ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか 作:路地裏の作者
「お前は――――――!!」
『扉』の先から戻った空間。そこにあったのは、見渡す限りいっぱいに広がった巨大な顔だった。その上、縦に線の入った特徴的なその顔に、これ以上ない程見覚えがある。
「グリード!?」
『おうよ! 『強欲』のグリードだ!!』
『
「なんで、お前がここに?! お前、『お父様』に殺されたはずだろ!」
『あ? あー、そうか。お前、あの世界の話を客観的にだが見てやがったんだったか。いいぜ、答えてやる』
そう言うとグリードは、ほんのわずかに威圧を抑えた。
『――お前よぉ、転生の際に『真理の扉』潜ったよな?』
「……ああ。『真理』の奴に支払った代価と引き替えにな」
『で。お前、あの時『扉』の向こうで、妙な『黒い霧』見つけなかったか?』
「ん?」
言われて思い出す。あの時。顔の見えない誰かに伸ばした手を引き戻す時、周囲にあった霧状のなにかを巻き込んだような……。
「…………そういや、あったな。あれが何だってんだよ」
『ありゃ、『親父殿』の残骸だ』
「ぶっ!?」
思わず吹き出す。『親父殿』。つまりあれこそが、『
『お察しの通り、お前は転生の時に、『扉』の向こうで見つけた『親父殿』の残骸まで巻き込んで身体を錬成しちまった。そのせいでお前の『魂』の奥底には、『親父殿』の残骸が残ったままになってやがったのさ』
「…………」
『それが今回目覚めたのは、何も、偶然なんかじゃねえ。お前が今まで行わなかった禁忌の錬成が切っ掛けだ』
「『人体、錬成』…………」
『そう。お前が行ったのは、『魂』を支払って、『
そう言われれば、納得するしかない。『
「アンタは……『お父様』に殺されたんじゃなかったのか」
『あー…………いや、きっちり殺されたぜ? 『親父殿』に記憶も人格も噛み砕かれて、後は『親父殿』のエネルギーとして使い潰されて終わるはずだった』
「ああ、そこまでは見た…………」
『だったら、そのすぐ後に『親父殿』が倒されたのも見た筈だろ』
「あ!」
そうだ。グリードが噛み砕かれてすぐ、『お父様』はあの世界のエドに倒されて『あるべき処』へ帰っている。つまり噛み砕かれてはいても、グリードを形作った全てを使い切る余裕は無かったのだ。
『そういうわけだ。俺を形作る記憶も人格も、噛み砕かれてはいても、その断片は一つも欠けることなく『親父殿』の中にあった。お前の錬成で、今回俺の方が蘇ったのさ』
「『お父様』も、蘇る可能性があるのか……?」
『そいつは問題ねえ。周りを見てみな』
そう言われて初めて、周りの景色がおかしいことに気が付いた。『
『そもそも今回の『人体錬成』で、お前の『魂』は未だに無事だ。その理由は、ここに渦巻いてた意思も何もかも失った『魂』の残骸どもが、代わりの代価になったからさ』
「!」
言われて、辺りを見回す。『
『――言っとくが、もうあいつらには、戻る身体なんかありゃしねえ。おまけに本体の『親父殿』もぐちゃぐちゃの残骸だったからな。万に一つも意思が戻ることは無かっただろうさ』
「…………それでも、その『人』たちを、『殺した』のは、オレだ……!」
ぎり、と拳を鳴らして握り締める。この痛みを、罪を、決して忘れないように。
『……話戻すぞ。見ての通り、ここに残ってるのは、俺とお前の二人だけ。『親父殿』は跡形もなく消滅してるから、蘇る心配もねえ。後の問題はもう、『一つ』だけだ』
「一つ……」
『そう……』
引っ込んでいた威圧が、復活する。
『お前と俺! どっちがこの身体を手に入れるかってことだけだ!!』
そうだ、目の前の相手は『強欲』。飽き足りることなど有り得なかった。
「まだ手に入れたいものがあんのか? 前の世界で、本当に欲しかったものは手に入れたんだろ?」
『あー、その辺りは知ってやがんだな。がっはっはっは! たったの一度! 手に入れただけでやめるかよ! 俺は、『強欲』! 死んでなきゃぁ、生きてる限り、何度でも手に入れてやるさ!!』
「……とことん、アンタらしいな」
直接話してみても、何一つ変わらない。どこまでも真っ直ぐに、自分の欲望に忠実。羨ましいくらいの真っ直ぐさだ。
『ハッ、随分大人しいじゃねえか。お前にもあるはずだぜ? 譲れねえ『欲望』って奴が』
「あ? そんなの――」
『いや、正確には『あった』だろうな。『
告げられた言葉に、思考が停止した。
「……なに?」
『俺もお前の記憶を見たわけじゃねえが、そうでなきゃ、俺が錬成されるか? 俺は『引き寄せられた』んだよ。『前』のお前の、『強欲』に』
「どういう事だよ!」
『さぁな。言える事は、お前の『魂』には、例え記憶を失っても、『手に入れたいもの』があったってことだ。その『におい』に引っ張られて、『親父殿』じゃなく、俺が錬成されたのさ。まあ、
欲望に忠実で敏感な、『強欲』のカン。それはあまりにも説得力がありすぎた。思わず思考に入ろうともしたが、話題を振った目の前の相手に中止させられる。
『ま、それよりも、だ。お前の身体を寄越しな。外に出てすぐにあんな敵、叩き潰してやるぜ』
「………………」
外の、敵。自分では、敵わない相手。周りの仲間のことを考えれば、確かにグリードが出ていった方が助かるだろう。それは確信できる。
だが、それでも。理屈抜きで、
「…………いいぜ。来てみろ。けど、覚えとけ! オレだって、お前なんかに取り込まれて消える気なんか
『がっはっはっはっは! いいぜ、その『強欲』気に入ったァッ!!』
視界いっぱいに迫る巨大な顔。そこでエドの意識は、一度途切れた。
◇ ◇ ◇
(ぐ…………)
再び意識が戻ったとき、外の光景を客観的に見ている自分に気が付いた。
(ここは……)
「お? どうやら『同居人』が起きたみてえだな?」
勝手に動き、勝手に喋る身体。それを客観的に認識している自分。とんでもなく奇妙な体験だった。そうして、自分の身体が見つめている少女に気づく。
「――同居人って、誰ですか? いえ、この際その辺りはいいですから、さっさとエドを戻しなさい」
視界に大映しになっていたのは、眉間に零距離からボウガンを突き付けるリリの姿だった。
(……まてまてまてぇっ! そんなモノ撃たれたら、死ぬから! いや、グリードは死なないかもしれないが、オレの方だけ精神的に死ぬから!)
「いや、お前も死なねえよ。俺の『同居人』になった以上、お前だって『
(それでも嫌に決まってんだろ! てか、オレが『同居人』扱いかよ! 身体はオレのもんなんだから、むしろ『大家』だろうが!!)
「つか、もう少し静かに話せねえのか? お前の声は外には聞こえねえし、俺にとっちゃ滅茶苦茶
一通り叫んで、ようやく冷静になり、頭も冴えてきた。どうやら、グリードに魂を消される事態にはならなかったものの、身体の
「まあ、少し待ってろ。向こうは面白いことになってるぜ?」
(あ……?)
言葉とともに、視界が回る。映ったのは、何かを警戒するかのように足踏みするミノタウロスと、壁際に蹲ったベル。そして、その間に佇む金髪の少女だった。
(『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタイン……?)
どういう理由でそこにいるのか、皆目分からなかったが、見た感じベルがやられる寸でのところで、『剣姫』に助けられたというところか?援軍が来たのなら、助けを求めれば、そのまま帰ることは出来るだろう。
――そういう
「オイッ!
ダンジョンに響き渡る大声。それに俯いていたベルがわずかに顔を上げた。
「エド……?」
「俺はエドじゃねえ。グリードだ! ……まあ、そりゃいい。それよりお前――――そのまま蹲ってていいのか?」
その質問に、ピクリとベルが反応した。
「俺には、『におう』ぜ? お前の中で燻ってる『
その言葉にゆっくり、ゆっくりとベルが立ち上がる。…………ああ。ああ、チクショウ。『剣姫』に助けてもらって、無事に帰る?そんなもの、強くなるって誓った
(ふん! ぐ、ぐぐ…………ぎぎ……)
「お? おお? お??」
身体の中で、必死になって自分の身体に繋がるイメージを作る。――大丈夫だ。オレは、『錬金術師』。『魂』と『身体』が、『精神』で繋がってるなんて、もう既に知っている――!
「――――ぶはあっ!」
暗い水の底から戻ったように、肺の中の空気を吐き出す。顔を上げると、ベルは『剣姫』に高らかに宣言していた。
「僕は、もう――――――アイズ・ヴァレンシュタインにだけは、助けられるわけにいかないんだッ!!」
「――ヘッ!」
その宣言に、こっちまで嬉しくなる。そうだ、助けられるわけにはいかない。いつか追いついて、『追い越す』ためには助けられるわけにはいかなかった。
強い瞳になったベルから視線を移し、前を見る。そこには既に階下から登ってきたライガーファングと、回り込んできたバグベアー。
(負けんじゃねえぞ!!)
かつて逃げるしかなかった
実は『親父殿』(残骸)、一章の二話『真理の扉』にも出ていました。誰も気付いてくれませんでしたがw
そして、グリード節炸裂♪この人基本的に、「欲望に貴賤なし」「欲望全肯定」の人だからなぁ……「欲望あるなら、動け!手に入れろ!」って普通に言いそうだったので、ベルに絡めましたw
……そして、エドの『切り札』まで行けなかった。しかも次回の展開考えると、存在が薄れそう……orz
-追記-
グリードタグ追加に伴い、クロスオーバータグを一部クロスに改めました。