魔法科高校の立派な魔法師   作:YT-3

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第六十六話 エリダヌス座の雷光

もはやそれを、斬撃と称するのは無理があるかもしれない。ただ飛ばす際に剣を振ったというだけ。そこに剣である必要を示す要素は、ある一つを除いて存在していない。

 

——黄昏の姫御子(神楽坂明日菜)がそうしていたという、ただ一つを除いて。

 

 

(————ッ)

 

 

目前に迫り来る光の壁が、体勢を崩すナギの一瞬を無限へと引き延ばす。雷と化していないのにも関わらず思考だけが加速し、世界がスロー再生へと変貌した。

それは、本能的に、もしくは(かつ)ての血統的に感じった「白」の力の鱗片がナギに見せた、一種の走馬灯なのだろう。

 

(——呑まれたら死ぬッ!!爆発(ディスプロード)ッ!!)

 

逡巡、そして決断。

ナギは一瞬先に迫る死滅の極光から逃れるため、固定中の千の雷を、()()()()()()()()()()

 

「ガ——」

 

その爆風によって吹き飛ばされ、無極にして太極を体現する極光の斬撃から逃れた——なんて都合のいい話はない。

光は目の前まで迫っていたのだ。そこから爆発させたのでは、完全に逃れる為には遅すぎる。

 

光は、まるでスプーン1杯の砂糖に消火ホースの放水をぶつけたかの如く、一切合切の抵抗を許さずに、大魔法すらも耐えきるナギの障壁を消し去った。

そして次に認識した時には、ナギも、その体へと叩きつける爆風を生み出した二つの極大魔法も。彼の視界全てを光は飲み込んでいた。

 

「ガァァァアアアッッ!?」

 

その名は、無極而太極斬。

救星の英雄ネギ・スプリングフィールド第一の従者にして魔法(ムンドゥス)世界(・マギクス)最古の王国の女王、神楽坂明日菜が、その手に持つ獲物から放つ虚無の白光である。その光に穿たれた「魔」は、例え"法"であれ"物"であれ、ただの一撃で問答無用に消し飛ばす。

流石に魔法無効化能力(マジックキャンセル)の本質は再現など出来ようもないのか、鬼神兵が放った模倣の光はナギを完全に消滅させるには至っていない。だがそれでも、莫大という言葉でも1%も表現できないサイオン流でありとあらゆる魔法を塵芥のように吹き飛ばし、その(サイオン)に練り込まれた退魔の波動(プシオン)はナギの不死の根源を錆び付かせる。

もはや絶体絶命。あと1秒もすればその光は彼の芯まで焼き尽くすだろう。そうなれば復活までにどれだけ時間がかかるかなど想像もつかない。100年、200年……いや、場合によってはこの世の終わりまで肉体を失うことになるかもしれない。

 

「ガ、ハ——」

 

だがそうなる前に、彼は光の中から抜け出した。

何てことはない。不完全な光はこの世に在らざる「魔」を塗り潰すが、既に確定した「現象」までは手が及ばなかった。それだけだ。

意図的に暴発させた雷はその役割を正しく果たし、ナギの体に下向きのベクトルを加えていたのだ。

 

但し、抜け出しただけでは足りない。1秒にも満たない光の直撃は、たったそれだけでナギの不死性に重大な障害を与えていた。

()()()わけではない。しかし、体内に焼き付いた無色にして白色のサイオンが、再生能力を著しく低下させている。これでは無抵抗のまま墜落し、戦闘不能になるだけだ。復活するのは数時間後か、はたまた数ヶ月後か。

 

ただ一つ言えたのは、それでは鬼神兵を引きつける役目を果たせないことだけ。

 

解放(エーミッタム)ッ、雷の暴風ッッ!!」

 

だから、ナギは()()()()

意図的に体表で生み出された雷嵐は、彼の肉体の悉くを吹き飛ばしていく。"体"という概念を塵へと変えてゆく。

そうして体内にある対不死毒(サイオン)を体ごと吹き飛ばしたナギは、1秒とかからずに地上で肉体を再生させることに成功させた。

 

「ぅ、——。ッ!」

 

意識が一度完全に落ちていたからか、若干頭がフラつく。

だが敵はのんびりと落ち着くことを許してくれはしなかった。気がついた時には周囲に影が落ち、全力で飛び退けばそこに巨大な脚が突き刺さる。

 

「——っ、こっちだ!」

 

飛び退いたナギは、それまでと打って変わって逃げの一手を指す。もちろん、鬼神兵を自分に引きつけるという最低限の役目は果たしてだが。

それも致し方ない。今、彼のストックしている「千の雷」はたったの一発。装填したところで思考加速もできない不完全な雷化しかできず、それではカウンターを貰うのがオチだ。

 

(この敵相手に極大呪文を詠唱してる時間はない!この一発は倒すために使わなくちゃ——くッ!!)

 

活歩からの震脚。突き出された巨拳を、空中を蹴ることで紙一重で回避する。そのまま、再度虚空を蹴って敵の間合いから抜け出す。

先程は終始一方的だったとはいえ真正面で打ち合った。だがそれは、隙さえ出来ればある程度倒す目処が立っていたからだ。今の追い詰められている状況では、まず作戦を立てるところからやり直す必要がある。

 

(どうする!? 雷の暴風もあと5発、それでもあの障壁を突破できるかどうか……雷神槍なら倒せるだろうけど、アレも融合させてる時間がない!!)

 

避けられる距離、だが離れすぎないように警戒していた鬼神兵の背後。そこから矢が飛んできた。

いや、それは矢ではない。サイズ感で狂わされていたが、それは槍だ。雷で編まれた——雷の(ヤクラティオー)投擲(・フルゴーリス)

この鬼神兵たちが白き翼、その中でも特に3-Aを模しているのだと仮定すれば、その使い手は二人。"自分"を除けば実質一人だけだ。

 

「ヤバっ!!」

 

眼前に構えるは、彼の拳法の師であり最強の拳法家、古菲。その模倣。

その背後に控えるは、不思議なジュースを愛し、彼にとって唯一に近い直弟子と言える魔法探偵、綾瀬夕映。その模倣。

 

この組み合わせはマズイ。降り注ぐ槍の雨の隙間に身を捩り込ませつつ、ナギは戦慄する。

——まほら武道祭、タッグマッチ殿堂入りコンビだ。

前衛後衛の役割分担が明確で、それに反し個々の戦闘能力でも非常に高い水準を誇る。例えサイズが人間並みでもナギ一人で相手をするのは骨が折れる、3-A屈指の名コンビの一つだ。

かといってこちらに集中しすぎて、遊撃として少し離れたところで再び大剣を振りかぶっている鬼神兵を意識から逸らすわけにはいかない。そんなことをすれば再び極光に呑まれるのは明白で、今度こそ完全にダウンする可能性がある。

 

(考えろ!一体どうすればこの鬼神兵たちを倒せる!?)

 

ギリギリの綱渡りで距離を保ち、嘗ての教え子と同じ動きをする巨神たちの攻撃を避けながら、ナギは師たちに絶賛されたその頭脳を回転させる。

 

持久戦に持ち込めば、ナギに分があるはず。

不死者であるナギには肉体の疲労や負傷など関係なく、精神力さえ震い立たせれば文字通り「無限」に戦える。対して鬼神兵はあくまで「兵器」なのだから、いつかは魔力(エネルギー)切れを起こす。これだけ動き回ってるのなら尚更だ。

 

(——いや、違う)

 

前衛が違う。それは、()()()鬼神兵の場合だ。

『完全義体サイボーグ』という新たな不死者の基礎を作り上げた一人、超鈴音が製造したのなら、そのような単純な欠点が残されているとは楽観できない。

 

第一、敵は零落したとはいえ「神」だ。

神とは、人々の信仰によって形成される「ルール」の一種。「鎮火」で信仰されるなら炎を操り水を従え、「武」で信仰されるのならその力は他の神々ですら比肩にならない。

そして、打倒するにしろ従属させるにしろ、どちらにせよ「災厄」より強いことが神にとって第一の"()()()()"だ。いくら人に寄り添って生きようともナギは魔物の一種、そして魔物とは「災厄の化身」という側面(しんこう)がある。

鬼神兵の核となる神が信仰を失い無色に近い神だからこそ、鬼神兵は神という存在の定義の根幹が強く表面化し、「魔物(さいやく)」と対するときは魔力を世界から無尽蔵に近く搾り取れる。

もちろん、尽きることのないエネルギーを得たところで使い方が拙ければ魔物に負けることもある。正しい使い方をしたとしても、魔物の側が桁外れに強ければ負けるだろう。あくまで種として平均的な強さでの不等号であり、必ずしも魔物が神に勝てないというわけではない。

だが、今、こうして魔物(ナギ)が戦うことで敵の活動に終わりが見えなくなっているのは事実だ。かといって、ナギが戦わなければ少なくない人的被害が出るだろうが。

 

力は絶大。速度は迅速。技は多彩。判断も連携力も桁違い。しかも底がまるで見えない。

あまりに強大すぎる敵に、ナギの思考は単純にして絶望的な結論を弾き出した。

 

 

(……ダメだ。勝てな)

『——聞こえますかっ!?』

 

 

それを認めようとした瞬間、ナギの耳に女性の声がはっきりと聞こえた。ここは空、それも高速で飛び回っている真っ最中。周囲に人影など一つもないのにも関わらず、だ。

だからナギは、それを自分の幻聴だと思った。

 

『聞こえますか!?聞こえてたら返事をしてください!』

 

だが、再度響く声。必死を孕んだそれに、漸くナギも気がついた。

 

(耳穴の中の空気を振動させて声を届けてるのか!)

 

それは、ナギの扱う魔法では不可能な技。イメージが何よりも重要な彼の『魔法』では、面識も契約もない相手とは念話すら出来ないのだから。

だがしかし。今この世界に認知されている"魔法"ならば、それは不可能ではない。双眼鏡でも知覚魔法でもいい。どうにかして対象さえ指定できれば、距離も物理的な壁も越えて魔法をかけられる。特に今のように、魔法師(ナギ)の体外にありつつも体から相対的な座標を指定できる位置に魔法をかけるならば、情報強化も魔法障壁も無視できる。

 

「く、解放・雷の暴風(ヨウィス・テンペスターズ・フルグリエンス)!!」

 

声に僅かに意識を持ってかれた隙をついた鬼神の「雷の暴風」を、ナギも同じ魔法を解放して相殺する。否、流石に同種の魔法ではナギに勝てないのか、僅かにだが押し返した。

隙という隙は生じないほどの小さなものだったが、この戦闘で初めて届いたナギの反撃。しかし、ナギはそれに固執せず、すぐにその場を離れる。

その刹那、ナギの背後を破魔の極光が貫いた。

 

「——大丈夫です!聞こえてます!!」

 

やはりこの状況は一方的にナギの不利である。声の主もそれが分かっていない筈がない。そんな中、ナギの集中を切らすリスクを冒してまで声をかけたということは、なんらかの策があるということだ。

ナギ一人では勝ち目などない敵も、魔法師なら何か突破口を見つけられたのかもしれない。少なくない希望を抱いてナギは返答する。それに相手も答えた。

 

『良かった! スターズ所属、シルヴィア・マーキュリーです!()()()より作戦を預かっております!』

「っ——」

 

スターズの総隊長。それは世界に知れた戦略級魔法師の一人、アンジー・シリウスに他ならないことをナギも知っていた。

だが、ビッグネームによる躊躇は一瞬。そもそも彼は、魔界の姫だの魔法世界最古の王国の女王だの、周囲にビッグネームには事欠かない生を送っていた。今更十三使徒の一人が出てきたところでどうということはない。

 

 

「——お願いします!」

 

 

打開の鍵が、ナギに届けられた。

 

 

………………

…………

……

 

 

「——ダメです!」

 

その場に主人なき声が作戦を伝えきった瞬間、ナギはそれを拒否した。

確かにそれは有効な手段なのかもしれない。だが、それは()()()()()

 

「分かってるんですか!? それで倒せるのは()()()()()()

そうしたら——あなた方が死ぬかもしれないんですよ!?」

 

確かに、今の状況、何がナギを追い詰めているかというと、敵の「数」が最大の要因だ。敵単体が如何に強力といえど、一対一、もしくは二対一ぐらいまでなら隙を作り出し勝つことも不可能ではない。

だが、三体というのが厄介だ。典型的な前衛後衛だけなら対処の方法も山ほどあるが、そこにフォローとなる一体がいると全然違う。先ほど、自らの切り札発動の隙を狙い撃った極光のように。

 

その数という絶対的な差がなくなるのなら、なるほどこの絶望的な状況も大分好転するだろう。

しかし、それによって鬼神兵が魔法師たちの危険性を認知してしまえば、今、ナギがこうして身を削って引きつけている全てが無駄になるかもしれない。一つだけしかない彼らの命がそこで絶たれるかもしれない。

鬼神兵たちはナギ個人を狙っているわけではなく、ただ単に、今一番彼らにとって危険なのがナギというだけなのだから。それ以上に危険な因子が現れたのなら、そちらを先に対処するだろう。

 

 

『それも分かっての作戦です』

 

 

だが、それでも声の主は断言した。

 

「——ッ!?」

『私たちも、命が惜しくないわけではありません。例え誰がなんと言おうと私たちも人です。今すぐこの場から逃げ出して、安全な地で生き延びたいという思いだってあります……』

 

ですが、と。

近くて遠く、軍病院にいるという声の主は、力強く、確かな声で想いを発露した。

 

『ですが、自国を守る矢面に貴方のような少年を立たせ、自分たちがただ棒立ちしているのを良しとするほど、落ちぶれた人間ではありません!』

 

その声には、ただ覚悟だけが込められているわけではなかった。

それは、悔しさ。できるならば残りの二体も倒したい。いや、本当ならばナギに戦わせず自分たちで三体ともどうにかするべきなのに、ナギに任せざるを得ない自分たちの力不足に、強く強く奥歯を噛み締めている。

 

「————」

 

ナギは、それでも躊躇した。

不死者であるナギにとって、己の命の観念は普通の人間に比べて軽い。だからこそ自爆や捨て身の作戦も取れる。

だが彼は、自分以外の命には必要以上に強く肩入れする傾向がある。吸血鬼の派生である魔族にあるまじきそれは、彼の心に焼き付いた原初の光景によるものであり、そして()()()()の後遺症なのだろう。

そんな彼が、他人の命を賭ける作戦を、素直に受け入れられるわけがない。だから、再度拒否の為に口を開こうとして——

 

「やっぱりダメ——」

『いいからサッサと受け入れなさいよ!!』

 

声が変わった。

明らかに苛立ちを湛えた、ナギもよく聞き覚えのある声に。

 

「リー、ナ?」

『ナギと比べたら遥かに弱いのかもしれないけど! それでも、ワタシたちだってそう簡単に死ぬほど柔じゃない! ナギの"お荷物"になんてなってやる義理はないわ!』

 

強がり、それもあるだろう。ナギですら不死を利用してまで戦わなくてはいけない相手だ、例え口でなんと言おうとも、リーナたちに絶対と言える根拠はない。

だが、それでも彼女は、いや彼女たちは、絶対に生きてみせるという強い意思を持ってナギの背中を押した。ここで背に抱える命を守って死ぬ為ではない。必ずその場所に戻るために、()()()()()()()()()という覚悟を決めて。

 

それは、不死者(ナギ)が失って久しい力であり、限られた命を持つ"人"にしか存在しない力。

不死者は永遠を恐れ、喪失と孤独を恐れて死を望む。"若い"不死者は必ずしもその限りではないが、100年200年と生きるにつれてどうしても強くなってしまう願望だ。比較的若いとはいえ、ナギもその例外ではない。

その対極にあるのが、「生きたい」という人の切望。限られた生であるがゆえに、人間は今を謳歌し、未来を渇望する。

だからこそ、彼らが生き抜くと覚悟を決めたのなら、その力は時に運命をも凌駕する。それを体現した父、そして仲間を持っていたナギは、それをよく知っている。

 

(そうだ。あの時も、あの時も。何時だってそうだった——)

 

いつの間に、彼らを見下していたのだろうか。

何かを成し遂げるのは、必ず「人」の力なのだ。未来を見据え、先へ先へと向かう歩みを止めない彼らの力が、魔物や神すら届かなかった領域へと世界を進ませる。

そんな彼らを、何時から「守るべき弱い者」と決めつけていたのだろうか。人の手を借りて、力を借りて、共に命をかけて戦ってここまで来た自分が、なんでそんなことすら忘れていたのだろうか。

 

「——お願い!」

 

だからナギは、信じた。

人の力を。魔法師の力を。

そして、共に敵に立ち向かおうと立ち上がった、仲間たちを。

 

『任せなさい!』

『90秒後に決行します、それまでなんとか耐えてください!』

「大丈夫、90秒なんて一瞬ですよ!」

 

強がりではない。永き時を生きるナギにとっては、高々1分半など何てことはない。

それに、頼れる仲間がいる。それだけで、ナギは絶望に染まりなどしない。

 

「まずはっ!」

 

大気を軋ませる拳を避け、降り注ぐ光の矢を雷を纏った暴風で薙ぎ払い、ナギは進行方向を直角に変えた。

進む先には——大剣を振りかぶった鬼神。

 

(見極めろ!剣を振る動作があるなら、動作なしで無効化フィールドを展開してくるアスナさんほど厄介じゃない!)

 

距離を詰める。例えワンクッションで剣を用いようが、直射砲型の攻撃をしてくる相手と戦うなら悪手。

だが、()()()()()

 

「——来たっ!!」

 

斜め下から僅かにナギの下半身寄りに放たれた光の斬撃を見て、ナギは()()()()()

 

『————』

「————」

 

無機質なアイカメラと視線が交わされる。物言わぬはずのそれにかすかな困惑が宿った気がして、ナギは不敵な笑みを浮かべた。

タイミングを計り、放たれた光。瞬動で避けられるのは上か横だけで、下へは避けられない。だったら、瞬動以外も使って避ければいい!

 

「雷の暴風ッッ!!」

 

誰もいない上空へ向けて、いや、ナギの背後から飛び上がっていた野太刀を構えた鬼神兵へ向けて、雷嵐が放たれる。それはいとも容易く切り払われたが、反動を使って光を避けるという目的は達せている。問題ない。

ギリギリまで引き付けられたことも合わさって、ナギはもう大剣の間合いの内側だ。

 

(無極而太極斬は剣先から飛ばす技、剣の間合いの内側が一番安全な場所!)

 

ナギの教え子達は皆、個性豊かで多彩だった。が、不死の魔物であるナギが絶対的に注意しなくてはならないものは、実は限られる。

 

明石祐奈の魔法禁止弾。

綾瀬夕映の封印魔法。

神楽坂明日菜の魔法無効化能力、無極而太極斬。

桜咲刹那の斬魔剣、"二の太刀"。

龍宮真名の浄魔弾、時間跳躍弾(B.C.T.L)

長瀬楓の昏睡符術。

那波千鶴の(ネギ)……民間療法モドキ。

 

この内、封印魔法と昏睡符術に関しては万が一掛かりかけても抵抗できる。体格差のためネギが後ろから刺さることもないだろう。魔法無効化は剣だけで本体までは及んでいない、でなければ「鬼神兵を動かすための魔法」も壊してしまう。

となると実質的に残り四つ。そして、それらを使う可能性のある鬼神兵がどれかは、()()()()()()()()

その内、剣を使う師弟を剣の間合いまで引き付けたことで、片方が兼任していた狙撃手の危険性は封じ込められた。魔法禁止弾もこのような至近距離での乱戦目掛けては使えまい、アレは仲間の鬼神兵にも致命的なのだから。

では剣を捨てられたら……という可能性もないだろう。すでに間合いの内側に潜り込まれた状況で剣から別の武器へ持ち変えるのは隙が大きい。片方が剣を使うなら、同士討ちを防ぐためにもう一方も剣を使うしかない。

つまり——

 

「今、この状況なら剣だけに集中できる!!」

 

もちろん、斬られれば終わりだ。特性的に防御もままならない。何を差し置いても回避に専念せざるをえなくなり、そのせいで攻撃にも移れない。

つい30秒前までは選択できなかった、ただの時間稼ぎ。だが、こちらにも仲間ができた今なら、彼女達が打開のために死力を振り絞っている今ならば、これが最善の選択だ。

 

(残り50秒——)

 

これだけ巨大なのにもかかわらず見事に薄い刀の側面を蹴り飛ばし、その反動で左後方から迫り来る大剣を避ける。

 

(残り40秒——)

 

野太刀を振るう鬼神が太腿から小太刀を引き抜き、振るう。更に手数が増え、攻撃の密度が跳ね上がる。

 

(残り30秒——)

 

咲き乱れる桜のような無数の超音速の雲の中、右へ左へ、瞬動や解放した中級魔法の反動すら利用して刃の弾幕から身を翻す。

 

(残り20秒——)

 

離れたところに構える鬼神兵(明石祐奈)が引き金を絞り閃光弾が放たれるも、それは予想済み。対目眩し魔法によって防ぐ。

 

(残り10秒——)

 

既に、ナギの身には細かい裂傷が数えられないほど刻まれている。障壁など全て切り裂かれ、それでも彼はただ信じて致命の剣戟を避け続ける。

 

そして——

 

『あと5秒!』

「了解!解放(エーミッタム)!!」

 

ついに聞こえたシルヴィアの声に、ナギはストックしていた中級精霊(デコイ)全てを解放した。

 

「4——」

 

一瞬、されど一瞬だけ出来た隙を突き、瞬動で一気に剣閃の包囲網を離脱する。抜けるは——上。

 

「3!解放(エーミッタム)・雷の暴風!!」

 

対処の隙など与えない。ギリギリ二体の剣が届かない位置まで移動したナギは、その瞬間に大魔法を撃ち放つ。雷の暴風、残り1発——

 

「2——」

 

雷嵐が向かうは、一人構える銃使い。同時に、三騎全ての瞳が本物のナギを捉えた。

 

「1——!」

 

顔面の障壁に直撃し、ダメージこそないものの踏鞴(たたら)を踏むように左足を後ろへ下げる一体。

ナギの眼下には、ナギを確実に仕留めようと己が獲物を振りかぶり、足りない距離を埋めるため一歩を踏み込もうとする二体。おそらく、繰り出される剣技の鋭さは先の比ではない、鬼神にとって必殺の一閃。

 

そして。

鬼神兵三体の足が、同時に大地を捉えるその瞬間——

 

 

「ゼロッッ!!」

 

——大地から、"摩擦力"が消失した。

 

 

確かに地を捉えた三つの足は地を掴むことが叶わず。巨体を支えていた残りの足も、まるで氷の上を滑るかのように地を離れた。ナギを捉えていた剣閃も、完全に軌道を逸らされ空を斬る。

 

魔法師にできて、魔法使いに出来ないこと。その一つがこれだった。

イメージだけで魔法を使う魔法使いは、逆に言えばイメージできないことは魔法にできない。「摩擦力」などという目に見えない力だけを、目に見えないように0にするなんて芸当は出来るわけがない。

逆に、摩擦力を近似的に0にする魔法は、魔法師たちの中では一般的だ。車輪で走行する輸送機械を行動不能にする「(ロード)(・エク)(ステン)(ション)」などの魔法が有名である。

 

改変する範囲こそ広いとはいえ、「1()0()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()1()()()()()0()()()()」という領域魔法なら、たとえ起動式がなくとも自力で構築できる。

USNA最強の魔法師集団、スターズならそれが出来る。

 

解放(エーミッタム)ッ、千の雷(キーリプル・アストラペー)ッッッッ!!」

 

これを逃したら後がないほどの絶好のチャンス。

大剣を持つ鬼神兵へ、最後の極大魔法が解放された。

ナギの全力を持ってして鬼神を焼き尽くさんと、千雷が疾る。倒れ込むその鬼神に抗う術はなく——

 

 

『——斬雷剣』

 

 

もう一体、至近で倒れようとしていた剣士の鬼神兵が雷を切り裂いた。

無理な体勢、無理な状況からの一撃だったためか、雷を完全に斬り止めるには至らず、迸る雷霆は大剣を握る鬼神の障壁を砕く。

いや、雷を切り裂く剣閃は、必滅の雷をただのそれだけに止めさせることに成功した。感情のないはずの兵は、まるで誇るような雰囲気を纏って大地へとその身を打ち付ける。

 

「————はは」

 

だが、ナギの顔からは笑みが消えない。否、そもそも視線が鬼神を捉えていない。

その魔眼は、()()()()()こちらへ飛んでくる()()と、こちらへ穴のない銃口を向けている少女を、確かに映していた。

 

「解放、()(くじら)穿(うが)()(もり)(とばり)!」

 

それでいい。彼はこの作戦の主役ではない、あくまでお膳立てなのだ。

その役目を十全に果たすべく、対人外用拘束術式で鬼神を大地に縫い付ける。

 

 

「——リーナ!今だっっ!!」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ふぅ——」

 

リーナは一つ息を吐く。その間も、視界には仲間によって射出された33tの鉄球を捉え続けて。

 

これから()()魔法を使うというのに、不思議なほど心は静かに澄んでいる。……いや、違う。魔法を使うというのに、だ。

彼女にとって、魔法とは戦力だった。幼い頃からそう教えられ、建前はともかく人を殺す力であるということを大前提に使ってきた。それは軍に入ってからもそうだし、リーナが望まずともこれからもそうなのだろう。

だが。今この時、この瞬間だけは、誰かを守るためだけに魔法を使っている。ボストンの住民、この病院で治療を受けている仲間たち、そして最前線で身を削って戦い続けたナギ。彼らを傷つけようとする"モノ"を、彼女自身の手で、彼女自身の決断で魔法を以って殲滅する。そこに、傷つく人はいない。

 

(ああ、今ならサクラが言っていたことが分かる——)

 

誰かを守るために自ら振るう力とは、こんなにも誇らしいものなのか。誰かを傷つける(コロス)時のような後悔も、胸を締め付けるような罪悪感もない。力に頼るだけでは好ましくないだろうが、少なくとも力で誰かを傷つけることとは比べ物にすらならない。

ああ、本当に最高の気分だ。今なら過去最高の魔法が使えると断言できる。例えこの手に持つのが借り物の照準補助装置で、例えCADによる術式補助が受けられなくとも。視界はかつてないほどクリアで、今か今かと着弾を待っている。

 

 

だから、なのだろうか。

こちらと垂直に倒れた標的の、こちらへ向いた機械仕掛けの瞳に。嫌な予感が頭を過ぎったのは。

 

 

「な————」

 

瞬間、それは的中した。

無数の黒い槍のようなものに身体中を穿たれ、地へ縫い付けられたその巨人は、あろうことか()()()()()()()()飛んでくる鉄球を掴み取ったのだ。

『ロケットパンチ』——そんな一世紀前のロボットアニメ発祥の単語が頭に浮かぶ。

 

(なん、で——)

 

浮かんだのは当然の疑問。

飛ばしたのは、直径2mというだけの、なんの変哲もない鉄球だ。全長100mはある巨人に比べればピンポン球程度のもの、()()あの段階では大した危険性もなかったはずなのだ。巨人にとって、(なにか)を犠牲にしてまで止める必要なあるものではないと考えて作戦を——"作戦"?

 

(まさか!作戦が読まれたのっ?!)

 

確かに、そう考えると辻褄が合う。

唐突に余裕が出たナギの動き。そのナギが絶好のチャンスで使ったおそらく切り札であろう魔法を軽減されても、動きを止めず"拘束"する。

敵からすれば全く筋の通ってないこの流れで、なぜだかよく分からない無駄に思える攻撃が来た。となれば、そこに何らかの隠し玉が潜んでいるのではないか——、そう危機感を抱くのは当然の思考だろう……それを機械が一瞬で出来るのか、という根本的な疑問は残るが。

 

(まずっ!一体どうしたら——)

 

握り締められたことで、リーナの視界から鉄球が消えた。位置はわかるので魔法の発動はできるが、距離が離れすぎてるので巨人を完全に落とすのは無理がある。

かといって二発目の弾などなく、仮にあったとしても、今から飛ばしてたのでは着弾する前に至近にいる一体が起き上がって防ぐだろう。障壁が再展開される可能性もある。

だが、リーナの魔法には金属が必要不可欠で——

 

 

(——いや、金属はある!)

 

 

そう、あるのだ金属は。

——標的の体そのものという、巨大にすぎる塊が。

 

(対象変更!範囲指定——発動!!)

 

躊躇する時間などない。無意識領域に落とされようとしていた鉄球の位置情報を破棄し、新たに巨人の一部を指定して魔法式を構築、イデアへと投射し——

 

(何よ、こいつ——!?)

 

その、圧倒的とも言える情報強化の干渉力に、戦慄した。

 

それも、仕方がない。

再び言うが、鬼神兵は零落したとはいえ神だ。その情報次元への干渉力の強さは、所詮無数に存在する人の一人でしかないリーナなどとは比べるまでもない。

そんな存在が当たり前にいるからこそ、「魔法使い」は物理攻撃を介する方向へ魔法を進化させていったのだ。直接の情報改変、ましてやそれも本体への改変の成功など、不可能を通り越した先にある。

 

 

(…………(によ)

 

そして、そんな理屈など知らなくとも、リーナは直接試みたことでそれを理解した。理解などしたくなくとも、魔法師としての感覚で否応なく突きつけられる——

 

 

 

「だから何よ!!」

 

 

 

だが、それでも彼女は諦めなかった。

無理だ。ただの悪足搔き。やったところで消耗するだけ損。理性も、本能もそう告げる。

——()()()()()()()

無理でも、悪足掻きでも、損でも。今、彼女の背には守るべき人たちがいるのだ。だったら諦めてなるものか。神?巨大兵器?そんなこと知ったことか——!

 

「ワタシが背負ってるのはそんなものよりも遥かに重いのよ!! なんでもいいから——」

 

握りしめる掌で借り物のCADが悲鳴をあげる。脳が焼き切れそうなほど唸りを上げ、ウダウダ言っている理屈を押しのけ、たった一つの叫びを全力で轟かす。

 

 

 

「届けぇぇえええッッ!!」

 

 

 

それは、起こるべくして起こった奇跡だった。

神とは人の信仰(思い)を集め、形作られる者。質量体と密接に結びついた人や、霊子(プシオン)も多少の糧にするがあくまで本人の精神が本体である魔物などとは違い、その思いの形によって姿形すら変貌させる者、それが神。

そして、鬼神兵の核となる神は、信仰を失い名を失い、ただその莫大な容量のみを残している神々だ。言うなれば純粋に「神」を突き詰めた無色の神であり——無色がゆえに、染まりやすい。

 

だから、リーナの強い想いがこもったその魔法式が()()()()()()()()()()()()()()神々の肉体へと届いたのは、魔物(ナギ)では決して起こり得ず人間(リーナ)だからこそ起き得た奇跡。

 

 

「いっ、」

 

リーナには、そんな細かい理屈は分からない。それを推測できるだけの知識もない。

だが、"届いた"ことだけは理解できた。それだけで十分だった。

 

「けぇぇえええッッ!!」

 

 

投射された魔法式が、その役目を果たすべく世界を改変する。鬼神の背の一部分、重量にしておおよそ30t分の合金の電子を全て放出、拡散させる。

 

——『ヘヴィ・メタル・バースト』

 

全力で扱えば戦略級とされるその魔法は、確かにリーナの意思を完遂し——

 

 

巨大なプラズマが一体の鬼神兵を内外から呑み込み。

見事、その機械仕掛けの体の八割を蒸発させた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

術式統合(ウニソネント)——」

 

ナギは、その光景を驚愕の面持ちで見ていた。

鉄球を止められた時は最悪の状況に体が止まりかけたが、それでもリーナの瞳が覚悟を失っていなかったことで踏み止まれた。それでも、まさか鬼神を変質させるほどとは思ってもみなかったが。

だが、現実にそれが起きた。そして今、彼の眼下には、仲間を失い動きを止める鬼神兵がいる。状況の把握のためか、はたまた無いはずの感情によるものかは分からないが、それでもこれを逃す手はない——!

 

雷神槍(ティタノクトノン)(ツー)暴風(ヤクラーティオー・)(ウォルテ)螺旋槍(ィキス・テンペスターティス)』!!」

 

まるで巨大な杭のような、螺旋状に溝が入った槍を身を起き上がらせたばかりの巨神へと全力で突き出す。気付き、障壁を強化したようだが……この槍の前では無意味に等しい。

 

「螺旋槍は敵を抉り穿つ! たとえ鋭さだけでは貫けなくても突き進むッッ!!」

 

そう。それがこの槍の特徴。その螺旋が示すように、まるでドリルの如く障壁を、そして敵をも削り突く。一点突破の火力では貫けない、分厚く、硬い障壁を突き抜ける時こそがこの槍の真骨頂だ。

障壁の性能任せの防御を貫き、螺旋の槍は鬼神の胸板へと突き刺さった。当然、それだけでは終わらない。

 

解放(エーミッタム)(トゥルボ)(ー・フル)(ゴーリス)(・ペル)(フォラー)(ンティス)!!」

 

槍の石突きを蹴り僅かばかりの距離をとると、ナギは槍に封じ込められていた雷嵐を解放した。

まず暴風が螺旋の槍から吹き荒れ、ランダムに変わる高圧の風と真空の凪が空間を球状に抉っていく。そして、その中心に雷球が生じ——爆発した。

これこそが融合呪文最大の攻撃、防御などない敵の内側からの大魔法だ。

 

「よし!」

 

吹き付ける暴風に流され、それに混じり飛ばされてくる金属の塊を捌きながら、ナギは会心の笑みを浮かべる。

胴を穿たれた鬼神は上半身と下半身が分かれ、微かばかりとはいえ感じていた神気は完全になくなった。体と魂を繋ぎ止めていた術式が吹き飛んだのだ、もう復活の可能性はない。

これで、残るは一体。使い勝手のいい大威力の魔法は使い切ってしまったが、一対一なら補充の隙は十分にあるはず、問題ない。

 

 

「————ッ!?」

 

 

そんなナギを嘲笑うかのように、最後の一体の口が開かれた。

()()()()()()()()()()。それは、鬼神兵にとって最大の攻撃が可能となった証。

 

(主砲のチャージが終わったのかっ!?)

 

この口内から顔を覗かせている砲門には、魔力(サイオン)の輝きが僅かに漏れ出ていた。それもナギの予想を裏付ける。

だが、そうと分かっていれば避けられる。まさか砲門から直角に出るなんてことはないだろうし、顔の向きを考えれば射線は特定でき——

 

 

 

「————」

 

ぞわりと、背筋を嫌な予感が貫いた。

あの鬼神兵と自分を結ぶ直線を伸ばせば——リーナたちのいる病院に直撃しないか?

 

(まさか、それを狙って?!)

 

ナギが避ければ、リーナたちが死ぬ。

ナギが受け切れなければ、リーナたちも巻き添えで死ぬ。

ならば受け止め切る——極大魔法に匹敵する一点集中の火力を、この予備程度の薄い障壁しかない状況で?

 

(——無、理だ)

 

視界の隅から迫り来る雷撃を横目に、ナギはコンマ数秒後の絶望を幻視した——

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

その、ほんの1秒前。ナギが鬼神の胸に螺旋の槍を突き立てた瞬間。

達成感で倒れそうになったリーナは、残り一体が自分たちの方を向いている悪夢に気がついた。しかも、おあつらえ向きにナギがその間へ飛ばされようとしていることにも。

 

(ま、ずい!!)

 

リーナは、鬼神兵の主砲にチャージ時間が必要なことなど知らない。むしろ今までの常識外れな光景の数々を加味すれば、たまたま今まで撃たなかっただけでいつでも撃てるのではないか、とすら考えていた。だからこそ、1秒後にナギと自分たちが陥る状況に、そしてナギに突きつけられる究極の選択に、一足先にたどり着けた。

 

(どうすれば——?!)

 

リーナの手にあるのは、照準補助にしか使えない借り物の特化型CADと、ナギの護衛用に渡された汎用型CAD。

特化型には何が入っているのかなど分からず、そもそもリーナの為に調整されたものでない以上、中身の起動式はあてにならない。汎用型の中身は知っているが、有効と思えるほど強力な魔法など入っていないし、一から自力で組み立てたのでは間違いなく間に合わない。

 

(ナギに任せる? ううん、それじゃあダメ——)

 

理性的な思考で判断すればそうなのだろうが、何かに気づいた直感がそれを拒んだ。きっと、ナギにももう手札は残されていないのでないか、と。

 

(——そういえば、こっちから通信をとる前に逃げの体勢に入っていた。それはつまり、使える手札が残り少なかった事を意味してるはず——)

 

 

なら一体どうする? どうすればあの鬼神の攻撃を防げる?

……撃たれる前に破壊するしかない。砲門を壊せば内部で暴発して少ない労力でも破壊できるはず。

 

 

なら、一体どうする?どうやって砲門を壊せばいい?

……リーナにそれを実現する火力がない以上、そこはナギに頼るしかない。

 

 

なら、一体どうする?ナギも手札がない中、どうやって壊させる?

……プラズマの戦略級魔法師と電撃使いの魔法師、できることは互いに似通っている。考えろ。あるもの全て、使えるもの全てを利用して、この状況を打破できるたった一つの道筋を——!!

 

 

(——見つけたっ!!)

 

 

無限にも思えた刹那の思考の果て、リーナはCADのショートカットキーを押し込み、叫んだ。

あの気圧の変化の中、空気の振動を利用するシルヴィアの通信がまだ生きているのかは怪しい。それ以上に、ナギがその意図に気づいてくれるのかも分からない。

 

ただ、それでも気付けば叫んでいた。

起死回生の手段となりうる、その兵器の名を。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

絶望に染まりかけたナギの視界、その隅。

そこにあったそれが、不自然な軌道を描いてナギの元に戻ろうとしていた。ナギはそこに誰かの魔法を感じ取り、闇く落ちかけた思考の中で首を捻る。こんな意味のない事、一体誰が——

 

『————』

 

声が、聞こえた。快活で、でも負けず嫌いそうな音を宿す、必死な少女の声だ。

それを咀嚼し、吸収し、理解し——ナギの眼に光が戻る。

 

(ありがとうリーナ!!——解放(エーミッタム)!!)

 

ナギはそれを両手で受け取り、左腕の魔法を解放する。

使うのは『白き雷』を10発。それだけでは鬼神兵の障壁すらも貫けない、ただの電撃だ。

 

——そう。電撃、つまり"()()()()()"だ。

 

金属塊を挟んだ両手を砲門へとまっすぐに伸ばし、左手から原子を真っ直ぐに投射、それを右手で吸収するかのように操作する。

二本のレールに挟まれた金属を通り、電気の流れができる。虚空に作り出された回路は、右腕を正極、左腕を負極として電流を形成する。

電気の流れがあれば、そこには磁場が出来る。その磁場は金属塊と反応し——ローレンツ(りょく)と呼ばれる力を生み出した。

その力は金属塊を前方へと加速させ、それを超音速の砲弾へと瞬く間に変貌させる。莫大なジュール熱が発生し金属塊をプラズマへと変化させようとするが、それは合金自体の耐熱性とそこに重ね掛けされたリーナの魔法によって封殺する。

 

——電磁砲。

 

電気の力で金属を砲弾と化す兵器。その魔法での再現。

電子を操るナギと、金属をプラズマにすることに深い経験を持つリーナが力を合わせたからこそ出来た、今ここで出来る究極の一撃。

 

 

 

「『いっ、けぇぇえええ!!!」』

 

 

 

近くとは言えない距離で、確かに力を重ねた、二人の声が重なる。

大気を焦がし、白い雷電を纏った砲弾は世界を縮めながら突き進み——寸分違わず、鬼神兵の口、その砲門を撃ち抜いた。

 

今まさに、撃ち出されようとしていた光速のサイオンは行き場を失い、鬼神兵の体内で莫大なエネルギーを生じさせて——上半身を吹き飛ばす大爆発を引き起こした。

 

 

 

 

 

「終わった、のかな……?」

 

空に一人佇むナギは天へと立ち昇る光の柱を見つめ、ぼんやりとした思考で呟いた。

それでようやく実感が追いついたのか、達成感が押し寄せ……

 

「……はぅ」

 

それ以上に強く強襲してきた疲労感に身体をフラつかせた。

それに衰えを感じ、だけど仕方がないと苦笑する。なにせ、この世界に来てから初めての全力戦闘だ。よくよく考えれば向こうでも最後の5年ほどはここまでの戦闘はしていないし、20年以上のブランクは馬鹿にできない物があると実感した。帰ったら別荘で師と全力で戦うようにしよう、たまには。

とりあえず皆がいるであろう病院へ向かおうと、空を滑るように移動する。

 

「仕方ないと言えば……」

 

こんな戦いを人に、それもUSNA軍に見られたのはやはり色々と問題だろう。隠していた戦略級魔法も、不死の力も使ってしまっている。不死の方は多分完全には捉えられていないから言い訳が立つかもしれないが……流石に「千の雷」などは完全にバレただろう。

だが……うん、それも仕方がない。切らなければリーナたちも死んでいたのだ、それを守れただけで価値はある。闇の(マギア・)魔法(エレベア)を見せなかっただけマシだと思わなければ。

 

「——ナギ!」

 

一人うんうんと頷いていると、斜め下から自分を呼ぶ声。

視線を向けた先の屋上では、今回の戦闘でMVPを渡すべき少女が手を振っていた。周囲の大人たちも皆それぞれに歓喜を露わにし、互いを讃え合っている。

そんな光景を見れば、やはり魔法師は人であると実感できる。そしてそんな人たちと、そんな笑顔を守れたのだと。

先ほどとは違う、彼らと同じ笑みがナギの顔に浮かび、それを隠すことなく軽い足音を立ててリーナの隣に着地した。

 

「お疲れリーナ! 大丈ぶぅッ!?」

 

再開早々、見事なタックルが鳩尾に決まる。しかも蹲りそうになるナギを支え、リーナが至近距離でナギの顔を見上げた。

 

「それはコッチのセリフよ!!怪我はないのどうして死んでないの!?あんな攻撃受けてたのに!?」

「あ、ハハハ……」

 

一息で捲し立てられたリーナの言葉に、冷や汗がたらりと垂れる。言いたいことは分かるのだが、それだとまるで死んで欲しかったように聞こえなくもないのだが……

が、ペタペタとナギの身体を触るリーナの顔を見れば本当にナギのことを心配した上での分かるので、ナギとしては何も言わないことに決めた。

 

「大丈夫……ではなかったかな。何度も骨とか折れちゃったし」

「骨折!?大丈夫なのどこよっていうか何度も!?」

「落ち着いて落ち着いて、今はもう大丈夫だから」

 

実際は骨折どころではなく二度ほど死んでから蘇っているのだが、流石に今のリーナにそれを言うわけにもいかないだろう。たださえ高速な呂律がさらに大回転することになるのは目に見えてる。

 

「再生……って言えば良いのかな? ちょっと特殊で強力な治癒魔法だと思ってくれればいいけど、それのお陰でもう怪我は治ってるから」

「治癒魔法……? だったら早く病室手配しなくちゃ!効果はどれぐらい続くの!?」

「え、あ、あーー……」

 

この世界の治癒魔法は、「怪我のない状態」を魔法で上書きし、それが癒着するまで何度もかけ直す必要がある——というのが常識だ。まさか1発で治る魔法があるとは思ってもみないのだろう。……ナギの再生は正確には違うことは棚にあげる。

 

「えーと、なんて言えばいいのかな? 人の自己再生能力を底上げする魔法って感じだから、持続時間とかはないよ」

「再生能力を?」

「うん。だから魔法で怪我を隠しているわけじゃないし、治ればそれで終わり……少し老化が早く進んだりはするけどね」

「老化が早く……細胞分裂の促進? それなら、まぁなんとか」

 

リーナにもその物理的な理屈は分かったのか、一応納得の表情を見せて引き下がった。……聞き耳を立てている何人かの軍人は希望と戦慄がごちゃ混ぜになったなんとも言えない表情をしていたが。

 

「あ、お礼しなくちゃ!最後のは本当に助かったよ、それと作戦も! ボクだけじゃ手詰まりだったから」

「え、ええ!当たり前じゃない、ワタシはナギの友達で……えーと、もうバレてるわよね?」

「……リーナがアンジー・シリウスだってこと?」

「うんそれ。あー、やっぱそうよねー……」

 

状況的に仕方ない面もあるし、ナギという戦略級魔法師(推定)の情報も得ているので、「処分」されることはないだろうが……やはり重い罰則があるのは分かっているのだろう。後悔のない晴れやかながらも絶望したような顔を抱えて天を見上げ——それに気付いた。

 

「光の、雪——?」

 

リーナの呟きを聞いてナギも、そして一人、また一人とその場の全員が天を見る。

ふわり、ふわりと天から舞い降りるそれは、確かにリーナの言う通り光でできた雪のようだった。

 

「綺麗……」

「最後の爆発のせい、かな? これだけ散ってるなら傷つくようなことはないと思うけど……」

 

なぜか、ナギは嫌な予感がした。経験則が何事かを訴えてくる。

——超鈴音が絡んだ事件で、平穏無事に終わったことがあったか?

 

「わぁ」

 

先に落ちてきた一粒を、まるで振る雪を受け止めるかのようにリーナが光の下に掌を差し入れる。ふわりと一瞬強く光り、大気に溶けるように消えた。

 

——シュゥゥ

 

「……え?」

 

それを見ていたナギの視界。光がリーナの肩口にあたったと思ったら——服が溶けた。こう、ピンク色の下着の紐が世界に顔を出している。

 

「ま、まさか……」

 

ヒクヒクと、口元が自然に引き攣る。これは……懐かしの……脱げイベントだ。

 

「え————」

 

光は次々と屋上にいる全員に降り注ぎ、許可などなくその服を剥いでいく。理解不能な状態に魔法師たちが固まり——1分も経たないうちに、男性は下着姿、女性はそれすらなく産まれたままの姿に。

当然、ナギの眼には隠されもしないリーナの全裸が目に入るわけで——

 

 

 

「きっ、キャァァァアアーーーーーッッ?!?! 何よコレーーーーーッ?!?!」

 

リーナの悲鳴が響き、ナギは天を見上げる。

 

 

 

——拝啓、超さん。お元気ですか?

この心の声をどこかで聞いていれば、どうかお願いですから……この状況をなんとかしてください。

 

 

 

 

 

後に「広域脱衣降光」、通称エロ雪と定義されたその現象は、風に流されボストンの街の一部でも観測されたという。




・今日の星座

エリダヌス座はギリシャ神話由来の星座にしては珍しく、特定の人物や生物にその名の由来を持ちません。エリダヌスとは、とある物語に登場する「川」の名前です。
ある時、太陽神ヘリオスの息子パエトーンが、父に頼み天を駆ける馬車を借り受けました。しかし、彼には天の馬車の手綱を握る才能がなく、暴走してしまいます。
それを止めるため大神ゼウスは馬車に雷を落とし、パエトーンは天の馬車から落馬し、死んでしまいました。その時パエトーンが落ちたのが、「エリダヌス川」です。
天から降り注ぐ雷と光、エリダヌス川はそれを静かに眺めていたことでしょう。



vs鬼神兵、終了!〆はやっぱりネギまらしく!
この作品初めてのネギまレベルのぶっ飛びバトル、如何でしたでしょうか?「それでも魔法師に居場所はあるんだよ」といったことを示したかったのですが、出来ていれば幸いです。
そして「サトリナボイスの電撃使い、だったらレールガンは必須じゃね?」とタイミングを悩みに悩んだコラボ必殺技も登場し、ますます真由美の立つ瀬がなくなってきた今日この頃。リーナのヒロイン力がヤバイ。

次回は間章2の最終話。派手に色々やらかしたナギとリーナの運命やいかに!?
次回、第六十七話『らしんばん座の示す航路(仮)』!お楽しみに!

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