもらったどうだ?」

「そりゃあいい。ドリップコーヒーはこんな泥水と比べ物にならないだろうしな」

羽隆の言葉後、二人は笑いをこぼす。

タバコが半分ほど灰と化したころ、譲治はぼそりと、羽隆へと質問を投げかけた。

「…最近、艦娘との付き合いはどうなんだ?」

「うーん。まあまあ…かな。と、言っても信用されているのかどうか…。俺は偽りの仮面を被ってるにすぎねぇんだ」

「やはりあの件か?」

彼と初めて出会った時のことを思い出しつつ、譲治は海を見ながら言葉を返す。羽隆は力なく「ああ」とつぶやくように言うと、うつむいた。

「…じゃあ、あんたはどうなんだ?見たところ、信頼を築き上げてはいるようだけど」

「その言い方から察するに、プライベートでは付き合いがないのかと言いたいのか?」

 「ああ、そうだよ」

 羽隆の言葉に、譲治はタバコを口にくわえると、腕を組み考え込む。しばらくして何も思いつかなかったのか、譲治は再びタバコを指の間に挟むと、煙を吸引する。

「俺とはそれだけの信頼で十分だ。上官と部下のな。むしろあいつらを見てればわかると思うが、あいつらは疑似的な家族的感情を隊員に抱いている。俺はそれを見守り、時には指示を出すだけの存在で良い。あいつらのプライベートにまで干渉するつもりは、ない」

「…そうかい」

どこか、わずかに憐れんだような声量で羽隆は言うと、ゆっくりと立ち上がり、缶コーヒーの空き缶をゴミ箱へ投げ捨てる。缶はゴミ箱の端にあたり、そのまま中へと反射するように入った。

「まあ、お互い悔いなく提督業を謳歌しようぜ。その姿がすなわち、俺らが求める提督像なんだろうよ」

そういうと羽隆は、屋上出入口の扉を重くらしく開き、その場を去っていった。

「俺らの求める、提督像か…」

海に沈みゆく太陽を見て、譲治はぼそりと、つぶやいたのだった。

 

 

 先の作戦が成功して、数日。それは演習時のことであった。

 演習と言っても毎月最初の土曜日に、同鎮守府に所属する提督総員が参加し、身内同士で実力を高め合う合同訓練でもある。

 その演習で譲治が今月当たる相手は、新人である宮川匠提督であった。

新人といっても彼の持つ艦は、かつてこの横須賀鎮守府にいた『提督』という地位を利用したセクハラやパワハラを行う提督が所持していた艦であり、その提督の禁錮処分に伴い、引き継ぎとして配備された艦が多く、故に練度もそれなりに高い。また春の会議において追加されたばかりの金剛も、大本営から直接送られただけあって初期練度もそれなりに備わっており、彼の艦隊においてすぐさま頼れる存在になっている。つまり総じて言えば、新人なのは匠と秘書艦である雪風のみであり、それなりに実力が備わっているのだ。

「いたた…。ペイント弾でも痛いねぇやっぱり」

だからこそ、南郷機動部隊は苦戦を強いられていた。現在マーメイド3である北上が、阿賀野型二番艦である能代の攻撃を受け小破した。

「こちらマーメイド6からマーメイド3へ!大丈夫なんですか!?」

飛龍が心配そうに、北上へと通信を飛ばしてくる。その声はどこか真剣そうで、北上は余裕を含んだ声で返事を返す。

「ああー大丈夫だよ。それよりそっちも、爆撃よろしくぅ~」

しかし、いくら練度がそれなりに高い匠艦隊であっても、鎮守府内トップと言われている南郷機動部隊が、これほどにまで苦戦するのだろうか。そもそも匠提督は新人であり、お世辞でも満足のいく指揮ができているとはいえず、それ故に隊の統率も甘いはずである。互いを理解し合い、阿吽の呼吸で動ける南郷機動部隊とは、やはり実力の差があるはずなのだ。

そう。匠提督には、譲治からのハンデが与えられていた。そのハンデとは、蒼龍と大井を抜いた編成である。つまり、4人で艦隊を組んでいるのだ。

『こちらポセインドンからマーメイド3へ。被害を報告せよ』

服などに色とりどりのペイント弾を受けている北上に、譲治からの通達が入る。北上は追撃を逃れるべく回避行動をとりつつ、報告をした。

「あー。こちらマーメイド3からポセイドンへ。うん、大丈夫だよー。いたかったけどねぇ~」

『よし、支障はないんだな。こちらポセイドンから各員へ。マーメイド6は引き続き制空権を確保せよ。マーメイド3、4、5は引き続き雷戦砲戦、および格闘戦を行え』

「了解!」

4人の艦娘は返事をし、それぞれの行動に移る。

まず初霜と叢雲は即座にダッシュすると、匠艦隊の砲撃を交わして翻弄しつつ、瞬く間に相手の艦隊近くまで近づく。そして第一目標の戦艦。金剛へと攻めよった。

「させないよ!」

しかし二人の前に、白露型二番艦である時雨が割り込み、行く手を阻んでくる。彼女は前方の叢雲に的を絞ると、右手の主砲を放ち、叢雲の減速を試みた。

「邪魔よ!」

だが、叢雲は速度を殺さず紙一重で砲撃をよけ、右手に持っていた訓練用の槍を構えた。

時雨との距離が槍の有効距離まで来ると、叢雲は渾身の一撃で槍を一気に放つ。訓練であれど叢雲の殺気は本物で、槍は時雨の水月へと吸い込まれるように、風を切った。

「くっ…でも!」

刹那。ごんっと鈍い音が、練習海域に響いた。

時雨は間一髪、叢雲の槍を主砲ではじいたのだ。叢雲は渾身に放った勢いを殺しきれず、横へ逃がされることで態勢を崩された。

「やるわね!でもっ!」

叢雲はそのまま短く言葉を漏らすと、はじかれた勢いに乗りながら、時雨の真横へと前進した。そして小さな半円を描きながら、時雨の左へと抜ける。

「あっ!」

意表を突かれた時雨がそうつぶやくと同時。さらに初霜が、時雨とすれ違うように右へ抜けていく。狙いは金剛、ただ一人なのだ。

「金剛!」

時雨は振り返り、金剛へと叫んだ。彼女の悲鳴交じりの声が、金剛の耳に入る。

「わかってマース!この距離なら!」

おそらく金剛は、自分を真っ先に狙ってくることを感づいていたのだろう。

すでに船体および主砲の方向転換を終わらせており、彼女の持つ三六・五㎝四五口径の連装砲が4基、叢雲と初霜を捉えていた。時雨の時間稼ぎは、十分な効力を果たしたのだ。

「撃ちます!ファイヤー!」

ドゴォンと、仰々しいほどの砲撃音が響くと同時に、軽巡や駆逐艦とは比べ物にならない巨大なペイント弾が発射される。

「しまっ…!」

先行していた叢雲は速度を出しすぎた為か、その砲撃を交わしきることができずに被弾をした。その多大なる衝撃を受けた叢雲は、吹き飛ばされるようにして海面へと背中を打つ。

まだ金剛の砲撃は終わっていない。叢雲にペイント弾が着弾するより前に、初霜側への砲撃が発射される。

「きゃあっ!?」

初霜はそれこそ直撃しなかったものの、至近弾により態勢を崩し、海面をなめるようにして転んでしまった。

「ああっ…!二人ともっ!」

二人の様子を見ていた飛龍は、思わず悲痛な叫びをあげる。

「ヘーイ!クリティカルヒットネー!」

ご機嫌な様子で金剛は、ニコニコと笑いをこぼす。匠艦隊に所属する艦達もそれに釣られてわずかに微笑んだが、すぐに残りの二艦へと目線をむけた。

「こちらマーメイド3からポセイドンへ!やばいよぉ!?叢雲と初霜大破判定だよあれ!どうすんのさ!」

いつもより少々緊迫した声で、北上は譲治へと指示を求める。

『わかっている、冷静さを失うな。ポセイドンからマーメイド6へ。雷撃隊の使用を許可。マーメイド3の雷撃を支援せよ』

「了解。よーし二人の敵を取るぞー!って…ありゃ?」

譲治の指示に意気込んだ北上であったが、飛龍の言葉が聞こえない事を不思議に思い、振り返った。彼女は何故かうつむきつつ、ぶつぶつとぶやいている。

「お、おーい。飛龍ってばー。どしたのよ?」

そう北上が声をかけた刹那。彼女たちの周りで、いくつもの水柱が立つ。射程距離ぎりぎりで、匠艦隊たちが砲撃を行っているのだろう。

「うおっち!これはやばいよぉ…?飛龍~さっさと迎撃しないとさ…」

北上が危機感を感じつつ言うが、一向に飛龍は耳を傾けない。まるで周りが見えておらず、一種の混乱状態に陥っている様であった。

―あらら、これは負けちゃったね。あたしだけじゃどうにもできないだろうし。

北上は迫りくる匠艦隊を視認しつつ、どうしようもない現状からそう心の中でつぶやく。

「…そうよ。多聞丸…まだ私たちが残っているわ」

「えっ?」

だが、唐突に聞こえるような声で、飛龍はつぶやいた。北上は驚いたように彼女へ振り返ると、言葉を漏らす。

「私達はたとえ!最後の一艦になったとしても戦うわ!」

顔をあげ、そう叫んだと同時のことだった。飛龍の目の色はまるで獣のように鋭くなり、弓矢を構え、速射の容量で数々の艦載機を放った。

しかし、彼女が放った艦載機は、譲治に指示されたような物ではなかった。雷撃機も含まれてはいるが、爆撃機や攻撃機までもで、矢筒がなくなるまで速射し続ける。

そして瞬く間に、空には大量の艦載機が覆い尽くした。もはや作戦など無視をして、艦載機たちは一斉に匠艦隊を襲い始めた。

『マーメイド6!なぜ命令数以上の艦載機を飛ばしている!命令に従え!』

若干焦りを交えたような声で、譲治は飛龍へと報告を求める。だが、飛龍には聞こえていないのか、まるで取りつかれているかのように艦載機たちに指示を出していた。

「こ、こちらマーメイド3からポセイドンへ!飛龍がおかしいんだよぉ!」

『おかしいだと?マーメイド3!現状を詳しく報告せよ!』

譲治がそうつぶやくと同時に、北上の耳に金剛たちの声が聞こえてくる。

「ど、どうなってるのネー!?この艦載機、さっき相手した艦載機たちとまるで違うネー!?」

飛龍の放った艦載機たちは、まさに神業よろしく巧みに対空砲を躱している。匠艦隊がとっさの判断で組んだ輪形陣は意味が無いように見え、明らかに先ほどの艦載機たちとはレベルが違う。訓練用の爆弾や魚雷を赤子の手をひねるかのように、いとも簡単に落としていき、ただ一方的に、匠艦隊の損傷率が上がっていく。

「沈め!沈め!シズメェエ!」

怒りと悲しみを交えた声で、飛龍は叫ぶ。艦載機たちもその声に答えるべくなのか、対空機銃で被弾し飛行能力が乏しくなったものたちから特攻をも始め出す。

「ちょ、ちょっと飛龍!さ、さすがにやりすぎな気が…」

豹変した飛龍の隣で、北上は静止を促した。しかし飛龍は耳をかさず、真剣な顔つきで艦載機たちを発着艦させ続ける。

まさに取り憑かれている様な飛龍の行動に、流石の北上も身を引いていた。それは純粋に恐怖心によるもので、本能的な行動だったのだろう。

それからしばらくして、匠艦隊の艦娘たちが次つぎと大破判定になっていったことは言うまでもなく、戦況は覆された。北上が言うようにやり過ぎとも思える程、匠艦隊の艦娘達はボロボロになっている。

「あ、あはは…勝てちゃったや」

そんな匠艦隊をみて、北上は苦笑を漏らしつつ呟いた。負けると高を括っていたはずが、まさか勝てるとは思わなかったのだ。

北上はとりあえず労いの言葉を掛けようと飛龍へと目線を向ける。しかし、飛龍は何処か虚ろな瞳で、空を見上げていた。

「飛龍…?」

どうしたのだろうかと、北上は言葉を漏らすと同時の事だった。彼女は膝から崩れ落ち、海面へと倒れたのだった。

 

白い壁を基調とした部屋に、譲治は腕を組みながら座っている。彼の前には、白衣を着た男がパソコンに映されているカルテ睨み、頷いていた。つまりこの男は、医者である。

医者はパソコンを睨み終えると、掛けている眼鏡をずらして目頭を指で押し、譲治へと顔を向けた。

「まず診断結果を言いますと、身体に異常はありませんでした」

その言葉に、譲治は「そうですか」と言葉を返す。

現在、譲治は海軍病院に居た。演習のあと、倒れた飛龍と共に足を運ぶことになったのだ。

提督である以上、艦娘の状態を把握しておく必要が規則にはある。疲労や病を患っているにもかかわらず無理に出撃させる事は、いわば兵に死の宣告をする様なものであり、ある程度状況を把握しておく必要があるからだ。無謀な戦略で兵の士気や能力を下げる事は、指揮官として無能でもある。

「それで、暴走の件ですが…。おそらく彼女の艤装適性が関係しているでしょう」

「なるほど、彼女の持つ飛龍型艤装は適任者なかなか決まらず、難航したと話は聞いております」

譲治の言葉に、白衣の男もとい医師が「はい」と返事を返す。

「お察しだとは思いますが、おそらく強すぎる艤装適正故に、先の演習がなにかしらの原因で彼女の記憶を呼び覚ました。いわばフラッシュバックしたと考えられます」

 やはりかと、譲治は抱いていた疑惑に確信を持った。

 艤装適正は、ある意味霊感と同じようなものであった。過去の軍艦が持つ信念や思い、さらには無念や恨みなど、さまざまな霊的感情の力を借りて、深海凄艦と戦うことができるのだ。

 だがあまりにも強い艤装適正を持つ物には、それなりの不具合も生じてしまう。『大いなる力は大いなる代償を伴う』と言葉があるように、それ相応の代償を支払わなければならない。それは肉体的な事もあれば、日常的な事、さらには精神的な事にまで影響を及ぼす。

今回飛龍が暴走してしまった理由としては、まさにこの精神的な原因であった。彼女は高ぶりと不安の二点が作用してしまい、WW2の時に運用されていた『航空母艦飛龍』が最後に持っていた想いを、強く受け過ぎてしまったのである。故にあの時の飛龍は、艦娘としての飛龍ではなく、ミッドウェー海域で必死の抵抗をしたあの『飛龍』としての人格もとい物念であったのだ。

問題行動とは、すなわちこのことだったのかと、譲治は大本営から送られてきた電文を思い出す。確かにこれでは、問題がある以前に戦力として戦えないだろう。

「何か直す方法は、ないでしょうか?」

譲治はふと、医師へと問う。現状、自分の力では何ができるのか、わからないからだ。

そもそも艤装適正すなわち霊感などと、いまだに信じることが難しい。すなわち幽霊など言わずもがなである。だが、この問題はすなわちそういう事であり、譲治がこれまでに人生で培ってきた軍事知識や戦闘経験、サバイバル術や戦術案など何も意味も無いだろう。譲治はあくまでも傭兵であり、シャーマンや陰陽師ではない。

かなり深刻な問題だと、譲治は苦い顔をして医師の言葉を待つ。だが、医師から出た言葉は、それをもさらに上をいく、ある意味残酷な言葉であった。

「…一番良い方法と言えば、やはり隊から外すしかないでしょう。正直、あなたの艦隊は彼女抜きでもやっていけるのでは?以前もそうしてきて、うまくやってきたのでしょう?ともかく一度よく考え、彼女と接してみてください」

いわゆる戦力外通告を伝えろと言う医師の言葉を聞き、譲治は考え込むしぐさをしてしばらく無言であったが、

「わかりました。そうさせていただきます」

と、言葉を口にした。

だが、このとき。診察室の外にいる人の気配を、譲治は感じることができなかった。

 

 

 海軍病院の屋上は鎮守府よりも高い位置にある。もっとも建物が大きいということもあるが、地理的に見ても小山の上にあり、そもそもの位置が高かった。

 故にここから見る港の景色もまた、格別である。ちょうど一日を『終わり』と実感させてくれる黄昏時でもあり、沈みゆく太陽を飛龍は独り占めしていた。

 「そっか…そうだよね…」

 ぼそりと、飛龍はつぶやいた。やはり当然の結果と言えば、当然であるからだ。

 先ほど診察室の外にいた人の気配とは、飛龍であった。体には特に異常がないのは自分の体である故に重々理解おり、それなのになぜ入院を強いられることになったのかがわからず、医者に理由を問いただそうとしたのだ。もしその理由が納得できない場合は、抗議を申し立てるつもりでもいた。

だが、その際偶然にも譲治たちが自分の事について話していた。飛龍は意識を失った状態で病院へ運び込まれたので、譲治が付いてきていることを知る由もなかったのだ。そして不運にも、先ほどの会話を耳に入れてしまった。

自分が暴走をしたことを、覚えていないといえば嘘になる。船だったころの『飛龍』の意思に乗っ取られていた際、微かに自分の意思も存在していたのだ。

だが止めようと思いはあったが、止めることはできなかった。自分の自我を保ち続け、いつもと同じように心がけていたのにもかかわらず、今日だけは怒涛の感情が押し寄せ、堪え切れることができなかったのである。

飛龍は暴走を自我で止められなかったことを悔やみながら、空を見上げた。オレンジに染められた大空はところどころに雲ちりばめられ、その雲もどこか赤みを帯びている。美しきその景色は後悔ややりきれない思いから、心を癒してくれる。

「…別に、あなたたちのことを罵倒するつもりはないわ。だって、あなたたちも飛龍だった。だから私は、あなたたちも背負っていくって決めたじゃない」

それは過去に飛龍が心に決めた、かつての戦士たちと交わした約束。背負うものは大きいだろうが、それでも自分が選ばれた以上、その義務もあるのだ。もてはやされても、偶像化されたとしても、その名を冠するのであれば、必ずしも背負わなければならない業である。

おそらく、自分は艦隊から外されてしまうだろう。しかし、苦痛ではない。以前の生活に戻せばよいだけなのだ。かつての戦士たちと会話をして、時折艦娘の友とも話せばよい。

「ふふっ…寂しいわけないわよ。でもね、私の心は海にある。あなたたちといれば、必然的にそうなるじゃない?」

飛龍は海を眺めながら、語り掛けるように言う。だれもいない屋上ではあるが、飛龍は確かに、自らの後ろに立つ英霊たちの存在を感じているのだ。

だが、その英霊たちの中で、真新しい魂を感じた。

否、これは魂ではない。現存する人間の気配である。だれだろうかと飛龍は振り返ると、ちょうど屋上へと出入り口から、見覚えのある人間が現れた。

「ここにいたのか。探したぞ」

それは、現在自分の提督となった、譲治であった。彼は痛々しい義足をガチャリガチャリと動かして、飛龍の近くまで歩んでくる。自分をその足でわざわざ探していたのだろうかと思うと、少しだけ胸が痛くなった、。

「…あれ?どうしました?」

飛龍は何事もなかったかのように、笑みを作りながら問う。特に笑みを見せる意味はないだろうが、それでも自分の上司である以上、愛想は作らなければならない。

「…体のことを聞こうと思ってな。うむ、やはり大丈夫そうじゃないか」

「あったりまえですよ!私たち艦娘は、頑丈ですしね!っていうか、演習時は私倒れただけですよ?提督たちのメンツをつぶさないよう、頑張ってましたから!」

元気よく答える飛龍の様子を見て、譲治は「そうか」と短い言葉を返してきた。

「それで、伝えに来たんですか?」

単刀直入に聞く飛龍に、譲治は何のことかわからないのか、若干首を傾げた。

「何のことだ?」

「いやー決まってるじゃないですか。戦力外通告ですよ!」

その言葉に、譲治は顔をしかめた。しかし、飛龍は話し続ける。

「やっぱり私、あなた方の艦隊にいてはいけないと思うんですよ。ああ、別に蒼龍はともかく大井さんや北上ちゃん。叢雲ちゃんに初霜ちゃんと、みんないい人ですし、仲良くできるとも思っています」

おそらく、いま自分はやけになっているのだろう。自分から言うことで、少しでもやっと入れた艦隊から追い出される傷を小さくしたいのかもしれない。

「ですけど…私にはまあその、持病があります。かつての大日本帝国でも兵士に甲乙丙丁戌をつけていたように、私はいわゆる丁なんです。重い病気…そう、過去を引きずり、フラッシュバックしてしまう…そして場所を問わず取り乱す。これ、立派な重病じゃないですか。普通の艦隊ならまだしも、提督率いる南郷機動部隊には入ることすら許されないはずなんです。ですから、きっと私は、外されてしまう。今回の件で、それは確定するんじゃないかって、そう結論付けたんです」

そう語り切った後、飛龍は息を吸って、譲治へと満面の笑みを作った。

「ですから、どうかわたしを外していただいても結構です。私よりももっと優秀な…甲にふさわしい子を入れてあげてください」

言い切った。飛龍はすべてを言い切り、満足な気分となる。

蒼龍と一緒の艦隊になれたこと、ほかの艦娘達も気さくに話しかけてくれたこと、たった一か月ほどの艦隊の一員であったが、それでもかけがえのない思い出となっただろう。

しかしそんな飛龍を見て、譲治はしかめた顔を崩さず、胸ポケットから煙草を取り出すと、風下へと歩いていく。

「お前、診察室での話を聞いていたのか?」

吸った煙を吐き出して、譲治は低い声で問いてきた。飛龍はそれに対し何の悪気もなく、「はい。聞いてました」と答える。

「そうか。聞いていたのか」

譲治はそういうと煙草を再び吸引し、吐き出す。

「まず、お前は重大な勘違いを犯しているようだな」

目線を合わせ真っ向から言う譲治に、飛龍は「え?」と思わず言葉を漏らした。

「確かに医者からはそう薦められた。…だが、俺はお前を外すつもりはない。それに、たとえお前が重病を患っていたとしても、発作を起こす際には使わなければよい。むろん、動けるのであれば使うつもりだ」

「ちょっと待ってくださいよ!」

あれだけ覚悟を決めていたのに、急な肩透かしを食らった飛龍は慌て始める。先ほどのあの会話は、譲治も医者の意見を尊重する姿勢だったはずだ。

「私はいわゆる『丁』なんですよ!?確かに普通の艦隊でならまかり通るかもしれませんが…あなた達はエリートで…」

「大体いつ、だれがそんなことを決めたんだ?」

「だ、だって…」

食い下がる飛龍に、譲治はさらに話を重ねる。

「確かに俺たちはいつの間にか、横須賀のいわゆる保険として見られるほど強くはなった。だが、だからどうした?確かに作戦遂行も重要なことではあるが、それに甲乙丙丁戌も関係はないはずだ。だからお前はこれまでといつも通り、作戦行動を行ってもらう」

「ですが!私は…!」

「…では逆に聞くが、お前は艦隊から抜けたいと思っているのか?」

「そ、そんなわけないです!」

「だったら今まで通りに作戦行動を行えば良い。俺は残ることを強要するつもりはないが、本人の意思で艦隊に居たいと望むなら、抜くつもりなどこれっぽっちもない。第一、お前を引き抜いたのは紛れもなく俺だ。お前にこのような問題があると知ったのは、引き抜いた後から数日後だったが…そもそもそれ以外に問題がない優秀な兵士を、鎮守府内に腐らせておくわけにはいかないはずだ」

ここまで言われると、もう飛龍はとりつく船がなかった。この男は自分が背負う業すらも、重ねて背負うというのだ。

「じゃあ提督は…私が起こすであろう問題を、すべて背負うつもりなんですか?」

「そうにきまってるだろう?俺はお前らの上官だからな」

特に迷いもなく、特に飾り立てた言い方でもない、ただまっすぐな言葉。だが、かえってそうだった故に、飛龍はその言葉に深い信頼を寄せることができた。うわべだけの意味合いではなく、本心からの言葉であるからだ。

「ははは…失礼な言い方をあえてしますけど、それは馬鹿ですよ。あなたには出世欲がないんですか?」

力ない笑いをしつつ、飛龍は譲治に言う。だが、譲治はいつも通りのぶっちょう面を変えることなく、言葉を返してくる。

「出世欲?そんなものなどあるわけが無い。俺は深海の奴らを叩き潰せれば、それで満足だからな。暴走して何もできなくなるのはそれこそ困るが、暴走することでかえって深海どもを一網打尽にできるのであれば、ある意味儲けものだ。それをコントコントロールするのは、紛れもなくお前であるが」

「えぇ?それだけのために、あなたは提督になったの?」

「ああ、悪いか?俺も深海どもに殺された仲間がいる。深海が現れてから当時は俺たちのような民間軍事会社にまで、国家による強制出兵されていたんだ。そして戦友はみな海に散っていった…俺はその敵と無念を晴らすために、こうしてお前たちを利用している。ある意味ガキみたいな理由だ」

譲治はほぼ灰と化しているチビた煙草を未練がましく吸引すると、沈みゆく太陽を見つめた。

「俺はかつてお前の提督である山口多門氏のようにはなれないだろう。そもそも傭兵と生粋の軍人では、少し違う点があるからな。だがそれでも、今の提督は俺だ。こんなこと言うのも恥ずかしい事だが、俺は俺の提督像がある。その提督像を信じ、どうか俺についてきてほしい。だめか?」

譲治は若干探りを入れるように聞いてきたが、もう答えは出ている。飛龍は後ろ腕を組み、笑顔で答えた。

「もちろんですよ。そこまで言われちゃ、私だってがんばっちゃいますからね!うん。きっとみんなも、許してくれるはずです」

そう飛龍が答えた刹那。彼女は誰かに肩を叩かれる感触を感じた。驚きと困惑を交えた顔で振り返ろうとした瞬間。頭に響くような声が聞こえてきた。

―アメ公の傭兵だったってのは心底気に入らねぇが、まあ信じてみるのも一興だろうよ。

その声は間違いなくあの男だろう。だが飛龍は確信すると振り返るのをやめ、目をつむった。

―…うん。そうよね。ふふっ…実は私、割と気に入ってるのよ。

―へぇそうかい。まあおめぇが悲しむことがあったらよ。あの世で俺ら総勢、あのアメ公かぶれを血祭りにあげてやらぁ。

江戸っ子特有の独特な言い回しでその男は語り掛けると、飛龍が感じていた肩に置かれた手の感触は、すうっとすべるように消え失せたのだった。

 

 

 「と、まあこんな感じだ。面白かったか?」

 すべてを語り切った譲治は一息つくと、三本目の煙草に火をつける。

「その後、飛龍の問題行動は次第に和らいでいった。なぜかはわからないが…どうやら彼女は彼女なりに、何かあの時あったようだ」

無論。譲治は飛龍があの男の零体と話していたことは知らない。いくら上官であっても人間は心のつぶやきや頭の中にある感情までを、読むことはできないのだから。

「さて、もうそろそろ俺は戻らなければならない。まだ新人たちに一任できるほど、育ってはいないからな」

そういうと譲治は、煙草をくわえたまま、来た道を戻ろうとする。今度来るときはいつだろうと、心の中でつぶやきながら。

だが、譲治が歩き始めた刹那。道の奥から人影が見えた。私服姿であるが見間違えるはずもない。蒼龍と飛龍だ。

「提督―!やーっと見つけましたよー!」

元気よく飛龍は叫ぶと、蒼龍と共に走り寄ってくる。譲治は煙草を半分に折ると、携帯灰皿へとしまい込んだ。

「お前たち…どうしてここがわかった?」

驚きを交えて声で、譲治はそう問いかける。ここへ来ることは、一人を除いてだれにも言ってはいないからだ。つまり風のうわさで、流れる心配もないはずである。

だが、蒼龍たちはその一人の名前を出してきた。

「その…北斗提督に迎えに行ってやれって言われて…。と、言うかあの人と仲が良かったんですね?」

「…あ、ああ。あいつとは昔からの付き合いがあってな」

蒼龍の問いかけに譲治は戸惑いながら答えると、飛龍が不思議そうに、慰霊碑を見つめる。

「あの…。これなんですか?」

「…これは慰霊碑だ。俺の戦友も、ここで眠っている」

「戦友?えっと…傭兵だった頃のですか?」

譲治の答えに、蒼龍はさらに質問を重ねる。譲治はその問いに、「そうだ」と短く答えた。

すると二人は何かに気が付いたようにハッと体をわずかに跳ねると、顔を見合わせた。そして両者は頷くと、慰霊碑の前へと歩いていく。

「お前たち…?」

その行動の意味が分からず譲治が問うと、二人は慰霊碑の前で手を合わせながら、その理由を答えた。

「拝ませてください。私たちだって、無関係じゃないはずです」

「そうですよ。それに提督の戦友たちも眠っているんでしょ?だったら、拝まないといけないじゃない」

彼女たちは艦娘であり、艤装適正もある。何度も言うが艤装適正とはすなわち霊感と同じような物であり、その霊的な力の恩恵を受けている。

つまり、彼女たちは持ち前の霊感から何かを感じ取ったのだろう。そして、その何かとは、譲治には聞こえないかつての友人たちの言葉であったのかもしれない。

「…そうか。きっとあいつらも喜ぶはずだろうよ」

だが、譲治もそれには、なんとなく感づくことができた。たとえ霊感は持っていなくとも、直感的に人間は何かを察知することがある。だからこそ、譲治は帽子を深くかぶりなおし、つぶやくように言葉を返したのだった。

 

 


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