ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか   作:路地裏の作者

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「ありえない」なんて事は ありえない――――!



第25話 強欲

「お前は――――――!!」

 

 『扉』の先から戻った空間。そこにあったのは、見渡す限りいっぱいに広がった巨大な顔だった。その上、縦に線の入った特徴的なその顔に、これ以上ない程見覚えがある。

 

「グリード!?」

『おうよ! 『強欲』のグリードだ!!』

 

 『フラスコの中の小人(ホムンクルス)』によって生み出された、七人の『人造人間(ホムンクルス)』のうちの一人。『強欲』を司る存在が、目の前のこの男だ。

 

「なんで、お前がここに?! お前、『お父様』に殺されたはずだろ!」

『あ? あー、そうか。お前、あの世界の話を客観的にだが見てやがったんだったか。いいぜ、答えてやる』

 

 そう言うとグリードは、ほんのわずかに威圧を抑えた。

 

『――お前よぉ、転生の際に『真理の扉』潜ったよな?』

「……ああ。『真理』の奴に支払った代価と引き替えにな」

『で。お前、あの時『扉』の向こうで、妙な『黒い霧』見つけなかったか?』

「ん?」

 

 言われて思い出す。あの時。顔の見えない誰かに伸ばした手を引き戻す時、周囲にあった霧状のなにかを巻き込んだような……。

 

「…………そういや、あったな。あれが何だってんだよ」

『ありゃ、『親父殿』の残骸だ』

「ぶっ!?」

 

 思わず吹き出す。『親父殿』。つまりあれこそが、『フラスコの中の小人(ホムンクルス)』の成れの果てだったというのか?

 

『お察しの通り、お前は転生の時に、『扉』の向こうで見つけた『親父殿』の残骸まで巻き込んで身体を錬成しちまった。そのせいでお前の『魂』の奥底には、『親父殿』の残骸が残ったままになってやがったのさ』

「…………」

『それが今回目覚めたのは、何も、偶然なんかじゃねえ。お前が今まで行わなかった禁忌の錬成が切っ掛けだ』

「『人体、錬成』…………」

『そう。お前が行ったのは、『魂』を支払って、『人間から人間を(・・・・・・・)錬成する(・・・・)』って錬成だ。『人造人間』としての条件を満たしてた『親父殿』の残骸が、元の『人間(ヒト)』に戻るのは当たり前だろ?』

 

 そう言われれば、納得するしかない。『人造人間(ホムンクルス)』もまた人間なのだから、正常な状態への『人間の錬成』に巻き込まれれば、例え残骸でも元に戻るのは当たり前だ。だが、それでも納得できないこともある。

 

「アンタは……『お父様』に殺されたんじゃなかったのか」

『あー…………いや、きっちり殺されたぜ? 『親父殿』に記憶も人格も噛み砕かれて、後は『親父殿』のエネルギーとして使い潰されて終わるはずだった』

「ああ、そこまでは見た…………」

『だったら、そのすぐ後に『親父殿』が倒されたのも見た筈だろ』

「あ!」

 

 そうだ。グリードが噛み砕かれてすぐ、『お父様』はあの世界のエドに倒されて『あるべき処』へ帰っている。つまり噛み砕かれてはいても、グリードを形作った全てを使い切る余裕は無かったのだ。

 

『そういうわけだ。俺を形作る記憶も人格も、噛み砕かれてはいても、その断片は一つも欠けることなく『親父殿』の中にあった。お前の錬成で、今回俺の方が蘇ったのさ』

「『お父様』も、蘇る可能性があるのか……?」

『そいつは問題ねえ。周りを見てみな』

 

 そう言われて初めて、周りの景色がおかしいことに気が付いた。『人造人間(ホムンクルス)』の内側は、『賢者の石』にされた様々な『魂』の暴風が吹き荒れていた筈だ。だが、今見渡したところ、目につく『魂』は目の前のグリードだけで、他の『魂』が見当たらない。

 

『そもそも今回の『人体錬成』で、お前の『魂』は未だに無事だ。その理由は、ここに渦巻いてた意思も何もかも失った『魂』の残骸どもが、代わりの代価になったからさ』

「!」

 

 言われて、辺りを見回す。『人造人間(ホムンクルス)』の中は、沢山の『魂』が渦巻いていたはずだ。その『人』たちの生命(いのち)を、奪った。他に何も存在しない空々しい空間は、自分の罪の象徴だった。

 

『――言っとくが、もうあいつらには、戻る身体なんかありゃしねえ。おまけに本体の『親父殿』もぐちゃぐちゃの残骸だったからな。万に一つも意思が戻ることは無かっただろうさ』

「…………それでも、その『人』たちを、『殺した』のは、オレだ……!」

 

 ぎり、と拳を鳴らして握り締める。この痛みを、罪を、決して忘れないように。

 

『……話戻すぞ。見ての通り、ここに残ってるのは、俺とお前の二人だけ。『親父殿』は跡形もなく消滅してるから、蘇る心配もねえ。後の問題はもう、『一つ』だけだ』

「一つ……」

『そう……』

 

 引っ込んでいた威圧が、復活する。

 

『お前と俺! どっちがこの身体を手に入れるかってことだけだ!!』

 

 そうだ、目の前の相手は『強欲』。飽き足りることなど有り得なかった。

 

「まだ手に入れたいものがあんのか? 前の世界で、本当に欲しかったものは手に入れたんだろ?」

『あー、その辺りは知ってやがんだな。がっはっはっは! たったの一度! 手に入れただけでやめるかよ! 俺は、『強欲』! 死んでなきゃぁ、生きてる限り、何度でも手に入れてやるさ!!』

「……とことん、アンタらしいな」

 

 直接話してみても、何一つ変わらない。どこまでも真っ直ぐに、自分の欲望に忠実。羨ましいくらいの真っ直ぐさだ。

 

『ハッ、随分大人しいじゃねえか。お前にもあるはずだぜ? 譲れねえ『欲望』って奴が』

「あ? そんなの――」

『いや、正確には『あった』だろうな。『()』のお前には』

 

 告げられた言葉に、思考が停止した。

 

「……なに?」

『俺もお前の記憶を見たわけじゃねえが、そうでなきゃ、俺が錬成されるか? 俺は『引き寄せられた』んだよ。『前』のお前の、『強欲』に』

「どういう事だよ!」

『さぁな。言える事は、お前の『魂』には、例え記憶を失っても、『手に入れたいもの』があったってことだ。その『におい』に引っ張られて、『親父殿』じゃなく、俺が錬成されたのさ。まあ、カン(・・)だけどな』

 

 欲望に忠実で敏感な、『強欲』のカン。それはあまりにも説得力がありすぎた。思わず思考に入ろうともしたが、話題を振った目の前の相手に中止させられる。

 

『ま、それよりも、だ。お前の身体を寄越しな。外に出てすぐにあんな敵、叩き潰してやるぜ』

「………………」

 

 外の、敵。自分では、敵わない相手。周りの仲間のことを考えれば、確かにグリードが出ていった方が助かるだろう。それは確信できる。

 

 だが、それでも。理屈抜きで、感情(こころ)のどこかが納得出来なかった。

 

「…………いいぜ。来てみろ。けど、覚えとけ! オレだって、お前なんかに取り込まれて消える気なんか()え!! 逆に中からお前を取り込んで、お前の力も、前のオレが望んだものも、全部手に入れてやらァッ!!」

『がっはっはっはっは! いいぜ、その『強欲』気に入ったァッ!!』

 

 視界いっぱいに迫る巨大な顔。そこでエドの意識は、一度途切れた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

(ぐ…………)

 

 再び意識が戻ったとき、外の光景を客観的に見ている自分に気が付いた。

 

(ここは……)

「お? どうやら『同居人』が起きたみてえだな?」

 

 勝手に動き、勝手に喋る身体。それを客観的に認識している自分。とんでもなく奇妙な体験だった。そうして、自分の身体が見つめている少女に気づく。

 

「――同居人って、誰ですか? いえ、この際その辺りはいいですから、さっさとエドを戻しなさい」

 

 視界に大映しになっていたのは、眉間に零距離からボウガンを突き付けるリリの姿だった。

 

(……まてまてまてぇっ! そんなモノ撃たれたら、死ぬから! いや、グリードは死なないかもしれないが、オレの方だけ精神的に死ぬから!)

「いや、お前も死なねえよ。俺の『同居人』になった以上、お前だって『人造人間(ホムンクルス)』だ。多分、『死ぬほど痛い』だけだぜ?」

(それでも嫌に決まってんだろ! てか、オレが『同居人』扱いかよ! 身体はオレのもんなんだから、むしろ『大家』だろうが!!)

「つか、もう少し静かに話せねえのか? お前の声は外には聞こえねえし、俺にとっちゃ滅茶苦茶(うるせ)え」

 

 一通り叫んで、ようやく冷静になり、頭も冴えてきた。どうやら、グリードに魂を消される事態にはならなかったものの、身体の主導権(イニシアティブ)は奪われたようだ。実際今は、自分の身体をぴくりとも動かせない。

 

「まあ、少し待ってろ。向こうは面白いことになってるぜ?」

(あ……?)

 

 言葉とともに、視界が回る。映ったのは、何かを警戒するかのように足踏みするミノタウロスと、壁際に蹲ったベル。そして、その間に佇む金髪の少女だった。

 

(『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタイン……?)

 

 どういう理由でそこにいるのか、皆目分からなかったが、見た感じベルがやられる寸でのところで、『剣姫』に助けられたというところか?援軍が来たのなら、助けを求めれば、そのまま帰ることは出来るだろう。

 

 ――そういう甘え(・・)を、許さないやつがいた。

 

「オイッ! 白髪(しらが)のガキ!」

 

 ダンジョンに響き渡る大声。それに俯いていたベルがわずかに顔を上げた。

 

「エド……?」

「俺はエドじゃねえ。グリードだ! ……まあ、そりゃいい。それよりお前――――そのまま蹲ってていいのか?」

 

 その質問に、ピクリとベルが反応した。

 

「俺には、『におう』ぜ? お前の中で燻ってる『欲望(のぞみ)』が! 何があろうと手に入れてえ『願望(ねがい)』が! だから、お前の中の『強欲(デカイのぞみ)』のために、聞いてやってんのさ。――蹲ってていいのか?」

 

 その言葉にゆっくり、ゆっくりとベルが立ち上がる。…………ああ。ああ、チクショウ。『剣姫』に助けてもらって、無事に帰る?そんなもの、強くなるって誓ったオレ達(・・・)が、望んじゃいけねえものじゃねえか!

 

(ふん! ぐ、ぐぐ…………ぎぎ……)

「お? おお? お??」

 

 身体の中で、必死になって自分の身体に繋がるイメージを作る。――大丈夫だ。オレは、『錬金術師』。『魂』と『身体』が、『精神』で繋がってるなんて、もう既に知っている――!

 

「――――ぶはあっ!」

 

 暗い水の底から戻ったように、肺の中の空気を吐き出す。顔を上げると、ベルは『剣姫』に高らかに宣言していた。

 

「僕は、もう――――――アイズ・ヴァレンシュタインにだけは、助けられるわけにいかないんだッ!!」

「――ヘッ!」

 

 その宣言に、こっちまで嬉しくなる。そうだ、助けられるわけにはいかない。いつか追いついて、『追い越す』ためには助けられるわけにはいかなかった。

 

 強い瞳になったベルから視線を移し、前を見る。そこには既に階下から登ってきたライガーファングと、回り込んできたバグベアー。

 

(負けんじゃねえぞ!!)

 

 かつて逃げるしかなかった猛牛(ミノタウロス)に挑む仲間を激励し、自身の倒すべき怪物へと向かい合った。

 




実は『親父殿』(残骸)、一章の二話『真理の扉』にも出ていました。誰も気付いてくれませんでしたがw

そして、グリード節炸裂♪この人基本的に、「欲望に貴賤なし」「欲望全肯定」の人だからなぁ……「欲望あるなら、動け!手に入れろ!」って普通に言いそうだったので、ベルに絡めましたw

……そして、エドの『切り札』まで行けなかった。しかも次回の展開考えると、存在が薄れそう……orz
-追記-
グリードタグ追加に伴い、クロスオーバータグを一部クロスに改めました。

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