「はぁっ!」
「セイヤーッ!」
「ふっ!」
三人の少女は、たった一人の少年に拳や脚を振るう。その攻撃は常人の域を超えており、魔法師がいれば自己加速魔法に気がついただろう。
しかし、高度に連携されたそれでも、その少年には届かない。あしらわれて、受け止められて、時にはそれを利用して投げられて。その体捌きは既に達人の域に達しており、近接戦闘におけるレベルは少女たちの数段どころではなく上だろう。
「ほら、香澄ちゃん! 攻めるだけじゃなくて崩さないと! 単調なだけじゃ勝てない、よっと!」
「うわぁっ!」
「泉美ちゃんはもっと踏み込んで! 相手のテリトリーに入るのは怖いかもしれないけど、それじゃあいつまでも相手のペースだよ!」
「きゃっ!」
「隙ありっ!」
「不意打ちはいいけど、わざわざ声を出して教えちゃ意味がないよお姉ちゃん! 相手がどうしようもない状態じゃない、と!」
「って、きゃぁああっ!?」
無双。まさにその言葉が浮かぶほど、圧倒的な戦いだった。
真由美たちのそれも、決して弱いわけではない。そこらへんの格闘技をかじった程度の成人男性相手なら、似たような無双ができるだろう。魔法を併用した戦闘とは、それだけ力の差が生まれるのだ。
しかし、それでもナギには届かない。しかも、彼は
「……うん! じゃあここまで!ありがとうございました!」
「「「はぁーはぁーはぁー……あ、ありがとう、ございま、した……」」」
数分後には、大きく息を乱して床にへたり込む三姉妹と、軽く汗をかいただけのナギがいた。死屍累々、といった表現が相応しいだろう。
「ああーー!また勝てなかったーーっ!!」
「ナギお兄さま、強すぎですよ……」
「本当にね……なんで魔法使っても勝てないのかしら」
「理由は簡単だよ。魔法を使ってるから」
「「「?」」」
全く分からない理由を挙げられて、三姉妹は首をひねる。普通、魔法を使ったほうが強くなると思うのだが。
「現代魔法には速度の利点があるって言っても、ゼロコンマでラグはあるし、CADに手を伸ばすために動きを止めなくちゃいけない。
でも、今みたいな超近接戦でそんなことをしてたら大きな隙になるし、その行動で次に魔法が来るって予測できちゃうんだよ」
「へ?……あっ!」
「それ用の訓練を積んでたり、CADに頼らない高速発動に慣れてたり、獲物を持って間合いを離してたりしたら話は変わるけど、魔法併用の近接戦をするなら、ただ魔法を使うだけじゃなくてブラフにしてテンポを崩したりしなきゃ」
「はー。いろいろ考えなくちゃいけないのね」
「遠くから一方的に撃ち抜くなら、そんなことを考えなくてもいいんだけどね」
むしろ、魔法師の基本戦術はそれだろう。スタイルが魔法拳士であるナギのように、目まぐるしく格闘しながら魔法を使うほうがおかしいのだ。
「って言っても、ねぇ? ナギくんみたいに高速で近づく相手と戦わないとも限らないし」
「お姉さまの言う通りですわ。大体、その遠距離からの魔法を使おうとした我が家のエージェントたちを、
「あははは、そうかもね」
そう。ナギは二年ほど前の模擬戦で、魔法ありの七草家の一流エージェント30人を相手に、近接戦闘だけで勝利しているのだ。その時は流石に身体強化魔法は使ったが、弾幕型や放射型の魔法は一切使っていない。
そして、それこそが今こうして三姉妹に鍛錬をつけている理由でもある。
「それで、
「うん、大分形にはなってきたんじゃないかな。これなら魔法なしでもそこらへんの暴漢程度になら負けることはないと思うけど……軍とかで鍛錬を積んだ人だと流石に厳しいかな? 魔法を使えばもうちょっといけると思うけど、近接戦を得意にしてる魔法師と戦ったらアウトだね」
「って、いつになったらナギ兄ちゃんの言う『魔法に頼らない戦い方』って出来るようになるんだよ〜〜!」
「う〜〜ん……。取り敢えず素手で岩を粉砕できてから?」
「「「出来るかっ(ますかっ)!」」」
「ボクは出来るよ?」
「「「この弟(兄)人間辞めてるっ?!」」」
確かにナギは辞めているが、一応人間の範疇だったある女性拳法家が最盛期には小惑星を粉々にしていたことを考えると、案外人間の限界はどこにあるのかわからない。宇宙を単騎駆けする忍者もいたぐらいだし。
「はぁ〜〜……。この顔で、芸能人で、体術は達人級で、幾つも失われた魔法を復活させて、その上入試で筆記の成績はトップクラス。神は二物も三物も与えるのね……」
「あ、入試の結果って出たんだ。それって見れる?」
「……一応、教えちゃいけないことになってるけど。生徒会の特権よ」
「あー、じゃあいいや。実技の点数見て落ち込みそうだし」
「本当、なんで現代魔法がそんなにできないんでしょうか? 春原家の魔法なら簡単に操れるのに」
泉美の挙げた疑問に、ナギは苦笑で返すだけだった。理由などとうに分かっているが、それを教えることはできないのだから。
弘一がナギの後見人になって、既に五年の月日が経っている。その間に最も力を入れて調べていたのが、魔法使いたちの「魔法」と魔法師たちの"魔法"の違いだった。
対象の直接改変という「魔法」にはない特徴があるものの、基本的に"魔法"は血によって使えるか使えないかが決まる、属人的な技能だ。「魔法」も魔力の量などは血統が重要になるが、特殊な例外を除き誰にでも使える、つまり一部の大魔法や特殊なものを除き、才能に寄らないただの技術なのだ。その違いはどこにあるのか、それがナギたちの研究課題だった。
そのためには、現代魔法理論をよく知る人物が必要だった。しかし、場合によっては「誰にでも使える魔法」が開発される可能性もあり、多くの関係者を増やして漏洩するリスクは増やせない。もし世間にそれが急速に広まったとしたら、各地で反魔法師運動をしている民衆が暴徒化する恐れがあったためだ。結局、ナギとエヴァの「魔法使い」師弟、そして二人の事情を知る弘一の3人のみで、知恵を出し合い七草家の機器を使って観測を繰り返し、幾度も検証を行った。
その結果、一年が過ぎた頃にある一つの結論に至った。それは、「魔法使いたちは『魔法』を編んでいない」というものだった。
ナギたちが観測し、仮説した「魔法」理論はこうだ。
①魔法使いは、魔力を精霊に渡し、その魔法が発動するイメージを固めるだけに過ぎない。指輪や杖はそれらを精霊に伝えるために必要な補助具であり、呪文はイメージを固めるのを補助してくれるだけのもの。
②そして、それらを受け取った精霊がイメージを基に魔法式を構築し、情報を書き換えることで「魔法」が発動する。
この方式が正しいとするならば、魔法使いに魔法演算領域は必要ない。彼らは、魔法式を組み立て、それを投射する必要がないのだから。春原家が"魔法"を使いこなせないのも、「使わないものは劣化する」という生物進化の大原則に則ったものだと考えれば、納得がいく。
それは同時に、"属人的な魔法"からの解放を意味していた。"魔法"を魔法師以外が使えない、最大の理由が解決されたのだから。
魔法使いに必要なのは、魔力を操る力と、精霊が理解できるイメージを固めるための理論だけだった。そして、魔力を操る力は、正しい意識さえ行えば多かれ少なかれ全ての生物が持つ技能であり、理論についてもそれを覚えるだけでいい。
こうしてついに、魔法が全ての民衆に扱える力となる……かに思えたが、やはりネックとなったのは、前述の魔法師と非魔法師の対立だ。この状況で公開などしても、ただの起爆剤としか成り得ない。
しかし、永遠に秘匿するには余りにも惜しいのも確かだった。魔力とイメージだけあればいい「魔法」は、次世代の
そのため、3人は折衷案を出した。それは、「魔法」を春原家伝来の古式魔法として術式部分を伏せて公開し、現行の魔法理論から外れたそれに違和感を感じた研究者たちに勝手に研究させその成果を広めることで、徐々に徐々に社会に浸透させていくというもの。
時間操作や空間操作、物質変換や錬成などの公開できない魔法もあるが、それでも幸いなことに特徴的な魔法には事欠かない。他にも、発動直前の精霊をストックしておくことで瞬時の発動を可能とする
そして、これには弘一すら知らない理由もある。
そもそも、それなりの大地主であり古式魔法師でもある一家の当主として社会に出なければならないナギは、しかし人から外れたモノだ。前世の経験からして青年期までは周囲と同じように成長していくだろうが、そこからほぼ完全に老化が止まる。それに関しては、既にそういう存在になってしまったのだから、変えようがない。
十年、二十年ならともかく、その先まで若々しいままだと、周囲も流石に違和感を感じるだろう。還暦も超えて、百も超えたならさらにそれは膨れ上がる。その時までに、『魔物』という存在を受け入れてくれるだけの地盤を作る必要があった。
「魔法」というものを調べていくうちに、精霊についての研究も進むだろう。いや、むしろそちらの方から「魔法」の研究に応用される可能性の方が高かった。
そして、ナギやエヴァのような魔物は、どちらかといえば精霊に近しい存在だ。そういった、神なども含むヒト非ざる者たちが再発見され『人権』が認められない限り、ナギたちに安寧は訪れない。「魔法」の公開には、その踏み台となってもらうつもりである。
この計画の是非は、急速にバレてもダメ、遅すぎてもダメの、世間への浸透速度にかかっている。後々調節するためのことを考えて、今の段階で余り情報を流しすぎるわけにも行かなかった。
それが、たとえ義理の姉弟のような関係でも、どこから漏洩するのか分からないのだから。
「まあ、二科でも入学できただけで充分だよ。
それに、ボクが進みたいのは研究方面だからね。魔法師ランクはそこまで重要でもないから」
それ故に、ナギは話を逸らす。全てを話せないことに、若干の心苦しさを覚えながら。
「そうかもしれませんが……」
「もったいないよね〜〜。戦術級魔法を何個も使えるのに、魔法師ランクが低くなるなんて」
「測定は現代魔法の魔法力を基準にしてるから、古式魔法師のナギくんには不利なのよね……。私は、そこら辺は平等にするべきだと思うんだけど」
幸いなことに、三姉妹はナギの思惑に気づかず、思った通りの方向に話を持って行ってくれた。それに、気がつかれないよう心の中で胸をなでおろす。
香澄の言葉の中にあった"戦術級魔法"とは、魔法の評価ランクの一つだ。
個人や小規模の集団戦において力を発揮する"戦闘級魔法"。艦隊や都市を一撃で破壊しうる"戦略級魔法"。そして、その間に位置し、飛行機などの機動兵器や小隊規模の軍勢に対し有効な"戦術級魔法"がある。
他にも、その魔法の殺傷性の高さを示すA〜Cの殺傷性ランクもあるが、これらの区分の多くは戦闘を基準に設定されている。これは、現代において魔法が戦力として捉えられている一つの証拠だ。
話を戻すが、香澄の言う"戦術級魔法"とは、ナギが七草家を経由して公開した「雷の暴風」などの大魔法のことだ。"戦略級"になると色々としがらみや勧誘が酷くなる、というよりも自由がなくなるとのことだったので、「千の雷」など極大魔法と呼ばれる魔法群は秘匿している。
しかし、それでも魔法師社会の中ではオーバーキルの威力を誇り、それらを複数扱えるという時点でナギには注目が集まっている。ある意味狙い通りの状況だが、予想以上に世間の注目が集まっていて、少々困っていたりするのだが。その理由に、ナギの容姿と涙を誘う家庭環境があるのは、周りから見たら疑う余地もない。
「まあ、現代魔法を学ぶための学校なんだから、現代魔法で評価をつけるのは当然だよ。ボクが現代魔法をまともに使えないから二科生になるのもね」
「そうなんだけど、ねぇ〜。やっぱり姉としては、弟が不当に低い評価を受けるのは納得がいかないっていうか。
今年の、というより歴代でみても筆記一位の子も、実技がダメで二科になっちゃってるし……研究方面向けの科でも新設するように提案してみようかしら……?」
「それはまた……ナギお兄さまの他にもそんな方がいらっしゃるんですか」
「中々珍しいけどね、今年はいたのよ。頭の出来と、実際にそれを行えるかは別問題ってことなんでしょ。まあ、色々とワケありみたいなんだけど」
「ふぅ〜ん?」
真由美が敢えて言葉を濁したことが気になったが、ナギたちはその理由を問い
「ところで、時間は大丈夫?」
「え?……って、もうこんな時間!? すぐに帰らないと
彼は魔法にも造詣が深く、世間一般には魔法師容認派の中心に近い人物と言われている。今回、七草家に来るのもそれ関係だろう。
「別にいいんじゃない?あの人暑苦しくて苦手なんだけど」
「わたくし個人としては香澄ちゃんに同感ですが、家の顔に泥を塗るわけにもいきません。帰りますよ」
「あ、あははは……」
随分と酷い言われようだが、それは七草姉妹の共通認識のようで真由美からの注意もない。ナギ自身は、
「じゃあナギくん!また明日! 寝坊とかしないようにね!」
「大丈夫だよ。また明日ね、真由美お姉ちゃん!」
ダッシュで更衣室へと駆けていく三姉妹を見送り、自身も少し急ぎ目で男子更衣室に向かうナギ。
明日は第一高校の入学式。では、それに向けた準備でもするために急いでいるのかとも思えるが、それは違う。そんなことは、昨日のうちに済ませてしまっている。
急いでいるのは、今日これからのためだ。そう、あれから五年が過ぎた、今日この日にやることのため。
◇ ◇ ◇
「どうですか、"信管"の様子は?」
自分の家に帰り、ナギが真っ先に向かったのは離れだった。そして、そこにいた少女に話しかける。
「ああ、帰ったか。"信管"のほうは特に問題はない。予想通りの結果だったな」
「そうですか。なら、予定通り……」
「ああ、今日にでも封印を解いてしまおう」
そう。最初に封印を解いてから五年が経ち、地脈暴走魔法の術式が押し出されて来たため、このタイミングで封印を解いてしまうつもりなのだ。
「全く、あの優男も面倒な術を遺したな。完全に押し出されたかどうかを調べるために、二週間もかけなければならなかったぞ」
「特に、この地脈には魔法科高校が乗ってますから。向こうからの影響も考えないと」
「それは分かってるんだがな……こういう細々したことは私の趣味じゃない。それこそお前がするべきだろう?」
「すみません」
八つ当たり気味に言うエヴァンジェリンだが、彼女もナギが出来ないことは分かっている。二週間も張り付かなければならないこの術式は、当主や芸能人としての仕事があるナギには出来ないことなのだから。
「
「無い物ねだりしても仕方があるまい。なんだったか……過密化だったか貝塚だったか……」
「
「ああそうだ。そのガキは違ったんだろう?」
「ええ、まあ。表面的なものは持ってるんですけど、"核"がないみたいで。強引に壊す形に近くなるので、多分"信管"が起動しますね」
「それでは意味がないな」
「そうなんですよねー」
などと、本人たちにとっては他愛のない会話をしながら、床の魔法陣に細かく何かを書き加えていく。フリーハンドで描かれるそれは、一見ただの落書きのようにも見える。しかし完成してみると、元からあったものと合わせて一つの魔法陣になっていた。
「じゃあ
「分かっている」
「行きますよ……
「……むぎゅっ!??」
たった一言。それだけで魔法陣が光り輝き、五年前と同じく膨大な魔力が放出された。
前回と違い、それはナギたちが書き加えた魔法陣によって広がることなく上空に向かって、地上から15kmのところで爆散した。
ではなぜ、エヴァンジェリンは潰れたカエルのような声を出したのか。それは、魔力の放出が収まり、ナギの視界から白が抜けた時に判明した。
「……ガラクタ……?」
そう。先ほどまでエヴァンジェリンが乗っていたはず魔法陣の上に、どこからか夥しいほどのガラクタが山積みにされていたのだ。
いや、どこからかは分かる。大方、封印されていたのが出てきたのだろう。そして、彼女はこの下にいる……はずだ。
「えーと……
「……ぷはーーっ!!くそっ!人を押しつぶすように出すよう設定しやがって!馬鹿にしてるのかあの優男!?」
「あ、生きてましたか」
「これくらいで死ねたら苦労せんわ!!」
頭だけ出したエヴァンジェリンを引っ張って、引き摺り出す。その時に山の一部が崩落したが、ここまで来たらもう気にするほどでもなかった。
「ところでこれって……」
「……私の持ち物だったやつだな。見覚えがある。
大方、一部のやつにかけられている呪いが解けず、面倒なことになる前に封印してしまおうとでも思ったのだろう」
「呪い?」
「骨董品を集めてたら手に入ってな。珍しいやつもあったんで、暇潰しにコレクションしていたんだよ。人間に効いても
「……それ、どこですか?」
「……さあな。数など覚えとらんし、どこかに埋もれてるだろう。掘り返せば見つかるんじゃないか? その気力さえあれば」
なにせ、文字通り「山」なのだ。平均的な男子高校生ほどはあるナギですら、見上げる必要があるほどに。
「……どうしましょうか?」
「知らん。取り敢えず今日は疲れた、寝させてもらう」
「……そうしましょうか」
とても、一日や二日で終わるような量ではない。数日がかりで、少しずつ進めていくしかないだろう。
「ところで……」
「なんだ?」
「扉って、どこでしたっけ?」
「何を言っている?そんなものこっちに決まって………………あ」
ポカンと口を開くエヴァンジェリンが指差したのは、先ほど自分が"埋まっていた"方角。
そう。二人の記憶が正しければ、この山の"中"にあるような気がするのだが。
「…………取り敢えず、道を作るところまでやるぞ。寝るのはその後だ」
「……明日の入学式、間に合うかなぁ……」
こうして、幾つかの
……ちなみにエヴァはニートです。