十一、四   作:なんじょ

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 病気にでもかかったみたいだ。自分で自分のことが、どうにも出来ない。

 

「は~い、皆準備はいい?」

 騒がしい居酒屋の中で、一際大きな掛け声をあげる乱菊。

 彼女が立って場を見渡すと、皆手に持った杯を示して、飲み物がいきわたっている事を示してみせる。

「それじゃ、本日はお忙しい中、お集まりいただき有難うございましたっ。

 今年もいよいよ終わり、残してきた憂いは全部洗い流す事にして、今日は上司部下関係なく、無礼講でいきましょう。では、乾杯っ!」

『乾杯!』

 乱菊は、仕事中にはとても見られないほどいきいきとした顔で、乾杯の音頭を取った。皆は杯を掲げて唱和した後、思い思いに話し始める。

 忘年会でいつもの飲み会よりメンバーが多い分、騒々しさも増している。あたりの喧噪は誰が何を話してるのか、分からないくらいだ。

 杯の半分まで飲んだ雪音は、ふうっ、とため息を吐き出した。

 久しぶりに飲むせいか、少し含んだだけでも、じんわりと体に染み入っていくような感じがして、とても気持ちが良い。と思っていたのに、

「なによ雪音、その飲み方。もっとぐーっといきなさいって」

「うわ、乱菊さんっ」

 不満そうに言いながら、乱菊がやってきた。

 まずい、このままだとまた一緒に大酒をかっくらって管を巻いていた以前と、同じペースで飲む羽目になってしまう。

「やー、ちょっと調子悪いんで……」

 単純に飲むのを控えてると言っても聞かない人なので、曖昧に言ったけれど、

「だーいじょうぶ、ちょっとくらい調子悪くても、飲みまくれば吹っ飛ぶって! ほらほら、早く空けて!」

 相手はにこにこ笑顔で、ずいずい徳利を押し付けてくる。駄目だ、飲まされる。

 しかたないので、一度だけ乱菊から杯を受けると、後は何やかんやと言い訳をして、その場を離れた。

 徳利と銚子をもって、隅の目立たない場所に腰を下ろし、一息つく。

「あ」

 だが、目を上げた先で一角と視線があって、雪音は硬直した。

 つい顔を背けてしまったのは、一角を見ただけで鼓動が跳ね上がってしまうからで、やった後にしまったと思ったが、もう遅い。

 少しの間を置いた後、一角はずんずんこっちに歩いてきた。

「へ、あ?」

 まさか近づいてくるとは思わなかったので、思わず間の抜けた声をあげてしまう。

 一角は目の前までやってきて、少し迷うみたいな顔をした後、

「隣、いいか」

 ぶっきらぼうに聞いてくる。

 宴会で雪音と一角が席を並べて飲むのはいつもの事で、あんな事があったとはいえ、一応仲直りはしたし断る理由も無い。

 だが、雪音は言葉に詰まってしまった。

 嫌、というより、困る。

 一角を見るだけで落ち着かないのに、隣で飲まれたら、なんというか居たたまれなくなってしまう。

 でもそれをそのまま言うわけにはいかないし……とぐるぐるしていたら、

「……座るぞ」

 むっとした表情の一角がどさっ、と勢いよく隣に座ったので、ついびくっとしてしまった。

(うわ、ちょ、近い。一角の死覇装の袖、腕に当たってるし)

「…………」

「…………」

 そのまま沈黙。

 周囲は酒が進んで騒々しさが増す一方だというのに、ここだけ切り取られたように静かだ。

 お互い口が悪いから、顔を合わせるといつも喧嘩ばかりしていたのに、なぜこんなに居心地悪いのだろう。

(いや、だから別に側にいるのが嫌だとか、そういうんじゃないんだけど、こう、ちょっと離れたいっていうか何ていうか……)

 とか何とか考えて、無意識に距離を置こうと、もぞもぞ動いたその時。

 畳についた手が、ぐっと握られた。

「!」

 一瞬、何が起きたのか分からなかった。ぱっと見たら、一角の手がこちらの手をすっぽり覆って、握り締めていた。

「え」

 何を、と見上げると、一角は前を向いて杯に口をつけたまま、こっちを見ようとしなかった。

 だが、顔が少し、赤くなってるように見え……るよう、な。

(う、わ)

 雪音も顔に血が上るのを感じて、目をそらした。

 酒を初めて飲んだ時のように、急に鼓動が激しくなってきて、じっとり汗がにじんでくる。

 口の中が乾いて、慌てて猪口を傾けたけれど、辛口の酒は余計に渇きを与えるばかりで、全く意味が無かった。

(あ、あほかあたし、たかが手を握られてるだけで、こんなに動揺してどうする!)

 自分を叱咤して、目を閉じて一角の事を意識から締め出そうとしたけれど、逆効果だった。

 かえって、まめのつぶれた固い手のひらや、細長くて力強い指の感触が鮮明になって、ますます意識してしまう。

(い、居たたまれない、今すぐここを逃げ出したい!)

 そう思ったが体は動かなくて、息さえ苦しくなってきたような気がする。

(このままだと倒れるんじゃなかろうか、どきどきしすぎてめまいが……いや! 違う! どきどきしてるんじゃないから! 予想外の事にびっくりして、それでどうしていいか分からないだけだから!

 そ、そう、だって一角が手握ってくるなんて思うわけないし、っていうか飲み会で何でこんなことするのかとか、そうか一角酔ってるのね、酔ってるからなんかこう意味も無くやってみたって感じで、特に理由はないっていうか!)

 完全にパニック状態になって、だらだら汗をかきながら、支離滅裂な事を並び立て、現実逃避に雪音が全力疾走していた時、

「ゆっきねぇ~! こんなところで、湿っぽくなにしてんのよ~う!」

「へ、ぎゃー!?」

 いきなり乱菊がドーン! と抱きついてきたので、雪音は悲鳴をあげて後ろに倒れてしまった。

 ごん! と思い切り床に頭を打ち付けて、目の前に星が飛び散る。

「う、うぎゅ……」

「ほらぁ~、まだ寝るには早いわよ~う、あたしと飲み比べしよ~」

「の、飲み比べって……いた……お、おも……」

 痛む頭に手を当てながら、乱菊を押しのけようとしたが、

「重たいですって~、このあたしが重たいわけないでしょ~! 失礼な子には罰よ~!」

 乱菊はかえってきつくしがみついて、しかも巨乳をぎゅうぎゅう押し付けてくるので、圧迫されて息が出来なくなる。

「ちょ、乱、さ、くる、し……!」

「あぁ……いいなぁ……」

 それを見ていた檜佐木が、心底羨ましそうに呟く。

(あ、あほか! 檜佐木君助けてよ、とりあえず!)

 必死で押し戻しながら、雪音が心中叫んでいると、騒ぎを聞きつけた雛森と日番谷がやってきて、

「おい松本、他の隊の奴に迷惑かけるな」

「そうですよ、乱菊さん。ほら、鑑原さんつぶしてるから、起きて」

「いや~ん、いじわるぅ!」

 身をよじって暴れる乱菊を引き剥がしてくれたので、雪音はどっ、と息をついた。ち、窒息して目の前ちかちかしたわよ、今。

「し、死ぬかと思った……」

「鑑原さん、大丈夫ですか?」

 雛森が心配げに雪音の背中を撫でてくれる。  あぁごめんねと顔を上げて、雪音はまたどきりとした。

 雛森の後ろでは、乱菊が今度は日番谷に絡んで、酒を飲ませようと無理強いしていたのだが、その向こうに居る一角が目に入ったのだ。

 一角は、じっと雪音を見つめていた。

 その眼差しは怖いほど鋭く、真っ向から受けるには強すぎて、雪音は慌てて視線をそらした。

 乱菊の襲撃で一瞬忘れかけたが、我に返ったら、一角の手の感触がまざまざと蘇ってきてしまう。

「鑑原さん、もしかして今、すごく酔ってます? 顔真っ赤……お水、もらってきましょうか」

「へ、う、あ」

 雪音の顔を覗き込んだ雛森に指摘されたせいで、ますます顔が熱くなった。

 やばい、駄目だ、落ち着かなきゃ。

「う、ううん、えっと、その、ちょっとお手洗い行ってくる」

「大丈夫ですか? 一緒に行きます?」

「いや、平気だから! ごめん、有難う、雛森ちゃん」

 自分でもわざとらしいと思うくらい、ばたばた手を振って立ち上がり、足早にお手洗いへ向かった。

 背中を向けたのに、まだ一角の視線向けられているように思ったのは、自意識過剰だろうか。

(違う、だから違う、一角は、友達!)

 雪音は店の中を駆け抜け、他のお客さんやお店の人にぶつかりそうになりながら、そう強く言い聞かせる。

 だが気がついたら、さっき握られた手を、もう片方の手できつく掴んでいた。

 そこにはまだ一角の温もりが残っているようで、なぜか無性に恥ずかしくて、仕方がなかった。




弓親のアドバイスを素直に実行する一角w

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