十一、四   作:なんじょ

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そして現れる姿態

 藍染の反乱から更に後。

 怪我を癒した旅禍達が現世へ帰り、ソウルソサエティはようやく平穏を取り戻しつつあった。

 十二番隊の検査漬けだった雪音も、四番隊の通常業務に復帰している。とはいえまだ一日の半分は、技術開発局に通わなければならない現状なのだが。

(ほんとにいつまでかかるのよ、この検査……)

 幸い薬の服用を強要される事はなくなったが、それにしても半日みっちり、体中を調べられるのは不快だ。

 それで検査結果を順次教えてもらえるのなら、心理的な負担も減る。だが涅隊長は不確定な情報を言い渡すのを善しとせず、結局何も分からずじまいだ。

(皆も何をしてるのか訝しんでるし、いい加減はっきりしてほしいんだけど)

 同僚達の視線を背中に受けつつ隊舎を出た雪音は、重い足取りですっかり通いなれてしまった道をたどり、十二番隊の門をくぐった。それを出迎えた涅ネム副隊長は、

「五席。本日の検査は練兵場で行いますので、こちらへおいでください」

 常通りの無表情で、すたすたと歩いていってしまう。

「……練兵場? そんなところで何するんですか」

 これまでずっと研究所に閉じこもりきりだったのに、突然の変更だ。

 そもそも技術開発局にも練兵場があったのか、と思いながら問いかけたが、

「詳細はマユリ様がご説明されます」

 相手はそっけなく答えるだけで、何も教えてくれなかった。

(涅隊長に口止めされてるのかな。……何か嫌な予感する)

 いつものように斬魄刀を預けた雪音は深々とため息をつきながらも、大人しく後をついていくしかなかった。

 

 ――果たして。

「今日はネムと手合せをしてもらうヨ。白打のみで打ち合い、どちらかが意識を失った時点で終了とする」

「は……ハァッ!?」

 練兵場で待ち構えていた涅隊長の言葉に、雪音は素っ頓狂な声を上げた。意味不明な指示に、思わず声も荒く詰め寄る。

「どうしてあたしと涅副隊長が手合せしなきゃいけないんですか、それが一体何の検査になるっていうんです!?」

「いわゆる実証実験と言う奴だヨ」

 甲高く上がった抗議などそよ風のごとく受け流し、涅隊長は淡々と説明を口にする。

「キミの体を調べて出来る検査は全て終了している。

 後は、実際にどういった形で霊圧暴走が起こるのか、実地で検証しなければならないのでネ」

「じ、実地って……」

 何を馬鹿なと言いかけたのを、一応相手は隊長だから、すんでで飲み込む。

(この人正気なの? 暴走したら何が起きるか分からないのに!)

 以前、幼かった雪音が霊圧を制御できなくなった時、その場にいた元柳斎がとっさに鬼道をかけて抑え込んだ。総隊長がそうせねばと即断するほど、自分の霊圧は急激に膨れ上がったのだ。

(子供の頃でそれなら、今暴走したらどうなる事か)

 実際、藍染を前にして暴走した際も、世界そのものが壊れてしまうと思うほど、霊圧が溢れだした。もしあのまま何もしなければと想像するだけで、背筋が冷たくなる。

 しかし涅隊長は、雪音の恐怖を意に介さなかった。

「今、この練兵場には四方に結界を張ってある。

 キミ程度がどれほど力を解放したところで、破壊する事など到底かなわない強固なものだから、安心して好きなだけ暴れるがいいヨ。それに、そうしなければ――」

「え?」

 不意にとん、と肩を押され、後ろによろめく。

 同時に自身も後ずさって距離を開けた涅隊長との間に、音もなく割り込んできたのは、涅ネム。

「――おそらくキミは死ぬ事になるだろうからネ」

 その言葉に、どういう事かと問いを投げる暇はなかった。次の瞬間黒い影が走り、重い打撃が腹に突き刺さったからだ。

「ぐっ!!」

 息がつまり、視界が回る。次の瞬間背中が壁に激突し、目の前に火花が散った。

(な、何が、!)

 どさっと床に投げ出され、喉からあえぎ声をもらす間こそあれ。

 ハッとかろうじて息を吐いた時、迫り来る鋭利な気配が意識に引っかかり、雪音はかろうじて前方へ身を投げ出す。

 バギィッ!!

 固い音が響き、砕け散ったらしい木っ端が死覇装越しに勢いよくぶち当たる。ネムのほっそりとした足が床板に突き刺さっているのを視界の端に認めながら、

「はっ、かはっ……」

 十分距離を取ったところで回転して身を起こし、向き合う。ばきん、と音を立てて足を引き抜いたネムの表情には何も浮かんでおらず、ただ静かにこちらを見据えている。

 一方で、突きの刺さった腹を押さえた雪音は、こみ上げてくる吐き気をこらえつつ、

「っ……な、何をする、ですか、涅、隊ちょ、いきなりっ、こんな……」

 途切れ途切れに問いを投げる。と、端によって観戦と洒落込む隊長のほうが答えた。

「ルールは先ほど伝えた通りだヨ、鑑原五席。四番隊とはいえキミも護廷隊ならば、白打の基本くらいは修めているだろう?

 ネムはキミのレベルに合わせて調整済みだ、死にたくなくば、本気で叩きのめす事だネ」

「調整、ずみって、そんなの、っ!」

 抗議の悲鳴は、言葉をかき消すような勢いで突き刺さってきた手刀で遮られた。

 かろうじて十字に重ねた腕で受け止めたが、

(重い!)

 女性の細腕からは考えられないほどの衝撃を感じた瞬間、再び足の裏が地面から離れ、

「がっ!!」

 気づいた時には、うつ伏せに床にたたきつけられていた。(ちりっ)ぐらぐらとめまいに襲われて身じろぎもかなわないのに、背中に蹴りが突き刺さって、人形のように手足が跳ねる。

「かっ、ぐ、あっ……!!」

 息つく間もなく蹴りが連続して降り注ぎ、そのたびに骨がきしみ(ちりちりちり)ひび割れる音が耳の奥で鳴り、喉にこみ上げる吐き気と血とで呼吸も出来ない。

(つ、よ、い)

 割れ物のように易々と壊されていく自身の、痛みさえもう分からない。白と黒に明滅する視界の中で、雪音は絶望した。

 ネムは強い。雪音は弱い。

 もとより副隊長と五席、席位の差は歴然。

 所属こそ、十二番隊に四番隊と、どちらも最前線に立つ隊ではないが、治療要員の雪音に対して、ネムは明らかに訓練された、まごうかたなき戦闘要員だ。

 斬魄刀を用いれば、戦闘技術の不利をある程度は補う事が出来たかもしれないが、こと肉弾戦において、雪音は圧倒的に不利だった。

(しぬ)

 蹴りが刺さるたびに床にめり込み、血が吹き出す。(ちりちりちりちりちり)額から伝う血が右目に入るのも拭えず、雪音は助けを求めて、腕を伸ばした先の床に爪を立てた。

(たすけて)

 もはや声も出ず、血の入った視界は不明瞭だ。

 けれど涅隊長らしき人影が見える方角へ、かろうじて口を開いて息を吐く。

 まさか本気で殺すはずはない。いよいよとなれば、止めてくれるはず。そんな希望にすがり、かすむ左目を瞬いた雪音は、しかし、

「やれやれ、調整よりも下回っていたとは、全く期待はずれだ。こんな事で死んでしまうようなら、総隊長も早々に手を下しておくべきだったネ」

 遠く離れているはずなのに、まるで耳のそばで語りかけているように、失望の言葉が聞こえ、息を飲んだ。

 同時に、ネムの鋭い蹴りでゴリッ、と背の骨がずれる音と激痛で、盛り上がった涙と血で全て見えなくなり――開いた唇から悲鳴がほとばしる代わりに、体の内側が引きずり出されるような、赤い血と白い塊がごぼりとこぼれた。

 

 ゾワッ、と肌が粟立ち、空気が揺れる。

「……来たようだネ」

 振動は一瞬ではなく、むしろ増していく。マユリ自ら設置した練兵場の結界を打ち破ろうとするかのように、物理的な風さえ伴って霊圧の柱が立ち上ったかと思うと、嵐のごとく吹きすさび始めている。その中心を見据え、マユリは声を上げた。

「ネム! 封殺体勢に移行、『それ』を捕らえろ!」

 先ほどまでの命令――鑑原雪音を殺すつもりで闘え――に上書きする形で発したそれに返ってきたのは、

 ヒュッ……どしゃっ!!

 巻き起こる風を裂いて飛来し、マユリのすぐそばの壁に叩きつけられた、ネム自身だった。

「ま……マユリ、様」

 先ほどの鑑原と同じ格好で床にずり落ちたネムは、すぐさま起きあがろうとする。だがその四肢は無惨に折られ、あらぬ方向にねじ曲がっており、頭を上げる事さえ叶わない有様だった。

 キシャァァァァァァァァァァァ!!

 ネムの様子に舌打ちするマユリの耳に、耳障りな鳴き声が突き刺さる。同時に殺到したそれの、鋭利な影が胸に突き刺さる前に、

 ガキンッ!!

 素早く抜いた斬魄刀で受け止めた。刃とかみ合う、長く伸びた爪――ぎちぎちと音を立ててつばぜり合うそれに抗しながら、マユリは口を歪め、

「……ヤレヤレ、もっと早くにこうしていれば、無駄に生きながらえさせる事もなかったというのに」

 刃越しに迫ってくる、白い仮面に顔を覆われた鑑原雪音(・・・・・・・・・・・・・・)へ、

「初めまして、そしてごきげんよう。キミは今日から私の被検体となってもらうヨ――掻き毟れ、疋殺地蔵」

 両の口角をにいと持ち上げて笑うと同時に、その刃を解放した。


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